叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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天地革命②

 

 インターン生宿舎のリビングでまつり、ルーナ、ちょこが寛いでいた。

 

「じゃあ、溺れるあくたんの真似しまーす」

 

 ちょこの焼いたクッキーを口に放った後、口数少ないルーナにまつりは得意の芸を披露する。

 

「あ、あぶぶぶっ……! た、たすげぼぼぼっ……」

「つまんねェのら〜‼︎」

「トワ様が聞いたら怒るわよ」

 

 トワが2階の自室に居るから良いものの、この場で耳にすれば文字通り雷が落ちていたかもしれない。

 ソファでレシピ本を開き夜の献立を考えながら、ちょこが優しく嗜める。

 ルーナは赤子の様にまつりを軽く蹴飛ばした。

 

「じゃあぽるぽるの真似」

 

 別人の物真似で再アプローチを仕掛ける。

 

「ほらルーナ、あーーーー……ん――ほいひひほ。んくッ……勝手に食うなよ」

 

 クッキーをルーナの口元に差し出して食べさせる――と見せかけて自分で食べ、演技を続ける。

 一連の流れを完全に再現した非の打ち所がない物真似だったが、ルーナにもちょこにもウケなかった。

 寧ろ冷ややかな視線を返される。

 

「今度誰の真似がいい?」

「やらなくていいのら〜!」

 

 リクエストを求めたが雑にあしらわれた。

 まつりはルーナに頬擦りして厚かましく接する。

 

「そんな事言わんといて〜」

「暑苦じィ……」

 

 ちょこは完全にまつりを意識から外して料理本と睨めっこしていた。

 

「ちょこてんてー、ちょっといいか」

「――⁉︎ はい⁉︎」

 

 不意にみこの声がした。

 ちょこは虚を突かれて上擦った声を漏らし、咄嗟に本を閉じて声の方を見やる。

 

「――」

「引っかかった〜」

 

 声の主はまつりだった。

 ケラケラと笑ってちょこの動揺を茶化した。

 ちょこの悪魔の羽がパタパタと旗めく。

 危険を感じたルーナが素早くキッチンへと逃げ、まつりを身代わりにする。

 

「まーつーりィー?」

「ちょ……冗談じゃん、ね?」

 

 鬼気迫るちょこに恐れ慄き後ずさる。

 ガシッと腕を掴まれた。

 スバルによる強化はちょこにも及んでいる為、まつりの力では絶対に振り払えない。

 

「わーッ! ごめん! ごめんッてー! だからそれはだーめェ〜‼︎」

 

 鬼の形相でその美貌をまつりの顔に寄せる。

 まつりはドタバタと暴れて抵抗するも流れる様に四肢を拘束されて身動きを封じられた。

 床に倒れたまつりの平らな胸へ、ちょこの豊満な胸が強引に押し当てられた。

 ちょこの唇が迫る。

 恐怖していた筈がいつの間にか恍惚とちょこの瞳を見つめていた。

 無自覚の陶酔に溺れて……

 迫るちょこの接吻を受け入れた。

 

 唇と唇の甘い接触。

 ルーナは頬を赤らめて視線を逸らす。

 

 ちょこが顔を引くと唾液が小さな糸を引いた。

 

「全く。ほらまつり、そこで腕立て100回しときなさい」

「は〜い」

 

 癒月ちょこと言う美に籠絡させられたまつりの瞳は錯乱した様に蕩けていた。

 心ここに在らずと言わんばかりに盲目的にちょこの指示に従う。

 

 愛とは名状し難い感情に取り憑かれ、まつりはちょこの虜となったのだ。

 

 フローリングの上に伏せてまつりは黙々と腕立て伏せする。

 10回ほどで腕の筋肉が悲鳴を上げたがちょこの命令に逆らえない。

 腕をプルプルと震わせながら腕立てを続けた。

 

 懸命に筋トレを頑張るまつりを放置してちょこはソファに腰をかけ、閉じたレシピ本を開き直す。

 クッキーをひとつ手に取った。

 

「ルーナたんには何もしないわよ。こっち来たら?」

 

 キッチンでずっと目を背けていたルーナを呼ぶ。

 おずおずと歩み寄ってソファへ座った。

 

