叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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天地革命③

 

「ルーナァ‼︎」

 

 稽古場とリビングとを繋ぐ一本通路から大声を張り上げて登場する尾丸ポルカ。

 叛逆者たち以上にちょこは瞠目した。

 

「ポルカ……あなた稽古場は‼︎」

「あっちには獅白がいる! 2対3なら問題無いだろ!」

「それは――そうかも知れないけど‼︎」

 

 ちょこは誰よりも一団の恋愛事情を熟知している。

 だからこそ危惧しているのは、ポルカが稽古場を離脱する事で発生する連鎖。

 ルーナの身を案じてポルカがここへ来たように……

 

「ポルカァ‼︎」

 

 ぼたんもまた駆け付ける。

 状況は瞬く間に5対3へ。

 マリンが焦燥を見せ銃口をぼたんへ向けた。

 

 躊躇せず発砲――

 

 ぼたんはポルカに飛びかかって強引に身を屈ませた。

 銃弾は空を貫通して通路へ消えて行く。

 一度家具の影に隠れるとぼたんはポルカの顔を凝視した。

 

「お前、何やってんだよ」

「それはこっちのセリフだよ! おまッ……あの2人は⁉︎」

「あいつらも素人じゃねェんだ。きっと何とかする!」

 

 どちらも身勝手な理由で駆け付けたらしい。

 ちょこはぼたんの発言に戦慄し、顔面蒼白となる。

 

「信じられない……まさかあの2人を放って来たの⁉︎」

 

 ちょこは目前の叛逆者を完全に視界から外しぼたんとポルカに怒鳴りつけた。

 ポルカは若干悪びれて、ぼたんは微塵も反省など無く頷いた。

 

 一瞬青ざめた顔を真っ赤にしてちょこは通路へ向く。

 

(ポルカの話からするに、こっちが3で向こうが2。突入時の比率を考えれば明らかに向こうの2人組の方が個々の戦闘能力が高い――! 昇級仕立ての2人で適うはずがないのよ!)

 

 焦燥感を追い払う様に冷静に分析した。

 より一層焦燥感が増す。

 

「――あなたたち、後で覚悟しておきなさいよ‼︎」

 

 ちょこはギロリと2人を睨みつけて稽古場へと足を向けた。

 

「まつり! 一緒に来なさい!」

「え――あ、わ、わかった!」

「3人とも‼︎ せめてここは何とかしなさいよ‼︎」

 

 どいつもこいつも自己中心的。

 想い人の為だと嘯いていつも自分勝手な行動ばかり。

 

「うなッ‼︎」「うッす‼︎」「たりめェよ‼︎」

 

 その返答だけは潔し。

 唯一信頼できるポイントに全賭けするしかない。

 もうこれ以上、一団の誰にも欠けてほしくはないから。

 

 結果が良ければ、幾分かはヨシ。

 結果が悪ければ、のちの説教すらできない。

 ちょこが説教する為にも、生きてもらう必要がある。

 

(頼んだわよ)

 

 ちょことまつりはリビングを背にして通路の奥へと消えて行った。

 

 ――――

 

 室内のあちこちで炎が揺らめいている。

 涼しかった室内が熱気で満ち溢れた。

 

「2人とも、ちと隠れてろ」

「やッ! うなたん――」

「ポルカ」

「ん」

「んー‼︎」

 

 ぼたんの命令に真っ向から離反するルーナ。

 どうせ言っても聞かないので、ポルカに無理矢理黙らせる。

 2人はマリンの銃撃が直接当たらない位置へ身を潜めた。

 

「お二人とも、下がっててください」

「「……ん」」

 

 同様な指示をマリンも行いぼたんとタイマンの状況を作った。

 

「見覚えのある赤毛だな」

「私もそのお見苦しい傷痕は見覚えがありますよ」

「でも1人見当らねェなァ。浮気か?」

「ご心配無く。私は世界一一途な女なんで」

「メンヘラの間違いだろ」

 

 燃え盛る室内。

 両者のツインテールが熱風で戦ぐ。

 

「ダッセェ眼帯」

「赤毛の眼帯に詰まったロマンが分からないとは、見窄らしい感性ですね。一体如何程の平穏を楽しんでるのでしょうか」

「この刻印の美学を語れないお前も同類だろ」

 

 ぺらぺらと口を回しながら、マリンは懐の銃に手をかけていた。

 ぼたんも同様に右手を射撃の形に整えて現出の機を伺っている。

 

 熱気を微量の灰と共に吸い込んだ。

 喉が熱い。

 

