叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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メモリア④

 

「じゃじゃーーーーん‼︎ 不審者かと思った? 残念‼︎ ただのイケメンでしたぁーー‼︎」

 

 押し寄せる圧倒的な「変」に室内の空気が凍り付く。

 瑠璃色短髪の高身長女性の珍妙な決めポーズが、気持ち悪いほど脳に焼き付いて来る。

 しかし――冷静にその容姿を観察すれば、確かにナルシストを加速させるには十分な整った顔立ちだ。

 「キュートな少女」の路線では無く、「クールな女性」の路線で。

 

 だがやはり、初対面のインパクトが「変」に振り切れており、イケメンの肩書きも霞んでいる。

 

 息を呑む一同。

 イケメン女性の背後から慌てて駆け込むノエルと、一歩遅れて冷静にイケメン女性の肩を掴む長髪の女性が。

 

「青さん、キモいよ、ちゃんと自己紹介して」

「はて、キモい? ああ! 『気持ちいい』の略称だね。『気持ちいい』ほどの爽やかイケメンだと、そう言いたいんだね!」

「うん、気持ち悪さに磨きが掛かっててある意味気持ちいいけどね。ほら、困ってるから」

 

 イケメン女性がくるりと身を回して無い帽子を押さえ込むポーズを取る。

 困却し眉を顰める一同の中、フレアは今にも手を出しそうなほど力んでいた。

 下手したら丸焦げにされる。

 

「僕は火威青。巷では『イケメン』と呼ばれている!」

「ねえノエちゃん、この人燃やしていい?」

「フレア、落ち着いて! ノエちゃんも腑が煮え繰り返っちょるけど、我慢して!」

 

 2人の掛け合いに益々危機感を覚えた朱色の長髪女性が、額のサングラスをケースに仕舞いながら自己紹介へ。

 

「私は一条莉々華と言います。突然の訪問にまずはお詫びします」

 

 莉々華は胸に手を当てて自ら名乗った後、小さく腰を折って謝罪から切り出した。

 他人のご機嫌を取って場を取り纏めることも、莉々華の仕事だ。

 

「ふんふんなるほど……。莉々華ちゃんの言葉通り、ここは楽園だ」

「こちらの『顔だけは』いい者が火威青。あなた方の探し求める『メモリア』その人です」

「「――――⁉︎⁉︎」」

 

 叛逆者組の4人が一斉に瞠目して2人を見つめる。

 

「おぉぅ、キティたちよ、そんな瞳で見つめられても僕は1人しかいないんだ! 順番に相手してあげるからね。さあ、まずは白のこねこちゃんから――」

「「キツネです‼︎」」

 

 心臓を射抜かれた様な動作を挟んで、間近にいたフブキに手を伸ばす青。

 フブキとミオが呼気を乱しながら子猫発言に突っ込む。

 

「おっと失礼、コンプレックスだったかな? うんうん、お、その宝石の様な翠の瞳の輝き。雪国を彷彿とさせる真っ白な髪。極め付けはダイヤモンドダストを思わせるキューティクルを持った、獣人特有の耳と尻尾。おや? 可愛らしい二番星だね。えっ? 一番星じゃ無いのかって? はっはっは、一番星はキミに決まってるじゃないか‼︎」

 

 ある種の言葉の暴力にフブキとミオは戦慄した。

 激しい嫌悪感と恐怖心を覚えて青から距離を置く。

 青が「がーん!」と口にして更に数センチ腕を伸ばしたので、ミオが牙を剥いて威嚇した。

 毛を逆立て、瞳孔も強く開く。

 

「フブキに近づかないで下さい‼︎」

「そんな……‼︎‼︎」

 

 大袈裟に膝から崩れ落ち、だんっと床に跪いた。

 まるで土下座する様に倒れ込み、小刻みに震える。

 

 きっと微塵も傷心していないが、莉々華はタイミングを見計らって一歩前へ踏み出した。

 静寂を破って、視線をぺこらへ。

 

「あなたが、こう……じゃなかった。ぺこらさん、ですね」

 

 ぴこんとぺこらの耳がアンテナの様に跳ねた。

 小動物の様に目をぱちくりさせて莉々華を見つめ返す。

 

「そうぺこ」

「記憶の整理などのお話がしたいので、私の車に来てもらえますか?」

「……」

「青さんも、打ち合わせするよ」

「へ、ああ、分かったよ莉々華ちゃん」

「おけ、ぺこ」

 

 2人の承諾を聞くと莉々華は早急に部屋を抜けて家の前に止めた車へ向かう。

 ぺこらは朝食に手をつけず席を立った。

 不安げにその横顔を見上げるシオンに、にっと笑って柔らかく頭に手を乗せた。

 

「君たちの事は見捨てない! はっはっはー、すぐ戻るからいい子で待ってるんだよ、こねこちゃんたち‼︎」

 

 莉々華とぺこらに続き青も退室していくのだが、何故か盛大に腕を広げて室内に残る者に精一杯の愛を伝えながら、後ろ向きで歩いている。

 ので、扉付近にいたノエルにぶつかった。

 

「あ、すみません」

 

 ほんの一瞬だけ素と思われる声と反応が溢れた。

 

「青さん早くして」

「おいてめぇ、早くしろ」

「あ〜、今行く姫たちよ〜」

 

 騒々しい変態イケメンが家を出ると途端に場が静まりかえる。

 暫し環境音を聞いて平常心を取り戻し、元の空気を呼び込む。

 

「表の車破壊してきていい?」

「憂さ晴らし? それだとあの人達ここに居座っちゃうよ」

「確かに……」

 

 フレアを宥めるノエル。

 どちらも表情は穏やかで無い。

 ノエルも憂さ晴らしには賛成の様だが、フレアと違って後先考えている。

 

「これからあんなのに……記憶見せてもらうの? なんかやじゃない?」

「うん……」

 

 整理がつけば直ぐにでも記憶鑑賞会が始まる。

 気は進まないが心構えは済ませておくべきだ。

 

 フブキの素直な感想にシオンが小さく頷いた。

 隣の空席と配膳された朝食を見つめる。

 まだ手を付けていない。

 

 ぺこらを待つか悩んでいると階段を降りる足音が幾つも響いてきた。

 ノエルの隣の扉へと視線が集い、少しの間をおくと、扉を開けて3人がリビングへ。

 

「おあよ〜」

「何だか……騒がしかったね……」

「…………」

 

 おかゆ、ころね、マリンだ。

 おかゆところねに挟まれ、マリンは暑苦しそうに寝癖を押し潰していた。

 

「「「……?」」」

 

 何の変哲もない光景に、フブキ、ミオ、シオンは不思議と疑問が浮かんだ。

 疑問は解消される事なく時間は進む。

 

「おはよ。朝食の準備するけん、顔洗ったりして席付きな」

「あ〜ぃ」

「ありがと〜」

「…………」

 

 おかゆところねが手を繋いで洗面所へ。

 鬱陶しさから解放されたマリンは相も変わらず気力の抜けた左眼で叛逆者たちを一瞥した。

 シオンの隣の空席を見つけると、不在の1人に気付く。

 

「ぺこちゃんなら今外だよ」

「――――」

「さっき『メモリア』が来て、今――話し合いしてるみたい」

「――そう」

 

 シオンにも愛想の無い受け答え。

 マリンは顔も洗わずシオンの隣の席に腰を下ろした。

 ぎしっと椅子が音を立てる。

 

 おかゆところねが早々に戻ってきた。

 どちらも顔が湿って煌めいている。

 おかゆがシオンの対面に、ころねがマリンの対面に座り満面の笑みで両手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 2人は真っ先にトマトを摘んで口の中に放り込む。

 示し合わせたのかと疑う程のシンクロ率。

 その後お互いのトマトを交換すると言う謎の行動に出るので、数名が目を逸らしていた。

 

「いただきます」

 

 マリンも遅れて箸を掴み手を合わせる。

 一番最初にスクランブルエッグを取った。

 白線が跡として残る黄身の塊を箸で掴んで、手を添えながら口元へ運ぶ。

 ノエルの手作り感満載な味だ。

 今掴んだ倍量を掴んでもう一度。

 その後は味噌汁の入った木製の椀を手に取り、静かに汁を啜る。

 箸で中身を混ぜてもう一度。

 

「シオンちゃんは食べないの?」

 

 3人よりも先に着席していたシオンが未だに手を付けないので、おかゆが不思議そうに呟いた。

 

