炎上する通路を口元を押さえて懸命に突き進む二人組がいた。
マリンの生存を信じ、救出する為に果敢に火中へ飛び込んだカップル、おかゆところねだ。
リビングへ続く一本通路は比較的火の回りが弱く煙も薄い。
それでもやや身を屈め、二人は横並びで一心不乱に走った。
自分達に優しくしてくれた恩人を見捨てる事なんて出来ない。
マリンを連れて、おかゆところねも撤退する。それが理想的な最善。
服を着てサウナに入った様な不快感に身悶えした。
獣耳や尻尾は特に汗や蒸気を吸っている。
今すぐお風呂に入りたい気分だ。
二人は無言で速度を上げた。
「――! ころさん!」
「――あ‼︎」
リビングに到達する前に通路で俯せに卒倒した1人の少女を見つけた。
周囲の炎よりも赤い髪が特徴的。一目で分かる。
「「マリンさん‼︎」」
脇目も振らず全速力で駆け寄った。
おかゆは口元に手を翳して呼吸確認。ころねは首元の脈に触れて心拍を確認。
「――生きてる!」
二人は顔を合わせて安堵の表情を見せ合った。
視線で以心伝心するとおかゆがマリンの上半身、ころねが下半身を抱え上げる。
ぽたぽたっ、と数滴の血液が滴り初めてマリンの負傷が発覚。
容態を調べると数刻前の右手の骨折に加えて、左肩が銃で撃ち抜かれており、他にも複数の擦り傷や切り傷があった。
マリンの担ぎ方を変えて最大限の配慮をする。
「どこから出よう?」
「んー……やっぱ2階!」
「だね‼︎」
表玄関も稽古場出入り口も天井の崩落で道は閉ざされた。
おかゆところねに残骸を撤去する力は無いので、必然的にロボ子の通ったルートをなぞる事になる。
「いそご!」
二人は横並びで通路を駆けリビングの明かりに向かって突き進む。
走力を上げ、但しマリンへの負荷を極限まで減らす。
次第にずれるマリンを何度も担ぎ直してリビングへ突入。
火の手はリビングを埋め尽くすほどに広まり、その炎上の中に微かに通路が残る様な惨状。
様々な物質の燃焼で発生するニオイが混濁して鼻をつく。
暑さのあまり口を開け熱気を逃がしていると口内から口腔と鼻腔にニオイが立ち入って充満する。
軽く尻尾を揺らしただけで火に突っ込むが暴れてマリンの身体に響いてはならない。
最も危険な炎上区域を突破する為、二人は更にスピードを早めた。
こんな場所に長居は無用。
玄関へ通じる廊下への扉は閉じてある。
当然扉も燃えている。
突き破るしかない。
「おがゆ、マリンさんお願い」
「うん」
一度マリンをおかゆに預けるところねは勢いよく扉に突進――
だんっ、と扉は軽々と吹き飛んだ。
熱での変形などもあり脆くなっていたのだろう。
数歩下がっていたおかゆの下へ戻り再び二人でマリンを担ぐ。
「よし、行こう」
横幅の狭い扉。
おかゆを先頭にして廊下へ抜ける。
「ぅ――」
「うわっ――」
駆け出した途端ころねは躓いた様に前方へ倒れた。
咄嗟にマリンの下半身を投げるとおかゆへの負荷が一気に増し、おかゆも廊下に飛び出して転倒。
意識の無いマリンがおかゆの隣にばたっと放られる。
奇跡的に火中に飛び込む事態にはならないが、おかゆは慌ててマリンに手を伸ばした。
「ごめんマリンさ――」
「がああああああああああああああああっっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎」
一音でさえも倒壊に繋がる緊迫感の中で上がる、ころねの悲鳴。
おかゆは肩を跳ねさせて驚き、汗を散らして振り向いた――瞬間波状に攻め立ててくる驚愕に息を詰まらせた。
丁度扉のあった出入り口でころねが転がっている。
この数瞬で発汗量が著しく上昇。
汗まみれの顔を真っ赤にして絶叫の後も激しく呻吟する。
