自分に嘘を付きたくない。
いつから思う様になったのか、もう覚えていないが、この理念に基づいて生きてきた。
偶然持ち得た知識の力で情報を売り、生計を立てていたが、その中でも嘘をついた事は稀だ。
今回の叛逆は作戦上、皆を欺く必要があった。
誰しも嘘をつかない人間にはなれないが、自分に正直に生きる事は出来ると思う。
らでんもそうあれたと思う。
…………。
いや……今際の際で何を取り繕っているのか。
あるよ、らでんにも、心残りが。
もしも最期の最期に奇跡でも起きて、伝えるチャンスが巡って来れば、あの人に、伝えたい事がある。
今思えば笑える話だ。
いつだって合理的な思考を保てると思っていたらでんが、まさか容易く不合理の道を選ぶとは。
らでんはこの呪いに感謝している。
この戦いだって、神の側に付く方が幾分も合理的だし。
らでんとしては、シオンちゃんやフブキちゃん、あくあちゃんの未来なんて興味が無い。
そして何より、生きてあの人と人生を共にしたい。
だからあの人が居なければ、らでんは神の一団に味方していた。
ぺこらさん……。
きっと気付いていない……んよね?
らでんがあなたに惚れとー事。
ぺこらさんと過ごすほんのひと時が、いつも忘れられない、大切な時間になっとよ。
でもらでんはただの『商談相手』なんよね?
ならいっそ、永遠にそのままで構わんけん――最期に一言だけ伝えさせてほしい。
あなたが好きだと
――――――――――
奏と分かれたぺこらはリビングで2人の犠牲を目の当たりにする。
だがぺこらの求める者は2人では無い。
心苦しいが非情になり、リビングを飛び出す。
シオンがもし、まだトロイアの中に居るとすれば大方西側のどこか。
なのでそちらへ続く通路を駆ける。
何度か分かれ道があったが、極力西門へ出られる様な道を通る。
その際、耳はぴんと立て、常に微弱な音波すらもキャッチできる体勢を取る。
シオンのどんな声も絶対に聞き逃さない為に。
駆けて駆けて駆けて――
「っ!」
通路の壁にぐったりと凭れ掛かる女性を発見した。
無意識に速度が低下し、女性の前で立ち止まった。
「……、……」
大袈裟な瞬きをして現実を受け止める。
開いた視界には変わらずらでんが映る。
髪が半分ほど裂かれ、腹をざっくりと抉られ、鼻と口と腹から流血しているらでんが。
「らでんちゃん……」
(ああ……なんて、幸運なんだろう……)
片膝を着いてらでんの頰にそっと右手を添えた。少し冷たい。
ぴくりと右腕が痙攣する。
「……」
(ぺこらさん……そこにおるんよね……)
まだ息はある、がこの場に癒せる者が居ない。
後数分――否、数秒の命。
らでんの命は諦める他ない。
「ぅ…………」
「――――」
不意にらでんが喉を鳴らした。
喋ったのかすら判別できない、微妙な喉の反響にぺこらは耳を傾けた。
殆ど閉じている両目を見つめて。
「ん、なに」
冷静に頰に手を添えたまま、らでんに発言を促す。
何度も吐血しながら、らでんは懸命に言葉を発しようと生きる。
ぺこらはただ待つ。
「ぅ…………ぇ………………」
「――――」
(ああ――言えてよかった。)
頰に添えた右手が数センチ持ち上がり、停止。
「――――」
らでんは息絶えた。
ぺこらは地獄耳で拾った泡沫の文字で懸命に意図を模索する。
数秒沈黙した後、添えた手をそっと離し、ぺこらは半歩下がった。
「ありがとう」
儚い想いを伝え、ぺこらは場を後にした。
まだ――戦いは終わっていないから。
――――――――――
先程から定期的に施設が振動している。
偶にパラパラと砂や瓦礫が降ってくる。
何者かが暴れている――。
不穏な気配が全身を襲い続けるが、ぺこらはお構いなしに通路を進んでいた。
「ぅぐぅっ、ぁぁぁぁっーー‼︎」
「――‼︎ シオンちゃん‼︎」
その時通路の先からシオンの絶叫が響き、ぺこらの耳に届く。
