叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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叛逆の刻印⑤

 

 眩い太陽が住宅街で姿を隠し始めた頃、トワとすいせいは漸くあやめの家に到着した。

 インターホンを鳴らしかけてトワはぴたりと手を止める。

 背後に立つすいせいを見た。

 汗がまだ所々で煌めくが息遣いや心拍数は平常だ。

 

「カメラに映らん様にしといた方がいいかも」

「……」

 

 トワが進言すると意外にも聞き分け良くカメラに映らない場所へ移動した。

 あやめの反感を買い敵視されているであろう自覚はある。

 寧ろ無ければ人としておかしい。

 それに対してどう思うかは別の話ではあるが。

 

「よし」

 

 すいせいのポジションを再確認してトワはインターホンを押した。

 

 てんろーん、と安っぽい音が短く響く。

 

 数秒の待ち時間。

 緊迫感はまだ漂ってこない。

 

『……どうしたの?』

「ぁ、あやめちゃん。トワやけど」

『うん、見えてる』

「話があるんやけど……今時間いい?」

『……何の話?』

「悪りぃ、外ではちょっと……」

『……分かった。ちょっと待って』

 

 あやめの飲み込みが早くとんとん拍子に話が進む。

 通話が切れるとトワはすいせいに目配せした。

 直後にがちゃっと鍵が開き扉が数センチ開く。

 

「久しぶり」

「うん……久しぶり、だね」

 

 朗らかに微笑むとあやめがぎこちなく笑いを返す。

 一目見て心の傷が癒え切っていない事は分かった。

 姿勢の低いあやめを威圧しない様、トワは丁寧に接する。

 

「急に来て迷惑じゃなかった?」

「んーんそれはいいよ…………どうせ暇だったし」

「そうかなら良かった」

 

 自嘲気味な半笑いにトワの明るさが影る。

 しかし素早く取り繕って話を進めた。

 

「入ってもいい? 話があるんやけど」

「あんまし綺麗じゃないよ……」

「そんなの気にせんって」

「……ん、ならいいよ」

 

 トワの温かいコミュニケーションであやめの心を上手く解し、重たい扉を更に開かせる。

 扉が半分ほど開いて玄関の中もしっかりとトワの視界に収まった。

 そしてあやめが覇気の無い笑みでトワを迎え入れようと、もうひと押し扉を開けば――――

 

「――」「――」

 

 刹那、謎のミイラと視線がぶつかり――

 

「――!」

 

 あやめが勢いよく扉を閉めた。

 

 がんっ‼︎

 

「っ――‼︎」

 

 扉が完全に閉ざされる寸前、すいせいが隙間に足と手を挟んで強引に抑止した。

 あやめが怒りに任せて扉を引き隙間にある手と足を潰しにかかるが、パワーではすいせいに敵わない。

 適度に加減して扉の位置を固定し、憎悪に塗れたあやめの瞳を睨んだ。

 

「帰れ‼︎」

「話があるんだよ」

「お前とは顔も合わせたくない! 帰れ‼︎」

 

 すいせいの言葉には聞く耳も持たない。

 トワがすいせいの横からあやめの目を見る。

 

「頼む! 大事な話なんだ!」

「トワちゃんもサイテー! 分かっててやったんでしょ⁉︎」

 

 あやめが2人に鋭く牙を剥く。

 紅の瞳が一際血走っていた。

 

「トワに当たんな。つかこれでダメならどうしろってんだよ」

「は? 何様? お前が来なきゃ円滑に進んでんだけど、自覚無いわけ?」

「あたしが足なんだから無理に決まってんだろ」

「じゃあ何万時間でも歩いて来いよ。独りで」

「は? バカかお前」

「そりゃあんただろ」

「ちょっちょっちょっちょぃ‼︎ やめろって」

 

 対話早々に火花を散らし反目し合う2人の間に両手を差し込み、トワが仲裁を試みる。

 まずはすいせいを見上げる。

 

「余計な事言ってややこしくするな!」

「…………」

 

 焦燥感を露わにすいせいを嗜める。

 切羽詰まった様子のトワを目前にして、すいせいは無意識に笑みを溢した。

 そしてその無自覚の笑みが更にあやめの反感を買ってしまう。

 トワはあやめが逆上する前に声を大にして謝罪した。

 

「すまねぇあやめちゃん‼︎――」

「謝罪も弁明もいらない! いいから帰って‼︎」

「トワの話くらい聞けねぇのかよテメぇ」

「だからお前が攻撃的になるなって‼︎」

 

 すいせいが一々余計な口を挟みあやめの神経を逆撫でする。

 

「こいつの性格も余の想いも理解できるクセにこんな事するの、ホントに信じらんない‼︎」

「すまねぇ! それは――」

「悪いと思うなら帰って‼︎」

「それはできねぇ‼︎」

 

 すいせいとの会話に嫌気が差したのか、あやめの口論相手がトワへと移った。

 トワは言葉を正面から受け止める。

 

