叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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天命の乱②

 

 夜風が過る荒野の中に佇む一同。

 みこの魔法を受け声を失った奏の両肩を掴んで、はじめが悲鳴とも形容し難い大声を上げた。

 

「奏‼︎ かぁーなぁーでぇー‼︎ 喋って‼︎ 何か言って‼︎」

 

 奏の首が取れそうなほど肩を揺さぶる。

 しかし奏の声はもう失われた。

 そして2度と復活する事はない。

 

(――! ばんちょー‼︎)

「ぅやっ――‼︎」

 

 はじめの背後に迫る黒い影。

 奏は咄嗟にはじめを掴み横に飛び退いた。

 

「チッ」

 

 絶望の暇さえ寄越さずみこは厄介なはじめに肉弾戦を仕掛けてきた。

 声を失った奏を脅威から除外して、狙いをはじめに定めている。

 

 はじめは上下の歯を擦り合わせ、感情を抑えながら応戦しているが、まだまだ邪念が垣間見える。

 

 奏を片手で突き飛ばしてはじめはみこの攻撃を一身に向けさせた。

 迫る拳や蹴りを小刻みなステップで巧みに回避したり、いなしたりと優秀な戦闘技術を見せる。

 パワーの差は攻撃を受けなければいい。

 スピードの差は小回りをつける事で帳消しにすればいい。

 みこに劣る部分をみこに勝る部分で補う見事な動き。

 

 この肉弾戦が続くのなら、先にスタミナを切らせた方が負ける。

 そう――この肉弾戦が続くのなら。

 

 

 ゴゴゴゴゴッ……と大地が震える。

 

 

「うゃっ⁉︎」

「はじめ!」(ばんちょー‼︎)

 

 わためがはじめの足場を隆起させて華麗なステップの波長を乱した。

 着地に失敗して右足を挫く。バランスが崩れて後方に転倒しかける。

 そしてみこの猛撃を防ぎきれず1発の拳を受ける。

 

「んッ、にゃッ‼︎」

「うっ――ぐゅ――‼︎」パキッ。

 

 鼻先に押し寄せる拳へ受け身を捨てて両手を回した。

 掌を重ねて衝撃を全身に分散させようとしたが――

 

「ぎぃっ――――‼︎」

 

 コンマ数秒の遅延により右手の小指を突き指――に止まらず関節が逆方向に曲がった。

 威力の分散に失敗し右手への負荷が増すと平衡感覚は崩壊して、拳に突き飛ばされる。

 

(ばんちょー‼︎‼︎)

 

 はじめの奇声に2人の攻防から離れつつあった奏が足を止めた。

 思いっきり叫んだが声は出ていない。

 自分の声ではじめの名を呼ぶ事がどれだけ無意味な事だと分かっていても、歯痒い――‼︎

 

「奏ちゃん‼︎ 早く声を‼︎」

(――‼︎ はい‼︎)

 

 奏と入れ替わる様に2人の攻防に迫っていたぺこらが、停滞した奏に行動を促した。

 自身の喉を摩って調子を確認するとお互いの紅の瞳を一瞥で交差させ、首肯する。

 奏がくるりと指先を回した。

 

 

「すぅ…………ミーーーーーーオーーーーーーーー‼︎」

 

 

 ぺこらの喉からフブキの雄叫びが轟く。

 地に転がって右手の小指を押さえるはじめ。そこへ肉薄していたみこがたった一声に肩と耳を跳ねさせ、過敏に反応した。

 

(誰の声でも変えられんのか――!)

 

 奏をみくびって性能を調査していなかった事が仇となる。

 みこは直ちに狙いをぺこらと奏に変更して魔法を構えたが……。

 

(……?)

