叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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叛逆の刻印⑥

 

 AZKiの家を一時的に離れていたメンバーの帰宅は予想以上に早かった。

 とはいえ莉々華含む5人組は深夜0時に到着しており会議を開ける時間ではなかった為、その夜を越した翌日に会議が開かれることとなった。

 就寝前にもあやめやすいせい、マリンの辺りで幾つかの悶着が発生していたが莉々華が神経を削り、奏や青が機転と変を利かせてなんとか仲裁に成功。

 やっとの思いで寝静まったのである。

 

 ――そしてその翌日。

 

 誰よりも早く目を覚ましたのは奏。

 覚醒に至る明確な原因はなかった。

 しかし、ぼんやりと天井を眺めていると縁側の方で誰かが啜り泣いている事に気付く。

 手洗いに立とうとしていた思いを改め身体を起こすとやや冷たい床を踏み縁側へと向かった。

 

(…………)

 

 姿も見ていないし、過去に一度も泣き声を聞いた事は無いが莉々華であると直感できた。

 音と気配を殺してそっと縁側を覗くと……見立て通り莉々華が独り、懸命に声を殺そうと嗚咽を漏らしていた。

 3分間はその背を眺めていたと思う。

 だが莉々華がひた隠している弱さを直視していると居ても立っても居られなくなり、黙って背後まで歩み寄っていた。

 

「……」

「ぅっ…………! っ……く……!」

 

 ひっくひっくと一定周期で上半身が跳ね、その度に後ろ髪が跳ね上がる。

 

「……」

「――っ⁉︎」

 

 全身を使って奏は徐に莉々華の背中に抱き付いた。

 莉々華が仰天して息を詰まらせ、涙を止めるが全身の痙攣は直ぐには治らない。

 背に抱き付く人の姿を知ろうと振り向く前に奏は変声して囁く。

 

「莉々華ちゃん」

「っ…………」

 

 流れを止めていた涙が眦から溢れてつーっと両頬を伝った。

 目元だけでなく両頬も赤く温まる。

 

「どうしたの? なんでも話して」

 

 表情を司る筋肉が痙攣して頬が震える。

 莉々華は冷たい手で首元に回された腕を握って――泣き笑いを浮かべた。

 

「もぅ……かなでぇ…………」

「ありゃぁ、バレたか〜」

 

 悪戯の犯人を特定して答え合わせの様に振り返ると、奏の弛緩した表情が目前に映り驚いた。

 鬩ぎ合う感情を抑止してもう一度非力な笑みを浮かべ、莉々華は涙を誤魔化す。

 

「ばればれに……決まってんじゃん」

「え〜」

「らでんの解像度低すぎるもん」

「そっか〜」

 

 薄らとはにかむ莉々華の絵画顔負けな横顔に見惚れて雑な相槌しか出なかった。

 

「起きてるのは奏だけ?」

「そうだよ」

 

 奏の弱い抱擁を解いて莉々華は重たい腰を上げた。

 平然とした態度でリビングへの通路に足を向ける。

 気丈に振る舞う背中を見つめる奏は顔色一つ変えない。

 

「寝るの?」

「――いや」

「寝た方がいいと思うよ」

「――――」

 

 莉々華がぴたりと動きを止めた。

 朱色の長髪を乱して振り向くと奏と視線が絡む。

 

「なんで?」

「――? 寝ないと思考力が低下するし精神も乱れやすくなるから」

「そうかもね」

 

 小首を傾げた後に並べ立てられる正論に莉々華は一定の理解を示す。

 だが一度縦に振った首を今度は横に振る。

 

「でも時間が無い。次の金曜日に作戦を決行するのに、作戦はまだ何一つ決まってない」

「まだあと4日もあるよ」

「どんな作戦を立てるにしろ1日で万全を期す事はできない。残りの4日を全部準備に費やしてもいいくらいだよ」

「なら決行日を変えれば?」

「ノエルさんを使いたい手前、それは難しいかな」

 

 多少の距離を置いて互いの意見をぶつけ合う。

 軽く突っぱねられた奏は目をぱちくりさせて「ふーん」と相槌を打ち、意見交換を締めた。

 奏はずっと腰の後ろで両手を重ねてだらしなく構えている。

 気楽な態度に莉々華は僅かな怒りが湧いた。それが睡眠不足故の余裕の無さである事まで理解すると余計に腹が立つ。

 だが無意味に奏に当たり散らす訳にはいかないので、視線を逸らして平常を装った。

 