「すまん‼︎」

「――っ」

「こうなる事は目に見えてたし、最悪暴力沙汰の可能性だって想定してた! その上でこいつを連れて来たのは事実だ!」

「自覚があるなら帰ってって!」

 

 あやめの怒号を振り切ってトワは釈明を続ける。

 

「頼み事があって来たんだ! あやめちゃんは優しいからきっと、トワが1人で頼み込めば承諾してくれると思った」

「――っ」

「でもそうなった時は必ず2人の諍いが起こる。言質を取った後で顔合わせさせて逃げられなくするのは卑怯だと思ったんだ! だからこいつの同行志願を許可して連れて来た」

「…………」

 

 ドアにかかる負荷が弱まっていく。

 

「あやめちゃんからすれば虫のいいこと言ってるのは分かってる。でも頼むから、話だけでも聞いてくれ‼︎」

「…………」

 

 夕暮れ時の生温い風が室内へと吹き込んだ。

 

「それ、『お前の優しさに付け込みます』って宣言してるよね。そんな頼み方されて余が頷くと思う?」

「……返す言葉もねぇな」

「自覚してるとこ、ほんっとにタチ悪い」

「……」

「……話は聞く。でも期待には応えられないと思っといて」

「ありがとう……!」

 

 トワは一定の罪悪感を覚えつつも上手く城門を突破した。

 あやめが扉から手を離すとすいせいからの負荷だけが残り、勢いよく扉が開く。

 あやめは無言で背を向け奥へと消えてゆく。

 

「お邪魔します」

 

 トワはそれなりの礼儀を見せてすいせいと共に宅内へ上がる。

 あやめの背を追う前にすいせいを軽く小突いて小声で忠告した。

 

「お前は余計な事言わずじっとしてろよ。頼むぞ」

「……」

 

 短く顎を引いて頷いた。直後、何かを閃いて肩が跳ねる。

 

「ねートワ〜、すいちゃん疲れた〜」

「おっ、ちょっ!」

 

 突然すいせいがトワにもたれ掛かるので大きくバランスを崩し危うく転倒寸前だった。

 背後からトワの両肩に腕を回してしがみ付き体重を預けると、もう離れなくなる。

 

「ぶねぇなぁ、なんだよ急に……」

「もう歩けな〜い」

「お前最近変だぞ……」

「変じゃな〜い」

「まあいいや、とにかく下手な事言って話の腰折るのだけはやめろよ」

「分かった〜」

 

 その言質だけ取れればトワは満足なのか、背中にくっ付くすいせいを引きずりながらリビングへとお邪魔する。

 すいせいもトワの背中に頬を当てて両手をずるずると胸の辺りまで忍ばせてゆく。

 その辺りの行為に関して、トワは気付いているのかいないのか定かでは無いが特にお咎めは無し。

 

 リビングの扉を開くとあやめがソファに腰掛けていた。

 

「…………は」

 

 トワとすいせいの妙な絡まりを軽蔑する様に一目見て鼻を鳴らす。

 

「えと……どこに座ればいい?」

「好きなとこ座れば?」

「そ、そうか……じゃあ……前失礼するよ」

 

 テーブルを挟んであやめの対面へ、すいせいを引き摺りながら向かう。

 あやめは仕草でご自由にどうぞと示し、自分にだけ用意したお茶を一口飲む。

 トワは堅苦しく膝を曲げてカーペットの上に正座し、背中にくっ付くすいせいを隣に座らせた。

 トワの隣に座した途端すいせいが倒れる。

 

「おいっ……!」

 

 丁度トワの膝に頭が収まった。

 気絶でもしたのかと肝を冷やしたが、顔を覗き込むと目はぱっちりと開いていたので胸を撫で下ろしあやめに向き直る。

 素肌に包帯が触れても然程擽ったくないが、息遣いだけはむず痒い。

 しかし折角すいせいが温和しいのでそれは我慢して話を切り出す。

 

「じゃああやめちゃん。いいか――話しても」

「いいけどその前にひとつだけ聞かせて」

「ああ」

 

 トワはテンポ良く会話を進める。

 

「なんでコイツが生きてんの」

 

 すいせいの頬の形が変わった感触が膝に伝わった。

 頭を上げず口も閉ざして黙っているだけありがたい。

 トワは首肯し、一拍おいて答えた。

 

「義翼の堕天使は覚えてるでしょ?」

「覚えてるけど……まさか生きてるの?」

「いや奴は死んでる。けど叡智の書が入れ知恵してたみたいで、呪いを継承してたんだ」

 

 トワは無意識にすいせいの頭を摩っていた。

 すいせいが勝手に昇天し始める。

 

「でもそれはそれで変じゃん。なんで敵が助けてくれんの」

「ああ……そこんとこが来た理由に繋がる。一通り現状を教えるから、一先ず落ち着いて聞いてくれると嬉しい」

「――――」

 

 あやめはルイの写真を一瞥した後首肯した。

 

 トワは極力あやめの反感を買わないよう言葉や話し方、話す順序を考え、身振り手振りなども過度に行いながら叛逆の結末を語った……。

 

