叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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 いざ、最終章――




天命の乱①

 

 17時過ぎ。

 一足早く平野奥の山へと沈んで行く夕陽。陽光に熱せられた気を乗せて平野を薙ぐ微風。そして平野に停車した2台の車。

 莉々華を除く全員が降車し平野の天然芝と土を踏む。

 

「それでは皆さん。概ね作戦通りにお願いします。莉々華の干渉できない現場では各々の判断を信じます」

 

 作戦の立案と伝達も筒が無く完了した。

 全てはこの日、この時の為に――。

 

 山からはみ出た陽光よりも赤い車に莉々華1人を残して、一行は聖域へと足を踏み入れて行く。

 

 1週間前に見上げた土の城は跡形もなく消滅しており、平野からでも聖域の一部が平されている事が分かる。

 そして御誂え向きの戦場が聖域に生成されていた。

 

「皆、準備はいいね?」

 

 先頭に立ったアキロゼが一度だけ振り返る。

 一同の様相を概観したが皆引き締まった顔をしていたと思う。

 

「行こう!」

 

 聖域の土は平野の土と何一つ違い無い。

 聖域へ踏み込んだ事さえ自覚できないほどに。

 その上で皆感じていた。聖域の内部に侵入した事を。

 木々の立ち並ぶ光景があるからでも無く、瞬間的に全身を揺さぶった緊迫感があったから。

 

 アキロゼを先頭に立てたまま土を踏み締めて一同は聖域の奥へ奥へと歩みを進めて行く。

 

「――来ます‼︎」

 

 侵入から10数秒。歩数にして50歩の進行度。

 アキロゼが前触れなく激しい警鐘を鳴らし、戦える者たちが迅速に戦闘態勢を取る。

 アキロゼの視線は――大地。

 一部の猛者は目線を追って奇襲を仕掛けて来る敵に当たりを付けた。

 

「わためさんが‼︎」

 

 大地が唸り轟音と共に大規模な地鳴りが押し寄せて来る。

 密集地帯に地中からの襲撃は一方的に一網打尽。そんな単純な手法で誰一人欠くわけには行かない。

 

「散開‼︎ 一塊にならずアキロゼさんの後を追ってください‼︎」

 

 アキロゼから全体への発令。

 自らを「アキロゼさん」と呼ぶ違和感は拭い切れないが、瑣末な事を指摘する余裕は誰にも無い。

 そう、これはアキロゼを介した莉々華からの号令。

 一度呪いの力で結んでしまえば距離は接続の障害にならない。

 莉々華の苦手で無駄な運動を避け、状況把握と戦況操作に専念するための策。

 

 グラグラグラ……ゴッ、ゴゴゴッ……‼︎

 

 聖域を震撼させるわための力。

 一同、莉々華の指示により適度な距離を保ってばらけた次の瞬間――!

 

 ガッ!ガッ!ガガッ!

 と至る所で大地が隆起して攻撃を仕掛けて来た。

 やや鋭い岩石が雨後の筍の様に生えて来る。

 

「うわっ! わっ! どっ――!」

「いぎっ――あっ――ぶね‼︎」

「ぢゃぁ‼︎ びぃゃぁ‼︎」

 

 各所で轟く奇声や怒号。

 すいせい、トワ、あやめ、はじめ、アキロゼなどの運動慣れした者たちは絶叫しながらも身軽に最低限の動作で突起物を回避して進めるが、その他の者はそうも行かない。

 

「うわっ!」

 

 奏の目前に岩石が突き上がり、避け切れずに接触、そのまま転倒してしまう。

 ずざっと岩石の隣に両膝をついて擦りむいた。

 傷口の上に砂が付着しているが傷自体は浅い。

 

「奏!」

「だ、大丈夫!」

 

 作戦の肝となる奏を捨て置けず、皆一斉に振り返って足を止めた。

 奏は傷に見向きもせず手を着いて勢い良く立ち上がる。

 

「わっ――待っ――! イケメンが崩れるからぁ‼︎」

 

 一行の足が止まろうと攻撃の嵐は止まない。

 一瞬の隙に青が危うく被弾仕掛けるがその細身を華麗に翻して回避、回避。

 

 走り出した奏の下へはじめとあやめが駆け付ける。

 

「行こ!」

「うん!」

 

 はじめが奏に手を差し伸べると躊躇なく握り返す。

 はじめと奏は手を握り合い、はじめの軌道をなぞらせて奏を最深部まで誘導する事に。

 あやめは無言で2人の周囲を警戒しつつ時折妨害して来る岩石を快速で先回りして切断しては道を切り開く。

 快速とは言え手数は圧倒的にわための方が多く、2人のカバー程度しか間に合わない。

 だからその他については意識外へと弾いた。

 

「ちっ! くっそ邪魔‼︎」

 

 すいせいがトワの妨害をする隆起物などを粉砕しながら突き進む。

 

「トワ! 大丈夫⁉︎」

「ああ平気だ!」

 

 真後ろのトワの容体も逐一確認。

 更に――

 

「おいチビ‼︎ チンタラしてんじゃねぇ‼︎」

「う、ゔっさい‼︎」

「おい! またぼこされてぇのかサイコ野郎‼︎」

 

 意外も意外、言葉こそ悪いがすいせいが追走して来るシオンを気に掛けていた。

 状況を鑑みてサポートするべき対象を適切に見極める、他よりも明らかに秀でた現場対応能力。

 ねねとラミィは過去の稽古の成果あってかそこそこに機動力がある為、サポートは必要ないと判断。マリンは眼中に無いので、消去法でシオンをサポートする事に。

 有難い事だがシオンへの当たりが強いと必ずぺこらが敵対して来る。

 過去の対峙を掘り返してぺこらが煽り気味に言葉を放つと、すいせいは鼻で笑い飛ばし障壁も破壊して行く。

 

「はっ! あんな奇跡ゃ!二度と!起きねぇぞ!成金‼︎」

 