「しゃっちょ」

「ん……なに?」

「大丈夫?」

「――大丈夫、無理はしてないから」

「――そっか」

 

 莉々華の言葉に嘘は無かった。

 何故なら莉々華自身が無理をしている自覚がないから。

 本人はまだ耐えていると錯覚している様だが、奏から見れば今の返答は明らかに余裕が無い事が伺える。

 この先万が一ぺこらの思考でも下ろすことがあれば愈々末期だろう。

 

「でもじゃあ今から何すんの〜?」

「時間も時間だし、そろそろ全員起こして会議したいかな」

「ならみんなを起こしに行こっか〜」

「うん」

 

 奏と莉々華は廊下を通ってリビングへ戻った。

 そして莉々華がリビング内と近場の寝室に寝る元叛逆者メンバーとあやめを起こし、奏は2階で眠る元神の一団メンバーを起こしに向かう。

 

 全員が起床し数名が喧嘩。雑な朝食を各自済ませて数名が喧嘩。一部の者がシャワーを浴びたり日課をこなしたりして数名が喧嘩。

 結局会議が始まったのは全員の起床から2時間が経過してからだった。

 奏はこのいざこざや纏まりの無さを前にして、時間に余裕を持たせるにはまずこの関係性を解消することからだと思った。

 思っただけで、奏にはどうすることも出来ないのだが……。

 

 

 

 何はともあれ、些細な諍いは鎮静化しリビングは会議室となった。

 青とあやめが仲間入りした事で室内はより窮屈になっている。

 

 

 

「さて。それでは作戦立案前ですが色々と確認事項を話しておきましょう」

 

 莉々華がぱちんと手を鳴らして注目を集めてみたが、あまり視線は集まらなかった。

 

「作戦決行日は4日後の金曜日の日没前です」

「なんでもう決まってんだよ」

「この日になった理由は複数あります。ですが早々に確定させた理由はひとつ……ノエルさんです」

 

 ノエルの名前を挙げたことで大方事情は察したらしく、すいせいも口を閉ざした。

 

「申し訳ありませんが間の悪い事に交渉中フレアさんが帰還した為、勧誘は失敗しました。ですが多少の気の迷いを感じたので賭けとしてその場でフレアさんに決戦日をみこさんに伝える様に、と建前をつけてそれとなくノエルさんに示しました」

「つまり…………奇襲は難しく正面衝突になる、と」

「はい」

 

 欠点を要約したロボ子の険しい瞳に首肯を返す。

 すると皆一様に視線を落としたり、ため息をついたりと露骨に感情を表現した。

 

「……はぁ。ノエルさんが来なきゃ寧ろマイナスだよ」

「一点賭けすぎるんじゃねぇの?」

「ノエルってのはそんな強ぇのか」

「強くはありませんが、唯一フレアさんを確実に止める手段です。正直な話、本気のフレアさん1人がいれば私たちは手も足も出せません」

 

 誇張ひとつない莉々華からの評価にトワは息を飲んだ。

 

「一度、向こう側の力を一通り復習っておきましょうか」

 

 嘆息と共に次なる話題を切り出すと、今度は皆の視線が漏れなく集まった。

 

「まずは今挙げたフレアさん。『火と不死の呪』の持ち主です。詳細は語るまでもないその名通りの力です」

 

 自在に火を起こし手元にない炎さえも操る力を有しておりそれだけでも厄介だが、おまけの様に付属した極め付けの「不死身」が鬼に金棒過ぎる。

 あれは戦場に立っていい生物ではない。

 

「次にみこさん。『死と魔術の呪』の持ち主です。体力を削って魔法を放つことができますが、その魔法の効果は当人の発想力次第で無限に広がります」

「……?」

「簡単に言やぁ、みこちに出来ないことはないって話だ」

「……もう終わってる。キモすぎんだけど」

 