 まつりの荒い息遣いが聞こえる。

 

「…………」

 

 ちょこはレシピ本を眺めているがルーナの様子が気になって夜の献立の事は一切考えれていなかった。

 無言に耐え切れなくなりちょこは口を開く。

 

「ルーナたんは今日の夜何が食べたい?」

「……アヒージョ」

「え、アヒージョ⁉︎」

 

 予想の斜め上を行く答えに目を見張って聞き返す。

 ルーナは口先を尖らせてそっぽを向いていた。

 

「いや、作るのは簡単だけど……」

 

 一般家庭ではあまり目にしないが創作難易度自体は高くない。

 

「……やっぱりシチューが食べたいのら」

「え――?」

 

 リクエストは大きく変わった。

 アヒージョやシチューを選んだ理由はよく分からないが、ちょこは面食らいながらも頷いた。

 

「シチュー、でいいのね?」

「うん」

「分かった。それじゃあ今日の夜はシチューに決まり。ルーナたんも手伝ってくれるかしら」

「……ちょっとなら」

「ありがとう」

 

 ツンデレな雰囲気を醸し出してルーナは答えた。

 ちょこは嬉しそうに手を叩き頬を緩めた。

 

 まつりだけはずっと腕立てに没頭している。

 

「とは言ってもまだ15時だから……そうね、17時になったら準備を始めようか」

「ふな」

 

 ちょこは満面の笑みで本を閉じキッチンに向かう。

 食材などを確認している様だ。在庫に問題はないらしい。

 

 

 がちゃ……ぎぃ…………。

 

 

「――あら? こより様かしら」

 

 玄関のやや重たい扉が開く重厚な音。

 みこの話ではこよりは出張に行っていたそうだ。

 どこで何をするのか知らないが。

 

 みことそらの帰還なら態々玄関を通る必要がない。

 

 ちょこはこよりを迎えに玄関の方へ足を向けた。

 

 どぉぉっん――‼︎

 

「「――⁉︎」」

 

 唐突の爆発にちょこは足を止めて身構えた。

 小さな揺れが宿舎を襲い、腕立て中のまつりとソファに転がっていたルーナが転倒する。

 扉の向こう側が赤く光って、ばちばちと音を鳴らしていた。

 

「な、なんなのらー⁉︎」

「2人とも下がってなさい!」

 

 現実を受け入れて再び噛み締めた平和な日常に暗雲が立ち込める。

 

 まつりへの誘惑を解除して2人を背後に庇うとちょこは扉を凝視した。

 不慣れな構えで静かに息を呑む。

 

 だんっ、と扉が蹴破られた――

 その瞬間目に映るのは背後の炎よりも赤い髪と左の瞳。そして真っ黒の眼帯と真っ黒の拳銃。

 目が合った瞬間に銃口がちょこに向く。

 

「動かないでください」

 

 炎迫るリビングの空気が凍る。

 

「……『隻眼の魔女』」

 

 初対面だが噂に聞く身体的特徴と酷似しており、識別は容易かった。

 隻眼の魔女――宝鐘マリン。

 

 トリガーに指をかけて照準を合わせたまま数歩前へ進み出る。

 その動作に合わせてマリンの背後から更に2人、姿を現した。

 

「――ッ‼︎‼︎」

 

 熱気で靡く紫と茶色の短髪。

 決して忘れない煌めく瞳と赤ちゃけた瞳。

 必ず復讐すると誓ったイヌネコカップル。

 

 ルーナの相貌が激変した。

 誰よりも早くその変化を視認しマリンは銃口をルーナへとずらす。その動作でちょこも察知したが、ルーナはもう飛び出していた。

 

「ルーナ! 待ちなさい‼︎」

 

 制止など聞かない。

 脳内は復讐心で満たされた。

 

 ぱぁん!と1発の銃声。

 マリンは狙いを外さない。

 銃弾は音に乗ってルーナの肩を穿つ――想定だった。

 

 ピキンッ、と銃弾は弾かれ床に陥没。

 

「――⁉︎」

 

 今度は迫るルーナの足を狙った。

 太腿へ銃弾が放たれ――ピキンッ、と弾かれる。

 

「――⁉︎⁉︎」

 

