叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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叡智の書②

 

 嵐のようにやって来て、去って行った神の遣い2名。

 らでんは割れたテーブルの片割れを見下ろして溜息をついた。

 数秒待って、2人が本当に帰ったことを確認すると、しゃがみ込んで残骸の掃除を始めた。

 

「2人は帰ったよ。もう問題ない」

 

 押し入れには目もくれず、そう伝えた。

 

 がたがたと物音を立てた後、押し入れが開く。

 

「おわぁっ!」

「どどっ」

「ぃでっ!」

 

 体の縺れた3人が、お互いを巻き込みながら転がり出て来た。

 不幸にも下敷きになった奏が苦しそうに藻掻く。

 

「フブキ、大丈夫?」

「うん、ありがと」

 

 中央に挟まったフブキを気遣い、ミオがさっと立ち退く。

 そしてそっと手を差し伸べた。

 フブキは照れ臭そうに手を取り、下敷きに体重を掛けながら立ち上がる。

 

「おげぇっ……」

 

 フブキに圧迫され、胃酸が逆流しそうだった。

 奏の呻き声を耳にしてフブキは床を見る。

 当然奏が俯せに転がっているのだが――

 

「大丈夫?」

「は、はぃ……」

「よかった」

 

 咎めない奏に手を差し伸べることもなく、笑って放置した。

 その事にすら奏は触れず、立ち上がって腹を摩る。

 髪をぱさぱさと揺らして付着した埃を払う。

 

 ミオとフブキも全身を震わせて簡単に取れる汚れを人の宅内でばら撒く。

 

「……あの」

「何かな」

 

 フブキがらでんの後ろ姿に声をかける。

 声のトーンは落ちていた。

 

「あ、有難うございます、庇ってくれて」

「ありがとうございます」

 

 見てなくとも、頭を下げた。

 倣ってミオも腰を折る。

 後ろ髪が肩から垂れて来て、少し邪魔だ。

 

「ああ、気にしなくていい。私の家に死体を3つも置いて帰られたくは無かったから。自分のためさ」

 

 振り向く事なく、黙々と手でテーブルの欠片を拾い集めている。

 

「でも……」

「勘違いしないで貰いたい」

 

 命拾いした身として謝罪を受け入れてほしかった。

 そう告げようとしたのだが、らでんが漸く振り返って忠告するので開いた口の塞ぎ方を探す。

 

「私は君たちの味方じゃない」

「それは分かってます」

「いいや分かっていないね」

 

 瞳孔を広げ、指を突きつける。

 フブキは仰け反った。

 

「君たちは私が庇った理由を理解していない。当然教える気など無いが」

「――――」

「いいかい、今後の為に言っておくけれど、私はもし将来君たちの情報を買いに来る者がいれば、報酬に応じた情報を躊躇なく提供する」

「…………はい」

 

 フブキは目を伏せて小さく返事した。

 慰めるようにその肩にミオが手を添える。

 

「……っ、すまないね……だが君たちだって家が荒らされれば腹が立つだろう?」

「それは、もう」

 

 家具一つの破壊で済んだ事はむしろラッキーだった。

 彼女らが下手に暴れれば、最悪このツリーハウスは消し飛ぶ。根元からごっそりと。

 

 それを覇気だけで感じ取れたのだから、3人だってらでんには同情する。

 

「あ、あの――」

「今は下手に質問しない方がいい」

「――っ」

「疑問を解消したいのなら、自分の目で確かめるか、後日お金を持って来ることだね」

 

 ビー玉や神の遣いについて聞きそびれてしまった。

 フブキは両手の指を合わせて気を紛らす。

 

「あの〜」

「はぁ……なんだい?」

 

 ひと段落着いた所で今度は奏からの発言。

 らでんは大層なため息を吐く。

 拾い集めた木片を全てゴミ箱に捨てると、奏の目を見た。

 

「今夜ここに泊めてもらえませんか?」

「……何とも図々しいね。しかも、見上げた度胸だ」

「いや〜、だって、もう夜遅いですし〜」

 

