叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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メモリア③

 

『世界から、戦争を無くそう、みこち。スバルたちに出来るのは、それくらいしか無い』

 

 不可能だ。

 人々から争いを奪う事は出来ない。

 

 現に、この戦いもそうだった。

 戦争を無くす為――争いとその種を消す為に、戦争を起こした。

 仲間が何人も死んだ。

 叛逆者が何人も死んだ。

 

 世界から戦争を奪う事は、誰にも出来はしない。

 人はその歴史を歩み、進化と進歩を続けてきたのだから。

 

 だからみこは諦めた。

 この世界から戦争を無くす事は、現実的ではないから。

 

 でも……。

 争いのタネを、たった一つ消す事なら――みこにも出来るかもしれない。

 

 きっとそれが、こんな力を得たみこの――最大の責務。

 これだけが、みこの本懐だ。

 自身と周囲の安全は二の次で――――。

 

 だけど……

 

「スバちゃんには、生きててほしかったよ」

 

 あんな作戦を考案したのは誰だ?

 ああ、こよりか……。

 じゃああんな作戦を決行したのは誰だ?

 みこだ。

 

「……ああ、クッソ。マジで死ねよ」

 

 静かな室内で低品質なソファに寝転がり、自らに暴言を吐く。

 視界を覆っていた右腕をだらしなく垂らして、天井から小さな円テーブルの足元へ視線を動かした。

 砕けた水晶玉の破片の煌めきが目に突き刺さる。

 

 コンコンコン。

 

「…………」

 

 コンコンコン。

 

「……みこちー? 入っていい?」

「…………」

 

 2度のノックとそらの一声。

 全てに返答をせず、虚無を過ごす。

 

「入っちゃうよ」

 

 痺れを切らして許可なく入室。

 ここは神の間。みこ、そら、こより以外は基本的に立ち入りを禁止されている場所。

 入室して室内を見渡すがみこが見当たらない。

 代わりにテーブルの足元の砕けた水晶が目に止まる。

 扉を閉めてそちらへ足を進めると、ソファに寝転がるみこを見つけた。

 

「何してるの?」

「……考え事」

「休憩はしてる?」

「……ちょっと」

「ダメだよ、休まないと」

 

 そらの力で傷は幾らでも治る。

 だが消耗した体力は復活しないし、摩耗した精神も治りはしない。

 

 みこの頭上に座って自身の膝をトントンと叩いた。

 音だけで意図を察し、みこは頭の位置を少し上へ――そらの膝の上へと移動させた。

 そらの医療の力をも凌駕する、みこにとって極上の癒し。

 断言できる。この膝枕で癒せない傷など無い。

 

「水晶玉、割れてるよ」

 

 テーブルの足元に散乱する危険物達を一瞥した。照明の反射が丁度目に突き刺さったので頭の位置を逸らし、目を守る。

 卓上にみこのスマホが放置されていた。

 

「もう、いらにぇから……」

「そう」

 

 眠った様に目を閉じるみこが口を開くと、声の小ささも相まってまるで寝言の様だ。

 そらは髪の向きに沿って頭からおでこに向かって撫でる。

 ツルツルの薄赤い髪からは、みこの香りがする。

 

 みこは猫の様に身を縮めて、極楽へと足を踏み入れた。

 

「ねえ、そらちゃん」

「――んー?」

 

 震える声で眠ったまま語りかけた。

 そらはみこを夢へと誘う声で、流す様に相槌を打つ。

 

「――――」

 

 みこの瞼が緩んで、上下の唇にわずかな隙間が生まれた。

 弱い寝息がそらの太ももに触れてこそばゆい。

 そこへポツン、と温い雫が一滴垂れてきて飛び跳ねそうになったが我慢する。

 素早く夢の世界へと手を引かれ、みこの意識の大半は隔絶されていた。

 だからその先の言葉が続かない。

 けれどみこは、遠のく意識の底で朧げながらに想い、願っていた。

 

(そらちゃんは――こよりは――はあちゃまは――いなく、ならないで――)

 

 神には似つかわしくも無い愛くるしい寝顔と、幼子のような寝息を前にそらは聖母のように微笑んだ。

 ほんのり赤らみ、膨れた頰をツンと指で突くと嫌がる様に顔が揺れる。

 本当に神様なんて似合わない。

 

「私はいなくならないよ、みこち」

 

