叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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叛逆の刻印⑧

 

「……流石に連絡遅すぎじゃない?」

 

 すっかり日も暮れて月明かりが差し始める時間になったが、はじめの家に向かった5人の誰からも連絡が無く一同は憂慮していた。

 

「はじめちゃんの家には流石に着いてるはずだし、何か連絡くれてもいいと思うけど……」

「そうだね……ここまで音沙汰が無いと僕も心配だよ」

 

 時計の針を見上げて青も小さく唸る。

 

「はっ。大方あやめが余計な口出しして話が拗れてんだろうよ」

 

 すいせいの私怨混じりな推測を青は苦い笑いであしらう。

 

「その程度なら……問題ないんだけどね……」

 

 ぶろろろろろ…………。

 

「――? 車の音だ」

「……帰ってきたのか?」

 

 音沙汰が無い上での予期せぬ帰宅。

 居残り組一同はその結果が容易に予測できた。

 シオンと青が玄関まで迎えに足を運ぶ。

 

 納車を終えた音、車の鍵をかけた音、砂利を踏む足音、そして扉が開く音。

 がちゃっ、と扉を開いてぺこらが帰宅した。

 

「――おかえり」

「――‼︎ ぁ、うん! ただいま‼︎」

 

 シオンの出迎えに瞠目しつつも喜ばしげに声を大にして答えた。

 がさ、がさ……とぺこらの手に持つビニール袋が音を立てる。

 青とシオンはぺこらの謎荷物に首を傾げた。

 

「ぺこちゃん、それは?」

「んあぁ、これは今日の夕飯。まだ食べてないぺこでしょ?」

 

 たったったったったったったっ――

 

「夕飯⁉︎」

 

 夕飯と言う単語を聞きつけてねねが玄関まで飛んできた。

 

「うん。これ持ってって」

「やったー‼︎」

 

 ぺこらから夕飯を袋ごと受け取ってリビングに駆けて行った。

 かちゃ……。

 

「ただいま〜」

「…………」

「ふぃ〜〜帰った〜」

 

 閉まりかけた扉が再び大きく開き、アキロゼ、あやめ、奏も玄関に踏み入る。

 ぺこらが靴を脱いで端へ寄せると、あやめはそそくさと靴を脱ぎ、無言で廊下へと消えて行く。

 その手にはぺこらと同様にビニール袋が握られていた。

 アキロゼも奏も同じ袋を所持している。

 

「アキロゼさんも奏ちゃんもおかえり」

「ただいま。遅くなっちゃってごめんね。お迎えもありがと」

「いえいえ姫のお迎えは当然の嗜みです」

「はいはい、かっこいいかっこいい」

 

 アキロゼの社交辞令的な言葉に対し、丁寧に腰を負って受け答えする青。

 結局扱いは雑だが、それでも青は苦笑して廊下へ上がる道を開けた。

 

「お、おぢゃまちまつ……」

「どうぞ、気にせず上がって」

 

 最後に緊張した面持ちではじめが玄関に上がり、AZKiも帰った事で全員集合。

 AZKiは玄関の扉を閉めて施錠した。

 

「おや、キミは……」

「ぇ……はじめちゃん?」

「ぁ、ぁい……どぉも」

 

 あまり仲良くはないがシオンとはここで再会となる。

 見知らぬ高身長なイケメンもおりはじめは萎縮しながら挨拶した。

 

「なんで……⁉︎」

「色々と予定外があったぺこ。詳しい話は後で。それよりあーた、莉々華は?」

「う、うん……莉々華ちゃんならまだ寝てる。やっぱり疲れが蓄積してたみたいでぐっすりだよ」

「そうぺこか…………今起こしてもだいじょぶかな……」

「うーん……まあ、結構寝たし話を進めるなら起こしたほうがいいかもね」

「――そうぺこな」

 

 玄関で少々打ち合わせる。

 はじめのこともあり、莉々華なしで話は進められないので申し訳ないが莉々華を一度起こす事に。

 

「それに……起こさねぇと夕飯がなくなっちまうぺこだしな」

「そうですねぇ〜。じゃあ早く食べましょ〜」

「――――」

「あ、ま、待っちぇ……」

 

 ぺこらの発言の矛先が自身に向いてるとは露知らず、急いで洗面所へ。

 見知らぬ環境に怯えるはじめは拠り所を離れたくないのか、慌てて奏の後を追った。

 