そんなころねが両手で懸命に押さえる右脚――が無い。
両手は既に赤黒く染まって、右脚の傷口からの出血は止まらない。
剥き出しの肉や骨がグロい。
「ころさん‼︎‼︎」
あまりの惨さにマリンの存在を忘却しころねに駆け寄った。
その際ちらとリビングを見るところねの脚の片割れが転がっていた。
一体何が起きたのか、二人は理解が追いつかない。
突如ころねは浮遊感に襲われて転倒し、おかゆは目を向ければ既にころねの右脚の膝から下が無かった。
急激に全身が乾き恐怖と焦燥からおかゆはうるうると涙を溢す。
おかゆの瞳の煌めきが強さを増してころねを見つめるが、応急処置も心得ておらず冷静になれない。
「は…………タダ、で……死ぬ゛、がよ……‼︎」
「――‼︎」
無い扉の奥、リビングに転がるころねの脚を蹴り飛ばして燃える獅子がユラリと怨霊のように立っていた。
尻尾の先端が蝋燭の様に燃えており、腹や肩には銃撃痕、全身には火傷痕が見受けられる有様。
真っ赤に薄汚れた八重歯をチラつかせて微笑を溢すと震える手で銃を構え、ヘタクソに照準を合わせた。
向いた銃口が常に彷徨い標的が分からない。
おかゆは乾く涙を流して喉を鳴らす。
パァン!パァン!パァン!パァン!
「ゔっ――ああああ‼︎」
4発発砲。
銃弾が偶然捕えたのはおかゆの左肩と左足。
撃たれた箇所を押さえ込むとぐちょっとした感触が伝わる。
奥歯を噛み締めてぼたんを睨み上げた。
ぼたんの震える手、おかゆの涙、室内に浮かぶ蜃気楼。3つの要素が混ざり合いおかゆの視界に映る銃は酷く歪曲していた。
「ぜッ、いん……ゥぶ…………みぢッ、づれ……だ――――‼︎」
「うっぐぅ――――‼︎」
ぼたんの勇んだ言葉以上に間近のころねの呻き声が大きく耳に届く。
おかゆはあらゆる感情を噛み締めてぼたんを睨み、死を覚悟した。
ぱぁん!
かしゃっ……
「あッ――うぐゥ……で、め゛…………」
「え――うぁ――⁉︎」
次なる銃弾はぼたんの握った拳銃を弾く。
小さな衝撃で全身の均衡を失いぼたんがダンッと跪く。
予想だにしない現象。おかゆは思わず振り返り――さらに涙が頰を伝う。
「マリン、さん――!」
揺らぐ視線の先、通路の中央で拳銃を構えたマリンが佇んでいた。
左手に掴んだ銃は一切ぶれることなく敵を狙う。
ぼたんの腰が抜けている内に離脱したい。
だがもう二人は満足に立てない。
「う! ぐぅ――ぁああああ――!」
ころねの呻吟は止まない。
激痛が収まらない。
おかゆも左脚に力が入らず立ち上がる事すらままならない。
マリンはすかさず二人の下へ。
へたり込んだぼたんが再び銃を握った瞬間、マリンはその銃を弾丸で弾く。
軽い衝撃だが一度弾くとぼたんは数秒怯んで隙が出来る。
マリンは左腕でころねを抱え上げ、右肩をおかゆに貸す。
そして重たい足取りで長くない廊下を歩き、階段を登り始めた。
配慮の余裕が無いマリンの歩幅におかゆは息を合わせて一段一段丁寧に素早く登る。
瓦礫が足に刺さって痛いし、炎を踏ん付けて足が熱い。
炎上は勢いを増し、熱量も高まる。
もうそれぞれの吐息と炎の唸り声しか聞こえない。
コ型の階段の中央部まで到達。
ガタッ……
「ま゛……で……‼︎」
ぼたんが床を這いずって階段の1段目に手を掛けた。
3人にその姿は見えないが声と音と気配で分かる。
3人は心だけ急ぎ階段を登った。
何度かおかゆの足が縺れて転びそうになった。
ころねの出血量が減り始めた。
何とか2階へ到達。
階段を這い上がる猛獣には目もくれず2階の空いた窓を探す。
扉は全部で5つ。
その内開け放たれているものが3つ。
どの部屋が正解なのか知らないが、マリンは生存本能に従ってひとつの部屋を目指した。
パンパァン……パンパンパァン――!