 莉々華の小難しい表現をすいせいが簡略化してやや大袈裟に表現したが、大した誇張にならない事が恐ろしい。

 すいせいの一口の説明を聞いてシオンは悪態をつき、皆それに共感する。

 そんな中あやめがシオンの横顔を一瞥した。

 意図が異なるとは言えみこに対するキモい発言が鼻についた様だ。

 相手がすいせいとトワではない為、ヤイバは胸の内に収める。

 

「みこさんは現在ミオさんの身体に憑依して操っています。みこさんが憑依しているうちはミオさんの意識は無く、天命の呪も扱えないかと思います。また彼女の魂のカケラは残りひとつとなってますので、そちらを破壊しなければ永遠にみこさんを殺し切る事はできません」

 

 みこに関する説明はその程度に留め次へと移る。

 絶望を残して話が進むので空気は険悪だ。

 

「そらさんは『治癒と光明の呪』を持っています。蘇生のできないAZKiさんと思ってください。但し、光明の力もあるので戦闘能力はAZKiさんより遥かに上ですけど」

「コウメイって具体的に何ができるぺこなん?」

「光を操れます。レーザーを打ったり、周囲の光を遮断したり、光を屈折させて像を歪ませたり姿を眩ませたりできます」

「…………」

 

「ちょこさんは『性・愛・美の呪』を持っています。その美貌を前にすると誰もが我を忘れてしまいます。またマウストゥマウスで口付けをする事により人を意のままに操ることも出来ます」

「わためがそれに堕ちたんだよね」

「はい。わためさんが堕ちている今、更なる籠絡被害は起こりませんが誘惑には掛かるので十分気をつけてください」

 

 ちょこは一般人ならまず直視禁止。

 戦えるはずがない。

 

「赤井はあとは『狂気の呪』を持っています。脆弱な心に付け入って支配する力です」

「それが……おかゆとミオちゃんを堕とした力だったね」

 

「姫森ルーナは『戦の呪』を継承しています」

「…………」

 

 マリンが目つきを変えた。

 

「戦の呪でできる事はぼたんさんと同じです」

 

 呪をポルカではなくルーナに継承した事に対し、ラミィとねねは未だに腑に落ちていない様子だ。

 

「尾丸ポルカは呪を持っていません――」

「ちょっと待って莉々華」

「――はい、どうされました?」

 

 ルーナの解説が終わりポルカの解説へと移った時、マリン、ねね、ラミィ、トワ、ロボ子の5人が口を開きかけた。

 そして誰よりも早く口を挟んだのはロボ子。

 莉々華は視線をロボ子に向けて聞き返す。

 

「あのバリアの話してよ。あれがあっちゃあどうにも手出しできないんだし」

「――ばりあ?」

 

 莉々華が眉を顰めると忽ち場が静まり返る。

 まさかとは思った。こんな重要な会議の最中に似つかわしくないジョークを差し込むはずもない。

 

「いや……ほらさ、あのオッドアイの子……」

「トワも話は聞いたぞ。見た事はないけど発動すればどんな攻撃も受け付けないって」

「――? すみません、今試してみましたけど……情報がありません」

 

 バリアを知る5人が胡乱げに首を傾げた。

 莉々華の困惑顔に不穏な空気が漂う。

 

「よく分かんねぇけど、つまりさくらみこがセキュリティにかけてるって事ぺこか?」

「どう、でしょうか……」

 

 莉々華は重ねて難色を示す。

 今のみこは幾つもの情報にセキュリティをかけられる程の体力を有していない。

 加えて話に聞いたルーナのトロイアや宿舎での身勝手な行動。

 情報を隠す程重要な存在であればもっと厳重にその身を管理する筈だ。

 率先して前線に送るわけでも、後方に据え置くわけでもない。

 少々雑な管理体制を見るにみこがセキュリティをかけたとは考え難い。

 もちろんブラフの可能性も0ではないが……。

 

「そのバリアについて、些細な事でもいいので教えてください」

 

 ロボ子、マリン、ねね、ラミィ、トワの順に目配せするとまたしても真っ先にロボ子が口を開く。

 

「ボクのミニガンすらも防ぐ完全防御壁で、展開されれば目視できるよ」

「なるほど、他には?」

「ぁ――」「みこちもルーナのバリアは素性が知れねぇっつってた」

 