 ルーナが拳を握ってマリンに肉薄する。

 ころねとおかゆが庇う様に間に飛び込むとルーナの勢いが増した。

 

「おらァァァい‼︎」

 

 狙いはマリンではなくころね。

 おかゆがマリンの手を引いて後方へ、ころねはルーナを惹きつける様に右手へと回避した。

 ルーナの拳は空を撃ち抜く。

 

「ルーナ‼︎ やめなさい‼︎」

 

 ちょこが柄にもなく怒鳴りつけるが完全に無視。

 ころねやおかゆへ無鉄砲な追撃を続ける。

 

「まつり! みこちへ電話して!」

「分かった‼︎」

 

 ルーナは歯止めが効かないので、仕方なくちょこも参戦。

 まつりに連絡を指示して3人に突撃。

 マリンはまつりの動作を危険視して銃口をスマホへ向け――

 

 

「うぐっ‼︎」

「――シオンちゃん‼︎」

 

 

 3人の背後でも事態が動いていた。

 全員の動きが停止し、通路に視線を送る。

 しかしちょこ、ルーナ、まつりには何も見えない。

 

 ただ、直後に響く声の主が分かれば事態は大方飲み込めた。

 

「動くなァ‼︎ 動いたら、雷落とすぞゴラァッ‼︎」

 

 そう。扉の向こう側では衝撃に驚いて2階から降りてきたトワが、シオンを拘束していたのだ。

 片腕で首元を固め、シオンの身動きを封じる。

 

 人質を取った!

 

 ちょこは冷静に、ルーナはただ敵が動かない状況を好機と見て意識が散り散りの3人へ数的不利ながらも襲いかかる。

 反射的に身構える3人。

 ルーナへの攻撃は無効と悟ったマリンは素早くちょこに狙いを定めた。

 そのムーブを予測したちょこは肩と胸元を露出させて色気を出す。

 

「ふぇっ⁉︎」

 

 マリンの珍妙な甲高い声が響く。

 マリンの顔が真っ赤に染まり銃を構えた手が痙攣する。

 

「撃たないでェ〜」

 

 大人の魅力を混同させた甘い声でマリンを誘惑した。

 どきんと心臓が飛び跳ね、マリンの脳が沸騰。血の循環速度が増し、忽ち頭から湯気が立ち上る。

 

 ちょこがマリンへと急接近。

 数分前のまつりと同様にマリンを押し倒した。

 

「マリンさん‼︎」

「んなァい‼︎」

「んっ‼︎」

 

 一瞬の余所見。

 その隙につけ込んでルーナはころねに拳を放つ。

 回避が間に合わず咄嗟に腕をクロスさせガードに転じた。

 微妙な衝撃が両腕から全身に響く。

 

「――?」

「チッ!」

 

 ルーナの鋭い舌打ち。

 ころねはまた距離を取る。

 

 

 その傍でちょこはマリンに口付けを強要していた。

 押し倒したマリンの豊満な胸に同サイズの自身の胸を押しつける。

 互いに反発し合う。

 

 マリンはちょこの誘惑に脳も心も汚染され、次第に思考が停滞していく。

 銃を握った右腕は完全に下ろされ、ちょこの唇を拒んでいた左腕の力も抜け始めた。

 

 脳内から天音かなたの存在が消滅する――

 

「離れろぉ‼︎」

「んッ――」

 

 おかゆの弱い一撃がちょこの眼前に迫って咄嗟に飛び退いた。

 あと一歩、マリンの懐柔には届かなかった。

 

 ちょこは一度ルーナの腕を強引に引いて後退――させてくれない。

 ルーナはまだ1人で切り込む。

 

 その僅かな間にも廊下の状況も動いていた。

 

 

「だから来んじゃねェッ‼︎ こいつが黒焦げになってもいいのかァァァ‼︎」

 

 トワの怒号が炎上する廊下の倒壊を助長する。

 火の周りは中々に早く、既に火の手はリビングにも伸びていた。

 

「やめろー! はーなーせー!」

「ハッ! テメェとは一度じっくり話してェと思ってたんだよ。来い‼︎」

 

 足をじたばたと暴れさせて抵抗するが無意味。

 装備したナイフには手が届かないし、腕の位置が的確すぎて噛み付くこともできない。

 