 

 

「――把握できたか?」

「なるほどね……うん、現状と要求は把握した」

 

 張り詰めた空気が僅かに弛緩する。

 あやめが頷くとトワは安堵して膝元のすいせいを見下ろした。

 全く気付いてなかったが、幼児みたくトワの膝や太ももをつついて退屈凌ぎをしていた。

 それを認識すると少し擽ったい。

 

「大言壮語口にした割には余の事理解できてないんじゃない?」

「…………」

 

 冷めた微量のお茶を飲み干し、あやめが目付き鋭くトワを見た。

 トワは膝で遊ぶすいせいの片手を掴んで手を止めさせてから顔を上げる。

 

「余にとってみこちとそらちゃんは大恩ある――正しく神に等しい存在。対してあんたら……特にそこのミイラは余の大切な人を私利私欲の為に殺した」

「…………?」

 

 あやめの主張は理解できるし、そう考えているとは思った。

 だがトワには「私利私欲」と言う表現が全く理解できなかった。

 訝しむ様相を前にあやめが嫌悪感を露わにして鼻を鳴らす。

 

「その提示で余がアンタらにつくと思う? 誰よりも憎むべき相手が目の前にいるのに、それを差し置いて恩人を殺す手伝いをしろって言うの? 暴論言うんじゃないよバカバカしい」

「それは……その通りだよ。共闘もみこち殺すのも気が引けるだろうさ。でも、呪いが消える事の恩恵を――呪いが生む悲劇を――誰よりも知ってるのはきっとあやめちゃんだ」

「……そいつ連れて、アンタが余の前でそれ言うの」

 

 蔑む視線がトワを貫く。

 しかし、この程度で屈したり臆したりする心持ちならここには居ない。

 トワは腹を据えて視線を返し言葉を足す。

 

「ただ呪いが生まれた程度で……ただ大切な人が居なくなった程度で悲観してる奴らとは違う」

「……随分な加虐趣味になったんだね。息する様に電撃吐いて」

「それにさっきも話しただろ? 誰よりもみこちが呪いの消滅を願ってるって話だ。みこちの恩に報いたいってんなら……今がチャンスなんじゃねぇのか?」

 

 トワの減らない口にあやめが最大限の憎悪をぶつけるが、やはり怯まない。

 相当肝が据わっているらしい。

 …………。

 

「はぁ………………」

 

 あやめは重たすぎるため息を見せつける様に吐いた。

 

「いいよ――手伝ってあげても」

 

 あやめがすくっと立ち上がり2人を見下す。

 圧巻の迫力だがトワは喜ばしげに吐息を溢した。

 簡単に話がつき胸を撫で下ろし――

 

 

「但し、そいつを殺すことが最低条件」

 

 

 ――息が詰まった。

 

「っ……ぁ、は……? 何言い出すんだよ……!」

「何か変な事言った?」

「あ、ああ……! 戦力増強に来たのに、1人増えて1人減らしたんじゃ意味ねぇだろ……」

 

 すいせいの生死云々では切り崩せないので、動揺しながらもトワは論理的に詰めた。

 

「じゃあ諦めて。そもそもの話、勝手に押し掛けといて話す前から戦力にカウントしてる方がおかしい。寧ろ敵対しない事を感謝して欲しいんだけど」

「それはそうかもしんねぇけど……でもお前がいなきゃ正直苦しいんだよ、戦力が――!」

「生きる意味も無い余の情に訴えかけたって響かないから」

「生きる意味が無いってんならそれこそさ、呪いを無くして世界の為に――」

 

 どうにか考えを改めさせたい。

 脳をフル回転させて言葉を探すがどれも説得力が乏しい。

 間を空けないよう言葉を返し続けたが、あやめの復讐に燃える瞳は今までに無く赤黒く煌めいていた。

 

「そんな言葉で靡く程度なら余は今頃みこちといる」

「っ……」

「余がここに戻って直ぐにみこちが来た」

「っ――‼︎」

「トロイアの戦いの結末は全て聞いた上で、余はここに残るって伝えた。そしたらみこちは優しく頷いて設備を整えてくれただけじゃなく、ルイちゃんの火葬まで手配してくれた」

「――っ」

「一緒に手を合わせて拝んでくれた。そしてもう余には関わらないと誓ってくれた」

「………………」

「そんなに余が必要なら、言葉じゃなく行動で示して。そこまでするほどじゃ無いなら――もう関わんないで」

 

 切り捨てるように語気を強めて宣告した。

 漸くトワの唇が震え出す……。

 絶望的な表情で見上げてくるトワから視線を外し、あやめは玄関へ続く扉を開いた。

 

「ほら。帰って」

 

 トワに帰路を示した。

 

「電撃吐きすぎて足でも痺れたの?」

 

 あやめを目で追いかけるだけで立ち上がりもしないトワを揶揄する。

 トワは望みを捨てきれず何か交渉の術を脳内で模索し始めた。

 