 ロボ子に続いてマリンとトワが自身の見解や知識を伝達しようとした結果、マリンの声は儚く消えてトワがはきはきと語った。

 トワの発言にねねとラミィも首肯を繰り返して事実であることを証明する。

 

「…………ぁ――」「それとあのバリア、ルーナ本人はあんま自覚してないらしい」

「自覚していない……?」

「ああ。バリアが展開されれば本人も気付くけど、ルーナの意思で展開してるわけじゃないらしいんだ」

「つまり……攻撃を前にすると自動で発動する仕組み、と言う事ですね」

「んー…………そんなとこ、なんだろうが……」

 

 莉々華の要約を聞いて周囲がなるほどと呟く中、トワは頭を悩ませて言葉を探していた。

 莉々華は黙ってトワの言語化を待つ。

 すいせいが悩むトワを見つめて静かに口角を上げていた。

 

「稽古の時は木刀とか使って模擬戦したりすんだよ。でもそん時は1回もバリアが発動しなかった。稽古ん時は木刀も拳骨も全部ルーナに当たるんだよ」

「では……危機的状況に瀕した時にのみ自動で発動するバリア、と言ったところですか?」

「ああ……その方が近そうだな」

「なるほど。よくわかりましたありがとうございます」

 

 莉々華は顎に手を当てて何度かなぞった後トワに正面から礼を言った。

 そのまま視線を流してねねとラミィを直視したが2人もこれ以上の情報は持っていないそうだ。

 更に頭を回してマリンを見つめた。

 

「……あのバリア、多分ダメージが蓄積してる」

「「は⁉︎」」

「――詳しくお願いします!」

 

 待ちに待った発言権の到来。

 周囲と言葉が被らない様に確認した後マリンは見解を述べた。

 すると数名が驚愕し莉々華は身を乗り出すので、マリンはちょっぴり嬉しくなる。

 視線のやりどころに困って室内を右往左往しながら言葉を脳内で纏める。

 

「え……えっと……私の銃弾を弾いた時に出てたバリア……元から傷ついてたし、その後に展開した時は銃弾の当たったとこに……ヒビが入ってた」

「つまり同じバリアを張ってるって事になるのか」

「なら、そのバリアも攻撃を受け続ければ何れ破れる……?」

 

 ルーナのバリアにも突破口が見えてきた。

 戦の呪と兼用出来る為その脅威は今まで以上だが、それでも光は見出せた。

 

「ありがとうございますマリンさん」

「……、……」

 

 マリンは頬を染めて頷くと小さくなった。

 

「他にはありませんか?」

「…………」

「……なさそうですね。では先ほどの続き――尾丸ポルカは呪を有していません」

 

 莉々華が再び説明口調に戻ったので皆もまた傾聴しつつ肩の力を抜く。

 

「姫森ルーナの事となると少々ネジが飛びますが、戦闘能力に関しては並程度かと」

「まあポルカはなぁ……ルーナに一途だけどもちゃんと利口で理性的だから」

「インターン生の中だと素の戦闘能力が1番高いし」

「唯一ししろんにも選ばれてたもんね」

「十中八九ルーナに同行すると考えると……そこそこ弊害になる強さだな」

 

 ポルカに対して思う所があるようで、トワ、ねね、ラミィが各々溢していた。

 

「夏色まつりも同様に呪を有していません。戦闘能力も高くなく、決して頭がいい訳でもないです」

「ひでぇ言い草だな……」

 

 まつりに対する評価にトワが同情してぼそっと呟く。

 事実なので撤回はしないし求めないが。

 

「それどころか今現在、戦うことに関して極めて消極的です」

「「「…………」」」

「今の様子が続くのであれば恐らく戦いにも参加しないでしょう」

 

 ねねとラミィが顔を見合わせて同時に俯く。

 トワも神の間での最後の言葉を思い返して瞳を翳らせていた。

 

「ここからは特殊な立ち位置にいる人たちですね」

「「――――」」

 

 奏やマリンなどが表情を引き締めて姿勢を正した。

 

「まずわためさん。彼女は先程も挙げた通りちょこさんの呪によって堕とされた、『地の呪』の持ち主です」

「わためが出来ることはまあ分かってるとしてさ、そのキスの呪の解除方法とかは無いの?」

「き、キスの呪て……」

 