 トワは玄関へと向かった。

 ロボ子が慌てて後を追う為踏み込むが――

 

「だからッ! 来んなッてんだよ‼︎」

「ぃっ⁉︎」

 

 玄関を抜ける直前、トワが自由の効く左腕から電撃を起こし玄関の天井にぶつけた。

 放電現象に足を止めたロボ子と玄関を抜けるトワ、シオン。

 両者を分断するように玄関の天井が崩落し――突入早々、玄関という重要な退路がひとつ封鎖されてしまう。

 

 熱気で噴き出る汗と焦燥で噴き出る冷や汗が混ざってロボ子の体に纏わりつく。

 しかしロボ子は素早く意識を切り替えてマリン達の下へ。

 

「シオンちゃんが連れ去られた。ボクは軽く2階を探した後、窓とかの出口探してシオンちゃんを追うね」

「了解です。お気をつけて」

「うん。そっちも」

 

 一瞬だけ戦場をおかころに預ける。

 迅速に情報を共有、そして判断、伝達。

 ロボ子は廊下へ戻り、そこから2階へと登って行った。

 

 

 マリンが再び戦いに戻る。

 

「ちょこ先生! みこちとそらちゃん出ない‼︎」

「え⁉︎ どうして‼︎」

「分かんないよ‼︎ あとこよりにもかけたけど、そっちも出ないの‼︎」

「……どうなってるのよ――!」

 

 唐突な叛逆訪問。

 無策とは思えなかったが、まさか既にここまで手を回されていたとは。

 

 ピリリリリッ、ピリリリリッ、ピリ――

 

 その時、まつりのスマホに着信が入った。

 画面を見るとねねからだった。

 

「もしもしねねち⁉︎ こっち今大変な事に――」

 

 大至急応答し声を荒げて名前を呼んだ。

 そして即行で状況を伝達しようと続けたが――

 

「え⁉︎ うそ――⁉︎」

 

 ねねからの緊急連絡にまつりの声量が上がり、ちょこが不穏な空気を感知する。

 

「うん。うん……こっちも! 先生とルーナが戦ってて‼︎――⁉︎ ねねち、どした⁉︎ あ、ちょ! ねねち‼︎ ねねち⁉︎」

 

 一方的に通話が切られまつりは混乱する。

 稽古場にいる4人の状況が芳しくない事は今の通話からも明らか。

 現状みこ、そら、こより、トワの必須カードが1枚も使えない最悪の状況。

 リビング側は3対3と人数は同じだが、恐らく合計戦力は負けている。

 ちょこの呪いで誰か1人でも籠絡できれば話は変わるのだが――。

 

 それには連携が必要不可欠。

 冷静さと団結力の欠如したルーナが、独断で動き続ける限り難しい。

 

 それでも――勝たなければ生きられない。

 

「まつり! ルーナに合わせるわよ。この人達抑えないと動けない!」

「分かった! 頑張る!」

 

 インターン生宿舎リビングでの戦いが今、始ま――

 

「ルーナァ‼︎」

「「「「「――⁉︎」」」」」

 

 そこへ――稽古場に居たはずの尾丸ポルカが現れたのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 時は少し遡り――叛逆者突入前の稽古場……。

 

「うわッ、ちょッ――」

「ハッハッハー! またあたしの勝ちだな!」

「……当たり前だろ、もう」

 

 ポルカの木刀を力強く弾いてぼたんがまた一本取った。

 高らかに笑うぼたんを見上げて、ポルカは気怠そうにため息をついた。

 

「あたしはいいからあの2人に稽古つけてやれよ」

 

 ポルカが視線を外してねねとラミィに向ける。

 ぼたんの提案によってこの4人の稽古は基本、ぼたんとポルカ、ラミィとねねのペアに分かれて行っている。

 それがぼたんの私欲故と分かっていながら誰1人反対しないのは、やはり位が高いから。

 

「なんだ〜? 口答えかコノヤロー」

「ばッ、やめろよ……」

 

 やる気の無いポルカの高い耳を掴んで弄り倒す。

 敏感な方では無いが微妙に感じてしまって悔しい。

 