「ぺこちゃん待とっかな、って」

 

 コップのお茶を一口分含んで乾いた口内を潤し、空腹を誤魔化す。

 

 キッチンではノエルが皿洗いを再開していた。

 フレアは退屈そうに大きな欠伸を一つ。

 

「そっかぁ」

 

 その後は3人が黙々と食事する光景を眺めたり、窓から畑の様子を眺めて時間を過ごし。

 3人の食事が終わった30分後に漸く車の扉が閉まる音がした。

 

 がちゃっ、と勝手に玄関の扉を開けて3人が再びノエル宅に上がり込んでくる。

 そしてリビングに顔を出すのは――莉々華。

 毅然な振る舞いを見せつけてくるが、どこか動揺を感じる佇まい。

 朱色の髪を乱して後方に振り返ると、小さく口を開いた。

 

「ほら。ぺこらさん」

 

 遅れてリビングへ顔を出すのは、ぺこら――ではなく青。

 だがこちらも、先までとは打って変わって温和しい。

 数刻前の「変」は形を潜め、莉々華の視線に合わせて背後のぺこらを気にかける。

 

 一同がぺこらの登場を待つ中、1人席を立ち駆け出すシオン。

 莉々華と青の隙間を縫って扉の向こう側へ飛び出しかけたが、丁度ぺこらも入室してきて足を止めた。

 

「ぺこちゃん……?」

「ん……お待たぜっ」

 

 目元を赤くして鼻水を啜るぺこら。

 シオンはわたわたと対応に困っていたが、ぺこらはきりっと表情を引き締めて一同を概観した。

 

「記憶の整理がつきました。今直ぐ見ても?」

 

 莉々華が鼻を擦ってノエルに伺うと、ご自由に、と言わんばかりに手を振られた。

 お言葉に甘えて、莉々華は扉を閉め、更に勝手に室内のカーテンを閉めた。

 当然電気も点けず。

 

「マリンさん、先にこれはあなたに差し上げます」

「――?」

「かなたさんの、羽」

「――――」

 

 莉々華が小さな袋に密閉した一枚の羽をマリンに譲渡した。

 羽先は黒み掛かっているが、根本は彼女の心根を示す様な純白だ。

 マリンは袋の口を開けて羽毛に手が触れない様、そっと根元を摘んで取り出す。

 鳥を思わせる香りに紛れて、微かに「天音かなた」の匂いが漂って来た。

 

「そこからかなたさんに関する記憶を抽出しました。そして、シオンさん」

 

 次いで莉々華は間近のシオンにも一つの袋を手渡す。

 透明で小さなジップロックの中に、藍色のリボンがひとつ入っていた。

 

「あくあさんのヘアリボンです。彼女の記憶はここから拝見しました」

 

 シオンの震えるてにぽんと乗せ、詳細の説明は省く。

 最後にもう一つの袋を取り出すと、その中の財宝の様なチョーカー?を見せつけた。

 

「らでんの記憶はここから取りました。これは莉々華がもらいます」

 

 宣言すると懐に仕舞った。

 シオンは袋ごとリボンを握り締め、マリンは羽を袋に戻してポケットに仕舞う。

 

「たった今この3つより記憶を取り出して、整合性がとれる様にメモリーを繋ぎ合わせて来ました」

 

 青の力で記憶の操作が可能だと、フブキとミオはらでんに伝えられている。

 記憶の入れ替えが可能なら、継ぎ剥ぎも可能と言うわけだ。

 まるで動画の切り抜き師。

 

「じゃあ、青さん」

「うん」

 

 青が視線を一身に集め、リビングの中央に立つ。

 ノエルとフレアは一歩引いてキッチンから。

 フブキ、ミオ、おかゆ、ころねは食卓の席について。

 シオン、マリンは食いつく様に目前まで寄り、ぺこらと莉々華は水を差さぬよう、扉付近から静かに見守る。

 

 青はリビングの低いテーブルの上に100円硬貨を配置した。

 

「いくよ」

 

 面々を見渡すと覚悟の面構えばかりだった。

 

「3、2、1、はい」

 

 硬貨をひと撫でした途端、ホログラフィックの様に映像がリビングに浮かび上がった。

 ぼやけていた映像の中。

 そこから聞こえる軽快な笑い声が2つ。

 

 シオンの涙腺が刺激された。

 

『じゃあ、また明日ね』

『うん、じゃーねー』

 

 夕焼けの街中で手を振って帰路へ着く、あくあとシオンの姿から、記憶巡りは始まった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 翌日だろうか?

 空の色が明るくなっており、雲一つない快晴。

 そんな青い空の下、栄えた街の中をあくあとシオンが駆けていた。

 先までとは違い、2人の目に愉しさなど微塵もない。

 焦燥と恐怖から逃げる様、ただ一心不乱に街を駆け抜ける。

 

『いいよシオンちゃん! あたし1人で大丈夫だからっ‼︎』

 

 あくあの手を引いて、国の門を目指す。

 この日あくあは、及び知らぬ力を誤って使用し、呪いの発症が知れ渡ってしまった。

 噂は瞬く間に広まり、国中から腫れ物扱いされる。ここにいてはあくあの身が危険だと、シオンは国外逃亡を図った。

 

 間も無く国門。

 あくあには発症したての呪いの力もある。

 シオンの非力な腕を振り解く事は、他愛もない話だった。

 

『あくあはそんなに、強くない‼︎』

 

 そんなあくあの想いを一蹴するように、シオンは突き付けた。

 あくあの本心を突き付けた。

 

 だからあくあは、シオンの手に引かれるまま、2人で国を出た。

 あくあは自らの運命に、シオンを付き合わせてしまった。

 

 

 国を出て、行くあてもなく路頭に迷い、人気の無い荒野を歩いていた時――

 

 

『アァ、いたいた……呪持ち』

 

 

 2人を追って1人の女性が荒野に立っていた。

 ギラつく瞳に星を宿して、空よりも青い髪を揺らすしなやかな体型の女性。

 カン、カン、と手にした斧を鳴らして一歩一歩距離を詰めてくる。

 

 明らかな敵対意識を感じ取り、あくあとシオンは脇目も振らず逃げ出した。

 たくさん走って、薄汚れた靴と服で、体に鞭打って走った。

 

 ビュンッ、と風が吹いたかと思えば、女性が2人の前に立ちはだかっている。

 

『アタシは神の遣い『恐怖』担当、轟天一等星、星街すいせいだ』

 

 勝手に口上を述べ、あくあの喉元に斧を突きつけた。

 全身を食らい尽くす恐怖で、2人の体は硬直する。

 辛うじて息ができる程にまで、体が竦み、呼吸が困難になる。

 

『何だよ、つまんねェなァ』

 

 端から存在しない戦意を削がれ、逃げる為の足も痙攣し、身動きが取れないあくあを前に、すいせいは吐き捨てた。

 すいせいは退屈そうに斧を振り上げ、刃を煌めかせた。

 太陽光を反射する銀が眩しい。

 

『っ――‼︎』

『ぅぇ……』

『ァ? 何、お前』

 

 あくあを庇う体勢でシオンが介入した。

 震える小さな身体であくあの姿を隠し、血の気の引く両腕で背後のあくあの手を掴む。

 すいせいの脅迫にもシオンは言葉を返さず、ただ瞳で己の覚悟を示した。

 

 あくあは殺すな、私を殺せ。

 

『アァ、どっちも殺すから、気に病むなや』

 

 氷点下を体感する様に冷え切ったシオンの手が、あくあに小さな温もりを送り続ける。

 痙攣があくあの身を揺らした。

 

 このままだと、自分どころかシオンちゃんも死んじゃう。

 何か助ける方法――助ける方法は――⁉︎

 

 すいせいの瞳が、シオンの首元を捕らえた。

 銀の光沢が迫り来る――。

 

『あのっ、ぅっ‼︎」

 

 ピタッと、シオンの首元寸前で斧が停止した。

 シオンの全身から血の気が引いて、一瞬視界が明滅する。

 直後――荒い息遣いが響いた。

 

 あくあは恐怖心を押し殺す。

 怖い、怖い――怖い、けど。シオンが死ぬことが、世界一怖い。

 兎に角声を出して、シオンだけは生かす。

 

『ァ?』

『ひっ――ぃ……』

 

 すいせいの眼光に声が漏れる。

 緊張で体が熱い。なのに雪国の様な寒さ。

 寒暖差で目眩がする。

 