 フブキとミオは口をぱくぱくさせて、距離を取る。

 らでんの怒りのツボを無闇に刺激するなと。

 堪忍袋の緒が切れた未来を想像して、慌てる。

 

「この状況で私が許可すると思った?」

「さっきのビー玉。50万円で売れたじゃないですか〜。あと35万円分残ってますよ?」

「あの取引はお互いの承諾を得た筈だ。もし価値を知らなかったのならそれは君たちの無知が原因だよ」

「そうですけど、アンフェアな取引は嫌いなんですよねぇ? 今からでも釣り合わせる事はできると思いませんか?」

 

 中々どうして口が回る。

 他人からの評判など気にしないし、風評だってらでんにとっては無意味だ。

 だがもし今の流れで断れば、らでんは数分前の発言が嘘という事になる。

 その嘘で困るものは誰1人居やしない。

 

 それでも……。

 一度自分の発言の整合性を無視すれば、今後はそれを繰り返す羽目になる。

 自分が嘘をつく人間になってゆく。

 

 それだけはダメなんだ。

 理由などなく、嘘をつかない人間になりたい。

 自分の記憶の中では、本音と隠し事だけで生きていたい。

 

「……本当に図々しいよ、まったく」

 

 呆れを通り越して寧ろ感心した。

 視線を外して吐き捨てた後、小さく笑った。

 

「分かった。今日は泊まっていきな」

「「「――!」」」

「但し! 明日の朝には来客の予定がある。君たちがいると都合が悪いから、早朝にはここを発ってくれよ?」

 

 奏の巧妙な口車に乗っかったらでんからの許諾に有頂天となる3人。

 ぱぁっと瞳に色を灯し、跳ね上がるフブキとミオ。

 奏もぐでっとソファに倒れ込んだ。

 半日もの旅路と商談、更に予期せぬ邂逅まで。

 既に疲労は最高潮だった。

 この精神と体力のまま野宿は苦しいものがあった。

 らでんは正しく救世主。

 見事な交渉に漕ぎ着けた奏も一役買っている。

 

 フブキとミオからの評価は、共に上下左右と迷走していたが、ここでぐっと株が上がり、ある程度固定された。

 

「い、い、ね?」

「「「はぁーい!」」」

 

 威勢の良い返事に肩を竦め、ため息をついた。

 頭を大きく振るって長い黒髪を肩の後ろに回す。

 

 内ポケットからマッチとタバコを一本。

 

 ぢっ、とマッチを擦って発火させると、優しく咥えたタバコの先端に寄せる。

 らでんの顔がほんのり橙色に染まった。

 照らされると、整った顔立ちが際立つ。

 

「すぅー…………ふぅ〜……」

 

 タバコの煙が天井まで立ち昇る。

 

「……」

「どうかしたかい?」

「いえ……タバコ吸われるんですね」

「タバコは嫌いかい?」

「私は吸いませんけど、別に他人が吸うのは気にしません」

「なら他に何か?」

 

 フブキの妙な視線は副流煙の懸念と思ったが違うらしい。

 

「……? ああ、これか」

 

 らでんは懐に仕舞いかけたマッチを壊れていないテーブルに置いた。

 何の変哲もない普通のマッチ。

 

「どしたのフブキ?」

「文明が古いと言いたいんだろう?」

 

 ミオはふとして家内を見回せば殆どが電化製品で、マッチを使う機会など無いはず。

 ライターを買っていない理由は何だ?