 ぼたんの悪ふざけから逃げたいが、パワーも権力も弱いポルカは逃れられない。

 手を払うと今度は背後に回って尻尾を掴まれた。

 尻尾を無理矢理引き抜くと黒と金色の毛が数本抜けた。

 

「ハッ! 次の稽古だ!」

「どあッ――」

 

 尻尾を手前に回して距離を取るポルカにぼたんは背後から飛び掛かる。

 上手く受け身も取れず押し倒され、ポルカは冷たい床に伏す。

 ポルカに被さって拘束するとぼたんは至る所に手を伸ばした。

 

「逃げ出して見ろー。逃げれたら今日の稽古はおしまいだ!」

 

 運動後で汗をかいており、ポルカはその状態で密着される事が堪らなく嫌だった。

 胸やお尻に触れられる事は最早どうでも良く、ただ粘着質なぼたんから逃げる事だけに全神経を注ぐ。

 

 2人の戯れ合いを見て稽古の手を止めるねねとラミィ。

 こちらもあまり稽古に身が入っていない。

 

「またやってる……」

「あ゛ーーーー、もう稽古やだー!」

 

 木刀を投げ捨てて冷えた床に大の字で寝そべるねね。

 ラミィも木刀をそっと置いてねねの隣に座り込んだ。

 

「今の稽古楽しくないよー……」

 

 率直に感情を吐露するねねにラミィも優しく頷いた。

 浮かない顔でぼたんとポルカの稽古を見守る。

 

「とわわ先輩とがいいのに……」

「ん。ラミィも……あくたんが良かった」

 

 あくあが裏切り者であった事は2人とも伝達を受けている。

 でもあくあとの関係全てが偽りだとは到底思えない。

 少なくとも、ここでトワと共に2人に戦い方を教えていた時のあくあは……本気で笑えていたはずだ。

 

 あくあとトワの予定に合わせてねねとラミィも稽古の予定を入れていた。

 ねねがふざけて、ラミィが突っ込んで、トワが嘆いて、あくあが苦笑して、仕事終わりのすいせいが乱入して……。

 トワとすいせいの喧嘩の収拾がつかなくなるとちょこやみこを呼んできて。

 怒られる2人を見てねねとラミィが笑って。

 

 あの時は楽しかった。

 つい先日まではそれが日常だったはずなのに、今ではこの退屈と窮屈が日常。

 

 ポルカだってルーナと過ごす時間が極端に減って落ち込んでいた。

 

「……今日は終わりにしよっか」

「うん」

 

 何度も話した事だがこの話題が出る度に2人の気力は低下する。

 そしてこの様に稽古を中断する羽目になる。

 

 ねねが木刀を掴んで立ち上がった。

 ラミィの木刀も回収して定位置に戻すと2人でぼたんとポルカの戯れを再度眺めて待つ事に――

 

 どごんっ‼︎

 

「――ァ?」

 

 だんっ、だん……。

 

 前触れなく吹き飛ぶ稽古場の出入り口。

 勢いよく飛んだ扉が一度床を跳ねて滑る。

 ぼたんはポルカの上から身を引いた。

 

「――――」

 

 破壊された扉の向こう側に立つふたつの影。

 ぼたんとポルカはその姿に見覚えがあった。

 

「なんで――」

 

 有り得るはずもない。

 天界ゲートは神の一団しか開け方を知らないし、情報も保護されていて「叡智の書」でも俯瞰できない。

 だからここへ叛逆者は来れないはず。

 だと言うのに――!

 

「……獅子」

「おうおうこりャァ……どう言うサプライズだァ?」

 

 ポルカだけを庇ってぼたんが数歩前へ進み出る。

 現れた叛逆者はフブキとミオ。

 敵の数を確認すると同時に焼夷弾を取り出して投函した。

 

「――‼︎」

 

 狙いは4人ではなく木刀などの備品が並べてある、引火にうってつけの場所。

 ぼたんが拳銃を生み出したが照準を合わせる前に着弾し爆発――そして備品に引火し、忽ち建物にも火の手が上がる。

 

「何しやがんだよ」

 

 生成した銃の先をミオに向けて発砲。

 予期して身を屈めた為ハズレ。

 その銃声を開戦の合図とした。

 