 ボソッと呟きみこの顔を覗き込むと――安心に和らいだ表情が静かに寝息を立てていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 3時間半の旅を終え、叛逆者一行は山中の村へと辿り着いた。

 舗装された道路が山の中にあり、村も見渡しが効くようしっかり切り開かれていた。

 ぽつぽつとおんぼろな家が数件視界に入るが、それ以上に畑や田んぼの面積が広い。

 全員が自給自足でもしているのかと思う比率。

 

「マリンさんは多分――あっちの方」

 

 先頭に立つおかゆが後方4人の到着を確認すると、再度歩き出した。

 シオンの涙もミオの怒りも疾うに収まったが、全体的な空気は険悪で重苦しい。

 

 田んぼを横目に眺めて車一台がぎりぎり通行できる道を歩く。

 フブキの足元をカエルが横切った。

 道路の傍には干からびたカエルもいた。可哀想に。

 

「自然がいっぱいで長閑な所だね」

「いいよね、ここ」

 

 心と眼を癒す緑を見渡して呟くミオにおかゆが苦笑気味に同調した。

 ぺこらも最後尾で小さく頷き、その振動がシオンに伝わる。

 

「ぺこらちゃん。今更だけど、メモリアさんは何処にいんの?」

「西の方にある国。来た道を戻って聖域突っ切ることになるぺこ」

「「えぇ⁉︎」」

 

 シオンとおかゆが声を重ねて奇声を上げた。

 気持ちは痛いほど分かる。

 

「それ、徒歩でどれくらい?」

「んー……10……1、2時間くらい?」

「え〜! もうやだぁ〜」

 

 サバ読みもせず答えるとおかゆが脱力して道路に座り込んだ。

 

「おがゆ、汚いよ」

「僕関係ないんでしょ〜? また歩くのやだよぉ〜」

 

 気持ちが立ち往生して一気に気力を失ったおかゆから、無気力な発言が飛び出す。

 ぺこらも含め、全員がおかゆの心中を察せるレベルの心持ち。

 

「そもそもさぁ……もう、意味なくない。叛逆とか」

「「――――」」

「神様倒して、それでどうするの? って言うか、無理じゃない?」

「……」

「かなたちゃん、あくあちゃん、らでんちゃんって、強かった人軒並み死んじゃったのに、向こうには『雷霆』『獅子』『神』って……」

「あと『頭いい人』も」

「…………」

 

「勝ち目無くない? 無駄死にだよ――」

 

 全員の心の綻びに漬け込む様に、おかゆは想いを吐露した。

 フブミオの怪力も、おかゆところねの???も、ぺこらの力も、シオンの存在も――どれも死んだ仲間達の替えとは成り得ない素朴なものばかり。

 強いてぺこらだけが、一等星を倒した豪運の持ち主と言えるのみ。

 

 おかゆの主張に返す言葉も無い。

 反論できる頭の回転力がぺこらには無い。

 

「でもさ――ここで諦めたら、それこそ死んだ人達が無駄死にになるぺこよ」

「あっはは、ぺこらちゃんって、ギャンブラー気質だね」

「――!」

「持ち金が無限なら、2倍賭けの法則でいつかは勝てる。でも僕たちの命は一つで、仲間はこれっぽっちしかいないんだよ? 後続がいなければ、僕たちも無駄死にで終わる」

 

 日差しの照りつける一本道で一同は佇んで口論を繰り広げる。

 小川のせせらぎや野鳥の囀りが絶え間なく響いている。

 

「それとも、『一等星』を倒したと噂のぺこらちゃんなら、1人で神の一団を殲滅できるのかな?」

 

 おかゆの瞳がきらきらと輝いているが、天然由来の輝きがあるだけ。

 耳も尻尾も垂れ切って、喧嘩腰な言葉尻の割には迫力がない。

 

 おかゆがいつまでも立ち上がらないので、ころねも道端に座り込んでおかゆと肩を並べた。

 常時おかゆに賛成な様で、ある意味2人は一身同体。

 

 一同の気力低下が表面化してきたこの状況、ぺこらは何よりおかゆの精神を注視した。

 普段であればシオン第一なのだが――なんせ「あのおかゆ」から飛び出した発言。この熱意の低下は周囲に伝播する。

 おかゆに希望を持たせなければ、1人残らず心が枯れる。

 

