叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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天明の乱④

 

 陽光が潰え、月光はまだ差し込んでいない荒野の一部。

 轟く星と、煌めく雷光と、真っ赤な灼熱が輝きを放っていた。

 

 炎と電気、2つのプラズマの衝突で爆発が発生。

 その爆煙に身を隠して流星の如く殴り込みに行くすいせい。

 

「――‼︎」

「ん゛ッ――‼︎」

 

 両腕を防御に回して拳を防いだフレアだが、パワーで押し込まれ高所から一気に叩き落とされた。

 ドゴッ、と大地に半身埋められる。

 防御に回した腕と地に直撃した背中の骨が盛大に折れていた。

 しかしそれも僅か3秒で完治。

 埋まった身体を起こして地に立つ、と同時に――

 

 ぴかっ、と稲光が発生。

 刹那の遅延と共に落雷がフレアの身を焼き焦がした。

 

「…………」

 

 ボッ。

 

「ちっ。だりぃな」

 

 地に降り立ち、すいせいはトワの隣に並び立って土煙の中の炎を睨む。

 熱気と静電気を全身に感じる。

 

「こっちのセリフなんだけど」

 

 灯火が煙幕から声を放つ。

 バチバチと炎の弾ける音を散らしながら、フレアが煙から抜け出した。

 ボロボロに破けた服に代わり、炎が全身を覆っている。

 

「また服買いに行かなきゃいけないじゃん」

「なら今すぐ買って来いよ。その方があたしらも助かるからさ」

「あんたらに弁償して欲しいんですけど」

「はっ、お前が買って来たら金くらい出したるわ」

「あァ……あんたは分かんないタイプだったね」

「は?」

 

 フレアは熱気の籠ったため息をついた。

 すいせいはフレアの発言を頭から取っ払い迎撃態勢を取る。

 そしてトワに身を寄せる。

 

「好きに動いて」

「分かった」

 

 トワがすいせいの動きに合わせる事は難しい。

 だからすいせいがトワの動きに呼応する。

 

 トワは首肯し両手に電撃を溜めた。

 

 フレアの瞳が赤く燃え上がるように煌めく。

 すいせいの星の瞳が輝く。

 

「――‼︎」

 

 ボンッ、とフレアの四肢から爆発が発生。

 エンジン全開で飛び出して驚く暇も与えず肉薄。

 勢いに乗せた飛び蹴りをトワの顔面に放った。

 

「ちっ――」

「おぁっ⁉︎」

 

 すいせいがトワを押し除けて自ら標的になる。

 トワが尻餅をつく寸前、すいせいのクロスした両腕にフレアの右足が激突。

 僅か1メートル、後方に滑る。

 すいせいの肉体に対しては然程脅威にならない威力の蹴り。しかし、フレアの攻撃は常に二段構え。その二段目の攻撃こそが真価である。

 

「っ‼︎‼︎‼︎」

 

 フレアと接触した両腕への熱が急激に上昇し危機感を覚えたすいせいは、咄嗟に身を伏せる。

 直後、頭上を円筒状の炎が通過して髪に引火した。

 

 熱風だけで身が焦げそうな火力。

 一気に全身汗まみれとなる。

 

 髪の一部がちりちりと燃えているが、消火する暇などない。

 フレアが自由に動き回る前に、すいせいは屈んだ状態からバネを効かせてフレアの腹部に頭突きした。

 

「グッ――ん!」

「ぃあづっ‼︎」

 

 腹と脳天の接触に合わせフレアが腹に炎を纏めてオート迎撃を行う。

 すいせいの髪に更に引火し頭が赤く燃え上がった。

 慌ててフレアの身体の適当な場所を掴み、垂直に地へ投げ捨てる。

 

 地面へ激突したフレアの片足が粉砕した音が響いた。

 が、フレアは一切怯まず上体を起こして着地態勢を整えるすいせいに業火を放つ。

 

「ちっ‼︎」

 

 空中での回避は不能。反射的に両腕を防御に回したが、炎相手には無意味に等しいと理解はしていた。

 

 目前にクロスした両腕の向こう側に真っ赤な炎が見え焼身を覚悟した刹那、ばちっと言う聞き慣れた音と共に稲光が視界に横入りし――すいせいの目前で炎と衝突。

 強烈な閃光を放って爆発した。

 

「んっ、ぅ――!」

 