 ぱぁん――

 パァン――

 

 刹那のズレこそ生じたが、寸秒の誤差も無い銃撃の交差。

 

 ひゅー、ばちばち……と戦火が囃し立てる。

 

「何が獅子ですか。ただのチキンじゃないですか」

「テメェこそ。死にたがりが死を拒むなよ」

 

 マリンの放った銃弾はぼたんの生成した防弾チョッキに阻まれる。

 ぼたんの放った銃弾は敵の狙いを的確に予測したマリンに躱される。

 

 リビングでの戦いの火蓋が切り落とされた。

 

「テメェはずっとそうだもんなァ⁉︎ 人を殺せないから真っ先に肩を狙う‼︎ 温りィんだよ隻眼‼︎ ここは戦場だァッ‼︎」

 

 マリンの癖は見透かされている。

 マリン程の銃撃戦のセンスは無いが、ぼたんにも敵や戦況を見極める頭脳は搭載されている。

 

 ぼたんが防弾チョッキを着たまま踏み込んだ。

 右手に拳銃を掴んだまま左手に剣を生み出す。

 マリンの照準が肩からずれた瞬間、ぼたんは剣を床に突き立てた。

 剣を軸に自らの体で放物線を描いて空中からマリンに飛び掛かる。

 

 反射的に銃口の角度を上げて3度発砲。

 1発だけがぼたんの脹脛を掠めたがそれは彼女の動きに支障を来さない傷。

 ぼたんの大股がマリンの眼前に突っ込んで来た。

 

 両腕に足を掛けて勢いのまま突き倒す。

 ばきっ、と銃を掴んでいた右腕が異音を立てた。

 

「っがぁあああっ――‼︎」

 

 脚力の負荷に関わらず右手首から先が動かせない。

 確実に骨折していた。

 左腕も押さえつけられ動かせない。

 腹に尻餅をつかれて嘔吐しかけたが運良く腹に留められた。

 

 喉奥に銃口を突っ込む――前に、迫るカップルを処置する。

 

 左手にネコ、右手にイヌ。

 どちらも拳を握って肉薄して来る。

 察知したポルカとルーナが飛び込んできているが距離感的に絶妙に間に合わない。

 ぼたんは両者をギリギリまで引き付け、拳が衝突する直前に右腕にメリケンサック、左手に銃を生んだ。

 先端に棘のあるメリケン、至って普通の拳銃。

 

 勢いのままころねが拳をぶつけてしまう――

 

「んぎっ――‼︎」

 

 棘は全部で4本。

 銀の針が――ころねの右手の甲に風穴を開けた。

 

 一方でおかゆ。

 端から殴る気など無かった。

 敢えて拳を地面に落として流れる動作で身を屈めると同時にぼたんが銃弾を放つ。偶然ながら見事に銃撃を回避。

 流れに沿ってマリンの右手から拳銃を奪取するとすかさず発砲――!

 

「ィッ――‼︎」

 

 ぼたんの左脹脛を銃弾が貫いた。

 一瞬緩む力と思考・判断力。

 おかゆはぼたんの脇腹にタックルして突き飛ばす。

 

 ダンッと炎の上に転倒した。

 

「あつッ――ィぎッ――‼︎」

 

 反射で跳ねて炎から逃れると遅れて左の脹脛に激痛が走る。

 ぼたんの動作が鈍っているほんの数瞬の内にマリンが立ち上がり、ポルカとルーナがおかゆところねを殴り飛ばす。

 

「っ――!」

 

 おかころの容態も心配だがそれ以上に追撃を恐れた。

 マリンは自由の効く左手を懐に突っ込んでもう一丁銃を引き抜く。

 その先端が狙うはポルカの右足。

 素早く照準を合わせると躊躇せず、ぱぁん!――と引き金を引く。

 

「うェッ‼︎」

 

 ポルカの腹に鞭が巻かれて強制回避。

 銃弾は焦げたフローリングに埋まる。

 

 ポルカの身体がヒュッと勢いよくマリンの前を横断し、ぼたんの胸の中に収まった。

 仲間の状況などそっちのけでルーナは更に前へ。

 手負のころねに迫る。

 

 おかゆはルーナへの反撃を一瞬画策するもバリアと言う絶対防御の前に思考が屈した。

 だがルーナの攻撃でころねが死ぬ事はない。

 素早く意識を切り替えて拳銃をポルカとぼたんに向けた。

 