 いや――何でもいい、兎に角声を――。

 

『あっ、のっ――‼︎ わ、私っを! ん、な、ぁっ……仲間にっ、してっ――くれまっ、すっ、せん、か⁉︎』

『は』

 

 シオンと配置と体勢を入れ替えて、あくあは涙を浮かべつつすいせいに懇願してみた。

 唾液が口内に溢れ返る。

 それを飲み込むと喉が鳴って、急速に口が乾いた。

 水が欲しい……。

 

 背後のシオンは愕然として唇を震わせ、懸命に生きようと呼吸を繰り返していた。

 

『却下、死ね』

 

 瞬きの猶予もなく斧を振り被った。

 銀の閃光が美しいカーブを描く瞬間――あくあは地面を揺らした。

 

『ッ――⁉︎』

 

 平衡感覚を失ったすいせいが蹌踉めき、斧の閃光が上下不規則に歪曲した。

 斧の斬撃は虚空を切り裂いた。

 

 不意打ちとは言え軌道を逸らされ、すいせいの頭に血が昇る。

 眉がピクリと跳ねた。

 

 だがそんな様相なんて無視して、あくあは地面に額を擦り付けていた。

 小規模な地震も止んで、荒野に乾いた風が吹く。

 

『私は、こんな事が出来ます。なんでも、します。お願い、します』

 

 涙が額と鼻から滴る。

 凍える身体で懸命に、命乞いをした。

 惨めで、醜くても、あくあにプライドなんて存在しない。

 大切な人が無事に寿命を迎える為に。幸せを掴み取る為に。

 

 あくあの土下座を見下ろし、シオンの戦慄を睥睨する。

 人間の無様な姿が好きな訳ではない。

 ただ、心の底からすいせいを恐れ、崇め、敬い、無駄と知っても命乞いをするザマが、心地良い。

 すいせいも歴とした人間だった。

 力を得たが故に、奥底に眠る人間の凶悪な本能を開花させた――人間だ。

 

 頭に昇った血が降り、すいせいは冷静に思案した。たった数秒の一考。

 

 ガンッ、とあくあの真横に斧が落下し突き刺さる。

 あくあは微動だにしないが、涙と冷や汗は止めどなく溢れる。

 

『ちょっと待ってろ』

 

 すいせいがポケットに手を突っ込んだ。

 そこからはスマホが出てきた。

 片手でロックを外し、ある人へ通話を掛けた。

 

『みこち。入隊希望者』

 

 2人に背を向けて天を見上げる。

 シオンには、その背中が余りにも無防備に見えた。

 置いた斧も間近にある。

 

『んっ……ぅく』

 

 過呼吸の中、空気の塊を飲み込むと喉が激しくなった。

 吐血しそうな気分で呼吸を繰り返し、静かに斧へと手を伸ばす。

 心臓の鼓動が耳鳴りに変わった。

 

 かっ、と斧の持ち手を握ると気色悪い温もりが残っていた。

 

『分かった。位置情報送る』

 

 すいせいの電話が途絶え、シオンが斧を握ったまま硬直した。

 あくあとシオンは肝を冷やす。

 

『みこち、みこち……あった』

 

 通話後も画面をスクロールしたり、長押ししたりとまだ振り向かない。

 最初で最後のチャンス。

 殺すなら――今。

 

『――――‼︎』

 

 足音を消して斧を振り被った。

 重すぎて肩が取れそうだ。

 でも無音。

 

 華奢な身体のシオンでも、この斧ならすいせいの首一つ程度、刎ねられる。

 心の底から殺人に手を染めると決意し放った一撃。

 

 それは、すっと宙を撫でた。

 

 カッ、と斧に新たな力が加わる。

 更に、シオンは背後から強烈な殺気を感じ取った。

 身の毛がよだつ。

 

『頭が高ェな、愚民』

『――⁉︎』

 

 刹那後――シオンの身体は宙を舞っていた。

 空中で意識は途絶え、受け身もなく荒野の枯れた土地に転がった。

 

『シオンちゃ――』

『お前は、仲間になりたいんだよなァ?』

『っ‼︎』

 

 反射的に膝を立てたあくあの肩に、軽い手が乗っかると金縛りの如く身体が束縛された。

 あくあの背後からヌッ、とすいせいが顔を覗かせて鋭く睨みを効かせる。

 恐怖で身体は動かない。

 だから口を動かした。

 

『は、い……。だからっ……シオ、ちゃ、だけは……』

『お前頭悪りィなァ』

『……へ、ぁ?』

『お前がこっちに付けば、アイツはもう敵だ。意味分かってるか、なァおい』

 

 すいせいの言葉の意味がじわりじわりと脳に染み込んで、肺が苦しくなる。

 どろどろと冷や汗が滲み出て、べたついた感情が纏わり付く。

 

『入隊テストだ。さァ、ヤってみろ』

 

 すいせいの影が後ずさる。

 とっくにあくあの瞳には、シオンだけが映っている。

 気絶したシオン。転がったシオン。華奢な身体のシオン。刻印なんて無いシオン。親切なシオン。あくあの事が大好きなシオン。あくあの大好きなシオン。

 

 どうする、どうする、どうする?どうする?どうする?どうすればどうすればどうすればどうすれば????!!!!!

 

『お前には力がある。なら簡単な話だろ?』

 

 最早あくあの耳にすいせいの声なんて届きはしない。

 煩わしい鼓動と呼吸音と風の音と耳鳴りが聞こえるだけ。

 

『それとも――』

 

 すいせいの言葉が止まった。

 あくあは気付かず喘ぎ続ける。

 目眩で脳が焼き切れそう――

 

『こいつか。入隊希望は』

『――――⁉︎』

『ああ』

 

 新たな声色にあくあは咄嗟に振り向いた。

 知らぬ間に人が増えている。

 薄赤い髪と派手な巫女服。

 チャラチャランと装飾の鈴を鳴らしてあくあの隣へ並び立つ。

 

『ぁっ――』

 

 チラリとシオンを一瞥したので、詰まる声を飛ばした。

 

『トロイアへ行くぞ』

『あいあい』

『ぇ……ぁ……』

 

 みこの指示に投げやりな態度で返答するすいせい。

 あくあは意図を飲み込むことが出来ず言葉を詰まらせる。

 視線はシオンへ向くが、みことすいせいが不可解な行動を取り始め困惑が加速してゆく。

 身震いが止まらず、凍死しそう。

 

『シオ、ちゃ……』

『『――――』』

 

 シオンはどうするのか、途切れ途切れの息継ぎで尋ねようとした。

 その言葉は畏怖で喉に引っかかり、出なかった。

 

 みこもすいせいも、目で脅してくる。

 

 選択肢はふたつ。

 シオンを置き去りに、あくあが神の一団へ加入する。

 あくあは神の一団に加入せず、2人とも死ぬ。

 

 あくあの頭が良ければ、異なる未来があったのだろうか?

 あくあが強ければ、異なる未来があったのだろうか?

 あくあが呪いを隠しきれていれば、異なる未来があったのだろうか?

 

 だが、もう選択肢は二つに一つ。

 

『――――』

 

 湊あくあは言葉無く、荒野を後にした。

 そして、それと同時にぷつんと画面が切り替わる。

 

 

 

 視聴者達はここで深く息継ぎをした。

 特に、シオンの生い立ちを知らぬ者達は。

 

 

 メモリーの投影はまだまだ続く――

 

 

 

 トロイアのリビングに、神の一団が集っていた。

 12人掛けの特大テーブルの南席へ、あくあは着席して縮こまっていた。

 最も遠い対面、北席には自称神、さくらみこ。

 東西の席に、そら、こより、スバル、すいせい、ちょこ、ルイ、あやめ。

 

『大方の事情と思惑は把握した』

 

 息が詰まる剣幕な空気に耐えながら、あくあは続くみこの言葉を待つ。

 

『おめェの呪は強力だ。当面の間監視を付けつつ仕事をこなしてもらう』

『っ! あ! ありがとうございます‼︎』

 

 みこからの許諾が下り、あくあはテーブルに頭突きした。

 

『不審な動きを見かけた場合、特例を除いて指示に反した場合、存在が不利益と判断した場合は、即刻死刑に処す。肝に銘じとけ』

『はい……』

 

 これだけを突き付けられたが、対価にシオンの身の安全は「本人が敵対しない限り」護られる事が決まった。

 それだけが、あくあにとって何よりの救いであり、生きる希望だった。

 大切な者のために、あくあは殺戮者となる事すら受け入れた。

 