 至近距離から爆風を浴び、すいせいの身体は吹き飛んで行く。

 両腕の半面を火傷したが爆風のおかげで頭の火が消えた。

 上手く身を回して華麗に着地すると、すいせいはトワとフレアを同時に視界に捉える。

 

 トワが放電で威嚇しながらフレアを睨み付けて牽制していた。

 対するフレアはその視線など毛ほども意に介さず損傷した片足を再生させてすいせいに視線を返す。

 

 正三角形を作るように3点に佇み、爆風と爆煙が収まるまで待った。

 

「……っち。髪が少し焼けちまったじゃねぇか。ハゲたらどうしてくれんだてめぇ」

 

 頭に触れて一部の焼けた髪の感触を確かめる。

 

「……あんたの容姿の醜悪さなんて今更じゃない」

 

 フレアはすいせいの身体を上から下まで見直して、嘲笑うように返した。

 直後ぴかっと雷光。

 フレアの頭上から雷が落ちて地響きが起こる。

 

「……」

 

 すいせいがトワを一瞥すると、何やら口先を尖らせて眉をきりりとさせていた。

 その姿が落雷で発生した土煙に撒かれて見えなくなると、すいせいは神経を尖らせてフレアの影を凝視する。

 

 ボッ、と煙幕の中で赤い灯火が浮き上がった、刹那――

 

 燃え上がるフレアがすいせいの目前に飛んできた。

 

「――‼︎」

 

 右手へ飛び退くと燃え盛るフレアが伸ばした右足から通過していき――すいせいと横並びになった瞬間、全身から爆発を起こす。

 熱風に全身を揉まれ、すいせいの露出した肌がまた少し焼けた。

 爆風に乗って後方へと距離を取り、滞空中にトワを一瞥。

 やはりすいせいとフレアの動きを目で追うのがやっと様子だ。

 スバルからの恩恵は健在だが基礎スペックで明らかにトワが見劣りしている。

 炎に対してはトワの電撃が有効だが、肉弾戦はすいせいしか担当できない速度。

 既にどちらかが死んでいてもおかしくはないのだが……。

 

 

 すいせいは身軽に着地してゆさゆさと髪を振るった。

 

(手加減してやがるなコイツ……)

 

 すいせいは自分たちの被害状況からそう分析した。

 そもそもフレアは過去にみこと衝突しトロイアを崩壊させるような怪物。

 2対1とは言え、この二人相手にここまで手間を取ったりしない。

 

(……が、意図が読めねぇ)

 

 すいせいには手加減をして時間を無駄にする意味が分からない。

 戦いたく無いのなら戦わなければいい話だ。

 

(……まあいい。もう時期月が昇る。そうなりゃあたしの速度には付いて来れなくなる)

 

 そうなればフレアが何を企んでいようと脅威にはならない。

 

 

 再びフレアが爆煙を振り払ってすいせいに突撃する。

 今度は面と向かって突っ込んできた。

 すいせいは先程と全く同じ様に右方向へ軽く飛び退く。

 だがフレアは計算済みと言わんばかりの表情で身を回し、僅か0.2秒にも及ばないすいせいの滞空の隙を突いて左手から炎柱を放――

 

「グッ‼︎」

 

 フレアの下顎に衝撃が走り、キィーンと耳鳴りが響く。

 一瞬歪んだフレアの視界にすいせいの蹴り上げた左足が映り込む。

 

「――ん‼︎」

「っ⁉︎」

 

 すかさずフレアがすいせいの左脚首を握った。

 

「ぁっ、づ――‼︎」

 

 ジュー……と焼ける音が足首から全身に響き渡り、左脚が高熱を帯びて行く。

 フレアの左手からボッ、と発火しすいせいの足へと燃え広がる。

 すいせいは脱力して掴まれた足を軸に振り子の様に頭を地面へ向けると、右手を地に突き右足を振り抜いた。

 

「ふッぶ――」

 

 フレアの右頬にクリーンヒット。

 血と混ざり合った唾液が数滴飛散する。

 それでも手を離さない。

 燃え広がる炎がすいせいの左足の先端に集中している。

 左足の感覚が無くなってきた。

 

「ぢっ‼︎」

 

 すいせいは苦肉の策で周囲に矢を生成し、フレアの左腕を串刺しにした。

 

「ッ⁉︎」

 

 フレアの左腕に幾つも矢が突き刺さり、一瞬力が緩んだ――そのチャンスを逃さずすいせいは右足でフレアの手を払いのけ拘束を解く。

 すいせいは両手を地に突き、そのバネで後方へ跳躍しフレアから距離を置く。

 右足から着地して左足を添える様に地につけるとじんと痛みが波打った。

 だが回転の勢いで左脚に広がった火は消えている。

 