 自分でもどちらを狙っているかよく分からない。

 銃口の先に2人の姿があり、ぼたんの上にポルカがいた。だから多分ポルカに当たると思ってトリガーを引いた。

 頭か心臓かその他の内臓か、それとも急所を外した位置か。

 本当に細かい狙いなんて無かった。

 

 ぱぁん――と先迄と変化の無い銃声が熱気を震わす。

 

「――――」

 

 体勢を変えてポルカに覆い被さったぼたん。

 一時的に脱いでいた防弾チョッキをまた着ていた。

 目立った外傷はない。

 

 当然ポルカにもルーナにも、ころね、おかゆ、マリンにだって無い。

 

 銃弾は弾かれて終い――とはならなかった。

 

「っべ――」

 

 ルーナがころねの顔面に強烈な拳をお見舞いした。

 鼻血を吹いて後方へ転倒すると背中が火に焼かれる。

 

「あっぢ――‼︎」

 

 ルーナは更なる追撃に踏み込む。

 

「おい獅白、いい加減離せ」

「…………」

 

 抱擁から解放されず力んだぼたんの腕を何度もタップした。

 首を回してぼたんと目を合わせ、ポルカは初めて気付く。

 

「獅白、おま……」

 

 ぼたんの口から垂れる微量の血に――。

 防弾チョッキが消滅するとからん……と腹から弾丸が転がり、赤黒い血が滴る。

 

「……」

 

 バタッとぼたんが崩れ落ちた。

 

 ほんの刹那の反応の遅れが致命傷の原因。

 

(クッソ……いてェ――‼︎‼︎‼︎)

 

 小刀が刺さった時とは訳が違う。

 音速の弾丸が腹部を貫通し、弾丸と共に押し寄せるソニックブームが傷口周辺を軒並み破壊しやがった。

 内臓の損傷で生命活動の均衡が崩れたし、激痛で今は蹲る事に精一杯。

 口内に逆流した血が溜まり唾液と混ざる。

 腐った鉄の味が口一杯に広がる。

 

 暑さが先迄と桁違い――‼︎

 

「お、おい……だいじょぶかよ……」

 

 状況が状況なだけにポルカも無関心でいられなくなる。

 

 マリンは濁った表情を隠した。

 

「おッらァい‼︎」

 

 ぼたんの負傷があろうとルーナは変わらない。

 追撃、追撃、追撃。

 解析不能なバリアを無敵の盾に猛追する。

 それをおかゆところねが必死にいなす。

 

「おい獅白――!」

「うェ……ぶ……」

 

 血と唾液に溺れ掛けて吐き出す。

 炎上音のノイズに紛れて聞こえるポルカの声。

 視線を絡めると少しは心配してくれていた。

 

 ポルカの腕の中で乱れた呼吸と血と唾液を溢す。

 ポルカはぼたんの右手を傷口に乗せた。

 

 死の瀬戸際までの到達は一瞬だった。

 ぼたんは力を振り絞って脳を回転させ、血まみれの喉を震わす。

 

「ポル、がッ……よぐ聞げ……」

「……ああ」

 

 ルーナが無鉄砲におかころを足止めしている今のうち。

 ポルカは人耳をぼたんの口元に寄せる。熱い吐息が耳に掛かるし、その吐息が酷く血生臭い。

 

「無理にでもルーナづれで……こごを、でろ――」

 

 血の割合が多い痰が絡まって声が掠れる。

 蜃気楼でポルカの顔が歪む。

 

「……獅白は」

「……は。バーカ。あだしは……『がいしゅつ、ぎ……じ』、だぞ」

「……そう、だったな」

 

 発汗が止まらず全身ベタベタだ。

 痛みのせいで涙も流れ、瞬く間に蒸発。

 ぼたんはそれでもニッと鋭い八重歯を見せた。

 

「それと、ぽる、が……」

「――」

「おまえ゛、に゛ッ……この呪いは、やんねェぞ――」

「――好きにしろよ」

 

 儚いぼたんの微笑から目を逸らした。

 そして優しい手つきでぼたんをフローリングに寝かせる。

 ポルカの手よりも熱かった。

 

「――ほら、行け」

「――分かった」

 

 ぼたんの催促にポルカは躊躇いなく首肯すると、もうぼたんには目を向けない。

 完全に意識から外れた途端、感情が堰を切ったように込み上げてきた。

 更なる激痛がぼたんを苦しめる。

 

(ッたく……もう少し、悲しい顔しろよな……)

 

「んなァァァッ‼︎」

「わっ、とと……」

「ぉら、っよ‼︎」

 

