叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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トロイア戦争⑥

 

 時は少し遡り、トロイア突入後――

 

 十字路で左折したおかゆところねは追手が来ない為、一度足を止めた。

 

「あれ――⁉︎ 誰も来ないよ」

「おいおい〜、神様も最強の靴『瞬足』には敵わねぇってか〜」

 

 ころねは存在しない敵を煽るようにつま先をこんこんと床に叩きつけた。

 その靴はスポーツ用の靴だったが、『瞬足』では無かった。

 

「でも殆ど直線だし、曲がる時はほぼ直角だったよ」

 

 コーナーで差を付ける靴の本領を発揮できないのでは?と異議を唱えるが、ツッコミどころが違う。

 

「施設内の廊下が滑らか〜に曲がっていたら気持ち悪いでしょ?」

「それもそっか」

 

 やはりツッコミどころが違う。

 おかゆは手に付着した血を服で拭った。

 一部は固まり始めており、拭っても取れない。

 

「おがゆ」

「ん?」

 

 不意におかゆの名を呼ぶ。

 おかゆの煌めく瞳を見つめて歩み寄り、ぎゅっと抱擁する。

 そして額をくっ付けて――間近で視線を絡めた。

 お互いの頰が赤らむ。

 

 ころねが和やかに微笑んだ。

 

「一先ずお疲れ」

「うん」

 

 敵地内であるにも関わらず、ころねはおかゆの唇に自分の唇重ねる。

 否――敵地だからこそ――いつ死ぬか分からないからこそ――愛せる時に、可能な限り愛を伝えていかなければ。

 とは言え、気分を最高潮まで高めてしまうと戦に集中できなくなるので、味のある濃厚なヤツは次の機会に。

 

 傾けた首をお互い真っ直ぐに戻しながら、口付けを終える。

 

 おかゆは比較的付着した血が少ない方の手で、ころねのお下げに触れた。

 しばしそのまま……そして手放す。

 

「これからどうする? 戻る?」

「んー……どうしよっか」

 

 前後の廊下を何度も見直して、これからの行動を考える。

 ぺこらの指示を仰げとらでんに言われたが、そのぺこらとも別行動となってしまっては……。

 自己判断で動く他ないが、正直何に関しても情報がなさ過ぎる。

 

「施設は出ない方がいい、かな?」

「でもこぉねたち、一応呪い持ちだでな」

「とか言って、2人とも素質知らないじゃん」

「たしカニ〜」

 

 ころねが両手でチョキを作って指をぴょこぴょこ動かす。

 

「――さっきの所で待ってたら、らでんちゃんが戻ってくるんじゃない?」

「たしカニたしカニ〜?」

「戻って待ってよう」

「わがっだ!」

 

 他力本願にはなるが、2人はらでんの帰還を待つ事とした。

 早速来た道を戻ろうとするのだが――

 

「――! おがゆおがゆ!」

「ん? なーにころさん?」

「あれ、あれってさcamera、じゃねぇ?」

「……あー、ホントだ。北門にもあったよね」

「木っ端微塵にしとこ!」

 

 天井付近の壁に見つけた監視カメラを視覚外から指差す。

 謎のポーズをとった後、カメラへと駆け出し跳躍――しかし届かず。

 

「――――ん! ん! ふんっ!」

 

 何度かジャンプして手を伸ばすが届くはずもないし、指先すら触れない。

 おかゆが尻尾を揺らし、くすくす笑いながら歩み寄る。

 

「ころさん、肩貸して」

「ん――? あい!」

 

 右肩を突き出す。

 ころねのおふざけは悉くスルーして、両肩に手を乗せ、無理やり屈ませる。

 

「乗るよ」

 

 汚れなど今更なので、ころねには悪いが靴のまま肩に足をかけた。

 壁に手を当てて寄りかかりながら、ころねの肩の上に立つ。

 

「立てる、ころさん?」

「ががががががが、がしゃこんっ!」

「いよっ」

 

