叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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叡智の書①

 

 日の下へ出て僅か数十分。

 3人は避けて通れぬ森へ入り、再度、常闇トワと出逢ってしまった。

 

「おゥおゥ、1人だけかと思ったら全員生きとるやんけ。とんだ失態だわ」

 

 奏の視線からその他の存在を察知し位置をずらせば、殺し損ねたもう2人まで視界に入る。

 あの時確実に死は見届けた。

 それを覆せる者が居るとすれば、秩序破りのあの堕天使。

 

「うっ……」

「ぃ……」

 

 トワの放つ殺気に当てられ、正気を保てないほど恐怖で身体が竦む。

 全身の毛が逆立つ。

 

「『義翼の堕天使』だなァ?」

 

 死者蘇生と言う偉業を成せるのは、この世でただ一人彼女だけ。

 

「死んだかと思ってたが……そうか、生きてたか」

 

 トワが腕を、首を鳴らす。

 紫のツインテールが振れた。

 琥珀寄りな翠の瞳が鋭く敵を捕らえ、電撃閃光のように煌めく。

 

 当時の記憶は曖昧だが、何となく雷に打たれた事は分かった。

 そしてそれが今、間近に迫っている事も。

 人間業でいなせる相手ではない。

 

 ゴロゴロ……ゴロゴロ……と、天が唸る。

 樹々で目視し辛いが、晴天だった空も淀み始めた。

 

 ぱきっ……と後退りしたフブキが枝を踏み折った瞬間――

 

 ――来る!

 

「――――‼︎」

 

 ピリリリリリリッ。

 

「「「――――」」」

 

 ピリリリリリリッ。

 

「…………」

 

 ピリリリリリリッ。

 

 装飾のない携帯の着信音。

 フブキとミオは携帯など所持していない。

 奏かトワだが、恐らくこれは……。

 

「……チッ」

 

 咄々と怒りを表し、携帯を取り出したのはトワ。

 画面に映る名前を確認して通話に出る。

 

 ピリリリ――

 

「あー。どした?」

 

 敵の前でも若干に上がる声。

 して尚、和らぐことの無い恐怖。

 

「おん……おん。えェ? 今……仕事中なんやけど?」

 

 チラリと一瞥され、肩が跳ねる。

 

(逃げるなら今逃げるなら今逃げるなら今――)

 

 フブキとミオの脳内には、同じ言葉が延々と巡る。

 だが身体が動かない。

 それに――奏はトワとの距離が近すぎる。

 2人が離脱できても、奏は捕まる。

 

 冷静に考えればそう行き着くが、そもそも2人は冷静では無い。

 そんな思考も浮かばぬまま、ただ恐怖と葛藤し、敗北していた。

 全身から伝う冷や汗が気色悪い。

 

「いや休み……やけど! 仕事の延長」

 

 通話相手の声は微塵も聞こえない。

 奏は大きく息を飲む。

 

「ェ、今?」

 

 もう一度、3人に視線を飛ばす。

 

「分かった。でもその前に仕事だけ済ませてから……。は? 何で」

 

 少し口論になっている。

 

「どうせすぐ終わるんだし」

 

 問答を繰り返すも、どうやらトワは押され気味。

 少々焦れているが、半分程度聞き分けている辺りを見るに、相手は上司か同僚の線が濃い。

 

「――あァァ、分かった分かった‼︎ すぐ向かう」

 

 髪を乱しながら乱暴に答え、携帯を仕舞った。

 

「……運が良かったな。いや――コレから先も追われるとなると、運が悪いと言うべきか」

 

 トワは草木を掻き分けて森の外へ向かった。

 

「ぁ……ぅ……っ、はぁ……」

 

 九死に一生を得た3人。

 フブキとミオは高鳴る鼓動を抑えようと喘ぐように呼吸し、無駄に心臓に手を当てていた。

 

「危うくまた命落とすとこだった……」

 

 今度死ねば、もうかなたは助けてくれない。

 あれは偶然、側にかなたがいただけの奇跡なのだから。

 

「流石にもう……次はないよね」

 

 フブキは己に急接近する死を体感し、身震いした。

 どこから刃物や雷が飛んできても、不思議の無い状況と化している。

 今の緊急招集が1秒でも遅れていれば、誰かしら死んでいた。

 

 フブキもミオも、生きた心地がしなかった。

 

「奏ちゃんは大丈夫?」

「はい、何もされなかったので……」

 

 抑制された美しい声は、案外冷静であった。

 あははと笑い飛ばすように苦笑し、奏は少しだけ髪に触れる。

 

「……歩けそうですか?」

 

 リュックを背負い直して、奏は前方を確認すると同時に2人に尋ねた。

 疲労はどっと押し寄せたが、今の危機感が2人を焦らせる。

 故に先より、やる気と根気が増した。

 

「うん、ウチはいけるよ。フブキは?」

「私も問題ないよ」

 

 2人は気張って奏の後に続いた。

 

 

 

 その後は大きな事件も無く、ただ森を抜け、山を越えて。

 半日間――約13時間に及ぶ徒歩での片道旅を終え、3人はとある大木に辿り着いた。

 森が切り開かれた小区間に一つの巨大樹が聳え立つ。

 奏は明らかにそこへ向かってゆくし、その大木には扉やベランダ等の人工物で装飾、改造がなされている。

 ツリーハウスと言うやつか。

 夜間に灯るイルミネーションも相俟って、実にオシャレだ。

 

