天界――インターン生宿舎リビングに神の一団とインターン生が集う。
食卓の7席にみこ、そら、こより、ぼたん、トワ、ちょこが座り、リビングのソファにまつり、ポルカ、ルーナ、ねね、ラミィが座る。
大半のメンバーの面持ちが優れない中、ぼたん、みこ、こよりの表情は平常通りだった。
「まず初めに言っとくにぇ。しばらくここを神の一団の拠点にする。みこたちも出入りするから知っといてにぇ」
「「「「はい」」」」
ルーナ以外のインターン生の返事が重なる。
ぼたんが不機嫌に目を細めた。
「じゃ、最初の議題、ッて言うか決定事項の伝達。空席となった『羨望』の2席と『恐怖』の1席に着くやつが決まった。順に発表するから呼ばれたら立て」
ルーナ以外が首肯する。
そんな不敬を見逃してみこは続けた。
「『恐怖』担当は獅白ぼたん。その補佐に、尾丸ポルカ」
「はい」
不満を一切感じさせない返事。
ソファから勢いよく立ち上がり、ぼたんの席の後ろに立つ。
「遠慮せず座れよ」
「……あと1席しかねェから、あたしはいい」
食卓の空席を勧めるぼたん。
簡単に断って押し黙り、両手を背中の後ろに回す。
一先ず視線は斜め上へ持ち上げた。
「『羨望』担当、雪花ラミィ」
「――はいっ!」
緊張で声が上擦った。
ねねが小馬鹿にしてにひひっ、と笑う。
「その補佐、桃鈴ねね」
「へ⁉︎」
「……」
「立ちなさいよ」
「ぇあ! はぃっ!」
面食らって腰を上げられなかったねねをラミィが小突いた。
ラミィよりも珍妙な声を上げて立ち上がる。
ポルカの動きを真似て食卓の空席まで歩み寄り、佇む。
2人でじっと空席を見つめて一同を見渡す。
冷や汗が溢れ出た。
「……ラミィ座りなよ」
「え……ねねが座んなよ」
「……どっちでもいいから座れよ」
「おまるんこそ……」
張り詰めた空気の中で席の譲り合いが発生。
小声で互いを小突き合うラミィとねねにポルカが催促すると、当然のように反撃された。
見兼ねてみこが口を挟む。
「ラミィ。『羨望』担当はオメェだ。オメェが座れ」
「――はい」
有無を言わさぬ神の一声。
空席にラミィが座す事で空気が幾分か軽くなる。
ラミィは居心地悪そうに何度も座り直した。
「これが新しい神の一団だ。何か質問はあるか?」
「「…………」」
主に新メンバー3人に視線を送り確認すると、約2名の葛藤は一目瞭然だった。
みこが髪を掻き上げると猫型の鈴がチャランと鳴る。
「なんか質問があんのか、2人とも」
「……いえ……ラミィは、ないです」
「ねねも……」
加入したてで反論など出来ず、閊えた言葉を喉の奥へと突き落とす。
表情に暗い影を落とす2人の姿が不憫で、みこは一瞬視線を外した。
その先に偶々そらがいて、悲哀に満ちた瞳を見られてしまう。
更に視線を逸らした。
だが――次の瞬間には2人に向き直る。
「なにかききたいんだよにぇ? いってみな」
赤子が赤子をあやしているみたいで面白かった。
そらとこよりがクスッとし、ぼたんは鼻で笑う。
こよりは眼鏡の位置を直してみこをしっかり視界に捉えた。
「えと、じゃあ……ラミィ達を選んだ理由、は……?」
「――」
間髪入れずに答えてしまいそうだった。
予測された質問で、準備万端だった解答。
だが疑問をねじ伏せる勢いで答えては、余計な威圧感を与えてしまう。
みこは敢えて2度呼吸して間を開けた。
その後短い舌を大きく使って、一言一句を丁寧に――
「ん。それはラミィたんが思ってる通りで、ラミィたんが唯一呪いを持つインターン生だから、『羨望』に抜擢したんだよ」
「じゃあ、ねねとおまるんは?」
みこの語調が和らいで緊張の解れたねねが加えて尋ねた。
揺らぐ萌葱色の瞳を見つめ、みこは首肯する。
ラミィのハート型のアホ毛がぴこっと跳ねた。
「ぽるぽるはぼたんたんが指名してたから。ねねちを選んだのは、ラミィたんとの相性を考慮した結果だにぇ」
「……なァみこち。口挟んで悪りィんだがよ、ルーナをチームに突っ込まねェ理由は何なんだ?」
「――」
言葉一つにも細心の注意を払って説得するみこへ、乱暴に投げかけられた疑問。
それはぼたんからだった。
バツが悪そうにポルカが顔を顰めた。
「理由は2つ。まず1つはルーナのバリアの力が如何なるものか、誰にも分からにぇェッて事。バリアの展開に代償を払ってる可能性だってあるから慎重に行きてェ。2つ目は連携が取れにぇェ事。宿舎待機の命令無視、その他の周囲を危険に晒す無謀で身勝手な行動が目に余る。これじゃァ今チームに入れても真面に機能しない」
痛烈な批判を正面から受け止めてもルーナの態度は変化しなかった。
今の傲慢な態度こそルーナを一団に組み込めない最たる理由である。
その理由を聞けて満足したのか、ぼたんはダラッと椅子に凭れた。
ラミィとねねもバリアの存在を考慮すればルーナを選ぶべきと見ていたが、性格面の不適合度合いを聞き納得する。
ぼたんとルーナを相手とした事で語気が増したみこに、ラミィとねねは萎縮してまた口を閉ざした。
みこは自重して声を抑え、小さなサイドテールに触れて気を紛らす。
「……新体制で戸惑う事もあると思うけど、皆少しずつ慣れてッてにぇ。それで、育成と仲間の理解を深める為に、班分けする事にした」
「班分け?」
