叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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天命の乱③

 

 白銀ノエル。

 所有する呪は『豊穣の呪』。

 周囲の植物の成長を促進する力を持つ。

 

 呪の発症以来、農家として生きてきたノエルが戦場で活躍出来るはずもない。

 フレアやノエル本人もその自覚はある。

 だからノエルはフレア説得の鍵として使用される、と誰もが思っていた。

 

 しかし――――。

 

 

 

「3人とも‼︎ あと5分‼︎」

「「――‼︎」」(――‼︎)

 

 莉々華から1本の伝達。

 素早く呼応して奏がみこから半歩引き、ぺこらとはじめが必死にみこへと喰らいつく。

 ミオの身体であることは一旦忘れ、なりふり構わず無力化を狙って攻撃へ打って出る。

 

(何か狙ってやがる!)

 

 みこは警戒心を高め奏とノエルの動きに特別注目した。

 

 はじめ、ぺこら、奏の3人は怪我の影響で動きの質も数段落ちている。

 その上常にみこの魔法攻撃に神経を尖らせている為に隙が多い。

 

「てゃぁ!」

「んッ、にゃ‼︎」

「ふぐっ――」

 

 はじめの回し蹴りを片腕で受け止め、同時にタックルを仕掛けてくるぺこらの顔面を足蹴にする。

 はじめの動きが一瞬停止し、ぺこらは鼻血を噴いて大きく仰け反った。

 

「ぅぇやっ⁉︎」

 

 みこは無防備になったはじめの脚を片手で掴み軽々と持ち上げると、高く半円を描いてぺこらに振り下ろす。

 

「――⁉︎ はぢめぢゃっ――‼︎」

 

 降ってくるはじめの胴体をキャッチするも勢いは殺し切れず、はじめの体重を上乗せした衝撃を背中に浴びた。

 ぺこらの鼻血が噴出して抱えたはじめの髪に付着する。

 千切れた右耳の付け根からも再出血している。

 

 3人の戦いから僅かに引いた位置で奏が待機。

 更に遠くを走り回るノエルは持参した種を無造作にばら撒く。

 

 地中に隠れたわためはみこからの合図が来るまで手を出さず、ロボ子もわためが動き出すまで経過を観察していた。

 

 如何にも怪しい動きのノエルを押さえたいみこだが、フレアとの約束の手前下手な真似はできない。

 いや……約束自体は保護にしても構わないのだが、ノエルを殺したり重傷を負わせた所へフレアが来れば、怒りのままにミオの身体ごとみこを殺しかねない。それが何よりの懸念。

 

「――――」

「――!」

「へ⁉︎」

 

 みこがノエルの間近に瞬間移動した。

 面食らうノエルの手中からぱらぱらと真っ黒い種がこぼれ落ちる。

 

「――!」

「うわっ! ぁだっ‼︎」

 

 みこは素早くノエルを押し倒して四肢を拘束。

 ノエルが所持していた手提げが地に転がり、中の種の半分が1箇所に溢れる。

 みこは立て続けに転がった手提げに手を翳し、魔法を放った。

 

「あっぶ――‼︎‼︎」

「――⁉︎ チッ!」

 

 咄嗟に飛び込んで手提げを掠め取ったのはアキロゼ。

 手提げを抱えて走りつつ、乱雑に種を蒔いていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 莉々華との接続もあり、全力疾走は出来ないし息切れも早い。

 アキロゼは種を蒔きながら真っ直ぐにロボ子の下へ向かう。

 

「待て――!」

 

 ノエルの拘束を解いてアキロゼの進行方向へ瞬間移動。

 移動するなりアキロゼの腹を狙って拳を放つが、すっと躱されて掠りもしない。

 

「んにゃッ! ャッ‼︎」

 

 殴る蹴るをもう2発。

 しかし完全に見切られており、種を蒔きながら回避という究極の煽り行為を返される。

 

「たゃぁ‼︎」

「ん゛ッ!」

 

 そこへはじめが再来。

 間一髪、腕をガードに回して飛び蹴りの威力を弱めるも、アキロゼはするりと場を抜けてロボ子に荷物をパスした。

 

「わため! そっち止めろ!」

 

 種蒔きを始めたロボ子をわために任せ、みこは鬱陶しいはじめとぺこらの相手に戻る。

 地響きの中、再びみこと対峙するはじめとぺこら。

 

「いい加減――寝てろ!」

「ゅぐ‼︎」

 

 脇腹を撃ち抜く蹴り込みではじめの身体がふわりと弾き飛ばされる。

 ぺこらはその間に正面からみこに突っ込む。

 冷静に対応しようと体躯を回すみこの顔へ、ぺこらは種の混じった土を投げつけた。

 

「うに゛ゃッ!」

 

 単純な目眩しに引っかかる自称神。

 口に入った土を「ぺッ!」と吐き捨て、無意識的に後退しながら目を擦る。

 

「――!」

「にゃ――⁉︎」

 

 接近のチャンスと見た奏は本能的に駆け出して背後から脇の下に両腕を差し込んでみこを掴み、全体重をかけてその身体をひっくり返した。

 ぺこらはみこに覆い被さって胸元のネックレスを掴んだ。

 

「ラァッ‼︎」

「んぶ――」

 

