叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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トロイア戦争⑤

 

 トロイア北門へと舞い戻ったアキロゼとらでん。

 門前に横たわるスバルの亡骸を横目に一度足を止めた。

 目の色は褪せ、血の気も完全に失せている。

 その肌はさぞ冷たい事だろう。

 

「…………」

 

 下ろせる限りの情報を下ろすが、トロイア内部の状況はやはり遮断されている。

 現在取得可能な情報は、スバルの死亡とそれによる神の一団の強化、そしてあくあの死。

 

 らでんは胸に手を当て、心の中でそっと追悼した。

 

「アキロゼさん、私たちも内部へ行こう。少なくとも日雇いの3人はリビングでアレを探しているはずだ」

「分かった」

 

 ぺこらやシオンの同行も気掛かりだが、同時に対処はできない。

 幸運を祈って優先順位をつけた。

 

 2人は痛む左肩を庇いながらトロイア内部へと侵入した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 そんなトロイアの特大リビングでは壮絶な肉弾戦が繰り広げられていた。

 

「いい加減死ねェ!」

「ぅぃ――!」

「――‼︎」

「せぃっ‼︎」

「っちゃぁ!」

 

 吼えるすいせいが振り翳す斧を沙花叉が双剣で押さえ、猛るあやめの神速の剣術をいろはが反射で受け止める。

 その間ではじめが素早くすいせいの背後に周り拳を放つが、沙花叉の双剣と火花を散らせながら、同時に右足を振り上げて受け止めた。

 残念ながら運動用の半パンを履いているので、パンツは見えない。

 すいせいの下着に興味のある者は、この中に居ないが。

 

 その光景をルイが一歩離れて傍観していた。

 すいせいに言われた通りチャンスと見えても手は出さない。

 元々運動は得意ではない。

 その上自らの呪い故にスバルからの恩恵を唯一受けられていないのだから。

 

 朱色の長すぎない髪を掻き上げて、視界を広げる。

 そのアクアマリンの様な瞳は定期的にあやめの後ろ姿に移る。

 

「――‼︎」

 

 あやめがいろはの刀の軌道を滑らせて、床に突き刺す。

 刹那、あやめは俊足ではじめの背後に回った。

 

「ぢゃぁぁああ!」

 

 背後から迫る殺気を恐れて咄嗟にその場を離れる。

 物凄い逃げ足であやめの剣技を――躱しきれはしないが、背中を掠める程度に止めた。

 服の背が破れ、斜めに一線小さな切り傷ができた。

 背中がすーすーひりひりする。

 

 いろはが机の残骸の上を駆け、あやめとすいせいを纏めて切り付けるが、あやめが右手に持つ刀で威力を相殺。

 すいせいがクロヱの双剣の軌道を床に逸らそうとしていたので、クロヱは身を屈めて斧の下を掻い潜り斧を勢いのままフローリングに落とさせた。

 ボロぼろのフローリングが弾ける。

 

 すいせいの懐に潜り込んだクロヱが双剣で腹に罰点を刻んだ。

 

「ッッ――ぐゥ――‼︎」

 

 見事に服と肌を切り裂き、クロヱの双剣が血を吸った。

 だが込めた力に対して傷は浅い。

 半身ほど避けられたか。

 

 それでも負傷は負傷、隙になる。

 ここぞとばかりに攻撃を畳み掛ける3人。

 すいせいに蹴り返されたクロヱが再び突撃するが、すいせいが回避に専念すれば掠りもしない。

 クロヱに連動していろはもすいせいの死角へ回ろうと画策したりするが、こちらもあやめに妨害されて思い通りの動きが取れず。

 すいせいは、はじめとクロヱの攻撃を負傷した体で軽々と躱しながら距離を置く。

 

 一度ルイの真横まで後退した。

 

 腹に左手を添えると血液が染みてきた。

 手を眼前に寄せると錆び付いた鉄の匂いが鼻をつく。

 腕を下ろして呼吸を整える。

 見た目ほど傷は深く無い。まだまだ戦える。

 

「――!」

 

 そこへ迫り来る2つの足音を、すいせいは逸早く察知した。

 北門の方に続く通路から聞こえる。

 すいせいが視線を向けると、全員察知したのか一斉に目を向けた。

 戦いの手が止まる。

 

「――叡智の書」

「おっと……まだ、取り込み中だったかな」

 