 キュイン――‼︎

 

 ルーナの猛追に意を決して反撃の拳を放つが、やはりバリアは健在。

 ころねの拳はバリアに弾かれ、バリアは衝撃で微かにヒビが入るもすぐに消滅。

 

 ルーナの勢いは止まらない――

 

「ふな――⁉︎」

 

 そんなルーナを素早く抱えてポルカは稽古場への一本道に突入する。

 

「逃げるぞ‼︎」

「待って‼︎ まだしゅばの仇取ってない‼︎」

「うるせェ。お前のそう言うとこ、嫌いだ」

「な…………」

 

 素直な思いをぶつけてルーナに有無を言わさない。

 初めて聞くポルカからの批判にルーナは衝撃を受けた。

 ルーナの暴動が収まっているうちに距離を稼ぐ。

 

「「――! 逃げた‼︎」」

「――‼︎ 2人とも追って!」

「「え⁉︎」」

 

 倒れたぼたんを放置して尻尾巻いて逃げるポルカ達。

 おかゆところねは拳を納め掛けたが、マリンが銃を左手に握ったまま叫んだ。

 莉々華より深追いはするなと指示を仰いでいる手前、マリンの指示には疑問が湧いた。

 

「宝石はいいの⁉︎」

「このままだと稽古場の2人がまずいんですよ‼︎」

「――‼︎ そっか‼︎」

 

 フブキとミオは数的不利に弱い。

 ポルカとルーナが駆け付ければ瞬く間に形成が悪くなる。

 その2人分の差を埋める為におかゆところねを送る。

 どの道出口は稽古場にしかないのだ。

 

 おかゆところねが駆け出すとマリンは銃のトリガーに手をかけた。

 

「――!」

 

 ぱぁん――!と放銃。

 弾丸がぼたんの手にした銃を弾く。

 

「ッ――‼︎」

「「――⁉︎」」

 

 おかゆところねの足が止まり、2人が振り返る。

 

「気にせず行く!」

「「――はい!」」

 

 マリンとぼたんをリビングに残し、全員が稽古場へと集うのである。

 

「チッ……ゥぶ……」

 

 腹の深傷を片手で覆いユラリと立ち上がる。

 舌打ちすると咽せて腹の底から血が込み上げてきた。

 プィッ、と吐き捨てた血の塊が火に飛び入って焼ける音が鳴る。

 

「は……!」

 

 子鹿の様に足を震わせぼたんが冷笑を浴びせる。

 自分を捕捉した銃口には怯みもしない。

 

「お前に……人はッ……ころ、せねェだろ」

「ええ。ですがその怪我とこの炎上。あなたの命もそう長く無いのでは?」

「あァ……」

 

 どうせ死ぬならトドメ撃ちする事が賢明な判断である。マリンも自身の愚行は重々承知だ。

 だがどこまで行ってもマリンは自分の手で人を殺める事が出来ない。

 

 それが宝鐘マリンの強さであり、弱さなのだ。

 

 ぼたんの死を見届ける事がマリンの役目。

 だがぼたんはそんなマリンを道連れにしたい。

 

 ぼたんの命尽きるのが先か、ぼたんがマリンに致命傷を与えるのが先か。

 マリンはほんのり口角を上げた。

 右眼の奥で理想のかなたが微笑む。

 

「タダで死ぬと……思うなよ……‼︎」

 

 ぼたんが呻吟混じりに不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 次の瞬間――パァン、と甲高い銃声が再びリビングに轟いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ポルカとぼたんの身勝手な離脱により、ねねとラミィは稽古場に取り残される。

 顔も知らぬ叛逆者2人にねねもラミィも勝てるビジョンが浮かばない。

 逃げることも許されず、2人は勇気を振り絞って立ち向かう。

 

「フブキ」

「うん」

 

 軽い合図で意思疎通を図り前方に飛び出す二人。

 ねねとラミィは姿勢を低くした。

 稽古で学んだ力を今こそ発揮する時。

 

 初撃は見極めが肝心だと習った。

 1撃目に渾身を放つタイプと、渾身の追撃の為に1撃目で隙を作るタイプ。

 相手の力の入れ具合を見て受け止められる攻撃は成る可く受け止め、素早く迎撃する。

 逆に渾身の打撃が来た場合はまず回避――この際相手の態勢を崩すモーションを僅かにでも入れるとアドバンテージになる。

 