 しかし顔面に2度目のキックをくらい、ダイヤモンドはするりと手中から抜け出る。

 ミオの黒い服に鼻血をどばどばと垂らし、ぺこらはまた仰け反った。

 そこへ遅れてはじめが加わろうとするが、目を開いたみこが背中の奏を引き剥がしてはじめに向かって放り投げたので、動きを止め先刻のぺこらの行動をなぞる様に奏を受け止めた。

 

「ぅっ! ぎゅぁ‼︎」

 

 受け止めた際、骨折した右手小指に衝撃が重なり激痛が走る。

 更に転倒して背中を地につけた事で、刺さったままだった小石が減り込み悲鳴を上げる。

 

 縺れた2人に駆け寄り、みこが追撃の拳を振おうとすると――

 

「うおおおおおおお!」

「――ィ‼︎」

 

 わための襲撃を率いた状態でロボ子が駆けてきた。

 相変わらず種は蒔きながらみこたちの戦場に介入。

 わためは地上に纏まった人を感知し、みこはロボ子とわための介入に驚いて攻撃をストップ。

 

 ロボ子はみこへと接近すると、遂にノエルの手提げを投げ捨てて拳を握った。

 

「おりゃあああ!」

 

 防御に回したみこの腕に拳がヒット。

 みこが後方に小さく跳躍しその着地とほぼ同時に、ロボ子の投げ捨てた手提げが地面に落下した。

 ぱらぱらと余った種が小さな山を作っている。

 

 準備は完了。

 後は設定した時間まで――

 

「あと5秒‼︎」

 

 不意にアキロゼが声を張った。

 

 4人の表情が引き締まり、みこは益々警戒心を強める。

 

 4――

 

 全員の動きを視界に収めようとするも、ノエルの姿だけは角度的に視野に収まらない。

 転移を逡巡するも魔法のタイムラグやクールタイムを考慮して放棄。

 あらゆるシチュエーションに備えて敵の動きを注視した。

 

 3――

 

 そこへぺこらとはじめが突っ込み攻撃を仕掛ける。

 みこは機動力のない拳や蹴りを軽くいなす。

 

 2――

 

「はい!」「あい!」

 

 息を合わせた動きでぺこらとはじめは身を引いた。

 すると入れ替わる様に2人の背後から奏がみこの眼前へ飛び出して来る。

 光り輝く長方形の物体を片手に。

 

 1――!

 

「――ッ!」

 

 突然突き出された眩い発光にみこは目を細めた。

 奏の握っているそれは――スマホ。

 黒い光の中に幾つもの数字が並んでおり、みこの目前に到達した途端、一件の通知と共にスマホが叫ぶ――‼︎

 

 

『起きてミオ‼︎ 奏ちゃんがいるよ‼︎』

 

 

 スマホから発される白上フブキの叫び声。

 そのたった一言でミオの魂は激動した。

 

 

 どくんっ――‼︎

 

 

「――ッ‼︎」

 

 

 みこが心臓をギュッと握り締めて大きく腰を折る。

 奥底で呼吸するミオの魂が、フブキの声に反応した。

 奥底で呼吸するミオの魂が、奏に会いたがっている。

 

 機械を通した声でも奏の発した言葉は確かに、深淵に眠るミオを呼び起こしている。

 

『ねえ! 早く起きてよ‼︎ みーおー‼︎』

「うッ――グッ――‼︎」

 

 ミオの全身からとてつも無い量の汗が滲み出る。

 激痛に見舞われた時よりも酷く激しく呻吟しながらも、ミオの魂の抵抗に抗う。

 

「――はっ!」

「ッ‼︎」

 

 ぺこらが再び奏の背後から飛び出し、みこに飛び付いた。

 弱ったぺこらでも渡り合えるほどにまで弱っている。

 みこの手を引き剥がしたりしてネックレスを奪い取ろうと必死だ。

 

『起きてミオ‼︎ 奏ちゃんがいるよ‼︎』

 

 アラームは止めるまでループする。

 震えるスマホの画面は最大音量である事を示し続けていた。

 

「いいっ加減っ――よこせっ!」

「ッ――グッ――ッ‼︎‼︎」

 

 みこは背中を丸めて血が滲むほど奥歯を噛み締めながら抵抗する。

 しかし次第に力が減少。

 みこは一瞬だけ力を振り絞って、声を張り上げた。

 

「ッ――わ゛だめ゛ェッ‼︎」

 

 呻き声の混じった掠れ声でわためを呼んだ。

 神の一声にわためは素早く呼応する。

 大地が――畝る!

 

「来た!」

 

 ここぞとばかりに莉々華が笑みを溢し、それがアキロゼに伝染した。

 

 乾き切った大地が揺らぎ、地面の至る所が隆起、陥没する。

 隆起と陥没に合わせて土や草、根が飛び散る。

 

「なんにゃ、こりゃ‼︎」

 

 大地の激震と共に散る植物の一部。

 突如として戦場に生い茂る植物たちにはじめは驚愕を見せた。

 奏もぺこらも同様に目を見張っていたが、はじめより切り替えが早い。

 

 きっとこれがノエルを活用した作戦なのだ。

 

「うわっ、と――!」

「びぃゃっ!」

(ひゃ‼︎)

 

 地盤が変形して皆のバランスが崩れる。

 はじめもロボ子も奏も大地の隆起と陥没に襲われて体の至る所を打ち付ける。

 そして――

 

(あっ‼︎ ああ‼︎)

『起きてミオ‼︎ 奏ちゃ――』

 

 かしゃっ、かんっ……ぴしっ!