 リビングへ突入してきたのはアキロゼとらでん。

 全速力で走ったらしく、かなり疲弊している様子だ。

 戦闘の傷跡も残っており、2人の左肩には穴隙があるし、まだ流血している。加えてらでんは奇妙なヘアスタイルにイメチェンしていた。

 

 リビング内の凄惨な有様を一目見て粗方の状況は飲み込めた。

 呪いの力は使用できないが、5対3ならば押し勝てる。

 

 いろは達に一瞥を向けると意図を察して視線を返してくれた。どうやらまだ見つけていないらしい。

 

「チッ、最悪」

「流石に……まずい」

「――――」

 

 増援により形成不利と判断した3人は三者三様の反応を示す。

 ルイが額と背に冷や汗を流し、あやめはボソッと苦言を呈す。

 そしてすいせいは、吶々と怒りを表現した。

 

 いろは、クロヱが武器の先端をきらりと光らせた。

 顔付きも一層険しくなる。

 はじめも拳を握って打ち合わせ、気合を入れ直す。

 らでんは雑に拳を構え、アキロゼは中々様になる佇まいで身構える。

 

「…………」

 

 両陣営無言で睨み合った。

 叛逆者側としては、ここですいせいを討ち取りたい。

 

「ルイ。あたしに策がある」

「――なに?」

 

 真隣に佇むルイへコソッと伝えた。

 とは言え声は全員に届く。

 らでんは訝しんで力を緩めた。

 パチパチと暖炉の火が弾けている。

 

 …………。

 

 あやめとルイがすいせいに打開策を求め、星の瞳を見つめる。

 いろはとクロヱが好機と見て一歩を踏み込んだ時――

 

 ザグッ――

 

 と、誰1人予期せぬ事態へと発展した。

 

「お前が死ぬ」

 

 すいせいが懐から小刀を抜き取ったかと思えば、ルイの心臓を一突きにした。

 

 ――――――

 

 3秒、空白が場を支配する。

 

「ふッ……ごッ、ぼッ……」

 

 ブシャッ‼︎

 

 ルイが血反吐を吐いて受け身なく倒れた時、漸く耳鳴りから解放された。

 

「ルイぢゃん‼︎‼︎」

 

 あやめが目にも止まらぬ速さで駆けつけながら、がなる。

 冷たい床に膝をついて倒れたルイの頭を抱え上げた。

 斃れる際にすいせいがナイフを抜き取った為、出血が止まらない。

 完全に心臓を貫かれており、意識の喪失はほぼ刹那。

 

 合わせた瞳が虚になってゆく。

 

「ぁ……ぇ、ぅ…………び……ぅぶっ‼︎」

 

 大量に吐血した。

 故障した水道から噴き出る水の様に、唾液混じりの鮮血が吐き出され、ルイの顔が真っ赤に染まる。

 あやめの顔に、その血飛沫が降り掛かる。

 

 ルイだけは、そらの力で回復させる事ができない。

 もう――――死ぬ以外の道がない。

 

「ぐっ……!」

 

 あやめの赤い瞳が潤んで大量の雫を垂らした。

 床の血溜まりに雫が垂れて、濃度を下げる。

 全身の震えが止まらない。

 激怒したあやめが間近、無表情で2人を睥睨するすいせいを睨み上げた。

 気が狂いそうだ。

 

「がぁあああああ‼︎」

 

 憎悪と悲嘆と憤怒。

 血と涙と感情で塗れたあやめが、鬼をも超える形相ですいせいに切り掛かった。

 感情のままに刀を振り翳して、すいせいに殺意を向けた。

 

 しかし――斧で防がれる。

 

 

「仲間……割れ」

「なん……っ」

 

 仕事柄決して敵に同情などしない、と吐いていた2人が感情の起伏で怯んでいた。

 その他も全員同じ。

 無理解に蝕まれ、硬直していたが――

 

「っ、まずい。呪いが戻る!」

 

 らでんの放つ危機感に触発されて、いろはとクロヱの身体が反射的に動いた。

 獲物を掴んで仲間割れの渦中に飛び込む。

 狙うは当然、星街すいせい。

 

「っ! バカよすんだ‼︎」

 

 らでんが新たな警鐘を発するが、彼女の怒号を無視して2人は特攻。

 3対1ですいせいを襲う。

 

 

 朦朧とする意識の中、ルイが虚な視線を彷徨わせた。

 色褪せてゆくアクアマリンの瞳が視界にあやめの背を映す。

 鬼火を想起させる紋様がルイの瞳の奥に焼き付き、離れない。

 

