叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

30 / 52
メモリア⑥

 

 リビングに取り残されたマリンは憔悴した顔で床にへたり込んでいた。

 

「マリン」

「…………」

 

 ずっと不参加だったノエルが見兼ねて呼び掛けるが返答は無い。

 ぎぎぎと壊れかけのロボットの如く首だけを向ける。

 

 財宝の輝きを失って色褪せた赤い瞳が朧げにノエルを見上げた。

 

「話しようか。取り敢えずそっち座り」

「ぁ……」

 

 ゾンビの様に呻いて促されるまま食卓の席に着くと、対面にノエルが座る。

 

「マリンの呪いは確か『若さと青春』だったね」

「……はい」

「そりゃ悩むよねぇ〜。んで、今実年齢は何歳なん?」

「っ――」

 

 呪いの確認に優しく相槌を打つと、クリティカルな口撃を放つ。

 落差に心が転落し打撲を負った。

 

「知っちょるよ〜。その美貌も呪いで自分を若く見せとるんよね? 外見年齢は……20周辺?」

「……17です」

「17。まさに青春真っ盛りじゃね。んで、実年齢は何歳なん?」

「――――」

 

 もう一度食い気味に尋ねるがマリンは頑なに口を閉ざしたまま。

 実年齢はマリンの禁忌。

 

「言いたくないか。でも……やっぱりそういう事よね?」

 

 言及するほどに覇気を失うマリンの様子から、ノエルは確信した。

 ノエルを一瞥して嘆息すると、観念した様に重たい口を開けた。

 

「実年齢はかなたとほぼ同じ。かなたは私が生み出した不老薬を飲んで歳を取らない。私は自分の『呪い』だからと薬は飲まず、ずっと容姿だけを若いまま保ってきた」

「例えば、2人が同じ70年生きてたとしても、かなたさんは不老薬を飲んでるからあの姿を保てる。でもマリンは不老薬を飲んでないから、呪いが消えれば全てが実年齢の70歳に戻ってしまう。で、あっちょる?」

「年齢以外は」

 

 若干覇気を増して答えた。

 余程実年齢には敏感な様だ。

 

「もし100歳超えとったら、確かに呪い消滅から1年と命は保たんね」

「超えてたらね」

 

 食い気味に補足するが叛逆に尻込みする様子から平均寿命は優に超えているに違いない。

 100歳も疾うに超えているのやも。

 

 今更自ら不老薬を飲んでも経過した歳月が消える訳ではない。

 まさか「呪い」を消せるなんて誰が思うだろうか。

 

「私は……長生きしなきゃいけない。でも、かなたの始めた叛逆を成功させて終わらせたい」

「うん」

「私は……どうしたら……」

 

 両肘を突いて頭を抱え、顔を伏せる。

 左手に冷や汗と涙が滲みてべたつく。

 右手に眼帯の布が触れる。

 

 卓上の自分の影を見つめても、何も見えない。

 

「優先すべきはやるべき事、だけども……」

 

 ノエルも肩肘突いた。

 右掌の上に自身の頰を乗せる。

 マリンのつむじを見つめていると目が回った。

 

「いい加減、依存するのやめたら?」

「――――」

 

 言葉は強く、言葉尻は柔らかく。

 マリンの口元が勝手に歪んだ。

 

「かなたさんを理由にせんと、生きちゃいけんの?」

「…………」

「長生きするのはかなたさんに言われたから。叛逆したいのはかなたさんが始めたから。かなたさんはそんなにマリンの人生を縛っとったん?」

「――――」

 

 今にも泣きそうな、虚ろな視線がノエルと交差した。

 鼻を啜る。

 

「死を引き摺るなとは到底言えんけど、そんな風に、自分の意思に他人の死を反映させるのは違うんじゃない?」

「っ……」

「親が病気で死んだから医者になりたいとか、恋人が殺されたから警察になりたいとか、そんなんとは違うんよ」

「……でも、かなたに、長生きしろって――」

「マリンはノエちゃんよりも理解力ないん?」

「っ――」

 

 掠れ始めるマリンの低い声に被せて、言葉を選ばず言い放つ。

 かなたと付き合いのないノエルにも真意は汲み取れた。

 「長生きしろ」は「自殺なんて馬鹿なことするな」って意味。

 その前のセリフもそうだ。

 「後悔はない」。

 「後悔する道を選ぶな」って意味。

 ……ノエルの憶測だけれど。

 