 と奏の手中から落下したスマホが大地に弾かれて画面を砕かれた。

 スマホから流れていた音声は忽ち停止し、画面はひび割れに沿ってぐちゃぐちゃに乱れている。

 

 奏は何とか手を伸ばすが、スマホは大地に飲まれ、やがてグシャッ、と潰されて光さえも発しなくなった。

 

「こん゛っ……の‼︎」「に゛ッ…………ェ……‼︎」

 

 荒れる大地。

 舞い散る土と植物たち。

 

 その中でもぺこらはみこを依然として離さず、取っ組み合いを続けていた。

 しかし、スマホの破損により音声が止み、みこが徐々に力を取り戻す。

 

「は……なせッ……‼︎」

 

 ノエルとアキロゼは外野から戦場を監視。

 ロボ子、奏、はじめは大地の波に抗えずぺこらに加勢できずにいる。

 

 奏が慌ててポケットに手を突っ込むが、ロボ子がそれを制止する。

 

(あでっ)

「いだっ」

 

 奏の後頭部とはじめの額に丸い何かがぶつかった。

 それと同時に微かなニオイが鼻腔を、涙腺を刺激する。

 

 目を凝らして見れば、それは至る所で大地から跳ね上がり、すり潰され、押し潰され、強烈なニオイを発し続けていた。

 

 ニオイはやがて一帯に立ち込める。

 

 

「ゔっ……何……⁉︎」

「にゃ……このニオイ……」

 

 

 ぺこらとみこは異臭に顔を顰めた。

 そんな停滞した取っ組み合いに、ひとつの丸い物体が飛んでくる。

 地中から跳ね上がり、茶色の皮と土を被って……。

 

「いっで‼︎‼︎」

 

 ぺこらの千切れた耳の付け根に綺麗に直撃。

 反射的にみこから手を離し傷口を両手で押さえた。

 

 が、直後から襲い来るニオイに目と鼻の奥を焼かれ、手はそちらを覆う。

 目と鼻が襲われているのはぺこらだけではない。

 

 みこも、奏も、はじめもそうだ。

 

 距離を置いているノエルとアキロゼ、そしていつの間にかゴーグルを装着しているロボ子は例外だが、場にいる全員をその異臭が襲う。

 

「ん゛! にゃァァァッ‼︎ 目がッ‼︎ 鼻がァ‼︎」

「うぐ……ああっ‼︎ い゛でぇ……!」

「な! な゛ん゛に゛ゃごり゛ゃ!」

(目が痛い‼︎ 涙が……‼︎)

 

 一帯に立ち込める異臭の正体。

 それは――硫化アリル。

 つまり、必死に種を蒔き土地を枯らしてまでノエルがこの地に生やした植物とは――

 

(これ……‼︎ タマネギ⁉︎)

 

 目と鼻へのダメージとそのニオイから植物の正体に辿り着く一同。

 

 だがロボ子以外は戦場で身動きが取れない状況。

 朧げな視界に皆がロボ子を捉えるも、ロボ子は地震ばかりを警戒していてみこに襲撃する素振りを見せない。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と揺れの規則性が崩れ、大地が一層派手に暴れ始めた。

 

「うあっ!」「んに゛ゃ‼︎」

 

 激しい揺れに見舞われ、ぺこらとみこが縺れて転倒。

 両者とも未だに涙に溺れている。

 

(ひゃぁ‼︎)「びゃあ‼︎」

 

 奏とはじめも絡み合いながら転倒。

 ロボ子は何とか均衡を保ち続けた。

 

 今度は大地の暴れが一点に集中し始める。

 隆起や陥没が集約し……やがてその範囲が果てしなく狭くなると――!

 

「があああああああああああ‼︎ 目がァァァァァァァァァ‼︎」

 

 地上の者たちと同じ症状を訴え、わためが勢いよく飛び出した。

 

 空気の循環が少ない地中は、地上に比べて気体が充満しやすい。

 呪の力で暴れ回り、地中のタマネギを潰しまくったのだから尚のこと。

 

「出た‼︎」

 

 月下、涙の滝を撒き散らしながら高く高く跳ね上がるわため。

 ロボ子が、アキロゼが、その姿を視認した。

 

「ロボ子さん‼︎」

 

 莉々華の指示よりも早く、ロボ子は駆け出していた。

 

 ゴーグルのお陰で視界は良好。

 わための落下地点へ一足先に到着すると、その場で扉を開いた。

 

「異次元の工房へ、1名様ご案内‼︎」

 

 わための身体を掴んで勢いのまま異次元の工房へと押し込み、ロボ子自身も工房の中へと飛び込んだ。

 きぃ〜、ぱたん!

 

 

 ――――――――。

 

 

 異空間の扉が閉鎖し、わためとロボ子は戦場から姿を消した。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 照明が無くとも明るさを保った不思議な空間。

 球形の構造で、周囲には様々な武器や防具そして小道具が設備、または散乱している。

 

 きぃ〜、ぱたん!

