叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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メモリア⑤

 

 記録映像の停止により、静寂の中で2人の少女の慟哭が広がる。

 

「…………」

 

 シオンの背をじっと見つめ、ミオは瞳に影を落とした。

 そんな小さな挙動にフブキは苦笑を溢す。

 

 気を遣って洗い物の手を止めていたノエルが蛇口を捻ると、皿に勢い良く水が打ち付けられる。

 気が付けば室内にフレアの姿は無かった。

 退屈に耐え兼ねて外出したようだ。

 

 泣き崩れるマリンの両肩におかゆところねが手を添えて、泣き止むまで寄り添う。

 ぺこらも同様にシオンの隣に並びたかった。

 でも――この映像を見せた直後からシオンに寄り添える程、ぺこらの肝は座っていない。

 

 青が卓上の100円硬貨を握り、財布に仕舞った。

 他の100円と混ざって、もう見分けは付かない。

 

「あの、莉々華さん」

「うん?」

 

 席を立って、フブキが控えめに声を掛ける。

 隣からミオが不思議そうに見上げていた。

 

「奏ちゃんの荷物……まだ地下にありますか」

「……あるにはある」

「――! じゃあそれ取ってきて、奏ちゃんの記憶を――!」

「キティちゃん」

「…………」

 

 莉々華へと徐々に距離を詰めるフブキの前へ、青が割り込んだ。

 気色悪い呼称に悪寒が走り、フブキは明から様な嫌悪感を宿した瞳を向ける。

 高い位置から美形に見詰められ身体が痒くなる。

 

「今見た記憶は叛逆者である君たちには有益だったに違いない。特に、そちらの仔猫ちゃんたちにはね。僕も実際、整理しながら感涙したよ」

「だから、何ですか」

「でもね。本来これは奨励されるべきではないんだ」

「――?」

「あくあさんの言葉も、かなたさんの言葉も、本来は君たちに届かない言葉だった。それをこんな手段で届けてしまうのは――非人道的なんだよ」

「――‼︎」

 

 文脈から、お前は非人道的な奴だ、とフブキは言われた風に錯覚した。

 実際、ある意味そう言っている。

 悪意の無い暴言に苛立ったフブキの目付きが一際鋭くなった。

 青が取り繕う様に爽やかな営業スマイルを作り、宥める仕草を取る。

 

「気を悪くしないで、君だけを特定して示した言葉じゃないんだ。こほんっ、そもそもどうして僕と莉々華ちゃん、バニーちゃんが記憶を精査したか分かるかい?」

「バニーちゃんはやめろ、ヘンタイ」

「……見せられない記憶があったからじゃないんですか」

 

 ぺこらの反撃は完全にスルーして青はフブキの答えに、その通り、と持て囃す様に手を鳴らす。

 

「見せられない記憶、見せたく無い記憶。他人の記憶を見ると言う行為は、権利侵害に値すると言っても過言では無い」

「今回は見たじゃん!」

「今回はらでんさんが全員から言質を取っているんだよ」

「言質を取ってる……?」

「不要と見て省いたけど、記憶の中に確認したよ。かなたさんとあくあさんに記憶を残す事を公言し、許可を得ている。勿論、全ての言葉を吐いた後に確認を取っているから、言葉全てが本音である事は間違いない」

 

 取り調べの際に黙秘権があるように、人には強制的に自白させられない権利がある。

 青は記憶を見る事で、それを侵害してしまう。

 だから、本人からの許可を得て初めて記憶を見る事が可能なのだ。

 

「『奏ちゃん』がどれほどなキューティーガールちゃんか知らないし、君たちにとってどんな人かも知らない。だけど他界したからと言ってその記憶を無闇に開示する事を、僕は良しとしない」

「――」

「キミだって拳を振るう相手は選ぶでしょ? 出来るからやるんじゃない。出来るからこそやらないんだよ」

 

 正論でムカつく。

 顔が良くてムカつく。

 

 フブキはこの変態が苦手だ。

 納得はしたのに無性に言い返したくなる。

 口先を尖らせてそっぽ向きながら、反撃の手立てを考えた。

 

「……そんな事言って、大切な人が死んだら、あなたもどうせ同じことするんじゃないんですか?」

 

 反抗的である事は様子から伺えたが、ここまで嫌われているとは思いもよらなかった。

 青は困惑気味に瞠目する。

 あはは、と苦笑いを浮かべて頰を掻いた。

 