 かなたがあの時マリンを助け自ら死を選んだその道に後悔が一つもないのなら――マリンがこの先どんな道を選ぶのも、もうマリンの自由だ。

 かなたは一度も、マリンに進むべき道を啓示した事はない。

 

 マリンの悔いなき道こそ、かなたの悔いなき人生。

 マリンの残す後悔こそ、かなたの人生の後悔。

 

「思考から一度かなたさんを棄てて。生きたいのはマリンの意思。叛逆したいのもマリンの意思。そう考えた時、マリンはどっちを選ぶん?」

「――、――……」

 

 ノエルは頬杖を解く。

 力強い翡翠色の輝き。

 マリンの唇が震える。

 

「簡単な事。だってかなたさんは、いつでもそこにおるんでしょ」

 

 マリンの左胸を指差した。

 突いた肘を浮かせて右手を心臓の上に当てた。

 服の胸ポケットに何かが入っている。

 過呼吸になった。ポケットに手を突っ込んだ。それを取り出した。また涙が溢れてきた。

 

 いつの間に――胸ポケットにしまったのだろうか。

 

 先端が灰色に染まった天使の羽が眩しく輝いて見えた。

 

「マリンの道やけん、マリンの意思で決めな」

 

 透明な袋越しにノエルの姿が映る。

 

「私は……叛逆を成功させたい」

「うん」

「でも私は……殺し合いが好きじゃない」

「うん」

 

 マリンの絞り出す声に優しく頷き肯定感を上げてゆく。

 

「それと……大した縁じゃないけど、あの2人には死んでほしくない」

「うん」

 

 羽入り袋を掴んだ手を下ろすと、ぼやけていたノエルの輪郭が鮮明になる。

 目と目が合って、小さな勇気が芽生えた。

 

「立派な理由だと思うよ」

「……」

「決意ができたなら早よ行かんと。説明が終わるんじゃない?」

「……ん」

 

 ノエルに促されると何故か腰が軽々と持ち上がった。

 かなたの羽を胸ポケットに仕舞って胸をとんと叩く。

 そうだ。

 マリンは側にかなたが居るだけで幸せなんだ。

 悲しいけれど、かなたはいつでも側に居る。

 だからもう少し、頑張れそう。

 

「……ありがと、ノエル」

「あいよ」

 

 小さく右手を挙げて無理なく笑ってみた。

 ぎこちない笑みにノエルは苦笑すら溢さず淡々と返し、縁側へと向かっていく。

 

 マリンはリビングの扉を開けた。

 短い廊下があり、その先に玄関が見える。

 

(……使い尽くすぞかなた。お前に救われた、この命)

 

 右手に握った拳を心臓にぶつけて全身を鼓舞する。

 

 そして、扉を超える第一歩を――踏み出した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 莉々華の赤い車付近に集まって、叛逆の詳細についての会議が始まる。

 

「……」

 

 はずだった。

 おかゆところねも参加を表明して全員集合と思われたが、莉々華はまだ口を開かず玄関を凝視する。

 飾りっ気の少ない素朴な玄関をじっと。

 

「……マリンさんを待ってるの?」

「はい」

 

 フブキの問いに大きく首肯した。

 おかゆところねはバツが悪そうに視線を落とす。

 その態度からマリンの復帰は望めないと多くの者は感じた。

 

「あいつはずっと引き摺りそうだし、待っても無駄なんじゃねぇの?」

「そんな事ないですよ。私が待つって事はそういう事です。ぺこらさんならよく分かりますよね」

「――そうぺこな、悪りぃ」

 

 2人の掛け合いを一同は不思議そうに眺めた。

 気持ちがどれ程早ろうとも莉々華が動かない限り話は進展しない。一同は多少の不満を感じつつ、マリンの登場を待った。

 

 そして約5分後――玄関の扉が大きな音を立てて開いた。

 皆の視線が弾かれる様に集中する。

 ゆらりと揺れる赤く短いツインテールの一方が真っ先に目についた。

 

 扉が全開になるとその姿は顕になる。

 

「マリンさん――!」

「来ましたね」

 

 歓喜するおかころが顔色を伺う前に駆け寄る。

 莉々華は当然だと胸を張ったまま顎を引いた。

 