 視線を逸らせると叛逆者数名が目に入った。

 

(だめ…………あやめ、ちゃん)

 

 最期の最期まで、あやめの事を想い続け――――

 

 

 ぷつん、と事切れた。

 

 

 それは戦況が変化する合図となる。

 

 あやめの刀とすいせいの斧が交差し、押し合う両傍からいろはとクロヱの閃光が迫る。

 身体能力の高いすいせいも体術では決して捌き切れない数と威力の攻撃。

 この一撃でトドメを刺せると、愚かにも確信した次の瞬間――

 

 ザシュッ!ザシュッ!

 

「あ゛っ……ぐ!」「ん゛ん゛っ‼︎」「きっ――」

「「「っ――‼︎⁉︎」」」

 

 いろはとクロヱを背後から貫く矢。

 心臓よりやや下部をざっくりと穿つ。

 2人の斬撃はすいせいに届かないまま、ばたっ、とほぼ同時に崩れた。

 

「ひれ伏せや、愚民が」

 

 すいせいの狩猟の呪いがその身に帰還した。

 

「――! 全員退避! もう勝ち目は無い、すぐに引くんだ!」

 

 らでんは素早く号令をかけると同時にすいせいのあらゆる情報を下す。

 指示に従い、はじめが我先にと北通路へ駆け出すが――

 

「赤子だろうと逃さねェぞ‼︎」

「んぁぁっ!」

 

 瞬く間にらでんとアキロゼを追い越し、はじめに追い付くとリビング中央へ蹴り戻した。

 脆くなったフローリングの上を滑る。

 小さく結った髪が解ける。

 蹴り込まれた脇腹付近の骨が折れ、悲鳴を上げていた。

 

 星の瞳がアキロゼとらでんを捕捉した。

 

(まずい、来る――!)

 

 すいせいの思考を情報として下ろし、危機感知したが動き出しが僅かに遅れた。たったそのミスが死へと直結する――

 

 かんっ……と金属音が炸裂。

 らでんの目前で鮮やかな金髪が揺れる。

 心臓付近の矢は消滅して、どろどろと赤黒い血を流しているが、懸命に任務遂行へと喰らいつく。

 

「凡人が」

 

 無数の矢が空中に現出され、多方面からいろはに向いた。

 人間業では回避しきれぬ圧倒的数の暴力。

 いろはは死に臆す事なく叫ぶ。

 

「風真たちがなんとかします! 今のうちに‼︎」

 

 小さなポニーテールが力強く振れた。

 刀一本で斧を押さえているが、先までとは力量差がまるで違い、グングンと後方へ押される。

 

「ァ? たち――ッ‼︎」

 

 ガチンッ、と後方からの殺気に足を回せば口から血を流すクロヱが双剣を構え直していた。

 踵に生み出した矢を固定し、矢の先端で双剣2本を数瞬だけ受け止め、床に叩き落とす。

 

「っち!」

 

 リボンの剥がれたフードが勢いで捲れた。

 黒メッシュの混じった銀髪は酷く乱れている。

 

「雑魚がッ‼︎」

 

 生成した矢を一度消滅させ、方向を変えて再生成。先の半数が2人の身へと向いていた。

 

「1分も保ちませんよ‼︎」

 

 クロヱもいろはの言葉を繰り返す様に喚き散らす。

 凡人2人の声は、すいせいを除く全員の精神を震わす。

 

「みんな早く引け!」

 

 2人の覚悟を素早く受け取り、らでんは指示を飛ばした。

 はじめとアキロゼが逸早く逃げ去る。

 北通路はすいせいが邪魔なので別の通路から。

 

「はじめちゃん! これを!」

 

 逃げ出すはじめへ、声と共に一つのポーチを投げ渡した。

 あたふたしながらも見事にキャッチ。

 

「失くすんじゃないよ!」

「ぁい!」

 

 中身の確認もせず、ポーチを握り締めてはじめは通路へ飛び出した。

 

 

 いろはとクロヱが命を削って時間を稼ぐ。

 1秒、2秒と――。

 

「君も生きたければ急げ!」

 

 深い意図や策があるわけでは無いが、あやめにも指示を飛ばす。

 憎悪に満ちた相貌ですいせいを睨み付けており、何をしでかすか読めなかったのだ。

 らでんを一瞥し、ルイを見やる――。

 

