叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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叛逆の刻印⑦

 

「え⁉︎ はじめちゃんに⁉︎」

 

 莉々華は自身の事など二の次にし、あやめの推察から生まれた可能性を皆に伝達した。

 するとすいせいやトワ、シオンやぺこらなどが食い付く。

 

「はい。知識の力で情報を下せません。あやめさんの見立ても重ねれば間違い無いかと!」

 

 息巻く莉々華の背後であやめも目に強い光を宿していた。

 一方、奏と青は憂慮で表情を染めて見つめ合う。

 

「確かにでけぇ発見かも知れねぇけど、だからどうしたって話だろ」

 

 すいせいが莉々華の瞳だけを見て言い放つ。

 

「そうぺこな……秩序の呪いは結局家を出られないぺこなんでしょ? だとしたら例えはじめちゃんが決意したとしても、戦場には足を運べられないぺこだし」

 

 すいせいの言葉を拾ったぺこらがやや声を高めて莉々華に言葉を回した。

 だがそんな前提の話は莉々華も重々承知している。

 

「恐らくそうでしょう。ですが戦力としてカウントできるなら上手く活用できるかもしれない。何を議論するにもまず、はじめさんと接触してからです!」

「……それはそうかもな」

 

 並大抵の思考では固より話にならない。

 ここではじめを懐柔し、秩序の力をどうにか戦いに組み込む様な奇策でも無ければ戦いには望めない。

 トワがすいせいを宥める様に莉々華の意見に傾く。

 

「ぺこらさん、アキロゼさん、道案内が欲しいので同行願います」

「――ん。おけ」「分かった」

「余も行く」

「――はい」

 

 はじめの家を知るぺこらとアキロゼを一応同行させ、更にあやめの志願も快諾。

 莉々華は早々に準備に取り掛かる。

 

「しゃっちょ」

「なに?」

 

 速やかに支度を進める莉々華を奏は落ち着いた声音で呼び止めた。

 

「奏が行く」

「……?」

「しゃっちょはここで待ってて」

「――は?」

 

 莉々華は無理解に顔を顰めた。

 

「何言ってんの。一緒に行くならまだしも、私無しって……」

「しゃっちょは1回休んだほうがいい」

「言ったでしょ。休んでる暇は無い」

「あるよ。はじめさんの勧誘は態々しゃっちょが行く必要ないもん」

「なに……その言い方」

 

 莉々華の力量を軽んじた発言にも聞こえ、ぴくりと眉を跳ねさせた。

 険悪な空気を感知した青が莉々華の肩に手を添える。

 

「莉々華ちゃん。悪いけど僕も奏ちゃんに賛成する」

「なっ……」

「あやめさんを説得したのはトワさんとすいせいさん」

「違う‼︎」「ちげぇよ‼︎」

「……僕を呼びに来たのはロボ子さんとAZKiさん」

 

 莉々華の勧誘失敗には触れずに青は微笑む。

 

「莉々華ちゃんの事は信頼してるからさ、もう少しみんなの事信頼してあげてもいいと思うよ? 僕と同じくらいにさ!」

「信頼はしてるよ! でも――」

「だぁもう! うだうだめんどくっせぇなぁ!」

 

 青の丁寧な対応も無碍にしてすいせいが怒鳴った。

 奏がむっと頰を張り、あやめやマリンが不快そうに耳を塞ぐ。

 

「お前にらでんやこより程の出来なんざ期待してねんだよ」

「ぅ……」

「言葉が悪いですよ〜」

「ガキは黙ってろ。つか周りが甘やかすからつけ上がってんだろうが」

「…………」

 

 すいせいの罵詈雑言?に嫌気がさしたのか、あやめは一足早く家を出て外で待機する事に。

 

「今あたしらがお前に望んでのは最後の戦いに備えた万全の策だけだ」

「ぅ……」

「はぁ……言葉は悪いけどなかなか的中。ボクも同意見」

「ぇ……」

 

 すいせいの言葉遣いを非難しながらもロボ子は意見に賛同の姿勢を見せた。

 