「わぁ…………」

 

 巨大樹の荘厳な佇まいに開いた口が塞がらない。

 ぽかんと口を開いて巨大樹を見上げながら、切り開かれた土地を踏歩く。

 徐々に首の角度が上がり、苦しくなると漸く正面を向いた。

 すると目前に奏の金髪があったので、フブキは驚いて右側へ避けてしまい、蹌踉めいた。

 倒れかけたフブキの肩をミオが手を添えるように支える。

 

「奏ちゃん、ここは……」

「フブキさんとミオさんを直す当てです」

 

 住めば都といえど、辺境地もいい所だ。

 だがやっぱり、壮大な一本樹のインパクトが強すぎて、感想一つ口から出てこない。

 

 一体どんな風変わりな者が住んでいるのだろうか?

 

 扉との距離が近付いたので、奏はちらりと振り返り2人に確認を取る。

 行くぞ、と。

 朱い瞳はやはり怖さの欠片もない。

 2人は並んで小さく顎を引いた。

 

 刻々と扉が迫り、無駄な緊張が走る。

 フブキの身体の星印が印象的な尻尾が小さく揺れた。

 ミオの身体の垂らしていた尻尾がふらっと揺れた。

 

 奏はスムーズな動きで門前に立ち、ノックしようと拳を上げた――

 

 かちゃ――きぃ……。

 

「――君たちが……!」

 

 独りでに扉が開いたが、奏は淑やかに一歩引いて衝突を避けた。

 はらりと舞う金髪が月光と電灯の照明を乱暴に反射させる。

 それは奏の髪だ。

 

 現れた女性は奏の背後に立つ2人を目に、ほんの数瞬だけ瞳孔を広げた。

 

「いらっしゃい。待ってたよ」

 

 すぐ様表情筋を緩ませた。

 2人はまたしても、開いた口が塞がらない。

 今度は奏も呆けた面をして。

 

「フブキちゃんとミオちゃんでしょ? 疲れてるなら上がりなよ」

 

 あらゆる事象を見聞するように悟った微笑みで出迎える女性。

 初対面でこうも希望と不安を掻き立てる存在がいるものだろうか?

 

 三度装飾のない言葉を前にして、この人なら或いは、と2人の心を燻らせるのだから、奏の思惑も今なら計り知れる。

 

「あの……どうして名前を?」

「調律師さんも人が悪いね」

「あの……ちょ、調律?」

 

 ミオの質問に答えるようではぐらかす。

 奏を一瞥し、長い黒髪を振り回すと扉を開けたまま室内へと消えて行く。

 2人を置き去りにして奏も後に続いたので、数秒だけ間を置いて、フブキとミオも警戒心を高めてお邪魔した。

 

「ちょっと待ってて」

 

 女性はキッチンでごそごそと30秒ほど作業すると、お盆にマグカップを4つ乗せて戻ってきた。

 

「はいどうぞ」

 

 ソファや椅子に腰を掛けさせ、その前にマグカップを配置した。

 名の知らない花の香りが鼻腔を擽る。

 ドリンクでは無く、女性から。

 

「ど、どうも……」

 

 目前に置かれたマグカップからは弱々しい湯気が漂う。

 沸かしてから数分経っているが、冷め切っていない。

 見事な温度調節だ。

 

 中を覗くとホットミルクにミオの顔が浮かび上がる。

 ホットミルクがホットドリンクの中で最も好きだ。

 偶然とは言え、全身がほっこりする。

 長時間の旅だったが、夜間はとても冷えた為グッドチョイスと言える。

 

「ありがとうございます〜」

 

 奏は迷わずカップを手に取り、口元に当てると半分ほどを一気に流し込む。

 口周りに薄茶色い液体が付着した。

 

「……」

 

 それを見て、フブキは持ち上げたマグカップを置き直した。

 隣をチラリと見ると、ミオは既に飲んでいたが……やけに芳醇な香りが漂う。

 明らかにミルクの香りではない。

 

 フブキの不審がる視線を察知して、ミオは慌ててカップから口を離す。

 気分的には自分に見つめられているので、なんだかむず痒い。

 

「変な物は入れてないよ。気にせず飲んで」

 

 フブキの心境を汲んだ女性にそう薦められた。

 奇妙な女性だ。

 奏はともかく、何故フブキとミオの好物まで知っている。

 

「あの……あなたは、何なんですか?」

「何っ、て……失礼だなぁ……人だよ」

「いや、そうじゃなくて」

「ん?」

 

 分からない筈がない。

 敢えて惚けて見せる意味がわからない。

 

「何者なんですか?」

「ただの逸れ者だよ」

「はぐれもの?」

「そう、逸れ者」

 

 除け者にされるだけの不気味さはあるし、実際辺境の地に一人暮らしだが、それはフブキの求める解答ではない。

 相手方の思考を承知の上で答えるのだから悪質だ。

 

「……」

 

 暈した質問ばかりでは進展しないと踏み、フブキは意を決して直球勝負に出る。

 

「あの、どうして私たちの好きな物が分かるんですか?」

 

 ミオの好きな紅茶とフブキの好きなホットミルクの提供。

 恐らく奏はココアだろう。

 

 それだけではない。

 

 好物を見事に的中させた上に、それを本人に提供できている。

 簡略化すると、女性はフブキとミオの好物に加え、2人の中身が入れ替わったことを認知している。

 かなたの知り合いとは思えない。

 奏が他人と連絡を取る素振りも時間もなかった。

 

「それは神託に依るもの」

「ぇ……御神託?」

「そう、神託だよ。神様の御告げみたいなものさ」

 

 神は全てを見ている。

 と常日頃から教え込まれた。

 その神が監視して情報を与えたのか?