「――バカ者! 死体なんて置いていけ!」

「嫌だ‼︎」

 

 ルイの身体を根絶丁寧に抱き抱えてあやめも荒れたリビングを後にした。

 その僅か十数秒の内に、いろはとクロヱの傷は見るに堪えない域に達する。

 

 痣だらけ、切り傷だらけ、穴だらけ。

 全身が真っ赤で、立って戦っている光景が信じられない。

 

(――すまない‼︎)

 

 最後尾でらでんも通路へ出た。

 

 

 

「こんな時間稼ぎ意味ねェぞ。あやめ以外には足で追いつく」

「はぁはぁ、はぁはぁ…………」

「はっ、あっ……」

 

 いろはは出血が致死量の半分を超えた。

 クロヱは出血こそマシだが右肺を串刺しにされ、呼吸が詰まる。

 

 一方、すいせいは一度クロヱが与えた腹の罰点傷のみ。

 

 呪いの有無で、戦況はこうも変わるものなのか。

 なんて理不尽な世界。

 

 

 ぐっ、と愛刀の柄を握り込むと両腕の傷口が広がって更に流血した。意識が朦朧として刀を真っ直ぐ構える事さえままならない。

 ぎゅっ、と双剣を握ると流れた自身の血が剣先から滴る。肺を欠損したせいで、いろはよりも酸欠になる速度が早く、全身が小鹿の様に震える。

 

 もう、ここから生きては帰れない。

 ただ生活の為にお金を求めて受けた日雇の仕事で、命を落とす羽目になるなんて。

 自分は相当おバカなようだ。

 叛逆なんてこれっぽっちも興味が無いのに。

 

 

 2人は同時に攻撃を繰り出した。

 足を縺れさせながら僅かな距離を疾走し、星街すいせいへと斬り掛かる。

 

「邪魔だ‼︎」

「っ――‼︎‼︎」

 

 クロヱの全身が紙のように軽々と浮き上がり、ボールの様に真っ直ぐと吹き飛び、暖炉間近の壁に激突。衝撃で壁が崩れて埋もれ、更にダメージを負う。

 

「――――」

「お前も――!」

「っ――――――」

 

 判断力と機動力が著しく低下したいろはも、諸に攻撃を受けた。

 右肩から左腰にかけてザックリと、斧が斬り裂く。

 致死量の9/10を超える出血。両手から愛刀が滑り落ち、手の中には血と汗だけが残る。

 

 ――べだん。

 

 と粉砕したフローリングに倒れ込み、巨大な血溜まりを作った。

 

 

「――――」

 

 

 控えめにも美しく装飾されていたリビングは、今や見る影も無い。

 血と瓦礫の海の中に、殺人鬼だけが佇んでいた。

 

「これならトワも、心配いらねェ」

 

 あくあを追って行ったトワにも、呪いの力は戻る。

 ルイとあやめには悪いが、これで神陣営の勝利は絶対的となった。

 

「逃さねェぞ、叛逆者ども‼︎」

 

 2人の死闘も虚しく、すいせいは逃げた4人の後を追った。

 

 

 

 ………………。

 

「………………」

「………………」

 

 ぴくっ、と血塗れのいろはの右腕が痙攣した。

 

 薄れゆく意識、生と死の狭間。

 そんな中でもまだ、任務を全うする。

 

(アレ…………どこ……)

 

 トロイア内に隠されているであろう、みこの命の片割れを探し出し、破壊する様にと、らでんに支持されていた。

 この指示を受けたのは、いろは、クロヱ、はじめの3人だけ。

 ルイが死んだ今、その片割れは誰の手でも破壊することが可能だ。

 

 せめて――これだけでも――!

 

 だが、いろはの身体はもう持ち上がらない。

 トロイアは愚か、リビング内すらまともに探せない。

 這いつくばってずるずる……と数センチだけ身を引き摺った。

 

 暖炉の火の弾ける音だけが耳鳴りの様に延々と聞こえて来る。

 

 顔を上げて、命を賭して最後の仕事に喰らい付こうと――

 

「ぃろ……じゃ……」

 

 上げた視界は真っ赤だった。

 その真っ赤な世界の中で、一際赤く光り輝く者が、暖炉の側に立っている。

 

「ぁっ……だ」

 