 

 みこの直感的な激しい警鐘に対し、奥底に眠る心は微塵も反応を示さない。

 神妙な面持ちで1秒硬直したが、思考を改め魔法を放――

 

「ぶへッ――‼︎」

 

 片足を引かれ、みこは盛大に地面に倒れた。

 はじめが痺れの取れない華奢な左手でミオの足首を掴んでいる。

 

「ミーオー‼︎ 一緒に!――帰ろう‼︎」

 

 ぺこらが喉を痛めながら声を張り上げるが奏の時と比較しても明らかに効力が乏しい。

 

 グラグラと大地が揺れ、ぺこらと奏の足場が音を立てた。

 ガンッと岩石が隆起して2人を弾き飛ばす。

 

「んあぁっ――」

(ひゃぁっ‼︎)

 

 ぺこらがフブキの声で悲鳴を上げ、奏は無言で吹き飛ばされて地に転がった。

 

 遠方でわためが笑っており……その足元に突然導火線のついた黒い球が転がって、

 

「へ――?」

 

 どぉんっ――と爆発。

 再び大地が震え、今度は黒煙までも上がる。

 

「どうだ――⁉︎」

 

 ロボ子が黒煙に突っ込んで様子を伺うが、わための姿はなかった。

 煙が晴れてもその薄暗い荒野にわためは居らず。

 

「くっ……また地中か!」

 

 寸前で地中に身を潜めて回避した様だ。

 しかし地中からみこの援護は難しい。

 少なくとも奏たちに被害が及ばないのならそれでいい。

 

 

「ぁったた……」

(うぅ……)

 

 長い耳を曲げて擦りむいた膝の汚れを払うぺこら。

 付近で奏も同じ様な行動をとりつつポケットの中身を確認していた。

 

「にゃァッ‼︎」

「ん゛っぐっ――」

 

 一方、同様に倒れていたみこは早々に復帰して再びはじめと肉弾戦を繰り広げていた。

 はじめは右手小指の骨折を下手に意識しており、先までより動きの質が低下している。

 それをみこも見切っており、執拗に右半身を狙って攻撃していた。

 

(ぺこらさん――‼︎)

「ちっ、くしょ……」

 

 奏がぺこらを呼ぶが声が出ないのでぺこらは気付いていない。

 ぺこらは近隣の奏でも、殴り合うはじめでもなくアキロゼに視線を向けた。

 

「莉々華! 効き目が薄い‼︎ 策は⁉︎」

 

 フブキの声で莉々華を呼び始めたので奏は慌ててぺこらの声を元に戻す。

 

「ぺこらさんは1つの目的に集中してください! 他の事は考えず‼︎」

「それは――いいぺこだけど‼︎」

「作戦に変更はありません‼︎ 奏もはじめも! そのままお願い‼︎」

(分かった‼︎‼︎)

 

 奏がぐっと顎を引いて首肯し拳を握る。

 はじめも指示は仰げたが返答は出来ない。

 みこもその伝達を耳にしたが、作戦の内容は微塵も解明できなかった。

 

 

 莉々華はこの短時間である程度の分析を終える。

 現状ミオに声を届けられるのは奏かフブキのみ。

 フブキ本人が可能である事は言わずもがな。

 残りが奏に限られる理由は大きく2つ。

 

 1つは演技力。

 特徴をよく捉えて再現する能力が極めて高く、その声に純真な感情を乗せて言葉を放つ事が出来ている。

 

 もう1つは解像度。

 莉々華、らでん、本人たちを除けば最もフブキとミオの関係性を理解しており、些細な癖までその目で見て概ね把握している。

 

 だからこそ同じ声を同じ声量で放っても、ぺこらと奏では効力に多大な差が生まれる。

 そしてその奏の声は真っ先に潰された。

 これは莉々華の不覚でしかないが、反省も懺悔もしている猶予はない。

 

 この地に立つ前から作戦は殆どが完成しているのだ。

 奏が万一死んでしまっても、声を届けられる様に準備をしてきた。

 最後の一瞬まで――希望を捨てるな。

 一瞬たりとも思考を止めるな。

 

 目下、莉々華が対応策を練るべきはみこではなく、わため。

 2人を分離しない限り、戦況は好転しない。

 

「「…………」」

 