 ならば女性は神託者だと言うのか?

 

「ずずっ……おかわりください」

「遠慮無いんか。ちょいと待ちんさいね」

 

 奔放な奏の態度に一瞬女性の態度が砕ける。

 ココアのおかわりはしばらくお預け。

 不貞腐れた奏は、かなた宅?同様に物色を始めた。

 

「まあいいじゃないか私の事なんて。瑣末な話でございますよ」

 

 女性は2人の対面に勢いよく座した。

 ミオは姿勢と身嗜みを正し、尻尾とお尻の位置を整える。フブキの尻尾の星印がちらりと視界に映り込む。

 ……フブキの尻尾はかわいいなぁ。

 

「2人は私を求めて来たんだよね?」

「え……はい、まあその……奏ちゃんに紹介されたので」

「一応、要件を聞こうか?」

 

 テーブルに肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せる。

 あらゆる内心を見透かす碧い瞳の光沢に当てられ、フブキも姿勢を正した。

 ミオの尻尾がふとももに巻き付いていて少々座り難い。

 

「っ――私たち、実は魂が入れ替わってしまっていて」

「うん」

「元に戻す術をご存知ないでしょうか?」

「世界は広く、知識は膨大だからね、きっと有るさ」

「――それは、ご存知無いと解釈していいんでしょうか?」

「そうだね。今は未だ知らない」

「――――」

 

 嘲るような言い回しにフブキは僅かに眉を曲げた。

 室内を彷徨く奏にも、少々怒りを覚え始めてしまう。

 

「君たちは、直す術を私から得たとして、その後はどうするのかな?」

「――勿論その術を実践するまでです」

「君も?」

「はい」

 

 面接のような試す物言いにも感情が幾つか湧き上がるが、抑えた。

 テーブルの下で見えないように、フブキは手をぐちゃぐちゃと組み合わせていた。無意識的に。

 

「成程意思は固いようだね。なら私も相応の知恵を絞るとしようか」

 

 女性は徐に瞼を閉ざし、深呼吸する。

 僅か1秒後――

 

「直す術は大きく分けて3つある」

「――! 有るんですか⁉︎」

「有るね。直すと表現すると語弊のある手段も含まれるけれど、まあ似たような物さ」

 

 一々面倒臭い表現を交えるが、焦れずに耐える。

 神事で養われた忍耐力が役に立って嬉しい限りだ。

 

「さて、では商談へ移ろうか」

「――??」

「私の持つ知識は私のものであり、君たちがそれを欲している。遠路遥々訪れてくれた所すまないが、当然私も相応の対価を要求する。分かるね?」

「……お金はありません」

「対価は金銭のみに留まらない。これでも私は知識が豊富だからね。万物の鑑定は得意なのさ」

「物々交換、って事?」

「明察だ」

 

 女性は長髪を掻き上げて自慢気味に口角を上げた。

 続けて例えば、と前置きし、フブキの身体が纏う衣服を指差した。

 

「私に技量があるかを度外視するならば、その服を上手く捌けば4000円の価値にはなるんじゃないかな?」

 

 フブキの身体が身につけた服は至って普通の私服。

 ミオの服だってそうだ。

 他人の服の中古品を4000円で捌けるだろうか?

 オークションでも難しそうだ。

 大きく見積もってくれるなら願っても無い話だが、流石にこの先を上裸で進みたくはない。

 

「ごめんなさい、服もちょっと……」

「例だよ、例。身包み剥がせろってんじゃないさ」

 

 女性は組んだ手を崩してゆるゆると振るう。

 冗談めかして。

 

「何か持ってないの?」

「私たちは何も……」

 

 フブキは視線を流して奏を見た。

 合わせて女性とミオも。

 その視線に鋭く反応した奏が、本棚から抜き取った本を慌てて戻す。

 

「何⁉︎」

「はぁ……話聞いてなかった?」

「うん、何も」

「あんたが連れてきたんじゃろうに」

 

 他人事みたいに2人を放って奏は泥棒か、と女性は呆れた。

 

「声楽調律師。あんたのことも知っとーけん」

「――――」

「「――――?」」

 

 またあの単語だ。調律師。

 奏の呼称だと思われるが、今度は『声楽調律師』と呼んだ。

 異名だろうか?