「――‼︎ お前……脚が……!」

「大丈夫、平気」

 

 すいせいの着地時に漸くトワが足の負傷に気付く。

 左足首に黒く掴まれた痕が出来ており、そこから広がる様に赤い腫れが連なっていた。

 

 すいせいは顔色ひとつ変えず一瞥と共にトワへ返すが、軽傷でない事は明白だ。

 

 

(くそ……目で追うのがやっとで割り込む隙がねぇ……)

 

 トワの身体能力では2人の速度についていけない。

 かと言って動きが読めも見えもしない2人の攻防に電撃を放てばすいせいに命中する可能性があり危険だ。

 

(トワの方が……役立たず……‼︎)

 

 すいせいの怪我では足手纏いだ、などと口にしておきながら、トワはすいせい以上に動きが悪い。

 呪の性能差は抗えないが、それでも歯痒い。

 

 

 トワは2人の攻防に巻き込まれず、但し直様飛び込める間合いを保ち目を凝らす。

 

 すいせいは重心をやや右半身に傾けて佇み、フレアは左腕に刺さった矢を焼き尽くす。

 

 矢の燃え滓が地に降り注ぎ消滅すると同時、すいせいとフレアが地を蹴った。

 

「ぃ――」

 

 熱から解放されたすいせいの左脚に感覚が戻っていた。

 踏み込みの際、痺れるような激痛が左足から迸り顔を顰め体勢を崩してしまう。

 すいせいの体幹のブレを目視しフレアは更に加速。

 

 この戦いは一瞬の隙が命取り。

 

「ふ――‼︎」

「かっ‼︎」

「――‼︎‼︎」

 

 すいせいの背後に回ったフレアの手刀がうなじ付近を強打。

 気絶はしなかったが激しい耳鳴りと共に意識が揺らいだ。

 すいせいはがくっと両手両膝をつき、反射で唾液を垂らす。

 

 昏倒するすいせいの背後で炎が槍を形作った。

 

「……」

「……!」

 

 すいせいの中で危機感だけが脳を刺激する。

 大量の発汗。

 

 すいせいは壊れた機械のような動きでトワに視線を向けた――

 

(なっ――)

 

「ゔ……」

 

 炎の槍が腹を貫いた。

 

「ッ――⁉︎」

 

 フレアが慌てて炎の槍を引き抜き消滅させると、戦慄の表情で数歩下がる。

 

「ゔ……っは……」

 

 ダメージの酔いから覚めたすいせいもまた慌てて振り返り確認する。

 たった今、すいせいの身体を突き飛ばした――トワの姿を。

 

「とぁ……」

 

 転倒したすいせいの間近で、トワは腹部に半径5cm程の風穴を空けられていた。

 口と鼻からじわりと血を滲ませ、腹の傷口は微かに引火している。

 すいせいの見上げた瞳はゆらゆらと虚に揺らいでいた。

 

「とわ……!」

 

 自立する力を無くしたトワがすいせいに向かって倒れ込んだ。

 本能的にその身を抱き抱え、すいせいは全身を使ってトワの傷口を塞ぐ。

 傷口の微かな火がすいせいの胸と右掌に触れたが、熱さを感じる間もなく鎮火した。

 

「トワっ……トワっ……!」

 

 すいせいが覇気なくトワに語り掛ける。

 しかし、トワの生命力はみるみる失われて行く。

 

 その光景を前に、フレアはすいせい以上に息を荒げ、全身に汗を滲ませていた。

 

「ッ……く……」

 

 口内に溜まった唾を飲んでトワの背中を凝視する。

 

「ッ……こ、殺すつもりなんか、無かったのに……きゅ、急、に……飛び込んでくるから……!」

 

 誰に対しての弁明なのか……フレアは必死に口をパクパクと動かしていた。

 

「ゅ、急所は外すつもりで……。そう……、……そう……! あたしは……! あたしは悪くないから……‼︎」

 

 瞳孔を広げて声を荒げるフレア。

 対してすいせいはトワを抱きしめ、小さく揺さぶり語り掛けるばかり。

 

「トワ…………トワ…………トワ…………」

 

 トワの意識はもう、そこには無かった。

 

「…………これで、分かったでしょ……追ってこないでよ」

 