 玄関にいるシオン以外の全員が我が子を見守る様な温かい瞳で2人の背を見つめ、やんわりと頰を緩めた。

 

「じゃあ僕は莉々華ちゃんを起こしてくるよ」

「ん。頼んだ」

「じゃあ私たちはご飯準備しようか」

「んー……準備ねぇ……」

 

 AZKiが袋に手を突っ込みながら廊下を進むがアキロゼが近付く喧騒に憂鬱な顔をする。

 

「ぺこちゃん。何買ってきたの?」

「おすし」

「え、やった!」

 

 AZKiから袋を1つ受け取り、その口を開けてシオンに中のパックを見せた。

 寿司が何貫も詰まった特大パックが3つと中パック1つが入っている。

 

 

「ちょお! ねねおんなじの食べないでよ!」

「おいてめぇ! そらぁあたしの分だぞ‼︎」

「はぁ⁉︎ 余たちが買ってきたんだから文句言うな!」

「喧嘩する事じゃないでしょうに……」

「食べながら喧嘩しないでくださいよ。品のない人達ですね」

「てめぇ、しれっとトロ3貫食ってんじゃねぇ‼︎」

「早い者勝ちですよ。こう言うもんは」

「ふっざけんな! てめぇらは玉子でも食ってろ‼︎」

「いや、玉子は美味いだろ……」

 

 

 食卓が既にカオスなことになっていた。

 

 品の無い食事風景にリビングに赴いた一同は頭を痛める。

 

「もっと静かに、味わって食べたら?」

 

 アキロゼが荒んだ食卓に口を挟み、新しく寿司の詰まったパックを袋から取り出して並べる。

 

「んおおお!」

「ねね! あんた取りすぎ‼︎」

「待てごらぁ! そのパックに手ぇ出すなぁ‼︎ それはあたしとトワが分け合う分だ‼︎」

「いや……トワそんな食えねぇし」

「このパックトロ尽くしじゃん」

「ちょ! あなたさっき3つ食べたでしょ!」

「それはそれ、これはこれ」

「余まだトロ食べてない! 取っときたいんだから残しといてよ!」

「はっ! てめぇはガリとバランと菊食ってろ‼︎」

「はぁ⁉︎ お前が食ってろ‼︎」

 

「っ――‼︎‼︎‼︎ から゛ぁぁぁぁぁぁ――――‼︎‼︎」

「あ、言ってなかったけどそっちはサビ抜きじゃないからね」

「っく、っく、っく――――はやぐ言っで‼︎」

 

 もはや収拾はつかず、取り纏める気力も湧かない。

 AZKiはもう1袋を食卓の端に乗せて放置すると、リビングの小テーブル前に座った。

 

「棲み分けは大事だからね。私達はこっちで食べようか」

「……そうぺこな」

 

 ぺこらとシオンも小テーブル側に着き、未開封の寿司パックを袋から取り出す。

 

「はい、これシオンちゃんの分ね」

「ありがと」

 

 シオン用に購入したセットパックを手渡しし、自分たちの分は大量に詰まった5人前セットからつついて取る。

 アキロゼとロボ子も小テーブルへ寄って来た。

 

 更に洗面所から戻った奏が袋を掲げて食卓へ。

 

「じゃじゃーん! お寿司です‼︎」

 

 自慢げに見せつけるが既にネタは明かされており、誰1人その言葉には食いつかない。それどころか卓上の寿司に食いつくことに必死だ。

 

「あー! 奏の分食べないでくださいよ〜⁉︎」

 

 奏は食卓の騒動を目の当たりにし、慌ててネタ取り戦争に身を投じる。

 

「ぁ……ま、待っちぇ…………」

 

 扉前に佇んで視線を彷徨わせるはじめ。

 その姿を見つけたトワが顔を顰めた。

 

「お前……何でいんだ⁉︎」

「ぇ……あの……ひっ! な、なにゃ……! か、かみなりゃの(ひちょ)⁉︎」

「気にしなくていいよ〜。今は仲間だから〜」

 

 奏が寿司パックを開封しながらゆるゆると答える。

 

「つぉーなの⁉︎ で、でも……つぁいこぱつの(ひちょ)の仲間じゃ……」

「誰がサイコパスだ‼︎」

「へ……?」

 