 

「あんたが2人に助力する訳も大方予想はつくけんね」

「――――」

 

 口外されたくないなら下手な真似はよせと。

 奏は渋々女性の隣に腰掛けた。

 

「それで、あんたは何持っとん?」

「ん?」

「らでんの……んっん、私の情報には対価がいる話は知ってるでしょ」

「そうだったかもー」

 

 女性がノリで口にしてしまった名前は、自身の名だろうか。

 ならば彼女は、らでんと言うのか。

 

「で、今何持っとる?」

「こんなもん」

 

 らでんの催促にもマイペースな動きで答える。

 背負っていたリュックを下ろして中身をテーブルに広げた。

 

 リコーダー、ハーモニカ、筆箱、ふやけたノート、ふやけた楽譜、タオル、ちり紙、ハンカチ、枯れた水筒、綺麗なビー玉が幾つか、小さな財布。

 

 どれもこれも大したものではない。

 

「何ちゅうもんかるうて来とんの」

「かるう?」

「――でもリコーダーとハーモニカは、高く捌けそうじゃねぇ?」

 

 らでんはにやにやと不吉な微笑を浮かべる。

 口元を右手で隠すなど表現を徹底しているが、奏はやはり動じない。

 

「そうかな〜。でもごめんなさい。楽器だけは渡せません」

 

 と言うより、らでんの意図を計り知れていなかった。

 序でにフブキも無理解を示していた。

 

「はあ……つまらんなぁ。あんたはもうちょい女性としての魅力を自覚しんさいな」

「――?」

「――うん、まあ大体把握した。これが君たちの資産だね」

 

 らでんは揶揄う事を諦め、話題を元に戻す。

 漸く話が進む、と2人はもう一度姿勢を正した。

 

「では2人に質問だが、最も望ましい手段を選んでほしい」

「え?」

「手段は3つあると言っただろう? 情報一つに相応の価値があるのだから、3つ欲すれば必要額はその分跳ね上がる」

「……」

 

 フブキは難しい顔をしてみたが、感情で訴えてもらでんは靡かない。

 

「どんな手段がお望みかな?」

「……なら最も、安全な手段を。それでいいよね、ミオ?」

「うん」

 

 横目でミオにアイコンタクトを取ると、丁寧に頷いてくれた。

 

「安全、か。いいけどここで言う安全は、計算可能な危険が最も少ない事を言うよ。例えば計算外の敵が道中に現れたとしても、それは私の責任から離れる」

「それでいいです」

 

 最も分かり易い例が、トワだ。

 彼女は神出鬼没で、何時何処から現れるかが不明。

 よって彼女を避けるルートが選べなかったとしても、らでんは一切の責任を追わないと言う意味だ。

 

「ならば値段は2500円で手を打とうか」

「2500円……」

 

 一同は奏の散乱させた所持品を見つめる。

 2500円なら活路も見出せそうだが……。

 

「奏ちゃん、お財布いくら入ってる?」

「えー、待ってくださいね〜」

 

 小さな財布をひっくり返すと、からからん、と小銭が数枚落下する。

 ぐわんぐわんと回転しながら照明を反射し、軈て停止した。

 

「324円」

 

 とてもキリの悪い端金しかなかった。

 

「硬貨を値踏みする必要はないよね」

 

 ご尤もでございます。

 

「因みにこのお財布は?」

「1100円」

 

 財布ごと渡して1423円。残りは1077円。

 雨に濡れてふやけたノートと楽譜はほぼゴミなので、選択肢から除外。

 ビー玉も高くはなさそうだ。

 残る希望は水筒と筆箱か。

 

「ビー玉じゃあダメ?」

 

 絞った結果今の所持品になったのなら、どれも手放したくはない。

 複数個あるビー玉を持つ理由は謎だが、まず不要だ。

 

「アンフェアな取引は好きじゃないんだ」

 

 あっさり断られた。

 そりゃあそうだ。

 

 と言うか、そもそも何故奏の私物を対価に差し出す事になっているんだ?

 フブキとミオが買う情報だろう?

 

「仕方ないですねぇ……お財布と、筆箱でどうですか?」

「中身も含める?」

「はい」

 

 奏は結局愚痴一つ言わず、物々交換の交渉を続けた。

 その結果――。

 

「少々見劣りする品だが……ま、丁度筆記用具の在庫が切れる所だったし、それで手を打とうか」

 

 僅かな現金の入った財布、そして筆箱を差し出す事で、何故か交渉が成立する。

 らでんはこの品を2500円の価値と見るのか。

 

「交渉成立だ。それでは情報を開示しようか」

「「――――」」

 

 待ち望んだ治療法。

 それが今伝授される。

 

「ここから西に進めば、いずれとある街に辿り着く。そこに火威青と言う『メモリア』がいる。彼女を訪ねなさい」

「めもりあ?」

「おっと、その名の由来に関しては、別途料金がかかるから、踏み込まない事を薦める」

「う……」

 

 疑問を繰り出せば金がかかる。

 なんて厄介。

 

 フブキは憎たらしげに頰を張る。

 

「分かりました。じゃあそれは聞きません。けど、何でその人を訪ねれば直るのかくらい、教えて下さい」

「うーん……」

「「「――――」」」

「っ、やれやれ、仕方が無いな」

 

 初めて情への訴えが効果を発揮した。

 僅かながらに惜しい物を提供した奏も、今回ばかりはフブキたちに味方している。

 