 過度な口喧嘩を繰り広げる事はせず、若干不仲な様子で突き進んで行く。

 前方のすいせいの補助もあってか並走するぺこらとシオンへの攻撃はほぼ無に等しかった。

 

「マリン、気を付けて」

「ええ……助かります」

 

 もう1人、圧倒的運動音痴のマリンをサポートするはロボ子。

 武具を駆使して岩石や土壁を破壊したり、マリンの腕を引いて無理矢理避けさせたりと半ば強引にサポートしていた。

 青もその近辺を彷徨いてひっそりとロボ子のお世話になる。

 

「おい莉々華‼︎ これじゃ埒が明かねぇ‼︎ 何とかしろ‼︎」

「この状況では無理です‼︎ 今は走ってください‼︎」

 

 わためが地中から攻撃を続けるだけで甚大な被害が出る。

 まずはわためを引き摺り出す事からだが、如何せんそれが不可能に近い。

 トワやロボ子の力で強引に発掘する事は可能だが、味方が密集している状況ではその手段を選べない。

 ばらけるまでは逃げ一択だ。

 

 大地に襲われ蛇行気味になりながらも地道に足を進めて行く一行。

 恐らく、地中のわためも地上に立つ人を大まかに感知できても、ピンポイントで人1人を狙い撃つ事は難しいのだろう。

 それが可能であったなら、既に数人が重傷を負っている。

 顔を出さない事の唯一の欠点といえよう。

 

 荒れる平地に足を取られながら、進んで、進んで、進み続けて――

 

「――‼︎ すいせいさん! トワさん! 正面、来ます‼︎」

「「――‼︎」」

 

 アキロゼから再度発される警鐘。

 この場の誰1人、目視も感知も出来ていないが2人が指名されたという事は――奴が来る‼︎‼︎

 

「トワ‼︎」

「おっしゃ‼︎」

 

 号令を信じすいせいはシオンのサポートを放棄して足を止め、僅かに腰を落としトワを呼んだ。

 躊躇も羞恥心も見せずすいせいの背にトワが飛び乗ると、パワー全開で大地を蹴って音を置き去りに前方へ飛び出し瞬く間に先頭のアキロゼを抜き去る。

 

「――‼︎」

 

 12時の方角――進行方向から。

 アキロゼの指示に従い風になって突っ切り、上空を飛翔する炎を目で捕らえた。刹那――

 

 ばごっ‼︎

 

 と豪快に大地を粉砕して大跳躍。

 目にも止まらぬ速さで飛来物――不知火フレアへ一直線。

 

「ッ――‼︎」

「だぁらぁあああ‼︎」

「んッゥ――――――」

 

 反応が遅れ、連鎖して対処も遅れたフレアに容赦無い回し蹴りを撃ち込み、地面と鋭角に空から叩き落とす。

 風を薙いで一行の通過した荒地に衝突。

 全身の骨が粉砕し衝撃で右腕が千切れる。

 生存不能な一撃を放った直後――

 

「どっ!らぁ‼︎」

 

 地に舞い落ちるすいせいの背中でトワが天に手を翳す。

 薄暗い空に靉々と立ち込める雷雲。暗雲の中でばちばちと激しい放電現象が発生し――トワが腕を振り下ろせば、追撃の落雷が――!

 

 ――――ごぉぉぉっ……と稲妻が轟き大地に電撃が迸る。

 

 すいせいも地に立ち、行手を阻む様に立ち塞がる。

 大地の唸りも者共の攻防の喧騒も次第に遠退き、すいせいの耳でも拾えなくなった。

 

 …………ボッ……。

 

「…………ハァ。酷い仕打ちだよ、ホンット」

「それで生きてんのは流石に引くわ」

 

 その力こそが不死火と呼ばれる所以。

 何人たりとも「不知火フレア」を殺すこと叶わず。

 

「あんた達だね。みこちが言ってたのは」

「あ? ああ――みこちがなんつってたのかは知らねぇが――やっとくか」

 

 短い青髪をかき上げる。

 

「アタシは神の遣い『恐怖』担当、轟天一等星、星街すいせい」

「同じく神の遣い『未知』担当、雷霆、常闇トワ」

 

 すいせいの星の瞳が不敵に煌めき、トワの琥珀の瞳から電気がばちっと弾ける。

 

「ちょっとばかし付き合ってもらおうか、『不死火』さんよぉ」

「ハァ……厚かまし」

 

 フレアは高熱の溜息を吐き捨てると、瞳に文字通り炎を灯した。

 瞬く間に再生した右腕が激しい業火を纏い理想を阻む邪魔者への闘志を燃やす。

 

 ――――‼︎

 

 真っ赤なプラズマと金色のプラズマが正面衝突し発生した爆発が開戦の合図だった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 空翔ける太陽が撃墜され最大の脅威が去ったのも束の間、のべつ幕無しに新たな刺客が送り込まれて来る。

 

「――マズいっ‼︎」

「んなァァァあああああい‼︎」

 

 遠ざかるフレアを意識から除外して新たな情報を下すと、危機は間近に迫っていた。

 アキロゼが反射的に身を引くと――

 シュッと眼前を銀の光沢が通過し、前髪を数ミリ切り落とされる。

 その時、一瞬だけ桃髪を靡かせる姫森ルーナの姿が見えたが、次の瞬間には姿を消していた。

 

「――っ!」

 

 アキロゼの不自然な挙動と唐突に響いた少女の声により、姿が顕になる前に正体に辿り着いた3人が率先して動き出す。

 

 ねねとラミィがロボ子に貰った剣を抜き、マリンは懐から2丁の拳銃を抜いて神経を研ぎ澄ませる。

 

 バゴン、バゴンと大地の隆起や陥没が延々と続く路上。

 アキロゼは莉々華の力により敵の存在を認識できるが、その他は正確に位置と数を割り出せない。

 

 数は3。

 そら、ルーナ、ポルカ。

 そらが光の屈折で全員の姿を眩ませている。

 が――どうやらそらに戦いの意思はないようだ。

 AZKiに迫るそらを莉々華は完全に無視して、ルーナとポルカの対処に注力する。

 

