太陽の沈みゆく世界で拳と刃の応酬。
薄暗い雲の上をトロイア北門から漏れ出る明かりが照らす。
軽装備のポルカは、回避に大きく意識を使いつつ、機を見て時折迎撃に出る。を基に動いていた。
だが、ルーナが怒り心頭で分け目も振らず前へ前へと出るので、ポルカはカバーに回る羽目になる。
お陰で顔や腹に拳を3発、右腕にナイフ一撃を喰らった。
その代償も虚しく、ポルカとルーナの攻撃は一つも当たらない。
対しておかゆところね。
2人は相手が呪い持ちと仮定して戦っていたが、その片鱗を一切見せないので、おかころと同種か、呪いを持たない者と結論付けた。
ルーナがヤケに攻撃的だが、それ故に連携が取れておらず捌き易い。
ころねの動きを起点としておかゆがナイフで急所を狙う。
それを繰り返していたが、ナイフの命中はポルカの腕に刺さった一度きり。余程おかゆの動きを警戒していると見える。
「ッッ‼︎」
ルーナがまたしても拳を握ってころねに襲い掛かる。
軽々と身を翻し、眼前に拳を通過させながらころねは距離を詰めた。
無防備なルーナを狙うころねの拳。
流血する右腕を振り翳してルーナを押し飛ばし、ポルカは自ら拳を受けた。
左腕に響く衝撃に顔を顰める。
だがこの展開はここまでの戦いで予測できた。
ここぞとばかりにおかゆがナイフをルーナに向ける。
「ルーナ――‼︎」
ころねの拳を雑に流してもう一度ルーナを突き飛ばす。
どうせもう使えない右腕だ――。
おかゆのナイフがポルカの右掌に正面から突き刺さる。
「ィ゛ッ……デ……‼︎」
「んっ⁉︎」
激痛に絶叫することも無く、ポルカはただ冷静に――ナイフを握った。
突き刺さったナイフを奪おうと右手を丸めたが、力が籠もらず、おかゆにナイフを引き抜かれる。
プシッ、と血飛沫が舞う。
「なんなの……この人……」
「尋常じゃない――」
ルーナを庇護する為に自ら負傷するポルカも……ポルカが自らを犠牲にする事を承知で無鉄砲に突っ込むルーナも……どちらも正気の沙汰とは思えない。
控えめに言っても、常軌を逸している。
そんな狂気的なスタイルの敵に、おかころは臆し始めた。
先程までの同情とは打って変わって。
ナイフが抜けると同時に、ポルカはルーナの首根っこを掴んで2人から距離を置いた。
そうでもしなければ、また無策で飛び掛かっていただろう。
右腕をだらしなく垂らし、血を滴らせる。
雲地が新たな赤で染まる。
「ルーナ、狙われてるから気をつけてな」
「じゃあちゃんと守って!」
「おう」
我儘なんて比ではない。
親切なんて域でもない。
ネジがトびまくっている。
ポルカの右腕はトマトを潰した様な赤さ。
今日初めて感じる夜風が生ぬるい。
「おがゆ」
「ころさん」
名前を呼ぶだけで心が繋がる。親密な2人に口頭での作戦伝達など不要。
以心伝心で何だって共有できる。そう信じている。
ポルカの血で塗れたナイフを大きく一振りし、払える血を払った。
色はあまり変わらない。
赤い金属光沢に歪んだ自分の顔が写っていた。
「んなあァァァ‼︎」
ルーナが真正面からころねに突っ込む。
予見した様にポルカも並んで駆けてきた。
捻りの無いパンチがころねの腹を狙って放たれる。
回避よりも相殺に当てる方が無難と見て、ころねはルーナの拳に自身の拳を衝突させ――
バチッ――
「――っ⁉︎」
「おらァァァい‼︎」
「んぐっ――‼︎」
ころねの顔面にルーナの打撃がクリーンヒット。
折れた前歯と共にころねの身体がトロイア北門前に転がった。
「ころさん‼︎」
「余所見してんじゃ――ッねェ‼︎」
「っぎ!」
ポルカの回し蹴りを反射的に防いだが体勢が悪い。
ユラリと2色の瞳が揺れながらおかゆに迫っていた。
回避は間に合わないと判断し、ポルカの攻撃の軌道を逸らせた後、打撃を喰らう覚悟でナイフを振るった。
バチッ――
「――っ⁉︎⁉︎」
「おらァッ‼︎」
「ゔっ‼︎‼︎」