 莉々華がフブキを抑えようと一歩踏み出した。

 だが、尚冷静な青の高い背を見て踏み止まる。

 

「僕はまだ一途な思いが無いけれど……そうだね、うん。きっと愛する者が居なくなれば、僕も血迷い、道を踏み外すだろう」

「――――」

 

 人間である以上、その可能性は拭いきれないと認めた。

 強かに見せているが、青だって心が特別強いわけではない。

 

「でもこの場のみんなが今、僕の意思を聞いた。だからその時は是非君たちが僕を説得して、正しい道に導いて欲しい。心が病んだとしても僕の思想は変わらないから」

「――――」

「人って、そうやって支え合って生きていくもの、なんじゃないかな」

 

 結局フブキは説き伏せられた。

 強引な論理の展開は可能だ。

 最悪殴ることも出来る。

 

 しかし、フブキはぐっと堪えた。

 青の最後の言葉だけは、妙にフブキの心に刺さったから。

 

 乙女心をくすぐる微笑みは相変わらず目障りだが……。

 

「ぺこちゃん」

「――ん、どうしたの?」

 

 目元の腫れも和らいで涙も鼻水も止まったシオンが珍しくぺこらへと近寄る。

 何を言われるかとぺこらはどぎまぎしていたが、気丈に振る舞う。

 

「ぺこちゃんがシオンに優しいのは――あくあとの、約束があったからなんだね――」

「……」

「ありがとう」

「――――」

 

 シオンの心からの感謝にぺこらは困惑した。

 愛くるしい精一杯の笑顔にときめくも、ぺこらは笑いを苦笑に止める。

 

(シオンちゃんが好きだから……なんだけど……ははは……。鈍感だなぁ……まったく……)

 

 どうせならこの場を借りて告白でもしてしまおうか?

 

(…………)

 

「ん。シオンちゃんも、生きててくれてありがとう」

「……へへ」

 

 ぺこらは思いを胸の内に秘めたまま、シオンの頭を撫でた。

 鼻血が出そうな程全身が火照るが、その緊張は決してシオンには悟らせない。

 まだ。

 まだ、その時では無いと思ったから。

 

 シオンの頰が心無しか赤く見えた。

 ……でもきっと気のせいだ。

 

「皆さん。一度注目してください!」

 

 場が和み、張り詰めた空気も弛緩した所で莉々華は両手を軽快に鳴らした。

 多種多様な視線が集まり緊張する。自分で注目させたのに。

 

「っ……」

「莉々華ちゃん。落ち着いて。最高にイケメンの僕と2人きりで話すよりも、気は楽でしょ?」

「ぃひゃっ――」

 

 言葉が閊えて声を籠らせる莉々華の背を優しく摩って、青は極上のスマイルをプレゼントした。

 不意に背中の敏感な部分を触れられて全身がぞくっとし、魅惑的な声を溢す。

 羞恥心でより赤面した莉々華。羞恥を通過して激昂で顔を真っ赤にした。

 

「やめてよ青さん‼︎ 気持ち悪い声出ちゃったじゃん‼︎」

「気にする事はないよ。莉々華ちゃんの鳴き声は何度でも聞きたくなるキュートボイスだからね」

「う、うるさいよっ!」

「ほらほら照れないで。もう一度鳴かせてあげようか?」

「気持ち悪いから触んないで‼︎」

 

 青のセクハラが加速して莉々華が気圧されていた。

 如何わしさのある戯れ合いを前に、一同は紅潮したり不満げに眉を寄せたり……。

 

「茶番はええねん! 要件あんなら早よ言え!」

 

 一声ぺこらが叫ぶと青のセクハラが止まる。

 先程のバニーちゃん発言に今一度反撃したくなったが、場の纏まりを最優先に考えて堪えた。

 いきりたった様に耳を直立させ、煌々と光る紅蓮の瞳で青を睨み黙らせる。

 

 それすら飄々とした態度で躱わすが、性格と態度と顔以外に問題は無くなったので莉々華の言葉を待つ。

 

「ご、ごめんなさい。ええっと、何を話そうと……ああ! そうそう‼︎」

 

 らでんお気に入りのぺこらに叱責されて狼狽える莉々華が面白かった。

 らでんの後継者とは思えない人格の差だ。

 

「叛逆の事です! これからの叛逆について!」

 