 ピュンッ‼︎

 

「ん゛っ――⁉︎」

「AZKiさん‼︎」

 

 後方で一瞬だけ奇妙な発光が起こり、次の瞬間にはAZKiがうめき声をあげて地に転がる。

 AZKiの近場には誰も居なかったが、その声を耳にした数名が足を止めた。

 

「振り向かないで‼︎ AZKiさん! そらさんは任せます!」

「ゔ!ん゛‼︎」

 

 AZKiとそらも想定通りの対面だ。

 態々そらからAZKiにちょっかいを掛けるのなら、喜んで受け入れる。

 

 倒れたAZKiを放置してアキロゼは前へと進む。

 そらの射程外に出れば、ルーナとポルカの姿も必然的に顕になる――と発想したが距離を置くまでも無くルーナとポルカ、更にそらが姿を現した。

 

「おわっ!」

 

 凸凹な大地にうつ伏せになっていたAZKiの背にそらが体重をかけて身動きを封じ込めた。

 既にAZKiの心臓に開いた穴は塞がり、傷は完治している。

 

「私たちは蚊帳の外だよ、AZKiちゃん」

「――???」

 

 そらはAZKiの動きを抑えると、そこから一歩も動かない。

 みことそらは莉々華と同じ考えに至っていたようだ。

 

 しかし、なれば好都合。

 アキロゼは足を止めず、前髪のイメチェンも気に留めず、大地とポルーナの奇襲を警戒しながら突っ切る。

 

「んなァいッ‼︎」

「――!」

 

 ルーナが生み出した剣を振り回してアキロゼを強襲するが、莉々華のサポートもあって以降は一太刀も受けない。

 

 かちゃっ――ぱぁん‼︎

 キッ‼︎

 

「――‼︎ これがバリア――」

 

 マリンが速度を落として狙いを定め、ルーナに向けて銃弾を1発。

 軌道としては命中。しかし例のバリアに阻まれ、銃弾は弾かれた。

 一瞬だけ可視化された半透明の罅入ったバリアを目にし、莉々華がつい余計な感情を挟む。

 

「――――‼︎‼︎」

 

 ルーナへの容赦ない発砲に怒りを湧き上がらせるポルカが、普通の剣を片手にマリンへと特攻するがその行手をラミィとねねが阻む。

 

「…………そこ、どけよ」

「そっちこそ…………退きなよ」

 

 仲間との対面に3人は感情が纏まらない。

 奥歯を噛み締めて感情を押し潰し、気持ちの整理をしている間に一同はみるみる先へ進んでゆく。

 しかも――

 

 ぱん――キンッ。

 ぱん――キンッ。ぱん――キンッ。

 ぱん――キンッ。ぱん――キンッ。ぱん――キンッ。

 

 マリンの発砲のテンポが上がって、遂には2丁を同時に使用して一層連射力を上げる。

 

 ぱぱん――キキンッ。ぱぱん――キキンッ。ぱぱん――キキンッ。ぱぱん――キキンッ。ぱぱん――キキンッ。

 

 大地が暴れる中で疾駆するルーナに全弾事実上の命中。

 ルーナを護るバリアがみるみるうちにヒビだらけとなって行く。

 

 マリンの鬱陶しさを認識したルーナもギロリと鮮やかなオッドアイで睨みつけて、全速力でマリンへと突撃する。

 大地の揺れが次第に弱まり、ルーナの速度も上昇。

 怒れるポルカはねねとラミィが押さえる。

 

 バリアが今にも砕けそうだ。

 

(割れろ! 割れろ! 割れろ! 割れろ!割れろ!割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ割れろ‼︎)

 

 視覚的には次の弾丸で割れる。

 そんな直感が延々と内心を巡るが、想像以上にバリアが粘りに粘って砕けない。

 ルーナがもう目前に――!

 

 ぱ――パキンッ…………。

 

 マリンに剣が届く寸前に球形に張られていたバリアが砕け、ダイヤモンドダストのようにパラパラと一帯に舞い散る。

 不意にバリアが崩壊しマリンはトリガーのブレーキが間に合わない。

 

 ぱんっ‼︎

 

「ん゛ッ――」

 

 ルーナの肩を一発の銃弾が穿ち、微量の血飛沫を上げた。

 そこでマリンの指が停止するが――ルーナは痛覚など捨てた様に怯まず腕を――剣を伸ばした。

 

 ジュシャッ――――

 

「ぶ――はっ――――」

 

 剣がマリンの腹を串刺しに…………。

 

「……かっ…………はっ……」

 

 吐血し前方に倒れかけるが剣が支えとなり何とか踏ん張った。

 震える腕を持ち上げてルーナの足に銃口を向ける。

 

「――っ!」

 

 腹に刺さっていた剣が忽然と姿を消す。

 脱力した身体を支える力が消え、マリンはバランスを崩して前の減りに倒れた。

 

「がっ、は…………」

 

 剣が止血していた為にそれが消失して腹から血がぶち撒けられた上に、転倒の衝撃で更に腹と背から血が噴き出る。

 口内に血が溜まって鉄の臭さに溺れていく……。

 

 アキロゼ達の背は小さく、誰1人マリンの惨劇を見届けられない。

 マリンは目を閉じ、1人静かに眠りについて…………。

 

(…………もう……いぃでしょ……ぉ?)