「彼女の特別な力で、君たちの記憶をひっくり返すのさ」

「「――??? あの、意味がわかりません」」

「今、フブキちゃんの身体の中にミオちゃんの魂が入っているだろう? 記憶は魂に付随するようだからね。お互いの記憶を入れ替える――要は2人の頭を入れ替えるんだ」

「――やっぱりイマイチ理解できません」

「ウチもです」

「奏もー」

 

 特殊な力、と言う時点で話は難解だ。

 記憶をどうこうと言われれば、余計に混乱する。

 

「例えば私と奏ちゃんがいるだろう?」

「いますねぇ」

「私の記憶――つまり意識を奏ちゃんと交換すれば、ある意味私は奏ちゃんの中にいる事となる。正確には、奏ちゃんが自分を『儒烏風亭らでん』だと認識する訳だね」

「うーん……うーん…………」

 

 必死に頭を回して納得を試みるが、キャパシティオーバーしそうで脳が停止しかける。

 だがまあ……ある程度は噛み砕けたかも。

 

「君たちの様な事例だからこそ通用する裏技さ」

 

 らでんはそう締めるが、やはり2人の理解度は低い。

 互いの知識の差が、咀嚼技術の差が、明白に出ていた。

 

 2人の無知と無能を言葉巧みに利用した風だ。

 

「でもそれって、ある意味解決してなく無いですか〜?」

「えっ……?」

「そうなの?」

 

 奏が率直な疑問を浮かべた。

 叡智の書――らでんには劣れど、奏も頭の回転速度と知識力はある。

 2人の追いつけぬ会話を追尾し、インフォームドコンセントを徹底させる。

 ただ、らでんに他人を欺く意思はない。

 単に説明して満足していただけである。

 

「だって、記憶が入れ替わるだけで魂自体は動かないんでしょ〜? 例えば奏とらでんちゃんの記憶が入れ替わっても、奏の中には奏の魂があるまんまだし」

「そうだね。内面的な解決にはならない」

「そ、そんな――!」

「だが入れ替わった記憶を消したりすれば、何の不便も無く生活できる。それこそ以前の様に」

 

 反発するミオにらでんは正論を返す。

 事実この手段で解決しても、将来にほぼ害はない。

 一部の記憶を消して、記憶を入れ替えれば、魂の入れ替わりなど知覚できない。

 

「で、でも困ります! 私たちは元に戻したいんです!」

「最も安全な手段をと指定したのは君たちだ」

「それは……」

「私はそれにきちんと答えた。これが最も安全に直す手段だ」

「でもこれだと――私たちは」

「納得できないなら別の知識を望むかい? その場合は当然、別途料金が発生するよ」

「そんな……!」

 

 フブキは力強くテーブルを叩いて立ち上がる。

 無知だったとは言え、騙してお金を稼ぐ様なやり口は最低だ。

 湧き上がる憤りに身を任せてぶん殴りたくなった。

 その無意味さが刹那の間に脳に舞い降り、癇癪は更に蓄積される。

 

 冷静なミオに手を添えられ、怒りが少しずつ霧散してゆく。

 

「らでんちゃん、直せる方法全部教えて」

「「――奏ちゃん……」」

「いいけど、お駄賃は150000円だよ。一切の割引は無しだ」

「奏のものなら何でもあげる。足りなければ奏がその分を稼ぐよ」

「「――⁉︎」」

 

 突如覚悟を決めた奏の申し出に、フブキとミオは絶句する。

 らでんは表情一つ変えずに奏と視線を重ねている。

 奏の紅い瞳が、初めて強い感情に燃えていた。

 

「分かった、そうしよう」

「待って! 幾ら何でもそこまでは頼めないよ!」

「そうだよ奏ちゃん。自分たちで何とかするから!」

 

 毛を逆立てて、2人は必死に奏の暴動を止める。

 

「気にしないで下さい、奏は――」

「落ち着きなよ」

「「「……」」」

「まだ奏ちゃんを貰うなんて言ってないでしょ」

「「え……」」「…………」

 

 先走る3人に右手を突き出して、言動の一時停止を要求した。

 全員を一度着席させると、冷めたコーヒーを小さく啜る。いい音を立てて。

 かちゃとカップを置くと両肘を突き、手を編む様に組んで、またあのポーズを取った。

 

「――――」

 

 暫しの間沈黙の中でその態勢を貫き、じっとビー玉を見つめていた。

 やがて決心した様に身を乗り出すと、透明ガラスの中に赤い結晶の入ったビー玉を掴んだ。

 

「アンフェアな取引は好みじゃ無いけど、これで手を打つことにするよ」

 

 ビー玉の滑らかな光沢を見せつけて宣言した。

 一瞬――最大の無理解に脳が焼かれた。

 所有者である奏も、驚愕しながら落胆している。

 

「あ、あの――私たちが言うのも変ですけど、アンフェア過ぎじゃ……」

「そうだね、価値の比率で言えば甘く見積もって1:10だ」

 

 それでも甘く見積もり過ぎでは?