人の耳でもしっかり聞き取れる声量。
ぺこらはもっと加速した。
通路を突き進むとその先から、シオンともう1人の声がウサギ耳に微弱ながら聞こえた。
しかし言葉の内容は聞き取れずもどかしい。ぺこらは一層加速した。
ぺこらの全速力だ。足音が激しく通路に響き渡る。
「んっ‼︎」
声の主が視界に入った。
通路の闇から姿を見せたのは紫咲シオンと星街すいせい。
すいせいがシオンの細い首を掴んで壁に押し付けている。
シオンの腹を一本の太い矢が貫いており、血が数滴滴っていた。
だがその血液以上に溢れている物がある。涙だ。
シオンの両目からは滝のように涙が流れ、収まることを知らない。
「シオンちゃん‼︎」
「ア――?」
「べご……ぢゃ……」
星の瞳がギロリと横目にぺこらを睨みつけた。
シオンの風前の灯のような瞳も、ぺこらに向く。
ぺこらの全身の毛が逆立った。
「テメぇぇ‼︎‼︎ 何やってんだ‼︎‼︎」
喉をぶち壊す怒号に耳と喉が痛む。
ぺこらの全身の血管が浮き上がっていた。
容姿に似付かわしくない表情にすいせいは目を細め、シオンの首から手を離した。
「ぁうっ」
ばさっ、と浮いていた体が床に転落する。
絞められていた喉が必死に酸素を求めて呼吸を繰り返す。
「拷問だよ、見りャァ分かんだろうが」
「ふざけんじゃねぇぞ‼︎」
ガンッ、とぺこらの激怒に返答するように斧を振り下ろした。
シオンの真横に斧が突き刺さる。
「それはコッチのセリフだ成金」
「ああ⁉︎」
ぺこらの怒りは最高潮だが、対するすいせいも心底頭に来ている様だった。
今にも斧の持ち手をへし折りそうな程、手が力んでいる。
眉がピクピクと揺れて、感情を抑えきれていない。
「トワが泣いてるらしい」
「はあ⁉︎ な事知らねぇょ‼︎」
「なぜ泣いてるか‼︎ あくあが死んだからだ‼︎」
「――っっっ‼︎‼︎‼︎」
驚愕の事実にぺこらは微かに瞠目した。
だが即座に怒りが塗りつぶす。
「なぜあくあが死んだか‼︎ 裏切ってたからだ‼︎」
ガンッ、ともう一度斧を振り下ろし床を粉砕する。
破片がシオンに飛び散った。
ぺこらの怒りが更に蓄積されてゆく。
「じゃあァ何故裏切ったかァッ‼︎」
「ゔっ――」
すいせいが再びシオンの首を鷲掴みにして壁に背を激突させた。
いつの間にか腹の矢は消滅しており、衝撃で激しく流血する。
脳震盪でシオンの景色は揺らぎ、どこかの骨も折れた。
でもどんな身体への痛みよりも――あくあを失った事による心への痛みが、シオンの涙の原因だ。
「でんめ゛ぇぇっっ‼︎」
ぺこらが怒りに身を任せて飛び出した。
すいせいの言葉の途中だ。
話を遮られて余計に機嫌を損ね、あしらう様に強烈な回し蹴りで吹き飛ばした。
腹に深く踵が減り込んだが、痛くない。
痛いが、こんなの痛くない。
「分かるよなァ⁉︎ ア⁉︎ 紫咲シオン‼︎」
「ゔっ…………」
涙、鼻水、傷心、呼吸困難。あらゆる症状から声を奪われ、シオンはただ表情で想いを語ることしかできない。
「トワを泣かせたんだ! じっくり痛ぶッて、最ッ高に凄惨な死をプレゼントしてやるよ‼︎」
「デメ゛ぇぇ‼︎ やめろゃぁぁ‼︎」
ぺこらが膝をついて立ち上がり、絶叫した。
シオンの首を絞め、空中に矢を現出させ、すいせいは狂気的な笑みを浮かべる。
「大人しくしてろや成金ウサギ‼︎ コイツを拷問して殺した後、テメェもしっかりぶっ殺してやッからよォッ‼︎」
脳が弾けた。
紅蓮の瞳が怒りで燃え上がり、理性を失ったぺこらが何の策も講じないまま正面から突っ込んで行く。
グラグラとトロイアの震撼は止まない。
パラパラと天井から小さな瓦礫が降り注ぐ。
「っざげんなぁぁっ‼︎」
「ハッ‼︎ 死にたがりがァ‼︎」
シオンの首から手を離して鬼気迫る表情のぺこらを迎え撃つ。
眼光も矢の先端も斧の先端も、全てがぺこらへ向いた。