 

 瞼の裏に立つ天使を見つめた。

 藍の瞳に吸い込まれれば全身が軽くなると言うのに……。

 

 苦痛に苛まれるマリンの表情が歪む。

 

(…………)

 

 首を大きく横に振る天使を見つめながら、マリンは意識を手放した……。

 

 

 ねねとラミィが、視界に捉えられる範囲にいたはずのAZKiを探し一時的にポルカから目を離すと、ポルカが速攻でルーナの下へ駆け付ける。

 

「ルーナ‼︎ 大丈夫か⁉︎」

「――! 心配されるような怪我じゃないもん‼︎」

 

 ルーナの負傷していない方の肩に手を乗せると凄まじい勢いで手を払われた。

 ポルカの憂慮を無碍にして目付きに似合わない睨みを効かせる。

 

「でもお前……」

「ついて来ないでッて言ったじゃん‼︎」

「…………」

 

 ねねとラミィはAZKiを探す事に熱心になり2人の痴話喧嘩を聞き逃す。

 その上視線を彷徨わせて姿を探した甲斐も無くAZKiは見当たらなかった。

 

「AZKiさんがいない……」

「そらちゃんが連れてっちゃったのかな……」

 

 マリンの復活を望んでAZKiを探すも忽然と姿を消しており、2人はそらの仕業であると推測した。

 実際、文字通りAZKiを尻に敷いていたそらの姿も無いし、気配すら感じない。

 

「ルーナ――!」

「ついて来ないで‼︎」

 

 微かに地鳴りの聞こえる方角――みこの待つ荒野へ向かう一同の後を追い駆け出したルーナをポルカが追走すると、がなり声を上げて拒絶した。

 ポルカは黙りこくるも足は止めない。

 しかし――

 

「おまるん! ルーナたん!」

「待って‼︎」

「ッ……」「――――」

 

 マリンの治癒の可能性を放棄して意識を切り替えたねねとラミィが2人の通路を妨害した。

 心身が擦り切れるほどのジレンマを抱えて対峙する3人と、いつまでも何も変わらない1人。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「――――どいて」

 

 背筋を凍てつかせるルーナの声音に身震いした。

 

「……どかない」

 

 揺れる感情を乗せたラミィの答えにルーナは目つきを変える。

 

「……みんなみんな――大ッ嫌い」

 

 ルーナの右手に鋭い剣が握られた。

 ねねもラミィも息を呑む。

 ポルカも1秒の沈黙と瞬きを挟み……意を決した。

 

 漸く全員が剣を構えると、ルーナは更に痛む左肩を徐に持ち上げて――

 

 パァンッ――と凶弾を放ったのだった……。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 大地の鳴動は収まるところを知らない。

 徐々に戦力を手放して行く一行は、全力疾走を続けた弊害もあってわための攻撃を回避する事がままならなくなって来た。

 特に体力の多くない青と奏、そしてシオンは周囲にサポートされつつも次第に生傷が増えて行く。

 

「あぅっ!」

「シオンちゃん‼︎」

 

「ひゃっ――‼︎」

「奏‼︎」

 

 シオンは揺れと隆起に足を取られて転倒、奏は足元から岩石が突出して勢い良く弾かれる。

 

「っ‼︎ 危ないはじめ‼︎」

 

 わための思考を下ろした莉々華がアキロゼを通じて奏に駆け寄るはじめを呼び止めたが、反応が一歩遅く奏同様に地面の隆起に撃たれてしまう。

 

「ゔゃっ‼︎」

「はじめ‼︎」

 

 真っ直ぐ進めず蛇行しつつ進んでいたが、ここで遂に足が止まり停滞してしまう。

 奏とはじめをみこの下まで送る必要がある為、先導していたアキロゼも振り返り状況を再分析し打開案を求めた。

 

 その間もわための襲撃は止まない。

 3人の身を案じた青が飛び出してあわや負傷する所を、ロボ子が抑止して三次被害は抑えた。

 転んで足を擦りむいたシオンの下にぺこらが駆け寄るがシオンは痛みも気にせず直ぐに立ち上がる。幸運な事にそちらへの追撃は無い。

 

 立て続けに奏とはじめの足場が唸る。

 

「――」

 

 ドンッ、と飛び出した岩石に打ち上げられたのは付近にあった岩石の残骸。

 

 間一髪、はじめは自力で飛び退いて回避。

 自力での脱却が出来なかった奏はあやめが快速で強引に掻っ攫う。

 

 納刀したあやめが肩に奏を抱えたままアキロゼに目配せした。

 アキロゼは顎を引いて進行方向に向き直り、挫けず駆け出す。

 

 シオンもはじめも些細な怪我に唾も付けず足を動かす。

 ぺこらはシオンにぴったり張り付き、あやめは奏を担いだまま疾走し、ロボ子が青を庇いながら荒狂う大地を乗り越えて行く。

 

「――――っ!」

 

 わための攻撃に意識を割きながら進む事数分。

 正面にとても健全とは言えない格好をした女性が佇んでいた。

 

 これから冷え込む時間帯、肌の露出が多い服を装い、美麗な白い肌を見せつけて、豊満な胸と撫でたくなるくびれを武器に、あらゆる人々を魅了する悪魔が待ち構えていた。

 

 まだまだ視界を奪われはしない程度の薄暗さ。

 距離が近付きその見惚れる美貌が迫れば、一行は愈々悩殺の一途へと道を踏み外す。

 

「いらっしゃ〜〜〜い」

 

 究極のナイスバディ。

 性愛魔族、癒月ちょこが己の魅力と呪の力を全開にして誘惑する。

 

 周囲の戸惑いとその美貌から敵の正体と脅威を認識したはじめが歩幅を広げて速度を上げた。

 呪の効力を感じない姿勢にちょこが顔を顰める。

 

 ちょこの登場によりまたわための攻撃の勢いが数段落ちた。

 はじめは機を逃さず素早くちょこの下へ――

 

失礼(しちゅれぇ)ちまつ‼︎」

 

 身長差をものともせずはじめはちょこの美貌へ右脚を向けた。

 しかし、予想以上の反応とパワーでパシッ、とあっさり受け止められる。

 

「まだ例外が居たなんて、ちょこショック」

 

 足を片腕で弾かれ返の回し蹴りが迫り来る。

 

「ゅっ――‼︎」

 

 体型に似合わない運動能力に目を見張る暇もない。

 はじめは反射的に両腕を防御に回して下手な被弾避け、後方へ滑走する事で威力を逃す。

 