 

「1週間程前に燃料を切らしてしまってね。これも残り3本だから丁度困っていたんだ」

「丁度?」

「コンロもIHだし」

 

 無理矢理な着火もできない。

 丁度の意味は語らず、らでんは立ち上がった。

 タバコを咥えたまま風呂場へ向かうと、栓をして湯張りを始めた。

 

「お風呂、どうせ3日も入ってないんだろう?」

「えっ、いいんですか!」

「汚いまま過ごされてもね」

「……3日?」

「おや、自分たちが何日寝ていたかも知らないのかい?」

 

 遅れた疑問にも淡々とした返答。

 軽く話を聞けば、2日半程眠っていたらしい。

 今更になって知る事実に唖然とする。

 

「ま、何日寝てようと関係ないけれど」

 

 らでんはタバコを灰皿に押し付け放ると、冷蔵庫の中身を確認しに行った。

 食材はもうほぼ無い。

 米は余るほどあるが、白米を何合も食えない。

 付け合わせは欲しい。

 

 これはもやしを炒める他に無ささうだ。

 

 炊飯器のスイッチを押して炊飯開始。6合分。

 チルド室内のもやしやネギなど、使える野菜をテキトーに纏めて炒める。

 

 突如料理を始めた為、3人はぽかんとしていた。

 炒め終えると塩をふりかけて盛り付け。

 その間でお風呂が沸いた。

 

「ご飯炊けるまで時間がかかるから、3人でまとめてお風呂入りなよ」

「「えぇっ⁉︎」」「はーい」

 

 奏の良い返事はもう2人の叫びに押しつぶされる。

 

「言っただろう? 明日は君たちを早朝に追い出す。私も早起きなんだ。つまり早寝がしたい」

「そ、そんなぁ〜……」

「じゃあ先入ってまーす」

「早っ!」

「ここで脱ぐな!」

 

 渋る2人を置き去りに奏は浴室へかける。

 既に全裸で華奢な身体と滑らかな肌を露出しているが、周囲の視線など無いように振る舞う。

 逆にミオが目を覆っていた。

 

「まったく……彼女は羞恥心が欠如しているよ。君たちにあの精神の図太さを移せば丁度良さそうだ」

 

 らでんは食事の準備を進めながらぼやいた。

 

「ほら、君たちも入りなよ」

「で、でも……」

「私が食後に入るから、それまでには済ませて貰わないと困る。炊飯完了まであと30分だ」

「は、入ります」

 

 フブキとミオは結局根負けし、仲良く逃げるように脱衣所へ。

 浴室からは奏の軽快で爽快な鼻唄が響いてくる。

 

「きれい……」

「うん……」

 

 羞恥心が洗い流されるような心地よさに刹那だけ耽ってしまった。

 

「――! フブキ、遅くなったら怒られちゃうかも」

「そ、そうだね」

 

 らでんの逆鱗に触れまいと自我を保ち、羞恥心と服を脱ぎ捨てる。

 乱雑に脱ぎ捨てられた奏の服の隣に、2人は服を簡単に折り畳んで置いた。

 お互いをちらりと見れば、自分の全裸姿があるので気まずい。

 巻くタオルもないので一層に。

 

「……」

 

 恐らく偶然だが、奏のパンツが目の付く位置にある。

 蒸し返される羞恥心。

 破裂するほど鼓動する心臓。

 

「――っ!」

 

 フブキは奏の下着を脱ぎ捨てられた別の服で隠しておいた。

 相手が女性とは言え、本当に羞恥心がない。

 清々しさを前にすると、こちらが恥ずかしくなる。

 

 フブキは恐る恐る浴室の扉をノックした。

 こんこん、と狐の鳴き声みたく。

 

「……は、入るよ?」

「どーぞー」

 

 入浴に気遣いとは面倒な。

 疲れを取る為に疲れる。本末転倒。

 烏の行水になるやも知れない。

 

「おー」

「な、何⁉︎」

「獣人さんとお風呂に入った事ないので〜」

 

 要するに、2人の裸体が素敵だと言いたい。

 フブキの身体のお尻上部から生えるしなやかな尻尾。

 やはり生まれつき備わった綺羅星はいつ見ても美しい。

 全裸だと耳や尻尾など体毛で覆われた部分が際立つが、フブキは基本白いので、すべやかな肌と相乗効果を示して神秘的。

 対してミオは主に黒いので、あまり一般人と変わらない。

 そのふさふさな尻尾も見え方によっては、長すぎる黒髪。

 

 奏は金髪が湯で数倍輝きを増していた。

 全身が華奢で、この中の誰よりも細い。

 