 マリンは太陽の眩しさに目を細めていた。

 

「これで全員集合」

 

 莉々華は早速手を掲げて中央に立つ。

 マリンが玄関の取手から手を離すと勝手に閉まる。

 憔悴した様子は薄れ、心無しか身長が伸び、胸がデカくなっていた。

 

「……サングラスの人」

「――はい」

「名前、何でしたっけ」

「莉々華です」

「そうですか。じゃあ莉々華さん」

「はい」

 

 微量の空気を吸うととても新鮮な味がした。

 

「私は人を殺すことが嫌いです。でも、この二人を死なせない為に叛逆に参加します」

「分かりました。あなたの使い方、じっくりと考えます」

 

 2人のやり取りを聞いてぺこらは小首を傾げた。

 それを間近で見たシオンも同じ仕草をした。

 

「さて! では早速叛逆について、詳細を話していきます」

 

 ぱちんと手を鳴らして注目を集め直す。

 莉々華を取り囲む様に一同が輪を作って並ぶ。

 目のやりどころに悩みながら、莉々華は口を開いた。

 

「まずは根幹となる『呪いについて』」

 

 ごくりと息を呑む音が重なる。

 

「約1000年前、呪いは突如として生まれました」

 

 莉々華はミオを一瞥した。

 

「これは周知の事実だと思います」

「まあ、学校でも習うからね」

 

 細かい誕生理由などは聞かされず、ただそのくらい前に発生した、と教え込まれるのだ。

 

「呪いの誕生は本当にこの伝承の通りで、ある種の人間の進化の様な物なんです」

「進化……?」

「はい。1500年前は戦いの世。その中で淘汰されない為に人間が徐々に進化して生まれたのが呪いなんです」

「種類は随分と多岐に渡りますけど……そんな進化の仕方がありますか?」

「いや、私に言われましても……そう言う歴史なので何とも」

 

 納得し難い解説に難色を示す聴者達。

 ヤジを飛ばされるがそれ以上の説明が不可能で莉々華も唸っていた。

 

「そ、それで――これが重要なんですけど」

 

 と莉々華は明白に話題を逸らした。

 呪いの誕生自体は周知の事実で、誰も疑ってはいない。

 ここで墓穴を掘っては元も子もない。

 

「この呪い。実は他人に継承する事が出来るんです」

「――?」

 

 多くの者がぽかんと口を開けて呆けた面をした。

 ぺこらがそんなシオンの顔を見て微笑む。

 

「私はらでんから『知識の呪い』を継承しています」

 

 莉々華が右手に巻いた高価な腕時計を外し腕の印を皆に見せつける。

 そこには本の形をした刻印があった。

 

 しかし、ぺこら以外はらでんの刻印を見た事がない。刻印を見せられてもぴんと来なかった。

 

「らでんちゃんの刻印はぺこーらが知ってる。全く同じ形だったぺこ」

 

 莉々華の目配せに合わせてぺこらが証明した。

 莉々華への信頼はまだ薄いが、ぺこらへの信頼は絶大。

 現在の叛逆の牽引者は間違いなくぺこらだ。

 

「じゃあ……」

「本当に?」

 

 半信半疑ながらもマリンとシオンが息を呑んである可能性を浮上させた。

 

「あくあさんは神の一団に居たからこの事も知っています。が、継承はしていません」

「……そっか」

 

 シオンが全身を確認しようと服を捲り出したので莉々華が逸早く答えて制止する。

 

「それと、一般人がこの事を知るのはまず不可能です」

 

 分かりますね?と視線でマリンに伝えた。

 かなたが呪いの継承を知っていた筈がない、と。

 実際問題、マリンを含め叛逆者組は誰も知らなかった。

 ぺこらと青がこの事実を知ったのも、莉々華と出会ってからだ。

 

「……待って。でもそれ……ヤバくない?」

 

 自身への継承はないと知り、シオンは早々に意識を切り替えた。

 そして気付く大問題。

 目を見開いて声を張った。

 

「星街すいせい、鷹嶺ルイ、大空スバル、を倒した訳だけど――全員継承してるんじゃ――!」

 

 倒した呪いの復活。

 それが実現可能なら、どちらの戦力もある意味これ以上尽きない。

 