『よろしくな、あくあ』

『よろしく、あくあちゃん』

『……』『――』

 

 スバルとそらの快い歓迎の言葉に応えようと顔を上げたが、その他の面々の鬼気迫る顔に、あくあの声は殺された。

 そんな天中の地獄へ、遅れて2人の遣いが入室してきた。

 

 紫髪のツインテールが特徴的な小悪魔。

 優雅な銀髪と目元の勇ましい刻印が印象的な獅子。

 常闇トワと獅白ぼたんだ。

 

『待たせたなー』

 

 一切悪びれる様子も無くケラケラと笑って席に着くぼたん。

 新人には目もくれない。

 だが、トワは違った。

 

『悪いみこち、遅れた……ッて、誰?』

 

 記憶に無い髪型に後ろ姿。しかも本来は空席となる南に座す存在。

 トワは興味本位で横顔を覗き込んだ。

 

『――――』

 

 恐怖心を抑えてほおを引き攣らせ、目一杯の愛想笑いを浮かべたのだが、視線が絡んだ途端に涙が一筋垂れた。

 間近にあるトワの吊り目が怖かった。それだけ。

 トワが瞠目して半身引いた。

 

『ァ、悪りィ。見知らん姿なモンでつい……みこち、この子誰?』

『今日から入る新人』

『へェ〜』

 

 諸々の説明や経緯を聞いていないトワは、何食わぬ顔であくあの頭に手を乗せて、滅多に見せない砕けた微笑みを向けた。

 

『困った事があったら何でも聞けよ』

『……』『――』

 

 恐る恐るあくあは首肯する。

 その小動物顔負け――否、顔勝りな容姿と挙動にトワは心打たれた。

 

『んでみこち。今日の議題は何だよ。アタシら集めた理由は?』

『あくあの入隊議論。もう終わったから解散だ』

『んァ〜? んだよ、至福の時間を縫って態々来てやったのに』

『おめェが来んのが遅せェんだよ』

 

 ぼたんが八重歯を光らせて項垂れたが、みこが正論である。

 そらとスバルが親しげにあくあとの会話を試みる外で、一同は解散を始めた。

 ルイとあやめは暖炉前へ、こよりはみこの下へ、ぼたんとちょこはインターン宿舎へ、すいせいはあくあ周辺の様子を睨み付けて。

 

『あくあッてッたか? お前可愛いなァ』

『いえ、その……』

『――――』

『トワは常闇トワ。さっきも言ったが、困ったら何でも聞けよ』

『あたしは大空スバル。よろしく』

『私はときのそらだよ〜』

 

 ガヤガヤと騒々しくなるあくあの周囲。

 暖炉前からあやめが、東の1席からすいせいが鋭く睨み付けていた。

 

『みこちー!』

『んにゃ?』

『あくあにもどうせ監視つけるんだろ? ならトワがやるよ!』

『なッ――‼︎』

『おおそうか。じゃあ任せた』

『おう‼︎』

 

 トワが名乗りを上げた事で、監視員は雑に決定した。

 拳を握って腕を上げると、揚々と返答する。

 優しそうな人が運良く当たった、と内心ひっそり安堵するあくあ。

 そこへズカズカと床を踏み抜く勢いですいせいが差し迫る。

 

『待てトワ。コイツはアタシが拾ったんだ。面倒はアタシが見る』

『は? 何だよ突然、普段は監視なんて面倒くさがるくせに』

『いいから、トワは関わんな』

『うッせ。もう決まったからトワが面倒見るんだ』

『グッ――ギッ――』

『ぃっ――――』

 

 唐突にあくあ争奪戦が始まり、トワとすいせいの喧嘩が勃発する。

 渦中のあくあは2人の表情を見上げた。

 トワの愛猫を可愛がる様な朗らかな瞳。対するすいせい――敵を排除せんと煮え滾る復讐者の様な瞳。

 正反対の感情を込めた視線に板挟みにされ、温度差で発熱してきた。

 

『おいみこち! アタシも面倒見る! 日替わりにしろ‼︎』

『ッチ。あいあい! 好きにしな!』

 

 投げやりにみこが承諾したので、日替わりでトワとすいせいに見張られる事が決まった。

 

『ッたく。嫉妬かよ、ウゼェ』

『アァそうだよ。何か、文句あるか?』

 

 あくあの左肩にはトワの手が置かれている。

 右肩はすいせいに掴まれ、今にも粉砕されそうな握力が篭っている。

 

『あくあ、こんな奴気にせず楽しんでこうな』

『ぅ……ぅん』

『あーくーあー? こんな奴に構うな、いいな?』

『ぅっ……っん』

 

 

 この日が、あくあの入隊日である事は明白である。

 

 ぷつんと映像が途切れた。

 

 

 

 ぱちんと映像が再起動した。

 

 薄暗い一室の中で倒れていたシオンは、空な視線の先に土の天井を見た。

 定まらない意識で上体を起こし、初めて自分が低品質なベッドに横たわっていると認知する。

 薄い毛布が下半身を覆っており、もこもこしてこそばゆい。

 

『おはよ』

 

 

 

「――‼︎」

 

 映像から響く声音に、マリンは落涙した。

 ポケットを強く握り締める。

 

 

 

『……? あれ……⁉︎ あくあ⁉︎』

『あの子はここに居ないよ。神様たちと天界へ向かった』

 

 奇怪な羽を掻き鳴らす少女の冷静沈着な言葉で、シオンはそっと現実を受け止める。

 

 自分の両手を見つめると、今更諤々と震えていた。

 

 シオンは生かされた。

 あくあもきっと……神の仲間として生かされる。

 

『……』

 

 泥臭くても生きる事が至上命題なら……。

 大好きな人が隣に居なくても――お互いが生きてさえいれば、それでいいのかもしれない。

 呪いの有無に関わらず、何れこうなっただろう。

 

 喪失感は拭いきれないが、シオンはそれでもいいと、思ってしまった。

 

『ねえキミ。唐突だけどさ――叛逆に興味ない?』

『――――』

『今の神を倒せば、あの子だって解放できるし、呪いを供養するなんて風習も書き換えられる。成功すれば、多くの命を救う事ができる』

 

 不思議な少女の言葉に、シオンは逡巡を繰り返した。

 賛否の意見が脳内で右往左往して、寝起きの頭が痛み出す。

 

 このままでいれば、離れ離れでもきっと、寿命を迎える事ができる。

 もし叛逆とやらに乗れば、両者の生と死の確率は――甘く見積もって半々、だろうか。

 

 両者の安寧を望むか。

 自らの命を賭してでも、あくあの解放を望むか。

 

『あくあ……』

 

 別れの日は何れ来る――。

 だけど――それは今日じゃなかったはずだ。

 呪いが、世界が、神が――そうさせたのなら。

 

『うん。あくあを救いたい!』

『決まりだね』

 

 少女が立ち上がり、シオンに手を差し伸べた。

 

『僕は天音かなた。よろしく』

『……紫咲シオン』

 

 シオンがかなたの手を掴んだ瞬間、また映像が途切れた――。

 

 

 

 場面は再びトロイアへと切り替わる。

 

『……』

 

 あくあがリビングに入室すると、暖炉前の高級ソファに、変わらずルイが腰掛けていた。

 あやめと目が合い、軽い会釈で挨拶すると、珍しくあやめがルイの下を離れてあくあに話しかけて来た。

 

『あくあちゃん、今日はみこちに呼ばれて来たんでしょ?』

『ぅ、うん』

『すいちゃんとか、ぼたんちゃんとか、変な奴多いけど――みこちは「良い人」だよ』

『ぅ、んぇ?』

 

 本意が全く伝わらなかった。

 

『余とルイちゃんも、あくあちゃんと同じタイプだから』

『……?』

『それだけ』

 

 あやめはルイの真横に並び直した。

 背中に特有の紋様の端が見える。

 

『待たせたにぇあくたん』

 

 遅れてみこが入室する。

 その髪はやけに光り輝いており、全身熱っている様だ。

 駆け寄ると甘い香りが嗅覚を刺激する。

 お風呂上がりらしい。

 

『今日は……何の用、でしょうか』

『以前チラッと話した叛逆の事、覚えてッか?』

『はい』

 

 立ったまま単刀直入に切り込まれる。

 