「ぽるぽる、ラミィたん、ねねち。オメェたちはぼたんたん指導の下トレーニングする様に」
「「はい」」「……はい」
ポルカは不服そうだった。
逆にぼたんはニヒッと笑みを深める。
「まちゅり、ルーナたん。2人はちょこてんてーとトワの指導の下トレーニングする様に」
「分かった」「ふん!」
ルーナが膨れてそっぽ向いた。
「片方がトレーニング室にいる間、もう一方は入らにぇ様にな」
神の遣いとインターン生でチーム分けし、トレーニングの内容を変更。トレーニングに水を差さぬよう基本的にトレーナー以外の侵入は禁止とした。
ポルカは益々不満げにルーナの膨れ顔を見つめた。
「叛逆者の動向が確認しづらくなったから、いつ仕掛けて来るかの予測が難しい。みこたちも対策は練っとくけど、出来るだけ早めに仕上げといてにぇ。叛逆者はそう待ってはくれにぇから」
「分かったわ」「あいあい」「…………」
三者三様の相槌。
正気の無いトワの首肯に誰もが憂慮を見せた。
「……じゃあ一度解散。トレーニング室の使用時間については、2人でよく話し合って決めてにぇ」
指導者となるちょことぼたんに一任し、会議を一度締めた。
インターン生とぼたん、ちょこが1箇所に固まって打ち合わせを始める。
ルーナに駆け寄ろうとするポルカを捕まえて、ぼたんが豪快に笑っていた。
些細な喧騒を他所にみこはそらとこよりに指示を出す。
「2人はハナレで待ってて。みこもすぐ行くから」
「分かった」「承知しました」
そらとこよりが玄関へ。
リビングからその背が消えると、みこは意気消沈したトワの傍に立ち、肩に手を乗せた。
「トワ。大丈夫か?」
「ァ……あァ……」
喉が腐敗した様に掠れた声で鈍く首肯されても、到底安心できない。
「おい逃げんなよポルカァ!」
「鬱陶しいッての」
「ちょっと! 打ち合わせ中よ」
「ルーナ……」
「いや‼︎ 先生はしゅばがいい‼︎」
打ち合わせ組の脱線し始めた会話が騒々しい。
あの会議は難航しそうだ。
「……トワ。場所移そうか」
「……ォン」
機転を効かせたみこはトワに肩を貸して2人で二階へ上がった。
玄関側の廊下に出ると喧騒が扉で遮られやや静まる。
そこから二階へ上がれば、もうぼたんの笑い声しか聞こえない。
ヨタヨタとトワの重たい足取りに合わせて二階の廊下を進み、至って普通の個室に入った。
トワをベッドに座らせて、みこは椅子を引っ張り出す。そしてトワの正面に座した。
「すまにぇな。あくあの件黙ってて」
「…………」
着席後の開口一番、みこは謝罪から入る。
「早い段階から裏切りの可能性は考慮してたんだけど、トワに知らせると動きの質が下がると思ったんだ。ミス……とは言わにぇェが、みこのせいだ。すまにぇェ」
「…………」
みこは自称神の威厳なんて捨てて、深々と頭を垂れた。
チャランと巫女服の鈴が鳴る。
トワはみこを見つめた。
頭の天辺のアホ毛がみこみたいに頭を垂れている。
みこは何一つ悪くない。
にも関わらず誠心誠意謝るものだから、トワに罪悪感が芽生えて一層鬱屈としてしまう。
「いいんだ……」
「――――」
「ただ…………トワがバカで、単純だったから……騙されてただけなんだ」
あくあが敵だった。
この現実はとっくに受け止めて、呑み込んで、決別した。
トワを苦しめているのはあくあが敵だった事では無い。
右手で瞑った両目を覆う。
強く歯を噛み締めて震えながら想いを紡ぐ。
みこは顔を上げた。
「でもッまさかァ……さァ、ッ…………2人して居なぐなるッ、なんでッ゛、思わながっだんだよッ…………」
「――――」
「あァ……ッァあァ……‼︎」
感情が決壊してトワは子供の様に泣きじゃくる。
トワの感情の吐露を目の当たりにするのはみこも初めてで動揺した。
紫の煌びやかな髪に手を伸ばし――引っ込める。
本心では励まして、慰めてあげたい。
だけどこんな地獄に友を放り込んだのはみこ自身。
ここまで死んだ仲間も、これから死ぬ仲間も――全部みこのせいで死ぬのだ。
「トワ」
「あゥッ……ん、ァ……?」
「後輩たちの事、好きか?」
「……ん、……ゥ、ん……」
グシャグシャと両目を擦りながら何度も頷いた。
みこは嬉しくて笑みが溢れた。
「じゃあ、あいつら護ってやろう。にぇ?」
「んッ……んん…………」
「ねねちとかさ、トワの事慕ってんだ」
「……ん」
「それとも……本当に辞める?」
「ッ――――」
希望を持たせようと語りかけるもトワの返答は弱々しい。
だから最後に少し突き放してみた。
既に1人、脱退者も出ている。
トワの脱退は激しい戦力低下に繋がるが、それを本人が望むのならみこは咎めない。
「あやめにもトワにも――勿論ルーナやポルカ、その他全員にも、悪い事をしたと思ってる。だから辞めたいッてんなら、みこは引き止めにぇェ」
「いやッ…………でも、そんなッ……」
トワが急に落涙を抑えて顔を上げる。
赤らんだ目が揺らいでいる。
呼吸の乱れが激しい。
「ん。トワが抜ければ、次の戦いは悲惨な結果になる」
「ァ……ゥ……なん、で……そんな事言うんだよォ……」
新たな感情の波に抗えず、トワは再び涙する。
みこも泣きたい気分にさせられた。
トワの性格を理解した上でこんな事をしているのだから、みこも身を切られる思いだ。