 ねねはフブキを凝視した。

 フブキの動きは素早く、ねねの判断は遅い。

 フブキの拳を睨みその力みの弱さから、ねねは受け止める方向で意識を固めた。

 脚に力を入れぎりぎりまでフブキを引き付ける。

 

「ふっ――‼︎」

「ん゛っ゛――‼︎⁉︎」

 

 顔面を狙った拳。

 それはねねの眼前でクロスした両腕に直撃。

 腕ごと顔面を殴られてねねは後方に飛ばされた。

 

 

 同時にミオもラミィへ渾身の拳を放つ。

 ラミィもねねと同様の指導を受けている。が、ラミィとねねには明白な違いもある。

 それは呪いの有無。

 

 ラミィもミオを引き付ける。

 

「――ぶーっ!」

「――⁉︎」

 

 一定の距離まで詰められるとラミィは口から赤紫色の液体を噴き出した。

 反射的に腕で頭を覆い顔を伏せるが間に合わない。

 ミオの顔面に赤紫の液体が付着する。

 口内から吐き出されたにも関わらず、芳醇な香りを漂わせ、ミオに若干の熱を与える。

 この液体は――

 

「ぅっ……これ、ワイン……?」

 

 ラミィはすかさず右手をミオの頭に翳す。

 右手の先からちょろちょろと赤ワインが流れ出す。まるでボトルからワインを注ぐ様に。

 

「っ――‼︎ 何するの‼︎」

 

 ミオは直様距離を置くが、既に髪や服にワインが染み込んでいた。

 引火はしないがべたついて気持ち悪い。

 

 ミオの後退を機にラミィも間隔を広げねねの下へ。

 

「ねね、ねね! 大丈夫⁉︎」

「う、腕が……左手が動かない……」

 

 左腕の骨が折れていた。

 痛みは然程だが信号を送っても言うことを聞かない。

 ねねは右手で唇の血を拭い、鼻を押さえて流血を止める。

 

「ミオ、何されたの?」

「なんかワインかけられた」

「ワイン?」

「うん……おおっ、と」

 

 不可思議で珍妙な呪いにフブキは訝しげに眉を寄せた。

 ミオが体勢を立て直そうと足を動かすとぐわっ、と視界が揺らいだ。

 

「ミオ? 大丈夫?」

「うん……ちょっと酔った感じがするだけ……」

 

 フブキもミオもその発言からラミィの力を察した。

 酒を生み出し相手を酔わせる能力だ、きっと。

 

「……ミオ、アルコールだから引火に気をつけて」

「うん。分かってる」

 

 元々服なども引火しやすいがアルコールの染みた服や髪は一層警戒が必要だ。

 

「……」

 

 ラミィはねねを背後に隠して二人と対峙する。

 ラミィの呪は醸造と酩酊。但し、生み出せる酒はワインに限る。

 日本酒好きのラミィにとってはある意味奇跡的にミスマッチな呪であった。

 

 ミオにワインを注いだ事で多少の酩酊は誘発できた。

 しかしまだ動きが鈍りきっておらず、嘔吐感さえも与えられていない。

 酩酊の力に気付かれた今、これ以上ワインを注ぐことは難しい。

 となれば上手く捌いて、炎上に突っ込ませるか……。

 

「ラミたん! ねねち!」

「「「「――!」」」」

 

 燃える一本通路の奥から2つの人影が駆けて来た。

 ラミィとねねの瞳に希望の光が灯る。

 

「――よかった! 生きてるわね」

 

 たった数分だが不幸が重なれば死ぬ可能性もあった為、2人の生存に駆けつけたちょこが安堵する。

 まつりと共にねねの下へ駆け寄る。

 

「――ミオ行ける?」

「うん問題無いよ」

「よし」

 

 フブキとミオが目配せして小声で合図を取った。

 ちょこは素早く二人に向き汗の煌めく肩や胸元を大胆に露出する。

 

「暑いわね〜……」

「――?」

「――」

 

 小さな悪魔の羽をパタパタと揺らし艶かしく敵を見つめた。

 フブキが不快に満ちた様相で距離を詰めてくる。

 対してミオは心臓を掴まれた様に動きを鈍らせた。

 

(……どうして。白ネコちゃん、私の呪に耐性でもあるのかしら……)

 

 みことルイの他にちょこが籠絡できない者は未だ嘗て存在しない。

 誘惑が一切効果を見せないフブキにちょこは一瞬の戸惑いを見せる。

 だが切り替えは早い。

 どうせミオには誘惑が効くのだから、それで成果は十分。

 

「――ふんっ‼︎」

 