壁に凭れながら床に転がるシオンは涙と悲壮感に溺れていた。
あくあが死んだなんて信じたくない。
目の前でぺこらにも死んで欲しくない。
なのにシオンには――何も無い。
ぺこらが猛スピードで駆けて来た。
すいせいが迎撃体勢を取り、一歩を踏み出す。
「ッ⁉︎ てめッ――」
シオンが短い足を伸ばし、すいせいの足を引っ掛けた。
初速から勢いの出るすいせいは瞬く間に体勢を崩し、前方に倒れ掛かる。
気が付けば――目前に足が迫っていた。
「だらぁぁっっ‼︎」
「ぐッ……!」
ぺこらの爪先がすいせいの鳩尾に捩じ込まれ、あのすいせいの身体が後方へ蹴り飛ばされた。
カラカラン、と斧がすいせいの手から溢れ落ち、矢も消滅する。
クロヱに切り裂かれた腹の傷から再出血し、血と唾液を床に吐き出した。
酒に酔ったような眩暈に見舞われ、3秒ほど動けなくなる。
「ィ゛、デ……」
腹に右手を当てると手のひらが血糊で真っ赤に染まった。
「ッチ」
「おあああ‼︎」
ぺこらが再び猪突猛進。
またも無策で正面から。
理性なんて捨てて激情の赴くままにすいせいを襲う。
眩暈が収まった。
すいせいは右手で手放した斧を掴み――
ツルッ――
「しまッ――」
「っ、りゃぁっ‼︎」
「ぶぐッ――」
血液で手が滑り斧を掴み損ねた。
対処が遅れ、すいせいの顔面に強烈な蹴りが炸裂。
歯が砕け、鼻が曲がり、口内が切れた。
すいせいの美貌に傷をつける。
大きく仰け反って仰向けに転倒。
負傷した腹部を狙ってぺこらが踵を落とすが、すいせいは咄嗟に斧を掴み直して距離を置く。もう斧は手放さない。
がん、とぺこらの踵が床に落ちると同時にトロイアが揺れる。
気が付けば、壁も天井も床も剥がれており、今にも崩壊しそうだ。
「はァ、はァ……プィッ」
呼吸を整えている時、口内に異物を感じたので血と唾液を混ぜて吐き出した。
真っ赤な歯の破片が飛び出て床を滑走する。
ぺこらの怒りはまだ治らない。
ので――再三突撃。
合わせてすいせいも斧を振り翳し、渾身の踏み込みで駆け出した。
眼でギリギリ追える速度。ぺこらの反射神経では対処できない。
ガァァン――とトロイアが激震。
地震に見舞われる中、最後の衝突。
「うぉああああ‼︎」
「死ねェ、クソウサギィァ‼︎」
斧がぺこらの首を――
ガギンッ――
(――⁉︎⁉︎⁉︎)
崩落して来た巨大な天井の一部が斧と激突し粉砕される。
想定外の衝撃でバランスが崩れ、斧の軌道が逸れ、すいせいの体勢も揺らいだ。
顔面に粉砕された破片を浴びながら、ぺこらは肉薄し――
(んな――バカな――‼︎‼︎)
「ぐぉあああああああああああああ‼︎」
脇下付近を全力で蹴り抜いた。
バキッと骨が折れ、勢いのまま吹き飛んで壁へと激突。
更に――
グラグラグラ……ガラガラ――。
ドドドドッ……。
と壁や天井が次々と崩落。
すいせいは大量の瓦礫に埋もれていった。
………………。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
頭に上った血が幾らか引いて冷静になるとどっと疲れが押し寄せる。
全身が痙攣する。
すいせいの肉体が硬すぎた為、蹴ったぺこらにも反動があった。
だが、トロイアの崩壊は止まらない。
早く脱出しなければ、ぺこらもシオンもすいせいと同じ運命を辿る。
「シオンちゃん!」
はっとして振り向く。
涙も血も止まっていないが、しっかりと生きていた。
早急に駆け寄り小さな手を取る。
「早く逃げよう」
「……、……ぃぃ」
「え⁉︎」
肩を貸そうと身を寄せると、力無く頭を横に振り、拒絶した。
落涙は止むどころか勢いを増してゆく。
肌や髪の触れ合いを喜ぶ遑もない。
「あくあがいないなら、も゛ぅ……いぎだぐない゛……」
「――ダメ‼︎」
「――、――っ」
トロイアの崩落が激しくなり、振動も増す。