 いや――違う。

 下手に分離したところで意味はない。

 地中に隠れて移動できる限り、分断してもすぐに戻ってくる。

 やはり事前に立案していた手段が1番だが、その為にはわためを掘り出した上でロボ子が接敵する隙を作る必要がある。

 念の為用意させた大型爆弾で地面を抉れば早いが、周囲に人がいては巻き込んでしまう。

 しかし一度場を離れようにも今度はみこがそれを許してくれない。

 となれば、もう少しみこの体力を削った後、分断。

 つまり第一関門は――魂のカケラの破壊。

 

 わために対処しつつ、みこが有しているであろう最後の魂のカケラを破壊する。

 

 

 アキロゼを介して莉々華は4人に簡単な指示を出す。

 

「ロボ子さん! チャンスが来るまで援護に徹し、地上にわためさんが出てきた場合は適宜対処してください!」

「了解」

「3人は極力みこさんに接近して、そのまま応戦を‼︎」

「――‼︎」「ん!」(分かった!)

 

 これまでは奏を一歩引かせて行動させていたが、ここからは3対1の肉弾戦に持ち込む。

 わためが地中にいる間はみこから距離を置くほど、狙いの的にされやすい。

 だからこそみこに肉薄し、わためが個人を特定して攻撃出来ないように動く。

 

 ぺこらと奏が並んでみこの背後に迫った。

 

「――っ‼︎」(――おりゃぁっ‼︎)

 

 足音と気配を闇に潜めて奏は右腕に、ぺこらは左腕に飛び掛かる。

 

「ンッ――にゃッ!」

 

 既のところで察知され2人は虚空を捕まえた。

 そして回避の流れに乗せた回し蹴り。

 

「んぐっ――」ぴしっ。

 

 回転軌道に則り、先発はぺこらの脇腹へ直撃。骨がしなる。

 ぺこらを弾いた後も回転の流れに乗り今度は奏を狙った。

 

(てりゃぁ!)

「んにぇ……!」

 

 ぺこらへの攻撃で数テンポ遅れた隙に、片足で立つ不安定なみこに奏がタックル。

 みこのバランスが崩れてグラリと体幹が揺らぎ、咄嗟に両足を地につけた。

 

「――でゃぁ‼︎」

 

 そこへすかさず割り込み、はじめが左拳を撃ち込む。

 

「ッ――」

 

 確実にみこの腹にぶち込んだ。

 しかし手応えはない。

 

「ふ!」

 

 みこがはじめを無視して奏に右手を翳す。

 月光の差し始めた荒野で再び魔法の光が輝きを放つ。

 

「っ! 奏‼︎」

 

 反射的に駆け出してみこと奏の間に飛び入るはじめ。

 

「――らァッ‼︎」

「ぅぃぎ――」

 

 はじめの行動に併せて魔法の輝きが潰え、代わりにみこの回し蹴りがはじめに命中。

 防御なく腰を踵で蹴り抜かれ、受け身なく数メートル先に吹き飛ばされる。

 

(――‼︎ ばんちょ!)

 

 思わず振り返った奏の背後にみこの手先が忍び寄る。

 

「ふんっ‼︎」

「に゛ッ――」

 

 何の魔法を溜めたのか知らないが、復帰したぺこらがタックルをかまして阻止。

 

「ん゛ぃっ」

 

 しかしタックルでみこを押し倒せず、今度は逆にぺこらがみこに捕まる。

 究極のチャームポイントである2本のウサギ耳を片手で握り、思い切り引き寄せ――膝蹴りを鳩尾に捩じ込む。

 

「ぅ゛ぇ゛――――!――!」

 

 ぺこらの体躯がくの字にへし折られる。

 五臓六腑が飛散したかと錯覚する激痛。

 人体破壊的な一撃に呼吸が数瞬止められた。

 衝撃が体内を貫通し全身が浮き上がると、みこの手中から耳が抜けて後方に飛ぶ。

 その瞬間、右のウサギ耳にびちっと電撃が迸る。

 

(てぇぇいっ‼︎)

「ん? にゅァッ⁉︎」

 