『今、叛逆組織が再建されてて、メンバーの中に紫咲シオンがいる』

『――⁉︎⁉︎⁉︎』

 

 動悸で心臓が破裂しそうだった。

 瞠目すると目が急速に乾く。

 唾が飲み込めない。

 

『叛逆者との衝突は避けられにぇェ。だから選べ。紫咲シオンをこっちへ引き込むか、紫咲シオン諸共皆殺しか』

『――――、――――』

 

 がたがたと奥歯がぶつかり合って歯が痛い。

 

 何で――何で⁉︎

 

『こっちに引き込みます‼︎』

『そうか。ならすぐに動け。紫咲シオンを探して、説得して来い』

『――ぇ』

『奴は今冥界にいる。とある情報筋から得た』

『――――分かりました』

 

 みことあくあはトロイアを後にした。

 そして疑心と困惑が渦巻く中、あくあは冥界へと転移させられ――映像が途切れる。

 

 

 

 景色は地下の大都市へ。

 みこの指示通りの場所で、あくあとシオンは無事に再開する。

 

 人気のない所へ場所を移し、あくあはらしくもない声量でシオンに怒鳴った。

 

『シオンちゃんのバカ‼︎ なんでこんな事してるの‼︎』

 

 顔を真っ赤にして、あくあは心の底から叱責した。

 

『なんで、って……あくあを助ける為じゃん‼︎』

『助けなくていい‼︎ このままいれば、2人とも生きてられるんだよ⁉︎』

『あくあと会えないじゃん‼︎ シオン達何も悪い事してないのに! あくあだって本当は嫌なんでしょ‼︎』

『嫌な事なんて生きてたら幾らでもある! 多少の理不尽には目を瞑って‼︎ じゃないと――死ん、じゃうんだよぉ……?』

 

 勢いが消失し震える口からあくあの最大の恐怖心が溢れた。

 ぽつり、ぽつりと涙が垂れる。

 数週間振りに見るシオンの見窄らしい姿を愛おしげに見つめながら、ぎゅっと両肩を掴む。

 

『ならあくあ。もう嫌な事なんてやめてさ、こっちにおいでよ』

『出来ない』

『何でよ! 一緒に神を倒そうよ!』

『出来ないの。スバルちゃんに縛りを掛けられてる。神様の許可無しに、天界を降りられない』

『じゃあここに居る今がチャンスだ』

『ダメ……お願いやめて……シオンちゃんがこっちに来て……』

 

 どんな説得を試みても、シオンの想いは覆らない。

 

 無力で無知な癖に……どうして……。

 

『あくあの居場所は、そこじゃない』

 

 神の遣いの仕事なんざ、容易に想像できる。

 だって、その仕事上で2人は死にかけたのだ。

 そんな仕事は――あくあがやるべきではない。

 

『あくあ、メンタル弱いんだから……』

『うっ……ぁぐっ……』

 

 シオンの小さな胸に包まれて、あくあは涙した。

 まただ。

 あくあはまた、シオンの差し伸べた手を振り払えなかった。

 

『ねぇあくあ。ならさ、こんなのはどう――?』

 

 抱き合ったまま、シオンがそっと耳打ちをすると、あくあは驚愕で涙を散らした。

 

 

 ぷつん――。

 

 

 

 ぱちん――。

 

『スパイだと?』

『はい!』

 

 トロイアへ帰還したあくあは覚悟の表情で集会に臨んだ。

 その議題の一つ、シオンの処遇についてであくあは自ら切り出した。

 

『あたしは勿論、シオンちゃんも神の一団に付きます。そこで、シオンちゃんを叛逆者の仲間として向こうに置いたまま、あたしがここに潜入していると言う体でスパイ活動をします』

『――こより、どう思う』

 

 皆の注目の的となる事にも臆さず討論に出たあくあに、誰しも一定の不信感を抱いた。

 みこは訝しげにこよりの助言を求める。

 

『作戦自体は良い出来だと思います。やはり問題は――信頼に値するか。スバルちゃんの力で縛るのも良いですが、対価の問題もあり得策ではないのでやはり、お金を掛けてでも彼女の知識を借りるべきかと』

『よし、こよりが言うならそうしよう』

『――?』

 

 彼女、があくあやシオンではない事は明白だった。

 『計略家』博衣こよりからの助言にあくあは身じろぐが、もう引っ込みはつかない。

 あとは成り行き。あくあのアドリブ力で決まる。

 

『トワ、星街。あくあを「叡智の書」の所まで連れて行って、忠誠心を測って来い』

『ッしゃァ‼︎ 任せろ』

『了解』

『へ、え?』

 

 すいせいが活気に満ち溢れた様相で立ち上がり、トワは仕事の一環として事務的な態度を取る。

 困惑して挙動不審になるあくあにすいせいが駆け寄る。

 

『ほら行くよ、あくたん』

『チッ。イチャつくな』

 

 すいせいに右腕を掴まれてあくあは席を立つ。

 トワが愚痴を溢すとすいせいは笑みを深めていた。

 

『報告は早めに頼むにぇ』

『はーい‼︎』

 

 距離の近いすいせいと、それを妬むトワに挟まれて、トロイアリビングを後にした――

 

 ぷつん――。

 

 

 

 ぱちん――。

 

 巨大な木をベースに作られたツリーハウス。

 すいせい、あくあ、トワの3人が訪れた場所だ。

 謎の指令で派遣されたが、あくあは未だ意図を計り知れていない。

 トワに聞いても言葉を濁される。

 良い予感はしない。

 

 ごくりと息を呑んで、巨大な木の枝の影に踏み入ると、爽やかな風が吹き抜けた。

 

 ツリーハウスの扉目前まで迫ると、ひとりでに扉が開いた。

 木製の扉で、センサーなんて付いていない。

 

『いらっしゃい。新人も居る様だね』

 

 絵画の中から飛び出したと錯覚するまでに美しい黒髪の女性が、愛想悪く出迎える。

 

『ああ邪魔すんぞ』

『――』

『……どうも』

 

 女性を押し除けて上がり込む2人とは対照的に、あくあは緊迫感の中でも会釈した。

 だが返答もなく冷たい視線を返され、凹む。

 

 席を勧められる前にソファへドッカリと腰を下ろし足を組むすいせい。

 丁度中央に座ったのでその両サイドにトワとあくあが座る。

 そして対面に女性が。

 

 ニオイの強烈なタバコを咥え込んでライターで火をつける。

 

『ふぅ……』

『……』

『……』

『……?』

 

 無言で10数秒。

 痺れを切らしてすいせいが荒々しく口を開く。

 

『おい、さっさとしろ。要件は分かってんだろうが』

『すぅ――――はぁ……やれやれ、横暴だね。商談の場に於いては私の方が優位な立場にある。依頼があるなら、相応の態度と言うものがあるのではないかな?』

『物分かりが悪りィなァ』

『それはキミたちだ』

 

 女性は深くタバコを吸って、熱の籠った吐息を撒く。

 誰かが依頼を口にするまで、女性から切り出す気はないらしい。

 

 状況的に纏め役は自分だと自負し、トワが気怠げに口を開いた。

 

『あくたんが面白い作戦を考案した。が、叛逆者側に寝返った可能性が高い。そこで、お前の知識の力で真実を明かして欲しい。お代は幾らでも出す』

『――知識?』

『――よし、いいだろう。100万と値は張るが、いいかな?』

『ほらよ、みこちが用意した分全部やるよ。1000万だ』

『ほう? 随分と気前がいいね。では有り難く頂戴しようか』

 

 トワの依頼に対し女性はポケットマネーでは支払えない金額を請求する。

 しかし、すいせいは小さなポーチを放り渡す。中にお金が入っているとは思えない。

 だが女性は中身を確認するまでもなく、ポーチを懐に隠し、タバコを灰皿へと押し付け、放った。

 灰皿からタバコの煙が立ち上る。

 

『キミの気前の良さに応えてあげられず済まないね』

『――ァ? どう言う意味だコラ』

 

 女性は敢えて一度すいせいを揶揄った。

 大した意味はない。

 

『この子は寝返ってなどいない。まだ辿々しくはあるが、湊あくあも、紫咲シオンも、神の一団入りを本心から決意した様だ』

『――! ッ! それ、ホントか⁉︎』

『ああ、本当だ』

『おい待てッ‼︎ 1000万払ってやったんだぞ⁉︎ 真面目に答えろよ』

 