おかゆの鳩尾にルーナの打撃がクリーンヒット。
微量の唾液を散らしてころねの間近に転がった。
腹を抱えて蹲る。
「ルーナ、お前……」
「んな?」
「いや、このままヤッちまおゥ」
「ふな!」
(自覚してねェだと? 今のは完全に……故意だろ)
ルーナの発動した不可思議な力は、ルーナ以外が認識した。
攻撃を一方的に弾かれたおかゆところねは、それがルーナの隠された呪いの力であると早期分析したが……。
ポルカは追求せず目の前の敵の殲滅に意識を注ぐ。
「おがゆ!」
「ぅぅ……」
「おがゆ、だいじょぶ⁉︎」
「ぅっ……ぇっほ、げほっ……」
鼻血を拭っておかゆに駆け寄る。
おかゆは鳩尾を両手で押さえて蹲り、激しく咳き込んだ。
唾液が散る。
おかゆが視線を上げると、ころねの前歯が一本無くなっていた。
怒りが湧いた。
でもまだ立ち上がれない。上手く拳を入れられたようだ。
だがおかゆの復帰を待ってくれる優しい敵では無い。
元々両者、実力自体は拮抗しているのだ。油断も手加減も出来ない。
「おらぁぁい‼︎」
「んっ!」
ころねを襲う単調な攻撃。
回避は余裕だがおかゆから離れられない。
拳を合わせて相殺を――その発想の直後、先ほどの光景が脳内にフラッシュバックした。
再思考――。
「おがゆっ」
おかゆの身を引いて飛び退いた。
間髪入れずに追撃が来る。
ポルカの左脚からの踵落としがおかゆを狙っていた。
ルーナとの距離が1歩半ほどあり、今ならば受けることが出来る。
攻撃の間に割って入り、クロスした両腕でポルカの脚技を受け止めた。
衝撃を両腕から全身に流すと速攻で右手を懐へ。
ナイフを取り出して軽く一振り。
「んなもん今更‼︎」
ザグッ――‼︎
「っそ⁉︎」
2度もナイフに刺された右腕で、再度ナイフを受け止めた。
右足を着地させながら左脚を振り抜く。
「オッらァッ‼︎」
「ふっ――」
腰を撃ち抜く蹴り。
骨が曲がるような音が内部から伝わって、全身がふっと浮いた。
雲地を滑って転がる。
苦痛に顔が歪む、が自分よりおかゆ。
激痛が走るも腰に力を入れて顔を上げ、おかゆの身を案じた。
「おかゆ‼︎」
気が付けばおかゆは立ち上がっていた。しかし、
「んなぁあ‼︎」
ルーナの行動に対処できない。
顔面を狙った打撃が炸裂――
「ふんっ‼︎」「――⁉︎」「――⁉︎」「っ――」
バヂバヂバヂバヂ――
突如介入してきた白い影。小さな星が靡く。
ルーナの拳に拳をぶつけた――つもりだったが、拳同士は衝突していない。
「何これっ、バリア⁉︎」
「フブキ、ちゃん――!」
介入してきた白い影――それは白上フブキ。
得意の怪力で押し切れない不可思議な半円の膜が明滅しながらルーナを覆う。
だが、ルーナの拳も膜を破ることができない。
「んだッ、テメェ‼︎」
ルーナへの半接触に怒ったポルカの渾身の左拳が、フブキの頰を狙う。
その背後に浮かぶ黒い影。
「どあっ⁉︎」
ガンッ‼︎
ポルカの身体が紐状の何かに掴まれ、強引に回避させられる。
そして交代するように割り込む、灰色の影。
ギラリと煌めく肉食獣の瞳と、銀の光沢。
拳と拳の衝突――。
衝撃波が全身を震わす。
「おまるんに、触んじゃァねェよ‼︎」
「――⁉︎ 奮迅獅子⁉︎」
「ししろ‼︎」
フブキに加えて飛び入り参加する、ミオとぼたん。
ミオの怪力にメリケンサックと強化された肉体で挑むも、パワー負けしている。
ぴしっとメリケンサックに罅が入った。
ポルカを引いた鞭を消滅させ、左手に拳銃を生み出すと、拳が弾かれる前にミオに発砲。
「うぐっ、ああ‼︎」
半身躱して致命傷は避けるも左肩を撃ち抜かれた。
ミオが拳を引くとぼたんは勢い余って前のめりに。
その隙にフブキがミオを連れて距離を置く。
「チッ」
パパンッ――
と2丁の拳銃を発砲してみたが、外れ。
飛び出しかけたルーナの首根っこを掴んで、ぼたんはポルカの下まで跳躍する。