 ちょこの呪名を忘れたロボ子から放たれる呼称に莉々華も思わず苦笑い。

 だがちょこの呪の突破法は皆重要視している。だからこそすいせいでさえ莉々華の返答に注意深く耳を傾けている。

 

「そうですね……はい、ちょこさんの呪の対抗策――あるにはあります」

「あんのか⁉︎」

「ええ一応」

 

 元神の一団メンバーも持ち得ない情報。

 トワが驚愕するのも頷ける。

 だが「一応」の余計な一言が不安を煽る。

 

「ちょこさんの呪も効かない様な強い感情を持つ事で彼女の誘惑は対処できます。但し、キスでの誘惑に関しては少し難易度が高く、強い『愛情』でなければ邪念を振り払う事はできません」

「はぁ…………わためって誰が好き?」

「それが……」

 

 ロボ子が嘆息混じりに問うと莉々華が言い淀む。

 その態度からわための解放はちょこを倒す以外に無いのだと誰もが悟った。

 だが一応答えを待つ。

 

「わためさんは女性全般好きな様で……強いて挙げるなら胸の大きい方が尚お好みですね……」

「「「「死ねばいいのに」」」」

 

 一部から大バッシングが轟く。

 シオン、ぺこら、トワ、すいせいだ。

 2度と口を揃えることが無いメンバーの四重奏で空気が震えた。

 

「ま、まあまあ……」

 

 莉々華が身振り手振りを加えて宥めようとしたが、胸が弾むので4人は鋭くその胸を睨み反抗する。

 怯む莉々華に変わって青と奏が割って入った。

 

「まぁまぁそんな気にしなくてもいいじゃないですか〜」

「そうそう。キミたちみんな可愛い僕のプリンセスなんだからさ!」

「はっ、しょうもな」

 

 下らない評価基準にあやめが鼻を鳴らす。

 「仲間」からの言葉に4人も怒りを鎮めたので莉々華はほっと胸を撫で下ろす。

 

「でもじゃあつまりー、あれだろ。ちょこ先よりでけぇ乳連れて来いって話だろ」

「まあ……強ち間違いでは無いかと」

「不可能じゃねぇかよ死ね」

 

 トワの示した条件に莉々華は頬を引き攣らせて顎を引き、すいせいが純粋な暴言を吐く。

 ラミィやねね、アキロゼが気不味そうに視線を彷徨わせる中ぺこらがマリンの胸を凝視していた。

 

「コイツなら行けんじゃねぇの?」

 

 ちょこの胸サイズはよく知らないがマリンの胸は相当な武器だ。

 白羽の矢を立てられてマリンは挙動不審になるが……。

 

「恐らく厳しいですね」

「ちょこって人の乳そんなでっけぇの?」

「同じくらいかと思います。ただ、差が一目瞭然でなければ『呪を上書きする愛情』は得られない訳ですから」

「『乳のサイズ=愛情』とか価値観世紀末かよ」

「はっ、そもそもババアに靡く奴がいるかっての」

「あ? 土俵にも立てない分際でどの口が」

 

 すいせいとマリンが性懲りも無くまた火花を散らすので、青がマリンを奏がすいせいを宥めに寄り添う。

 

「もうおっぱいの話やめよう? わためちゃんの事は分かったから、次に移ろうよ」

「そ、そうですね……」

 

 ストレートな言葉をぶち込みつつアキロゼが話を進めようと進言した。

 莉々華が冷静になってぱちんと手を叩き注目を集め直す。

 すいせとマリンも「はっ!」とそっぽを向く事で喧嘩を終えた。

 

「え〜……それでは次におかゆさん。彼女の……」

「――」

 

 一瞬の尻込みを見せたが天命の呪を明かしたのなら今更だと開き直り、その先を続けた。

 

「彼女の呪は『熱意の呪』です」

「熱意? 熱意ってなに?」

「平たく言えば士気向上ですね」

「――? それだけ?」

「ええ」

 

 苦悩の末に明かしたおかゆの呪を脅威と感じる者はいなかった。

 だからこそ莉々華とらでんがこれまでひた隠しにした意図が汲めず激しく混乱してしまう。

 肩透かしを食らった気分で気力が抜けた。

 

「何でそれを隠してたの?」

 

 皆の疑問は奏が代弁してくれた。

 