 トワの表情に希望が返り咲く。

 しかしすいせいは感情のままに女性の胸ぐらを鷲掴みにし、恐怖の本領を発揮した威圧感を放つ。

 

 あくあには大まかな流れしか把握出来なかったが――幸運の女神が微笑んでいた事は、はっきりと分かった。

 

 トワとすいせいは同じ未来を予想していた。だからトワの足取りは重く、すいせいの足取りは軽かった。

 所がいざ蓋を開けて見れば解は真逆で、すいせいには度し難い事実だった。

 

『物事が期待通りでなければ当たり散らす。実に幼稚だ。私を脅しても結果は変わらないし、幾らお金を積もうと答えは変わらない』

『ふッざけんな‼︎ あくあは裏切りモンだろ、でなきゃおかしい‼︎』

『だからキミたちの味方だ。ふっふ、いい事じゃないか〜』

『ッ、ジッ――‼︎――‼︎――‼︎――グッ――ギィッ――‼︎』

 

 女性の最後の余計な一言がすいせいの理性を崩壊させた。

 

 ギリギリと歯が砕ける勢いの歯軋りが響く。

 血走るすいせいの瞳がらでんを食い殺さんと睨み付け、更にはあくあにも。

 

『幾ら金を積まれた。誰の入れ知恵だ』

『さっきも言った通りこれは事実だ。幾らお金を積み足しても結果は覆らない。だから早く神様に報告する事だね。さぞ喜んでくれるよ』

『と、トワが報告しとく!』

 

 トワが嬉々としてスマホを取り出すと、すいせいが女性をソファに投げ捨ててトワの肩に手を乗せた。

 

『待てトワ。こいつが嘘をついてる可能性がある。報告するのはまだ――』

『お前しつけェんだよ。そもそも「叡智の書」の発言の正誤判定なんて、悪魔の証明だ。それを承知で来てんだから、信じるしかねェだろ』

『そうやって簡単に信じてたら、寝首掻かれッぞ』

『そっちこそ頭ごなしに否定して、気分だけで態度変えてんじゃねェよ。あくたんが取られるからッて嫉妬して、見苦しいんだッての』

 

 血管がはち切れんばかりに浮き上がる。

 過去に類を見ない怒り様で、すいせいは自身の髪を握った。

 全て引き千切る勢いで力を加えると数本髪が抜けた。

 

『あくたん、帰ろうや』

『ぇ……ぁ、うん』

『ッ――‼︎‼︎‼︎』

 

 あくあを介抱する様にトワが手を貸す。

 2人が肩を寄せて退室していく様を背後から激昂しながら睨むすいせい。

 叡智の書への挨拶は愚か、一瞥すらくれず2人の後を追って家を後にする。

 

『――――やれやれ』

 

 部屋に残されたらでんの嘆息と共に映像が暗転した。

 ぷつん――。

 

 

 

 ぱちん――。

 

『や、ぺこらさん』

 

 らでんの店常連、兎田ぺこら。

 スマホと財布をポケットに詰めて、ただ1人で訪れたらしい。

 扉を支えたまま道を開け、ぺこらを通すと扉を閉め鍵をかける。

 らでんはにこにこと上機嫌にお茶をコップに注いで提供した。

 

『あんがと』

『ほんで、今日はどげんしたと?』

 

 ごくっと一口お茶を流し込むと、ぺこらは真剣な面持ちで切り出した。

 

『らでんちゃん。今日は折り入って相談があるぺこ』

『――? そんな急に畏まって……』

『今回もシオンちゃんに関わる事ぺこなんだけど』

 

「――⁉︎」

 

『んまあ、それは察しが付いとーけど』

『んーん。今回は、易々と協力を頼めない』

『んく……』

 

 ぺこらの剣幕な瞳にらでんは息を呑んだ。

 

『シオンちゃんが叛逆組織に加入した。だから――らでんちゃんに、叛逆者の味方をしてほしいぺこ』

『――――っ……』

 

 誠心誠意の懇願にらでんは絶句した。

 

『らでんちゃんが神の一団に力を貸してる事は分かってる。反抗したら殺される可能性が高い事も。だから、無理にとは言えないけど――もし手を貸してくれるなら、らでんちゃんの一生涯の生活は、ぺこーらが保証する』

 

 ぺこらの提案はリスクと釣り合っていない。

 らでんの裏切りが始まれば、遠からず神か計略家が勘づく。

 そうなればらでんは死に、ぺこらが保証した「一生涯」がそこで終わってしまうのだ。

 人間の本質――打算的思考。

 そこから答えを導くのなら、断固拒否だ。

 

 もう一つ。らでんは柄にもなくぺこらが好きだ。

 だがぺこらはシオンが好き。

 このまま手を引けばシオンは死ぬ。

 そして傷心し、憔悴しきったぺこらに優しい言葉をかければ、きっと自分の物になる。

 そんな思考が無限に脳内にちらつく。

 

 だが――!

 前述通り、らでんはぺこらが好きだ。

 ぺこらはシオンが好きだ。

 そしてシオンは、あくあが好きだ。ここは逆も然り。

 ぺこらはシオンの想い人を知って尚、シオンを愛し、シオンの幸せを願っている。シオンとあくあが結ばれる未来を、屈託なく望んでいる。

 

 らでんはそんなぺこらが好きだ。

 自分がその瀬に立った時、同じ様に応援したいと今まで力を貸してきた。

 ぺこらがシオンの為に命を賭けるのなら――らでんだって、ぺこらの為に命を賭ける。

 

『――よし』

『――――』

『いいだろう。その商談、乗った』

『――‼︎』

『私の力の全てを――私の人生を――キミに捧げよう』

『――ありがとう‼︎』

 

 それに、ぺこらに人生を保証されるなんて――恋人みたいでちょっと嬉しいから。

 本当は対価なんてらでんからの愛を捧げるだけで十分だが――

 シオンがぺこらの愛情を知らぬ様に、ぺこらもらでんの愛情を知らない。

 知れば、関係性が拗れてしまうから。

 この想いは1人で墓まで持っていく。

 だから体裁として、ぺこらに人生を保証してもらうのだ。

 

『それじゃあ早速――作戦会議と行こうか』

『ん‼︎』

 

 ――――――――

 ――――――――

 

『――と言うわけなんだ』

『――――』

 

 らでんのツリーハウスに招かれたあくあは、ぺこらとらでんより事の経緯を拝聴した。

 裏切りを隠蔽した理由を明かされ、あくあは震撼する。

 空いた口が塞がらず、見っともない顔でぺこらを見つめた。

 

『あなた、が……』

 

 ぺこらの想いを知り後ろめたい気持ちが止まらない。

 

『感情が渋滞している所悪いが、あくあちゃん。キミに確認したい事がある』

『――ん』

『私はキミを庇ったが、叛逆が進めば私とキミの裏切りは表沙汰になる。そうなった時、私はまだしも、キミはほぼ確実に死ぬ。分かっているかい?』

『――うん。いいの』

『……そうか』

 

 らでんの問いかけにあくあは悲壮な決意を示した。

 

『なら作戦の一部を伝達する。とは言っても今は些細な事だけだが』

『『はい』』

『この先必ずぺこらさんとあくあちゃんは叛逆者の前で対面する事になる。その時は初対面を装う事』

『おけぺこ』『分かった』

『そしてあくあちゃん。キミは極力、叛逆者に疑心を与える様行動する事』

『えっ?』

『いいね』

『――ん。分かった』

 

 一切思惑の掴めない奇妙な指示だが、2人の首は軽々と縦に動く。

 横並びでソファに座るぺこらとらでんは、まさに阿吽の呼吸だった。

 あくあは2人と知り合いたてだが、その姿勢と眼の奥の輝きから信頼に値すると見極めた。

 

『今はこれだけだ』

『おけ』『これだけ?』

 

 ここでも呼吸の差は顕著に現れた。

 らでんは会議終了を顕現するかの如く、タバコに火をつける。

 

『ああ。同一人物でも、知る知らぬは行動に大きな変化を齎す。分かるだろう?』

 

 ふぅっ、と煙を吐き出して喫煙を満喫する。

 本意があくあの認識と一致するかは読めないが、あくあは2度頷いた。

 

『……あくあちゃん。そのリボンはいつも付けてる?』

『――? はい、付けてます』

『そうか。なら、これからもずっと付けておく様に』

『――? はい』

 

 らでんはタバコを咥えたまま立ち上がった。

 10秒ほど熟考する。

 