「あ、それってもしかして――」

「ぁ……」

「――!」

 

 奏が湯船から右腕を上げて、ミオの身体の右腕を指す。

 そこには禍々しく黒い刻印。

 発症時は形も分からぬ痣だったが、今ではくっきりとした刻印となっていた。

 羞恥心かトラウマか、ミオは慌ててフブキの腕を隠して刻印を覆う。

 

「ミオ……」

 

 強引に握られて痛むが、顔色が変わった理由は全く異なる。

 

「あー、ごめんなさい。嫌だったみたいですね」

 

 奏は浴槽から小さな謝罪をした。

 直後背を向けて立ち上がると、ばしゃっと湯が跳ね、溢れる。

 水嵩の減少など気にも止めず長い金髪をたくし上げて――

 

「見てください、これ」

 

 背中に刻まれたト音記号の印を再び披露した。

 ミオやかなたの刻印に比べれば、サイズは大きい。

 墨を入れたかのような仕上がりで、目が奪われた。

 

「恥ずかしい物に見えますか?」

「ぇ……」

「醜い物に見えますか?」

「い、いや……」

「忌まわしいと思いましたか?」

「そ、そんな――」

「なら、安心してください」

 

 未だに自身の体の腕を握り隠すミオが焦って唾を散らした。

 他人への配慮ではなく本心で、奏の刻印は美しいと思う。

 

 奏は髪を下ろした。

 濡れて束になった髪の先端が、ぽちゃんと湯に波紋を広げる。

 奏は正面に2人を捉える。

 自身の裸体が顕になろうと、フブキとミオの裸体が視界に映ろうと、一切の遠慮も動揺も見せない。

 堂々と背筋を伸ばして笑う。あの歌声のように麗しく。

 

「奏もそう思います」

「え……」

「奏のは綺麗寄りで、ミオさんのはカッコいい寄りですね」

「あぅ……」

 

 眩しい微笑みに受け入れられ、ミオは視線を逸らした。

 湯気が熱いせいか、全身が火照る。

 

 奏はじゃぽんと肩までを湯に浸す。

 もくもくと浮上する湯気を目で追うと、天井の小さな汚れが目についた。

 

「人は誰しも怪我をします。完治しても、治療痕や傷痕が残ることも多々あります。それと一緒ですよ」

「でも……でも……」

 

 傷痕がカッコいい、なんて思えない。

 少年漫画などに登場する目の傷などに、カッコよさを覚えたことはない。

 疼く右手も、左の魔眼も、かなたの義翼も、力を封じる枷にだって、そんな感情は抱けない。

 フブキはそうでもないらしいが、ミオは違う。

 

 ミオにとってこの刻印は……醜い物。

 

「良いじゃないですか、そんなの」

「――!」

「刻印一つ見て嫌悪する人なんて、隣にいなくてもいいと思います」

「――――」

「外面よりも内面。奏は心を優先したいですね」

 

 それでもミオは腕を隠し続ける。

 女性として、表面の不純を晒したくない。

 他人に刻印や傷があろうと、不純とは思わないが、自分にあれば話は違う。

 

「ミオ……」

「――なら聞きますけど、どうしてミオさんはフブキさんと付き合っているんですか?」

 

 憂に声を抑えてばかりのフブキと違い、奏はずばずばと切り込む。

 今度はこれまで2人が仲良くしてきた理由について。

 ミオはどうしてフブキと、親友になったのか。

 どうして、長い時間付き合ってこれたのか。

 そう尋ねたつもりだった――

 

「なんっ――――‼︎」

「ど、どだっ、どぅ……ど、どうして⁉︎」

「――? 何がですか?」

 

 姿なんて関係なく、2人は全く同じ動揺を見せる。

 暴れ馬のようにばたばたと。

 

 漸くミオの身体の腕が光を受けた。

 

「な、何で私たちが――付き合ってるって――っ!」

「ほへ……?」

「…………ぇ」

 

 お互い藪蛇を突いたらしい。

 奏の愛くるしい呆け面を直視し、数秒後に理解した。

 馬鹿をしたと。

 