 が、ぱりんっ。

 

 カメラを床に叩き落とすと、レンズやらが砕けて散った。

 

「降ろしていいよ」

「おかこロボット、はっしーーん」

「ぅわっ! まっ、まままっ――落ちる!」

 

 鍛えた筋力でおかゆを肩に乗せたまま駆け出すころね。

 急な振動におかゆは蹌踉めくが、2人の絶妙なバランスでそのまま走り抜けてゆく。

 

「組み直すの面倒だしこのまま行くよ」

「先に言ってよ!」

 

 体勢を保ちつつ通路を駆け抜けてゆく。

 その際、目に入るカメラは全て壊した。

 来た道を引き返して十字路まで戻ると、北門へ向かって走る。

 

 やがて北門へ舞い戻る。

 北門からは夕陽が差し込んでおり、外の様子はよく見えない。

 全長2倍のまま2人は北門付近まで駆け寄った。

 

「あ! らでんちゃん!」

「やっほ〜」

 

 北門前にはらでんとアキロゼがいた。

 2人の狙い通りだったので、ご機嫌だ。

 会話を図る前にカメラを破壊する。

 

 そして漸く2人は分離した。

 アキロゼとらでんが門を潜ってトロイア内へ侵入する。

 

 妙なヘアスタイルには触れない。

 

「カメラを壊していたのか、地味だが、ナイスだね」

「らでんちゃんに指示仰ぐ序でにと思って」

「指示? ぺこらさんから指示を貰ってないのかい?」

「中へ突入したら十字路があって、みんな別れちゃったの」

「成程……」

 

 らでんは顎に手を当てて唸った。

 2人への指示と、アキロゼ、らでんの行動について。

 

 シュッ――。

 

「――!」

 

 トロイア北門の前へ、突如1人の巫女が出現した。

 

「おっと、みんな、一先ずその十字路まで走って」

 

 らでんは焦らず3人に指示し、自身を最後尾として奥へと走る。

 トロイア内は不利と見たのか、みこが追って来る気配はなかった。

 そして再び十字路へ。

 

「よし、2人はここで待機していてくれ」

「え、ここで⁉︎」

「今さっき北門に現れたのが神様、さくらみこだ。トロイア外で彼女と接触すれば、君達と言えど勝ち目はない」

「神……あれが……?」

「どっちかっつぅと神に仕えとる服だったと思うけど」

「気持ちは分かるが……人を見た目で判断しなさんなって」

 

 らでんが咳払いして逸れかけた話の路線を修正する。

 アキロゼは話を聞かずに周囲を警戒していた。

 

「君達も、自覚は無いだろうが呪いの持ち主だ。呪いが戻ればきっと分かるだろう」

「「――?」」

「いいかい。呪いがその身に戻る、若しくは仲間がここへ来るまではここにいる事」

「そのどっちかが起きた時は?」

「仲間が来た時はその仲間の指示に従ってくれていい。万が一呪いが戻った場合は、即刻北門に戻るんだ」

「北門へ?」

「ああ。我々にとって不本意に呪いが戻った場合、勝機は著しく低下する。本意であれ不本意であれ、その際には逃げ道を確保しておきたいんだ」

「つまりこぉねたちが、北門を人が通れる状態にしとけって事だでな?」

「そう言う事だ」

 

 叛逆者たちが地上へ帰還する手段はふたつにひとつ。北門前の階段から地上へ帰る事だ。

 そこを妨害され退路が絶たれれば、流石に1人も生きては帰れない。

 呪いが消滅すれば、みこは躊躇なくトロイア内へ入り込んで来るだろう。

 裏を返せばトロイア外は手薄になる。

 監視カメラも丁度破壊した事だし。

 

「2人はどこへ?」

「この先にきっとリビングがある。私たちはそこへ向かう」

「分かった。気をつけて」

「2人も気を付けてね」

 