 ミオとフブキが低姿勢で駆け出す。

 が、まだ距離があり2人には不利な状況。ぼたんはその有利を活かす為機関銃を生成した。

 付属した弾薬は100発以上。

 

「あん時の仕返しだァ‼︎ 受け取れァーー‼︎」

 

 ダダダダダダダダダッッ――――と機関銃が暴走する。

 発射に合わせて2人は左右に割れた。

 ぼたんはイラッと眉を寄せたが、冷静にまずはフブキを追跡。

 銃弾のあられがフブキに押し寄せる。

 

 フブキは上手く角度をつけて走るので中々急所に当たらない。

 偶に足を掠める程度でぼたんは焦ったくなった。

 フブキに風穴を開けたい欲が強まりそちらへ熱心になっていると、背後までミオが迫っていた。

 硬い拳を握っている。

 ぼたんが機関銃を振り回すよりも早くポルカが間に割って入った。

 

「おッら――」

 

 拳を衝突させて相殺……しようとしたのだが、ミオの怪力には到底敵わない。

 容易に拳を弾かれ、その勢いのまま頬に強烈な一撃を喰らった。

 

「ッぶ――――‼︎‼︎」

「「おまるん‼︎」」

「――デメェァァァァッッ‼︎」

 

 鼻血を吹いて突っ伏したポルカがぼたんの傍に転がる。

 嚇怒した獅子の咆哮と威圧的な肉食獣の眼光。

 八重歯が鋭く煌めいた。

 

 機関銃を消滅させて両手に剣を持つ。

 刀身の長い西洋風の剣。

 拳銃のリーチを捨てたぼたんにミオとフブキは両側から肉薄。

 どちらか一方しか対処出来ないと見たが――

 

「ッラァ‼︎」

「「――⁉︎」」

 

 なんと剣を同時に投げ飛ばして迎撃。一歩大きく下がって両者を視界に入れると、瞬間的に大きく姿勢の崩れたミオに狙いを定め、今度はぼたんから迫撃。

 右手に同じ剣を生成しながら腕を振るい、ミオの腹を切り裂く。

 

「っぶね……!」

 

 一か八かミオは意図的に更に体勢を崩した。

 まるで脱力した様に身を翻すと脇腹を掠めるに留まる。

 だが追撃への対処は益々難易度が上がった。

 しかし――ぼたんに追撃の余裕はない。

 

「らいおんさーん」

「アァ⁉︎――‼︎」

 

 フブキが軽々しくぼたんを呼ぶと殺気立ったぼたんの形相と対面。

 それが次の瞬間、酷く淀む。

 

 フブキはぼたんではなく、復帰しかけたポルカを狙っていた。

 床に手を付いてポタポタと顔から血を垂らすポルカに、フブキは右足を思い切り振り抜く。

 

「――ゔッ――‼︎」

 

 つま先が鳩尾に半分減り込んでポルカの身体が完全に宙に浮く。

 2秒、呼吸が止まって思考が停止した。

 

「おまゥッ――」

 

 吹き飛ぶポルカの軌道上へ回ってキャッチ――し切れずぼたんも一緒くたになって後方へ飛ばされる。

 

 

 

 その4人が戦う影でねねとラミィはおどおどしていた。

 唐突な初実戦に心の整理が付かず動けない。

 火の手も徐々に広がって乾いていた汗も再噴出。

 

「ど、どうしよう!」

「ラミィたちも――ラミィたちも……!」

 

 足が動かない。

 ねねとラミィに取って、突如視界を覆った戦火はあまりにも理不尽なものであった。

 

 何もしていない。

 ねねもラミィも、ただ神の一団と仲良く楽しい日常を送っていただけだった。

 その日常が前触れなく叛逆者に破壊される恐怖。

 何故フブキとミオが攻め込んで来るのか、2人には理解できなかった。

 

「そうだ――とわわ先輩!」

 

 ねねは咄嗟の思いつきでスマホを取り出し、トワに電話をかけた。

 普段なら3コール内に応答がある。所が今日に限って応答がない。

 ラミィもスマホを取り出してみこにかけたが同じく応答なし。

 次いでこより、そらにかけるも成果が無く愕然とした。

 

「みんな……出ない……」

 