「辛いのは分かってるつもり。でも泣いてる暇も悩んでる暇もにぇェんだよ。奴らはまた仕掛けてくる。次の叛逆に備えて策を練らなきゃいけないし、付け焼き刃でもインターン生の育成が必要なんだ」
「ッ…………ぐ、ゥ……」
「トワが必要なんだよ。うちには」
こよりの頭脳を持ってしても覆せない戦力差が生まれた時、神の一団は全滅する。
計略の力は必ずしも勝利へ導く力ではない。
こより視点で、その場凌ぎの最適解を導き出す力。
場合によっては、最適解の中で仲間を切り捨てる選択を強いられる事も。
「トワ――頼む」
「う……」
「次で終わらせてみせるから」
みこはただ1人の人としてトワに頼んだ。
戦争を終わらせると、みこは覚悟の瞳を見せる。
「……ッ、分かった」
トワは力無くみこを見つめた。
「じゃあ、マジで――頼むぞ、みこち」
「――ああ。ありがとう」
苦しい想いはもう、嫌だから。
大切なものを失うのはもう、嫌だから。
誰だって戦う。
――――――――――
ノエルの家にフブキ達が居候を始めて1週間。莉々華達と別れて6日が経過した。
昼下がり。
マリン、おかゆ、ころねが日課となった墓参りに向かい、フブキ、ミオ、シオンは暇潰しにノエルの畑仕事を手伝う。
「あぁちょっと、そこの土踏まんとって! 種蒔いたとこやけん」
「え、っと……」
「ちょちょちょ! そっちもダメ!」
足の踏み場が分からず戸惑うフブキに腹を立てながら道を示すノエル。
シオンがジョウロでテキトーに水を撒いていた。
「こらこらこら! そこには水掛けんで! っちゅーかジョウロじゃ日が暮れるよ!」
「いいじゃん。このジョウロ可愛いし」
ジョウロの見た目だけが判断基準。
ジョウロ一杯分の水を撒ければシオンは満足で、それ以上を手伝うつもりは無かった。
サイズの大きい緑色の「ゾウロ」を水汲み場に戻すとトマト畑へと足を運ぶ。ただ赤と緑のカーテンを眺めるだけで、何もしない。
「ああああ‼︎ それは新芽! 抜いちゃダメ‼︎」
「そ、そうなの? 雑草かと……」
「ミオはおっちょこちょいですな〜。よっ……あれ?」
「があああああ‼︎」
新芽に手をつけるミオに忠告するとフブキが揶揄う。
ながらで作業するフブキが中程度の雑草(?)を抜くと、やや太く長い白の根っこが顔を出した。
成長途中の大根のようだ。
「もう雑草抜きはええけん! ホース使って水あげちょって!」
これ以上畑を荒らされては困るので、水道前のホースを指して別の指示を下す。
フブキとミオは「はーい」と良い返事をしてぱんぱんと手に付いた泥を払う。
何故かにおいを嗅いで、肥料と植物の混濁したにおいに「うぎゃ〜」と悲鳴をあげていた。
農家本人の前では非常に失礼な態度である。
蛇口にコネクターを差して水道を捻る。
散水ノズルを握ると勢い良くストレートが放たれた。
「ばばばばっ」
壁に直撃して跳ねる水飛沫を浴びながら急いでノズルを捻る。
ストレートからシャワーへ。
水圧が分散されて勢いが弱まる。
(流石にね)
まさかストレートの状態で水遣りなんて、と思ったが杞憂だったようだ。
ノエルはほっと胸を撫で下ろし雑草抜きに勤しむ。
「ぶしゃぁぁぁぁ〜」
効果音を口にして適度に放水。
葉っぱに生まれる水滴の斑点が様々な角度から陽射しを反射して光り輝く。
気分上々で水遣りを進め、植物が自分の身長よりも高い面へ移る。
ホースの角度を上げて雨を降らすように水を撒いていると――
「ゃっ‼︎ ちょっとー‼︎」
緑の幕を挟んだ反対側にシオンがいたらしく、頭から水を被せてしまった。
「ごめーん! でも水も滴るいい女って言うでしょー?」
「言わないけど⁉︎」
「まあまあ、その辺の野菜でも食べて落ち着いてもろて」
「食べんでよ‼︎」
聞き耳を立てていたノエルからしっかりと怒られた。
あははと笑って水撒きを再開する。
フブキはホースをミオに渡した。
ミオはなんとなくノズルを回してシャワーからキリへと変更した。
ごごごごごごご…………
「「「「――?」」」」
不意に大地が唸る。
唸り声は次第に強くなり、地に立つ4人の全身も震え出した。
「なっ、なに⁉︎」
「地震だっ‼︎」
ホースの水を止めてその場にしゃがみ込む。
ミオはホースを投げ捨て、フブキと手を繋いで身を寄せ合った。
「シオンちゃん平気⁉︎」
「大丈夫」
声を張り上げて姿の見えないシオンの安否も確認。
揺れが止まない。
それどころか勢いは増して行く――
ばごっ――
「「「――⁉︎」」」
フブキ達のいる野菜畑に突如穴が空いた。
陥没した――のではなく、地中からの衝撃で土や野菜が空へと吹き飛ばされたのだ。
湿った肥料入りの土と野菜が宙を舞う。
「ああああああああ‼︎」
ノエルの悲鳴が上がった。
「ぃよっこいしょー」
「ひゃぁあああ‼︎」
続いてシオンの悲鳴も上がる。
「シオンちゃん⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「すん、すん……うぇ、なんかくちゃ〜い」
記憶に無い穏やかな声がした。
地震は収まったが緊急事態は続いている。フブキとミオは野菜よりもシオンの命を優先した。
野菜をへし折って隣の通路へ突撃。
シオンが腰を抜かして土に尻餅を付いている。
「大丈夫シオンちゃん‼︎」