ポルカの真横にルーナを投げた。
「お前ら、何やってんだよこんなとこで」
視線を落とさず2人を叱責するとどちらも不貞腐れる。
「だって、しゅばが――!」
「関係ねェよ。それでお前らが無駄に死んで、何になんだバカが」
チラリとポルカの右腕を一瞥。
見るからに痛々しく、出血が多い。
「――ハナレへ行くぞ」
「しゅばは‼︎」
「置いてくに決まってんだろ‼︎」
ルーナとポルカを鞭で括って西へと視線を向ける。
ルーナが必死に踠くが、腕は巻き取られて足がバタつくだけ。その行為は寧ろ2人を抱えて逃げるぼたんに悪影響を及ぼす。
同じく拘束されたポルカは顔をルーナに向けてソッと告げた。
「ルーナ、戦後でも遺体は回収できる。また後にしよう」
ルーナの意思を極力尊重するが、それによって自分以外が死ぬ事は避けたい。
中立の立場で折衷案とは言い難い案を提唱した。
だがルーナは余計に暴れた。
「いや! しゅばも連れてくの‼︎」
「ルーナ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやい‼︎」
「うるせェぞルーナ‼︎」
叛逆者4人の姿を視界に収めながら、ぼたんが再び強く叱責した。
両手が塞がったぼたんなら、4人で詰めれば容易く落とせる。
すぐに逃げたいが、ルーナが暴れる内は危険だ。ぼたんだって腹を刺されて負傷しているのだから。
すっ転んで3人纏めて死亡は、論外。
しかし、幾ら恐喝してもルーナの横暴は止まない。
「テメェ‼︎ そんなにスバルと一緒がいいんなら、1人だけ置いてくぞ‼︎」
「――っ‼︎ おまッッ‼︎ なんて事言うんだよ獅白‼︎」
ぼたんの度を超えた発言にポルカまでも怒りだした。
「んやァー‼︎ しゅーばー‼︎」
「もういい! ルーナは気にせず逃げてくれ‼︎」
「無茶言うなよ! これでもあたしだって怪我してんだ! こんな暴れられちゃァ、すぐに転けて終わるぞ!」
「じゃあポルカを下ろせ」
「あ⁉︎」
「いいから‼︎」
ポルカに詰められ、渋々左手の鞭を消滅させた。
雲地に立つと真っ赤な右腕と薄白い左腕を持ち上げて暴れるルーナを抱き締めた。
桃色の髪に腕形の血が付着する。
「落ち着けルーナ。今暴れても仕方が無い」
「いやいやいやいやい‼︎」
「スバルの敵を討つ為にも、今は退こう。報いを受けさせてやる為に、ポルカもルーナも、今は生きて戻らねェと」
「いやぁ……しゅば……しゅばァァ……」
「大丈夫だ。スバルは、お前の心にきッッと居る。置いてッたりできねェ」
「うッ……ぢゅばァ……」
心臓の音を聴かせながら、ルーナに冷静に語りかけた。
大粒の涙を流し、ルーナは暗くぼやける視界の中でスバルの亡骸を見つめた。
ポルカの心音が、いつしかスバルの心音と錯覚して、身の内にスバルを感じるようになる。
涙は止まらないが、暴挙は治った。
ポルカは抱擁を解く。右腕にルーナの髪が張り付いてきた。
「ししろ」
「行くぞ」
ポルカの合図で2人は西へと駆け出す。
「っ! 逃がさないっ‼︎」
フブキところねもまた、愛する者を傷つけられた怒りで襲い掛かる。
猛ダッシュで行手を阻もうとするが――
「来るんじゃねェよ!」
ぼたんの左手は空。
つまり――
「ぃっ⁉︎」
左手に手榴弾を生成。バランスを崩しながら、八重歯で栓を抜き迫り来る叛逆者たちへ投函した。
ドォォォン。
威力は中程度だが、爆煙と爆風が発生し元より暗い視界が一層曇る。
獣人得意の嗅覚も煙でやられてしまい、機能しない。
深追いは厳禁だ。
爆煙の外で雲地を蹴る音が遠ざかって行く。
やがて煙も晴れ、夜が戻るとそこにはもう、4人とスバルの亡骸しかなかった。
「逃げられた」
「は、おがゆ‼︎」
ころねは真っ先におかゆへ駆け寄った。
しかし、明らかにころねの方が負傷が大きい。おかゆの腹痛は治ったが、ころねの欠けた前歯はもう再生しない。
鼻血だってまだ垂れている。