 サイコパスにすいせいが反応を示すが、はじめは未だすいせいだと気付いていない。

 何故包帯を巻いた女性が過敏に反応したのか理解が及んでいなかった。

 

「てめぇもあたしが分かんねぇのかよ、赤子」

「……へ⁉︎ え⁉︎ え⁉︎」

「一応本人だよ」

「うぇえええ⁉︎ ご! ごめんなつぁい‼︎」

 

 深々と腰を負ってすいせいに謝罪するが、すいせいは一瞥もくれず寿司争奪戦で奏と熾烈な争いを繰り広げていた。

 

「はじめちゃん。こっちで食べよ」

「ぁ、は、はい!」

 

 脱兎の如く食卓から離れアキロゼの横にこじんまりと正座した。

 

「一体何のさ……わぎ……ですか…………」

 

 混沌の間に目覚めたばかりの莉々華が顔を出し、目を疑う風景に硬直した。

 

「おぅ……これは…………やんちゃな猫ちゃんたちだ……」

 

 手の付けられない食卓と品性のかけらも無い食事風景。

 莉々華は寝起きで脳が活発で無い為情報の処理にかなりの時間を要した。

 

「莉々華。こっちで食べよ」

 

 珍しくぺこらが莉々華を食卓に誘う。

 幾分かの品性を保った小テーブル側の食卓に。

 莉々華と青がそちらに腰を下ろして机上のすしを見つめる。

 

「そうだ莉々華。この子、はじめちゃん」

「――! ど、どうも……轟、はじめでつ……」

「……あの――」

「あー待った待った! 話は後。先に食事済まそ」

「……そうですね」

 

 逸る気持ちや蔓延る疑問は全て後回しにして、今は平和な夕飯タイム。

 食卓をふたつに分け、一同はぺこら達の買ってきた計350貫のすしを平らげたのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 すしを完食してゴミを纏め、食卓の片付けを終えた一行は各々自由な時間を過ごし始める。

 順番に風呂やシャワーを済ませ、歯磨きを済ませ、就寝準備を進めていく。

 その中で莉々華とはじめ、そしてはじめの家を訪れた5人がリビングにて事情説明を含めた情報交換を行なっていた。

 

「要約するとはじめさんは、『秩序の呪を継承している』『でも家から出ることができて秩序空間はどこにも存在していない可能性が高い』『そしてはじめさんに呪は効かない』という事でよろしいですか?」

「そんなところだね」

「なるほど……さっぱり意味が分かりませんね」

 

 確認を取るとアキロゼが首肯し、それに対して莉々華はきっぱりと言い切った。

 秩序の呪に関する情報が無さすぎる上に、本人がイマイチ自覚していないのだから、どうにも暴きようが無い。

 

「あやめさんもルイさんから――」

「聞いてるわけないじゃん」

「……そうですよね」

 

 あやめに軽く話を振ってみたが、荒々しく一蹴された。

 はじめの決意を認めて守護を申し出たのも束の間、はじめの外出可能が発覚して以降はまたあの当たりの強さが前面に出ている。

 ルイとあやめがあれだけ苦しんだ分、この現実は受け入れ難いのだろう。

 

「ただ……秩序空間の展開には何らかの条件がある、という事は明白ですね」

「そうだろうね」

「はじめさん。トロイアでの一件以降、何か特別な事とかは?」

「……してない、はずです」

 

 俯き加減に小首を傾げる。

 

「あやめさんから見て、はじめさんとルイさんの家に何かこれと言った特徴的な違いはありましたか?」

「……さあね。ルイちゃんの家は少し古風で広かったけど、特別なものは特になかった。強いてあげるなら暖炉と書斎があった事くらい」

「それならばんちょーの家は逆に近頃の家って感じでしたね〜」

「……この程度ではあまり参考にならなそうですね」

 

 あやめの発言から考察を広げようとしたが余りにも無謀な事なので莉々華は早々に秩序の呪の謎を放棄した。

 

「まあともあれはじめちゃんが動けるなら、作戦も考えやすいぺこでしょ。考えても仕方ない事より利点見よ」

「ええ、その通りですね」

 

 あやめ以外は心機一転、思考を切り替えて次の段階へ突入する。

 

「まずはじめさん」

「……はい」

「ここはAZKiさんの家ですが、それなりに古風な方の作りかと思います。下手な事をしてここに空間を張られると困るので、基本的にここに居る間は大人しくお願いします」

「はい」

 