 十字路におかゆところねを残し、らでんとアキロゼは颯爽とリビングの方へ駆けて行った。

 

 

 

 

 暫くそこで待機したが、誰1人通る事は無く時が流れた。

 そして――。

 

 どくん、と体内で何かが脈打った感覚が訪れる。

 感じたことの無い違和感だが、これが呪いの帰還なのだと直感できた。

 

 暇すぎて座っていたころねが素早く立ち上がる。

 ゆらりと茶色いお下げが揺れた。

 

「おがゆ!」「ころさん!」

 

 煌めく瞳と赤茶けた瞳が剣幕に交差し、名前を呼ぶだけで以心伝心した。

 うん、と同時に頷いて三度、北門へと向かう。

 

 数分前よりも夕陽が焼けており、真っ白だった雲が暖かい色で満たされていた。

 その中でもやはり、スバルから流れた血の赤は目立つ。

 目立つの、だが……。

 

「しゅばァあー! ゥァアあ、あー……!」

 

 それ以上に注目を集める存在が2つ。

 スバルの亡骸の前で膝をつき慟哭する桃髪少女と、それを静観する金髪少女。

 乾いた血の上に涙が溜まって行く。

 

「ルーナ……」

 

 こよりの伝令を受け、インターン生宿舎より駆けつけた2人のインターン生。

 尾丸ポルカと姫森ルーナ。

 軽薄な衣装で身を包んでおり、戦地に赴くには身軽過ぎる。

 

 スバルの死は先日の訪問時に予見していた為、ポルカの精神はまだ落ち着いていた。

 しかしルーナは、明日も会えると、スバルの死を想像もしていなかった。

 唐突に訪れた別れ。

 あの日の別れが、そのまま一生の別れとなった。

 

 泣き叫ぶルーナを、3つの視線が射抜いていた。

 

「……ッ⁉︎ おい、ルーナ」

 

 妙な気配を感じ、ポルカは周囲を見渡した。その時、ルーナを見つめるふたつの眼差しと視線が絡む。

 見覚えのない容姿。そのイヌとネコは、紛う事無く叛逆者の仲間。

 

 だが、ポルカが様相を変えたのは、紫のネコ少女に付着したいくつもの血痕が目に入ったから。

 遠目にも乾いていることが分かる上に、間近で固まっているスバルの血と酷似していた。

 

 2人の視線を遮る様にルーナの前に立ち、小さく呼びかけると、ルーナも漸く敵の存在に気付く。

 涙を止めず、淡い光を放つ双眸を滲ませて、視線を向ければポルカと同じ見解に辿り着いた。

 鼻水を啜り、震えながら立ち上がる。

 ポルカの服を引っ張って寄りかかりながら。

 そして立ち上がればポルカの前に出た。

 

 おかゆところねは数回程周囲を見回して、2人の他に人影が無いかを要確認。

 その後トロイア北門を潜り、雲地の感触を確かめながら進み出た。

 

「ぜッッてェー殺してやるのら」

 

 色の異なるルーナの瞳が、悲壮の上に憎悪を塗り込んでゆく。

 涙は止まらない。

 

「じゃあルーナ。手ェ貸すよ」

 

 ルーナに並んで、パキッと右手の骨を鳴らした。

 勝手に戦争に参加するインターン生。

 

 おかゆところねは2人に微かな同情が生まれたが……敵は敵。

 気を引き締めて、拳と小刀を握った。

 

 夕陽が半分以上隠れて、真反対の雲の海の先には半月が浮かび上がっている。

 間も無く夜が訪れるだろう。

 

 

 ルーナの涙の流れが弱まり、収まった時――北門にて小競り合いが発生した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 リビングを飛び出して、らでんはトロイアの廊下を走る。

 ルイの死によりトロイア全域に掛かっていた秩序の力が切れ、らでんの力でトロイアの情報も下ろせる様になった。

 施設マップを脳内に下ろし、極力最短距離での脱出を図る。

 右半身にだけぶつかる髪が鬱陶しい。

 久々に大汗をかいている。

 普段は室内で世界の状況を雑に俯瞰している為、頭以外は疲れない。

 