「僕は平気。ころさんこそ大丈夫?」
「こぉねは顔入れ替えたアンパンマンくらい元気だでな」
「凄い元気じゃん」
鼻血を垂らしながら、にけっと笑った。
おかゆも安堵して胸を撫で下ろす。
「ミオ、肩は大丈夫?」
「うん……ちょっと痛いけど、まだまだ動けるよ」
「タフネスだね」
「なんでだろうね」
ミオは正面の傷口を押さえてへへっと笑い、痛みを忘れる。
ラプラスのパンチを顔面に喰らって、即復活したりと何気にタフだ。
それが呪い故なのかは不明だが、いい事ではある。
二人はおかゆところねに歩み寄り、戦況を尋ねる。
「今、トロイアはどうなってるの?」
「僕たちにもよく分からないんだよ。ただ……秩序、だっけ? その力が切れたっぽくて、今はもうトロイア内も無法地帯だと思う」
「じゃあ、トロイアでも呪いが使えるんだね?」
「うん」
おかゆの答えに二人は顔を合わせて頷く。
「二人とも、トロイアに行く気⁉︎」
「勿論! まだ戦うよ」
「止めときって!」
「んーん。私たちまだ、全然何も出来てないから」
フブキはトロイア戦争での戦績を振り返る。
ラプラスの撃破とぼたん+2名の撃退。
ラプラスに関しては神の一団ではない為、殆ど貢献になっていない。
せめて、神とは言わずとも、神の遣い1人くらいは今潰しておきたい。
「それに、今ここに居ない仲間達も心配だから」
ミオがスバルを一瞥して付け加えた。
首肯するフブキと共に頭に浮かべるのは、一致して奏である。
「二人はどうするの?」
フブキとミオはトロイア突入を決意し、おかころの意思を問うた。
「こぉねたちは、この通路――帰り道を常に開けておけっ、てらでんちゃんに言われたから、ここに居る」
「うん。だから二人とも――――気を付けてね」
「「うん‼︎」」
白と黒の影がトロイアへと侵入する姿を、おかゆところねは見送った。
遂にトロイア内部へと突入したフブキとミオ。
戦況は相当変化していると思われる。
「雷霆に当たると、正直勝ち目が無い。狙うのは神、轟天一等星、明鏡止水の誰か」
「そうだね。もし雷霆と出会したら、逃げた方がいいかも」
通路を駆けながら二人は戦う相手を吟味する。
今明言した通り、二人は確実にトワに敵わない。
そして神の力も知らずこう口にしているが、当然神にも敵わない。
純粋なパワー勝負が可能な、すいせいだけが二人の勝機を見出せる敵である。
「兎に角まずは誰かを探そう。敵でも味方でもっ」
「そうだね、急ごう!」
北門から一本道を突っ切り、進んで進んで――
「っ――」
突如フブキが足を止める。
「いでっ」
ミオが衝突した。
額を押さえながら横にズレる。
「ちょっとフブキ〜、どうし――」
――――――――――。
フブキの目線を辿った先に、見覚えのある金髪が、服装が、少女が、倒れていた。
耳鳴りが、心拍が、息遣いが煩い。
急速に口内が乾いてゆく。
「……、……」
現実から逃避したがる足取りで歩み……。
眠るように倒れる少女の前へ屈み込む。
「奏ちゃ……」
頸動脈に恐る恐る震えながら手を伸ばした。
ぴと、と汗まみれの手で触れると――冷たかった。
フブキの体温の半分程だ。
脈も心音も聞こえるが、それは全てフブキの物。
「……、……、……」
口をぱくぱくさせ、言葉に出来ない思いを吐露した。
「――――」
救いを求める様に倒れた少女――音乃瀬奏の表情を見つめた。
絶句が重なった。
息が詰まった。
呼吸を忘れた。
世界が真っ白になった。
小さく微笑んで、心地良い夢を見ている様。
左目に一筋、液体が伝った痕跡がある。
「っ、ぎっ……ゅ……っ……ぃ」
力強い歯軋りの音が聞こえる。
怒りであり、悲しみである。
また生きて出会えると信じて止まなかった。
「――――」
二人は奏の下を離れてゆく。
片眼に憤怒を、片眼に悲哀を宿して、先へと進む。
――――――。
――――――。
到達した開けた空間。