 どこで条件を踏むか分からない以上、可能であれば野宿の手段を取らせたいがそれはあまりにも酷なので妥協案を採用。

 はじめは最終決戦まで基本的に食っちゃ寝生活になる。

 

「それと1日2回、朝と夜に外出が可能かの確認を怠らない様心掛けてください」

「はい」

 

 呪が封じられれば発覚する事だが、加えてはじめ自身にも注意を払ってもらう。

 作戦当日に突然出られない、なんて言われては絶望ものだ。

 

「……よし。ここまで来たらあとは莉々華が作戦を立てるだけです」

「そっか。ならお任せするぺこだけど、無理すんなよ」

「はい。みなさんありがとうございました」

「いやいや〜」「気にしないで」「おけおけ」「うん」「……あい」

「……」

 

 ぺこらの忠告を心に留めつつ6人を見渡して深く頭を下げた。

 そして小会議を終了、解散させる。

 

 皆が散り散りになる中、はじめがもじもじと閑散を待っていた。

 やがてはじめ、莉々華、そして不思議に思った奏だけが場に残った所で口を開く。

 

「あ、あにょ」

「はい。どうかしましたか?」

「つぉの……らでんさんの後継者(こうけいちゃ)つぁん、なんでつよね」

「はい。知識の呪を受け継いでます」

 

 はじめの再確認に莉々華は然とした態度を見せた。

 その返答を受け、はじめはポケットからひとつのポーチを取り出す。

 

「これ……らでんさんから(あじゅ)かってたんでしゅけでょ……」

「……?」

 

 微塵も見覚えのないポーチに莉々華も奏も口を閉ざしたままになる。

 

「つぉの……あなたに、お返ちちまつ……」

「……これは?」

 

 ポーチを受け取ってはじめに尋ねる。

 重量は全くと言って良いほどなく、中身はたった一つの長方形に近い何かだとだけ分かった。

 莉々華は受け取ってすぐにポーチの口を開いた。

 ポーチをひっくり返して中身を掌に落とすと、その姿が顕になる。

 

「……USB?」

 

 手元に納まったそれは普遍的なUSBデバイス。

 目立った汚れも無くほぼ新品の状態だ。

 

「家に帰ったあちょに思い出ちて繋げちゃんでつけど……デーテャが入ってなくちぇ……」

「……」

 

 はじめの自白をそれとなく耳に入れながら莉々華はUSBを指先で摘み、視点を変えて観察してみた。

 本当に何の変哲もないただのUSBデバイス。

 データの挿入も物理的な細工も無い遺品。

 だがそれを遺したのがらでんだと言う事実だけで、知る者は真相に辿り着ける。

 

「――青さん‼︎ 青さん来て‼︎」

「――はーい! ちょっと待ってねー‼︎」

 

 取り込み中の為駆け付けるまでに十数秒要し、そしてカッコつけてスライドイン。

 

「おまたせ! 僕をご所望かい⁉︎」

「青さん! これ!」

 

 ナルシストには一切構わず莉々華はUSBデバイスを青に手渡した。

 

「これはUSBだね」

「知ってるよ‼︎ そうじゃなくてこれ! きっと、何か大事な記憶が入ってると思うの‼︎」

「そうなの? 誰の記憶?」

「らでん!」

「なるほど承知したよ。でもみんなを集めなくていいの?」

 

 莉々華がはっとして唸る。

 羽やチョーカー、ヘアリボンとは扱いが異なる為記憶精査の必要は無い可能性が高い。

 しかし万一の事も踏まえると……。

 

「うん、一応の確認も兼ねて先に観ておこうと思う」

「なら部屋を変えよう」

「うん! ぺこらさん! ちょっといいですか⁉︎」

「んー?」

「2階で記憶の精査をしてくるのでしばらく誰も近付けないようにしてもらえると助かります」

「おけ」

 

 ぺこらにメンバーの管理を任せ、莉々華と青が2階へ向かう。

 そしてはじめも一緒に足を運び、興味を示した奏も後に続く。

 

「ちょっと、確認作業だから2人は――」

「はじめいらないの?」

「まあまあいじゃ〜ん。どうせ観るんだし」

 

 階段で立ち止まって2人を追い返そうとするが奏がへらへらと笑って莉々華の傍を抜け、階段を登りきる。

 青がふふっと苦笑し、莉々華はやれやれと嘆息した。

 