「…………」

 

 時間と空間が凍りついた様な状況下で、突如すいせいが起き上がった。

 トワの膝枕と言う至福の空間で英気を養い身も心も回復した。

 別れを惜しむ様に掴んでいたトワの手をするりと下ろし、あやめの眼前まで歩み寄る。

 

「お、おい……」

「…………」「…………」

 

 目と鼻の先で顔を突き合わせ睨み合う。

 

「お前、あたし殺してどうすんの」

「あ?」

「復讐のつもりか」

「だったらなに」

 

 挑発的な疑問を一蹴する。

 すると、すいせいは鼻を鳴らして両腕を大きく広げた。

 あやめは不快感を隠しもしない。

 

「条件を飲んでもいい」

「は?」

「でもお前が提示した条件だ。あたしを殺したいならお前が殺せ」

「……」

 

 すいせいを睨み上げる。

 

「どうせ蘇生とか考えてるんでしょ。言っとくけど――」

「考えてねぇよ。死んだ時は潔く昇天してやるわ」

 

 想像を絶する潔さにトワが言葉を失っていた。

 一方、本望であるはずのあやめは言葉に詰まっていた。

 

「ただ自分で言うのもなんだけどお前、ここであたし殺したら、大嫌いなあたしと同じだからな」

「――――黙れ」

 

 腑が煮え繰り返って、脳みそも血液も沸騰する。

 怒りを堪えるあやめのその顔は正しく鬼の形相。

 痙攣するふたつの拳があやめの心情を体現していた……。

 

「あの条件がまさか冗談とは言わねえだろ」

「――――」

「殺せよ」

「――っ――きっ――‼︎」

 

 ぎりぎりと奥歯が擦れる。

 紅瞳が血走っていた……。

 

「でもまあ、もしお前が人殺したら――お前は良くても……ルイは悲しむなあ」

「ぎっ――‼︎‼︎‼︎」「ぅべっ――」

 

 すいせいの体が宙に浮き上がった。

 かと思えばばたんと仰向けに転倒する。

 間髪容れずあやめがその上に跨って包帯に巻かれた顔面を殴る。

 

「お前がルイちゃんを引き合いに出すなよっ‼︎‼︎‼︎」

 

 怒り心頭で怒号を散らしすいせいの顔面を潰す。

 床を伝ってその振動がトワにも響く。

 

「ん゛っ――ぶっ――ぐっ――っ――」

 

 薄汚れた包帯に赤い汚れが滲む。

 10発ほど怒りに任せて殴ると、あやめの怒りは徐々に鎮静化していく。

 

「お、おい……」

 

 トワがすいせいに駆け寄った……が、それ以上は口も手も出せなかった。

 それでも懇願する様にみっともなくあやめを見上げて、情に訴えかける。

 

 その視線が刺さった……なんて事は無く、ただあやめが平静を取り戻し始めた為、息切れしながらすいせいから身を引いた。

 

「はぁ……っ……ああくそっ……」

 

 顔の腫れや口内の出血、鼻血などを気にかけながらすいせいは上体を起こす。

 傍でトワが手を貸し、直ぐに立ち上がるとすいせいはトワの立ち上がりを手で抑止し、待つ様に示した。

 あやめはすいせいを前にして感情を抑える自信が無いのか、ずっと背を向けている。

 その背後にすいせいは佇み――

 

「っ…………」

 

 腰を折った。

 

 信じ難い行いにトワでさえ絶句した。

 だがあやめは振り向かないので気付かない。

 

「あやめ」

「ち! あのさあ! お前とは話したくなっ――‼︎⁉︎」

 

 舌打ちし足を鳴らして苛立ち紛れに振り返り、トワ以上の衝撃を受けた。

 喉の奥が震える。

 憤りを超えて呆れ果て、数秒間声も手も出なかった。

 その隙にすいせいが追い打ちをかける。

 

「合理的だったとは言え、あたしはお前の大切な人を殺した。悪かった――」

「こっ――――のっ――――‼︎‼︎‼︎‼︎」「んぶっ――」

 

 あやめの瞳が業火の如く燃え滾った次の瞬間――またすいせいが吹き飛んだ。

 床に倒れるすいせいをトワの視線が追いかけるが――そこから更に吹き飛び、テーブルに激突。

 更に鳩尾を爪先で抉られ、衝撃でテーブルが砕ける。

 テーブルの残骸の上に倒れるすいせいを踏み付け、蹴り飛ばし、踏み潰し、押さえつけ、収まらない激情の捌け口にした。

 

 すいせいは無言で殴られ、蹴られるが、一方的な虐待に傍観者であるトワが涙を溢す。

 半泣きであやめに掴みかかって暴行を止めさせようと躍起なった。

 

「頼むやめてくれ! こいつの身体も弱ってんだよぉっ‼︎」

「――っ‼︎‼︎ 何なんだお前らは‼︎ 余のことを馬鹿にする為に来たの‼︎⁉︎ ルイちゃんを嘲笑いに来たの‼︎⁉︎ 余が――っ‼︎ ルイちゃんがっ――‼︎ 一体お前らに何したって言うの‼︎‼︎⁉︎⁉︎」