「不調のままじゃぁ最善策も浮かばないかもしれない。莉々華ちゃんはずっと稼働してるんだし、休むにはいい機会だよ」

「莉々華」

「……はい」

 

 ぺこらが莉々華の目前に立って目を合わせた。

 瞳に宿るウサギを見つめる。

 

「今はらでんちゃんとは関係無しに信頼してるから。安心して休んでな」

「――――」

 

 ぺこらの姿がぐにゃぐにゃと歪んでいく……。

 

「しゃっちょはいっぱい寝て待ってたらいいよ! はじめさんは必ず引き込むから!」

「そうそう。はじめちゃんが家を出られないとしても電話くらいはできるんだから、それでいいんじゃない?」

「ぁ……ぅ……」

「車なら……またあずちゃんにでも頼めばいいぺこだから」

「うん。それくらいお安い御用だよ」

 

 仲間の優しさに涙が溢れてきた。

 責任感で言えば莉々華はこの中の誰よりも持っている。それこそらでん以上にも。

 偶には荷を下ろして休息をとったっていい。

 

「莉々華ちゃん――どうするの?」

 

 青が莉々華の頭に手を乗せ美顔で微笑む。

 青の整い切っていない顔立ちを見上げて小刻みに震える。

 

「休む? 休まない?」

「……やすむ」

「そう。なら添い寝してあげるから、お布団へ行こうか」

「いっ、いいよ気持ち悪い……!」

 

 腰に回された手から素早く逃れて莉々華は涙を拭った。

 青の手中からは逃れつつも離れすぎない位置で一同を見渡す。

 

「……じゃあ……はじめさんは任せます」

「うむうむ!」

 

 奏がふんぞり返って頷くと、莉々華は微かに笑みを浮かべて2階の寝室へと向かった……。

 

 

 

「よっし! んじゃ行くぞ!」

「は〜い」

「うん」

「あ! シオンちゃんも来る?」

 

 右手の拳を左掌に打合せてぺこらは息巻いた後、どさくさに紛れてシオンも同行させようとする。

 

「……んーん、シオンはいいや」

「そっか。じゃあ待っててね」

「うん」

 

 シオンに微笑んで手を振りながらぺこらはアキロゼとリビングを後にする。

 奏もその後に続く。

 

「あ! あずちゃん運転お願いしてもい?」

「りょーかーい」

 

 そして運転手はやはりAZKi。

 最も安心できる。

 

 こうしてはじめの家へと向かうメンバーは、ぺこら、アキロゼ、奏、あやめ、AZKiの5人で確定。

 車は勿論ぼろぼろ新車だ。

 

「話がついたら誰かしらに連絡すると思うから、それまで待ってて」

「分かった。一応、気をつけて」

 

 5人はAZKiの安全運転とぺこら、アキロゼの案内の元はじめの家へと向かったのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『風真たちがなんとかします! 今のうちに‼︎』

 

『1分も保ちませんよ‼︎』

 

 …………。

 

 なんて勇姿だ。

 本当に同じ依頼を受けた仲間だろうかと疑心を抱く程勇ましい背中だ。

 

 風真いろはが、沙花叉クロヱが、その身を削り星街すいせいと奮闘している。

 文字通り粉骨砕身で勇猛果敢に挑んでいる。

 

 炎上が広がり、鮮血が飛散し、視界が赤々と染まってゆく……。

 

(ぁ……)

 

 ばたん、ばたんと見るも無惨な有様で血と火の海に斃れた。

 2人を制圧したすいせいが暗闇へと姿を消す。

 

(……どうして、うちは……)

 

 少女はふたつの亡骸を悠々と見下ろしていた。

 火に包まれた室内……全身が熱い。

 

(いろはさん……)

 

 床に伏したいろはの顔は拝むこともできない。

 

(クロヱさん……)

 

 クロヱも同様だ。

 

 少女は振り返った。

 視線の先――薄暗い通路を走る人がいる。

 そいつは我が身可愛く脇目も振らず一心不乱に逃げている。

 

(なんだアイツ……サイテーだ……)

 

 少女はそいつが大嫌いだった。

 いや……ずっとずっと大嫌いだ。

 

 同じ条件で雇われたはずだ。

 どうして1人だけ身勝手に逃げているのだろう……。

 許せない。赦し難い。

 

 どうして生きているの?