 

 後ろ手に扉を閉め、ロボ子はわための悶絶を見張っていた。

 

「うううう! 目が! 目がいだい……!」

 

 ふらふらと千鳥足で目を擦りながら立ち上がろうとする。

 

「ここには地面が無い。戦いが終わるまで、ここでゆっくりしててもらうよ」

 

 わためを工房内に閉じ込める作戦は当初から莉々華が案じていた一計だ。

 うまく嵌ったようで一安心。

 能力の使えないわためは恐るるに足らず。

 

 惜しむらくは外出が自由である為に、ロボ子が見張りにつく必要がある事。

 だがわための脅威を取り払う事が出来るなら、安いものだ。

 

「うあああ! まだ痛いよぉ〜……あう〜〜〜」

 

 硫化アリルからの攻撃に解放されず、目が無くなりそうな程瞼を擦る。

 ロボ子はその光景をじっと見張る。

 

「うぐぐぐぐ……」

 

 千鳥足でよたよたと歩き、尚も戦おうとする魅了された狂気。

 ロボ子に突撃をしようとしたのか、テキトーに歩いたのかは定かでは無いが、わためは武器の山の中に自ら突っ込んで行く。

 

「――っ‼︎ わため‼︎‼︎‼︎」

 

 武器の山に突っ込むわために手を伸ばすが、もはや手遅れ。

 武器の山が倒壊して爆弾が散乱。

 次の瞬間――

 

 

 無慈悲な爆音と共に工房の内部は木っ端微塵に弾け飛んだ。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 わためとロボ子の消えた戦場では尚もタマネギのニオイが充満しており、戦場に立つ4人は身動きが取れていなかった。

 

「よし。わためさんの格納は完了」

 

 莉々華が展開を処理する為に一言口にする。

 だが同時に内心では不満を抱えていた。

 

(今の混乱でも発動しないなんて……)

 

 涙に溺れ、咳き込み、みこと縺れたぺこらを凝視しながら内心をアキロゼに無意識的に共有する。

 

 何にせよ、わためも居らずみこも行動不能な今がネックレスを奪い取るチャンスだ。

 莉々華の思考がアキロゼに共有され、アキロゼが動き出す。

 

 一歩踏み出した、その時。

 

 かちゃ――どおおおんっ!

 ざっ、ばさ…………。

 

 と異次元の工房の扉が開き、中からロボ子が投げ出された。

 

 きぃ〜ぱたん。と扉はひとりでに閉まり炎の外出は防がれる。

 

「……。ロボ子さん‼︎」

「――っ‼︎」

 

 一瞬の思考停止。

 次の瞬間にはアキロゼの足はみこではなくロボ子へ向かって動いていた。

 ノエルも慌てて駆け寄る。

 

「あつっ!」

 

 全身が焼け爛れ、爆散した武具の破片が至る所に突き刺さって流血している。

 服の一部は引火して未だに燃えている。

 

 アキロゼがその身を掬い上げようと触れると、指先を火傷した。

 それでも傷みを我慢して、真っ先に服を破り全身への引火を阻止する。

 

 口元に手を伸ばして呼吸を確認すると、息はしっかりと出来ていた。

 

「ロボ子さんを隅に寄せます。手を貸してください」

「分かった」

 

 ロボ子の身体をアキロゼとノエルで抱え上げて、戦いに干渉しない場所まで避難させる。

 

「ぇほ…………かほ…………」

 

 喉が焼けたのか掠れた咳をしてロボ子が重たく瞼を上げた。

 

「こぇ……ぅ……」

「大丈夫です。私の方こそ不注意で、ごめんなさい」

「は……たへ……か……」

「分かってますから、喋らないで」

 

 莉々華はロボ子の言葉を遮り、口元に指先を添えて黙らせた。

 するとロボ子は薄らと開けた瞼を静かに閉じた。

 

 眠りに落ちたロボ子の鼓動を触れた手から感じ安堵しつつも、ノエルは残酷な現実に向き合いきれず目を伏せていた。

 

「ノエルさん。すみませんがロボ子さんをお願いします」

「……え、でも……フレアは?」

「…………」

 

 ロボ子をノエルに預けると質問を無視して莉々華は戦場へと向き直る。

 

 

 まだまだタマネギのニオイは荒野に残っており、そのダメージは4人を襲い続けている。

 しかしわための退場により大地の揺れは止まった。

 

「クソッ。離れろ! このウサギ!」

「んぁっ!」

 

 みこはぼやけた視界で絡み合うぺこらの姿を捉えてその身体を蹴飛ばす。

 ぺこらはごろんと凸凹の地面に転がった。

 

 みこがかぶりを振りながら立ち上がり、ぺこらもまた目と鼻を擦りながら視界も足取りも覚束ないまま立ち上がった。

 

「ゔっ……うわっ、と……」

 

 みこもぺこらも立ち上がったはいい物の、足場と視界が悪く中々上手く直立できないでいる。

 そしてそれは、奏とはじめも同様だ。

 

「いだっ!」「いでっ‼︎」

 

 ごちんッ、とぺこらとみこのおでこがぶつかった。

 

「このッ!」

 

 ぺこらはみこに突き飛ばされて再度転倒。

 もう一度立ち上がる。

 

 ガシャッ…………。

 

 ぺこらの靴底から妙な感触と音が響いた。

 