「分かった! 悪かった! もう諦めるから! トワ達帰るからっ‼︎」

 

 すいせいが虐められる光景に堪え兼ね、トワはあやめの懐柔を完全に諦めると宣言した。

 その言葉に愛を感じ、心を昂らせながらもすいせいは身体を起こし、トワの足を掴む。

 トワは慌ててすいせいの頭付近まで回り、動きを支えた。

 

「おい……あやめ」

「お、おい……もう止めろよ……!」

 

 掠れた声で喋り難そうに言葉を紡ぐ。

 不安げに潤むトワの瞳を見て心を温め、すいせいは今一度あやめを見上げる。

 

「もう喋んないで‼︎ いい加減帰って‼︎」

 

 あやめも目を赤らめて叫び散らした。

 状況は最悪だ。

 しかしすいせいは再三起き上がり、あやめと対峙する。

 次ヘタを打つと間違いなく殺される。トワにはそんな確信があった。

 だがすいせいは真逆の考えの下動いていたようだ……。

 

「最後の質問に……答えたら、帰ってやるよ……」

「はあ⁉︎ ここは余の家なんだけど‼︎ アンタ何様のつもり⁉︎」

 

 当然のカウンターが来るがすいせいは口元を拭い、その質問をした。

 

「この状況下ですら、あたしを殺せないお前は……」

 

 あやめが益々苛立ちを募らせ、だんだんだんだんっと足を鳴らしながら最後の質問に耳だけを傾ける。

 

「トロイアで――あの状況で――どんな打開策を考えた」

「ああ⁉︎」

「呪いは使えず、5対3の圧倒的不利なシチュ。お前はあの状況で、どう勝つつもりだったのかって聞いてんだ」

 

 すいせいの瞳が煌々と光り、迫力を取り戻す。

 恐怖担当の威厳は伊達ではない。

 

「――――――」

 

 鋭い眼光がぶつかって火花が散る。

 あやめは怒りとは異なる感情の存在を胸の内に感じた。

 

「どうした。早く答えろよ」

「――――」

「得意だろ、理想を語んのは」

「――――!」

「何黙ってんだよ――敵は待ってくれねぇぞ‼︎」

 

 言葉に詰まるあやめと、言葉で詰めるすいせい。

 この盤面で何故かあやめが気圧されており、トワは言葉を失った。

 

「……絵空事も言えねぇのか⁉︎ あぁ⁉︎」

「おい……よくわかんねぇけど、あんま強く言うなよ……」

「よかねぇよ!」

「ぇ……っ」

「…………ごめん」

 

 宥めるトワに反射的に怒鳴ってしまい、すいせいはバツが悪そうに視線を落とす。

 質問以降口を噤んだままのあやめに向き直り、気持ちを整理した。

 

「あたしの選択が最善だったとは言わねぇ。でも今みてぇに無策のままならどうなってた⁉︎ 全滅だ‼︎ 下手したら飛び火してトワも死んでた‼︎」

「っ……ぅ、ぐぃ……!」

「あたしはお前の生死なんざ眼中になかった! だがほんの少しでも考えてみたか⁉︎ テメェはあたしに救われたかもしれねぇってなぁ⁉︎」

「うっ……っぐ……ぇっづ…………!」

 

 あやめには耐え難い屈辱だ。

 最愛の人をその手で殺した人間が、自分の命の恩人だと言い張る。

 現実逃避したくて目を瞑っても、何一つ反論が浮かばない。

 瞬間的な判断であやめはすいせいに劣っていた。

 冷徹さですいせいに劣っていた。

 それだけが事実。

 

「ルイが鳥籠に囚われた? 2人は出られねぇ? 文字通り温床でぬくぬくと護られてた奴らは他責思考で気が楽だなぁ⁉︎ テメェは自ら檻に籠ってるくせによぉ‼︎⁉︎」

「っずぅ……ぅっ…………ぅっぐ…………」

「他人に文句言うなら、まずはテメェで成果を上げやがれ」

 

 全て吐き出してすいせいは見限る様に目を逸らした。

 幾重にも織り交ぜられた感情で顔面崩壊したあやめの傍を通り、廊下へと出る。

 切り替えの速さにトワの心の整理がつかない。

 

「トワ、帰ろ」

「うぇ…………でも……」

「こいつは自分が可哀想な奴じゃないと気が済まないんだよ」

「…………」

 

 すいせいの言葉の暴力に泣かされ、立ち尽くすあやめの背をトワは憐憫混じりに見つめた。

 

「……」

 

 退室前に声を掛けるべきか悩んだ末、無言で部屋を後にする。

 

「……待で」

「なんだよ。帰れっつったり待てっつったり」

 

 あやめの絞り出した一言へ、玄関付近まで遠ざかったすいせいが声を張って返す。

 トワは2人の視線に挟まれてあたふたとし、壁に寄って存在感を消した。

 