 フブキ渾身の打撃がちょこの腹を捕捉したがササッと案外身軽に回避。

 数秒背後に庇う3人を無防備にしてミオに突撃した。

 迫るちょこにもたもたと対処を試みるミオ。

 容易に対応をあしらわれ、ダンッと床に押し倒された。

 

「ミオ⁉︎」

 

 酩酊の破壊力か、とフブキはラミィを脅威と見たが真の脅威はちょこ。

 ちょこが躊躇なくミオに接吻を迫る。

 

(うッ……酒臭ッ……‼︎)

 

 ちょこの頬に手のひらを押さえつけて抵抗するが、徐々にそのパワーは弱まっていた。

 フブキは拳を握ってちょこに襲い掛かる。

 

「ミオに何するんだぁー‼︎」

 

 先刻、リビングでの光景と酷似したシチュエーション。

 同じ失敗を繰り返す程ちょこは弱く無い。

 

(織り込み済みよ‼︎)

 

 ちょこはミオと体制をひっくり返して、盾にする。

 怯んだフブキの拳が空中で停止。

 勢い余ってミオはちょこと口付けしてしまう。

 ちょこはミオの口内に舌を伸ばした。

 

「――っっっ‼︎‼︎‼︎ ごら゛ぁぁーーーーっ‼︎」

 

 フブキの逆鱗に触れた。

 ミオを避けて拳を放つと、ちょこはミオを放り捨てて2人から距離を置く。

 

 熱気とは異なる暑さでフブキの顔は真っ赤だ。

 床に放られたミオに駆け寄り肩を掴む。

 

「ミオ! 大丈夫⁉︎」

「ぁー…………」

 

 とろんと蕩けた琥珀色の瞳を見つめても視線が上手く絡まない。

 心ここに在らずと言った気配。

 フブキは何度もミオの名を呼ぶ。

 

「ミオ! ミオ! みーおー‼︎」

 

 その光景でミオの懐柔に成功したと確信しちょこはフフッと笑った。

 艶かしく唇に指を当てる。

 

「ミオちゃん。その子、やっつけちゃって」

「……はぁ〜い」

「――は? ミオっ――――‼︎」

 

 ぶんっ、とフブキの眼前を通過する腕。

 間一髪回避に成功したが、フブキは無理解に苛まれて事態を的確に分析できなかった。

 頬を火照らせてとろんとした微笑を浮かべるミオが――来る‼︎

 

「ちょ――ミオっ――なにするの! やめてよ‼︎」

「いい子ね。任せたわよ」

「はぁ〜い」

 

 フブキの相手をミオに任せ、ちょこは3人の下へ。

 ねねの骨折を一瞥。

 

「3人はハナレへ行って。この状況をみこちかそらちゃんに伝えて頂戴」

「先生は⁉︎」

「ちょこはアレを何とかして、向こうの3人を連れて行くわ」

「分かった! 気を付けてね!」

「ええあなた達も。くれぐれも用心するのよ」

 

 ラミィとまつりがねねに手を貸しながら稽古場の出入り口から宿舎を後にする。

 フブキとミオの諍いを素通りして3人は光の向こうへと姿を消した。

 

 ちょこは3人を見送り周囲を確認した。

 火の手は随分広まっており、長居すれば倒壊に巻き込まれるだろう。

 

(キッチンからナイフでも持ってくればよかったわね……)

 

 稽古場にある武器は木刀のみ。

 この場に真剣はないし、当然その他殺傷能力の高い武器もない。

 ナイフさえあればミオを隣に置いて心臓を貫くだけで事態は収束するのに。

 上手くやれば木刀でも腹程度貫けるが、生憎木刀は一つ残らず燃え尽きている。

 

(――! そう言えばさっき、酒臭かったわね。ラミたんがワインを浴びせてたのなら……)

 

 ちょこはとある奇策を思い浮かべた。

 パワーでは2人に敵わない。

 ちょこは夫婦喧嘩に割り込んだ。

 

「ミオちゃん。一緒に潰すわよ」

「うん」

「――‼︎ ミオ‼︎」

 

 完全にちょこの言いなり。

 ミオの攻撃を躱してちょこをしばき倒したいが、タチの悪い事にミオの影に隠れて機を伺ってやがる。

 ミオに攻撃は当てたく無いが、ミオのパンチはフブキと全く同じ威力を誇っている。

 

(ってか‼︎ なんでこんな情報を事前に話してないの‼︎ あの人たちは‼︎)

 