『――さて、今日はお開きだ。あくあちゃん、先に帰るんだ』

『分かりました。ありがとうございます』

 

 ツインテールを跳ねさせてぺこりとお辞儀をすると、あくあは足早にツリーハウスを後にした。

 

 あくあを見送ったらでんは、いそいそと着替え、荷造りを始めた。

 ぺこらは無言で立ち上がり、卓上のお茶を飲み干す。

 そして灰皿のタバコの燃え滓を消化しゴミ箱に捨てた。

 

『ぺこらさん、足が欲しい』

『おけ、車でい?』

『ああ頼む』

 

 ぺこらはスマホでタクシーを呼びつけた。

 その間でらでんの荷造りは完了。

 ぺこらがスマホを仕舞うとらでんはタバコを手に持ち替え、口を開けた。

 

『さっきあくあちゃんから聞いた「秩序」に対抗する力が必要だ』

『呪いが使えないって奴ぺこな』

 

 あくあから聞いた大まかな神の一団の力。

 その中で最も厄介な物が、鷹嶺ルイの「秩序」。

 何せらでんが唯一存在を知らなかったのだ。

 

『必要なのは素の戦闘力。百鬼あやめと鷹嶺ルイの基礎戦闘能力が、一般人の最高水準と仮定するなら、最低でも戦闘に手慣れた者が3人は必要だ』

『それを勧誘に行くわけぺこな』

『ああ。キミの力を借りる』

『金なら幾らでも出せっから』

 

 2人はタクシーの到着と共に家を後にした。

 

 ぷつん――。

 

 

 

 ぱちん――。

 

『みんなはこっちで待機ぺこ』

『ど、どうして?』

『それがらでんちゃんの作戦。かなたちゃん以外に、作戦の全容は話せない』

 

 

 

「――‼︎ あの時の……」

 

 不意に公開される記憶に新しいワンシーン。

 冥界でぺこら達と初めて出会った時の光景が、メモリーとして虚空に投影されていた。

 だがその先は、この場の誰も知らぬ故人の密会。

 

 場面の切り替わりと共に、マリンは滝の様な涙を流した。

 

 

 

 おんぼろハウスの細い廊下で向かい合う、らでんとかなた。

 

『作戦は?』

『隻眼を救う策自体は誰でも思い付く安易な物だ。大地の支配人の力を使えばいい』

『……何で、知ってんの』

『明かしただろう、私は知識の源泉を所持している。私の知らない事など無いに等しい』

 

 誇張表現を交えつつらでんはかなたの疑心を解いてゆく。

 

『隻眼は、一等星と雷霆に捕縛され、聖域内の洞窟に連れ込まれようとしている。だから支配人の力で下から奇襲を仕掛ける。本気で望めば誰1人死なずに隻眼を救出できる』

『確かに、そうかも知れないけど……本気で、って――どう言う意味』

 

 らでんは新しくタバコを咥えた。

 

『キミにはそこで――死んでもらいたい』

『――っ⁉︎ はぇ⁉︎』

 

 喉が詰まり、咽せた。

 かなたが咳き込む。

 

『神が最も厄介と見ているのは、キミの呪いだ。だからキミを殺す為に隻眼を誘拐し、誘き出す為にイヌネコカップルを見逃した』

『……だろうね』

『となれば、今回上手く隻眼を助けても、キミが生きる限りは同じ事の繰り返しになる』

『なら、叛逆までわために匿って貰えば――』

『そうじゃない。神からすれば、キミがいる限りは叛逆との正面衝突を避けたいんだ。言ってしまえばキミがいる限り、叛逆は起こせない』

『――――』

 

 らでんの言葉の意味を飲み込むのに、しばし時間を要した。

 

 叛逆を先延ばしにする事は、叛逆者にとってデメリットしかない。

 

『私の裏切りの露呈も近いだろう。今回のこのタイミングが、最初で最後の絶好のチャンスなんだ。ここで神が作戦を改めて状況が一度白紙に戻されれば、叛逆は実現しない。だから神に戦いを決意させる為にも、キミにはここで死んで欲しい』

『…………』

『長い目と広い視野で見て欲しい。キミは人を多く救える選択ができるはずだ』

『…………』

 

 これで3人目だ。

 あくあ、らでんに続き3人目、かなた。

 この3人の命を賭して――漸く届く位置に神たちは立っている。

 

 だが今回の作戦が刺されば、敵組織の中枢を破壊し、神を地に落とす日がぐっと近付く。

 

『すー…………ふぅー…………』

 

 大きな深呼吸で胸と腹が膨らみ――縮む。

 ぎぎぎ……と義翼が騒ぐ。

 

『――分かった。但し――‼︎』

『――――』

『マリンを死なせたら赦さないからね‼︎』

『……それは、彼女次第だろう?』

『いいや! 口の回るお前なら、どうせ上手く扱えるでしょ。マリンが僕に会いに来たら――一生呪うよ』

 

 覚悟と共に一つの約束事を口にした。

 かなたはマリンをよく知っている。

 そもそも――かなたとマリンは似ている。

 

『僕もマリンも、人には死ぬなって言う癖に、自分は真っ先に死にたがるから……』

『その様だね』

 

 らでんは深掘りせず相槌を打った。

 

『だからマリンに、僕の後追いはさせるな』

『状況次第だが――』

『させるな‼︎』

『っ……ああ。承知した』

 

 一喝。

 らでんは言葉を弄する事を諦めた。

 

『…………』

 

 かなたが何かを言語化しようと口をぱくぱくさせた。

 かなた達の心境に大した興味関心は無いが、余命宣告の後で多少の後ろめたさもある。

 だかららでんは、柄にも無く言葉を促した。

 

『何か、言いたい事か、聞きたい事があるのかな?』

『……僕はもう、マリンと落ち着いて話す機会は無いんだよね』

『ああ。無いね』

『――じゃあ…………っ……いや……』

 

 開いては閉じ、開いては閉じ……。

 小さな口を魚の様に動かす。

 次第にかなたの視線が落ちて、沈んで行く。

 

『伝言なら、頼まれてあげてもいいが』

『ん……。「好き」、って、伝えてもらおうと思ったけど……やっぱりいいや』

『……そうだね。それだとまるで私が彼女を好いたように聞こえる』

『…………』

 

 場に似つかわしくないジョークにかなたが目を細めた。

 

『絶縁状態が1年以上続いて……やっと顔を合わせてもケンカしちゃう様な仲だけど……僕たち多分……「両想い」、だから……』

『……』

『だから僕の好きを伝えたら、マリンは僕に会いに来る』

『……自意識過剰め』

『うっさい』

 

 らでんはかなたの想いを目の当たりにし、未知なる愛の形を知った。

 シオンとあくあ、ぺこらとシオン、らでんとぺこら、トワとあくあ、すいせいとトワ、おかゆところね、フブキとミオ。

 様々な方向性の愛を見てきたが、やはり真新しい愛の形。

 

『僕は今日、マリンを見て安心した。また喧嘩別れになっちゃったのは残念だけど――マリンはずっと変わらない。目が合った瞬間に気付いた。マリンの芯の部分は変わってなかった。僕の好きなマリンは、ずっと生きてた』

 

『僕が死んだ後もずっと――ずぅーっと、僕の大好きなマリンでいて欲しいから――「後悔はない。長生きしろよ」って、伝えて欲しい』

 

 映像越しに語りかける様に、かなたは涙ながらにはにかんだ。

 

 

 

「わだじ……も゛っ゛……‼︎ わだじも゛っ‼︎ お前には長生ぎじでほぢがっだ‼︎」

 

「がなだがっ‼︎――隣に……いる、だげで……幸ぜだったんだよ……ぉっ‼︎」

 

 

 

『分かった。ならそれはキミの口から伝える事だ』

 

 らでんはかなたの背後に回り込んで手を伸ばした。

 

『――? いだっ‼︎ 何すんの‼︎』

 

 数多ある左翼の羽の内一本を許可無しに引き抜く。

 髪を一本抜かれるより痛い。

 堪えていた涙がぶわっと反射的に溢れた。

 

『すまないね。この羽は頂戴するよ。キミの想いを――後世に語り継ぐ為に』

 

 ぐわん――と映像が歪み、淀み――暗転する。

 

 

 

 羽を握り締めた手が映像に向かって伸びた。

 決して掴めない想いが儚く霧散する。

 

 

 

 視聴者の感情に合わせて停止される映像ではない。

 心情の整理の間も与えず、映像は次なるシーンへ――

 