 攻撃を受け流して冷静になると、暴れるちょこのデカい乳に呪いとは無関係に目が奪われた。

 

 はじめの対応で分散した呪の効力が切れ、皆が一斉に速度を上げて2人の傍を通り抜けようとする。

 

「ちょっと〜。ちょこの事置いて――ッ‼︎」

 

 性懲りも無く誘惑を繰り返すちょこにはじめはもう一度蹴り込む。

 が、やはり上手くいなされた。

 ちょこの反射神経や運動能力は低くないが、特定の武術や戦闘術を極めたそれとはまるで違う。

 スバルの呪の力がちょこまで及んでいる事は明白だ。

 

「ちょっとエッチなおねえつぁんは、ここに(あち)止めでしゅ‼︎」

「仕方ないわね〜。呪が効かないなら素の実力で堕としてあげましょうか」

 

 ちょこが胸を押し出して誘惑の色を残しつつ、適度な体勢で拳を握る。

 はじめの対処は必須と睨んだ様だ。

 

「いや! はじめは結構です‼︎」

「――は?」

 

 はじめがちょこから身を引き、その場に放置して一行の後を追う。

 面食らって出遅れたちょこが慌てて飛び出すと目の前に、

 ずざーーーーーーーっ!!!!!!!!

 と何者かが爽やかにスライドイン。

 はじめと軽いタッチを交わして選手交代。

 

「ここは任ちぇたじぇ‼︎」

 

 はじめと交代でちょこの前に立ち塞がるそのイケメンは、ふっと爽やかな微笑みを浮かべて前髪を掻き上げた。

 ちょことは対極に位置する顔の良さ。

 こちらもまたあらゆる者を魅了する容姿。

 莉々華の読み通り動揺したちょこは、冷や汗を流して無意識に一歩後退りした。

 

「仔猫ちゃんたちのご要望とあらば‼︎」

 

 背後に遠ざかってゆく仲間たちが見えなくなる程盛大に両腕を広げ、自身の存在を華々しくアピールする。

 

「はじめまして、ビューティレディ。僕はプリンセスを魔の誘惑より護るため馳せ参じたしがないイケメン――火威青」

 

 礼儀正しく、どこぞで培った作法に則って腰を折り自己紹介を済ませる。

 ちょこの麗しく震える唇が実に蠱惑的で、青でさえも容易くその美貌に籠絡させられそうだ。

 しかし――これは莉々華の考案した采配。

 青の信じる莉々華の思惑に狂いは無い。

 これは過信でも盲信でもない。

 

 まもなく陽光は潰え、月光が聖域に差し込むだろう。

 

「さあお手をどうぞ。ボクとキミ、二人っきりのパーリナイを始めましょう」

 

 

 ――――

 

 

 ちょこと青を置いて走り去り、2人から距離が置かれると息を吹き返した様にわための強襲が復活する。

 メンバーの動きは何ら変化せず、アキロゼを先頭としてはじめ、奏、あやめ、ぺこら、シオン、ロボ子がそれを追走する形。

 

 奏はあやめに抱えられたままで、はじめは最後尾。

 ロボ子がぺこらとシオンの周囲を警戒しつつ動くが、奇跡的にもわための攻撃が以降2人を危険に晒す事はなかった。

 

「――あ」

「――? っあ!」

 

 アキロゼの不可解な反応に皆が正面に目を凝らす。

 先ほどのちょこのように、何者かが直立してこちらを眺めていた。

 

 薄暗くなり始めた世界の中でもなお白い毛並みが特徴的で、すぐに判別はつく。

 周囲には彼女の想い人どころか、その他の人の姿はなかった。

 

「みんなァ‼︎ 止まって‼︎」

 

 一同の進行を妨げるように大きく腕を広げて声を上げる少女――白上フブキ。

 その一声にわためを含むその場の全ての者が動きを止めた。

 

 しかし――フブキが次なる言葉を放つよりも早く、奏があやめの手中から抜け出してフブキに駆け寄る。

 

「フブキさん!」

「――ん、ェ⁉︎ なん…………奏、ちゃん……?」

「はい! 奏です‼︎ 死にたがりだった奏ちゃんです‼︎」

 

 フブキの顔は驚愕で覆われ、奏の顔は満面の笑みに包まれていた。

 あまりの衝撃にフブキはここへ来た理由を忘却し、感傷に浸る。

 

「ど、どうして……⁉︎」

「AZKiさんのお陰で偶然生き返っちゃったんです!」

「AZKiさん……あ! そうなんだ――うん……よかった。ミオもきっと喜んで……!――!」

 

 言い切らず、フブキはここに来た理由を思い出す。

 抱き着きたくも恥じらい躊躇う奏に顔を寄せて、迫真の表情でこう尋ねた。

 

「奏ちゃん――どこへ行くつもりなの――?」

「ミオさんのところです」

「――――何を、しに」

「ミオさんを解放しに」

「待って‼︎ 何言ってるの⁉︎ 解放なんて……」

 

 奏の答えにフブキがたじたじになって焦燥感を露わにする。

 シオンが逸る気持ちを抑え、その他も黙って成り行きを見守っている。

 

「フブキさんも気付いてるはずです。ミオさんの身体は今、みこさんに乗っ取られて――」

「ミオはなんともないよ! 普段通り‼︎ だから気にしないで」

「――ならどうして、フブキさんはここに居るんですか」

「――ッ。べ、別に大した理由はないよ⁉︎ みんなが大所帯で来るからビックリして……」

「フブキさん」

 

 冷や汗をかいて必死に弁明するフブキに奏は堂々と言い放つ。

 

「奏たちはミオさんの身体からみこさんの魂を引き摺り出して、今度こそこの戦いを終わらせるんです」

「や、やめて――‼︎ ミオに乱暴しないで‼︎」

 

 奏の両肩に手を乗せて力ませる。

 怪力は込められないが、それでもちょっぴり痛い。

 