 思い出すと手を叩き、声を大にして伝えた。

 『叛逆』という近頃は耳に慣れた言葉に、マリンとシオンが敏感に反応した。

 

「作戦の話し合いとかの前に――皆さんの、現在の心境について確認したいんです」

 

 ぐるりと一同を見渡して、マリンと目が合うとそこに視線を置いた。

 睨む様に鋭い左目の眼光。

 財宝の様に美しい。

 

「きっと、叛逆は無意味だ、と思い始めた人もいるでしょう。このままでは勝ち目が無い、とも」

 

 反論が無いどころか、全員が頷いた。

 

「もし、叛逆をするのなら、私がこの先貴方達を導きます――叛逆の成功へと。手段や方法、詳細情報などは叛逆を決意した場合に伝達します」

 

 莉々華は震える手を大きく動かしながら言葉を手繰る。

 一歩引いた位置から青がその後頭部を見つめていた。

 

「論点となる、叛逆をするかしないか、ですが――」

「私はしませんよ。断固反対します」

 

 誰かが賛成を唱える前に、マリンがすっぱり切り裂いた。

 両手におかころと言う花を連れて、然として譲らない態度を示す。

 

「――では、現時点で反対に揺らいでいる人はいますか?」

 

 意思を問うべく莉々華は疑問を投げかけた。

 マリンの他に上がる手はおかゆところね、のみ。

 マリンが愕然としてシオンを睨む。

 

「シオンたん⁉︎ あの記憶を見て、まだやるつもり⁉︎」

 

 がなり声を混じらせる一言にシオンは目を伏せた。

 マリンが追加攻撃を仕掛けようと口を開き掛けたので、ぺこらがシオンの前に出る。

 余り面識のないぺこらにマリンは容赦しない。

 力強い暴言が飛び出し掛けた――その時――

 

「ま、待ってください! まだ賛否を問うただけです! 喧嘩や口論は私の話が終わるまで待ってください!」

 

 莉々華が仲裁し何とか取り持つ。

 マリンは莉々華とも深い縁は無いが、記憶を見せる為に青を連れて来たことに感謝をしている。

 ぺこらの言葉よりは聞く耳を持てる。

 それでも訝しげに眉間に皺を寄せて感情を堪えていた。

 

「それに――シオンさんはどうやら、完全な賛成派とは言えない様ですよ」

「――どう言う意味?」

 

 莉々華の重なるフォローで若干鈍くなったマリンの眼光がシオンに当てられる。

 ぴくりと肩を跳ねさせて目前のぺこらを見上げると、微笑んで首肯してくれた。

 

「シオンは正直、分からない……」

「は? 分からない? 何が?」

「おいあーた、一々刺々しいぺこなんだよ」

「――うるせぇな。お前こそ一々割り込んでくんなし」

「もう……また喧嘩……」

 

 会話が一歩進めば諍いが生まれて滞る。

 幾度となく繰り返されるこの連鎖にフブキは呆れ果てて愚痴った。

 シオンがぺこらの袖を引き、おかゆところねがマリンの肩に手を乗せると2人の敵対心が弱まる。

 

「シオンが叛逆の道を選んだせいで、あくあを巻き込んで、こんな事になった。自分が無力な事は自覚してる。だからこれ以上シオンが叛逆を続けたってきっと無駄死にするだけ……」

 

 そこまでを吐露すると、途端にマリンの眼力が弱まった。

 おかゆところねはマリンの肩からそっと手を退けた。

 

「でも、ここで叛逆をやめたら、それこそシオンはあくあを死なせただけで終わっちゃう……。ただの、親友殺しのゴミクズになっちゃう……」

 

 自分や、大切な人がこれ以上死ぬのは嫌だ。

 でも、あくあの死に報いることもできず、何一つ成果を残せないまま家に引き篭もるのも嫌だ。

 

「マリンちゃんは……そんな事、思ったりしない?」

「――っ」

 

 シオンの問い掛けにマリンが怯んだ。

 眉をぴくりと痙攣させて、唇を震わす。

 懐を見下げると痙攣は全身に伝染した。

 

「かなたんは死なずに帰還できたけど、マリンちゃんの生還と叛逆の成功を願って死の道を選んだ。もしここで叛逆を切り捨てたら――かなたんは、どうして死んじゃったんだろう――って」

 