「余が……みごぢの方に着いたら……どうずる、づもりなのっ」

 

 鼻水と涙を何度も啜って尋ねた。

 

 これだけすいせいに罵倒され、否定されたのだ。

 すいせいの味方はしたく無い。

 でも引き篭もり続けることもまた、すいせいの暴言通りで癪に障る。

 流れとしてみこの仲間になると言う選択は、十分にあり得る事態に陥っている。

 

 だがそれは、トワとすいせいの望まない結果のはず。

 それを理解していたか否か。

 

「あ? んな事知るか。つかそうしたいなら勝手にしろよ。みこちの優しさ踏み躙る度胸が、テメェにあんならなあ」

 

 最後の余計な煽り文が、あやめを引き止める意思なのかも分からない。

 

 ……いや、間違いなくそんな気では無いな。

 

 だがこれで、あやめは全方位塞がれてしまった。

 どの選択を取ってもその先ですいせいが嗤っている。

 

「そもそもあたしは――――あたしの目的第一で動いてんだよ」

 

 すいせいが一瞬言い淀んだ時、偶然トワはすいせいと視線が絡んだ。

 

「呪いがどうなろうとどうでもいい。だから今回口出しする気は無かったけど、お前がトワを虐めてたのと、空論も語れねぇ低脳に腹が立った。他に理由はねぇよ」

 

 あやめとの視線を切ると目を細めてもう一度トワを見る。

 

「トワ、帰ろ。また背負ってあげる」

「…………はぁ、流石にその怪我じゃ無理だろ」

 

 またしても切り替え早く、甘い声で告げるすいせいにトワは嘆息した。

 リビングのあやめもふぅ、と息を吐いて涙を全て拭い去り、一歩――

 びゅん――と廊下を突っ切って――

 

「お゛ぇっ――‼︎――っが――!」

 

 俊足を発揮してすいせいの鳩尾を穿つ勢いで蹴りを撃ち込んだ。

 無防備でぼろぼろだったすいせいの身体は軽々と飛んで玄関の扉に激突。

 くの字に曲がって吐血し、地に尻を付ける。

 

「っ! ぇっほ……が……ぁ……ク、ソがぁ……」

 

 鳩尾に右手を添えて至近距離に佇むあやめを睨み上げた。

 反撃したいが、もう身体が動かない。

 

 だんっ、とすいせいの耳を掠ってあやめの足が扉を踏み抜く。

 扉を撃つ音が間近で響いて耳が痛い。

 寸前まで顔を寄せたあやめが、いい気味だと鼻を鳴らした。

 

「お前は絶対地獄に堕ちろ」

「ぐ、そ……ふざ、け……っな……!」

 

 トワが遅れて駆けつけるが、やはり何もできず静観するのみ。

 

「トワちゃん、余も行く」

「――!」

 

 振り返って鋭い視線で伝えた。

 トワは微かに口角を上げる。

 

「来、んな……!」

「うっさい!」

 

 がんっ、と反発するすいせいに蹴りを入れ黙らせる。

 どうやら暴言への反撃タイムの様だ。

 トワの喜びが掻き消された。

 

「来い……ってたら、っ行……かねぇ……。来んな……ったら、来る……とが……」

「お前の指図なんか受けない。って言うか、お前はその戦いで絶対死ね」

「だ、れが……ぁっ!」

 

 どっ、と鳩尾に拳を突っ込むと、また吐血した。

 そして……数秒悶えた後に途絶した。

 

「すいちゃん!」

「…………」

 

 気絶したすいせいの肩を掴み身を案じる。

 トワがすいせいを労り、全身の怪我の容体の確認を始めたのであやめは足を扉から離し、少し距離を取った。

 

「ど、どうすんだよぉ」

「……知らないよ。どうにかして」

「いや、おまっ……」

 

 口を突いて出かけた文句は喉奥に引っ込める。

 

「どの道帰れる状況じゃなかったでしょ。場所さえ分かれば余は1人で行けるし、いいじゃん」

「それはそれで困るけど……」

「…………」

 

 2人を玄関に置いてあやめはリビングへと戻って行った。

 トワはすいせいの頬を優しく撫でた後手を繋ぎ、空いた片手でスマホを取り出す。

 ここへ泊まるわけにも行かないし、すいせいの手当てもしたい。

 だがぼろぼろのすいせいをタクシーに乗せることはできない。

 よって手段は限られる。

 

 スマホで通話をかけて数コール――

 

『はい。どうかされましたか?』

 

 電話越しに莉々華の声と微かな環境音が耳に届く。

 車を運転していると思われる。

 

「すまねえ莉々華。あやめが同行してくれる事になったんだけど、すいちゃんがぼろぼろで帰れそうに無いんだ」

『ぃっ……、ぁぇっ……ぁ』

「え? なんて?」

『わぁーーー何でもないです!――ちょっと――!』

 

 微弱な声が挟まり、トワは聞き返すが莉々華は証拠を隠滅するかの様に声を張って、ひそひそと同乗者を嗜めた。

 