階段を登り終えた瀕死の獅子が拳銃を乱射した。
ぼたんの全身は既に火に飲まれている。
五感すら正常に機能しない中の乱れ打ち。
銃弾はあちこちを撃ち抜いた。
ピキュン――
「うぐぁ‼︎」
ばたん!
とおかゆが転んだ。
狙ってもいない銃弾がおかゆの右脚を貫いてしまった。
おかゆが立てなくなる。
火の手と獅子の魔の手が差し迫る。
「あぅ……ぅ、ぐ……」
「うぐっ……ぅぅ……」
ころねもおかゆも苦しみ悶えている。
マリンは折れた右手を伸ばした。
「うっ……ぇ……?」
なんと、マリンは右脇におかゆも抱えて重たい足取りで進み始めた。
生死の瀬戸際で放たれる馬鹿力。
意識も朦朧として脳はまともに機能していない。
マリンの身体は本能に裏打ちされて動いていた。
半分以上閉じられた左眼が然として空いた扉を視界から外さない。
のそ……のそ……のそ……のそ……
どんな生物よりも遅く、重く、だらしなく歩みを進め、目指した扉の内側へ――
「「「――――」」」
突如差し込む眩い閃光。
外界から差し込む太陽の光。
割れた窓が3人の前に現れた。
飛び降りても受け身が取れないとか、そんな事は考えていない。
ただ目の前の死に争う様に……地獄の釜から蜘蛛の糸に縋る様に……マリンは日差しを追い求めた。
日差しが迫る――迫る――迫る。
あと……少し……。
パシッ‼︎
「――⁉︎」
どがっ、とマリンは盛大に顔面を床に打ち付け、抱えていた二人を床に叩きつけた。
右の太腿を一周する細い何かの感触に足を取られた。
「ァ……て……」
文字通り身を焦がすぼたんが鞭でマリンの足を絡め取っていた。
ぼたんだってもう、意識途絶寸前。
冷静な判断なんて出来ない。
ただ本能のままに――心中相手を探す。
転倒の衝撃で3人の脳は更にダメージを受けた。
あと数歩――あとたった数メートル――。
マリンは目先に転がるおかゆところねを見て、心の奥底で願う。
(何とか…………逃げて……)
拳銃を抜く気力も無い。
マリンは完全に脱力した。
「ィひ……づ、ェ……」
ぼたんの魔の手が3人に迫る。
ぼたんの燃える瞳がギラリと輝く。
「ぅぉああああああっ‼︎」
「「「――⁉︎⁉︎⁉︎」」」
突如ころねが雄叫びを上げ駆け出す。
死力を尽くして、両手を床に突き、3本足で床を蹴って――マリンとおかゆを抜き去って――ぼたんの喉笛に噛み付いた‼︎
「ァッ――ぶぐッ、ァァァッ――――‼︎」
突進でぼたんを室外に押し出して喉から血肉を食う。
獅子の血と肉の味に溺れる。
「んーーーっ‼︎ んーーーっ‼︎ んんんっーーーっ‼︎‼︎」
ころねの焦茶色の瞳に最後の灯りが灯った。
血に溺れながら猛り、決死の思いで2人に叫ぶ。
おかゆが燃える床を這って振り返った。
数センチ、ころねに這い寄る。
マリンが尽くしたはずの力を振り絞って立ち上がった。
脳震盪を起こした様に視界がぼやける。
それでも一歩、ころねへと向かって踏み込み折れた手を伸ばす。
ぼたんの意識が――途絶する……
「ヂ…………」
寸前に右手に生成した丸い物質。
ぼたんや室内の炎上は刹那の内にその球体に引火する。
「ん゛ーっ゛っ゛っ゛っ゛‼︎‼︎‼︎」
ころねが叫んだ。
マリンとおかゆが手を伸ばした――。
ドォォオオオオ――‼︎
激しい爆音を轟かせて手榴弾が炸裂。
宿舎全体が共鳴する様に激震し――爆心地から倒壊していった……。
だんっ、だん……ずざー……。
………………。
………………。
爆発の衝撃で2階の窓から2人の少女が雲地に投げ出された……。
濃く真っ赤に染まったツインテールと、潰れた右眼が特徴的な少女。
日光を浴びて艶を増す紫髪とネコの尻尾、耳が特徴的な少女。
2人の周囲には小さな瓦礫の破片もパラパラと飛散し……置き土産にべちゃっ、と不吉な音が響く。