「世界から呪いを消す為には、みこさんの死が必要なんです。奏はミオさんとフブキさんを助けたい」

「助けなんかいらない‼︎ 私もミオも、何も困ってないもん‼︎」

「他のみんなも戦ってます。ここで無駄に時間を過ごせないんです」

「待って‼︎ 行かないで‼︎」

「フブキさんが反対しても、奏は行きます」

「ダメッ‼︎ 行かせないよ‼︎」

 

 フブキの握力が強まり、奏の両肩への負荷が大きくなる。

 徐々に増してゆく痛みに奏の表情が歪んでいき……

 

「ふっ――‼︎」

「んッぐ――‼︎」

 

 見兼ねたあやめから横槍が入った。

 

 フブキの脇腹へ快速に乗った飛び蹴りが撃ち込まれ、フブキが奏から手を離して吹っ飛ぶ。

 助けられたはずの奏が誰よりもフブキの身を案じ、あやめの肩を力強く掴んだ。

 

「……!」

「莉々華ちゃんの想定の悪い方が当たった。余がなんとかするから、あんたは先行きなよ」

「…………‼︎」

 

 あやめの理性的な物言いに奏が歯軋りしてフブキを見やる。

 すると流石の耐久力で、目立った外傷なくもう復帰していた。

 

「奏。行こ」

「…………」

 

 はじめに片手を取られ歩みを促される。

 4人は既に先へと向かい始めており、2人が次第に置いていかれる。

 

「……手加減してあげてくださいよ」

「――」

 

 一瞬だけ流し目を返して、無言でフブキに向き直るとあやめは何も答えずに刀を抜いた。

 

 奏は不安要素を残しながらもはじめに手を引かれてその先へ――みこの待つ場所へと向かう。

 

「――‼︎ だから待ってッ‼︎」

「はっ――‼︎」

「ッぎ――」

 

 6人の足止めに飛び出すも再びあやめの飛び蹴りが炸裂。

 あやめの速度には敵わず、容易に通せん坊されてしまった。

 

「何なのあなた⁉︎」

「あんたと同じだよ」

「――⁉︎」

「ただ一つ、ここにいる理由を除いて」

 

 フブキが全身の毛を逆立てる。

 背後でチラチラと見え隠れする星形の刻印を目視して、あやめは淡々と告げた。

 

 ミオとみこを天秤にかけ、フブキはどちらかを選べない。

 あやめも同じ状況なら、ルイとみこを天秤にかけて片方を選ぶ事なんて出来ないだろう。

 

 

 さて――どう説得したものか……。

 

 

 ――――

 

 

「はぁ、はぁ……莉々華ちゃんっ。おかゆは……っ、いないの……⁉︎」

 

 後方のフブキを一瞥し、シオンはアキロゼの背に問う。

 かなりのメンバーが削れ、敵の大半が突撃して来たがシオンの探し求めるおかゆの姿が一向に見当たらない。

 戦場に来ているか――それ以前に生かされているかすら怪しい状況。

 

 みこを含めた相手側全員、おかゆの呪を知る筈もなく、そんなおかゆをみこの戦場に配置するとは思えない。

 車内での最終会議の際、莉々華の力ではあととまつりが戦場にいない事は明かされたが、おかゆに関しては一切触れていなかった。

 だからシオンはてっきり他メンバーと同様に仕掛けてくるものだと踏んでいた。

 

 それがここまで、その姿も力も片鱗を見せない。

 

「います」

「このっ……先……?」

「……10時の方向へ真っ直ぐ。そこに…………独りでいます」

「――????」

 

 莉々華の引き出した情報は余りにもみこの意図が読めない配置で、シオンが訝しげに眉を寄せ困惑する。

 莉々華もみこの思考は下ろせない為、詳細は不明だが推測は立てられる。

 

「恐らく時間経過で呪いの効力が薄れているんだと思います。力も分からないまま引き入れたが為に、みこさんも扱いに困ってるのかと」

 

 はあととまつりと同じ場所に置いて万一はあとの呪の効果が切れた時、予期せぬ惨事を招く可能性を考慮した上の隔離的な配置なのだろう。

 

「……罠が無いとも限りません。気を付けてください」

「うん」

 

 シオンの思考を読み取って、莉々華はそれを許可する様に告げた。

 シオンは眉をきりっと立てて首肯した。

 そして真横で不安そうに眉間に皺を寄せるぺこらを見上げると、凛々しく笑って自らのツインテールに触れ――

 

「結んでくれてありがとう!」

 

 と言い残しおかゆを求めて一行と離別した。

 

「………………」

 

 遠ざかってゆくシオンの小さな背中と揺れるツインテールを眺めて走り続けるぺこら。

 何故だか嫌な予感がしてならない。

 

「………………」

「ぺこらさん」

 

 徐々に速度が低下するぺこらを莉々華が呼び現実に引き戻す。

 ぺこらは走り方を思い出したように速度を上げ直し、大地からの攻撃に警戒しながら進む――――。

 

「……あれ。そう言えば……わためは……?」

 

 気が付けばわための猛攻が止み、大地の揺れは収まっていた。

 ぺこらは最悪の事態を想定してシオンの小さな背を凝視するが、そちらを追ったわけではなさそうだ。

 

「どうやら、我々より一足早くみこさんの下へ向かった様ですね」

「つまり……神様とわためが同じ場所にいるってこと?」

「はい」

「……厄介だね」

「ええ。ですが今更足を止めていられません。莉々華も最善を尽くしますので、皆さん臨機応変にお願いします」

 

 既に戦いは始まっており制限時間がある。

 有限の時間で上手く立ち回らないければならない。

 

 莉々華の意気込みに皆一様に頷いて、真っ直ぐにみこの待つ荒野へと駆け進んだ。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 陽光が完全に潰え天に闇が広がった頃。

 遂にアキロゼたち一行はみこの魂を宿したミオと対峙した。

 

「よォ……来たか、オメェら」

 

 わための力で微妙に隆起した地の天辺に立ち、浮遊の労力を使わずして琥珀の瞳で一同を睥睨する。

 隆起した小さな坂の麓にはわためも佇んでいた。

 

 暗がりの中面々を見渡し、みこは早速戦況を分析する。

 

(『清廉の夢想家』『声楽調律師』……成り金兎と……アレは鍛治の呪の持ち主か。そしてアイツは……トロイアに来てた、呪のにぇェ赤たん、か)

 

 この場に揃った顔触れが余りにも貧弱且つ異質でみこは拍子抜けした。

 

(戦う気ィ……あんのか?)