 ちょこやラミィの呪いについて伝達を受けていないフブキは莉々華を逆恨みした。

 失念してましたでは許されない失態だ。

 

 熱風で髪と尻尾が靡く。

 炎の中で流れ星が落ちる。

 

 一進一退の攻防を繰り返し、両者隙を窺っていたある時、ちょこが初のモーションを見せた。

 ミオのパンチがまた空振り。ちょこが一瞬ミオの影から外れたその機を逃さずフブキは拳を突き出す。

 だが同時にちょこはミオの背中を足蹴にして前方に押し倒した。

 

「あら失礼――」

「――‼︎」

 

 フブキは拳を引っ込めて真逆――前の減りに炎へ突っ込むミオに手を伸ばした。

 ミオの服の袖を既の所でキャッチする事に成功。

 ミオの焼身を間一髪回避したのも束の間、振り返ったミオが恩義など微塵も見せず拳を振るった。

 片手の防御も間に合わない――

 

「ん゛ぶっ――――」

 

 フブキの顔面に渾身のストレートがクリーンヒット。

 血を撒き散らして燃える床を跳弾した。

 

「ゔっ!……ん……」

 

 熱い床に手を着き膝を着き、空いた片手で口と鼻を覆う。

 瞬く間に血液が手中に収まらなくなり、滝の様に血が溢れる。

 

「あら。タフなのね」

 

 頑丈なフブキに感心するちょこ。

 フブキは這いつくばってその目を睨み上げた。

 

「ミオちゃん。トドメを――」

「ちょこ先生!」「――」

「「――――」」

「――⁉︎」

 

 通路から突如として登場するポルカとルーナ。

 ルーナはポルカに抱えられ、随分不貞腐れた顔をしている。

 フブキは肝を冷やして顔を顰めた。

 

「ポルカ、ルーナ……ぼたん様は⁉︎」

「…………」

 

 ポルカはバツが悪そうに視線をずらしてちょこの隣まで。

 並び立つミオを不審げに一瞥したがその瞳から全てを理解する。

 ちょこもポルカの態度で全てを察した。

 

「いや、分かったわ。それよりどっちか、凶器持ってない?」

「凶器?」

「ナイフか鈍器がいいわ」

「――ああ。すんません、無いッす」

「――‼︎」

 

 ちょこの質問の意図も素早く理解するが、残念ながら持ち合わせはない。

 ポルカは漸くルーナを下ろす。

 

「仕方ないわね。じゃああの子だけやっつけてハナレへ行くわよ。ここももう時期倒壊するわ」

「うッす」

「…………」

 

 ポルカが拳を握ってフブキを見下ろした。

 ちょことミオも並んで拳を握る。

 

「フブキちゃん‼︎」「みおしゃ‼︎」

「「――――‼︎」」

「――‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 更に更に、おかゆところねが稽古場へ参戦。

 ポルカは大きな舌打ちを一つ。

 ルーナは鬼の形相で2人を睨みつける。

 

「「――う、えあ⁉︎」」

 

 ミオとフブキの不可解な配置に素っ頓狂な声が漏れた。

 一先ずフブキの隣まで駆け寄りちょこ達と対峙する。

 

「大丈夫⁉︎」

「どうなってるの⁉︎」

 

 止まらない鼻血を押さえながらフブキは喋りにくそうに口を開く。

 

「わがんない……なんか、ミオが洗脳されたみたいで……」

 

 ちょこの呪いである事は明白だが、突破法が想像付かないのだ。

 

「……厄介ね」

 

 ちょこがボソッと呟く。

 ルーナの様子からもこの状況での戦闘は好ましく無い。

 

「仕方ないわ。ハナレへ行きましょう」

「え、でも……」

「みこちかそらちゃんが居ればどうとでもなるわ。それに、ね――」

 

 ちょこはチラリとミオの横顔に視線を向ける。

 丁度いい人質も居るのだ。後退してからでもやりようはある。

 

「分かった。ルーナ」

「…………」

「ミオちゃん。ハナレへ行くわよ」

「はぁ〜い」

「――‼︎ 待ってミオ‼︎」

 

 ポルカがルーナの腕を引いて逸早く出口を潜る。

 ちょこの指示でミオも3人を置いて出口へ。

 フブキの呼びかけも聞かずに宿舎を離れて行った。

 

「くそっ‼︎ ミオ‼︎」

「――待ってフブキちゃん‼︎」

「何⁉︎」

「1人で追いかけても――」

「2人も来てよ‼︎」

「でも……まだリビングにマリンさんが……」

「――‼︎――‼︎」

 