爆発の衝撃で完全に気絶したマリンは全身に爆弾の破片を浴びつつも、微かな息を溢しながら雲に伏していた。
爆発の衝撃でも落下の衝撃でも意識を手放さなかったおかゆは、目前に落下した「それ」を目撃し――
「ぅぁ……ぇ…………ゃ…………っ‼︎‼︎」
痙攣する腕で掬い上げた。
火災の熱が微かに残っている……
爆発の衝撃で千切れて偶然この場へ舞い落ちた……
いつもおかゆの左手を握っていた……
ころねの、み……――
「ぁあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
大粒の涙を流し、大口を上げ、更に天空へと絶叫し――絶望に侵食されたまま、おかゆは意識を手放した。
――――――――――
倒壊しても尚紅炎と黒煙を上げて煤を生むインターン生宿舎。
全員がハナレへと向かった事を確認した3人組+1は爆破後に轟いた絶叫の発生源へ赴く。
「こっちの方から……あ、いましたよ〜」
「隻眼と……ネコか」
全身煤やら血やらで薄汚くなった2人の少女を見下ろしてミイラ女性が枯れた喉を震わした。
ミイラ女性の片腕には変わらずシオンが抱えられているが、涙や鼻水、唾液などは全て拭った様で醜さは軽減されている。
「……」
紫のネコ――おかゆが両手に掬っている欠損した人体の一部を発見し金髪少女が瞬きを繰り返す。
おかゆは絶望一色の表情で大口を開け、醜態を晒す顔で気絶していた。
付き合いは短いが、二人の恋路の結末には同情する。
「……なんか癪だな」
「同感」
「むっ――!」
ミイラ女性とトワの些細な不満に過敏に反応し、金髪少女はぷっくりと頰を膨らませた。
怖さのカケラもない紅の瞳で二人――取り分けミイラ女性を睨む。
「……」
ミイラ女性が一瞥し視線が絡む。
不快そうに眉を寄せたのが包帯越しでも分かった。
「……まあ成果分くらいは助けてやるよ」
「成果?」
ミイラ女性はマリンを蔑む様に見下ろす。
成果など感じられない惨状にトワは首を傾げた。
ミイラ女性がマリンの懐を弄ってひとつの宝石を抜き取ると、それを2人に見せ付ける。
「――それは!」
「みこちの魂のカケラだ」
太陽光を浴びて煌々と光を放つ紫水晶。
「見つけてたのか……」
「らしいな。流石に崩壊後に探すのは骨が折れる。持ち出したのはナイスだ……癪に障るが」
「同感」
「むーっ!」
成果は賞賛しつつ立役者は酷評。
2人の意気のあった批評に金髪少女の柔らかいほっぺたが更に膨れた。
「まあいい。一先ず宝石は3つ揃った」
ミイラ女性が自身の服のポケットからルビーの埋め込まれたビー玉を取り出すと、手の平に乗せて紫水晶――アメジストと並べる。
そこへ更にトワが手を添えると、宝石は3つに増える。
ルビー、ダイヤモンド、アメジスト。
全てがみこの魂のカケラ。
「じゃあこいつら連れてハナレへ行くぞ」
「……そうですね〜」「ああ」
「お前そいつ持て」
「え、無理ですよ〜?」
シオンを左腕に持ち替えて、右腕一本でマリンの全体重を担ぎ上げるとミイラ女性は金髪少女におかゆを任せた。
しかしあっさりと断る。と言うか物理的に出来ない。
「は? やれよ」
「だから無理ですって〜。ほら〜、こんなきゃわきゃわな女の子が人ひとり抱えれるわけないじゃないですか〜」
「……はっ、お前よりかはあくあの方が可愛いわ」
「…………」
トワがぴくりと眉を動かした。
「さっさとしろ。あたしは2人で手一杯なんだよ」
「無理なものは無理ですぅ〜」
「――いいよ、トワが連れてくから」
2人の口論が激化する前にトワは自らおかゆを肩に担ぐ。
ミイラ女性はトワがおかゆを担ぐ瞬間を凝視した。体勢や接触位置などを鋭く観察し、許容範囲である、と判断すると漸く正面を向いて歩き出す。