「……あー、それで悪いんだが……迎えを頼みたいんだけど……」

『あー…………私は構いませんけど…………あーいえ、分かりました。直ぐに向かいます』

「助かるよ」

『はい。1時間半くらいで着きます』

「了解」

『で――』

 

 ぷつんと通話が切れた。

 早急にスマホをしまい、トワはすいせいの身体をお姫様の様に抱え上げリビングの方へ移動した。

 

「ちょっと! 汚いから連れ込まないでよ」

「いいだろこれくらい。もう仲間なんだから」

 

 すいせいの全身は血と砂で汚れている。

 それを洗わずに自宅へ上げたくないのは家主として当然。

 だが凄惨な状態の人をいい寝所へ運びたいと思うのも人として当然。

 

 トワの「仲間」と言う発言にあやめは背筋を凍らせた。

 

「余は仲間になるなんて言ってない! 自分の目的の為に話を聞きに行くだけ! そいつと仲間なんて虫唾が走る!」

「なんだよ、今までは仲間やってたってのに……」

「いや! もう金輪際、絶っっっっ対に仲間になんかなりたくない!」

「……」

 

 理由は判然としないが……トワはむっとした。

 あやめがすいせいの入室を拒むのでトワは口先を尖らせて踵を返し、玄関に腰を下ろす。

 

「…………」

 

 すいせいの頭を太腿の上に乗せて包帯の上から柔らかく頭を撫でる。

 

「……あやめちゃん! タオルかなんかくれねぇか!」

「いーやーだー!」

「ち……」

 

 予想はしていたが断られた。

 ひっそりと舌打ちし諦める。

 梳くように包帯を撫で、すいせいの寝顔を見つめていると次第に体温が上昇して来た。

 理由は知らないが、目を逸らすと少し冷えた。

 

 そんな乙女チックな挙動を繰り返しながら、莉々華の到着を気長に待ったのである……。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 莉々華呼び出しから1時間30分。

 遂にあやめ宅の安い呼び鈴が鳴る。

 

 30分ほど前にすいせいは目を覚まし、トワとすいせいは玄関前で待機していた為、応答が素早い。

 呼び鈴の鳴り終わりと同時に扉を開くと、少し莉々華にぶつけてしまう。

 

 外はすっかり日が落ちて門灯や街灯が頼りだ。

 

「おっ、わりぃ」

「やっと来たか」

「ええ、お待たせしました」

 

 家主を置いてトワとすいせいはそそくさと家を出る。

 扉を掴んで莉々華が宅内に顔を覗かせた。

 

「あやめさん……でしょうか?」

「あんたが次代『叡智の書』?」

「いえ……その名は私に相応しくありませんよ。私はただ知識の呪いを受け継いだ一条莉々華と言う者です」

「……めんど」

「……」

 

 初対面の自己紹介。

 莉々華は出だしで失敗した。

 あやめの辟易した顔が心底面倒臭がっている事を証明している。

 

「もう出られますか? 車で拠点まで向かいます」

「……ん。分かった」

 

 あやめは鍵と荷物を取りに一度宅内へ戻る。

 莉々華は扉を閉めて車へと――

 

「は? 何でお前がいんだよ」

 

 すいせいの枯れた低音ボイスが聞こえ、莉々華は額に手を当てた。

 前髪がくしゃっと乱れ、サングラスがずれる。

 小走りに車まで戻ると当然の様にマリンとすいせいが睨み合っていた。

 

「莉々華と一緒にいたんだから当たり前でしょうが。寛容に許可して来てあげたのに何ですかその態度」

「テメェは座ってるだけだろうが。偉そうにすんなや」

「じゃあ自分の足で帰ればいいんじゃないですかね」

「おいおいやめろってお前ら……狭い車内で」

 

 助手席に座るマリンと対角の位置へすいせいを座らせ、トワが後部座席の中央へ。そして必死に仲裁する。

 そこへ莉々華も戻り平和が訪れる……のか?

 

「そうですよ。すいせいさんはもう少し感謝すべきですし、マリンさんも許可したなら一々反応せず、お互い無視したらいいじゃないですか」

 

 莉々華が運転席へ座りハンドルを握る。

 そして険悪な車内で4人はあやめを待つ。

 ……1分後、2本の刀を携えたあやめが家を出て来た。

 丁寧に鍵を閉め、車へと近寄る。

 莉々華は親切に後部座席のドアを開けた……。

 

「は?」

 

 あやめが顔を顰めた。

 すいせいとマリンは啀み合って車窓から空の彼方へ視線を逃がしている。

 

 後部座席に並ぶトワとすいせいを一瞥し、あやめは莉々華を直視した。

 

「2人の隣嫌なんだけど」

「ぇ……そうは言われましても……」

「荷台にでも積まれとけ」

「は? お前が行け」

「あの……そのくらいは我慢していただけませんか? この車5人乗りなので」

 