 背後からミオを捕まえて奏は自分諸共地面にひっくり返った。

 集中的に両腕の自由を封じて懸命に押さえ込むが、どれだけ体勢が良くとも奏はみこにパワーで押し勝てない。

 しかし振り解かれる前にはじめも加わり、みこに更なる不自由を与え、最終的に嘔吐感から解放されたぺこらも加担。

 3人で強引にみこを押さえ込み、ぺこらはみこの身体に宝石が隠されていないか触診しようとするが、その手間もなく首元に妙なネックレスを発見する。

 服の下から引き出すと闇に溶け込む禍々しいダイヤモンドが月光を浴びて薄黒い輝きを放った。

 

(これぺこな⁉︎)

 

 ぺこらは奪い取るべくネックレスを引き千切ろうとした。

 しかし――

 

「――‼︎」

「んにゃ⁉︎」「ぅわっ‼︎」(消えた‼︎)

 

 シュンッ、と瞬く間に姿を消した。

 当然ネックレスも奪い取れずぺこらは引き千切る勢いのまますっ転んで後転する。

 

「わため!」

 

 遙か上空より荒野に広がる声音。

 朗らかでありながらも、がなる事で強引に恐怖を演出してくる。

 

「上や‼︎」

「――‼︎」(――‼︎)

 

 危機を察知し瞬間移動を解禁。

 みこは上空へ逃げると一塊になった3人を睥睨し大声でわためを呼ぶ。

 3人はみこの姿を探して満月が顔を出した夜空を見上げた。

 

 次の瞬間、ゴゴゴゴゴッ、と大地が唸る。

 

「っ! やべっ‼︎」

「まぢゅい‼︎」

(っ⁉︎)

 

 瞬く間に3人は土壁に囲われ八方塞がり。

 3人は足元を注視して神経を尖らせる。

 

 地面を見るとぺこらの右目に突如何かが垂れて来た。

 前髪――かと思ったが、そんな細い塊じゃない。

 薄暗くて見えないが……これは……

 

「ん……ってか……血……?」

 

 目前に垂れる何かに気付くと同時に頭からの流血も自覚した。

 熱の籠り具合から察するに、頭頂部付近から流れ出ているようだ。

 さっきの電撃、頭の負傷、目前に垂れる毛並みのある何か。

 つまりこれは……耳。

 右のウサギ耳が千切れ、皮一枚で辛うじて繋がっていた。

 耳の欠損を自覚すると頭に再びびりりと電撃が走ったが、それ以上に切迫したこの窮地に即行で意識は書き換えられる。

 

 3人揃って足元を警戒していたが、天で奇妙な発光が始まった。

 

「――‼︎ おいやべぇぞ‼︎」

 

 頭を振って邪魔くさい耳を後頭部へ回すと、ぺこらは大きく警鐘を鳴らした。

 遠目にも見える赤紫の光の球。

 みこはそれを大きく振り翳した!

 

 3人を囲う壁の外からロボ子が壁の破壊に武器を構えるが、今度は逆にわためがロボ子を妨害して3人の救出を防ぐ。

 

 はじめも、ぺこらも、奏も一生懸命に壁を殴ったり蹴ったりと試したがヒビが微かに入るだけ。

 

「ふんッ‼︎」

 

 容赦無くみこは魔法の籠った光の球を3人の頭上へ投下。

 速度は目で追えない領域。

 脱出は不能。

 

「「――‼︎‼︎」」(――‼︎‼︎)

 

 

 ピッ――ドゴォォォォォッ…………。

 

 

 目を焼く閃光。耳を劈く轟音。小範囲を破壊する爆発。壁を薙ぎ荒野に広がる爆風。

 兵器と比較すれば極めて威力の弱い爆弾だが、殺傷能力は申し分ない。

 爆煙と土煙が渦巻き、荒野に広がり……やがて霧散した。

 

「……む」

 

 晴れた煙の中、1箇所に固まって転がる人影が3つ。

 

「ゔ……ぅゃ……」

「げほっ、けほっ……ん゛……ぃ……」

(ごほっ、ごほっ……ごほっ……ぁづ……いて……)

 