「あぇ……? うぅ……」

 

「ッ――‼︎‼︎‼︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 ドクンッ。

 とみこの魂に亀裂が走った。

 激しい稲妻がみこの魂に轟く。

 

「ッ――グッ……‼︎ 何ッ……」

 

 2度の過去最高を塗り替えて、再び最大の苦痛に発熱するみこ。

 息を荒げ、片手を胸部に添える。

 その周辺を何度も触れてそこにあったはずの宝石が消えている事に今更気付いた。

 

「いづの……間に゛ッ……‼︎」

 

 混乱の最中にネックレスが千切れ、宝石を落っことしたのだ。

 それを今、偶然にもぺこらが踏んでしまった。

 ただそれだけの奇跡。

 

 ぺこらは自分が何を踏み砕いたのかを理解していない。

 奏もはじめも悶えるばかりで戦況を把握できていない。

 

 戦場を俯瞰する莉々華だけが、この全てを知っている。

 

 これこそがぺこらをこの戦いに組み込んだ理由。

 これこそがらでんさえも本人に明かすことの無かった、ぺこらの力。

 

 これこそが『富と幸運の呪』。

 尽きることの無いの財源を有し、幸運を運ぶ女神。

 幸運の使兎、兎田ぺこら。

 

「運が収束した‼︎」

 

 待ち侘びた運の収束。

 人生万事塞翁が馬とは言う物だが、一生涯において運は収束する。

 幸運があれば不運がある。

 トロイア戦争で死に抗うほどの幸運を発揮したぺこらは、その時点で一度幸運を枯らしてしまったのだ。

 その運が収束するまで生死に関わる程の強大な幸運は実現しない。

 

 本来であれば環境が整っていてもこの地に立てる程ぺこらは強く無い。

 莉々華が欲しかったのはこのひとかけらの奇跡。

 ぺこらの目的を絞り、明確化する事で不用意な幸運を避け、必要な不運と幸運だけを呼び寄せる作戦。

 

 全てはみこの魂のカケラを破壊する為。

 

「ッ、ぐッ……ァ……はァッ……はァッ……!」

 

 ヨタヨタと千鳥足で後退するみこ。

 発汗が凄まじくタマネギのニオイなんて完全に意識の外に飛んでいた。

 

「くッ……そッ……!」

 

 冷静に呼吸を整えようとする。

 

「奏! 今のうちに!」

(うっ、うんっ……!)

 

 莉々華の指示が飛び、奏も内心では呼応したのだが相変わらず3人はタマネギのダメージから解放されない。

 奏はポケットから何かを取り出し、細く目を開けて潤んだ視界の中にそれらを捉える。

 

「ッ――‼︎」

「――! 奏‼︎」

 

 みこは咄嗟に魔法を構えた。

 魂のカケラの破壊で能力値は急激に低下したが、軽く吹き飛ばす程度の魔法ならば余裕で放てる。

 はじめもぺこらも未だ蜃気楼の中。

 莉々華が信号を発するも意味は成さない。

 

 みこは奏の取り出した小さな2つの機材を奏ごと吹き飛ば

 

「おい」

「――⁉︎ガッ‼︎」

 

 静寂に包まれていたみこの背後から1人の声が響き、みこは咄嗟に振り返った。

 瞬間、顔面に強烈な蹴りが撃ち込まれ、みこの視界は真っ暗になる。

 

 痛快な一撃に闇より現れた少女が白い歯を見せた。

 

「一矢、報いたり」

 

 吹き飛ぶみこ。

 その陰から見える大きな2本の角はその内の一方が砕けている。

 夜空に煌めく銀河の様な髪を靡かせ、深淵より参戦した少女が叫ぶ。

 

「今だ‼︎ 奏‼︎‼︎」

 

 ぼやけた視界で顔の識別は出来ずとも、その声は確かに奏の記憶に残っていた。

 奏はにやりと悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、取り出したUSBデバイスを小型機器に接続……しようとして一度空振り。

 再試行して今度こそ接続完了。

 

 スピーカーが搭載された小型機器の電源ボタンを躊躇なく押し込んだ――

 

『迎えに来たよ‼︎ ミオ‼︎』

「――‼︎⁉︎」

『帰ろうよ‼︎ 私たちの日常へ‼︎』

 

 戦場に再び、白上フブキの声が響き出す――。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 パァン‼︎

 

 

 一発の銃声と共に2つの血飛沫が上がった。

 

「んぐっ‼︎‼︎」

「んな゛ッ…………ァが……!」

 

「ねねっ‼︎」

「ルーナッ‼︎」

 

 ルーナがねねの至近距離でリボルバーを現出して発砲。

 

 弾丸はねねの脇腹を撃ち抜いた。

 更にリボルバーを放ったルーナもまた発砲の衝撃で左肩の傷口が開き、リボルバーも暴発して消滅した。

 

「ねね! ねね‼︎」

「っ……っあ……」

 

 リボルバーの威力はマリンが扱う軽い拳銃の比ではない。

 ソニックブームを伴った弾丸は腹部を容易く貫通し、周囲の内臓を軒並み機能不全に陥れる。

 

 剣を捨てて倒れ込むねねを反射的に抱えるラミィ。

 膝を突いて素早く慎重にねねを横たわらせ、元より大きい声を荒げた。

 