 すいせいの戦意喪失を見て取ったフレアは最後にそう言い残して空高く飛び上がった。

 そして、みこたちの戦場へと飛翔していってしまった……。

 

 

 

 荒野にぽつんと残されたすいせいは意識のないトワを抱え、夜の寒さに震えていた。

 

「トワ…………トワ…………」

 

 胸中のトワは気絶しているがまだ脈がある。

 しかし、そう長くは保たないだろう。

 一刻も早く治療を受けさせたいが……

 

「……――‼︎ そうだアイツがいる……‼︎」

 

 脳内に閃く最も容易な手段。

 AZKiの力を使えば例えトワが死んでも蘇生できる。

 息のあるうちはそらでも問題ない。

 

「トワ、もう少しだけ耐えて……!」

 

 思い至れば即行動に移す。

 トワの身体を慎重に背負うと片手でスマホを取り出した。

 

「そらちゃんは……」

 

 まずはそらに電話をかける。

 

「……、……、……」

 

 逸る気持ちをトワの脈を感じる事で落ち着かせ、片足を揺する程度に留めていた。

 コール音ばかりが右耳に響き続け、やがて留守電に変わる。

 

「――っ!…………くそっ、出ねぇ……莉々華に聞こう」

 

 スマホを握り潰しそうな怒りを腹の底に収め、あくまで冷静を装う。

 そして直ぐに莉々華へと着信を入れた。

 AZKiの連絡先は持っておらず、これが最後の頼みの綱。

 

 1コールの間に何度心拍音を聞いたか……。

 

 何度も何度もコールがかかる……。

 

「出ろ…………出ろよ……!」

 

 …………。

 

「出ろって……!……出てくれ頼むっ……‼︎ 頼むから……っ‼︎」

 

 ――――。

 

「――なんで出ねぇんだよクソが‼︎‼︎」

 

 荒野に轟音が広がる。

 

 

 力んで振り翳したスマホを掴む右腕を掲げながらも、無性に理性的にスマホを投げ捨てるような真似は出来なかった。

 やりどころの無い怒りを内側に押し込めてすいせいはトワを抱え直す。

 左脚がじんと痛んだが、己の事などかなぐり捨てる。

 

「おっきい声出してごめん。2人のどっちか探してすぐ治してやるから」

 

 トワに激しい衝撃を与えないようすいせいは小走りに駆け出した。

 とにかく先へ。

 少なくともAZKiはすいせい達よりも先へ進んでいたから。

 先へ進めば必ずAZKiに会えると信じて、走る。

 

 走る、走る、走る――。

 

「――っ!」

 

 やがて1つの人影が見えた。

 荒野には満月の明かりが降り注いでいる。

 

 その月明かりに照らされる人へ向かってすいせいは一直線に進んだ。

 人影もまた牛歩ながらすいせいの方へと歩んでいる。

 

 2人の距離が50メートル程になって漸くすいせいは人影の正体を知る。

 

「っち‼︎ なんだてめぇかよ!」

「……っ! お、前……‼︎」

 

 人影の正体は――宝鐘マリンだった。

 

 期待外れ以上の落胆を見せ、悪態だけ付くとすいせいは先を急ごうとした。

 マリンの表情や容態に一瞥もくれず、当てつけに肩を掠める。

 

「っ! 待て……!」

「黙れ。急いでんだよ」

 

 マリンの静止は聞かず歩幅も緩めない。

 だからマリンはすいせいの片腕を掴んだ。

 

「――ち‼︎ 触んじゃねぇ! トワが落ちるだろうがっ!」

 

 容易く振り払われるが、すいせいに足を止めさせ振り返らせる事が出来た。

 マリンはすいせいの力強さに振るわれてバランスを崩し、尻餅をつく。

 だがそのまますいせいを睨み上げる。

 

「お、前……フレアは……っ、どう、した……‼︎」

「関係ねぇだろ!」

 

 腹に溜まった怒りを吐き捨てる様に叫び、すいせいはまた歩き出す。

 マリンはすいせいの焼け爛れた左脚を掴んだ。

 

「ぃ゛っ――てぇなぁ‼︎ そこに触んじゃねぇよババア‼︎」

「ふぐっ――――」

 

 すいせいの道を妨害するマリンの顔面を蹴り飛ばし怒号を放つ。

 マリンが満月の夜空を仰いで倒れた。

 そんなマリンの腹に剣1本ほどの穴が開けられ、出血している事に今更気が付き、すいせいは瞠目する。

 