 

 周辺も隈なく見回して潜伏などに警戒するが、他の人間は感知できない。

 微塵も侮ってなど居ないが、奇怪な組み合わせには疑心暗鬼になる。

 

(まァいい……こん中で1番危なそうなのは……あの鍜治屋さんだにぇ)

 

 今更話し合いで事態を収める事はできない。

 

 みこはギュゥッ!と拳を握った。

 

 全力の殺し合いの果てに生まれ落ちる景色、その結末があってこそ、ミオが心の底から呪を憎み、呪の消滅を願う。

 一切の情け容赦を許さずぶつかり、殺し合え。

 

 この戦いの結末が――みこの物語の結末だ。

 

 

 

「もう、言葉を交わす意味はねェよな」

「「「「「…………」」」」」

 

 ミオの鋭い眼光が一同を貫く。

 

 奏は心臓の前で握り拳を作って大きく息を吸った。

 

 はじめがいつでも魔法から奏を庇える配置につき、ロボ子はわための動きに厳重警戒。

 ぺこらはミオの首元でチラリチラリと時折に煌めく宝石だけを眼中に収める。

 

 アキロゼは戦場の後方に立ち莉々華が戦況を常に俯瞰できる位置を確保した。

 

 

 天命を背負った戦いが――今――幕を開ける。

 

 

「いくど‼︎ オメェらァ‼︎」

 

 

 みこが手中に魔法を溜めはじめ、戦場に幻想的な明かりが灯った。

 瞬間――奏が大口を開けて叫ぶ。

 

「起きろぉぉおおおおおおお‼︎ ミオぉおおおおおお‼︎」

 

 みこの内側で密かに息をするミオの心へ、奏の口から発されるフブキの叫び声が響き渡る。

 

「――? そんなん意味ねェよ!」

 

 虚をつく第一声はミオの心を動かせず、速攻でみこに反撃の魔法を放たれる。

 一度目にした発光色が――一度感じた死の恐怖が目前に迫るも、奏は微塵も臆さない。

 

 すっと間に割り込む短いクリームがかった銀髪。

 顳顬付近の枝毛のような小さな結び目がキュートなヘアスタイル。

 たった数日で育んだ絶大な信頼関係が、奏に――はじめに勇気をくれる。

 

 みこの放った死の魔法をはじめが身代わりとなって受け止めた。

 

「……? なんで……?」

 

 本来、直撃すれば死を免れない魔法。

 それを正面から喰らい、平然と立ち続けるはじめにみこは驚愕を隠せない。

 

 死の魔法が直撃しても影響を受けず死なない者――。

 医術の呪の持ち主――かなた、AZKi。

 叛逆の刻印の力で無効化されると思われる――フブキ。

 一切の呪を無効化する、秩序の呪の持ち主――ルイ。

 

(新たな呪か――⁉︎)

 

 みこの知識と知能で、はじめの呪の正体には行き着けず、そう結論付けた。

 最も妥当にして安直、そして至極当然の思考。

 

 何にせよ、みこの魔法を無効化するのであれば――下手に魔法を乱射できない。

 

「わため」

「は〜い」

 

 みこの一声でわためが地上に顔を出したまま大地の操作を始めた。

 

「ミオ‼︎ お願い目を覚まして‼︎」

 

 奏が迫真の演技でフブキになりきり、はじめの背後から懸命に内側のミオへと語りかける。

 

「二人で静かに暮らそうって話したじゃん‼︎」

 

 ごごごごごっ…………。

 

「っ! 奏‼︎」

「――っひゃっ‼︎⁉︎」

 

 奏の足場が歪み――爆ぜる。

 はじめが咄嗟に奏ごと飛び退くが2人の体は岩石のあられに撃たれていくつかの目に見えた傷を負う。

 ずざっと地面に転倒して数十センチ滑ると摩擦ではじめの右足が酷く焼けた。

 傷口に大量の砂が付着している。

 

 そんな2人の復帰を待たずしてわためが大地を操作し追撃を図る。

 

「ごめんよわため!」

 

 追撃を図るわために連射型の銃の先端を向け、形だけの謝罪を見せつつ連射開始!

 かなはじへの攻撃をやめ、自身の周囲の大地を隆起させて自らの身を守る方向へシフト。

 弾丸が何発も大地の壁に撃ち込まれ、次第に脆くなって決壊――直ちに壁を再生成してまだまだ防ぐ、と繰り返す。

 

 わための姿が地上に出た事で、わためからの攻撃の命中率が上がったが、こちら側の攻撃も当てやすくなった。

 ロボ子は銃を抱えて一歩一歩少しずつわためへと歩み寄って行く。

 

 2人の一進一退の攻防を一瞥すると、みこはすかさずかなはじへと肉薄した。

 

「2人とも! 気ぃ付けて!」

 

 動きを逸早く捉えたぺこらが警告した。

 

 魔法が効かないと判断するや否や身体能力を強化して肉弾戦に持ち込む。

 フブキとミオとの戦いで既に経験した流れの為、実行までのプロセスが桁違いに短い。

 

「おッ――ら‼︎」

「にゃ――‼︎」

 

 はじめ自身は回避も容易だったが、奏を丸腰にできずその身で受ける判断をとった。

 弱った魂でもみこの魔法とスバルの呪で強化されたパワーは強大だ。

 みこの突き出した拳を両掌で受けるが衝撃が腕から全身に響いて骨が軋む。

 