「ねね! ねね! っ……‼︎ 大丈夫‼︎ 大丈夫だからしっかりしな!」

 

 早くも瞳が虚になり、手にした剣がからんと地に落ちる。

 

 ラミィは懸命に声を上げた。

 ねねの片手を傷口に乗せ、もう一方の手を汗と血まみれの手で握る。

 掛けた言葉は全て自分自身を冷静にさせる為のものだった。

 

「大丈夫‼︎ 治す! 治せる‼︎治せるから‼︎」

「ぁ……ぅ……ぶ…………」

 

 ねねの喉奥から血が逆流して吐血し口元が赤い飛沫で汚れた。

 身体機能のバランスが崩れた。体温も血流速度の低下も早過ぎる。

 間違い無く壊れてはいけない内臓に風穴が空いた。

 

 吐息が荒い。のに何かが詰まって息が上手く吸えていない。

 

 ねねの視界に暗幕が降り始めた。

 

 ラミィの叫び声が見える。

 耳鳴りが煩くて声は聞こえないが叫び声が見える。

 沢山の暖かい滴が顔に垂れて来る。

 

「ら……み……ぃ」

 

 溺れながらも声を発した。

 脳はまともに機能していない。

 だからこれはきっと本能だ。

 

 ねねの血塗れの右手が傷口を離れ、ラミィの胸に触れた。

 人差し指を立てて力の限り指を押し込むと指の先端に微かな弾力が返って来る。

 それでも変わらないラミィの表情へ、ねねは汚れた顔でにへっと笑った。

 

「げ……んき……だ、せよ……」

 

 儚く霞に消えて行くラミィの顔が、何故かとても愛おしい。

 

 機能していないと思っていた脳内に膨大な量の情報が突如として巡る。

 懐かしい光景ばかりが瞼の裏にありありと浮かぶ。

 景色の中には必ずラミィがいた。

 ねねは自分が思う以上にラミィが好きだったのかもしれない。と今際の際で自覚した。

 

 もう…………痛みはない。

 

 世界は真白に、静寂に包まれた――。

 

 

 

「ねね‼︎ ねね!ねね!」

 

 

 

 胸に触れていた指先がねねの腹の上へ静かに落ちた。

 どれだけ頭を揺さぶっても、ねねの苦し紛れの笑顔が崩れる事はない。

 固まり切っていない口周りの血が絶え間無く降り注ぐ雫によって流れ落ちて行く。

 

 

 

 一方、ラミィやねねを蚊帳の外にしてポルカはルーナに駆け寄っていた。

 

「ルーナ‼︎」

「ぐな……平気、だもん……ぐィッ!」

 

 ガリッと奥歯を噛み締めて血の滴る左肩を掴むルーナ。

 ポルカ相手にも決して気を許さず、反抗的な態度を取り続けている。

 

「大丈夫な訳あるかバカ! とにかく止血して――」

「大丈夫ッて言ってるじゃん‼︎」

「――‼︎ だから大丈夫じゃねェッつッてんだよ‼︎‼︎」

 

 ポルカが初めて激情のままに怒鳴った。

 

「このまま放ってちゃお前死んじまうだろうがッ‼︎」

「うなたん別に死んだっていいもん‼︎」

「だから!あたしがルーナに死なれたくないんだよッ‼︎ なんッでいつも分かってくれないんだよ‼︎‼︎」

 

 勃発する感情的な口論。

 ポルカは力一杯目を瞑って俯き、頭と耳を掻き毟る。

 毛が何本も千切れて指に絡まった。

 爪の間にも挟まった。

 

 感情のままに発狂するポルカの稀有な姿にルーナが一瞬怯み瞠目する。

 

 ポルカは瞼を上げて金の毛が絡んだ両手を見つめた。

 そこから徐に頭を上げるとルーナの足が視界に入る。

 ――その足の隙間から、奥にもう1本の足が見えた。

 

 ポルカは勢い良く頭を上げてルーナの背後を睨む。

 瞬間――鈍い閃光が筋を描く。

 

「な゛ッ…………」

「ァッ――!」

 

 盛大に血飛沫が上がりルーナがポルカに向かって倒れかけた。

 

「ふ――‼︎」

「な゛……ぶはッ……」

 

 ポルカの眉間目前に真っ赤な剣の先端が――

 

「ル゛ーナ゛‼︎‼︎」

 

 剣の先端がルーナの胸部を抜けてポルカの視界から消えると、バランスを失ったルーナの身体が力無く倒れ込んで来る。

 

「ぶ、かはッ……」

 

 前の減りに崩れながらルーナは大量に吐血した。

 唾液の混じった血がポルカの顔に正面から降りかかるが、瞬きさえせずに浴びながらルーナを抱き止める。

 抱き抱えた瞬間、ルーナの背中に回した両手が血塗れになった。

 

「ル゛ーナ゛! ル゛ーナ゛ァ‼︎」

 

 胸部の中央に空いた穴から絶え間無く血が溢れ出ている。

 背中もざっくりと美しく一筋に切り裂かれている。

 

「ァ…………」

 

 吐息も掛からないほど弱々しい呼吸。

 激しい鼓動の音がポルカだけに響く。

 

「ルーナ‼︎ 死ぬな‼︎ 死ぬなルーナ‼︎」

 