「地味に感じるのも分かりますよ。実際に、らでんも私も隠すか明かすかずっと悩んでましたから」

「らでんちゃんが悩むってのは相当ぺこだからな」

「私も同感です。だからこそらでんの意思に沿わせてもらいました」

 

 莉々華の前置きにぺこらが柄にもなく口を挟んだ。

 らでんに対する2人の信頼が垣間見える掛け合いだが、腕を組んだあやめがいらいらと足を何度も鳴らすので莉々華は慌てて本題に入る。

 

「ね、熱意の呪は周囲の人を活気付ける事ができます。おかゆさんが強い気力を持って煽動すれば人々はそれに靡いていきます」

「それって士気を高める事しかできない感じ?」

「はい。おかゆさんが周囲の人々より熱意を持っていないとしても、それに応じて周囲の人々の熱意が下がる訳ではありません」

 

 士気は向上のみ可能で低下させる事はできない。

 それを確認すると何故隠していたのか余計に理解が及ばなくなる。

 

「もし万が一とある大国の中心でおかゆさんが叛逆を企てて煽動すれば、どうなると思います?」

「……民衆が全員叛逆に加担する」

「その可能性があります」

「でもそれはいい事なんじゃね?」

「それは我々と方向性がマッチしているからです。悪事の煽動者としてその力を活用すれば、一夜のうちに国家転覆まで行きますよ」

 

 常に悪事に活用される可能性を考慮するべきだと莉々華は再度忠告した。

 おかゆの性格を知る者はやはり腑に落ちない様だが。

 

「ただ恐らく、おかゆさんの力で一国の民衆全員を配下につける事はまず不可能ですね」

「……逆にそれはどうして?」

「ひとつは純粋な効果範囲。もうひとつはおかゆさんが市民以上の熱意を維持出来ないからです」

 

 天才の言い分に間違いはないのかも知れない。

 実際に悪事に使用されればそれなりの被害は発生するだろう。

 でもやはり半ば強引な気もする。

 例えとして国家転覆の可能性を上げていたが、すいせいやトワの純粋な強能力でもできる範疇だ、と感じる。

 

「……納得していない顔つきですね」

「すいせいさんとかの方が国家転覆向いてそうですよ?」

「性格的にはそうですが呪の力で言うなら不可能です。感情や概念に作用する力はそもそも所有者を特定しにくいと言うアドバンテージを抱えていますから」

「まあ……それは納得できるかも……?」

 

 簡単な例を列挙するとおかゆ、ころね、ミオ、スバル、はあと、アキロゼ、莉々華などが該当する。

 

「はぁ……もういいよ面倒くさい……」

「……すみません。上手く解説できなくて」

「いいから、早く次行って」

「はい……」

 

 一々小難しく言い回したり迂遠に説明したりとうんざりだ、とあやめが愚痴った。

 バツが悪そうに苦笑いを浮かべて莉々華は次へと意識を切り替えた。

 

「えぇっと……ミオさんは以前話した通り『天命の呪』を持っています」

 

 明から様に声のトーンを落として残りの確認に移る。

 

「最後にフブキさんなのですが……私も皆さんと同じで一部の呪が効かず怪力がある、と言う事しか分かってません」

「――? 情報が下ろせないって事?」

「はい。一部の呪が効かないのでそのせいかと」

 

 奏が何より期待していた情報だ。

 それが伏せられては会議の出席にすら意義を感じない。

 奏は不満げに口元を歪ませる。

 ぺこらが目付きを変えて莉々華の瞳を直視した。

 

「莉々華。それは――本当?」

「本当です! 本当に私も知らないんです!」

 

 心に余裕が無いせいで訴え方に信憑性がなかった。

 ぺこらの目付きは変わらないが、莉々華は無性に怖くなって胸元でぎゅっと拳を握る。

 寝不足も相俟って感情がぐちゃぐちゃだった……。

 だが莉々華が一睡もしていない事は奏以外知らない。

 

「――ひっ⁉︎⁉︎⁉︎」「――うっ…………」

 

 突如、莉々華とアキロゼが奇怪な反応と共に肩を跳ねさせる。

 アキロゼが身震いした後頭を抱えて蹲み込むので皆が其方に目を向けた。

 