 右半身を爆破で微かに焼かれたぺこら。

 左半身を爆破で微かに焼かれた奏。

 背中を小石に打たれたはじめ。

 そして全員、爆風に揉まれて数メートル吹き飛ばされた。

 加えてぺこらは爆風の影響で右のウサギ耳を完全に失くしてしまっていた。

 

 爆発の寸前、はじめが2人を庇ったのだ。

 魔法で発生する爆発で、はじめは直接的なダメージを追わない。

 しかし爆発後に発生する爆風や砂塵は爆発に直接関係しない――所謂魔法的ではない攻撃。

 よって風圧に飛ばされるし、2人を庇ったが故に一身に砂塵や小石の殴打を受けた。

 

「は‼︎ はじめちゃん⁉︎」

(ばんちょ!)

 

 爆発からのダメージこそ受けなかったが、はじめは背中の至る所に小石を刺されて出血している。

 ぺこらと奏が駆け寄った、そこへ――!

 

「んにゃッ‼︎」

「「っ‼︎」」(――わっ‼︎)

 

 みこの拳が隕石の如く落下。地に埋没する。

 間一髪、ぺこらがはじめの身体を引きずって回避。

 

「ふんッ‼︎ どらァッ‼︎」

 

 間近のはじめに大きく四肢を使って猛追を仕掛けるみこ。

 奏とぺこらではじめを操り何とか猛攻を掻い潜っていくが、徐々に躱しきれなくなるとぺこらと奏ははじめに変わって攻撃を受ける。

 

 外野側もわためとロボ子の攻防は一進一退で、アキロゼと莉々華は戦場を俯瞰しているにも関わらず一切の指示を出さない。

 

 はじめも漸く痛みと決別して自分の足で、手で、みこに応戦する。

 が、元々拮抗していた所へ数多の負傷で更に能力減。

 回避さえ辿々しい。

 

 戦闘開始時の牽制状態とは打って変わって明らかに劣勢。

 挽回の見込みが無さすぎて、ぼろぼろの3人は戦意を喪失しつつある。

 莉々華からは相変わらず何の合図も――

 

 

「フレアー‼︎」

 

 

 突如、透き通る緩やかな声音が戦場に響き渡る。

 

「「――⁉︎」」(――⁉︎)

「ぇ……⁉︎」「……?」

「……ァ?」

 

 あらゆる攻防の手が止まり、声の主の方へ視線が逸れる。

 

「フレア! ごめん! 来るなって言われたけど、ノエちゃん――…………ん……? あれ……?」

 

 瞳孔を広げて暗闇に佇む影を凝視したが、フレアらしき存在は見当たらなかった。

 

「思ったより早い到着ですね、ノエルさん」

「ん? あ、うん……え、誰?」

 

(あれが不死火の言ってた奴か……? 幾ら何でも早すぎる……)

 

 突如姿を現した銀髪の女性――白銀ノエル。

 小さな手提げを握って薄暗い荒野でアキロゼと対面する。

 

「フレアさんはここには居ません」

「そうなん? 光っちょったし、爆発みたいな音しちょったけんてっきりフレアもここにおるんかと」

 

 ノエルの声で一度停滞したこの地の戦いも再熱し、わためやみこが暴れ始めていた。

 

 設定した時間も残り僅かの所まで迫っている。

 戦闘に繰り出しているメンバーも疲弊が激しい。

 もはや一刻の猶予もない。

 丁度ノエルも到着した所だ。

 

「ノエルさん、お願いがあります」

「はいよ。なに」

 

 アキロゼはノエルにそっと耳打ちし作戦を伝える。

 

「分かった。でもノエちゃんの事はちゃんと守ってよ⁉︎」

「善処させます」

「――――」

「では――お願いします!」

「はいよ」

 

 ノエルが戦場に送り込まれ作戦開始。

 これより戦況は――大きく、目紛しく変化してゆく。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 戦場から距離を置いたとある茂みの奥で、そらはドッカリと腰を下ろしていた。

 そらのお尻の下ではAZKiがじたばたと暴れている。

 

「言ったでしょ。私たちは蚊帳の外なの」

「うーっ‼︎ くぅーーーーっ‼︎」

 

 力でそらを押し除ける事はできない。

 例え出来たとしても、レーザーで再び転ばされ、状況は逆戻りとなる。

 それでもAZKiはどうにか足掻き続ける。

 

 マリンの腹が串刺しにされる瞬間を目撃した。

 直ぐに助けなければ――!