 なんて感想はもう、言葉にならなかった。

 

 ミオは星印が見えないほど尻尾を力無く垂らす。

 

 知識不足なだけで、今日は散々振り回された。

 なのにまだ懲りないのか。

 らでんは気でも狂ったのか。

 

「文句は無いね?」

「……いいよ」

 

 奏は残念そうに首肯した。

 儚げに視線を逃しながら。

 

「では残る2つの手段を享受しよう」

 

 らでんはビー玉を丁寧にポケットに仕舞うと、再度肘を着いた。

 

「君たちが道中通過した山の北東の麓に小さな洞窟がある。その洞窟を進めばいずれ『冥界』とも呼ばれる地下都市に辿り着く」

「めい、かい……」

 

 信じ難い告発に息を呑む。

 神の存在があれど、冥界まで実在するとは夢にも思わなかった。

 ならば恐らく、天界も実在するのだろう。

 

 らでんは冥界に関する説明を一切省いた。

 

「そこにラプラス・ダークネスと言う冥界の王がいる。彼女を訪ねなさい」

「――それは、どのくらい危険ですか」

「機嫌を損ねれば死ぬ。道中で不穏分子と接触すれば死ぬ。それらを巧みに躱しても下手すれば死ぬ。死亡確率は8割と言ったところかな」

「8割……」

 

 3人で赴けば、1人が生き残るか否か。

 2人を直す以前の問題だ。

 ミオがぶんぶんと首を大きく振った。

 

「も、もう一つは⁉︎」

 

 望み薄な案を突っぱねる様に、フブキは最後の方法を問い糺す。

 身を乗り出すフブキに合わせて、ミオも首を激しく縦に振る。

 

「……神様直々に直してもらう。これが最後の手段だ」

「ぁ、ぇ……」

 

 2人の顔は絶望に満ちた。

 血の気が引く様に、色が薄くなってゆく。

 対して奏は、妙に嬉しそう。

 

「死亡確率は99%だ。私が本気で策を講じれば或いは成功するが、その場合は莫大な報酬を要求する。まあ、君たちには支払えない報酬さ」

「そんな……」

「――! おっと、すまない訂正する。2%減、死亡確率は97%のようだ」

「誤差じゃん」

 

 ソシャゲのガチャでもあるまいに。

 

「参考までに聞くんだけど、神様にはどうすれば会えますかね〜」

「ここからずっと東へ行くと聖域と呼ばれる森がある。その森のほぼ中央で待機すれば、神様の気紛れによって天上への道が生まれるんだ」

 

 フブキたちの縋った藁は、脆すぎた。

 魂ごと元に戻す手段は、最早二つに一つ。

 

「み、みお……」

「どう、しよぅ……」

 

 覚悟を決めて冥界へ赴くか、妥協して記憶操作で事を済ませるか、それとも全て諦めていっそこのまま人生を送るのか。

 時折2人の頭にかなたが浮かぶ。

 よくも下手な真似をしてくれたな、と。

 しかし、命あっての物種。こんな苦難も生きるからこそであり、かなたを憎むのもまた、筋違いだ。

 

 2人が小声で検討する中、らでんは何となく神々の動向が気になった。

 なので少々詮索してみると。

 

「――! みんな隠れな」

「「「――⁉︎」」」

「数分後に客が来る。人相の良い客じゃない! 姿見られちゃあらでんにも庇えんけん。ほら早よう!」

 

 先程まで賢人ぶっていたらでんが突如として焦燥に見舞われた。

 3人を押し入れの方へ追いやり、無理やり押し込む。

 犇き合いながら隠れると、3人は呼吸音と心拍音を極力抑え込んだ。

 

「はっきしゅ!」

「こら」

「だって、2人の毛が〜」

 

 2人の密着する毛並みに鼻がむず痒くなり、奏がくしゃみを噴いた。

 

 そんな間もらでんは慌ててマグカップを流しに配置して、新たにお湯を沸かし、ソファや押し入れ、テーブル周辺にほんのり香水を撒くなど、忙しない。

 

 近い、近い近い――。

 あの似非カップルか。こんな時に。

 

 間も無くノックが聞こえる。

 それを察知したらでんは呼吸を落ち着け、冷静に扉を開いた。

 

「いらっしゃい。また随分と夜遅くに来るんだね、お二人さん」

「アンタに聞いてこいってうっさいのよ、うちの神はさァ〜」

「……、……」

 

 2人の女性がらでんを押し退けるように、遠慮なく上がり込む。

 

「それでデートかい? また雷霆のカミナリが落ちるよ」

 

 2人の女性は勝手にソファに座り込む。

 1人は深く、1人は小さく。

 深く座った一等星の様に美しい女性が、脚を組んだ後何度も鼻を鳴らす。

 もう1人の少女は覇気を最大限抑えて、らでんの視線から逃げようとしていた。

 

「誰がいたの?」

「――、ん?」

 

 彼女の敏感な嗅覚で、簡単な隠蔽工作も一瞬で看破された、と思っただろう。

 しかし見破られる事など想定内だ。

 

「態々香水で誤魔化そうとする辺り、一般人じゃないでしょ、誰?」

 

 青髪の女性が立ち上がりかけたので、らでんは冷静に言葉を探す。

 香水を撒いたのだって、誤魔化す風を装って間近にいる事を悟られない為。

 現に彼女は香水で匂いの濃度が曖昧になり、隠れた3人の存在には気付けていない。

 物音にも敏感だが、会話中であれば流石に小さな音も聴こえまい。

 