「う、うん……」
口をあんぐりと開けて見つめる視線の先を追うと……黄色い生命体が蠢いていた。
目を凝らして見ると黄色い物はその人の髪。
頭には巻いた2本の角が生えており、横から垂れる耳もある。
獣人だ。
「ほんとだ。肥料のニオイ?」
先程と同種の声色が穴から響いたかと思うと――ひょこっと1人の女性が飛び出てきた。
「あぁ……ぁ、ぁ……」
「おぅ……ここ畑じゃん」
「おお〜美味しそうだねぇ〜」
周囲を見渡し一面の緑を視認し、理解した。
黄色の女性が近場のトマトに手を伸ばし容赦も遠慮もなく捥ぎ取る。
水遣りをしたばかりなのでぴかぴかだ。
女性はぱくりとトマトを口の中に閉じ込めた。
情報処理に難航していると――穴から更に手が生える。
高価そうな腕時計を付けた右手。
「よっ――えぇ⁉︎ 畑に出たの⁉︎」
「「「――――」」」
見覚えのある容姿と聞き覚えのある声。
野菜に囲まれた環境を前に女性――一条莉々華は仰天する。
畑に出た――それはつまり……
「ちょっと‼︎‼︎‼︎」
ノエルの逆鱗に触れると言う事……。
「の、ノエルさん……」
莉々華の口角が引き攣ってぷるぷる震える。
背後の女性2人は全く意に介していない。
「突然戻って来てこの当てつけはなんよ⁉︎ 家貸したのに‼︎」
「いや、これは私じゃなくて……」
「直して‼︎」
「――?」
「早よ直して‼︎」
「は、はいぃ‼︎」
ノエルの怒号に反論できず莉々華が責任を負わされる。
莉々華は振り返って黄色の巻き角女性に指示した。
「この穴塞いでください。あと畑の土地もちゃんと均して――」
「ふぉ……?」
女性がもごっと何か言って首を傾げる。
ノエルを益々刺激してどうするのか。
「あ・ん・た・ねぇ〜〜‼︎ 人の農作物勝手に食べるんじゃ無いよ‼︎」
堪忍袋の緒が切れていた――当たり前か……。
鬼の形相で女性の巻き角を掴み眼前に顔を寄せる。
女性も漸くノエルに怯え始めた。
がくがくと肉食動物の餌食となったように震え、かたかたと歯を鳴らし。
「ぶふっ――‼︎」
恐怖心で喉が詰まって咀嚼中のトマトを唾液ごと吹き出した。
眼前のノエルが躱しきれるはずもない。
「「「「「…………」」」」」
皆一斉に2人から距離を取った。
ぴちゃぴちゃとトマトの種入り汁がノエルの顔から滴る。
「…………わ、悪くないよねぇ?」
「…………」
皆一斉にもっと距離を取った。
「おんどりゃぁこのひつじぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎‼︎」
荒れ狂うノエルの背負い投げ?が炸裂。
角を引き千切る勢いでひっくり返すと馬乗りになって拘束する。
「フレアぁぁぁぁぁ‼︎」
外出中のフレアの名を叫ぶ。
「この家畜! 今夜の献立に捻じ込んでやるっ‼︎」
「ひぃ〜! お助けぇ〜!」
今夜の晩御飯は羊料理になるらしい。
シオンは羊肉を食べたことがないので少し興味が湧いた。
でもやっぱり獣人は食べたくない。
「ま、まあまあノエルさん。一旦落ち着いーっ!」
「これで落ち着けって⁉︎⁉︎?????」
「いやほんと、ごめんなさい‼︎ でも悪気はなかったんです‼︎ どうか‼︎」
「莉々華ちゃんもっと言ってぇ〜」
「ああん? 随分と減らず口が止まらん羊じゃねぇ〜?」
「わためさん! ややこしくしないでください‼︎ って言うか早く土地を直してくださいよ‼︎」
「ほぉ〜ぅ? あんたがやっといてその態度とは。大層なご身分じゃねぇ〜、羊のクセに、え?」
「あわわわっ。なおす! 直します! なので、降りてくださ〜い!」
莉々華の宥めも効かない。
ノエルはぎらつく眼光で羊の女性――わためを威圧する。
とうとう威圧感に屈したわためが涙ながらに喚いた。
「――何があったの⁉︎」
そこへ轟音と地鳴りに呼び付けられたマリン、おかゆ、ころねが漸く到着。
憤慨するノエルやら、空いた穴やら、莉々華の存在やら、理解が追いつかずぽかんと口を開けて硬直する。
ノエルはわための角を片方握ったまま立ち上がり、わためを無理矢理立たせる。
「ほら早よう」
「は、はぃ〜……」
ノエルに促されるまま能力を使用。
大地が揺らぎ飛び散った土塊が収束し穴を塞いでゆく。
その際、歪な形に変形した畑も美しく均された。
「よぉし。じゃあ半身で許しちゃる」
「は、半身――⁉︎」
寧ろグロさと惨さが増す。
表情がまるで悪鬼羅刹なので、一概に冗談と判断できず、余計に恐ろしい。
「さて――では一件落着という事で――」
「どこが‼︎」「どこがぁ⁉︎」
ぱちん、と手を鳴らし莉々華が締めの文句を口にすると、ノエルとわためから大バッシング。額のサングラスがずれ、髪型も崩れた。
ノエルは詫びが足りないと叫び、わためは半身も削られたくないと嘆く。
「えぇっと、まあお詫びに関しては報酬を上乗せするとして、今は一旦落ち着いて話し合いを……」
「わためは⁉︎ わための事は⁉︎」
「それは自業自得だから置いときまして――」
「酷い‼︎‼︎」
3人が何をしにここへ来たのか、その理由は明白だ。
誰だって早く――叛逆の計画を練りたいはずだ。
「莉々華ちゃん!」
「――はい」
話が途切れそうな瞬間を狙ってシオンが大きな声を上げた。
莉々華と共に居るべき1人がこの場に居ない。