 荒々しい呼吸で懸命に呼びかけるが……応答はない。

 呼吸が止まった。

 

「ルーナ‼︎」

 

 ルーナを抱え喚き散らすポルカの前に真っ赤な剣を握って、ラミィが佇んだ。

 

 剣の先端から滴るルーナの血と共に、幾つかの水滴も地面に落下する。

 

「友達が死んでるって言うのに戦場で口喧嘩とかあんたらバカなんじゃないの‼︎⁉︎」

 

 握った剣が、言葉を発する唇が、ラミィの瞳に映る全てが震えている。

 

「ルーナ‼︎ ルゥーナァ‼︎」

 

 ポルカの叫びに何一つ反応が無いまま、ルーナの相貌から色が失せた。

 

「――‼︎ ルーナ‼︎ ルーナ‼︎ いやだ! いやだやだやだやだやだやだ‼︎ ルーナ! ルーナ! ルーナァ‼︎‼︎」

 

 全身を揺さぶると軽い頭は今にも取れそうな程に振れた。

 

「デメ゛エ゛ェェェェェェァッ‼︎」

 

 ルーナを地に寝かせ激情のままにポルカは剣を握った。

 

 憎悪が、連鎖する。

 

 カンッ、と2本の剣が交差し、剣に付着した血がポルカに散る。

 

 どす黒く澱んだ瞳が交わり両者を呪う。

 

「なんで! なんでねねの時にはそれがないの‼︎」

「――ぎッ――グッ――ウッ!」

「ねねは何もしてないのに何で死ななきゃいけないの‼︎」

「ふざげんじゃね゛ェッ‼︎」

「ふざけてんのはどっちよ‼︎」

 

 剣が重なる。

 金属が交わって火花が散る。

 怒号と金切音が荒野に響き渡る。

 

「好きな人なら何しても赦されるの‼︎⁉︎」

「だからッて殺すこたねェだろうがァ‼︎」

「身勝手な事言ってんじゃないよ‼︎先に殺したのはそっちでしょ‼︎」

「先に仲間を裏切ったのオマエらの方だろ‼︎」

 

 汚れた唾が撒き散る。

 何もかもが腐ってゆく……。

 

 互いを否定し全力で剣を振るう2人が嘗ての友であったとは、もはや誰も信じられないであろう。

 どちらかが死ぬまで……2人の戦いは終わらない――!

 

「はっ!」

「うッ!」

 

 攻撃モーションの隙をついてラミィはポルカにワインをかけた。

 真っ赤なポルカの顔が赤紫に変わる。

 

「グギッ……」

 

 ラミィの呪の力で瞬く間に酔いが回る。

 視界が更に歪んだ時、正面から斬撃が降って来た。

 

「グッ――‼︎」

 

 剣を地面と水平に構えて受け止めた、が……。

 次の斬撃は防ぎ切れない。

 

 濁りに濁った思考の端でポルカは死を予感した。

 正義と悪の入り乱れた斬撃がポルカへと振り下ろされた――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 真っ白に漂白された世界。

 足元を見下ろしても、天を見上げても、どこかもかしこも真っ白だ。

 

「……?」

 

 不思議な世界にポツンと置かれ色の異なる目をパチクリさせて視界の更新を試みるが、景色はずっと真っ白だった。

 

「ルーナ」

「――⁉︎」

 

 背後から懐かしい声が反響し咄嗟に振り返る。

 

「――‼︎ しゅば……!」

 

 色の異なる相貌に映り込んだのは、今は亡きルーナの想い人だった。

 黒の短髪にプレアデス星団の瞳が特徴的で、やや男勝りな性格。

 そう。大空スバルだ。

 

 甘く細められた瞳がルーナの姿を捉えており、その口元は緩んでいるがどこか固く見える。

 

「しゅば!」

「――!」

 

 ルーナが一歩踏み込むと、スバルは右掌を突き出して制止した。

 

「しゅば……?」

 

 数メートルか数センチかも分からない距離を空けたまま、ルーナは首を傾げる。

 スバルはため息をつきながら腕を下ろす。

 

「ルーナ。お前は来るな」

「……?」

 

 表情を変えないままスバルは小さく言葉を紡いだ。

 しかしルーナはこの状況も含め、何一つ理解が及んでいない様子。

 それでもスバルは言葉を続けた。

 

 

「ルーナに愛されてあたしは幸せだった」

 

「でもなルーナ。あたしはお前に、もっと幸せに生きてほしいんだ」

 

「あたしの為に命を無碍にするのはやめろ」

 

「仇なんか取らなくたって、あたしはお前に愛されてるだけで十分なんだ」

 

「お前が笑って生きてるだけで十分なんだ」

 

 

「しゅば……?」

 

 

「だからルーナ。お前は、お前を大切に思ってくれる人と生きろ」

 

「お前を大切に思ってくれる人を大切にしろ」

 

「まだ、こっちへは来るな」

 

 

「しゅ……ば……?」

 

 

「もうこれ以上、守護ってやれないからな」

 

 

 スバルの晴れやかな微笑みと共に、白昼夢の世界がひび割れ、爆ぜた――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 迫り来る剣の残光。

 ポルカは迫り来るその輝きを自らの死と重ねた。

 

「――!」

 