「ねえぺこらちゃん。僕ずっと不思議だったんだけど、ぺこらちゃんって、どうして主導してまで叛逆に拘るの?」

「――――」

「――?」

 

 質問の返答の様に、ぺこらはシオンを見た。

 自分より少し低い位置に、飽きることの無い「可愛い」がある。

 その視線を見上げて疑問符を浮かべるシオン。

 ここまで愛されて気付かない鈍感さにぺこらは少しがっかりしつつ、安堵した。

 しかし、シオン以外は流石に納得の面持ち。

 

 無言で見つめ合う2人を、ミオはやや冷めた目で、フブキは頰を赤らめて、おかゆところねは無関心に観察していた。

 

 その中で先に眼を逸らしたのはぺこら。

 ミオを一瞥しておかゆに向き直ると半分虚偽の申告をした。

 

「あくたんとの約束があるから」

 

 ぺこらを見上げていたシオンの瞳孔が一瞬にして広がった。

 シオンが2人の制約を知る由もない。

 彼女の心に湧き立った感情は、99%の驚愕、そして1%の嫉妬。

 

「ぺこちゃん――約束って……⁉︎」

「――」

 

 息巻くシオンに顔を寄せられて全身が火照る。

 そっと両肩を掴んで――冷静に微笑む。

 

「それは、あくたんの言葉で聞いてほしい。だから、記憶を見るまでは我慢して」

「――ん。なら早く記憶を見に行こう」

 

 素直に応じて、シオンはぺこらの手を握ると先頭に躍り出る。

 マリンが居るであろう方角へ進みたがる。

 燥ぐ子供の様で撫で回したくなった。

 

「あーあー、結局そうやって原点回帰しちゃって。出発が今日か明日か知らないけど、僕はメモリアさんのとこまでは行かないからね」

「ん〜、こぉねもそうしようかなぁ〜」

 

 おかゆが重たい腰を上げると、ころねも朗らかな顔で立ち上がる。

 先頭をぺこらとシオンに変えて歩みを再開した。

 

「ぉ――――」

「――?」

 

 不意にぺこらが空を見上げた。

 眩い日差しが眼を焦がす――?

 いや――。

 

「あれは……?」

 

 太陽の様に輝く飛来物が此方へ――向かって来た。

 

「「「「「「――⁉︎」」」」」」

「ネコちゃんたち」

「「キツネです‼︎」」

「何してんのこんなとこで」

 

 6人の前に突如現れたのは――『不死火』不知火フレア。

 四肢の先から炎を放って爆発を起こし飛翔。その勢いで遙か上空を飛んでいたが、6人の姿が視界に入り降りてきたのだ。

 発火を止めて着地するが、残る熱気が発汗を促進させやがる。

 

「フレアさんこそ、こんな所で何を」

「あたしはノエちゃんの家を借りてるから」

「――! ノエルさんの家に、マリンさん、今いますか⁉︎」

 

 聞き知らぬ名前にフブキ、ミオ、ぺこら、シオンが首を傾げるが、おかゆが食い付くように尋ねた。

 フレアは引き気味に頷く。

 

「よし、じゃあ急ごう」

 

 途端におかゆの根気が息を吹き返す。

 シオンとぺこらを追い抜いて、おかゆところねが再び前へ。

 

「……片眼の子に用事なら、今はオススメしないけど」

「病んでる感じですか?」

「病んでるって言うか――アレはもう半分死んでる」

「「死んでる⁉︎」」

「半分だって半分。でも下手に刺激したら本当に死にかねない。対話を望むんなら慎重に」

 

 フレアの「死」と言う単語に飛び付く。

 ただ、この「死」とは物理的な死ではなく、精神的な死だ。

 

 フレアは頭を振るって髪の位置を整えると半歩下がり、エンジンを再点火。

 

「じゃ、アタシは買い出しの用があるから」

 

 と一方的に告げて空高く飛び立ち、買い出しへと向かっていった。

 

「……あれが、フブキちゃん達の言ってた、不知火フレア?」

 

 フレアの姿が消えた後、ぺこらは小声でシオンに耳打ちした。

 思い返せば、ぺこらとフレアは対面したことが無い。

 ぺこらの手を握ったままシオンはこくりと頷く。

 

「急ごう」

 

 おかゆところねは既に道の先へ。

 10メートルほど遠方から声を張り上げてくる。

 

 4人もペースを上げて、ノエルの家へと足早に向かった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 昼下がり、本日も小さな墓の前で背を丸めて鎮座する少女。