 最悪の事態を想像して悪寒が走る。

 顔を上げて戦況を確認すると丁度ポルカが蹴り飛ばされ、庇ったぼたんも吹き飛んだ所。

 次なる手段としてねねは真っ先にまつりにかけた。

 空いた手で腰元を何度も叩いて応答を待つと2.5コールで出た。

 両手でスマホを掴みねねは叫んだ。

 

「まつりちゃん‼︎ こっちに叛逆者が攻めて来て――」

『もしもしねねち⁉︎ こっち今大変な事に――』

 

 と2人の声が重なる。

 冷静になれたまつりが言葉を引っ込めたのでねねが優先して全てを吐き出す。

 

「白い人と黒い人が攻めて来て部屋を燃やしたの‼︎ もう消火出来ないくらいで! しかもししろんとおまるんが戦ってるんだけど押されてて‼︎」

 

 戦況を大雑把に伝えるとまつりは何度か相槌を打ってくれた。

 お陰で少し落ち着く事ができた。

 ねねは一度心を宥めて今度はまつりの言葉に耳を傾ける。

 不安げなラミィに優しく目配せして勇気を分けてあげた。

 

『こっちも! 先生とルーナが戦ってて!』

「そっちにも⁉︎」

「――! ルーナ……!」

 

 ねねの声量は特大で誰の耳にも届く。

 だから会話を耳にしたポルカがぼたんの腕から抜け出して駆け出した。

 リビングも同じ状況であるとねねの受け答えから把握し、ルーナの身を案じたのだ。

 この場を捨ててポルカは血を拭い、リビングに繋がる通路へ飛び込む。

 

 まさかの離脱にフブキとミオはぽかんと口を開けた。

 

「――! おい! おまるん! クソッ!」

 

 ポルカに手を伸ばすが脇腹に激痛が走る。

 ポルカを庇ったせいで脇腹を下手に強打していた。

 それでも――ぼたんは自らを奮い立たせ立ち上がる。

 

「え⁉︎ ししろん‼︎」

「お前らここ何とかしろ‼︎」

「え‼︎ 待っ、ししろん――‼︎」

 

 ポルカがルーナの身を案じる様に、ぼたんもポルカの身を案じる。

 想いは連鎖し、稽古場の最大戦力であるぼたんまでもが身勝手に離脱した。

 

 傍若無人な2人に見捨てられ、取り残されたねねとラミィは通路前に立ち尽くす。

 

「「――――」」

「「ぁ……ぅ……」」

 

 本心ではとても逃げたい。

 でも、何故か嫌に冷静な脳が告げる。

 今後退すればリビングか通路で挟み撃ちにされて詰む、と。

 

 ばちばち、ごうごう、めらめら……。

 

 稽古場が唸り声を上げる。

 

「フブキ」

「うん。ミオ」

 

 叛逆者が拳を握った。

 ねねとラミィも戦慄して拳を握った。

 ぷるぷると腕が震える。

 

「「っ――‼︎」」

 

 インターン生宿舎稽古場でもまた、戦の狼煙が上がる。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 インターン生宿舎表門前。

 シオンを連れ出したトワは雲地にシオンを投げ捨てる。

 

「あ〜……お前とはさァ……話したかったんだよなァ……」

 

 明度と彩度の弱いトワの浅葱色の瞳がシオンを睨む。

 不気味に上げられた口角がより一層恐怖心を煽る。

 

「――!」

 

 シオンはナイフを抜き取っ――

 

「っ――!」

 

 パシッと片手で弾かれてナイフが雲の上に転がった。

 

「お前が紫咲シオンだろ? 聞いたよ、色々さァ〜……」

「――な、何だよ! バカ‼︎ 死ね‼︎ 消えろ‼︎」

「――――」

 

 息遣いを感じる程に顔を詰められ、シオンは苦し紛れに罵声を浴びせた。

 小学生の常套手段の様な文句ばかりでダメージにならない。

 

「うっぐ――‼︎」

 

 貧相な身体がふわりと持ち上がった直後、腹部を激痛が貫く。

 唾液を撒き散らしてひっくり返った。

 真っ青な空が視界に広がる。

 

「うっ、うぅ……」

 

 腹を押さえ込んで蹲ると何も見えなくなる。

 

「あくたんはお前が好きなんだってなァ〜?」

 