「それは秘密さ。君たちがその為に報酬を支払うのなら別だけれどね」

 

 普段のスタンスは崩さずに、知識人らしく振る舞う。慣れっこさ。

 

「はっ、そんな事どうでもいいし」

 

 女性は浮かせた腰を力強く下ろして、ソファを軋ませる。

 衝撃で隣の少女の身体が跳ねた。

 序でに少女の胸も跳ねる。が、当の青髪の女性は胸が無いので跳ねない。

 

「そうかい? なら一体何を訊ねに遥々赴いたのかな?」

 

 焦らず、話題の切り替えが不自然にならぬ様、細心の注意を払って転換させる。

 

「あァ、ある3人の情報を頼む」

「ある3人ね、成程、大方察したよ」

 

 話す直前から推測は立てていたが、案の定だった。

 刻印持ちはこの世界でもまだ数多く存在するが、そのすべての情報を神がキャッチできている訳ではない。

 でなければ、あの3人だって生きてはいないし、叛逆など起きようがない。

 

「一応、名前を聞こうか?」

「白上フブキ、大神ミオ、音乃瀬奏」

「把握した。それではその3人の何が知りたい?」

「生き還った理由と今の居場所」

 

 隣の少女の肩に手を回して、所有権を主張する様な態度を取る。

 その少女は相変わらずらでんの視線から逃げる。

 

「分かった、ちょいと待ちなさいな」

 

 らでんは快諾してしまう。

 押し入れで息を潜める内の2人が思わず微かな声を漏らしてしまうが、運良くバレることは無かった。

 

 らでんは珍しく10秒ほどの時間を使用して熟考していた。

 3人の情報を得る時間に見せかけて。

 

 その僅かな時間で、客人2人はイチャついている。

 ――いや、思いは一方的な様だ。

 

「ねェあくたん、今度一緒に食事行かない?」

 

 小さな口元に指先を当て、スッと顎先まで落とすと撫でる様に添えた。

 口説くような低めの声で、恐縮する少女の瞳を捉える。

 そして愉しそうな微笑を浮かべる。

 

「あ、あてぃしはあんまり……」

「えェ……行こうよ、ね。また変わりに仕事受けてあげるからさ」

「ん、んーん……大丈夫、だよ」

 

 少女を口説く女性。

 少女よりやや背が高く、胸が無い変わりに全体的にスラッとした体型。髪は青く、眼の中に眩い星が煌めく。

 首元にチラリと赤い輝きをぶら下げている。

 彼女の名は――星街すいせい。

 神の遣い、恐怖担当。

 

 もう1人の口説かれる少女。

 背は低いが豊満な胸。頰が少しぷにっとしているが、肥満体型では無い。

 ちょこんとした愛らしさがある。

 髪は桃色に薄い水色を混同させた色。

 常に何処か視線が彷徨い、人の気配に怯えている。

 なので常に訥々と喋る。

 そんな少女の名は――湊あくあ。

 神の遣い、羨望担当。

 

「いい店見つけたんだって。奢るからさ、一緒に行こうよ」

「や、あてぃし、外食はちょっと……」

「社じゃデートにならないでしょ? 周りの奴がいるし、トワが煩いし」

「こ、後輩ちゃんと、い、行けば……いいんじゃ……ないかな?」

 

 すいせいの積極的な誘いを躱そうと必死だが、一歩も引かないので困りものだ。道中も幾度と無くプロポーズと勧誘を受けた。

 

「お二人さん、そろそろいいかな?」

 

 疾うに思考を纏めていたらでんは、控えめに疑問を投げかけて介入する。

 あくあはちょっぴり安堵していた。

 

「チッ」

 

 舌打ちを隠す素振りもなく、すいせいは顔だけらでんに向けた。

 依頼人はすいせいだと言うのに。なんて傲慢な態度。

 

「早く教えて。アタシたちはこの後予定入ってるから」

「は、入ってない……!」

「――だそうだが?」

「今入れたんだよ、アタシが」

「そうかい、それはすまなかった」

 

 面倒なのですいせいに合わせる。

 あくあには悪いが、多少の不都合には目を瞑っていただこう。

 彼女にとっては害だとしても、世間一般的には歓迎される申し出だから。

 

 もっと、死へ直結するような未来が予想できるのなら、仲裁したが。

 

「本題へ入りたい所なんだが、君たちに一つ見せたいものがあったんだ」

「ァん? んなモンいいからさっさと話せよ」

「まぁそう言わず。喉から手が飛び出しちゃうと思うから」

「ハッ、だったら早く見せろ」

「ちょいと待ちなさいな」

「またかよ」

 

 らでんは2人の死角でポケットから先ほどのビー玉を取り出して右手に握る。

 そして棚の側へ行くと、中を弄って物品を探す素振りを見せつける。

 丁度棚の手前にあったUSBデバイスを使用してかちゃかちゃと鳴らし、一層リアリティを出しながら――但し今度は2人が会話する暇すら与えないよう。

 

「あったあった」

 

 あたかも今し方取り出した様に装い、2人の眼前で摘んで見せた。

 

「これだよ。君たちなら、一目で分かるだろう?」

「――どこで手に入れた」

 