 色々と邪念を混じらせつつ、らでんは更に情報を下ろす。

 現在トロイア内にいる人間と、その居場所だ。

 

 その結果判明したトロイア内の生存者は――らでん、アキロゼ、はじめ、ぺこら、奏、シオン、すいせい。

 トワの不在を不思議に思い、生死を確認すると生きていた。この事より、みこもトロイア内に居ると推測できる。

 そして其々の居場所を確認――大半は想像通りの纏まり方をしていたが、シオンの現在地が不自然過ぎる。

 

「――それはいかんやろ」

 

 らでんはとある分かれ道でアキロゼたちとは異なる道を選択し、出口から少しばかり遠ざかった。

 その先にシオンがいるからだ。

 

(あの子だけは――!)

 

 1人トロイア内に取り残せば、確実に死ぬ。

 恐らくあくあの死も知らないだろうが、彼女には生きてもらう必要がある。

 

 らでんは常に追っ手の状況を脳内に下ろしながら進む。

 

(なんでこっち来るんよ‼︎)

 

 背後の追っ手――星街すいせいは、らでんの後を追って来た。

 当然2人はお互い視覚外だ。

 だがらでんは知識の力で、すいせいは圧倒的な五感を頼りに居場所を突き止めている。

 

 しかもこの速度差。

 追い付かれるのも時間の問題だ。

 

「――! シオンちゃん!」

 

 進む通路の先で力無く倒れるシオンを発見した。

 速度を上げて駆け寄り、力強く揺さぶって覚醒を促す。

 

「ぅ……」

 

 小さく呻くが中々目を開けない。

 

「寝とる場合やないけん! 早よ起きんさい!」

「っぶべべべっ」

 

 べちべちべちべちべち!

 

 と往復ビンタをかまして強引に起こした。

 シオンの両頬が赤く膨れ上がる。

 

「何もう⁉︎」

「『轟天一等星』が間近まで来ている! あっちへ向かって走るんだ!」

「……?――? あ、え? あ! ねえあくあは?」

「そんなのは後だ! 早くしないと死ぬよ!」

「っ! は、はい!」

 

 捲し立ててあくあの件は流す。

 恐喝する様に指示すると、シオンは眉をきりりと立たせて潔い返事をした。

 みこに蹴られた腹の位置がまだ痛いが、幸い深傷にはなっていない。

 シオンがらでんの示した方向へ走り出す。

 が、直ぐに足を止めた。

 

「らでんちゃん?」

「らでんはいいけん、早よいきんさい!」

「は、はい!」

 

 最後の一喝でシオンは振り返ることをやめ、ひたすらに走った。

 シオンの後ろ姿が見えなくなるとほぼ同時に、後方から歓迎できない者が現れる。

 

「やあ、『轟天一等星』」

「…………」

 

 いろはとクロヱをリビングで殺し、もうここまで追いついて来た。

 元々、狩猟の呪いの力で五感は鋭く、運動神経は抜群だったのだが、スバルの力でその実力は格段に跳ね上がった。

 今の神の一団では、みこの次に厄介な存在だと明言出来る程に。

 

「誰だ、今のは」

「ただの一般人さ。呪いすらもない」

「読めねェな、お前だけは一生」

「褒め言葉かな?」

 

 すいせいの星の瞳が鋭くらでんを睨む。

 大きな斧を肩に掛け、微量の汗を片手で拭った。

 

 らでんがごくり吐息を飲むと、すいせいは何かを悟った様に目を細めた。

 

「テメェはあたしの数万倍は賢い」

「それは誇張がすぎるよ」

「だから下手に会話を続けて、懐柔されたり、絆されたり、時間稼ぎされる展開だけは避けねェといけねェ」

「……それは実に賢明だ」

 