 状況がどんどん悪化して平静を装えない。

 奥歯を噛み締めると歯に痛みが走る。

 

「3人とも‼︎」

「「「――⁉︎」」」

 

 稽古場の出入り口からひょこっと顔を出すのはロボ子。

 2階から抜け出して回ってきたらしい。

 

「ロボ子さん‼︎」

「早くハナレへ行こう。ここはもう時期倒壊する‼︎」

「「でもマリンさんが――‼︎」」

 

 ロボ子の指示に猛抗議するおかころ。

 ロボ子は苦い顔で二人を見つめた。

 

「……シオンちゃんが見当たらない。ごめんけど探す余裕が無いからボクは諦めるよ。元々強い思い入れはないから」

「――――」

「マリンさんもボクにとっては同じ。いや、ここに居る全員同じだよ」

「「――――」」

「だから客観的に言わせてもらうなら、急いでハナレへ行かないと不味い。マリンさんの事は信じるしかない」

 

 ロボ子の冷酷で冷静沈着な判断にフブキは首肯して駆け出した。

 ロボ子も出口へ走る。

 数秒遅れておかころも足を動かした。

 ――但し、出口では無くリビングの方へ。

 

「二人とも‼︎ 自殺行為だよ‼︎」

「先行ってて!」

「マリンさん連れて行くから‼︎」

 

 ロボ子が連れ戻そうと稽古場へ踏み込みかけたその時――神が少女達に試練を与えるように――稽古場の出口が崩落した。

 

「っ――!」

 

 フブキは仲間の安否の心配などかなぐり捨てて、懸命にハナレへの道を疾走する。

 その雲地に血痕を残しながら……。

 

「……!」

 

 ロボ子も二人のことは諦め、そして信じてフブキの後を追ったのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 宿舎を離脱してハナレへと向かうラミィ、ねね、まつり。

 瓦礫の山が残るトロイア跡地を横切ってハナレへと辿り着いた。

 ばんっとラミィが豪快に扉を開く。

 中は真っ暗だった。

 

「そらちゃん! みこちー!」

 

 名前を叫んでみても返答は無い。

 神の間にいるのだろう。

 本来は通行の許可されていない領域だが、今は非常事態だ。

 3人は監視機材などの詰まった部屋を通り、専用の転移魔法陣へ向かう。

 

 ぴちゃ……

 

「――ん?」

 

 微かに粘性のある液体が滴る音が響く。

 暗い室内の中、まつりは周囲を見まわした。

 その時、ふと足元を見たのだが……違和感があった。

 

「……」

 

 まつりは息を飲む。

 異様な胸騒ぎが止まない。

 小さく屈むと何やら鉄のニオイがした……いや、これは……血のニオイ。

 

 足元の違和感、それは踏み慣れない固まった血の感触だ。

 

「まつりちゃん……これって……」

 

 ねねとラミィも恐怖を覚え、震え始めた。

 固まった血溜まりを辿って、血の発生源を探した。

 

 ぴちゃ……

 

「……ここ」

 

 血液の滴る音が近付いて顔を上げると、いかにも怪しいロッカーが一つ、でかでかと聳え立っていた……。

 

 まつりは恐る恐るロッカーの扉に手を掛けた。

 がたがたとロッカーが震える。

 

 暗闇の中2人に目配せして、いざ扉を開けた――

 がちゃ……

 

「うぉっ……と……?」

 

 開けた途端に何かが倒れ込んできた。

 まつりは咄嗟に受け止める。

 少し冷たくベタついた、人間サイズの何か……

 

「「ひっ……‼︎」」

 

 ねねとラミィが半歩引いた。

 まつりは体勢を整えて自分の抱えるモノをよく見つめ――

 

「――っ‼︎‼︎」

 

 思わず手放して激しく距離を取った。

 べたん、と床にそれは倒れた。

 

「そ……な……」

「ぅ」

 

 ねねが右手で口元を覆って視線を逸らせた。

 ラミィの目に絶望が影を落とす。

 まつりがつーっと涙を流して、それを見つめた。

 

 枯れた桃色の髪と赤く染まった白衣。

 腐った特有の獣耳と尻尾の毛並み。

 血溜まりの上に弾け飛んだベンゼン環の髪留め。

 嗄れた唇と色褪せた瞳。

 腹部には幾つもの刺し傷があり、もう息はしていない。

 

「こ、よ……」

 

 

 ――トロイアハナレで「計略家」博衣こよりは死んでいた。

 

 

 

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