 

『どうして生きてるの?』

『どうして生きてるの?』

(…………)

 

 真っ赤な死体が立ち上がり少女の視界を覆う。

 真っ赤な瞳が4つ、少女を無感情に睨みつける。

 

『どうして生きてるの?』

『どうして生きてるの?』

(…………)

 

『どうして?』『どうして?』

 

 どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?

 

(どうして……?)

 

 少女は闇の渦に呑まれ、深淵へと堕ちていった…………。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「っ!…………!…………はぁ…………!」

 

 突然の覚醒に身体が、意識が、脳が追いつかない。

 じんわりと湿った服が身体にまとわりついている。

 

「はぁ……はぁ…………んっ、く…………」

 

 全身が熱っており呼吸と心拍が荒い。

 息苦しい……。

 

 暑苦しい布団を勢いよく捲ると篭っていた熱気と入れ替わって涼しい空気が全身を撫でる。

 湿った服で浴びるとまるで冷気のように感じた。

 

 上体を起こして灯りのない室内を見渡す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸音と時計の音だけが聞こえる。

 

「何時ぇ……?」

 

 既に闇に慣れた目は掛け時計の針を見る程度には順応していた。

 時計は5時半を指している……。

 

「うぅ…………また……ゆめ……」

 

 トロイア戦争の終結から1週間以上が経過したが、この夢はいつまでもトラウマとして少女の心を蝕んでいた。

 

 汗を拭って両目を覆う。

 自分の素顔など見えないが目の下のクマの酷さだけは自覚できた。

 あれから碌に眠れていない。

 

 夢に見る景色も人も全てが同じなのに――その内容はいつも異なる。

 

 時には『ひとりだけ逃げて生き延びるなんて最低』と罵られ。

 時には『ひとりでも多く逃がせてよかった』と励まされ。

 時には『どうして生きてるの?』と答えを求められ。

 

(いろはさん……クロヱさん……)

 

 自分の存在が罪であるかの様に幾度も夢で語り掛けてくる。

 

「…………」

 

 少女はもう一度布団を被り快眠を求めて瞼を閉じた…………。

 

 

 

 ――――――

 ――――――

 ――――――

 

 

 

 ぴんぽーん。

 

「…………んぅ……」

 

 ぴんぽーん。

 

「ん……んむ……ぅ? ゅ……?」

 

 ぴんぽーん。

 

「んぁ……? なんでゃ……」

 

 インターホンの音に覚醒を促され、少女――轟はじめは虚な視線を彷徨わせた。

 寝ぼけて弱った舌を回し声を発しながら意識を確立させる。

 時計を見ると12時を回っており自分自身驚愕した。

 

「……?」

 

 昨夜は11時に寝たので13時間の睡眠。

 の筈なのだが……やけに身体が重い。

 まるで疲れが取れていないようだ……。

 

「…………ぁ」

 

 そして思い出す。

 13時間の内に悪夢で何度目を覚ましたのかを。

 

 途端に悪夢の内容が鮮明に脳内を駆け巡り胸が苦しくなった。

 ぐっと胸元で服を握りしめると少し湿っていた。

 

 ぴんぽーん。

 

 4度目のチャイム音。

 はじめはようやく現実に復帰し、薄着のままインターホンと接続されたカメラの映像を確認する。

 そこには見覚えのある顔が映っていた。

 

「あい……」

 

 寝起きで掠れた声をマイクに通すと、画面に映る女性が和やかに微笑む。

 

『私、アキロゼだけど、覚えてる?』

 

 トロイア戦争の後、ここまで付き添って送ってくれたアキロゼをはじめが忘れる筈もない。

 

「覚えてまつ……」

 

 低めのトーンで答えて頷く。

 

『よかった』

 