 それだけじゃない!

 今も尚、各所で戦いが勃発して血が流れている。

 AZKiにしか出来ない、AZKiの戦いがある‼︎

 

「この戦いに於いて、私たちはただのノイズ。緊張感の無い戦争で人の心を動かす事はできない。人が死なない戦争なんて、この世には存在しない」

「何を――くっ――‼︎」

「すべてがぶつかり合い、この戦いが終わった時……ミオちゃんの目の前に広がるありのままの光景が、世界を塗り替える。そこに私達が介入すれば、ミオちゃんが呪の消滅を望まなくなる」

「それは――っ! 人を助けない――理由に、ならない――!」

 

 ピュンッ――。

 

「ゔっ……」

 

 AZKiの両足を光線が貫いた。

 暴れていたAZKiが数秒おとなしくなる。

 

「そうやって目の前のことしか見れない人が多いから、みこちが何十年も苦しんでるんだけど、本人達には自覚が無いから困りものなんだよね」

 

 AZKiの抵抗を押さえ付けてそらは独り言のように呟く。

 

「ここで呪を消滅させる事が出来なければ、今までの犠牲も水の泡になる。それどころか呪での犠牲者は今後も増え続ける一方。目の前の知り合い数人の命と、顔も知らない遥か遠くの数百人の命。前者を切り捨てられる人間は本当に少ない」

 

 独り言から突然話を――言葉の矛先を向けられた。

 

「あなたはその力を扱える度量じゃない。前任の義翼の子もね」

「傷付いた人に手を差し伸べて――何が悪いの!」

「ならよくある話だけどさ。AZKiちゃんはどうしてすいちゃんを助けたの?」

「――⁉︎」

「過去に何人も人を殺してる。それなのにAZKiちゃんは延命させた。また誰かを殺すかもしれないのに、無責任に蘇生させる事は――果たして善い行いなのかな?」

「なら目の前で苦しむ人を――っーー‼︎ 見殺しにしろって言うの!?」

「だから。私はさっきからそう言ってる」

「――⁉︎⁉︎」

 

「後先考えず人を生き返らせて、これまでの犠牲を無駄にするの? この先の犠牲者を増やすの? 私達の力は目先の一瞬の偽善のために使うべきじゃない。私達の力を扱う人間に求められる才、それは人を見殺しにする勇気。私達の力はね善の形をした暴力を振り翳す力なんだよ」

 

 そらの全体重と言葉が重くAZKiにのしかかる。

 この束縛からはどうにも逃れられない。

 

「あなただって……少なからず、人を助けてきたはずでしょ……! やってる事は同じなはず……‼︎」

「同じじゃない。私は未来の為に、治す人間を選ぶ。感情に身を任せて選別なく人を助けるあなたとは違う」

「おかしい、でしょ……そんなの……人助けが、悪い事なんて……」

「おかしいと思うなら――あなたはまだ、世界が見えていないと言う事。まあ見えていようと見えていまいと、私とあなたは決着がつくまでここに留まる。それが私の――私たちの戦い」

 

 そらは決してAZKiの拘束を解かなかった。

 AZKiはどう足掻いてもそらの拘束から抜け出せなかった。

 

 善悪とは常に表裏一体。

 善の裏で微笑む悪を、悪の裏で涙する善を、見誤った者から狂ってゆく……。

 

 人を――仲間を――知り合いを――見殺しにする事が2人の戦いである。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 仲間たちの集団から外れ、莉々華の指示した方角へ真っ直ぐに突き進んだシオンはやがて、荒野と森の境界となっている木の影に、ぐったりと横たわるおかゆの姿を発見した。

 

 間も無く陽の光は潰える。

 