 すいせいの身体の角度が真っ直ぐらでんに向き、組んでいた足も解いた。

 

「情報提供の際の対価としてもらったのさ。本人はさぞ嬉しそうだった」

 

 いい取引だった、と当時を想起する様に小さく目を閉じた。

 先刻の出来事なので、記憶には新しすぎるが。

 

「欲しいだろう?」

「よこせ。それはあいつンだ」

 

 すいせいがシュッと手を伸ばすが、らでんはビー玉を渡さない。

 

「おっと、今言ったばかりだろう? 私が交渉により得た対価だと」

「もとはこっちのモンだってんだろ」

「だとしても、一度手放した君たちが悪い。所有権は今、私にある」

「……幾らだ」

「話が早くて助かるよ」

 

 すいせいは一度腕を引き、吊り上げた瞳で睨みつける。

 隣であくあがスマホを弄っていた。神様に連絡しているのかも。

 

「そうだねぇ。今の君の所持金、でどうだろう?」

「ッざけんじゃねェぞゴラァ‼︎」

 

 バゴンッ!

 と豪快にテーブルを踏み破る。

 木製とは言えそこそこの硬度はあるのだがな。

 

 押し入れの奥で3人が慄いた。

 

「その様子だと、かなりの大金を担いできた様だね」

「黙れ。図に乗んなよテメェ。こちとら毎度金まで払って情報買ってやってんだ」

「そう言う商売だからね。私としても君たちお得意様には感謝しているさ。今後も友好的に接していきたいと考えているよ」

「ンだそりャァよォ、煽りか? ァ?」

「まさか。君を煽るほど愚かな事はない。私だって可能な限り長生きしたいからね」

「だったら寄越せ。タダでな」

 

 恐怖担当本領の気魄で威嚇するも、らでんは平然と言葉を返す。

 らでんは知識だけでは無く、それなりの頭の回転力がある。

 だから自覚している。己の有用性を。

 らでんが害と判定されるまでは、奴らに殺される事などない。

 利が害を下回る時、初めてらでんは奴らに敵と認知される。

 それまでは、多少無謀な交渉も彼女らには可能だ。

 

「それは出来ないね。こっちも生きるための商売だ」

 

 自分の恐喝がここまで効力を持たない事例は初だった。

 だからすいせいも諦めることができた。

 

「クソがッ‼︎ 足元見やがって‼︎」

 

 半分に砕けたテーブルを蹴り飛ばして八つ当たりした。

 運良く他の家具には衝突せず、壁に小さな傷を生むだけに留まる。

 

「す、すいちゃん、落ち着いて」

「…………」

 

 あくあに宥められた途端、興奮が収まる。

 2人がセットで訪問した理由の半分はこれか。

 

「ここで知識を失うのはこっちにも大損害だから、持ち金全部叩いてでも買うべきだと思う」

「でもあくたーん、この後のデートプランが――」

「あ、あてぃしがクレジットで払う、から!」

 

 何故かあくあが大きく譲歩する羽目になった。

 神の一団の中で最も温厚な存在が彼女だろう。

 何事も穏便にすませたがる。

 

 両目をぎゅぅっと瞑って必死に感情に抗う姿がまた愛らしい。

 すいせいは歓喜のあまり怒りを捨て去り、あくあを抱きしめる。

 

「ぅ、うぎゅ……」

 

 力強い抱擁に潰されそう。

 

「決まりでいいのかな?」

「――ハッ。アタシのあくたんに感謝しな」

 

 ポイッと小さなポーチを投げ渡す。

 口を開き中身を確認した。

 

「中に50万入ってる。上手く使えバカ」

「うん、確かに」

 

 目視で全額は確認できないが、嘘はつくまい。

 らでんはビー玉をすいせいに手渡す。

 

「交渉成立だ」

「よ、よかった……」

 

 無事商談成立し、あくあはほっと胸を撫で下ろす。

 同期する様に髪が萎れる。

 その頭をすいせいが撫で回した。

 

「3人の情報はまた日を改めて訪ねに来る。準備しとけよ」

「ああ、その時は上手く交渉させてもらうよ」

「じゃあ帰ろっか、あくたーん」

「う、うん……」

 

 挨拶もせず身勝手に退室し――かけて停止する。

 

「――一つ聞かせろ」

 

 あくあの頭に手を置き、背を向けたまま尋ねた。

 

「お前、何で3人を庇った」

「――何の事かな?」

「惚けんな。ビー玉使って情報提供を先送りにしただろうが」

「ふむ、君はそう思ったわけだ」

「そうか……成程。妙なニオイは3人のニオイだな?」

「……相変わらずの嗅覚だね」

「直前まで居たんだろ。ソイツらが」

「さあ、どうかな? ここは辺境地だけど、意外と客は多いんだよ?」

「何を聞かれた」

 

 鋭いすいせいの直感と5感に、らでんも翻弄され始める。

 だがスタンスは絶対崩さない。

 たとえ誰に何を聞かれようとも、自分の在り方は決めてある。

 

「すまないがそれは別途料金が必要だ。そして君たちの現在の所持金はゼロ。言いたい事は分かるね?」

「そうか、また来る」

 

 バタンと戸を閉めて、今度こそ帰って行った。

 

 

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