「いえ。私が確認した限り星街すいせいと大空スバルの呪いは、誰にも継承されていません。鷹嶺ルイは呪いの性質上、私にも分かりませんけど」

「……! ミオ、もしかしてあの子達って!」

「ん? あ、あの2人⁉︎」

「――あ、僕たちが遭遇した2人だね⁉︎」

 

 呪いの継承、と言う性質からトロイア戦争の最中で遭遇したポルカとルーナを頭に浮かべる。

 ルーナは不思議な力を持っていたが、ポルカは違った。

 そしてあの時のぼたんの様子から、神の一団には継承先候補が複数存在する、と推測できる。

 

「4人の想像通りです。神の一団にはインターン生と呼ばれる方が在籍しており、トロイアから3キロほど離れたインターン生宿舎で生活しています」

 

 つまり、呪いを引き継がせる為の存在が神側には複数居る、と言う事。

 叩くならそこからだ。

 

「それで……呪いの消滅ってのはどうすれば実現するぺこ?」

 

 話が長引かない様、ぺこらが核心に触れて莉々華に質問した。

 動揺が広がって騒めいていた者達も一瞬で口を閉ざす。

 

 莉々華は一拍置いて力強く答えた。

 

「――神である『さくらみこ』を殺す。これが唯一の手段です」

「「――⁉︎」」「……」

 

 更なる動揺が広がった。

 マリンの目付きは鋭く、フブキとミオは逡巡し、ぺこらは訝しげに眉を寄せる。

 

「あの……どうしてみこさんを殺すと呪いが消えるんですか?」

「すみませんがそれは言えません」

「へ?」

 

 途端に動揺の波紋は疑心へと姿を変えて伝播する。

 人を殺す指示をしておきながら、理由は内緒、なんて余りにも質が悪い。

 

「さくらみこを殺す、と言ってもただ殺すだけでは呪いは消えません。定められた手順を踏んで、条件を満たした時初めてそれが可能となるんです」

「ならその手順か条件くらい……」

「気持ちは分かります。ですが手順と条件を話すと成立しなくなるんです。強引ですが信じてください」

「…………」

「らでんも同様に隠し事だらけでしたが、きちんと皆さんの味方でした。私も同じです。延長線上にあると見て、ここはどうか信じてください」

 

 莉々華が深々と腰を折り、頭を下げる。

 らでんの信頼の元に、と頼まれると弱るのが現実だ。

 しかし、らでんは凡ゆる可能性を見据えて行動を起こす存在。ここまでのプロセスが叛逆者の為である様に見えて、本当は敵だった……なんて結末さえ用意できる。

 この筋書きがらでんの思い通りなら、彼女が真に誰の味方なのかはまだ判断し兼ねる。

 盲目的な信仰は何より危険だ。

 

 その上でぺこらの表情を見れば、誰もが信頼したくなくなる。

 だってぺこらは……不審げに眉を寄せて耳を曲げているのだから。

 

「…………」

 

 誰1人として軽々しく信じるなんて言わない。

 胡乱な視線で莉々華を串刺しにして攻撃していた。

 

「ん。まあ……らでんちゃんの信頼の下、ぺこな」

「っ…………ありがとうございます、ぺこらさん」

 

 静寂を破るぺこらの一言。

 莉々華を信じる根拠はまだ足りないが、らでんの選んだ人材なら信じる、とぺこらが判断した。

 実質的な叛逆の首謀者となったぺこらの声は、仲間にも伝染する。

 

「ぺこちゃんが言うなら、シオンも」

「……うん。実際他に、手段とか浮かぶ訳でも無いから」

 

 と曖昧ながら賛同よりの意見を表明した。

 

 莉々華の頭がやっとの思いで上げられる。

 叛逆者の最終目的はみこを殺す事に決まった訳だが、彼女は容易く殺せる人では無い。

 それなりの作戦を練って叛逆へ挑む必要がある。

 

「それで、作戦についてなんですが――すみません。作戦を練るのに少し時間がかかります」

「――うん。それは仕方ないよ。それで、どのくらい掛かるの?」

「……早くて、1週間」

「1週間⁉︎ 何でそんなに‼︎」

 

 莉々華が早々に詫びを入れ、周囲もやや寛容になったと思ったが、その日数に仰天してフブキの声が大きくなる。

 莉々華は陳謝した。

 