もう――天界に生存者はいない――。
――――――――――
地界、神の間――。
一通りの説明を終えた莉々華が一息吐くとみこが訝しげに睨む。
「殆ど2日前と同じ話じゃにぇか」
「そうでしたか?」
「――オメェ、何企んでる‼︎」
「企み……そうですね。私の企みはみこさんの望みと同じですけど――」
何かがおかしい。
莉々華ははぐらかす様に言葉を変えて同じ事を繰り返している。
呪い消滅の企ては以前耳にしたし、その作戦決行日も互いに了承の上で決定している。
互いの体調を整えた1週間後を最終決戦日にすると、2日前に言っていた。
みこだって最終決戦に向けて準備を進めていた。
莉々華との締結した約束通りの未来を掴む為に。
無駄な代償を払ってまで――。
「……間も無く来ますよ」
「あ?」
莉々華の奇妙な一言。
みこへの宣戦布告であり、わためへの合図である。
次なる展開は大方予測できている。
その為にわためを連れて来た。
幾つかの予想外と規格外もあるが、ミオの籠絡は大したマイナスにならない。
バチバチッ――ヴンッ――
「――⁉︎ 転移魔法陣⁉︎」
扉の向こうの通路――の更に奥にある転移魔法陣。
天界のハナレと繋がる魔法陣が起動し、何者かが流れ込んで来る音と気配を感知した。
みこはそらを後方に庇いつつ扉を睨み殺す。
魔法を構えた。
束縛の魔法でも死の魔法でも、何でも放てる。
場合によっては莉々華に放つ覚悟もある。
だんっ‼︎
と礼儀も作法も無く盛大に扉が開いた。
バチバチッ、とみこの手中で魔法が弾ける――
「「みこち‼︎」」
狭い通路から広い一室へ突入してきた2人組。
2つのお団子を作った金髪が真っ先に目に入り、次いで寒波を想起させる氷の様な透き通る長髪。
ねねとラミィが扉を押し破る様に神の間へ入室。
みこの手中の魔法の流動が弱まる。
「ねねち、らみたん……? どうした⁉︎」
予期せぬ来訪にアホ毛を倒して問い返す。
2人は汗だくになって肩で息をする。
ぜぇはぁと呼吸を整えながら口を開き――かけて動作が停止した。
見覚えの無い存在――莉々華が居たからだ。
「こいつは無視しろ! 何があった!」
無礼に対する厳罰など考えていない。
みこは力強く催促した。
「叛逆者が攻めてきて‼︎――」
「宿舎が燃えちゃって‼︎――」
「みんな戦ってて――‼︎」
みこの眉間に皺が生まれ、鬼の形相へと変化する。
全てを威圧感を持って殺す迫力でギロリと莉々華を睨んだ。
話が違う。約束が違う。
もしみこに本気を出させる為の奇策なら、大成功だ。
頭が沸騰して湯気を発する。
だがギリギリ、みこは莉々華殺害を踏み止まる。
怒り心頭だが、莉々華の立場を理解しているからこそ――
「みこち‼︎」
そこへ遅れてまつりが顔を出す。
ねねとラミィの背後からひょこっと小さな身体を――
「――‼︎⁉︎」
「みこち‼︎ こより、が――‼︎‼︎」
まつりの抱えた桃色コヨーテに全感情が奪われた。
一瞬心が痛んでそらとみこは視線を逸らしかけた……しかし――。
まつりの腕に乗る少女――こよりの腹部が違和感だらけで絶句し、視界の滲む目を凝らした。
刺し傷だらけで血みどろ。
残忍な最期を想起させる有様にみこの頭は爆発した。
「莉々゛華゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛ッ゛ッ゛‼︎‼︎」
激昂したみこは一度納めた魔法の閃光を放つ。
闇が凝縮された様な魔法が一直線に莉々華へ飛来。
死の魔法――。
触れれば死ぬ理不尽な力。
ごごっ‼︎
「にゃッ――‼︎⁉︎」
莉々華の眼前に地面が突出。
魔法は無機物に接触し霧散した。
(後はフブキさんとミオさんが来るまでの時間稼ぎ!)