 吐き気を催す程に全力で駆け抜けておかゆの側まで距離を詰めると、息切れも吐き気も一気に吹き飛ぶ。

 だだっ広い荒野の片隅でシオンはゆっくりと姿勢を低くし、おかゆと視線の高さを合わせた。

 

「おかゆ」

「…………、…………、……」

 

 数倍の重力を受けている様な重さで多大な時間を要し顔を上げた。

 特有の煌めきが薄れた紫色の瞳がシオンを捉えた。

 その瞳は狂気と正気の狭間で彷徨っている様に感じる。

 シオンと視線が交わっても言葉一つ発さず、意気消沈したまま暗雲の様な吐息ばかりを溢す。

 

「シオンの事。分かる?」

「…………、………………」

 

 シオンの問いにかくんと首を落として答えた。

 

「なら。立てる?」

「…………」

 

 俯いた状態から動かなくなった。

 

「――」

 

 シオンは周囲の安全を確認すると、境界を跨いで草地に踏み入った。

 おかゆの隣に並ぶ。

 

「隣。座るね」

 

 ぴくりとも動かなかったが、シオンはおかゆの隣にそっと腰を下ろして、肩を並べ同じ木に寄り掛かった。

 結んでもらった髪の右側のテールがおかゆの肩にふわりと乗った。

 

「手。握るよ」

 

 親指以外の指を揃えて、すっとおかゆの左手を握って空を見上げた。

 おかゆの眉がぴくりと跳ねる。

 

 じわじわと……おかゆの左手が丸まってきて……非力にも握り返してくれた。

 

 

 遥か遠方から戦いの声が聞こえた気がした。

 

 

 だが、シオンは恐れない。

 仲間を信じておかゆとのひと時に没頭する。

 

 とは言っても、取り合った小さな手に熱を込めて、ただ2人一緒に木に横たわるだけ。

 それでいい。

 

 お互いの呼吸を聞いて。

 握り合った手からお互いの鼓動を感じて。

 

 どこか懐かしさを……感じて…………。

 

 ――――。――――。

 

 懐かしくて……悲しくて……苦しくて……。

 

 身体が……震えてきて……。

 

 胸が……痛くて、痛くて……。

 

 涙が……溢れてきて……。

 

「……っ…………っ……」

 

 右手からぷるぷると震えが伝わる。

 手の中に滲む汗が、べたりと強く張り付いてきた。

 

「っ……ぅっ…………ぇぐ……」

 

 手の握り方が違う。

 触れた肌の感触が違う。

 脈拍が違う。

 指の長さが違う。

 肉付きが違う。

 爪の伸び方が違う。

 

 でも……

 

 手の温もりが同じだ。

 力の加減が同じだ。

 何も言わないでただ握っているだけの、その在り方が同じだ。

 

 たったそれだけなのに……

 隣の存在をころねと錯覚したくなる。

 

 

 涙で滲む朧げな視界の中で……

 ころねの幻覚を見た。

 無邪気な笑みを浮かべて手を握ってくる。

 指を絡めて握り合い、その手を持ち上げてころねがにけっとはにかんだ。

 惚れ込んだころねの面影が蜃気楼と共に揺らぎ、空気に溶けて……闇に消え去る。

 

 捻じ曲がった視界の中に握り合ったころねの手だけが残っていた。

 手だけだ。

 おかゆがころねの手だけを持っていた。

 

「……ころ…………さ……っ…………!」

「っ…………」

 

 シオンは一瞬顔を顰めて、握り合う手に視線を落とした。

 しかし何も口にする事なく、もう一度空を見上げた。

 

「ころさんに゛……会いだい゛……」

「……」

「ころさんに゛…………会いだい゛……」

「……」

「ころ、さん……に゛……」

「……」

「ころさん…………」

「……」

 

 シオンの右手が震える。

 徐々に血が不足して指先が冷えて行く。

 手の甲がぴりっと痛んだ。

 

「シオンもね。会いたい」

「ころさん…………」

 

 寒さを凌ぐ様にぽつりと呟いた。

 

「シオンも、あくあに――会いたい」

「……!」

 