シオンは今、それ以外眼中に無い。
「ぺこちゃんはどこ?」
「ぺこらさんは体調不良です」
見越していた様に矢継ぎ早に答えた。
至って一般的な欠席理由だが、無性に信用出来ない。
そう感じた者はシオン以外にも複数いる。
「体調、不良……?」
「はい、食中毒です。食に中ったそうで、残念ながらぺこらさんは今回の叛逆には不参加となりました」
「え……⁉︎ じゃあ、今どこにいるの?」
「私の知人の家で休ませてます」
「知人……って……?」
「匿名です」
「「「――――」」」
叛逆者の誰しもが慄いた。
何せぺこらは今や叛逆の主導者。莉々華への信頼もぺこらが居てこそであり、彼女無しではここまで来れなかった。
ぺこら不在では莉々華の信用は再び落ちる。それは莉々華自身も認識している事。
にも関わらず嘘としか思えない情報をつらつらと根拠も無しに述べ、しかも知人は匿名と来た。
「証人ならこちらのロボ子さんが居ます」
「莉々華ちゃん。ボクでもそれは無理があると思うよ?」
「…………」
背後の女性――ロボ子を証人として扱うが当のロボ子に非難されて押し黙る。
ロボ子が一歩踏み込んだので場を譲る。
「ボクはロボ子。よろしくねぇ〜。で、みんなには信じ難いと思うけど、ぺこらちゃんは本当に食中毒なんだよ」
「……何に中ったんですか?」
「生たまご。サルモネラだね」
「罹ったのはいつなんです?」
「発症が一昨日、かな。嘔吐とかもあったからかなり辛そうだったよ」
「大丈夫なんですか⁉︎」
「うん。明日明後日には症状も落ち着いてると思うけど、流石にそんな状態で戦いに参加はできないから」
症状や様子を事細かに説明して叛逆者の疑心を解す。
ロボ子の対応である程度落ち着いた所にもう一度、フブキが尋ねる。
「それで……今いる場所と、看病に当たっている人は……?」
「ごめんそれは言えない。理由も大きくは説明できないんだけど、その人達も今回の作戦に参加するんだよ。但し、秘密裏にね」
「……もう半分秘密裏じゃなくなってますけど?」
「あはは、だから莉々華ちゃんは言いたがらなかったんだよ。でもここ迄ならセーフ、でしょ?」
「……ええ、まあ」
莉々華の表情は随分と険しい。
何やら思い詰めていそうだ。
矢鱈と叛逆に入れ込んでいると見える。
「……分かった。じゃあぺこちゃんは無事なんだね?」
「はい。それは絶対です」
「……よかった」
莉々華の言葉を鵜呑みにするのなら、一先ず安心だ。
「皆さん。これより次なる作戦の伝達を行いたいのですが、前置きしたい事があります」
「……何ですか?」
「作戦は立案済みです――が、秘匿事項が多く、作戦の内容は皆さんに話せる部分が2割、話せない部分が8割程です」
「「「――は?」」」
「その上で叛逆をしていくことになります」
「いや……なんそれ? 8割が秘密? それでどう信じろと?」
割り切って本心を包み隠さず暴露する莉々華に、マリンは攻撃的に言葉を返す。
皆同感だった。
叛逆自体には興味の無いノエルでさえ、滅茶苦茶だと思った。
「では残念ですが、叛逆はできません。作戦は失敗です」
「「…………」」
莉々華がきっぱりと言い切った。
場が凍る。
「少し偉そうな事言いますよ。皆さんは一体、この1週間何をして過ごしていたんですか」
「「――――」」
「戦う準備をしましたか? 自分なりに作戦を考えましたか? 神の一団について、理解を深めようとしましたか?」
「「――――」」
「叛逆の事、舐めてませんか?」
「「…………」」
莉々華の指摘が的中し過ぎで、返す言葉も無くなった。
この1週間ほどの期間、フブキたちがここでしていたのは、ただの暇潰し。
強いて何かを挙げるなら、ころねやおかゆの呪いについて「不思議だね〜」と雑談の話題に放り込んだだけ。
「みなさん――本気で叛逆をする気あるんですか?」
「いや……さ。本気でって言われましてもね、莉々華さんの作戦も分からずに本気で乗っかれとか、無茶振りだと思いますけど」
「順序が逆ですマリンさん。マリンさん達が私の力に頼っていて、作戦立案と叛逆の手伝いを依頼している立場ですよ?」
「いやいや、莉々華さんが叛逆叛逆って言うから私たちが乗ったんですよ? 言い出しっぺはそっちでしょ」
「そうですか。では私の助力は不要ですね。言いそびれてましたが、私の力があれば何時でも神側へと付けますので。私は叛逆にこだわらずとも、あなた達と違って気楽に生き延びることができます。私は正直、呪いが消えようが消えまいが、どっちでもいいんで」
「はぁ⁉︎ じゃあなんで『呪いが消えるかも』とか言って我々を焚き付けたんです? そう言う曖昧な所が信用できないって言ってんですよ」
「らでんが――!」
「……らでんさんが、何ですか? また隠し事ですか? 凄いですね〜何でも知ってる人ってのは。自分がこれからどう動けば良いのか分かるし、誰が何を考えているかも分かるんですから。必死こいて頭使って道を選んでる人には到底理解できませんよ、あなたの理屈は」
「…………私が、頭使って無いと言うんですか」
「おや? 使ってましたか? の割には随分私の事が分からないんですね」
莉々華が歯を食い縛る。
信頼関係の話から相手への嫌味へと主旨がズレた途端、マリンが巻き返した。