 エンジンを掛けようと鍵に手をかけていたが、莉々華はその手を膝の上に戻した。

 オートで電気は点いているが車内の電気のスイッチも入れる。

 あやめが助手席側に半身ずれ車窓の外を眺めるマリンを見上げた。

 

「……なんです」

「席変わってよ。余がそこ座るから」

「お断りですね。あの人たちと顔があったら撃ち殺しちゃいそうなんで」

「へぇ……気が合うじゃん」

 

 あやめが不敵に笑った。

 

「さっさとしろよ。てかそんなに嫌ならテメェは走れるだろ」

「ふざけんなお前が走れ」

「はぁぁぁ…………」

 

 莉々華が腹の底から重たい溜め息を吐いた。

 先行きが不安で仕方がない。

 

「じゃあ私が後ろ行きますから、マリンさん運転してください」

「……え」

「あやめさんが助手席。これなら文句ないですよね」

「待って。私運転できない」

「免許は持ってるじゃないですか」

「もう何年もハンドル触ってないし! 免許返納の時期だから無理!」

 

 莉々華の案にマリン以外が賛同するが、マリンは断固拒否。

 席を降りようとする莉々華の服を掴んで引っ張る。

 

「私じゃなくて……鬼の人か、悪魔がやればいいじゃん!」

「私とマリンさんしか免許持ってませんから」

「無免許でもいい! なんなら兎は無免許でやってたじゃんか!」

「そこまで切羽詰まってないですから」

 

 運転席の扉を開き莉々華が車を降りる。

 

「待ってってぇー‼︎」

 

 助手席と運転席を横断してでも無理矢理莉々華を引き止める。

 歳不相応な姿にトワは呆れ、すいせいは鋭く舌打ちした。

 

「運転するか、後ろに行くか、どっちかにしてください」

「私の親切心なのにおかしいじゃん! もうこいつら置いてけばいいって」

「いいからさっさとしろ!」

「うっさい!」

「ちょっと! 人の車蹴らないでください‼︎」

 

 駄々を捏ねるマリンに痺れを切らし、すいせいが運転席の背もたれを蹴った。

 マリン以上に莉々華が怒る。

 

(あーもう‼︎ らでん助けてぇーーーーー‼︎)

 

 このメンバー間の諍いは手に負えない。

 莉々華は星空を仰いでらでんに助けを請う。

 

「いい加減にしないと私だって怒りますよ!」

「怒ってるし……」

「ん――⁉︎」

「い、いや……なにも……」

 

 トワの陰口を聞き逃さず、ぎろりと睨みつけた。

 

「ん! はいっ!」

「おあっ」

「マリンさんはここ! 運転‼︎」

「ちょっと待っ――」

 

 だんっ!

 強制的に運転席に座らせて強引に扉を閉めると莉々華は車の周りを回って対角の位置へ。

 あやめは逃げる様にいそいそと助手席に収まる。

 

「邪魔邪魔! もっと詰めて‼︎」

「お、おう……」

 

 トワとすいせいを奥に追いやり、僅かに広く陣地を取って座ると扉を閉めて、きちんとシートベルトも装着した。

 

「早く出す!」

「り、莉々華ぁ〜……」

「傷付けたら『4人の‼︎』連帯責任ですからね」

「「「ええ⁉︎」」」

「あ、よかった」

 

 指導員の様に後方で腕を組み、マリンの動きを観察する。

 連帯責任と言う言葉で肩の荷が降りたのか、マリンの固かった全身が解れている。

 ミラーなどを弄り回し、エンジンをかける。

 

「ええっと……えっと……で、5点、だっけ……」

「車内電気消して」

「あ、すみません」

 

 監督に指摘されて萎縮する。

 あやめとトワは無言で影を演じていた。

 すいせいだけは態度が変わらない……いや、トワに密着されて嬉しそうだった。

 

「じゃ、じゃあ……いいですか?」

「ナビ要らないの」

「あ、あぁ、ナビナビ……」

 

 震える手でタッチ操作し、莉々華の指示に合わせて住所を打ち込む。

 AZKiの家を目的地に設定して安堵のため息をつく。

 

「こ、今度こそいいですか?」

「いいから早く」

「はいすみません」

 

 ブレーキから足を離してアクセルをじわじわと踏み込む。

 5キロ程度でびびっていた。

 公道へ出る瞬間の事故が怖すぎて左右を嫌になる程確認し、のろのろと道へ出る。

 そして徐行指示も人気も無い道を徐行して走る。

 

「何時間かける気ですか!」

「だ、だってぇ〜!」

 

『この先、300メートルで、右方向です』

 

「み、右……」

「まぁだぁ‼︎ この次の交差点‼︎」

「ひぃ、ごめんなさい」

「まったく!」

 

 ……と、こんなぐだぐだな運転で他車にも迷惑をかけつつ車を走らせた。

 

 

 結局、幾つかの危険運転はありつつも、無事故でAZKiの家まで到着したのだった。

 但し、2時間で着くところを、3時間もかけて…………。

 

 

 

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