 

 墓前に刺さった義翼はほんのり湿っている。

 昼食後、ここに座って彼此1時間。

 ノエルは広大な畑の野菜収穫や水やり、雑草抜き、その他整備などに追われ汗を流している。

 

 マリンは死んだ魚の様な目で、ぎらぎらと光る義翼を凝視する。

 

「…………」

 

 何を考え、何をし、何の為に生きているのか。

 自分で自分が分からない。

 頭の中は常に空虚でありながら、感情が渋滞している。

 

「…………」

 

 叛逆を決意したあの日から、後悔の毎日。

 何度過去に戻りたいと思った事か。

 でも若さを取り戻す事ができても、過去には戻れない。

 

「かにゃ……」

 

 かなたに会いたい。

 顔が見たい。

 声が聞きたい。

 肌に触れたい。

 鼓動を感じたい。

 寄り添いたい。

 笑い合いたい。

 

 例え一瞬でもいいから……。

 

「いた‼︎ マリンさん‼︎」

 

 暗闇の中に突如として飛び込んでくる声。

 かなたの声ではない。

 

「マリンさーん‼︎」

 

 でも、聞いた事がある声。

 

 ふわふわとマリンの脳内で浮かび上がる声の主の似顔絵。

 紫色で、猫耳があって、二又の尻尾が生えてて、きらきらの瞳を持ってて。

 茶色い髪で、垂れた犬耳で、ふさふさの尻尾が生えてて、赤茶けた瞳で。

 

 ああ……あのカップルか。

 

「あれ、聞こえてないのかな? マリンさん!」

 

 声は次第に近づいて足音まで聞こえている。

 マリンは倦怠感を顕に首を左方向に振り向かせた。

 

 真っ先に視界に収まるのは笑顔で手を振るネコ――おかゆ。

 真横にぴったりと密着したイヌ――ころね。

 ある程度脳内に浮かべた容姿と一致していた。

 

 更に2人の背後にも4人ほど人影がある。

 シオンと、撃ち殺しかけた黒髪のイヌ科少女。

 ウサギ耳と白ネコの顔は殆ど記憶に残っていなかった。

 

 唯一機能する火力の足りない赤の瞳で者どもを睨む。

 が、誰1人臆さず距離を詰めてきた。

 

「マリンさん。久しぶり」

「…………」

 

 ぼーっと接近を眺めていると、いつの間にか目前まで迫っていた。

 マリンの背後にしゃがみ込んで視線を合わせ、おかゆところねはにっと笑う。

 その態度に苛立ちが生まれた。

 

「…………」

 

 6人の存在を完全に無視して義翼の光沢にもう一度熱中する。

 

「「……」」

 

 フブキ、ミオ、シオンはマリンの凝視する義翼を目にして大きく息を飲んだ。

 視線を逸らして縮こまるマリンの丸い背中を見つめる。

 

「マリンさん、話があるの――」

「随分と人が減りましたね」

 

 おかゆの切り出しを遮り、マリンが鈍器で突き刺した。

 微動だにせず、追い払う様に覇気のない言葉を放つ。

 

「一体、何人殺してきたんですか」

 

 おかゆが口籠る。

 シオンが涙ぐみ、フブキとミオも目を伏せた。

 

「大空スバル、鷹嶺ルイ、星街すいせい。湊あくあ、儒烏風亭らでん、音乃瀬奏、沙花叉クロヱ、風真いろは。今回の戦争でこの8人が死んだ」

「…………」

 

 率直に言い切るぺこらにマリンの視線が向いた。

 聞き知らぬ名前もちらほらあったが、興味は湧かなかった。

 死んだ者の愚行をただ憐れむだけ。

 

「宝鐘マリン。アンタに見せたい……いや、見せる物がある。一緒に来るぺこ」

「……」

 

 無言のまま墓に向き直る。

 拒絶の意思表示。

 

「アンタに見せるのは――天音かなたに関する記憶」

「――⁉︎――」

 

 びくん、とマリンの全身が跳ねた。

 それを観測し損ねた者はいない。

 ぺこらに視線が返ってきた。

 その瞳には僅かな命の灯火が揺らいでいる。

 

「内容まではぺこーらも知らん。けど、興味があるなら一緒に来て」

「――――」

 

 ちょろい女の様で癪だったが、マリンは小さく顎を引いた。

 「天音かなた」と聞けば、マリンは地の果てまで飛んでいく。

 