メラメラと火の手が上がっており、室内は燃え盛っていた。
加えて、炎とは別で荒らされた形跡があり、到底外観からは想像できない無惨な状況。
何者かが暴れ回った様だ。
そんな荒廃したリビングに佇む1人の影。
熱風で靡く薄赤い髪に、鈴などの装飾がなされた巫女服。
どこか見覚えのある後ろ姿だ。
「なん、で……」
新たな感情に瞳が揺れ、掠れた声が漏れた。
その声に反応し、さくらみこが堂々と振り返る。
みこの翡翠色の瞳が、二人を捕えた。
「みこ、さん……が、ここに」
「なぜか。それは、みこが神だから」
体感した事のない衝撃が全身に迸り、痙攣した。
開いた口がずっと塞がらず、口内がどんどん乾燥してゆく。
身体が熱い。立ち眩みがする。
バチバチと炎の弾ける室内で、二人はみこと向き合う。
「ぁ……」
みこの足元に人が転がっていた。
血溜まりの上、残骸の下に……生き絶えた風真いろはがいた。
視線を彷徨わせもう1人の犠牲者を目の当たりにする。
熱で目が乾く。
「そ、な……」
全身焼け焦げた人型の者が突っ伏している。
燃えかけの赤いリボンが見えた。沙花叉クロヱだ。
まさかと思い、もう一つの死体を探したが見当たらず。
はじめは生きているのだと信じた。
「これを……みこ、さんが……」
「いや、これはみこじゃにぇェ。すいちゃんだにぇ」
「――これは……?」
まるで別の誰かを葬った口振りに、鋭く二人が耳を揺らした。
無惨に人を屠るすいせい。
それに対し、トワは呪いの力で外傷を見せず人を殺す。
神であるみこが、まさに神業で外傷なく人を殺せたら?
奏には一切の傷も見受けられなかった。
「みこは声楽調律師、そして明鏡止水を殺した」
きーん、と甲高い耳鳴りが脳に響く。
衝撃で両目から涙が垂れた。
「――しんじて、たのに」
「そりャァ……悪かったにぇ」
フブキとミオが拳を握った。
二人はみこの呪いを知らない。
直撃すれば死亡、などと言う理不尽を知らない。
みこは片手を突き出した。
(……いいのからでん。マジで死んじまうぞ)
一切手加減が許されないみこは、無情にもその手から魔法を放った。
フブキの目前に輝く魔法の球が飛んで来る。
目で追えず、咄嗟に躱わすことも出来なかった。
ビリッ――――
「「「――――⁉︎⁉︎⁉︎」」」
魔法は直撃した。
但し、フブキではない。
「やれやれ、情報も持たずに叛逆とは、無鉄砲だねぇ〜」
心臓に死の魔法を喰らってなお両陣営の間に佇む女性。
長めのポニーテールが熱風で激しく揺らぐ。
「『不死火』……いつの間に逃げ出したんだ」
「止めてよその名前〜。あたし不知火ってんだけど」
「……ああ、あの花火はそう言うことにぇ」
奏が最期に残した置き土産の意味を理解した。
突如現れた女性――不知火フレアは、一度振り返って二人を見つめる。
「さっき通路で死んでた子。多分あの子に呼ばれてきたけど、手遅れだったみたいだね」
「奏、ちゃん、に……?」
「だからせめて君たちは助けてあげる。でも、金輪際こんな事はしないからね」
「ぇ……」
「早く逃げな」
「ぅ、ぁ……」
「施設にいたら――巻き込むよ」
低い脅迫の声に二人は本能的に逃げ出した。
結局何も出来ず、ただ死んだ仲間たちを拝んで逃げ去る自分が憎い。
二人は涙を散らしてリビングを後にした。
「叛逆ねぇ〜、何が楽しいんだか」
神に必死の思いで抗う者たちを虚仮にする発言。
フレアは自分と大切な人を、自分の身一つで守れるので、今の情勢に不満はない。
だから命を賭して叛逆に繰り出す者たちの気持ちは分からない。
「流石にオメェは……無視出来なさそうだにぇ」
転移で即座にフブキの後を追う事は可能だ。
だが、フレアを野放しには出来ない。コイツは、無法人すぎる。
にっ、とフレアが笑うとみこは全力で魔法を投下。
フレアも両手が業火を放ち対抗。
直後――大爆発が発生。
これよりトロイアを大災害が襲う。