「ふ、れあ、が……飛ん、でくのが……見えた……」

「っ――」

 

 微かな動揺の間にマリンは口を動かす。

 切れた唇と口内から血が広がっていく。

 

「はやぐ……止めろ……‼︎」

「それどころじゃねぇ‼︎ トワが重症なんだよ見りゃ分かんだろうが‼︎」

「分かって……言ってん、ですよ‼︎」

「うがっ――」

 

 反発するすいせいにマリンは力を振り絞って突進した。

 マリンが真っ先に地に伏し、立て続けにトワを下敷きにしてすいせいが背後に転倒する。

 

「――‼︎トワごめっ‼︎」

 

 大慌てでトワから離れて呼吸や脈を確認した。

 

「デメぇぁああ‼︎」

「ぶっぐ‼︎」

 

 激昂したすいせいがマリンの傷口を力一杯踏みつけると、ぶしゃっ、と腹と背の穴から血が噴き出る。

 

「じ……か、が……お、ぢぃ……」

「あああああ⁉︎」

「ぶっ――――あ゛…………がぁ…………‼︎」

 

 もう一度潰されて吐血し悶絶する。

 

 憤怒に侵蝕されるすいせいは縮こまるマリンを睥睨していると焦燥感に駆られる。

 時間の無駄だ。

 今は1分1秒が惜しい。

 

 すいせいはトワを抱え直そうとした、が――

 

「ま、で……‼︎」

「ぎ――‼︎⁉︎」

 

 マリンもまた己を捨てて食い下がる。

 

「時間が、惜しい――‼︎」

「こっちのセリフだ‼︎ 邪魔すんなよ‼︎‼︎」

 

 マリンは大きく息を吸った。

 

「フレアは、もうお前にしか止められない゛っ――‼︎‼︎」

「うる゛っせぇ‼︎ トワを見殺しに出来るかぁぁ‼︎‼︎」

「これまでの犠牲を――‼︎ そいつの犠牲を――‼︎ 無駄にする気かぁっ――⁉︎」

「ざっげんなっ‼︎ トワは死なせねえ‼︎」

「身勝手な事、言ってんじゃねぇぞ……‼︎」

 

 マリンは一度這いつくばって執拗に呼吸を繰り返した。

 喘ぐ様に空気を求め、また大きく息を吸う。

 

「これが今までっ、お前たちのして来た事だろ」

 

 初めてすいせいが、マリンに気圧された。

 

「お前も! 私も! その責任を取る時が来たんだよ‼︎」

「ぅ――…………お、まえ……」

「罪と責任から逃げるんじゃねえっ――‼︎」

「っ――ぐっ…………う、ぎっ…………‼︎」

 

 マリンの迫力を前にすいせいは葛藤する。

 すいせいの力んだ両手がぱきぱきと音を鳴らし、強く噛み締めた歯がぎりぎりと擦れ合う。

 乱れた息遣いが交互に聞こえる。

 

 満月が2人を明るく照らした。

 

「早くしろ! 時間が、ねえ!」

「――グ、っソ、がぁああああああっ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

 荒野にすいせいの咆哮が轟いた――。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 こちらもまた荒野のとある区画。

 2本のツノと羽を生やした金髪の悪魔と、高身長で長過ぎない青髪の女性が向かい合っている。

 

 豊満な胸で麗しい顔立ちの悪魔は正に絶世の美女。

 相対する全ての者がその呪に関わらず目を奪われてしまうと言っても過言では無い。

 現に、その美女――癒月ちょこと対峙する火威青もまた、ちょこの一挙一動に見惚れていた。

 

 しかし、青の心の揺れを概ね把握しておきながら、ちょこは呪を使う気にはなれなかった。

 否――正しくは、使えなかった。

 それは刻印を残す呪とは異なる、心に刻まれたノロイ。

 

(弱点もバレてるってわけね……)

 

 敵に莉々華がいるのだから当然の話。

 ちょこは青と適切な距離を保ち、精神を宥めた。

 

「いや〜噂に聞いていた通り、本っ当に美しい女性だ。釣られてしまう子たちの気持ちもよく分かるよ」

 

 青は薄暗い中で目を凝らしてちょこを見つめ、大きく爽やかに髪をかき上げながら大きな独り言を呟く。

 

「うん。眼福眼福」

 

 そして顎に手を当て大きく頷く。

 

「…………」

 

 ちょこは顔を顰めた。

 

 脈拍が速く冷や汗が止まらない。

 忘れかけていた過去が……フラッシュバックする。

 