「よし……決まりぺこな」

 

 マリンの同行も滞りなく決定し、残る問題は移動手段と出発時間、そして残る者達の宿の確保。

 まずは宿の確保から向かおう。

 

 ぺこらは周囲を見回して人影を探した。

 見渡す限り畑で埋め尽くされた土地にぽつんと立つ一軒家。

 

「ノエルさん?って言ったぺこか? 今いる?」

「――――」

 

 マリンは畑作業に勤しむノエルを無言で指し示した。

 見え辛いが生い茂る野菜の林の中に、1人の女性がいる。

 一同がそちらへ釘付けになると、マリンはやはり義翼へと視線を帰す。

 

 ぺこらは遠方に見える小さなノエルの姿に手を振って声を張り上げる。

 

「おーーーーい!」

「――?」

 

 目が合った。

 遠目でも分かる温かな人相。

 肩に回したタオルで汗を拭いながら、野菜をかき分けて近づいて来た。

 両手は軍手で覆われており、土や肥料、草の汁などが付着している。

 

「大所帯さんじゃねぇ。マリンの友達?」

「――――」

「知り合いです」

 

 肯定せず不必要に言い換えた。

 ぺこらの背後におかゆところねを見つけるが一度スルー。

 意気消沈したマリンを見やると、心なしか今朝よりも活力を感じた。

 聖母の様に微笑んでぺこらの眼中のウサギを見つめる。

 

「ノエちゃんになんか用があるん?」

「うん。暫く……あれ、フブキちゃんとミオちゃんは行くの?」

「――?」

「メモリア」

「あ、行きます」

「じゃあおかゆちゃんところねちゃんを、暫く預かってほしいぺこ」

「えぇ……」

 

 ホームステイを依頼するが前向きな返答は無い。

 寧ろ嫌そうに顔を歪めてため息を吐いた。

 にも関わらず、ぺこらは追加で要求する。

 

「あと、今日1日は全員を泊めてほしいぺこ」

「えぇぇ‼︎‼︎ 嫌すぎるぅ……」

 

 人相が良く声質も相まって激しい拒絶も、どこか可能性のカケラを感じる。

 情に訴えれば受け入れてくれるのでは?と。

 だが生憎ぺこらは他人の感情を揺さぶる高等テクニックを持ち合わせていない。

 ぺこらの使える手段と言えば――

 

「礼なら幾らでも弾むぺこ」

 

 右手から万札を10枚生成し見せつけた。

 チート能力にノエルは息を止める。

 

「…‥本物?」

「ほら」

 

 疑心をかけられたので躊躇なく10万円を手渡す。

 札に仕組まれた偽札対策の仕掛けを幾つも確認して、最後には中央の透かしを空に向ける。

 十中八九、本物。

 

「しっ、しっかたないなぁ……貸したげるよ」

 

 金で買う事に成功した。

 人脈形成能力でぺこらの右に出る者はいない。

 これに以前はらでんの知識まで付属していたのだから尚更。

 神のような、金に靡かない者には無効だが。

 

「じゃあよろしく頼むぺこな」

「あいよ〜」

 

 叛逆者一行様、ノエル宅にてまずは1日間お世話になる事となった。

 

 

 帰宅したフレアに散々愚痴られ、料理の多さでノエルが嘆き、風呂の湯の張り直しでノエルが発狂し、寝床不足故に床で寝る者が文句を垂れ……。

 多々問題はあったが、何とかその1日が過ぎ去ったのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ノエル宅で迎える初の朝。

 人数分の料理を用意する為、早朝5時にキッチンに立つノエル。

 近場のリビングで寝ていたフブキとミオはその物音で不本意にも目覚めてしまった。

 

「ぉぁよ、ございます、ノエルさん」

「おはよ、早いね」

「いや…………はい、まあ」

 

 口を突いて出かけた「あなたのせいですけど」を何とか喉元で食い止める。

 別室で二度寝と言うのもまた気が引ける。

 二人はこのまま起床を選択し洗面台へ向かった。

 鏡に映るフブキの頭。アホ毛以外の癖っ毛は無い。

 水を流して顔を洗ってミオに交代。

 フブキの動作をなぞってミオも顔を洗う。

 冷たい水で顔が冷えて一気に目が覚めた。

 洗面台に配備してあるタオルで勝手に顔を拭き、別室の様子を見に行く。

 