「お2人は、お付き合いされてるんですか?」

「――――」「――――」

 

 顔だけでなく、全身が真っ赤に染まる。

 きっと湯気が室内に満ちたからだ。

 換気しよう。

 

「……はい」

 

 観念したフブキからの肯定。

 湯気と共に浮かび上がる沈黙。

 そして軽く換気する事で、どちらも室外へ逃げてゆく。

 

「すみません〜。奏は友達として長く付き合ってきた〜って意味で言ったんですよ〜」

「くぅ〜……」

 

 項垂れた犬のような金切り声。

 無駄な反響で益々高く聞こえる。

 

「まあまあ気にせず。それで、どうして2人は付き合っているんですか?」

 

 奏がスムーズに話題を戻すので、2人もまた先ほどの空気に帰る。

 

「フブキさんの顔がいいからですか? 肌がすべすべで綺麗だからですか? 尻尾のお星様が可愛いからですか?」

「や、やめてよ、もぅ――」

「富豪でしたか? 何でも奢ってくれましたか? 都合の良い人でしたか?」

 

 前半主に容姿を褒めちぎられ、フブキが紅潮するが、姿がミオなのでややこしい。

 ミオは自分の体をまじまじと見つめる。

 たった今奏が述べた通り、オイルを塗ったように滑らかな肌をしているし、彼女の明るさを象徴するかの如き星があるし、鏡に映る顔は理想の造りで誰もが可愛いと認められるだろう。

 それらはミオも、フブキの利点の一つとして見ている。

 

 しかし、そんな人は世界に少なからず存在している。

 目前にも1人。

 

「違いますよね? 性格や心、ですよね?」

 

 奏にはフブキを恋い慕うほどの良さをまだ見出せないが、利点はいくつも挙げられる。

 欠点も少々。

 

「馴れ初めは皆誰しも容姿に重きを置きます。特に恋愛の馴れ初めは」

 

 それでは顔の悪い人間に相手はいないのか?

 常に妥協して相手を選ばねばならないのか?

 

「奏は過去に1000以上の人と出会いました。が、現在でも頻繁に交流する人間は10にも及びません」

 

 その生き残った10人とは一体、奏にとって何者なのか。

 可愛い? 格好いい?

 そんな被った皮の評価じゃない。

 金がある? 都合が良い?

 そんな過度な打算的評価じゃない。

 

「真に理解し合える者がいれば奏は十分ですし、その理解者は容姿なんぞで人の価値を推し量りません。化粧なんて、残りの990人の為にするんですよ」

「……結局お化粧するんじゃん」

「ここはお風呂場ですよ? お化粧なんて落ちます」

 

 奏の伝えたい事がイマイチ2人に伝わっていない。

 ミオを説き伏せたい意志は強く感じるが、本質が見えない。

 

「……今口にした10人の中に、お2人は入れると言ってるんです」

「へ……ぇっと」

「奏にまでそれを隠さなくていい、って意味ですね」

 

 5分ほど遠回りして、漸く口にしたのはそんな事。

 たった1日ほど時を過ごした仲だが、2人の人間性は奏より穢れていない。

 らでんは生産的で理論的な思考をする知識人として、適度に距離を保っている。

 しかしこの2人は理論でなく精神。

 危険を回避する現実的な道を極力求めつつも、必要とあらば共に窮地へ飛び込む気概を持つ。

 かなたへの申告然り、おそらく既に定めたであろう明日の道然り。

 

 恐怖を的確に恐れる心もまた、美徳として挙げられる。

 

「10人の中に含まれるのではなく、12人に増えたのかも知れませんが」

 

 奏自身、友の正確な数は把握していない。

 10人も12人も、同じだ。

 ぱっと全員が頭に浮かぶ限りは、誤差の範囲に収まる。

 

「……奏ちゃんって、変な人、だよね?」

「そうですかぁ?」

 