 そこで一度会話が途切れ、雑音が2秒だけ間を繋ぐ。

 

「……えと……用事……ですか?」

『うん。話したい事があるんだけど、今時間ある?』

 

 はじめは瞳を翳らせる。

 徐に部屋を見渡して寝癖を片手で押さえつけると……

 

「はい。ちょっと待っちぇくだつぁい」

『ありがとう』

 

 はじめは通話を終了し布団を整えいそいそと着替えると、湿った寝衣を洗濯機に放り込んでそのまま玄関へ。

 2つの鍵とドアガードを外してドアをほんの少し開けた。

 

「久しぶり、はじめちゃん」

「……おひつぁち……ぶりでつ」

「全部で5人居るんだけど、入ってもいい?」

「……どうぞ」

 

 不調そうな顔色と声音は一度スルーしてアキロゼは入室許可を貰う。

 

「ありがとね」

「あい……」

 

 はじめは扉から手を離して玄関から廊下へと下がり、全員が宅内に上がれるだけの空間を用意する。

 アキロゼから順に入室を始めた。

 

 アキロゼが廊下を通ってはじめの側を抜けリビングへ。

 次にぺこらが簡単な会釈を交わしてはじめの前を通過。

 続いてあやめ。鋭い眼光ではじめの体の露出部――とりわけ左腕を睨みながら通過。

 以前敵対した事もあり萎縮しながら通行を許可した。

 4人目はAZKi。見ず知らずの2人は堅苦しく会釈してすれ違う。

 最後の1人――奏。

 玄関の鍵を全て閉めてにこにこと手を振りながらはじめの前を通過。

 

「ひっ――ぃいいい‼︎ おばきゃ‼︎‼︎ ゆーりぇー‼︎‼︎」

「え――」

「は、はわわ……わ…………」

 

 奏の存在に仰天して腰を抜かす。

 青ざめた顔で口を振るわせ、あわあわと奏を指差していた。

 

「な、なななな、なな……」

「訳あって生き返りました〜」

「な、なな…………な……」

「おばけじゃないから安心して」

「へ――えぇ――⁉︎」

 

 はじめの声を聞いて駆け付けたアキロゼにも肯定され、はじめは漸く現実を受け止める。

 奏がけらけらと笑いながらリビングへと入った。

 違和感を覚えるも気のせいだと思って気にしないことにする。

 アキロゼに差し伸べられた手を取ってはじめもリビングへ。

 

 あやめとぺこらは平然と椅子を陣取り、AZKiははじめの指示があるまで立って待っている。

 奏は早速室内の物色を始めるし、アキロゼはのほほんとして取り仕切ろうとせず、まるで纏まりがない。

 

 異色の組み合わせとその奔放さにはじめは唖然として口をぽかんと開けていた。

 

「どうする? とりま呪のことから聞いとく?」

「そうだね。多分自覚はしてるだろうし……」

「寧ろ余はその為に来たんだから」

「……?」

 

 ぺこらが安直に切り出すとあやめとアキロゼが同調し、はじめは視線と言葉の内容に疑問符を浮かべる。

 

「単刀直入に聞くよ? はじめちゃん、呪い持ってない?」

「――――――」

 

 はじめは口を噤んだままアキロゼの目を見つめ返した。

 それが答えと見て間違いない。

 あやめの読みに狂いは無かったようだ。

 

「見せてもらってもいい?」

「…………あい」

 

 存外に聞き分けよく服を掴み……しばし硬直する。

 

「……あ〜……え〜っちょ…………」

 

 襟元を掴んだり袖を掴んだり裾を掴んだりとまごまごしていた。

 焦ったくなってあやめは眉をぴくりと跳ねさせる。

 

「はじめちゃん?」

「あ! いやその…………」

「恥ずかしいんじゃないですか〜?」

「ぅっ――‼︎」

 

 あたふたするはじめに一瞥もくれず奏は見事に感情を言い当てるので、はじめは思わず紅潮して息を詰まらせる。

 

「体に興味無いから早く見せてよ」

「つぉれは()ってまつょ‼︎」

「はぁ……」

 