瓦礫の崩落音を掻き消してぺこらが一喝した。
「まだあくたんの本音を聴いてない! シオンちゃんには、見てもらう物がある‼︎ だから生きて‼︎‼︎」
「ぅ゛っ……」
「ほら、逃げよう」
ぺこらの肩と足を借りて、シオンは立ち上がる。
生きる気力は湧かないが……このまま逃げなければぺこらを巻き込みそうだと思った。
崩壊するトロイアの通路を駆けて、2人は西門へと抜け出した――。
――――――――――
大爆発によりトロイアリビングの天井に大穴が空いた。
天井が崩壊して夜空が至近距離に見える。
だが室内が炎上の明かりで眩しい上に、黒煙まで上がっているので輝く星もまともには見れない。
それ以前にこの場で、そんな悠長に夜空を眺める暇はない。
リビングに山積みとなった瓦礫。
その上にみこが佇む。
「うへぇ〜、神の住む家ならさぁ、もっと頑丈に作ってよ」
瓦礫を押し除けて血まみれのフレアが起き上がる。
全身隈なく血が付着しているのだが、傷は一つもない。
「オメェがもっと火力押さえろよ」
「半端な攻撃じゃ、相手してくれないでしょどうせ」
フレアは全身を燃やして体にへばりつく血を焼いた。
服も焦げた。
炎で衣装を作り、形の無い服で身を纏う。
フレアの周囲で蜃気楼が発生し、姿が歪む。
火の羽衣が生まれた。
「アッチィ……」
「で、何で転移しないの?」
フレアの放つ熱気により汗が噴き出る。
巫女服の袖で汗を拭っていると、フレアが不意に問いかけて来た。
「さっき言ったにぇ。オメェを野放しには出来にぇ。何しでかすか分かんにぇから、『不死火』が去るまで、みこが見張る」
「分かんないなぁ。転移して、殺して、また転移。5秒あれば十分なのに」
「みこは神だが万能じゃにぇェ。できる事とできねェ事がある」
「……ま、そうだよね。神なんて所詮自称の肩書き。この世に神様なんて存在しないんだから」
「――でも『不死火』程度を退ける力なら、申し分にぇェ」
煽り合い、牽制し、睨み合う。
世界を照らす太陽の瞳と正しく翡翠を宿したような瞳が煌めく。
みこが片手を翳した。
対抗してフレアは両腕を翳す。
ぼっ――バチッ――!
フレアの手先からみこへと火柱が上がる。
みこは変哲の無い魔法を放って威力を相殺。火焔自体はみこに触れないが、焦熱で身が焼かれる。
びっ、と巫女服の裾や袖が発火した。
「ん――」
バタバタと腕を振るって消化を試みるが、火は燃え広がってゆく。
加えてフレアが火力を利用してブーストをかけ、一直線にみこへと飛来してきた。
「はっ!」
「にャッ‼︎」
エンジンで加速したフレアの拳を、みこは両腕でガード。
じんと骨に衝撃が響く。
「どーん‼︎」
ぼぉぅ‼︎と打ち込んだ拳から特大火力で業火を放出。
みこの全身が炎に包まれ、姿が見えなくなった。
普通の人間なら1秒喰らうだけで消し炭となる。
業火が勢いを無くし人影が浮かび上がって来た。
「あッちュィ‼︎」
ブンッ、と交差した両腕を振るうと、みこを覆う炎が消滅する。
その両腕――巫女服が焼失し、肘までが焼け爛れていた。
しかし、その他の部位は無傷に止めている。
「みこちゃんの可愛いおててに何しやがんだお!」
「どーーっせ治るじゃん」
「だャまれ! 不死身のオメェとは違げェんだぞ!」
「へい――へい!」
フレアがもう一度エンジンをかけて飛翔する。
「同じ手は喰わにぇェ」
焼け爛れた右手を上向で広げると――バチバチッと電撃が発生。
「ラァッ‼︎」
バチン‼︎と紫電が弾けた。
みこの掌から全方位に向けて高電圧の電気ショック。
紫電が直撃した壁や天井が振動して崩れ、トロイアが激震する。
フレアも当然回避など出来ない。
口内や眼球から電撃が侵入して体内を高速で駆け巡り、内臓を破壊。
フレアの心臓が停止した。
煙を吐いて墜落を始める。
1、2、3秒。
フレアの心臓が稼働した。