 らでんは震える手で懐からタバコを引っ張り出した。

 

 ガシャッ……

 

「『叡智の書』」

「…………」

 

 斧の先端を首元に突き付けて、問う。

 咥えかけたタバコをうっかり床に落としてしまった。

 

「お前はあたしらの味方か? イェス、オア、ノーで答えろ。それ以外は殺す」

「あぁ……」

 

 全身の痙攣が増した。

 箱を震わせながら、タバコをもう一本抜き取り、今度こそ咥えた。

 ライターで着火し、一服――

 

「ぅっ、げっほ――ごほっ……こほっ、ごほっ……」

 

 緊張で喫煙を失敗し、盛大に咽せた。

 咳をするとタバコの煙が吐き出る。

 

 その間もすいせいの態度は一切変化せず、ただらでんの答えを待つ。

 

「すまない゛っ……うぅ……」

「早く答えろ」

 

 らでんは一考した。

 今のすいせいは嫌に理性的だ。

 きっと答えなど分かりきっている。

 なら、どう答えれば最も時間を稼ぐことが出来るだろうか。

 

「何とも……答えに困る質問だ」

「――――」

「今までの――」

 

 ガンッ――‼︎

 

 斧が眼前に振り下ろされた。

 全身の血の気が引いて、貧血を起こしたのかと思った。

 

「聞こえたろ、次は首を刎ねる」

「……っ」

 

 息が詰まる。

 

 さっさと殺して進めば良いものを、態々会話を図る辺り、らでんの損失が神の一団としても手痛いものだと認識しているのだろう。

 様々な観点から見ても、らでんの生死は今後の展開に大きく影響する。

 

 タバコを大きく吸った。

 今更肺の心配など不要だ。

 

「私は君たちの――」

 

 ――――――

 

「――敵だ」

「そうか、死ね」

 

 ガァンッ――!

 

 と、先程とは比べ物にならない勢いで斧を振るった。

 床を大きく割り、凄まじい亀裂が入る。

 床の破片が撒きちった。

 

「ァン?」

 

 そう――らでんは目にも止まらぬ攻撃を躱して見せた。

 予想外の動きにすいせいは不機嫌に顔を顰めた。

 次の攻撃は――

 

 ザシュッ。

 

「っ――‼︎‼︎」

 

 らでんの腹を抉る横一線の斬撃が炸裂。

 内臓も纏めて切り裂かれる。

 

「っぶ――はっ――!」

「ドラァ‼︎」

「ぅぶ――」

 

 脇腹に骨を砕く強烈な蹴りも炸裂。

 軽々とらでんの身が吹き飛び、壁に衝突。

 背中と脇腹の骨が折れた。

 腹と口から大量の鮮血を吹き出し、壁を滑り落ちる。

 

 ツカツカとすいせいの足音が激しい耳鳴りの外から聞こえる。

 眩暈がして視界が渦巻き、すいせいが奇妙な足取りで近づいて来る姿が見えた。

 目前で赤い金属を振り上げ――

 

 ――ッシャ。

 

 

 すいせいの下半身はどこも見ても赤黒く光っていた。

 

「どいつもこいつも――!」

 

 すいせいはシオンの後を追う。

 

 通路に落ちたタバコの煙が……そっと揺らいだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「はぁはぁ……追ってはこないぺこな」

「ふぅ……助かりましたぁ」

 

 呪いの力が帰還し、トワとの戦いを放棄したぺこらと奏。

 2人はトワから遠ざかる為に走って、見覚えのある十字路に戻って来た。

 

「まさか、あんな使い方出来るなんて」

「うん。らでんちゃんに言われてたから」

「言われてたとは〜?」

「可能であればぺこーらは『雷霆』にぶつけたいって。その時にお金で防げるだろうって」

「流石ですね〜」

 

 当然1人では勝機が薄いので、誰かと組ませる事を想定していたそうだ。

 だが流石に奏なんかとは戦えない。

 言っては悪いが、呪いが使えなさ過ぎる。

 