 痺れを切らしたあやめからの催促も聞かないはじめを見てぺこらは嘆息した。

 アキロゼもやれやれと肩を竦め、はじめの肩にぽんと手を乗せる。

 

「じゃあ部屋変えて、刻印の写真だけ撮って見せる、って言うのはどう?」

「そ、それなら……。で、でも! 写真(ちゃちん)()ぐ消してくだつぁいね⁉︎」

「分かった分かった。ならはじめちゃんのスマホ貸して」

「――! はい」

 

 はじめは机に置いてあった自身のスマホでカメラアプリを起動してアキロゼに渡す。

 左下のアルバムの最新画像が目に付くが気にしない事にする。

 

「ちょっと待っててね」

「早くしてよ」

 

 ――。

 アキロゼとはじめが別室へ移動し、早急に写真を撮って戻ってきた。

 

「撮ったよ」

 

 スマホはもうはじめの手元に戻っており、はじめが恐る恐る呪の刻まれた左肩の写真を公開する。

 いの一番に覗き込むのは当然あやめ。

 他3人は外からそれとなく目をやった。

 

「どう、あやめちゃん」

「……ルイちゃんと同じ模様」

「確定みたいだね」

 

 あやめの証言によりはじめの呪の継承は明白となった。

 だがここまでは想定通りで、本番はここからである。

 

 一線から退いたはじめを再び表舞台に立たせる事が目的だ。

 

 はじめはいそいそとアルバムからヤンデレじみたワンショットを抹消して安堵のため息をつくと、スマホをポケットにしまう。

 

「はじめちゃんにお願いがあるぺこ」

「……はい。なんで……ちょうか……」

「世界から呪を消す為に、今ぺこーら達は最終決戦の準備してる。はじめちゃんにも手を貸してほしいぺこ」

「…………」

 

 力強い語気ではなかったが、はじめは強迫観念に囚われて畏怖していた。

 誰とも視線を合わせずに小刻みに震えている。

 

「勿論お礼なら幾らでも弾む」

 

 ぺこらは常套手段をちらつかせてはじめを誘うが、はじめはもうお金など眼中にない。

 それはトロイア戦争の報酬未払いの時点で分かりきっている事だ。

 

「ご……ごめんなつぁい! それは、出来ないでつ」

「それはどうしてぺこ?」

「はじめが何の役に立つのかは()りまつぇんきぇど……もうああいった(こちょ)には関わりたくないんでつ」

 

 ぐっと服の裾を掴んで拳を作るとやや声を荒げて反抗した。

 AZKiがちらっとあやめの横顔を一瞥すると案の定不愉快そうに顔を顰めていた。

 だがあやめが文句や脅しを掛ける前にアキロゼが優しく言葉をかける。

 

「それは――クロヱちゃんといろはちゃんが死んだ事と関係してる?」

「――――――、………………」

 

 身震いに乗せて小さく頷いた。

 

「聞いた話だとあんたら3人は寄せ集められた日雇いの人間って聞いたけど?」

 

 会話が途切れるや否やあやめが刺々しく切り出す。

 

「そう……でしゅけど……」

「知り合いたての人の死をいつまで引き摺ってんの? こっちは世界一大切な人亡くした上で覚悟決めて来てんのに」

「……っ……は……?」

 

 同じ境遇に居たとは思えない無茶苦茶な理論で詰めるあやめ。

 容赦情けの無い言葉にはじめが顔を上げて悲しみの中に微かな怒りを混ぜ込んだ。

 

「どうして人の死に――そんな事が言えるんですか」

「あんたらだって余とルイちゃんを殺す為に来たくせに、よく言うよ」

「…………」

「折角ルイちゃんがその力残したんだから――手伝ってよ」

「いやです…………」

 

 あやめが勢いよくはじめの胸ぐらを掴んで額をぶつけ、鬼の形相で迫る。

 

「手伝え‼︎」

 

 あまりに強引な手法。

 恐喝でも何でも、仲間になるなら有難いのだが……

 