「どしたの⁉︎」

「いや、ちょっと……」

 

 連鎖してどんっ、と莉々華がその場にへたり込んだ、途端に――

 

「っず……ぇぐっ……うくっ……ぅずっ……ぅずっ……っず……」

 

 大勢の視線の中で嗚咽を漏らし始めた。

 誰もが愕然とし動揺が波紋を広げる。

 

「莉々華ちゃん⁉︎ 大丈夫⁉︎莉々華ちゃん‼︎⁉︎」

 

 膝に顔を埋めて更に腕で覆い泣き顔を隠す莉々華。

 誰よりも早く青が駆け付けて背中に手を添えると反応を確認した。

 しゃくり上げる振動と啜り泣く声の振動が手のひらから伝って来る。

 

「ご、ごめん莉々華……」

「ぅずっ……っず……」

 

 ぺこらも目付きを和らげてそっと寄り添う。

 AZKiとロボ子はアキロゼの方へ寄り添い肩を貸す。

 

「だいじょぶアキちゃん?」

「う、うん。ごめん莉々華ちゃん。本心を確かめたかっただけなの……」

「ぅずっ……ぇっぐ……」

 

 周囲の助けを断って莉々華の前に屈み込むと、普段の数倍朗らかな声で伝えた。

 その一言で勘のいい人は真相を知る。

 

「心を繋げんだね?」

「うん……みんな疑ってたし、証明になると思ったんだけど……」

「あの‼︎‼︎」

 

 アキロゼが莉々華の内心を暴露しかけた為、奏が咄嗟に大声を張り上げて阻止する。

 しかし突然の大声で一同を驚かせてしまい反感を買ってしまう。

 

「っチ。クソうるせぇなぁ!」

「耳がいてぇだろうが」

「ちょっと奏ちゃん。大きい声出さないでよ」

「っず…………」

 

 反感の声を一切合切無視して奏は声量を抑えながら続けた。

 

「一旦休憩にしましょ〜? ほら〜しゃっちょーも疲れてるみたいですし〜」

「……それがいいかもね」

「ぅずっ…………っず……」

 

 奏の提案を青が真っ先に飲み全員を軽く見渡す。勿論莉々華に手を添えたまま。

 

「ぺこらさん、この場は任せていいですか?」

「お、おお……」

「っず…………」

 

 似合わない青の口調にぺこらも珍妙な返事で答えた。

 青と奏はアイコンタクトで意思疎通を図り、莉々華の両サイドで膝を下ろす。

 

「莉々華ちゃん。2階に上がれる?」

「うっぐ……」

 

 嗚咽混じりに首を動かした。

 左右に振ったのか上下に振ったのか区別が付かないが、何となく首肯したと思えたので奏と青が莉々華に肩を貸して…………

 

「ちょっ、青さん背ぇ高いー」

「奏ちゃんが低いんでしょ」

 

 身長差で莉々華の体勢が苦しくなってしまい、奏が青に文句を言った。

 青は反論しつつも腰を落として2人で莉々華の足としての役割を果たす。

 3人が2階へ登った後、ぺこらはアキロゼを一瞥した。がそこへは追求せずまずは場を締める。

 

「一応呪については一通り聞けたぺこだから今日はこの辺にしとこ。イケメンと奏ちゃんが降りて来るまで2階は基本的に行かないようにして欲しいぺこ」

「そうだね」「…………」

「おけ。なら会議はおしまい」

 

 ぺこらの号令によって不本意な形ながら会議はお開きとなった……。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 会議終了後もあやめはリビングの同じ場所に座り込んで熱心に考え事をしていた……。

 

(ルイちゃんの呪はやっぱり誰にも継承されてないのかな……)

 

 あやめがこの場へ同行した1番の目的はそこにあった。

 ルイが有していた「秩序の呪」の行方。

 何せあやめに呪が継承されていないのだ。だから固より大した期待はしていなかった。

 秩序の所在によってはあやめも参戦する心構えだったが、本当にあの呪がルイと共に消滅したのであれば、あやめは大人しく身を引く。

 そして莉々華がその話題を持ち出す事もなく、以前あやめ宅に訪れたみこも秩序については一切触れなかった。

 2人は間違いなく行方を知らない。それ即ち継承はなされていない。

 