「それで、どうしますか? 戻って来たみたいですけど」

「ん……シオンちゃんがどうなったか心配だから、中を探してみるぺこ」

「奏はどうしましょうか?」

「トロイアの外に出て、シオンちゃんの安否を確認してほしいぺこ」

「本当に好きなんですね〜」

「うん。じゃあ、任せるぺこよ」

 

 奏の揶揄にも素直に返し、ぺこらはリビングの方へと走っていった。

 長い耳を跳ねさせ、小さな尻尾をふりふり振って。

 

「はーい」

 

 お子様の様な返事をして、奏は陽気に手を振る。

 小さく微笑んでぺこらの背を見送ると、奏は北口の方を向いた。

 

(そろそろ、二人も戻って来るかも)

 

 シオンの安否より二人の安否が気掛かりな奏は、早速ぺこらの指示を無視しそうになる。

 

「よっし」

「――――」

「――?」

 

 突如、背後から恐ろしい気配を感じた。

 振り返ると――

 

「ぁっひゃぁ‼︎」

「――――」

 

 1人の女性が奏を見下ろしていたので、絶叫して数メートル距離を取る。

 

 赤に近い桃髪に、巫女服。

 組んでいた腕を下ろすと、服に結ばれた鈴がチャランと鳴った。

 

「オメェ、『声楽調律師』か」

「……?」

 

 顔も名前も知らぬ相手から、知名度の低い異名で呼ばれ奏は首を傾げた。

 小さな口をあんぐりと開けて、相手の様子を伺う。

 

「オメェも叛逆者だな」

「……あなた、は?」

「みこは神様」

(――⁉︎ こんなのが⁉︎)

 

 愛らしい容姿に、幼さの残る滑舌と口調。

 例えらでんに証明されても信じられない事実。

 

 だがこんな時、基本物事は都合の悪い方で考えるべきである。

 よって奏はナイフを――

 

「やっばい……」

 

 懐に手を突っ込むが、何も掴めない。

 今し方ナイフはトワにプレゼントして来たのだから。

 

 奏には武器がない。

 

「フブキちゃん達と、仲がいいらしいにぇ」

「――?」

 

 翡翠の瞳が憐憫を含んだ。

 その瞬間――奏は無理解に思考を蝕まれる。

 

 神様のクセに、態々奏に声をかけたり、フブキをちゃん付で呼んだり……。

 何かがおかしい。

 

(何……この人……)

 

 紅の瞳を煌々と光らせて威嚇するが、みこは決して怯まない。

 奏は右ポケットに手を突っ込んで一つの球を握った。

 

 ビリッ――

 

「っ⁉︎――――――」

 

 みこが左手を突き出して魔法を放った。

 予測不可能な現象に成す術が無かった。

 

 

 ――――――。

 

 

(はぁ、やっと死ねる……のに、どうしてだろう、怖い)

 

 

 ――――――。

 

 

(ああ、そうか……やっと見つけた――)

 

 

 ――――――。

 

 

 ぱさっ。

 と無慈悲に奏の身体が地に転がった。

 

「んにゃ?」

 

 ころっころころころ……。

 

 奏の右手から一つの小さな球体が転がって来た。

 万が一を考慮して、魔法で焼き払おうとしたその時――

 

 ぱちっ、ひゅ〜〜〜…………どん!