「ごめんなさい。実はこれから1人、こちらへ引き込みたい人が居るんですけど……遠方の街の外れに住んでいまして、往復と交渉に時間が……」

「いや…………仕方ない、けど……」

 

 テンポの悪さに悪態を吐きたくなった、が我慢。

 知識の力無くして叛逆は成立し得ない。

 

「出来る限り早めに戻ります。なのでそれまでここで待機してもらえませんか?」

「うちたちは良いんだけど、ノエルさん達が許すかどうか……」

「じゃあ、そこはぺこーらが交渉しとく。莉々華ちゃんは早く交渉に行って来な」

「あ、あの……それで……えっと、ぺこらさんにも協力を、仰ぎたく……」

「――――」

 

 結局、交渉の鍵はぺこらの財源。

 人を操る上ではお金を使うのが最も有効な手段。

 ぺこらはシオンの目を見た。

 小さなきりりとした眉毛が可愛い。

 シオンが優しく頷いた。

 

「――おけ。でも先にノエルさんと交渉してくる。すぐ終わるから待ってて」

 

 ぺこらが玄関を開けて宅内へと消えていった。

 その背を見送ると青が一呼吸置いて口を開いた。

 

「莉々華ちゃん。僕は叛逆に賛成とは言ったけれど、戦える人間じゃない。だから申し訳ないけれど、僕はサポートに回らせてもらうよ。『記憶を見る力』や『イケメン要素』が必要になった時はいつでも声を掛けて」

 

 イケメンが必要な局面は永遠に訪れる気はしないが、記憶を見る機会は何れまた訪れるだろう。

 その際にも勿論、本人の承諾が必要だがそれさえあれば青はいつでも記憶の開示を行う。

 

「分かった。なら……私たちと一緒に来て。一旦家まで送る」

「ありがとう」

 

 フブキ達と相性の悪い青を下手にこの場へ居候させる利点が無いので、莉々華と共に場を離れる事に。

 これ以上は話し合いの意味も無いと見て、マリンは1人何処かへと歩き出した。

 その背をおかゆところねが子供の様に追いかける。

 恐らく、墓参りだ。

 

 シオンは律儀にぺこらの帰りを待つ様で、じっとその場に佇んでいる。

 その隙を見計らってミオがそれとなく、じりじりと距離を縮めて――。

 

「あの……シオンちゃん」

「ん? 何?」

 

 突然小心者になって機嫌を探りながら呼び掛けた。

 シオンの声音に毒気は無く、特有の半眼にも棘は見受けられない。

 

 蒸し返す形になり気が引けたが、今後の関係の為にもミオは勇気を持って切り出した。

 

「昨日の……口喧嘩した時の事で……」

「…………」

 

 そこまで触れるとシオンは急にむっとして表情と空気を張り詰めさせた。

 莉々華と青が面白半分に経過観察している。

 フブキは心の奥底でミオを応援しながら見守っている。

 

「その……ごめん……。何も知らないのに、悪口言って……」

 

 昨日とは違い、ミオは誠心誠意謝罪した。

 

 内心ミオは自分が特別な存在だと思っていた。

 呪いが生まれて、殺されかけて、国を逃げて、叛逆者になって……こんな人生を送ったのはきっと、ミオとフブキだけだと思っていた。

 だがそれは誤りだったと、あの記憶を見て気付いた。

 だから今こうして謝っている。

 

「いいよ……もう忘れてたし」

 

 これ以上の深掘りを拒んでシオンは謝罪を受け入れた。

 本音を言えばシオンにも謝ってほしい所だが、指摘してもまた火種を撒くだけ。

 ミオは黙って身を引いた。

 大人な対応にフブキもにっこり。

 

 そこへがちゃっと玄関の扉を開けてぺこらが戻って来た。

 

「お待たせ、話は……つけたけど。シオンちゃん?」

 

 現場を一目見てシオンの異変に気付いた。

 距離を詰めすぎない様、遠慮がちに尋ねる。

 

「ん? どうかした?」

 

 虚勢には見えない振る舞いにぺこらは目をぱちくりさせた。

 

「いや……何でもないよ。それより莉々華ちゃん、もう出る?」

 

 気掛かりだが不祥事ではないと判断し頭を切り替える。

 消えた3人には触れず視線を莉々華へと向けて確認を取る。

 