頭に血が昇っても、莉々華は拳を力ませるだけに抑える。
ぱちん、とロボ子が手を叩いた。
「はいすとーっぷ! 話題が逸れたよ」
会話の主旨、莉々華の発言の意図を汲んでいるからこその仲裁。
いつの間にか間近に顔を突き合わせていた2人を両手で引き離し、まずはマリンに指を突きつける。
「マリンさんがレスバ得意なのは分かったから、その刃は引っ込める」
次に莉々華に指を突きつける。
「莉々華ちゃん。感情を乗せたせいで思いが先行してるよ。要約要約」
「…………」
「……つかさ。あんたは何よ」
「ボクはロボ子。今回の作戦に参加する、言わば君たちの仲間。それより今言ったでしょ。その刃しまってって。聞こえなかった?」
「――――」
八つ当たり気味にロボ子に突っかかるマリン。
それを見事に宥めすかしてロボ子は場を取りまとめて行く。
「ボクやわための紹介は後回しにして、今は莉々華ちゃんの話を聞こう。途中、話を遮ってでも質問したい時は手を挙げるんだよ。じゃあ、莉々華ちゃん」
マリンの言動を嗜めてロボ子は莉々華に主導権を譲る。
首肯し深呼吸すると、ロボ子のいた位置に立つ。
マリン以外を見回した。
「……皆さんが私を信用していない事は知っています。私にも至らない点は多々あると自覚しています――。でもね、それは私だけの問題じゃない」
胸に手を当てて心を落ち着ける。
感情が先行する人間に、人を纏める事はできない。
「ぺこらさんに言われてらでんを信じた。ぺこらさんが私に乗ったからそうした。そして今度はぺこらさんが不在になったから信じなくなった」
「――いいんですか、そんなんで。みなさんは私に命預けるんでしょう⁉︎ もっと自分の意志を強く持ってくださいよ。死んでから恨んだって遅いんですよ⁉︎」
「作戦中に大切な人が死んだ時、私を恨んで寝返るんですか⁉︎」
「自分の人生なんですよ! 自分の目で見て、自分の頭で考えないと!」
「もっと自分の言動に責任持ちましょうよ!」
感情は適度に抑えられた……と思う。
一区切りつけると微風が静寂を運んできた。
昂る感情を抑制し、緊張で小刻みに震える腕を力ませて誤魔化す。
「本気で考えて、自分の意志を明確に持っているのなら、勝率が2割でも8割でも――秘匿情報が2割でも8割でも、そう簡単に信頼度は揺らがないと思います」
自分の想いを突き詰めて行けば自ずと道は見えてくる。
結果は分からずとも、進むべき道はいつだって自分の手で切り開ける。
「迷うのも、悩むのも時にはいいです。でも迎合してくのは違うでしょ」
「それとも皆さんは――私に死ねと言われれば、作戦の為に死ぬんですか?」
………………。
俯いた視線を彷徨わせて、後ろめたい気持ちを露わにする叛逆者一行。
どれもこれも心に直接刺さる言葉で、精神の未熟さを自覚させられた。
ここ数日は叛逆者としては快適な生活を送っていたし、トレニーングや作戦会議なんて微塵も行っていない。
何もかも莉々華とぺこらに丸投げして、戻って来た途端に批判を殺到させる。
一体何様なのだろうかと。
「皆さん、最後の確認です。自分の意思で答えてください」
莉々華は圧力を掛けるように重たい言葉を発した。
フブキ、ミオ、シオン、おかゆ、ころね、マリン……と視線をずらし、最後にロボ子とわためにも向ける。
「叛逆は明日の昼頃実行予定です。最高のプランを用意しましたが、伝達出来ない事が沢山あります。最善を尽くしますが、やはり命の保障はできません。それでも――叛逆しますか?」
莉々華の眼力に気圧されて答えを言い淀む。
指摘されても尚、周囲の様子を伺ってまう。
そこへ一石を投じる――意図などなく、マリンが小さく手を挙げる。
ロボ子の言葉が届いていたようで何よりだ。
「はい、何でしょうマリンさん」
莉々華は快く質問を受け入れる。
挙げた右手で眼帯を撫で……そして下ろす。
「聞く限り殆どは理に適ってます。ですけど一つだけ気に入りませんね」
「……気に入らない、ですか」
批判や反対ではなく、気に入らない、と言う表現の使用に莉々華は訝しげに顔を顰めた。
「死ねと指示すれば作戦の為に死ぬのか、と言う発言。まるでそんな事しないかの様に聞こえますが、かなたはどうなんですか。らでんさんの指示で死んだんですよね」
「…………」
「私は関係ない、なんて言わせませんよ。あなたはらでんさんの延長線上に居るんですから」
「すみませんが質問の意味が分かりません。かなたさんがどうなのか、と聞かれましても、どんな答えが欲しいのかが見えません」
「死ねと指示すれば死ぬのか、と啓発的に説いてましたが、そんなあなたはかなたに死ねと言い、死なせました。その事についてはどうお考えで?」
「どう考えるも何も、私は自分の意志を持てと説いたんです。私が万が一そう指示した時、本当に死にたいなら…………いえ、死ぬ覚悟があるなら、死ぬのもまた選択としてはアリかと」
莉々華は答弁の後に「現段階で今回の作戦にそんな指示はありませんが」と付け加えた。
時折マリンを刺激しそうな言い回しが散見されたが、最後の一言は的確に、地雷を踏み抜かない様訂正できた。
その点だけは莉々華自身も上出来だと思えた。
マリンは莉々華の視線を弾く勢いで睨みつける。
睨み合いあわや火花散る所……?