 冷気が漂い、おかゆの身がぶるっと震えると、頬を伝う熱が途切れた。

 汚れた顔を恐る恐る上げながら、いつの間にかシオンと握っていた左手を見やる。

 暗闇の中でも夜目が効いてよく見えた。

 シオンの手の甲に2箇所、爪が刺さった跡がある。

 指先にかけて肌の色が薄くなっている。

 

 おかゆは威嚇をやめた猫の様に突如として力を緩めた。

 

 ころねで満たされていた意識の中に、紫咲シオンと言う異物が紛れ込んできたが、おかゆはそれをすんなりと受け入れていた。

 

「シオンもね。あの時はあくあが居ないなら、死んでもいいと思った」

 

 あの時、をおかゆは知らない。

 それでも、おかゆの瞳には、あの時、が映った。

 

「でもぺこちゃんが来て、強引に助け出してくれた」

 

 おかゆの視線がゆるゆると持ち上がる……。

 

「あの時の本心を言えば、ほっといてほしかった。――そのまま死なせてほしかった」

 

 おかゆの朧げな瞳にシオンのツインテールの一部が映り込む……。

 

「だけど今はそんな無責任な事出来ないの」

 

 おかゆの瞳にシオンの震える唇が映り込む……。

 

「あくあに、ぺこちゃんに、ずっと助けてもらってた事を知ったから」

 

 おかゆの瞳にシオンの濡れた鼻先が映り込む……。

 

「だから今はね、心の底からぺこちゃんに感謝してる。あの時、シオンを強引に助けてくれてありがとう、て」

 

 おかゆの瞳にシオンのぼやけた瞳が映り込む……。

 

「っ……!」

 

 シオンが顔を振り、月光の乱反射を撒き散らす。

 そして月光の様に輝く琥珀色の瞳を真っ直ぐにおかゆに向けた。

 

 シオンは背後に2つの温もりを感じた。

 いつも側に感じていたその温もりは、永遠にシオンの側にある。

 

 2つの掌がシオンの背を優しく押す――。

 

 

「ぺこちゃんがシオンにしてくれた様に、今度はシオンがおかゆを助ける」

「…………!」

「おかゆにとってのころねみたくはなれないけど! シオンにとってのあくあの様にもなれないけど!」

「……‼︎」

「シオンとおかゆなら……上手く寄り添って、支え合いながら……生きていけるような気がするから!」

「――っ‼︎――ぅっ、ぇぐ‼︎」

「一緒に、一歩ずつ、近付いて行こうよ」

「――ん゛っ‼︎」

「あの頃へ」

「ぅ゛ん゛っ‼︎――――ぅん゛‼︎」

 

 

 小さな小さな胸の内でおかゆは酷く泣き喚いていた。

 シオンはそんなおかゆを優しく抱擁し、お互いの震えが収まるまで、何度も何度も背中を摩ってやった……。

 

 どれだけ夜風に吹かれようとも、2人ならきっと突き進んでいける。

 幸せに向かって少しずつ進んでいける。

 

 だがその為には、どうしても越えなければならない壁がある。

 それがこの戦いだ。

 

 この戦いが終わらなければ……呪いがなくならなければ、2人は幸せに向かって足を進める事が出来ない。

 

 

 満月の全貌が遂に顕になった頃、2人の温もりに満ちた震えは漸く収まり、おかゆの瞳には特有の煌めきが返り咲いていた。

 

「おかゆ」

「ゔん……」

 

 シオンの胸に抱かれたままおかゆは頷いた。

 シオンも囁くように言葉を続ける。

 

「今もみんな戦ってるの」

「ゔん……」

 

「この戦いを終わらせないといけないから。一緒に行こう」

「でも゛…………でも゛っ! 僕には何も゛――‼︎」

「おかゆなら大丈夫」

「――――」

「いい。今から言う事を良く聞いて」

「――――」

 

 

 シオンはおかゆの耳元で全てを告げた。

 この作戦の全貌を。

 おかゆの呪の正体を。

 そして今2人に出来る事を。

 

 

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