 翡翠に輝く宝石を摘み上げて何か言葉を発するが、掠れて聞こえない。

 でもその人はきっと……沙花叉クロヱだ。

 暖炉から聞こえる音が先よりも激しく、近くに感じる。

 クロヱの顔が見えない。

 全身が赤く光ってよく見えない。

 

(良かった――――)

 

 でも、宝石は見つかった。

 ならば後は、それを壊すだけ。

 

「ざ……がっ……」

 

 ばたんっ……かんっかん、からん……。

 

 ばちばちと炎の弾ける音が強まる。

 

 目前に一つの緑色の石ころが転がってきた。

 

(ああ…………)

 

 最後に一つ、貢献できて、まだ、マシ、かも。

 

 最後の力を振り絞って懐から小刀を引き抜いた。

 刃物が自身の胸に当たり、抉れたが今更どうってことはない。

 懸命に右腕を上げる。たった数センチ持ち上がった。

 

 がんっ――ぱきっ……。

 

 ぴちゃっ………………。

 

 砕けた翡翠色の宝石の破片が血に塗れても尚、輝きを放つ。

 

「………………」

「………………」

 

 燃え盛る炎が血溜まりと破片で反射して、室内はめらめらとした照明に照らされていた。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 照明が弱く、広く無いとある通路では奏とぺこらが全身全霊でトワを相手に肉弾戦を続けていた。

 奏たちは及び知らぬ事だが、スバルの力で身体能力が向上している為、トワ1人にも苦戦を強いられていた。

 

「ああウゼェ」

「そりゃあ……はぁ、こっちの! セリフぺこ!」

 

 不変な状況に辟易してトワが嘆息すると、ぺこらが同調しつつ切り付けた。

 しかしやはりハズレ。

 奏も追撃にナイフの先を向け、刺突を撃ちかけたが、トワの態勢から無意味と判断して踏み止まった。この数分の戦いで、奏は戦闘の基礎を学んでいた。

 

 ぺこらと奏は2人がかりであるにも関わらず、不慣れな戦闘で相当疲弊していた。

 だが、トワとてそれは同じ事。

 強化されたとは言え、得意としない近接格闘での殴り合い。普段以上に体力を使う上、数的不利でもある。

 今トワの命があるのも、スバルの死様々だ。

 

「うう〜」

 

 停滞に痺れを切らしているのは、ぺこらと奏も同じだった。

 場に似合わない可愛らしい声で奏が唸る。

 

「ぅ〜しゃーっ」

 

 そこから珍妙な威嚇を行うが怖くない。

 ふざけているのだろうか?

 

 2人の紅の瞳がトワを睨んだ。

 トワは吊り目をさらに吊らせて視線を返す。

 

 ぺこらはナイフを構えて再試行。

 しゅっと横薙ぎに振るってみたが空を切るのみ。

 

「オッら‼︎」

 

 ナイフを避けてぺこらと距離を詰めると、腹を狙って蹴り込む。

 ぺこらがもう一方の腕で身を守りながら引くと、入れ替わるように奏が襲い掛かる。

 

「とぉぁ!」

 

 まだまだ甘い振りだが、数分前よりは幾分か妥協できる攻撃だ。

 ナイフの所持がアドである事をより意識した動き。

 攻撃はナイフを基盤にしつつ、攻撃後はナイフを無防備にしない。

 

 トワは奏の刺突をサッと身軽に避け、単調なパンチをお見舞いする。

 顔面直撃寸前で何とか回避、直後に体勢を立て直したぺこらがトワを奇襲。

 ナイフではなく足を回して顔面を蹴り砕こうとするも、両腕で受け止める。

 そこへ再び奏の刺突。

 躊躇いなく心臓を狙っていた。

 ぺこらの脚を床に落としながら後方へ飛び退き、立て続けに回避。

 

「おっらぁ!」

「ッ――!」

 

 距離が開いて息継ぎしようと気を抜きかけたトワへ、ぺこらは惜しげも無くナイフを投函した。

 なけなしのラストナイフ。

 既の所で躱されたが大きく体幹がブレた。

 それを予期していたようにぺこらは駆け出しており、瞬く間に切迫、そして脚を刈る。

 

「んァ――」

 

 対処しきれずトワが横転。

 すかさず奏がナイフを振るう。

 

「ッぶ、ね――!」

 

 床を転がり回避した。

 勢いに乗せて身体を起こしている所を猛追。

 そして遂に――

 

 ぐっ‼︎

 

 とナイフが突き刺さる。

 