「そうですか、よく分かりました」
マリンは目を閉じて大きなため息を吐く。
「…………」
そのまま口を噤んで身を引くので再び水を打ったように静まり返ってしまった。
「意は決しましたか?」
莉々華の問いが再び場を切り裂く。
「私とミオは行きます」
「うん、行きます」
フブキとミオがいち早く名乗り出た。
凛々しい瞳で互いに見つめ、莉々華に視線で想いの強さを伝える。
首肯し合い、莉々華の側へと歩み寄った。
その背後に並ぶ銀髪少女。
他に道を選べない所まで来ている。だからどんな苦難にも立ち向かう。
幾ら自分が無力でも、きっと何かの役に立つ事を願って。
「シオンはもう、決めてる」
真っ直ぐに前を向いて二人の背を追っていると、その二人が振り返る。
必然、視線がぶつかった。
「シオンの人生にはもう、贖罪以外にいらない」
あの日犯した罪を償う為に。
一生を使い果たして親友殺しの罪を償う為に。
シオンには後悔も死も、赦されない。
シオンは全ての視線を流す様に振り向く。
視線が流れに乗って……おかゆところねに辿り着く。
今回の叛逆で、最も決意の弱い者たちだ。
宝物を抱えた二人はまだ引き返す事ができる。
今から隠居しても遅くは無い。
それぞれの呪いも知らず、二人は一体何が為に戦うのだろう。
「――ねえ莉々華ちゃん」
「――はい、何ですか?」
物腰柔らかなおかゆの声音に莉々華の反応も緩くなる。
両手を背後で組んでころねに寄りかかったまま尋ねる。
「僕たちはねぇ、呪いが消えるなら叛逆もありだと思うんだ」
「――ええ」
「でも莉々華ちゃんやフブキちゃんたち程の意気込みはないかな」
「……それは……叛逆に参加しない、と言う事ですか」
おかゆはほんのり口角を上げてうーんと唸る。
おかゆところねの尻尾が絡み合う。
「呪いはなくなって欲しいから叛逆には賛成。でも今の莉々華ちゃんはどうしても信頼しきれないな〜」
「――ではどうすれば、信頼されますかね」
「それ」
「――?」
おかゆの手厳しい評価にも莉々華は怯まない。
だが続く謎の指摘に眉間に皺ができた。
このタイミングで何故かおかゆからころねへ、主導権が移る。
「りりーかは叛逆できないならそれでいいって言ったのにさ、こぉねたちが今みたいに離脱の意思を見せると止めたがるじゃん? さっきの言葉、そのまま返すけど――こぉねたちは叛逆が成功すれば儲けもんみたいなもんで、出来ないならそれでいい」
「――――」
莉々華の表情が強張った。
フブキ、ミオ、シオンは会話の趣旨を理解できていない為、困惑気味に顔を見合わせている。
「りりーかは色々かこつけて、隠さなくていい事まで隠しとるよな?」
「…………」
「そんなに僕たちに協力を求めるのは嫌かなぁ?」
「…………」
急所を突かれてぐぅの音も出なくなる。
想像以上の鋭さだ。
未だにフブキたちが頭を悩ませているので、おかゆは簡潔に話を振った。
「記憶を見た時にらでんちゃんが『生かしておきたい』って言ってたの覚えてる?」
「あぁ……うん。シオンちゃんの他にも何人か挙げてたね」
「そう。ころさん、フブキちゃん、ミオちゃん、ぺこらちゃんだよ、確か」
「シオンちゃんは別枠として、この4人はきっと神に対抗できる力を秘めとって、叛逆していく上で有用なメンバー……になるんでない?」
莉々華はだんまりして息を呑んだ。
「つまりりりーかとしては、こぉねたちに叛逆に参加して欲しいと思ってる」
「そこまで隠す必要はないよね?」
図星を突かれて言葉に詰まっていた。
マリンやおかころがいつまでも莉々華に疑心を抱くのは、莉々華の腹の底が見えないから。
何処までを隠して、何処からを明かすのか。もっとぎりぎりのラインを攻めて相手に寄り添わないから、亀裂が広がる。
莉々華にはらでん程の才能がない。
有るのはただの「呪い」。
「莉々華ちゃんが僕たちに指摘した事は的を射てると思う。でもやっぱりマリンさんの言った様に、今の莉々華さんを信用するのも難しい」
「――――」
「教えてよ。莉々華ちゃんの心の内を。僕たちが叛逆したくなるような本心からの演説を」
どちらにも偏りのない客観的な意見。
珍しくおかころが口論で優勢になった。
視線が一斉に莉々華へと向いて――
「……分かってますよ!」
「「――⁉︎」」
莉々華が声を荒げた。
らしからぬ反応にフブキたちが臆して一歩引いた。
おかゆの問いへの答えでない……感情的な発言。
ロボ子は自制させようと口を開けるが、莉々華の勢いが止まらず被せるタイミングを見失う。
「私にはらでんの様な才能が――知性がない! 私なんかがらでんの代わりになんてなれない!」
「…………」
「でも! 私がこんな風に懊悩としてる姿を晒したらそれこそついてこれないじゃないですか」
「どうしてそう思うの?」
「だって不安になるでしょ。困るでしょ。焦っちゃうでしょ。行き詰まっちゃうでしょ。そうやって感情が連鎖して……崩壊しちゃうでしょ……」
口にしながら感情的になっている自覚が芽生えたのか、莉々華の勢いは次第に低下していった。
バツが悪そうに目を伏せる。
「完璧な人間なんていない」
「――っ」
おかゆのセリフに莉々華は顔を上げた。
「完璧に見える人なんて、とてもじゃないけど僕は信用しきれない。何でもできて、優しくて、人のことを理解できて……。そんな人よりも……さっきまでの莉々華ちゃんよりも――今みたいに自分に落胆した莉々華ちゃんの方が、人として信頼できる」
「んんっ…………」
励ましつつ貶してくる。
莉々華は口を尖らせて曖昧に首を動かした。
「りりーかは、らでんちゃんの後を継いで、その任務を完遂したいんでしょ」
「…………はい」
「じゃあ、僕たちも叛逆に参加するよ」
「――ぇ……!」
脈絡が無くて相槌を打ち損ねる。