 2階。

 ノエルの寝ていた寝室を覗くと、ベッドとは別で布団が敷かれており、そこでフレアが姿勢良く眠っていた。

 隣室へ移動してそっと扉を開けると、ぺこらが真っ先に目に映る。

 布団不足な為ぺこらは床に直接寝ていた。

 その隣にシオンがくっ付いている。

 

 シオン用と思われる布団をはみ出して、ぺこらの腕を掴んでいて微笑ましい。

 ミオの目は笑っていなかったが。

 昨日の喧嘩をまだ根に持っているらしい。

 

 丁寧に扉を閉めて対面の部屋へ。

 

「っ――――」

 

 扉を開けた先の絵面を見て、驚愕した。

 おかゆ、ころね、マリンが寝ている。それ自体は昨日決まった事なので不自然では無い。

 

「……」

 

 1つの布団に3人が窮屈に収まっているのだ。

 しかも、中央はマリン。

 おかゆところねは心地良く寝息を立てているが、マリンは寝苦しそうに眉を寄せ、乱れた息遣いをしていた。

 

 寝起きからマリンはころねにぶん殴られるだろう。可哀想に。

 

 警告の為に起こすか逡巡し一歩踏み込んだが、寝起きが荒れるタイプだと怖いのでやめておいた。

 リビングで強制的に起こされたフブミオのように、運が無かったと割り切ってもらおう。

 

 今にも消えそうな程弱い朝日がカーテンの隙間から差し込んで来た。

 太陽が登り始めたタイミングで、二人は部屋を後にした。

 

 その後いそいそと朝食準備を進めるノエルを手伝う。

 計9人分の食事を作るとなれば、手抜きでもそこそこの時間を要する。

 あっという間に6時半を過ぎて、ようやっと完成。

 

 食卓の席が5つしか無いので先に3人は食事を済ませる事に。

 ごはん、取れたて新鮮生野菜サラダ、ノエルの手作り味噌汁、ノエルの手作り漬物、スクランブルエッグ。あとお茶。

 健康的な朝ごはんだ。

 

 ノエルの茶碗のデカさと、そこに盛られた白米の量にドン引きしながら二人は手を合わせた。

 

「「いただきます」」

「あい〜」

 

 箸を取ってフブキは最初に漬物を摘んだ。

 少量を小さな口に運んで咀嚼。

 塩の混じった酢のような酸味が野菜から染み出し口に広がって、刺激してくる。

 直後にごはんを食べると咀嚼数少なく喉を通った。

 本来よく無いのだが、この付け合わせはごはんが食べやすい。

 

 ミオは真っ先に生野菜に手をつけていた。

 真っ二つに割れてもなお、汁と種を内に止めた真っ赤なミニトマト。

 見事に箸で掴んで口の中へ放り込む。

 一口噛めば汁と種が口内で弾け、トマトの旨みが拡散される。

 適度な酸味と甘味が溶け合って、どんどん食べたくなるが1人0.5×2個しかない。

 もう一つもぱくっと食べて、ミオはドレッシングに手を伸ばした。

 

 小さな坩堝の様な容器に詰まったドレッシングを専用スプーンで救って、生野菜に垂らす。

 和風の玉ねぎドレッシングに見えるが、ノエルのお手製なので使用された原材料は不明だ。

 湿っていた野菜が油でてかてかと光り出し、一層食欲を唆る。

 

 レタス、ニンジン、キュウリなどを纏めてごっそり掴んで、ちょっと強引に捩じ込んだ。

 

「んっ、すっごい美味しい」

 

 口元を手で隠してノエルへ笑いかけた。

 

「そう? ありがと」

 

 ミオの言葉を信じてフブキも隣で真似っこしていた。

 消化が偏らない様、三角食べを心がけ、ミオは一度野菜から離れる。

 

 

 がちゃっ……。

 

 

「のえるぅ、おはよ〜」

 

 静かな朝の食卓へ、寝ぼけたフレアが顔を出す。

 右目を擦ってよたよたとノエルの隣に着席すると、大きなあくびを1つ――間を置いてもう1つ。

 そしてまた両目を擦る。

 

 ノエルが席を立って冷蔵庫から野菜ジュースを取り出してフレア用(にした)コップに注ぎ、提供した。

 無性に人参を連想させるオレンジ色の野菜ジュースだ。

 丁度フレアの髪と同じ様な色。

 ……寝起きな為、普段のポニーテールは下ろしていた。

 