「ぅず…………むり、でじゅ……」

「っち‼︎」

「うゅ…………」

 

 恐喝も失敗に終わりあやめは唇を噛んではじめを床に突き倒す。

 がんっ、と椅子を蹴って額に手を当てる。

 

(なんでこんな奴に……)

 

 ルイの呪を継承する者はルイの意思を継承するに同義と捉えていたが、とんだ思い違いだった。

 こんなヘタレをあやめは護ろうと思えない。

 

「ばんちょうさん」

「ごめんなつぁい……もぅ……帰ってくだざい……」

「…………」

 

 奏が一声かけたが一瞬で突き放される。

 

「クロヱさんといろはさんを殺したのは誰ですか?」

「やべて……帰って……」

「……アキロゼさん、あやめさん。誰ですか?」

「――星街すいせいだね」

「ですよね」

 

 はじめが耳を塞いで音を遮断するので奏は問いかける相手を変えた。

 耳を塞いでも周囲の声は聞こえる。

 アキロゼの答えもしっかりと耳に届いた。

 

「ばんちょうさんは、どうやら自分に非があると思ってるようですけど――どうしてそう思うんですか?」

「うぅ…………」

「どうしてですか?」

「おねがいぢまず…………ほん゛どに……がえっでぐだづぁい……」

 

 耳を塞ぎ目を閉じたまま周囲の声を聞くと……瞼の裏でまたあの光景が映る。

 2つの死体が立ち上がって真っ赤な瞳ではじめを見つめている。

 

(やめて…………何も、言わないで…………)

 

『『いいんだよ。あなたが生きててくれたなら――もうそれでいいんだよ』』

 

(そんな事ない……うちが生きてたらいいなんて、そんな事……)

 

『『一生恨んでやる。見捨てて逃げた事』』

 

(ごめんなさい……でも……うちがあの場所に残っても……何も……)

 

『『なんて言って欲しいの? 私たちにどんな言葉を期待しているの?』』

 

(やめて……もうやめて……うちに――呪いをかけないで……)

 

 

 ――――――。

 

 

「ばんちょうさん」

「うぐっ…………」

 

 奏がはじめの両手を掴んで耳から強引に離す。

 奏の透き通った声が間近で耳に響き渡る。

 

「誰が、いったい何を思って死んでいくのかなんて、死んだ人にしか分からない事です」

「ぢってる……ぞんなごどはぢってる。わがだないがら……こわいんでづ」

「いいや――分かってない」

「あなだごぞわがっでない‼︎ まいにぢ何度も何度も同ぢ夢を見る怖ざをぢってまづか⁉︎ 優しく語りかけて励ましてくれるんです‼︎ でも次の日にははじめ゛の事を激しく責め立ででぐる‼︎ 何時迄も答えがわがらないがらっ、延々どごんな夢見るんでづよ⁉︎」

「…………」

「この苦しさがわがりまづが⁉︎」

 

 はじめが感情的になって苦痛の日々を吐露する。

 

「その苦しさは分からないけど、人が死ぬ時に見る光景を奏は知ってる」

「「――――」」

「は……っ⁉︎」

 

 奏は一度死んだ。

 その事実をはじめは遅れて想起する。

 

「人を恨んで死んでいくなんて……有り得ませんよ」

「つぉれはあなたが……つぉー言う人だから」

「じゃあばんちょうさんの! その肩に刻まれた呪いは!――」

「「――――」」

 

 奏の声が広がる。

 あやめが奏の流れる金髪を見つめた。

 はじめは奏の燃え滾る紅の瞳を見上げる。

 

「ルイさんの死の瞬間は奏以上に知ってるはずでしょ。あんな最期を迎えた彼女が、ただあやめさんを思ってその力を継承した」

「…………」

「ルイさんでさえ人を思って逝ったのに――クロヱさんといろはさんが、ばんちょうさんを恨んで死ぬはずないでしょ」

「ぅ…………うっ……」

「らでんちゃんが、この戦争に巻き込んだぺこらさんを恨むわけないでしょ?」

「…………」

「あくあさんがシオンさんを恨むわけないでしょ?」

「…………」

 