数メートル高度を落としたが、超速で意識を取り戻し何事も無かったようにみこへ突撃。
「よっ!」
ある程度の距離を詰めると右手に炎の槍を生成して投函。
回避か防御か、みこは対処を迫られる。
回避を選択し左へと浮かせた身体を運んだ時、槍が至近距離で破裂した。
破壊力は低く火の粉と熱風、そして目を焦がす閃光が襲うだけ。
目が眩んだ一瞬の隙に、フレアはリビング内を蠢く炎たちを遠隔操作で束ね、視覚外からみこへ放つ。
特大の炎柱がみこを飲み込んだ。
夜空へ火柱が突き上がる。
「――ッタァ‼︎」
炎中から巨大な光線がフレアを貫いた。
光速の半分ほどの速さ。
フレアの上半身が跡形も無く消し飛んだ。
下半身がまた墜落を開始。
1、2、3秒。
焼き切れた細胞が再生成され、フレアが形を取り戻す。
しかしエンジン再噴出が間に合わずリビングの瓦礫の山に転落。
再構築された骨が粉砕し、突起に衝突した勢いで右腕が千切れた。
1、2、3秒。
微塵になった骨が修復され、腕が新たに生えて来る。
そこへ――炎から解放されたみこが魔力を圧縮したビー玉サイズの球を投げ落とす。
赤紫色に発光し、小さな隕石の様にフレアへと直進。
ピカッ――
ドゴォォォォォォォォッッ‼︎‼︎
フレアへの衝突と同時に圧縮された魔力が解き放たれ、周囲の物質を吹き飛ばした。
間近にあった瓦礫などの形ある物質はすべて消失し、魔力の直接的な影響の無い範囲外の物質は爆風で薙ぎ倒される。
トロイア全域に亀裂が入りリビング付近から順々に崩壊して行く。
トロイアの崩壊する音が遠ざかって行く。
「…………」
リビングの床は消失し、雲地が剥き出しになっていた。
その雲地に舞い降り、周囲に炎か人影を探す。
「…………」
ぼっ……。
「ん――」
みこの正面に不可解に人魂が生まれた。
人魂は人体を形成しながら拡大し、不知火フレアの肉体を再生成する。
「……」
「――あっ、ちょっとやだ‼︎」
不死身であるフレアは幾ら消滅しようとも復活するが、衣服や炎はそうもいかない。
炎だってフレアの意思なしでは操れない。
何が言いたいか。
フレアは今全裸である。
隠すべき部分を両腕と太ももで覆って、乙女チックに全力で恥じらう。
大至急炎の服と羽衣で身を包んだ。
「私だって女なんだから! 配慮してよっ!」
「女性の両手焼いといて、よう言うで」
「それは治るでしょっ!」
「オメェだって服作り直せんじゃん。それにこっちはこれでかなり痛てェんだぞ」
「痛いのは私も一緒なんだけどっ! 序でに心も痛いんだけどっ!」
互いに苦言を呈し、文句を垂れる。
フレアは不死身であるが負傷すれば人と同じく痛む。
この戦いは敵がみこであり、基本痛みを感じる間もなく身体が消えているが。
「ふんっ、もう帰るっ!」
「おおおお、そりャァ助かるにぇ。ケェれケェれ!」
みこの足止めは十分と判断し、フレアは村へ帰る事にした。
9割は羞恥心にやられたからだが。
両足から炎を噴射して夜空へ飛び出し、星空の彼方へと消えていった。
「……ハァ、クッソ……ハァ、体力殆ど持ってかれた」
フレアの退散と共に疲労が押し寄せた。
大抵の呪いは、使用しても体力は減らない。
ただみこの呪いは「死と魔術」の呪いであり、この魔術が体力や血を変換して魔法を放つものである。
しかも、魔法や技一つ発動するにも相当の体力が必要となる。
スバルのお陰で身体能力に加え、基礎体力も増加したが、それでもエネルギー残量はほぼ無い。
「ハァ……叛逆者どもは逃げたのか」
どうやら此度の戦争はここまでらしい。
「クッソ……」
みこはその場にドカッと腰を下ろした。
焼け爛れた拳を握って雲地を殴る。
「……みんなは、どうなった」
みこは即刻立ち上がり、ハナレへと転移した。
――――――――――
ぺこらとシオンは崩壊するトロイアを抜け、間一髪全壊する前に脱出を果たす。