ごごごごごっ……と弱々しい地震が発生し、天井から土塊が落下する。
インターン生3人はその場で均衡保つ体勢を取る。
「み、みこち……どうすれば……‼︎」
「ここに居ろ‼︎ 護ったるから‼︎――そらちゃん‼︎」
「いいの⁉︎」
「いい‼︎」
「分かっ――た‼︎」
地の隆起や陥没が厄介だがみこの攻撃は周囲を危険に晒す。
そらの回復があるが、仲間を酷く巻き込んでまでみこの魔力を浪費するのは愚策。
ならば寧ろそらを攻撃に回す。
莉々華の殺害も本格的に視野に入った。
莉々華が協定を無視して仕掛けて来たとはつまり、そう言うことだ。
みこに歯向かうもの全てを蹂躙する。
それがみこの役目だ。
みこは魔力の無駄遣いを避ける為、莉々華の相手をそらに任せつつ機を伺う。
そらが指先を発光させた。
刹那――
「――っ⁉︎」
ピュッ――と土壁を貫くレーザービームが放たれた。
莉々華の頬をレーザーが掠る。
頰が焼けた……。
(みこさんも情報隠してんじゃん――!)
そらは治癒の呪い。これは疑いようの無い事実。
だが正しくは――治癒と光明の呪い。
みこは光明の力を秘匿していた。きっとまだまだお互い隠し事はある。
「――、――、――、――、――」
そらは無言でレーザーを連射し、莉々華は息を上げながら回避を重ねる。
運動音痴且つ体力不足な莉々華に取って持久戦は部が悪い。
そらの思考を下ろしながら、みこの思考や天界の状況を下ろせるほど莉々華の脳は活発では無い為、一騎打ちの現状も極めて危機的である。
わためが壁中から盤面を眺めてサポートしてくれているが、レーザーは土の壁を物ともしない。
だからわためはそらの足場を陥没させ、時間稼ぎに転じた。
「わッ――」
大きな穴に嵌ってそらは自力で脱出できなくなる。
みこは魔法を展開しながらやや浮遊。
そらは指先に光を溜めた。
みこは莉々華を睥睨すると……
「そらちゃん!」
「――うん」
そらに合図を送り2人の居場所を入れ替えた。
瞬間ピュッ――と莉々華の胸部をレーザーが穿つ。
「い゛ぅ――‼︎」
落下しながらそらはもう1発レーザーを放つが今度は狙いが逸れ、脇腹を貫通。
そしてそらが着地。
再度の連射は回避し切れないと判断し、わためは莉々華の足場を崩して莉々華を地中に隠した。
莉々華の残像を光線が撃ち抜く。
「チッ!」
みこが浮遊で穴から抜け出しその瞬間を目撃すると、大きな舌打ちをした。
バチバチッ――ヴンッ――!