「みんな、自分の意思で選んだ道なんですから」

 

 自分の死も仲間の死も全て受け入れるとして戦場に立ったはずだ。

 トロイアに攻め込む前にらでんから忠告を受けたはずだ。

 

「でぼ……おふだりは……きっど空がら見でまず」

「お2人が空で何を思ってるか怖いって?」

「……ん゛」

「そうですね。きっと今のばんちょうさんを見ていたら、がっかりしますよ」

「っ…………」

 

 はじめが視線を落として奏から目を逸らす。

 

「だからばんちょうさんが2人に言わせるんですよ! この人を救えて良かったと! 唯一生き残ったのがはじめさんで良かったと! この先大きな功績を残して、2人に誇れる自分になるんです!」

「ぇ――っ……」

 

 奏がぐっと拳を握り力強く演説した。

 はじめは顔を上げ、奏の瞳を見つめる。

 そこに宿る熱が――はじめに高揚感を与える。

 

「はじめさんも、奏も、まだ何一つ成果を残していないただのお荷物です」

「……へ……ぇ?」

「冥界では無様を晒して、トロイアでは功績一つ無く死に、先の戦いでも大切な人たちに手を伸ばせなかった」

「…………」

「場数を考えると奏ははじめさんよりも無能です」

「ゅ…………」

 

 奏の言葉に悲観は見られない。

 現実としてこれまでの成果の無さを受け止めている。

 

「でも奏はAZKiさんの力で生き返ったんです。あくあさんもクロヱさんもいろはさんもらでんちゃんも死んだのに、奏だけ生き残ったんです」

「っ……」

「でも――いや、だから奏は戦います! あの人達に恥じない様に! やるべき事も、やりたい事も全うして――奏は奏の生に意義を主張するんです!」

「ぅ……ゅぐ……」

 

 奏がはじめの胸の前に右手を差し出した。

 握手を求める様に五指をほんのり曲げて、凛々しい瞳で問い掛ける。

 

「はじめちゃん」

「――ぅ……うち、は……」

「奏たちは同じ業を背負ってる」

「――――!」

「奏と同じ夢を見よう」

「――‼︎」

 

 はじめの震える右手を捕まえてがっしりと一方的な握手を交わす。

 

「奏と、一緒に‼︎」

 

 手の震えが止まった――。

 今度は唇が震える……。

 

「うちに…………なにか……出来るのかな……」

「出来る! だから奏たちがここに来た!」

「2人は……それで、認めちぇ……くれる、かな……」

「分からない。けど、動かなければ何も変わらない」

「うちは……うちは…………」

 

 目を伏せ、大きく瞬きをして滲んだ視界を晴らす。

 顔を上げ、右手に力を加える。

 

「分かり、まちた」

 

 藤色の瞳で真っ赤な視線に応えてみせた。

 

「はぢめ――行きましゅ‼︎」

 

 奏はにっと白い歯を溢して腰を持ち上げる。

 繋いだ手に引かれてはじめも半ば強引に立ち上がらせられた。

 

「――――」「――――」

 

 立ち上がっても尚手を繋いだまましばし互いの目を見つめ合う。

 

「ふぅ……何とかなったぺこな」

 

 一件落着と見てぺこらが空気を緩めようと呟いた。

 目論見通り重苦しかった空気がふっと軽くなる。

 正直、予想以上の立ち直りの早さだ。

 

「ほんと……この流れはちょっと予想外かも」

「……ね。奏ちゃんって年不相応に大人だよね」

「そうですかねぇ?」

 

 大人陣からの評価に奏は照れ臭そうに鼻を擦る。

 それを機に繋いでいた手も離した。

 

 すると、あやめがはじめの隣に歩み寄って藤色の瞳を睨んだ。

 

「あんた」

「は、ひゃい!」

 

 舌のもつれに加えて声まで裏返った。

 奏がくすっと笑う。

 