「うゃっ!」

 

 パワーで押し負けてはじめはそのまま後方に弾き飛ばされた。

 力比べでは敵わない。

 

 はじめが倒れる光景を目にし手に汗を握りながらも、奏は変わらず今度は至近距離で肉体の内側に眠るミオへと叫び声をあげる。

 

「お願いミオ‼︎ 帰って来て――自分を思い出して‼︎‼︎」

「だからそんなん――!」

 

 ドクンッ……。

 

 拳で奏に襲いかかるみこの動きが刹那、止まった。

 ほんの、刹那だけ。

 

「あでっ――」

 

 刹那の停止で気勢の削がれた一撃が奏の顔面に命中するが、全くと言っていいほどダメージがない。

 反射的に奏が後方に飛び退くと、みこは迷わず追撃を仕掛ける。

 距離を詰めず右手を翳して魔法を放った。

 出力は控えめで殺傷能力も皆無の魔法。

 だがみこ以外にそれを目視で区別できる者はいない。

 

 奏に迫る魔法の光を復帰したはじめが再び無効化して光を霧に変える。

 

「……」

「奏ゃ! 下がって!」

「――うん!」

 

 みこから距離を置かせてはじめが1対1で対峙する。

 ミオの表情が険しくなっていく……。

 

(まさか……そんなやり方で……)

 

 はじめの魔法無効が何よりの脅威と先ほど見立てを変えたばかりだが、再び見解は動き奏の変声が最大の脅威と見た。

 音を遮断し続けることは難しい上に、常時それを行えば魔力を激しく消費する。

 かと言って安易に死の魔法を放ってはじめに無効化されては意味がない。

 

 莉々華の采配の意図を徐々に理解し始めた。

 

(それに…………)

 

 わためとの交戦に勤しむロボ子はまだしも、ぺこらとアキロゼの存在が極めて不可解。

 今尚戦況を見渡すだけで存在意義を感じない。

 

(処理するべき順序がまるで分んにぇェ……)

 

「いや――」

 

 何にせよ奏の脅威に変わりはない。

 みこの悪い頭を回転させるより身体を動かして敵を葬った方が解決も早いだろう。

 

「てゃぁあああ‼︎」

「にゃッ――、――ッらァ‼︎」

 

 身を屈めてはじめの回し蹴りを避け、下から上へ顎を狙った掌底撃ちを放つ――

 

「――ゃ!」

「――ッ⁉︎」

 

 はじめは上半身を反らせて掌底を躱し後方に倒れる勢いに乗って跳躍――両足で一度ずつ蹴りを入れる。

 左の爪先で脇腹に1発、右の踵で頬に1発。

 威力は低いがみこを怯ませることに成功。

 

「私の声が聞こえないの⁉︎ ミオ⁉︎」

 

 奏が心の奥底から感情を込めて言葉を吐き出す。

 

 ドクンッ――。

 

「……」

 

 約1秒、みこの動作が停止し奏やはじめ、莉々華たちも漸く効力を実感できた。

 

「効いてる――‼︎」

 

 莉々華の作戦は見事なまでに通用している。

 このまま声を送り続ければミオがみこの魂を弾くかもしれない。

 

 作戦は続行だ――‼︎

 

「わため‼︎ こっち来い‼︎」

「は〜ぁぃ――!」

「っ‼︎」

 

 みこが呼びつけるとわためはロボ子との攻防を放棄して地中に潜った。

 ロボ子は銃を下ろして直様みこ達の方へ振り返る。

 

「まずい――‼︎」

「おぁわっ!」

「わわっ!」

 

 小規模な地震が発生。

 震源地は言うまでもない。

 

 地に足をつける全員が振動で平衡感覚を失い転倒した。

 それはみこも例外ではない。

 だが――!

 

 

 みこは地に膝を着いたまま片手を奏に向け魔法を構える。

 こんな状況だがはじめが動かないとも、何かしらの対策がないとも限らない。

 だから放つのは、体力消費の激しい死の魔法ではない。

 

 

 ビリッ――。

 

 

 と放出された魔法エネルギーが美しく輝き夜の荒野を幻想的に照らす。

 真っ直ぐ、真っ直ぐに進み――奏に命中した。

 

 

「――‼︎⁉︎」

「奏ゃぁ‼︎」「奏‼︎」「「奏ちゃん‼︎」」

 

 

 魔法の直撃は死を意味する。

 

 莉々華以外がその共通認識を持っていた為に、一様の反応で奏に視線を集めた。

 

 

「…………?」

 

 

 反射的に目を閉じた奏は訪れた静寂を刹那だけ死と勘違いした。

 だがこの空虚は死ではない。

 奏は恐る恐る瞼を上げ……変哲のない夜の荒野とイマイチ識別できない一同の様相に眉を寄せた。

 

(生き……てる……)

 

 目立った外傷も、心への影響も感じない。

 変化は無かった。

 

「ぁ……ぇ? なんだでゃ?」

 

 奏にも魔法の無効化があるのかと皆が錯覚するほど、変化が無かった。

 だがみこだけは大きなため息をつく。

 

「っ……」

 

 遅れて奏の状況を下ろした莉々華――の思考を共有したアキロゼが真相に辿り着き、絶句した。

 

「奏ゃ! だいじょぉぶ⁉︎」

 

 はじめが奏に駆け寄って暗闇の中負傷の有無を確認するが、やはり傷一つない。

 はじめは安堵して奏の薄赤い瞳を見つめた。

 

(う……うん。何ともない、みたい?)

「……? 奏ゃ?」

 

 自身の無事に疑問を覚え首を傾げつつ口をぱくぱくさせる奏。

 奇妙な様子を見てはじめはもう一度安否を問うように首を傾げた。

 

(――ん? あれ………………声が…………)

 

 

 

(声が出ない――――――)

「――かな、でゃ……?」

 

 

 

 みこの魔法により、音乃瀬奏は永久に声を奪われてしまった。

 

 

 

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