 普段はのらりくらりとしていて掴み所もなく、言動の裏も見えない。

 だけど偶に――今のように寛容だったり、親切だったり、核心を突いたりとスペックや人当たりの良さを実感する。

 落差が違和感のようにあるが、まるでそれが仕事をしない。

 

「あ、色々言いましたけど強制はしませんよ。見られたくないなら、奏は上がります」

 

 最後に一応付け加えるが、湯船から出る挙動を見せない。

 ミオが遠慮する事を見越している。

 なので少し揶揄いたくなった。

 

「いや……ウチはもう平気」

 

 あれ、揶揄おうとしたのに……。

 まあ、いっか。

 

「なら良かったです」

 

 奏が微笑む。

 

 ひゅーっと、換気の為開けていた窓から夜風が肌を撫でる。

 

「うぅ……! 寒い!」

「ほんとだよ――」

 

 凍てつく風に凍え、慌てて小窓を閉めた。

 ずっと裸で口論していた事を今更認識して、恥ずかしくなる。

 

 

 シャワーのホースをミオが取り、蛇口をフブキが捻る。

 初めは冷たかった水が、徐々に熱を帯びてくる。

 

「あったかぁ〜」

「洗ってあげる」

「ありがと」

 

 ミオが風呂椅子にちょこんと座ると、ボディーソープ片手にフブキが背後へ回る。

 うきうきで可愛い。

 

 でも感覚的には、自分の身体を洗っている。

 それに気付くと少し萎える。

 

「それで結局ミオさんはどんな力があるんですか?」

「――――ん〜」

 

 フブキが手を止めた。

 泡がぱちぱちと割れる。

 

「ミオ、分かる?」

「んーん……よく分かんない」

 

 刻印の力をミオはまだ自覚していない。

 奏やらでんは自覚していそうだが、どうすれば発覚するのか。

 

「奏は比較的分かり易かったですからね〜」

「どうやって気付いたの?」

 

 ミオが力を目覚めさせるきっかけになれば。

 フブキは背中を洗う手を再度動かす。

 

「奏は声が変わりますからね〜。歌い手に声を寄せて歌ったら全く同じ声が出たんですよ。その時気付きました」

「参考にならなさそう」

 

 発覚できずに終わる例も少なくない。

 発覚しなければ、無能力のまま神と対峙するのだから。

 当然勝ち目はない。

 

「刻印の形である程度予測できませんか?」

「形……」

 

 ミオは腕を見た。フブキの腕だった。

 フブキは腕を見た。泡で見えない。

 

 シャワーで泡を流すとあの刻印が現れる。

 奏もバスタブから身を乗り出して刻印を見る。

 滑らかな肌に黒の刻印。

 

「丸いですねぇ〜」

「丸いね」

 

 円形だ。

 ただの円ではないが、何とも特徴の捉えにくい模様。

 

「何だか……ピザみたい」

「それかケーキですね」

 

 8等分された円形を食べ物に例える奏とフブキ。

 頭では食べ物系統の能力を考える。

 そんな能力あるか?

 

「ミオは何に見える?」

「うーん……ダーツとか、ルーレットとか?」

 

 ミオは何とか食材から意識を切り離し、娯楽より例を出す。

 だがダーツなら区切り方が不自然だし、ルーレットなら8等分は中途半端だ。

 

「ちょっと分からないですねぇ」

 

 奏が諦めると、2人も諦めた。

 フブキがシャワーでミオの全身の泡を流す。

 排水溝に泡溜まりができたので、フブキはそこにシャワーを向けて全て流れるまで待った。

 

「髪も洗おっか?」

「うん」

 

 今度はミオの頭からシャワーをかける。

 白い髪を水が吸って光沢が増す。

 その髪にシャンプーを垂らしてフブキが優しく撫でる様に広げる。

 次に少し指先を立てて泡立てつつ、汚れを落とす。

 

「お2人は明日、どこへ向かうつもりですか?」

 

 暇過ぎるのか、湯船に顎先まで浸けた奏が質問する。

 フブキは手を止めず、うーんと唸る。

 

「記憶か冥界か、だけど……」

「まだ迷ってたんですね」

「へ?」

「てっきり冥界に決めたのかと」

 