「はぁ……。あんたがルイちゃんの呪を継いで、その上気張るってんなら――余があんたを護ってあげる」

「ぅ……へ?」

「呪を使用しない戦場なら、余は誰よりも強い。あんたの手に負えない輩は余が相手してあげるから」

「あ……ありがちょぅ……ございましゅ」

「その代わりルイちゃんの想いには応えて。あんたはあんたの役割を全うして」

「――あい!」

 

 あやめなりの優しさなのか、はじめに喝を入れた。

 はじめも声を大にして気合を示す事で自分を鼓舞する。

 

「よしよし……じゃあとりま莉々華に電話すっか」

「そうだね。はじめちゃんが味方についたのはいいけど、結局この家を出れないんじゃどうしようもないからね」

「――???」

 

 ぺこらがスマホを開いて莉々華の番号を探す。

 続くアキロゼの言葉を聞いてはじめが首を傾げるので、奏は訝しげに眉を寄せた。

 

「場合によってはここが戦場になるけど、その時は敵をここまで呼ぶ必要がある」

「それが鬼門になりそうだよね」

「え⁉︎ ここで戦うんでつか⁉︎」

「そりゃそうでしょ」

「えぇ⁉︎⁉︎」

 

 おかしい。

 話が噛み合っていない。

 

 奏は益々眉を曲げて様々な憶測を脳内で飛ばす。

 あやめも同様に不自然を感知して宅内を見回した。

 

「……そういやあんた、その呪いつからあんの?」

「へ? ここに帰った時にはあったので……多分帰宅中から?」

 

 あやめはもう一度部屋を見渡す。

 

「一人暮らしだよね?」

「はい……」

「にしては部屋が綺麗すぎる……」

「えぇ……酷くないでつか……? はじめを何だと思っちぇ……」

 

(何だろう……この違和感……家に入った時から……ずっと……)

 

 奏は口に手を当て、顎にずらし、喉をさすって長考する。

 

(ん…………喉……?)

 

 喉を撫でる手をぴたりと止め輪郭を見せ始めた違和感に迫る。

 

「うちは轟はじめ」

「え?」「あ?」「ん?」

「何急に」

 

 不意に名乗るはじめに一同が戸惑うが当のはじめも困惑している。

 それもそのはず。今の声を発したのははじめではなく奏なのだから。

 滑舌の良いはじめの声音に理解が遅れる一同。

 

 次の瞬間――はじめを除く全員が愕然と口を開く。

 

「嘘でしょ……⁉︎」

 

 誰よりも動揺が激しいのはあやめ。

 ぺこらがスマホの操作を止めて掌から小銭をばら撒いた。

 

「うおおお! おかにゃがいっぴゃい‼︎」

「なんで……呪が……」

 

 秩序空間内では例外なく呪は使用できない。

 理解に長時間を要する。

 

「あんた‼︎」

「ひっ! ひゃい⁉︎」

 

 あやめがはじめの両肩に掴み掛かり鬼気迫る勢いで叫ぶ。

 はじめはどきんと心臓を跳ねさせたが、あやめはそれ以上に心拍数を上げている。

 

「あんた! この家から出られないんじゃないの⁉︎」

「ええぇぇ⁉︎ つぉーなのぉ⁉︎」

 

 本日最大の驚愕がはじめから発される。

 あやめがはじめをの手を引いて強引に玄関前まで連行し、他4人も続々とその後に続く。

 

「家、出れる?」

「えっちょぉ…………」

 

 はじめが頬を掻いて視線を彷徨わせ、最終的に奏の目を見つめた。

 奏がこくりと首肯したのではじめも首肯を返して玄関の扉と向き合う。

 特別な威圧感は無いが背後からの熱烈な視線は緊張する。

 

「い、行きまつよ?」

 

 ごくりと息を飲んで取っ手を握り、そっと押し開いた。

 

 がちゃ…………。

 

 ゆっくりと広がる太陽光。

 ざっ、ざっ、ざっ…………と玄関を潜った。

 

「…………えーっちょぉ…………出れまつよ……?」

「「「「「はあああ⁉︎」」」」」

 

 

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