「……? 大丈夫? 心無しか顔色が悪く見えるけど……」

「……ご心配痛み入るわ。本心からそう思うのなら、直ちにちょこの前から消えてほしいわね」

「う‼︎……中々傷つく……けどめげない僕‼︎」

「……」

 

 容赦のないちょこの口撃に青が胸をきゅっと締め付けられた様な素振りを取る。

 ちょこは鬱陶しい程大袈裟な動きから、青自身ある程度顔立ちが整っている自覚があると読み取れた。

 だが加えて、ひとつの不可解さも見えてくる。

 

 それは青が如何にもな自然体に見える事。

 事情知っての振る舞いとは到底思えない。

 

(まさか……知らない……?)

 

 青がちょこの事情を知らないだけでも、ちょこの心持ちは大きく変化する。

 とは言え戦いへの影響は大差がない。

 

 どれだけ相手が非好戦的であろうとも、ちょこの防衛本能が青へ近寄る事を拒絶してしまうから。

 

(逃しては……もらえないでしょうね)

 

 青がちょこの弱みを知らないなら、下手に逃げて苦手意識を悟られたくない。

 確実に逃げ切れる自信があればそれも手だが、生憎ちょこはスバルの恩恵を考慮しても身体能力値の自己評価が相当低い。

 少なくともスピードとスタミナで勝っている確信が得られない限り、自ら行動を起こす事はない。

 

 

 そして青もまた、戦闘に関しての自己評価が果てしなく低い。

 こちらも下手に手は出さず、美貌を見詰めるのみに留める。

 

 

 こうして、2人の戦場は完全な膠着状態へと陥った。

 

 

 時折青からアプローチを掛けたりするも、ちょこが気を許す事はなく、容易く容赦無く突っぱねられてしまう。

 無言で睨み合ったり、隙を窺ったり、周囲を見渡してみたり、遠方の音に耳を澄ませてみたりを繰り返して時間が過ぎて行った。

 

 そして満月が完全に夜空に浮かび上がった頃、膠着状態が遂に破られる。

 青でもちょこでもない、第三者によって――

 

「……! おっとっと……」

 

 何度目かも分からない唐突な青の呟きにちょこは慣れてしまい、今回も特に言葉の内容を深読みしようとは思わなかった。

 言葉を流す様にそれでも青から目を離さず、小さく息をついた。

 

(うん――マズイ‼︎)

 

 青が美しく微笑む。

 その微笑にちょこが顔を顰めると同時――

 

「――ちょこせんせー‼︎」

「――⁉︎」

 

 背後から聞こえる幼い声にちょこは思わず振り返る。

 すると暗闇の中にこちらに向かってくる2人組が見えた。

 

「ポルカ。ルーナたん」

 

 その2人組とは、ひとつの山場を超えたポルカとルーナだった。

 ちょこは一度青に視線を戻そうとしたが、ルーナの悍ましい程の汚れが目に止まり瞠目して動きを一瞬止めた。

 

「ッ――何よルーナたんその血は‼︎⁉︎」

「これはへーき」

「平気ッて――でもその血の量‼︎」

「今は怪我1つねェから大丈夫なのら」

「それよりちょこ先生。今のは?」

「今の……?……ハ‼︎」

 

 ポルカの問いで我に返り振り向けば、もう青の姿は見えなかった。

 

「くッ、逃げられた」

 

 好都合であり不都合。

 ちょこが自由になった事は大きいが、折角ならこの2人に任せたかった。

 恐らくこの2人なら難なく殺せた。

 

「敵?」

「ええ、まあ……でもいいわ」

 

 ちょこは胸をひと撫でして平常心に戻す。

 

「……みこちのとこへ行くわよ」

「ふな」「ああ」

 

 ちょこの意向に2人も同意。

 だからこそここで鉢合わせている。

 

 ちょこを先頭にみこが戦っていると思われる方角へ駆け出した。

 その時、3人の上空を1つの火球が一直線に、3人の進行方向へと飛来していった。

 

「ッ!」

「今の!」

「ええ、あの人ね」

 

 間違いなくフレアだ。

 彼女もまた同じ目的地へ向かっているらしい。

 

「私たちも急ぐわよ」

「ふな」「ああ」

 

 一度止めた足を再び前へと進めた。

 そしてちょこはルーナを一瞥して、こう切り出す。

 

「それよりルーナたん、何かあったの?」

「いや、特に何も」「…………」

 