 赤く濡れた視界。その目先に真っ赤な剣の先端が突き付けられた。

 

「な……! がっ……ぶはっ……」

「ふェ……?」

 

 心臓を一突き。

 ポルカの感情の一切合切が瞬時に吹き飛び、声が溢れた。

 

 身体を貫く剣が引き抜かれると、ぶしゃっと胸からも背中からも血が噴出し、支えを失った身体が倒れた。

 

「ぁ……ぅ……ぁが…………」

 

 貫かれた心臓から大量の血が地面に広がって血溜まりを作り、水色の長髪を赤く赤く染めて行く。

 

 全身が凍る様に冷たい。

 ねねへと数ミリ這いずった。

 全身は直ぐに凍りついた。

 

 口と鼻から血を垂らし――雪花ラミィは命を手放した。

 

 

 

 超常的な光景にポルカの身体が悴む。

 身体が悴むのに、全身は熱を帯びて行く。

 目元から筋を作ってワインが垂れた。

 

「ルー、ナ……」

 

 掠れて擦り切れた声が吐息の様に溢れた。

 

「……」

 

 地に臥すラミィを挟んでポルカの正面に、ルーナが立っていた。

 ポルカは滝の様な涙を流し瞳を覆う真っ赤な汚れを洗い流す。

 

「ルーナ……あッ、うあッ……うッ……ルーナ‼︎」

 

 剣を捨てて踏み出したポルカは何度も足を滑らせて、手を土や人肌に突いたが、何度も立ち上がりやっとの事でルーナを力強く抱擁した。

 

「ルーナ、ルーナ、ルーナァ…………!」

 

 ルーナの両腕の上から抱き締め彼女の血塗れた服に顔の汚れを塗りたくる。

 

「ァ…………」

 

 ポルカからの抱擁にルーナは瞳を彷徨わせる。

 右手に握っていた剣を消滅させると、剣が吸い上げたラミィの血が纏まってべちゃっ、と地面に落下した。

 寒い夜風が血を乾かして行く。

 

「よがっだァ……よがっだよォ……ごめん、ごめんよォごめんなァ……怒鳴っちまッてごめんなァ……‼︎」

「…………」

「文句言っでごめんなァ……もゔッ、もゔなにも゛文句言わねェがら゛ッ! 何しでもいいがら゛ッ、死なないでぐれ゛ェ! どごにも゛行がないでぐれ゛よォ……!」

「…………ぽ、りゅか……」

 

 子供の様に泣きじゃくる様にルーナは戸惑う。

 

「お前を゛、お前を゛愛せるだげでじあわぜだがらッ‼︎ それ以上望まねェがら゛ッ‼︎ だがら゛ッ、ルーナッ! お願いだよ゛、ルーナッ! ルーナァッ……‼︎」

 

 ルーナは月の上がった星空を見上げ、鮮やかな目を細めた。

 ポルカの慟哭を聞き、白昼夢での出来事を思い出す。

 

 

(どうして……気が付かなかったんだろ……。こん――なに、愛されて、いたはずなのに……)

 

 

 ルーナは拘束された腕を動かそうとしたが、ポルカの力が強く動かせなかった。

 

「ぽりゅか……」

「るーな……るーなァ……るーなァ……」

 

 小さく呼んで、しがみつくポルカに合わせながら静かに腰を落として行く。

 ルーナの服は気が付けば涙と鼻水で血も滲む程グショグショだった。

 

 地に膝をつくとポルカの抱擁の力が若干緩んだので、ルーナはここぞとばかりに両手をポルカの腕に這わせて優しく掴んだ。

 まだ少し冷たいルーナの手の感触にポルカは薄汚れた顔を上げ、色の異なる鮮やかな相貌を見つめる。

 ルーナもポルカの顔を見上げる。

 

 ポルカの瞳はミラーボールの様で美しかった。

 耳も思っていたより高い様でルーナの低い視線からもその先端が見える。

 掴んだ腕もルーナが思っていた程華奢じゃない。

 

「ごめんね」

「ん゛ー……あだじごぞ――」

「もう――しゅばに固執しないから」

「う……ェ…………」

 

 続くルーナの言葉にポルカは困惑し涙も鼻水も止めた。

 

「だからこれからは――もう少し、自分の命……大切にしよ」

「あ…………ァ……う、ん……」

 

 突然の豹変にポルカは怖気立った。

 

「ルーナ、お前…………」

「うん」

「いや……分かった」

 

 ポルカは血と涙と鼻水の混ざった唾液を飲みこんだ。

 ルーナは儚く微笑むと、眉をキリリと立てた。

 

「じゃあ、行こう」

「え……どこへ……」

「みこちのとこ」

「何を、しに……」

「しゅばの事には固執しない。でもうなたんはしゅばの選択を信じてる。だからこれからもみこちにつく」

 

 ルーナは語気を強めて己の意思を語った。

 目を見張る変貌ぶりにポルカはポカンと口を開けていた。

 

「ぽりゅかは?」

「……ルーナの行く所に」

「……なら、行こ」

「――ああ」

 

 ポルカは顔の汚れを服で拭った。

 

 そしてルーナとポルカは心持ちを新たに――みこのいる戦場へと駆けて行った。

 嘗ての仲間を置き去りにして……。

 

 

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