「――!」
転移魔法陣の作動音が再び響いて、通路から足音が迫る。
「――! みんな!」
「ポルカ! ルーナ!」
先頭はぽるーな。
口先を曲げて不貞腐れたルーナの手をポルカが引いている。
その背後からちょことミオ。
理性を失った瞳でミオが周囲を見渡す。
「……あの血はこよりのか」
ハナレに見た固まった血溜まり。
まつりの抱えた遺体を前にポルカは表情を曇らせた。
中々の惨さにちょこも直視を拒む。
「――! ちょこてんてー‼︎」
「――! そう! この子人質‼︎ どうすればいいかしら‼︎」
みこはインターン生に紛れるミオを目視しちょこの呪いを連想した。
ちょこの言葉から確信し、みこは激しく動揺を見せる。
たった今決意した事が早速響動めく。
本気で叛逆者の殲滅を行う腹積りなら瞬殺一択。
だが……莉々華の考えも読めない今……ミオを殺したら……。
(今ミオちゃんが死んだら……何の為に、今まで……‼︎)
迷いが生まれ、みこの力が弱まる。
莉々華の想いが汲めないから、ミオを殺す勇気が湧かない。
(どうする⁉︎ どうしよう‼︎ どうしたら‼︎いいの⁉︎)
殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺さない――――
(もういっそ! ここではあちゃまを……⁉︎)
殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺さない――――
(莉々華――! お前は何を考えて――‼︎)
殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺さない――――
(いや……‼︎ お前らの事だ‼︎ 保険くらいある、よなァ⁉︎)
殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す――――
(いや! 保険くらい、あれよ‼︎)
殺す、殺さない、殺す、殺さない、殺す、殺す、殺す――――
(みこはもう……‼︎ 手加減しねェぞ――‼︎⁉︎)
「オメェらそこどけェッ‼︎」
「「――⁉︎」」
インターン生とちょこに罵声を浴びせる勢いで唾を散らし、喚く。
ミオを入り口前に放置して、他6名+1が一斉に室内へ広がる。
みこが死の魔法を構えた。
壁中からわためが戦況を分析し、ミオの周囲を土壁で囲い防御。
みこは魔法を変更し壁の突破を図る。
そらが周囲を見渡した。
不自然な穴――不自然な光の漏れを感知して、そこへレーザービームを放つ!
「っ――⁉︎」
ピキュン――と壁中のわための土手っ腹を光線が焼いた。
「オッらァ‼︎」
わためのサポートが消えたタイミングで土壁に魔法を放ち、小規模な爆破で粉砕。ミオの姿が露呈すると今度こそ死の魔法を溜める。
ミオは逃げる素振りを見せず、やや上空から飛来するみことその手中の魔術的な閃光に目を奪われていた。
バチバチッ――ヴンッ!
通路の奥で魔法陣が作動し、新たに2人が神の間へ。
「――‼︎ いた! ミオー‼︎」
フブキの声に緩む涙腺。
ミオは振り向かず、やはり魔法の美しさに目を焦がしている。
みこはあらゆる激情をかなぐり捨てて――魔法を放った。
「追い付いたよ! ミ――」
ビリッ――――
――――――――――
――――――――――
――――――――――
ぱさっ。
「――オ?」
入り口に辿り着いたフブキの足元にミオが倒れた。
ばっ、としゃがんでミオの肩を掴んだ。
「ミオ! ミオ⁉︎ ミーオー‼︎」
ゆさゆさゆさゆさと幾度も激しく全身を揺さぶるが、反応が無い。
「ミオ‼︎」
「フブキちゃん! 下がって!」
「いやだミオ‼︎」
「フブキちゃん‼︎」
「いやっ! いやだ‼︎」
正面のみこが剣幕な面持ちで魔法を構えている。
フブキと共に転移して来たロボ子が強引にフブキの身を引くが、ミオから離れようとしない。
みこの呪いを考慮するなら――ミオはもう死んでいる。
息をしていない。
鼓動が聞こえない。
ミオの身体にがっつく度にそれを感じる。
でもそんな現実は受け入れたく無くて、ミオを抱きしめて……
「フブキちゃん‼︎」
みこの、人を殺す為だけの魔法が放たれ――
ビリッ――とフブキの胸に直撃したのだった……。