(そもそもルイちゃんがあの呪を他人に移すはずがないもんね)

 

 誰よりもその苦痛を知るルイが当て付けに呪を継承したりしない。

 もし立場が逆だったとしたらあやめは絶対にルイへの継承は行わない。

 

(…………)

 

 あやめは薄らと微笑んだ。

 ルイがあやめを想ってくれていた事が実感できたから。

 

 あの瞬間、ルイはあやめがすいせいと敵対関係になる事を生死の淵でも直感したのだろう。

 あやめがその流れで叛逆者になるのなら神の一団の誰にも継承はしないはず。

 だからきっともう、あの呪は…………

 

(…………ん? 何だろう……何か引っ掛かる……)

 

 あやめは顔を顰めて顎に手を当てた。

 数人に熱心な顔を見られているが考察に耽って眼中にない。

 

(待って……待って、よく考えて……!)

 

 思考が巡り脳内にあの時の忌々しい瞬間がフラッシュバックする。

 すいせいにナイフを突き立てられたルイ。すいせいに襲い掛かるあやめ、いろは、クロヱ。

 いろはとクロヱを引き止めるらでん。

 飛び出す事なく後方に控えていたアキロゼと……はじめ。

 

(……いや、まさか……)

 

 根拠一つない滅茶苦茶な理論。

 有り得るはずがない。

 

 だがあやめのは思考を更に飛ばした。

 手の位置が顎から口元へとずれる。

 

(あの瞬間、ルイちゃんは私がアイツと敵対する事を察知したはず。アイツの呪が戻れば攻撃を仕掛けたサムライとシャチは確実に死ぬ事も。もし……もし万が一誰かに継承しているとしたら……! 私が寝返ることを見越して叛逆者側に呪を託したのだとしたら!)

 

 穴だらけの推理があやめの中で勝手に確信へと昇華していく。

 だってあやめとルイは同じ思考をしているはずだから。

 

「あの時唯一呪が無くて、生存確率が高かった赤子……」

「あやめさん1人で何言ってるの?」

「は⁉︎ ちょっと何‼︎」

 

 思わず確信めいた表情で思考を口にしてしまったので、面白がったねねが顔を覗き込んでいた。

 ぎょっとして身を引く。

 

「1人で何か言ってたから」

「何でもない」

 

 興味津々に顔を寄せるねねを押し除けてあやめは廊下へ出る。

 

「どこ行くのー?」

「叡智の書のとこ」

「え? でも2階はダメって――」

「うるさい」

 

 ねねはきょとんとして首を傾げ廊下へ消えゆくあやめの背中を見つめた。

 そして姿が見えなくなると関心をなくしてトワの元へと戻っていった。

 

 

 

 2階へと上がり莉々華の寝ていそうな部屋の扉をこんこんこんとノックする。

 

「はーい」 がらがら

「今ちょっといい?」

 

 ノックしつつも返答を待たない半端な作法を誰も咎めない。

 あやめは目を赤く腫らして青と奏に慰められる莉々華を見下ろす。

 

「は、はい……何でしょう」

 

 まだ少し声は震えているがある程度の整理はついたらしい。

 涙ひとつ残っていない目元を拭ってあやめに視線を返した。

 

「確認して欲しい事があって」

「何っですか?」

 

 あやめは莉々華の前に腰を下ろし真摯な目で向き合う。

 唯ならぬ空気に青と奏は息を飲む。

 

「本当にただの勘なんだけどさ。ルイちゃんの呪――トロイア戦争の時そっち側にいたあの赤子に継承されたんじゃないかと思って」

「え……? どうしてそんな……」

 

 あやめの考えの経緯が掴めず莉々華は困惑しながら、「轟はじめ」に関する情報を脳内に下ろす。

 

「――ぇ⁉︎」

「――!」

 

 莉々華が息を詰まらせて唇以外を硬直させた。

 その反応が答えを物語っている。

 あやめは瞠目し、奏と青は互いに視線を合わせて首を傾げる。

 

 ゆっくりと落とした視線をあやめの鋭い眼光に向け直した。

 小さく開いた莉々華の口からの言葉を――

 

「はじめさんの情報が下ろせない……‼︎」

 

 衝撃があらゆる感情を吹き飛ばした――。

 

 

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