 シオンはこの様に続けた。

 シオンだってこれが負の連鎖に繋がる可能性を十分に理解している。

 それでも、こんな中途半端な所まで来てしまうと心は一層迷いたがるのだ。

 中間地点と言う極めて選択しづらいラインにいるが故に、答えを出せないでいる。

 

 シオンの言葉に感化されて、マリンの思考に叛逆と言う文字が投影された。

 その文字の背後でかなたが笑い、かなたが死んでいる。

 

 マリンの手の中に硬直したかなたの体温が、埋葬した時の感触が蘇って来た。

 吐き気がする…………。

 

「やっぱり、そうなりますよね」

「「――?」」

 

 不意に莉々華が口を挟んだ。

 ここが人生の岐路でもある。生と死の狭間なのだから、誰だって迷う。

 だからこそ、決め手となる2つの要素をここで投じる。

 

「莉々華から皆さんに伝える事が2つあります。最後までよく聞いてください」

 

 視線を一身に集めて莉々華は人差し指を立てた。

 

「まず一つ目。我々の動向に限らず、神の一団は我々全員を抹殺対象としている事」

「「――!」」

「一度叛逆に繰り出した以上、もうこの運命からは逃れられません。万が一神の一団が本気で追って来たのなら、そう遠く無いうちに死ぬでしょう」

 

 脅迫的に莉々華は現実を突きつけ、詰めてゆく。

 「叛逆しない」と言う選択を消す為に。

 

「次に2つ目。私の求める叛逆の結末」

 

 衝撃の前置きに皆一様に息を呑む。

 キッチンの流水の音が響き続ける。

 

「私は叛逆の結末に――『世界からの呪いの消滅』を望みます」

 

 きゅっ、と放水が止まった。

 

 

「…………」

 

 圧倒されて誰も声を出せない。

 ぺこらや青ですら瞳孔を広げて息を止めていた。

 

「呪いさえ世界から消滅すれば、誰1人その脅威に怯える事は無く、供養と言う建前の呪い潰しも無くなります。世界が少しは、平和になると思うんです」

 

 室内が震撼した。

 

 莉々華の掲げる最終目標は、呪いに脅かされた者たち誰もが憧れる物だ。

 実現すれば、世界から争いの種が一つ消失する。

 

 誰もが望む世界のはずだ。

 だと言うのに――マリンだけは何かに怯えていた。

 

「どうですか皆さん。もしそんな将来を掴めるのなら、叛逆にも意味を見出せませんか?」

 

 惹かれる惹かれる。

 呪いの発現で死にかけたフブキとミオは。

 とても惹かれる。

 呪いの発現で親友を失ったシオンは。

 強く惹かれる。

 真価の見えない呪いで苦労したおかゆところねは。

 微かながらに惹かれる。

 財源の消失は惜しいが、シオンと平和に暮らせる将来を見たぺこらは。

 激しく惹かれる。

 交友関係を切り、孤独の一年を過ごした青は。

 

「……ほ、本当にそんな事が……可能、ですかね」

「叛逆が成功すれば、叶います」

 

 半信半疑を装ってマリンは確認を取る。

 躊躇いなく言い切る莉々華の態度を見て、その信憑性は増すばかり。

 

 おかゆの輝く瞳も、ころねの赤茶けた瞳も莉々華の掲げる将来に釘付けだった。

 

「もし、叛逆に賛成なら全ての作戦を伝授します。興味のある人は是非こちらへ」

 

 莉々華は左手を高く挙げてリビングを抜けた。

 後続は来ると確信して、玄関の方へ。

 

「フブキ」

「うん。行こう、ミオ」

 

 最も決断が早かったのはこの2人。

 次いで青が退室し――続くはシオン。

 

「ぁ。ぺこちゃん」

「――」

 

 リビング退室直前に振り返った。

 何故かその目前に居るぺこらへ笑い掛ける。

 

「あくあとの約束、守ってくれてありがとう。でもここからは、シオンの決めた道だから――命賭けてシオンを守ろうとしなくても平気だよ。ぺこちゃんの生きたいように――やりたいように生きて」

「ん、分かった。じゃあ行こうか」

「ぇ――」

 

 シオンはぺこらの呪いをよく知っている。

 お金を生み出す呪いはぺこらの人生を豊かにしただろう。

 それを失くすのは惜しいはずだ。

 だから別れを告げるように手を振ったのだが――ぺこらは惜し気もなくシオンの隣に並び立った。

 戸惑うシオンの手を軽々と取り、引いて、共に玄関の境界を超えた。

 