 奏は決断の遅さに目を丸くした。

 これは勘だが、フブキとミオは危険性を重視しない。

 当然楽な道があるのなら、それを選択するが、この2択の場合まず妥協はしないと感じた。

 無理に根拠を上げるならば、かなたの下を飛び出した事。

 

「うん……そのつもりでは、あるけど、さ」

「やっぱり怖いですか?」

「……うん」

 

 ミオの頭からシャワーを流して泡を落とす。

 ごしごしと少し力を込めて掻く事で、泡が次々と床へと溢れ、排水溝へ。

 また泡が溜まっている。

 

 泡を全て落とし終え、ミオにタオルを渡した。

 簡単に顔を拭くと、2人は位置を入れ替える。

 

「今度はウチが洗うね」

「うん、お願い」

 

 ミオが丁寧にボディーソープをタオルに染み込ませる。

 優しい植物の様な香りが、敏感な嗅覚を優しく擽る。

 

「寧ろ奏ちゃんは、どうして私たちに付いて来れられるの?」

「怖くないのかって?」

 

 問い返されると、奏は返答に迷った。

 答えはあるのだが、それを答えるべきか逡巡する。

 

「……お2人は、今の状態を戻した後、やりたい事ってありますか?」

「やりたい事? 将来の夢は特に無いですけど……普通にミオと暮らしていきたいなぁって」

「刻印が有るんですよ? 果て無く神様に追われる羽目になると思いますけど……」

「それは……そう、だけど……」

 

 ぼんやりと想像した未来に、暗雲がかかる。

 とても厚い雲が。

 

「だけど奏ちゃんは、刻印が有るのに今まで生き延びてるよね」

「奏は特別なんです」

「特別? どんな風に?」

 

 フブキの全身が泡で塗れたので、シャワーで洗い流す。

 ミオの身体は毛量が多いので、水を吸うと尻尾や髪が重い。

 

「『呪い』は全て超人的な力をもたらします。ですけど、中には無価値とも言える力が存在するんですよ、奏の様に」

「……」

「神様は『呪い』の発症時点でその人をブラックリストに追加します」

「――!」

「そして『呪い』の力が明らかになり、奏の様に無能な者はグレーへと降格。下手な真似をしなければ、襲われる事もありません」

「素質のある者は――」

「多分殺されますね〜」

 

 らでんの様な特例も、存在はするが。

 

「でもミオは何も力が発現してないよ」

「今言ったじゃないですか〜、発症時点でブラックリスト行き。才が不明なら、発現前に殺すんです。でなければ、手遅れになり兼ねないから」

 

 神様的に手遅れになった例もまた、フブキ達はよく知っている。

 フブキとミオは、かなたによる蘇生以降その存在が異例であるからこそ、こうして異例尽くしの者達と出会うのだ。

 かなた、奏、らでん。

 奏は眼中に無いだろうが、かなた、らでんは重要視されている。

 

 話題が徐々に逸れて、奏が2人にお供する理由を聴きそびれてしまう。

 しかしその事すら忘れてしまい、結局ミオの頭と身体の洗い終わりに併せて、話も流れていった。

 

「浸かるね」

「どうぞどうぞ」

「お邪魔しまーす」

 

 身体は既に熱に慣れ、すんなりと温かさを受け入れる。

 2人が入れば、水位が上昇するが、決して2人が大きい訳ではない。

 1人で入るには広過ぎる浴槽だが、3人で入ると窮屈だ。

 定員は2名が妥当だろう。

 ミオとフブキが身を寄せて、対面に奏が座る。

 

「「「ふぃーーー」」」

 

 声を重ねて全身を温めた。

 息を吐くと疲れも抜けていく様に錯覚できる。

 疲れだけが飛んでいけばいいのだが、同時に活力や体力まで低下する。

 疲労を認識すると同時に、反動が押し寄せてきたのだ。

 もはや何を話す気分にもなれず、3人は脱力し、らでんに呼ばれるまで湯船の中で蕩けていた。

 

 

 

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