「他言禁止だからね」

「分かってるって〜、ほら早く〜」

「もう……」

 

 莉々華も2階に上がり適当な個室に入る。

 しれっとはじめも入室していた。

 

 弱い電気を付けて戸締まりを確認しカーテンも引く。

 小さな台を引っ張り出して部屋の端に配置し、その上にUSBデバイスをちょこんと乗せると青が3人の顔を見回した。

 

「じゃあ、開くよ」

「お願い」

「……」「――」

 

 かっ、と人差し指でUSBをノックするとホログラムの様にモニターが投影され、今し方の光景が描写された。

 続けて青はUSBを人差し指で長押しして映像を巻き戻してゆく。

 モニターの映像はここまでの件を除けば長らく真っ暗闇だが、時折掠れた音声が混じっていた。これは恐らくポーチ周辺の音声記憶を拾った為だ。

 らでんの意図とは無縁と判断して映像が幕を上げるまで巻き戻し続ける。

 

 微弱な雑音を聞き流す事数秒、漸く暗幕が上がり映像が意味を持つ。

 人の指が映り込み、ポーチの中から取り出される瞬間――これは巻き戻しなので実際はその逆が行われているわけだが……。

 その瞬間に当たりをつけ、青は映像に再び暗幕がかかるまで巻き戻した。

 

「…………ここだ!」

 

 らでんがUSBデバイスを棚の引き出しに仕舞って闇に閉されたところで青はUSBから手を離した。

 直後、素早く身を引いて適切な距離を確保し、4人で闇を眺める。

 

 かたっ……がちゃ……かちゃかちゃ……。

 

 引き出しが開いてらでんが中身を物色している。

 モニター越しにらでんと目が合った。

 

『よし……』

 

 らでんの手に握られて画面が揺さぶられる。

 USBは楕円形のテーブルの上に乗せられた。

 その正面のソファにらでんが座して手を組み、太ももの上に肘を立てた。

 目を凝らして映像のらでんを観察すると、いつも首に着けていたチョーカーが外されている。

 

『一発取りは緊張するよ……』

 

 開口一番はそんな軽口だった。

 緊張を解す言葉に自身で苦笑を溢して「ふぅー」と息を吐いた。

 珍しく煙が立たない。

 

『この映像が見えているって事は、らでんはもうこの世にはおらんはず』

 

 自身の死を見越した発言。

 やはり、想定した上での記録だ。

 懐かしい声に莉々華が目元を温める。

 

『まず――この映像を開いてくれた『メモリア』さんにはお礼を言いたい。ありがとう』

 

 モニター越しの丁寧な謝礼に青は小さく会釈した。

 

『次に、この映像を真っ先に見ているであろう――りりぃ』

「…………」

『らでんの我儘に付き合ってくれてありがとう』

「……うん」

 

 先程とは打って変わって物腰柔らかに、絵画のように美しくはにかんだ。

 

『この映像を記録したのは重大な情報を残す為――やけども、本題に入る前に少々与太話に付き合ってほしい』

 

 らでんが徐に口元へ手を運び、はっとして手持ち無沙汰を誤魔化すように頰を掻いた。

 

『モニター越しである事も含めて忍びないけれどね』

 

 らでんが両手を下ろして膝の上に置き、螺鈿の瞳を引き締めた。

 

『りりぃが「叡智の書」としての仕事に難儀しているのではと杞憂してしまって、らでんは夜も落ち落ち寝られんとよ……ってのは誇張やけども』

「…………」

『だからりりぃ。お節介やもしれんけど、今からいう事をよーく聞いてほしい』

「……うん!」

 

 莉々華は姿勢を正してモニターに齧り付いた。

 

『らでんは呪の継承先と仕事の後継人としてキミを選んだ。らでんの狭いコミュニティの中で、キミが最も適任だと判断したから』

「…………」

『でも、だからと言ってりりぃがらでんの在り方をなぞる必要はない。らでんの選択の責任をキミが追う必要はない』

「――――」

『似た思想を持っていても価値観や方針は当たり前に異なる。りりぃはりりぃのやり方で周囲と付き合っていけばいい。りりぃの好きな道を選択すればいい。押し付けた張本人が言うのもおかしいけれど、りりぃにはらでんに縛られずに生きてほしい』