 ルーナではなくポルカが答える。

 よって、何かあった事はちょこの中で確信的となる。

 

「そう、話したく無いなら別に構わないわ」

「「…………」」

「気をつけて行くわよ」

「……んな」「……ッす」

 

 3人もまた、更に荒野を突き進んで行った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ドゴォォォォォッ、と数百メートル程離れた区画で大きな爆発が発生した。

 その渦中にいる者たちは大方予想がつく。

 それ故に、白上フブキは瞠目し、焦燥感を露わに爆音の轟く方角を見上げた。

 グッと握った拳の中に大量の汗が溜まっていた。

 

「みお……! う――!」

 

 爆発の明かりが収まり始めると、荒野を抜ける爆風がフブキ達の元まで吹き付けてくる。

 押し寄せる風圧にフブキとあやめはやや前屈みになり額に腕を翳して風を凌ぐ。

 

「何⁉︎ 今の⁉︎」

「分かるでしょ。みこちが戦ってるの」

「……、…………何言ってるの」

「みこちが戦ってるって言ってるの」

「そんな事ない! みこさんは――。……みこさんは……私とミオが殺した」

「でも、死んでない」

「――殺した‼︎」

「死んでない」

「殺した‼︎」

「死んでない」

「殺したのッ‼︎」

 

 フブキの怒号にあやめは微塵も臆さなかった。

 意味を成さない押し問答を止めてフブキの鬼の様な形相を真正面から見詰める。

 フブキは鬼の形相を保ったまま、更に猫の様に毛を逆立てて威嚇する。

 あやめはそれすらも微風の様に受け流し、大きくため息をついた。

 

「アンタの選択は、一言で言ってオワってる」

「――――」

 

 あやめの目つきが刃物の様に鋭くなった。

 

「もし。本当にみこちが死んだと思ってるなら、アンタの大神ミオに対する理解度はその程度って事になる」

「ッ――‼︎ オマエが――」

「ミオの何を知ってるか‼︎――って口にしようもんなら。もう救いようが無い」

「ッッ――‼︎‼︎」

 

 返す言葉を無くしたフブキは激情のままにあやめに襲い掛かる。

 馬鹿みたいに直線的な動き。

 あやめは俊足を使うまでも無くフブキの拳を躱し、敵の勢いを利用して鳩尾に膝蹴りを突っ込む。

 

「ォ――ァッ!」

 

 フブキの呼吸が一瞬停止。視界が揺らぎ、気が付けば両膝を地に着けて蹲っていた。

 無様な姿を晒すフブキを見下げてあやめはまた息をついた。

 

「もし。本当は全部気付いてて知らないフリをしているのなら、アンタは大神ミオを見捨て、みこちの覚悟も無碍にしている事になる」

「ゥッ――る、さい……‼︎」

 

 手を突いてフブキが立ち上がりながら再び飛びかかる。

 あやめは再三身軽に回避し――

 

「んっ⁉︎」

 

 行動を見破られ、あやめは右脚を掴まれた。

 そして――

 

 びきっ!

 

「んっぐっっっ――‼︎‼︎」

 

 フブキの怪力に握り潰されて右足の骨を折られる。

 自慢の脚が破壊され、あやめは咄嗟に刀を抜き、振るった。

 

「うぐァッ」

 

 フブキの脇腹を切り裂くと温かい血があやめの全身に付着する。

 そして痛覚で全身の痺れたフブキは掴んでいたあやめの脚を手放す。

 あやめは即座に片足で跳躍。フブキから距離を置いた。

 着地の際、右脚がびりりと痛んだ。

 

 あやめは片脚を押さえ、フブキは左の脇腹の傷口を手で塞ぐ。

 

 あやめは片膝を突いたまま、再び口を開いた。

 

「沈黙は賛同。もし、このままアンタが何もしないまま大神ミオが死んだら――アンタは大神ミオの死に賛成した事になる」

「ゥぐ……ッ……!」

「それでもアンタは、まだ見て見ぬふりをするつもりなの?」

「うる、さい……‼︎」

 

 苦悶の表情を浮かべてフブキは懸命に立ち上がる。

 

「みこちか、ミオさんか。もう、どちらか一方しか生かせないんだよ」

「うるさいッ‼︎‼︎」

「――‼︎」

「うるさい……‼︎」

「っ――⁉︎」

 

 ポタポタと滴る血に紛れて、透明な液体が垂れた。

 あやめは迫り来るフブキの俯いた顔を見上げ、息を詰まらせた。

 