 リビングに残されたマリン、おかゆ、ころね。

 気が付けばノエルは食器を全て洗い終えていた。

 

「マリンさん――大丈夫?」

「……え、ええ」

 

 おかゆが背中を摩る。

 返答にも覇気は無く、お世辞にも大丈夫とは言えない様相。

 内心後に続きたかった2人だが、マリンが動かないので躊躇していた。

 マリンもそれを肌で感じており、自分の為に二人の決めた道を遮る事に罪悪感を覚え始める。

 

 本来は叛逆不参加が安泰。

 マリンに迎合して二人がその選択をするなら、二人を危険から遠ざける事が出来る。

 だが――かなたの笑顔と死が脳裏にちらつく度に、自身の思いに暗雲がかかる。

 

 マリンは長生きしなければならない。かなたに言われたから。

 そしてマリンはかなたの想いを継いで叛逆を成功させたい。

 だが、残念ながら両立はできない。

 この2つの想いは、悲しきかな、ある点で矛盾してしまう。

 

 だからきっと、かなたの本懐は莉々華の望む結末とは異なる。

 それでも叛逆は――成功したと言うのか?

 

(かなた。私は……どうすればいい……?)

 

 ぎっ、と目を瞑ってかなたに解を求めた。

 

(………………)

 

 正解は得られなかった。

 

「…………」

 

 顔を上げると胡乱げにマリンを見つめるイヌとネコのカップルが居る。

 

 ――そんな眼で、見ないでほしい。

 

「二人は……どう、したいんですか……」

 

 マリンは分かりきった答えを求めた。

 おかゆところねの本心は理解しているつもりだ。

 

「こぉねたちマリンさんに合わせる」

「そうじゃなくて――本当はどうしたいのかって、聞いてるんです」

「「っ――」」

 

 図星を突かれ息を詰まらせた。

 だが隠すだけ無駄だと直ぐに悟り、おかゆが正直に話す。

 

「僕たちは……あの話が本当なら、叛逆もありかな、って思えた」

「そうですか……」

 

 瞼を閉じ暗闇に身を投じた。

 

 深呼吸すると胸が膨らむ。

 

 瞼の裏にかなたとらでんの会話風景が浮かび上がった。

 想起されるたのは、奇しくもらでんのセリフ。

 

『長い目と広い視野で見て欲しい。キミは人を多く救える選択ができるはずだ』

 

 長い目と広い視野なんて、マリンは持てない。

 マリンの視界は大半がかなたの姿で埋まっているのだから。

 だからもし――ほんの少しだけ視野を広げて、僅か数センチでも先を見るとするなら――マリンはどうしたいだろうか?

 

(だったら――長くないこの命、せめてこの二人の為に、使い果たそうか)

 

 ――――。

 

(それで、いいか? なあ、かなた)

 

 時間以上に後悔ばかりが残されたマリンより、まだ夢も希望も掲げて奔走できる二人の命を守る方が、より堅実。

 

(……怒るなよ、かなた)

 

 口実を作って死場所を探すマリンの事など、かなたはお見通しだ。

 真っ暗闇の中に立つかなたが指を突きつけて詰め寄ってくる。

 

(私はお前の隣に居る時が、一番幸せなんだよ)

 

 かなたが嘆息した様に見えた。

 肩を竦めて苦笑して、照れ臭そうに鼻を擦る。

 でもやっぱり、いいよなんて言ってくれない。

 かなたはいつだって、マリンに精一杯生きろと語り掛けてくる。

 

(お前と一緒に居たいって願いは……そんなに悪い事なのかよ)

 

 両想いだと聞かされた直後に、脳内でかなたに愛を否定されて、マリンのハートは砕かれた。

 閉じた左眼の隙間からじわりと涙が滲む。

 

「マリンさん?」

「――――!」

 

 呼び掛けに仰天して咄嗟に顔を振り上げると、おかゆところねが居た。

 たった数秒で存在を忘却していた。

 

「ごめん、僕たち鬱陶しかったかな……?」

「――――」

「こぉねたち、行ぐね?」

「――――」

 

 自分達の存在がマリンの足枷になると痛感した2人は徐にマリンから手を離し、リビングを後にする。

 遠ざかって行く二人の背を、眺めることしか出来ず――。

 

 扉がぱたんと閉じた。

 

 

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