 上げた足を下ろしてユラリと不気味な足取りで眼前に立ち……屈む。

 苦悶の表情を隠すシオンの髪を掴んで頭を強引に持ち上げると、顔を突き合わせた。

 

「羨ましいなァ〜お前……」

「ゔっ……さい……。嫉妬……すんな――」

 

 バチッ――ビリッ――

 

「かっ――ぁ‼︎――ぁ‼︎――ぁ‼︎」

 

 スタンガンより強い電圧がほんの一瞬全身を巡った。

 全身が麻痺して唾液が口からだらだらと溢れた。

 両目からつーっと涙が伝う。

 

「痛いかァ〜? 苦しいかァ〜? 分かる分かる……トワもなァ〜、痛かったし苦しかったからさァ〜……」

 

 同情を装ってトワは何度も何度も何度も頷いた。

 トワの瞳の色はまだ掠れている。

 

「でもまだこんなもんじゃないなァ〜……」

「ゔっ――――‼︎」

 

 シオンの体が一回転してまた雲地に転がる。

 吐き気を催すも口からは唾液以外が出てこない。

 律儀にシオンへ歩み寄り、また髪を握って頭を持ち上げる。

 可愛さが崩壊して醜い顔になり始めた。

 

「痛い? 苦しい? 辛い? 悲しい? 怖い?」

「ゔ…………」

「――こんなもんじゃないなァ〜」

 

 バチッ――ビリッ――

 

「っ――‼︎っ――‼︎っ――‼︎」

「トワァもっと痛かった‼︎」

「っ――‼︎」

 

 シオンの身体がまた宙に浮く。

 トワが素早く駆け寄った。

 浅葱色の瞳に赤い怒りの炎が揺らぐ。

 

「もっと苦しかった‼︎」

 

 電撃。

 

「もっと辛かった‼︎」

 

 一蹴。

 

「もっと悲しかった‼︎」

 

 電撃。

 

「もっと怖かった‼︎」

 

 一蹴。

 

「………………」

 

 頭に上った血が下りトワの勢いがまた低下した。

 ぴくりとも動かないシオンの頭上に歩み寄り頭を持ち上げる。

 涙と鼻水と唾液塗れの顔面は見るに堪えない。

 瞼と唇は痙攣しており、瞳は虚空を見つめてまるで生者の様相では無かった。

 

 掴んだ髪を手放すとべちゃっ、と顔面が地に着く。

 

 気絶したのかも判断できない有様。

 トワは拷問をやめた。

 

「両想いなんだろ。ほら、あくたんが寂しいッてよ」

 

 拷問用ではない渾身の電撃を手中に集めた。

 激しい電子の移動で髪が不規則に跳ねる。

 

 雷槍を形成。

 即死級の電気の塊。その矛先をシオンの頭に向けた。

 じっくりと狙いを定める。

 

 

 ――ぽん、と不意にトワの肩に何者かの手が乗った。

 

 

「――⁉︎ 誰――――――――――――――――」

 

 敵意を剥き出しに反射的に振り返った。

 途端に硬直し声すらも出せなくなる。

 

 ――――――――。

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた顔。

 口元と鼻先と目と耳だけが露出しており、それ以外は髪も含めて全て包帯で覆われている。

 にも関わらずトワにはそれが誰なのか一目で分かった。

 絶句して言葉が出ない。だから代わって涙を溢す……。

 

 隣にいる少女には目もくれず、トワはただミイラ女性だけを見つめた。

 ガクガクと口が震えた。

 

「いつまで見つめ合ってるんですかぁ〜? 関係ない人に見つかっちゃいますよ〜」

「……そうだな。トワ、場所を移そう」

 

 茶化す様に少女が口を挟む。

 ミイラ女性が小さく顎を引いて掠れた声を発した。

 

「ァ…………え……?」

「そしたら全部話す」

 

 ミイラ女性は顔面を酷く汚したシオンを片手に抱える。

 シオンの口から泡が溢れた。

 

「おぃ…………」

「いいから――来い」

「…………」

 

 トワは火の粉を撒き散らして燃えるインターン生宿舎を一瞥した。

 

「…………ぉん」

 

 シオンを連れて3人は一時的に身を隠したのだった……。

 

 

 

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