 

「にゃ……? はな、び……?」

 

 小さな赤い打ち上げ花火が、室内で上がった。

 僅かな火花がみこに降りかかるが、魔法のバリアで全て弾く。

 そして、火薬玉の燃え滓と奏の亡骸だけが場に残った。

 

 みこはきらりと奏の頰を伝う雫を目にした。

 

「リビングの、アレは……どうなってるかな」

 

 みこは続いてリビングへと移動したのだった。

 

 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 とある辺境の小さな村に、1人の女性が住んでいる。

 古臭い一軒家と広大な敷地を埋め尽くす畑をたった1人で管理する。

 彼女の名は――白銀ノエル。

 

 毎日の様に野菜や米の世話をして静かに暮らしていた。

 

 だが今は、とある2人を家に抱えている。

 

「ねえノエちゃん」

「ん、どした〜フレア〜」

 

 うち1人――不知火フレアである。

 フブキによって解放されたフレアは神の目を逃れ、この地に身を置いた。

 

 農作業を終え、縁側で涼しげに一点を眺めるフレアの隣に並ぶ。

 タオルで汗を拭いて、ノエルは一口お茶を啜った。

 夕焼けが眩しい。

 

「あの子は? ずぅーっとあっこにいるけど」

「あー、あの子は……まあ、色々あったんよ」

「ふーん」

 

 フレアの示した先――小さく雑に墓が立てられており、墓の前で1人の少女が死んだ様に座り込んでいた。

 数分追悼する程度ならただの墓参りだが、かれこれ3時間は動いていない。

 

「さて、そろそろご飯作るけん、フレア手伝ってちょ」

「あいよ」

 

 縁側に置かれた湯呑みをふたつ持ち上げて、ノエルは家に上がり、支度を始める。

 フレアも同様に縁側から家に上がった。

 

「ん」

 

 不意にフレアが月が昇り始める空の彼方を睨んだ。

 動作の5秒後にノエルが気付く。

 

「フレア?」

「ごめん呼び出し喰らった」

「え〜、手伝いたくないだけじゃないん、それ」

「違うって。本当に、凄いところから呼ばれたから、いつ帰るか分かんない」

「もう〜、分かった。じゃあ先に済ませとくけんね」

「ん」

 

 フレアは髪を結びながら靴を履き直す。

 髪を束ねてポニーテールにすると、両手を何度も握り、靴で地面をこんこんと叩いた。

 感触の確認、問題なし。

 

「じゃあ行って来る」

「あいよ」

 

 見送るノエルはフレアから少し距離を置いている。

 理由は次の行動にあった。

 

 ぼっ!

 とフレアの四肢が発火し爆発。そのエネルギーを動力に空へと舞い上がり、空の彼方へと飛んでいったのだ。

 

「はぁ、困った人じゃねぇ」

 

 ノエルは大きく息を吐いて、肩に掛けていたタオルを椅子の背もたれに掛ける。

 帽子も脱いで机の上に置き、玄関から外へ出た。

 明かりも少なく暗くなり始める中、ノエルは先程フレアが気にしていた少女の下へ向かう。

 ざくざくと土を踏む音が響く。

 

 ノエルは墓の前で鎮座する少女の背後に立った。

 

「ご飯作るけん、手伝って」

「…………いらない」

「マリンはいらんくてもノエちゃんは食べるけん、手伝って。土地貸したんやけん、それくらいはしてよ」

「…………」

 

 少女――マリンが黙って振り返った。

 右眼は眼帯で覆われている。

 左眼は、もはや無生物の様な有様。色は褪せ、正気は失せ、生命の息吹をまるで感じない。唇も乾き切っていた。

 折角の麗しい美貌が、意気消沈して崩壊している。

 

「死にたい……」

「知らんよそんなん」

「死にたいのに……かなたがそれを、許してくれない……」

 

 墓の前に突き刺さった人工の翼を見つめた。

 枯れた涙が気体のように、マリンの瞳から溢れる。

 

「死んだ人は喋らん。もし死にたくないんなら、それはマリン本人が生きたいと思っとる証拠なんじゃない?」

「んーん、私は死にたい」

「ああもう! 何でもいいけど暗くなるけん、今日は家に戻るよ」

「…………」

 

 強引にマリンの腕を掴んで立たせると、ふらふらと蹌踉てノエルに倒れ掛かる。

 その体を引き摺るようにして、マリンを家まで連れて帰った。

 

 

 

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