「んっ、ぐっ、ぐっ……」

 

 食卓に並ぶ献立を目視で確認しながら一思いにジュースを飲み干した。

 コップを食卓の端に寄せるとノエルが腕を伸ばして回収。そのまま流しに置いた。

 

「味噌汁はいらなーい」

「はいはい」

 

 貴重な赤要素を自身の食から弾き出す。

 見越していた様に、味噌汁以外がフレアの目前に並んだ。

 茶碗に盛られた白米の量はフブミオとほぼ同量だったので、二人は安心した。

 

 配膳が完了するとノエルは再び席に着き食事を再開する。

 フレアを食卓に混ぜて朝食が進む。

 

「2人は何時くらいに出んのー?」

「んっ、と……ぺこらさんとシオンちゃんの起床次第かな。私たち目的地とか知らないし」

「ふーん。あ、そうだノエちゃん。ウサギちゃんからお金貰ったらまたスマホ買ってよ」

 

 切り出しておいて雑な相槌、更には急な話題転換。

 フブキはむすっとして食事に没頭した。

 

「買ってもどうせ3日で壊すじゃん」

「もう大丈夫! 学習したから、ね?」

「そう言って買って、もう3回も壊しとるんよ? 全部購入から3日以内で」

「いやいや、ほら、最新型出たじゃん! アレならきっと十分な耐熱性もあるって」

 

 フレアのスマホ故障歴を振り返ってみた。

 1代目――購入より2日、フレアの高熱に耐えきれず基盤が溶け、機能不全。

 2代目――購入より1日、フレアの高熱に耐えきれず、スマホ爆発。

 3代目――購入より3日、フレアの高熱に耐えきれず、スマホ爆発。

 

 これではスマホを買っても携帯できない。

 

「ね、お願い!」

「……これが最後やけんね?」

「ありがとー!」

 

 フレアの陽気な返事を聴いて、フブキとミオは絶対壊すと直感した。

 ノエルも同感だ。

 

 

 フブキがふとノエルの茶碗を見やると、米粒一つなく平らげられていて瞠目した。いや、それどころか全品完食していた。

 ミオとフブキも間も無く食事を終えるが、それにしても早すぎる。

 掃除機の様に吸い込んでいるのではなかろうか。

 若しくはあのデカい乳が胃袋の役割を果たしているのか。

 

 ノエルが食器を重ねて洗い場へ下げると、手早く洗い始めた。

 3人の食卓は空気が重く、咀嚼音と流しの流水音だけが聞こえる。

 

 軈てフブキとミオも皿を平らげて食器を洗い場へと回した。

 

「そこ置いとって」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまです」

「あいよ」

 

 

 がちゃ……。

 

 

「おはよぅ……」

「おはよ」

 

 席が空いた所へタイミングよく起床してきたのはシオンとぺこら。

 シオンは猫の様に目元を擦っていた。

 その仕草に心打たれたのか、ぺこらは寝起きにも関わらず目を見開いて、耳も直立させていた。

 

「おはようさん。テキトーに座って」

 

 ノエルに促された2人はフブミオのいた席に腰を下ろした。

 洗い物の手を止めて素早く配膳していく。

 ノエルの主婦力が高過ぎる。

 

 

 ぶろろろろろろ……

 

 

「「「――?」」」

 

 

 ぴー、ぴー、ぴー、ぴー……

 

 

「――くるま?」

「ノエちゃん今日出荷予定あった?」

「んや、無いよ。何じゃろね」

 

 この時間から、こんな僻地に訪れる者はまず居ない。

 ノエルは配膳を完了すると玄関へ向かった。

 

 それと同時にエンジン音が止まり、下車の際の扉の開閉音まで響いた。

 

 ぴんぽーん、とインターホンが鳴り、3秒とせずノエルが玄関を開けた。

 

「あっ、ちょっと! 何勝手に――!」

 

 ノエルの叫び声が食卓まで届き、不穏な空気が流れた――のも束の間、がちゃっ、と扉を開けて登場するのは――――!

 

 

「じゃじゃーーーーん‼︎ 不審者かと思った? 残念‼︎ ただのイケメンでしたぁーー‼︎」

 

 

 決めポーズと共に、火威青と言う名の「変」が押し寄せてきたのであった。

 

 

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