西門を出るとそこには、アキロゼとはじめがいた。
「ぺこらちゃん」
「アキちゃん、はじめちゃん。早く北門へ。全員地上へ帰還するぺこ!」
「分かった」
「ぁ……あぁ…………」
迅速なぺこらの指示にアキロゼとはじめは素直に従うが、ぺこらの肩を借りていたシオンが離れて行く。
シオンの戦慄する様子と、その視線の先を見てぺこらも言葉を失った。
すいせいの戯言かもしれない、そんな一縷の望みにかけていたが――現実は残酷だ。
まっさらな雲地と固まった血の上で息絶えた親友の――否、想い人の姿が。
「――ん!」
あくあの下へ千鳥足でのそのそと向かうシオン。
辿り着く前にぺこらがシオンの腕を掴んだ。
「行くよ‼︎」
「ぃゃだ……ぁうあ……」
「2人とも手伝って‼︎」
「「――!」」
「ゃだ……」
ぺこらの指示によりはじめとアキロゼもシオンを捕まえ、3人でシオンを抱えて北門へと向かう。
「やだぁ‼︎ いや! いやだ‼︎ あくあ! あくあぁぁ‼︎」
伸ばす手が、どんどんあくあから遠去かる。
シオンの悲痛な絶叫に耳を痛めながら崩壊したトロイアの外周を走り、北門まで到達。
そこには暗い顔をしたフブミオとおかころがいた。
「みんな! 早く地上へ!」
「っ――!――? らでんさんたちは⁉︎」
「――いいから、早く!」
何もかも後回し。逃げることが先決。
数を減らした叛逆者一行は、雲の階段を降り、地上へと帰還した――。
これにて、トロイア戦争は終戦。
死者7名、行方不明者1名と大きな被害を出し、決着は付かぬままトロイアは崩壊。
次なる戦争へと、叛逆の結末は持ち越される事となった。
――――――――――
とある大国のとあるビル。その上層階にとある企業の社長室がある。
1人で仕事に勤しんでいた女社長は、コーヒーを手に取り小休憩に席を立った。
ぱりんっ……。
「ぇ――」
コーヒーカップを手から滑り落とした。
カップは割れ真っ黒な液体が床に巻き散る。
両手がまだ痙攣する。
頭を抱えて高材質のソファへと腰を下ろした。
破損したコップも、濡れた床も放置して震える。
「そんな……まさか……」
脳内に膨大な情報が流れ込み頭痛がする。
過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。
今漸く、あの言葉の意味を理解した。
『私の後継人に君を選びたいんだ』
『無理だよそんなの。呪いだって無いし、そこまで頭も良くないし! それにもし死んだとしても、死んだ事すら――』
『大丈夫。もしその時が来れば君にも分かる。お願いだよ、君にしか頼めないんだ』
『――――』
『だから、もしもの時は頼むよ――りりぃ』
時が来れば分かる。
確かにその通りだ。
「らでん……」
頭の中で絵画の様に美しい女性が微笑む。
「っ、刻印は――?」
女性は体の隅々を調べた。
すると手の平側の右手首に黒い靄が掛かっているのを発見する。
先日までは存在しなかった。これが呪いの刻印。
「……行かなきゃ」
女性は一枚の上着をタンスから引っ張り出し扉を開けた。
パソコンは画面をつけたまま、書類は書き掛けで机の上に散らかして、コップの破片もばら撒いたまま、床のコーヒーも拭かぬまま。
扉を出ると偶然、秘書と鉢合わせた。
「社長、どちらへ?」
「ごめん秘書くん、莉々華急用で暫く開けるから。仕事は全部副社長に回して」
「え、そ、そんな急に⁉︎」
「社長室は勝手に出入りしていいから、これ鍵。じゃあ任せたね」
「…………」
困惑してぽかんと口を開ける秘書を置き去りに社長――一条莉々華はビルを飛び出した。
赤い車に乗り込んでエンジンをかける。
「ふぅ……分かったよ、らでん。莉々華――ん、『私』頑張る」
莉々華は決意を胸に強くアクセルを踏んだ。
その車は猛スピードで国を出て、どこかへと向かって行った……。