「はい。善は急げ、ですので」

「おけ。んじゃ、脱兎の如くな」

「青さん」

「ん、ああ、ええっと……うーん……」

 

 莉々華、ぺこら、そして青へとパスが回される。

 2人がそそくさと車に向かう反面、青は佇んで難しい顔で唸っていた。

 莉々華が怪訝そうに顔を顰めて青の思考を下ろしてみた。

 

「ことわざ探さなくて良いから! 早くして!」

「ええっ! 流れ的に何か言えって事じゃないの⁉︎」

「もう‼︎ おふざけは顔だけにしてよ‼︎」

「え、僕そんなにかっこいい? 照れちゃうなぁ〜」

「茶番はええっちゅうとんねん! 早よせいど変態が‼︎」

 

 莉々華とぺこらの怒号にも澄まし顔で応対するが、見方によってはいじめの構図。

 青も邪険にされると分かってナルシストしている為、本人は寧ろそれを望んでいるのかも。

 

「ん〜、青天の霹靂‼︎」

 

 ぱっと頭に浮かんだ青の付くことわざを意味も無く吐き捨てて、青は車の助手席に乗った。

 本人も、一体何が青天の霹靂なのかは考えていない。

 因みに乗車の配置については莉々華が運転席で、ぺこらは後部座席(莉々華の背後)。

 

 奇妙な会話の展開に置いてきぼりにされて、ミオ、フブキ、シオンがぽかんと口を開けて呆けていた。

 車のエンジンがかかると反射的に意識が戻る。

 莉々華が運転席と右後部座席の車窓を下す。

 

「それでは出来るだけ早く戻りますので」

「待ってて、シオンちゃん」

 

 皆にひと時の別れを告げる莉々華に対し、やはりぺこらはシオンだけに。

 一様に首を縦に振り、通行の妨げにならない位置へずれる。

 

 車は道路へと出ると猛スピードで田舎道を突っ切って行った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 莉々華の車は数時間かけて山道やら平野やら一般道やらを通り、青の自宅へと到着した。

 玄関前で青を下ろし、簡単な挨拶を済ませて車はすぐに再発進。

 莉々華とぺこらを乗せて交渉相手の下へ。

 

 だが、1日で到着する距離ではない。

 国を出た頃に日が落ち、車は明かりのない平野を突っ切っていた。

 真っ暗で平坦な道をライトを頼りに進んでいると、見計らった様にぺこらが声を発した。

 

「莉々華ちゃん。ひとつ聞きてぇんだけどさ」

「はい、何でしょう?」

 

 眠くなり始めていたので、莉々華は丁度良い目覚ましに耳を傾ける。

 

「さくらみこを殺せば、呪いが消えるって話ぺこな?」

「はい。手順と段階を踏んだ上で、ですが」

 

 朝方、叛逆者全員を交えて話した内容だ。

 そこに嘘偽りは無いので莉々華は躊躇なく首肯した。

 

「……」

 

 だが、当時のぺこらの反応を思い出して息を詰まらせる。

 ぺこらなら無条件で信じてくれる、と勝手ながら思っていたが、妙に懐疑的だった。

 

「やけに食い込んでねぇぺこか?」

「――? どう言う意味ですか?」

 

 らでんのあり方に倣ってぺこらの思考は基本下さない。

 だから意図を汲み損ねた。

 眠くて脳がぼけているのだと信じたい。

 

「らでんちゃんが言ってた。さくらみこは自分に関する情報を魔術で保護してるから、知識の力でも情報を下せねぇって」

「…………」

「なのにそんな入り組んでそうな情報……どうやって得たん?」

 

 前任者のらでんも、内通者だったあくあもそんな事、一度だって口にしていない。

 恐らく2人とも知らなかったのだ。

 

 では何故、継承したてで叛逆に参加したばかりの莉々華がそんな知識を持っているのか。

 あくあの他に内通者が居るとも思えない。

 

 ぶろろろろ……と車のエンジンが弱まって、やがて停車した。

 暗い平野の真っ只中に……。

 ハンドブレーキをかける音がよく響いた。

 

「……ぺこらさん」

「……っ。な、なに、ぺこ……?」

 

 真っ暗闇の中、莉々華が振り返る。

 色の判別が付かず、引き攣った作り笑いに背筋が凍った。

 

「そう言うの『野暮』、って言うんですよ」

「――――」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。