「――――」

『キミは次代「叡智の書」じゃない。キミはらでんと同じ力を得た、ただの一条莉々華だ。らでんがこの力で大切なモノを守ろうとした様に、りりぃもその力でりりぃの大切なモノを守るんだ』

「――――」

 

 ぴちゃっ、と水滴が何処かに落下した。

 

『与太話はこれだけだよ。もし杞憂だったのならすまないね』

 

 4人はモニターから視線を外さなかった。

 衣服の擦れる音や鼻水を啜る音が聞こえても、モニターだけを見つめて投影された記憶に熱中する。

 

『さて――それじゃあ遅ればせながら、本題へと入らせてもらおうか』

 

 らでんの目を見張る切り替えの早さにも4人は適応して気を引き締めた。

 4人の呼吸音が微かに室内に聞こえる。

 

『呪の発生について――はりりぃが知っているはずだね。ごく一部の呪を除いて情報を得られない呪は無いから』

 

『これはそれを理解した上での話となる。知っての通り大神ミオの天命の呪によって世界に呪が蔓延した。それが今から1000年以上も昔の話だ』

 

『ところが、最近突如として不思議な力が現れた』

 

「……? 不思議な力……?」

 

『1000年もの間呪と言う存在に脅かされた人類は、その過程でひとつの進化を遂げ近年にして遂にその進化を体現した者が2人出現した』

 

「ぇ――?」

 

『その者は生まれながらに身体の一部に刻印が記され、窮地に陥るまでその真価を魂の内に秘め続ける』

 

「「「――――!」」」「――?」

 

『呪に抗おうとする人類が進化の末に手に入れた特殊な力。らでんはこの未知なる刻印を――』

 

 

 

 

 

 

『――――「叛逆の刻印」と名付けた』

 

 

 

 

 

 

『現在確認されている「叛逆の刻印」の持ち主は、白上フブキと百鬼あやめの2人のみ』

 

『百鬼あやめは力の発現により人の域を超えた脚力と持久力を得ている』

 

『白上フブキは力の発現により規格外のパワーとあらゆる呪を無効化する力を手に入れた』

 

『白上フブキの力は冥界にて発現した為、りりぃがこの情報を得られない可能性を考慮しここに残した。らでんの他にこの事実を知る者はさくらみこ、ときのそら、そして――キミたちだ』

 

「「「「…………」」」」

 

 4人は顔を見合わせて驚愕を共有する。

 

『百鬼あやめの詳細は知った上でなら情報を下ろせるはずだ。ここでは彼女の説明は割愛して白上フブキに言及して要点を纏める』

 

 

 

『一つ。彼女は怪力を放つことが出来る』

 

『二つ。彼女には呪の力が働かない』

 

『三つ。但し例外的に本人が呪の作用を受け入れた場合に限り、彼女にも呪の影響を及ぼす事が出来る』

 

 

 

『この情報をキミたちがどう扱おうと自由だ。先の選択は生あるキミたちに委ねる事にする。それじゃあ武運を祈ってるよ』

 

 

 らでんが身を乗り出して映像に手を伸ばし右手で掴む。

 そしてささっとポーチに突っ込んで映像を暗闇に閉ざす。

 

 以降は微かな環境音が流れるだけだったので、青が重たい腰を上げて記録映像を停止した。

 

「………………」

「…………」

 

 電気を最大の明るさに戻して、もう一度皆で顔を見合わせたがまだ空いた口が塞がらない。

 

「……ぇと……?」

「しゃちょ……だいじょぶそ……?」

「ぜんぜん……」

 

 序盤でらでんに励まされて涙ぐんでいた所に、感情を吹き飛ばす新情報の到来。頭の整理がつかない。

 

「えっと…………一先ず、この記憶……どうする……?」

 

 青がUSBデバイスを握って3人の視線の中央に差し出す。

 莉々華をじっと見つめて見解を待った。

 

「……前半は省いて……刻印の事だけ……見せよう」

「……そう、だね」

 

 莉々華へのメッセージは莉々華に伝わった為割愛し、今回の核となっている「叛逆の刻印」についてのみを皆に開示する運びとなる。

 青は混乱を誤魔化す様に記憶の切り取りを始め、剥がした記憶を100円玉に植え込んでいた。

 

 そして4人はその動揺も隠せぬままリビングにて再び皆を集め、その記憶を視聴したのであった…………。

 

 

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