 

 

『どこへ行くんですかぁ?』

『準備だ。私たちはマリンさんの奪還作戦には加わらないのでね。じゃあ行こうか』

『おけ。またねシオンちゃん』

『うん、またね』

 

 らでんとぺこらがおんぼろハウスを後にする。

 街灯が無く真っ暗な冥界の夜道を並んで歩く。

 

『……奮迅獅子は幽閉中で、神仙陪審員も帰路に着いたようだ』

『作戦は問題ないぺこか?』

『どうかな。以前にも話した通り運要素が大きい。必須の幸運が3、4件はある』

『それで勝率が50%もあるなら、十分ぺこな』

『私としてはたったの50%、なんだけれどね』

 

 らでんは苦笑混じりに答えた。

 自己評価が高い様で羨ましい。

 

 2人は明かりもなく足早に暗闇の中を進み、とある小さな空き家に身を潜めた。

 そこで5分ほど待機。

 すると――

 

『お待たせ』

 

 湊あくあもおんぼろハウスを抜け出してやって来た。

 

『……よし、目に見える尾行もないね。じゃあ早速最終会議と――』

『ごめん2人とも。実はまだ、細かい作戦を知らされてないの』

『――そうか……』

 

 早々に作戦情報の提出を促すらでんの言葉を遮り、あくあが小さく頭を下げた。

 ツインテールがぴょんと跳ねる。

 

 あくあの知る範囲では「隻眼を拉致した後、義翼を殺害」「トロイアで戦争」のふたつだけ。

 トロイアでの戦については作戦も配置もまだ設計されていない。

 

 漏洩させる情報が無いのだ。

 

『次天界に戻ったら、もう話し合いは出来ないよ……どうしよう』

『落ち着け。焦るには早い……』

 

 言葉であくあを宥め、らでんは熟考した。

 額に冷や汗を浮かべて顎に手を当てる。

 その体勢で同じ場所をぐるぐる……ぐるぐる……。

 

 滅多にお目に掛かれないらでんの長考。

 ぺこらですら若干の焦燥をちらつかせた。

 

 そして――考察する事10分。

 漸く考えが纏まった。

 

『運要素を増やす事にはなるが仕方が無い。帰還したら私とぺこらさんの事を伝達するんだ』

『『――⁉︎』』

 

 これまで一度も明かさなかった水面下での行動を、ここで暴露する。

 危ない橋を渡る行為に2人は絶句した。

 

『でもそんな事したら――‼︎』

『危険は承知だ。だが現状を鑑みれば最も有効で安全な手段』

『だけど――らでんちゃんとぺこちゃんの関係が明るみに出れば……あたし達の裏切りに勘づく可能性が――』

『ああ。承知の上だ』

 

 鋭いこよりと、すいせいを如何に上手く騙せるか――ではない。

 もう、その段階の話では無くなったのだ。

 

『いいかい、帰還したらまず私とぺこらさんが叛逆者に加担している事を明かす。この際に、ぺこらさんの呪いも明かして構わない』

『っ――――』

『次に協力する理由。これも事実を述べればいい』

『事実――って』

『裏切りの事ではなく、ぺこらさんの気持ちの事だ』

『……うん』

『その時――ぺこらさんへの日頃の恨み辛みを交えて話すと尚良い』

『――最近シオンちゃんに纏わり付いててうざい、とか?』

『ああ』『おい』

 

 あくあの本心と感じ取り、ぺこらが鋭く突っ込んだ。

 あくあが小気味良く笑っている。

 

『この事実を知れば当然「計略家」は作戦を再立案する。私の最大の賭けはここだ』

『――?』

『再立案した結果、「計略家」は作戦の意図的な漏洩をキミに指示する、と私は推測する』

『その心は――?』

 

『いいかい。この場合まず大きく2パターンの可能性が浮上する。1つ、湊あくあは神の仲間であり、それが儒烏風亭らでんにばれている。2つ、湊あくあは裏切り者であり、儒烏風亭らでんもグルである』

 

 数秒間を置いて2人は頷く。

 

『この時、計略家が重きを置くのは湊あくあの処遇だ。敵か味方か分からない者を内側に置きたくはない。ならばその真偽を確認する為にどうするか。私が計略を俯瞰出来ない事を利用して、キミの立ち位置を計りに来る』

 

 難解な解説に2人の眉間に皺が寄る。

 懸命にらでんの仮説を追跡する。

 

『キミに「嘘の作戦」と「本当の作戦」を伝達し、「嘘の作戦」を故意に漏らさせる。こうなれば、もう一度だけ作戦会議する場を設ける事ができる』

『……』

『気付いたね?』

 

 こよりの作戦を、らでんは俯瞰出来ない。

 必然的にこの時、あくあはらでんに「本当の作戦」を伝達する。

 それは即ち――あくあの死を意味する。

 

『…………』

『らでんちゃん。「計略家」の作戦を知らずに勝つってのは――』

『悪いが私にも不可能だ。この世界の誰にも出来ない』

 

 同情のつもりなのか、ぺこらがらでんを諭そうとした。

 

『……いいよぺこちゃん。元々、この戦いであたしは死ぬ想定だった』

 

 寧ろ、本作戦でのらでんの死亡率まで上昇してしまう始末。

 今回で上手く片付くとは思えない。だからトロイアでの戦争の後、もう一度戦って、らでんはその時に死ぬ腹づもりだった。

 

 気を引き締めて直す2人を見て、らでんは首肯した。

 

『……キミたちが主導して始めたこの計画。今回の戦いで必ず守り抜くべき存在は当然――紫咲シオンだ』

『『うん‼︎』』

 

 反論の余地無く満場一致で声を張り上げた。

 

『そして今後の為に極力生かしたい者は――白上フブキ、大神ミオ、戌神ころね、それとぺこらさんだ』

『――ぺこーら?』

『ああ、このメンバーだけは頭の片隅に置いておく様に』

 

 らでんはそうやって作戦会議を締め括った。

 

 ぼろぼろの空き家が地下の風でがたがたと音を鳴らす。

 

 …………。

 

『ぺこちゃん』

『――――』

 

 不意にあくあが切り出した。

 暗闇で表情一つ、顔色一つ伺えない。

 

『シオンちゃんの事、任せたよ』

『――ん』

『ずっと守ってあげてね』

 

 そっと右手を差し出した。

 ぷるぷると震える面白い手だった。

 瞳の辺りを見つめ返すと、何故かぺこらはあくあの強さを感じれた。

 ぎゅっ、と握り返すと、ぺこらの手も震え出す。

 

 ぺこらとあくあの間に約束が交わされた。

 

 恋敵なのに――否、恋敵だからこそ、シオンへの想いは信頼できる。

 2人は静かに手を引く。

 

『あと……さ』

『うん』

『……シオンちゃんに、ごめんって言いたいんだ』

 

 

 

「――⁉︎」

 

 

 

『あたしの運命に付き合わせて、辛い想いをさせちゃったから。あたしのせいでシオンちゃんの素敵な未来を、壊しちゃったから』

 

 

 

「んー……! んー……ん……‼︎」

 

 

 

『ホントは独りで逃げるべきだったのに、シオンちゃんに甘えちゃって、人生壊しちゃったから……ごめんねっ……っ゛て――謝り……たい゛の』

 

 

 

「そんなごど――‼︎ ないよ゛っ――」

 

 

 

『だがら――ぺごぢゃん……シオンちゃん、に……謝っといて』

『……まだ時間はあんだから、自分の言葉で伝えてこいよ!』

『ぅ……っ……そ、そぅ……だよね……』

『それと‼︎』

『――っ⁉︎』

『最期に「ごめん」はねぇだろう‼︎ バカタレが‼︎』

『ゔっ……ん』

『どうなんだよ‼︎』

 

 はらはらと涙を流して、あくあは息を吸った。

 

『ん゛っ――――だい、すきっ――。あだしは、シオンぢゃんが、大好き』

『……そうだろうが』

『ゔんっ……』

 

 小さな叫びが――空き家に響き渡る。

 

『……じゃあ、もう行けよ』

『うん……』

 

 あくあが空き家の扉に手を掛けた。

 その状態で最後にもう一度だけ、振り返る。

 

『シオンちゃんの事、宜しくね』

『ああ、任せろ』

 

 暗闇の向こう側へとあくあの背が消えて行き――視界は真っ暗に閉ざされ、記録映像は停止した。

 

 

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