「ゥッ――ォ……ぎィ‼︎」

「ひゃっ‼︎」

 

 トワの腹に奏のナイフが埋まっていた。

 痛みに表情を険しくしたが、トワは脚を回して奏を蹴り飛ばす。

 なので奏はナイフを手放してしまった。

 あくあの姿を真似るように、ナイフはトワの腹を抉っている。

 

「奏ちゃん!」

 

 自身のナイフを回収したぺこらが、床に倒れた奏に駆け寄る。

 軽く膝を擦りむいただけで深傷は負っていない。

 さっと起き上がる。

 

「――やった!」

 

 致命傷には及ばないが、それでも大きな一撃。

 奏は雷霆殺しの第一歩に純粋に喜んだ。

 

「ぺこらさん!」

「うんっ!」

「ぐッ――」

 

 奏とぺこらは息を合わせて飛び掛かる。

 今度こそぺこらのナイフで致命傷を与えてみせる。

 そう息巻いたのだが――

 

 どくん!

 

 と3人の中の何かが変化した合図が、鼓動のように全身に伝播した。

 何が体に呼び掛けたのかは分からないが、何が変化したのかは直感できた。

 トワが苦悶の中で微笑を浮かべる。

 ぺこらと奏は髪を乱す静電気に身の危険を感じた。

 

 2人はブレーキをかけ、トワと距離を置こうとしたが、力の解放から発動までが短い。

 

「悪運も、尽きたな……お前ら!」

 

 トワの手中で起こる放電現象。

 やがて電気は形を成し、槍のような電撃が生まれた。

 

(やばい――)

「奏ちゃん!」

「死ねェ‼︎」

 

 トワの遠距離攻撃が2人を狙い撃つ。

 

 ぺこらは奏の腕を引き、咄嗟に右腕を流して呪いの力を発動させた。

 視界を覆う量の硬貨が通路に湧き出し、トワと2人を分断。直後にトワの雷が投函される。

 

 バヂバヂバヂバヂッ――‼︎

 

 激しい電撃音と共に無数の硬貨が発光。

 お金の道に沿って流電方向が変わり、ぺこらと奏ではなく、通路の壁へと直撃――そのまま電気が霧散する。

 

「逃げるよ!」

「はいぃ!」

 

 呪いの力が復活し、勝ち目無しと見るや否や2人はその場から一目散に逃げ出した。

 現場には質とサイズの異なる大量の硬貨が残される。

 

「チッ……逃げたか……イッ……」

 

 普段なら殺すまで追走するが、生憎ナイフが刺さっているのでそれも断念。

 あくあの後を追うにしても、この傷は治したいので一度みこに回収してもらいたい。

 トワは壁に寄りかかった。

 壁に微量の血が付着する。

 

(しかし……ルイが死んだのか……)

 

 呪いの復活の意味を理解すると、少し寂しくなる。

 だが、スバルを含めて仲間の死は予言として出ていた。

 だからせめて、トワはトワの守りたい者だけを守ると、そう決めている。

 

 

 シュッ、と不意に通路に人影が現れた。

 

 唐突に出現する者。それは決まってみこだ。

 トワは壁から背を離して気配のする方へ向いた。

 

「トワ、良かった」

「すまんみこち、刺されちまッた」

 

 お互いに軽く手を上げて合図を交わすと、みこが率先してトワに駆け寄る。

 巫女服には僅かな血痕が付いていたが、トワは気付かなかった。

 

「気にしないで。直ぐにそらちゃんの所に送るから」

「ああ、悪りィ……」

 

 腹を抱えながら直立し、弱々しい視線をみこに向けた。

 

「それより、あくたんは、無事か?」

「――――」

 

 気疎げな歯切れの悪いトワの一言に、みこは口を閉ざした。

 あの3人の関係性はみこもよく知っている。

 だが……ハナレへ戻れば時期発覚する現実だ。

 

「あくたんは死んだ」

「ェ……?」

「裏切ってたんだ、みこたちを。だからすまにぇェが――みこが殺した」

「ェ……」

「悪いにぇ。トワは一先ずハナレで休んでて」

「まッ――」

 

 トワと口論を繰り広げる前に、ハナレへと転送してしまう。

 

「…………」

 

 込み上げてくる感情を押し殺して、みこは前を向いた。

 

「さてと――」

 

 そして――ぺこらと奏の逃げ去った方へ足を進めた……。

 

 

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