困惑した情けない顔を上げて二人を見つめた。
「言ったでしょ。叛逆は出来るなら儲けもん。そして今の莉々華ちゃんは信用に値する。だから――話せるとこまでは話してね。話せないなら極力話せない理由を添えて教えて」
「……いいんですか、本当に……」
「いいよ。醜態晒して恥ずかしいんでしょ? その方が人間らしくて好き」
「おがゆ?」
「勿論ころさんの方が好きだよ」
「知ってるよ〜! もぅ〜! こぉねも好き〜〜〜」
「「「…………」」」
緊迫した空気を和らげる為か……無意識か……。
この二人の言動は本当に読めない。
マリンが二人の相思相愛ぶりを前に苦笑した。
「……莉々華」
「……はい」
「私もいくぞ。このカップルを死なせる訳には行かないんで」
「…………」
莉々華はマリンの瞳からある感情を読み取った。
いや……莉々華の勝手な妄想かもしれないが……。
「助かります」
話は何とか纏まり、遠回りをしたが全員叛逆に参戦する決意を表明した。
マリンがおかゆところねの肩に手を乗せる。
フブキとミオが手を握って首肯する。
シオンが天を見上げて目を閉じる。
復讐――なんて言葉は本来使うべきではないが。
かなたの敵、奏の敵、あくあの敵、らでんの敵。
彼女たちの死を無駄には出来ない。
「ノエルさん。今日までお世話になりました」
「いいけど、約束の報酬は……?」
「すみません。ぺこらさんが復帰次第、必ず渡しに来ます」
「ほんとにぃ?」
「はい、必ず」
「……まあ別に無くてもいいけど」
「え?」
「それより、ここの事人に話さんとってよ。ノエちゃんもフレアも呪い持ちやけん」
「はい、承知してます」
「「「「「「「――――⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」
ノエルと莉々華の何気ない会話を耳にして、驚愕が広がった。
驚く一同を見て2人は首を傾げる。
「ノエルさん、呪い持ちだったんですか⁉︎」
「言っ……てないっけ? ノエちゃんは『豊穣』の呪い。野菜の成長が早いのはノエちゃんの呪いの力」
「うっそ……」
フブキ、シオンたちは疎か、マリンやおかころまで知らなかった。
ただ植物をの成長を早めるだけの、極めて地味な能力。
おかげでこの膨大な土地を使って農家を営み、稼げている訳なので、呪いに恨みは無い。
無くなるのならそれでもいいが、態々叛逆はしない。それが白銀ノエル。
「さて。何はともあれ叛逆が決まったのなら、今から聖域へと向かいます」
莉々華がぱちんと手を鳴らす。
ノエルは漸くわための角を解放した。
「作戦については聖域地下で話します」
野菜畑を出て、ノエルの家の前に並んだ。
「ノエルさん、ありがとうございました」
「ありがと」
「ありがと〜」
「「ありがとね〜」」
「ノエル。助かった」
「あんま言わんとってよもぅ〜」
ノエルは頬を赤らめて視線を逸らす。
その目付きがやけに薄暗かったが、何故か気のせいだと思ってしまった。
「それじゃあ行きますよ」
「再び聖域へ、だね!」
斯くして叛逆者一行は――聖域への道を進んだ。
――――――――――
叛逆者たちが立ち退くと、ノエルの家は忽ち静まり返る。
「はぁ…………」
ノエルは大きなため息を一つ吐いた。
倦怠感からでは無い。若干の後ろめたさからだ。
想いに素直な平等主義者。
だからマリンを激励したのも、叛逆者を一時的に匿ったのも、他意は無い。
「…………」
だが、叛逆者の目的を知った以上、それをフレアに伝えない訳にはいかない。
何せ平等主義者だから。
そしてフレアが大好きだから。
今日まで黙っていたのは、この場での直接的な衝突を避ける為。
そう。
だからこれは仕方が無い。
フレアに伝えればどうなるか、ノエルにも未来は見えている。
でもそれをフレアが望むのなら、構わない。
夕暮れ時、夕焼けの眩しさに紛れてフレアが帰還する。
「ただいま」
「おかえりフレア」
「ありゃ? あの子らは?」
「叛逆に向かった。明日決行じゃってさ」
「ふーん……何が楽しくて叛逆なんてすんのかねぇ〜」
強者の風格でフレアは叛逆者を小馬鹿にする。
ノエルは苦笑いを浮かべてフレアと顔を突き合わせる。
当然フレアは困惑する。
「どしたんノエちゃん」
「フレア。莉々華ちゃんから叛逆の事聞いてさ、一つ伝えたいことがあるんよ」
「え、何? まさかノエルまで反逆するとか言うわけ?」
「んーん。寧ろ正反対。対偶の位置、になると思う」
「――?」
懐かしい数学の表現なんて吹き飛ばす程のノエルの険しい表情。
あのフレアが息を呑んだ。
「叛逆者の最終目的。莉々華ちゃんの思惑によれば、叛逆が成功すると……呪いが消滅するらしい」
「……………………」
フレアの視線が鋭くなった。
全身が一瞬だけ、ボッ、と燃えて消火される。
「ほんとに?」
「莉々華ちゃん曰く、ほんとに」
信じ難いと蹴飛ばしたい所だが、事実であれば厄介。
「マリンは賛成なの?」
「意外にも。まあ何やかんや言って結局マリンは……ね」
「そう」
マリンに関しては深く追求せず、叛逆へと意識を戻す。
「フレアの『火と不死』の呪い。消えたらもう不死身じゃ無くなるんよね。マリンとは違って不老やけん、消滅後にすぐ死ぬ訳じゃ無いけど……どうするん?」
「…………ちょっくら出てくる」
顔に影を落としてフレアは大きな動きで振り向いた。
もう外は暗くなり始めている。
「どこへ行くん?」
少し言葉を溜めて、答えを躊躇う仕草を見せたが――
「みこちのとこ。ワンチャン、そっちに加担する」
「……あいよ」
「ノエルは?」
「ノエちゃんはここにおるよ」
「そっか。じゃあ待ってて」
「……ん。行ってらっしゃい」
フレアはエンジンを点火して、日の落ちる空の彼方へと飛んでいった。
次回――「天地革命」