「分っ、かっ、てるよぉ…………そん、なごどぉ……」

「――――」

「気付いてたよ……もぉずっど…………ずっっど前から……‼︎」

「――」

 

 あやめは抜いていた1本の刀を納め、目を細めた。

 

「でも、でもじゃあ……どうすればいいの……‼︎」

「――」

「ミオは元に戻って欲しい‼︎ でも、みこさんを殺したくは無い‼︎ 私は、ミオにも! みこさんにも! 生ぎでで欲ぢい‼︎」

「…………」

 

 あやめは目を伏せ、フブキの立場を自分に置き換えて再度考え直した。

 その光景がジグソーパズルの最後のピースの様にピッタリとハマる。

 

 確かに……選べるはずも無い。

 あやめには……ルイかみこかなんて選べない。

 例えみこの死が、本人の望みであったと知っていても。

 

 だが、現実でその状況下にあるのはあやめでは無くフブキ。

 あやめは残酷であると理解しながら、追い詰められたフブキへと告げる。

 一縷の望みにかけて。

 

「余も、みこちに命を救われた」

「――っ⁉︎」

「余とルイちゃんは、みこちに命を救われた」

「――‼︎」

「もし余が同じ立場に立っていたら、きっと余も同じ選択をしてたと思う――『選択をしない』選択を」

 

 フブキとあやめの視線が絡んだ。薄暗い景色の中で2人の近しい感情に揺れた視線が。

 

「でも――もう両立は出来ない。例え自分が選ばなくても、どちらかが選ばれる。その時は絶対に選ばなかった事を後悔する」

「っ…………」

「だから選んでほしい。みこちを殺して、大神ミオを解放する事を‼︎」

「っ、な――⁉︎」

 

 どちらかを選べ、ではなく、ミオの命を選べ、と。

 

「余と、フブキちゃんが苦しんで来たように、みこちもずっと苦しんで来た。んーん……きっとみこちは今も苦しんでいるはずなの」

「…………」

「本当に……本当にみこちを思うなら………………」

 

 目を伏せて言い淀むあやめを見詰めながら、フブキはみこの言葉を思い出していた。

 

「こごでっ‼︎…………みんなの手でっ‼︎…………終わ゛ら゛せてっ……あげようよ」

 

 あやめの震える声に、想起されるみこの声が頭の中で重なる……。

 

 

(オメェら殺すのに、みこが無感情でいられると思ってんのか)

 

(人1人殺すのに、仲間1人が死ぬ事に、どれだけ心が抉られてるのか分かってにぇェだろ)

 

(みこにとって人を殺す事は造作もにぇェ事だ。でも人を殺すのは――簡単じゃない)

 

(神がみこだと知ったら潔く殺されますってのァオメェ……あまりにも無責任だろ)

 

(本気でみこに感謝してて、みこを思う気持ちがあんのなら――全力で抵抗して殺されろ。少しでもみこの痛みが和らぐ様に)

 

 

 最後に面と向かって見たみこの……悲哀に満ちた表情が脳裏に焼き付いて離れなくなる。

 

「…………」

 

 フブキは歯を噛み締めて天を見上げ瞼を閉じた。

 

 みこの思いを今一度受け止め、あやめの言葉にも素直に聞く耳を持ってみる。

 すると、フブキの心はみこを見捨てる選択へと徐々に揺らぎ始めた。

 

「フブキちゃんがその鍵を握ってるから」

「………………」

「どうかお願い。この戦いに……終止符を打ってほしい――‼︎」

「………………」

 

 長い沈黙の末……フブキは傷口に添えていた手をたらりと垂らした。

 その左手からまだまだ乾き切っていない血が滴る。

 そして数秒後、閉じていた瞼を開けた。

 視線を落とすとあやめが見つめていた。

 

 交差する視線で両者の思いの丈はお互いに届く。

 

 今にも壊れそうな覚悟が決まった。

 たった一言、誰かに否定されれば忽ち言い分を変えてしまいそうなほどに脆い覚悟。

 それでも、前に進む勇気が出たなら大きな一歩。

 

 あやめはフブキの選択を――自分の選択を信じて……フブキに肩を貸した。

 

「……行こう」

「……うん」

 

 折れた右脚を引き摺りながら……。

 切り裂かれた左脇腹を抱えながら……。

 拙い足取りで2人もまた、決戦の地へ向かって行く――‼︎

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「…………………………」

 

 聖域内のとある小屋。

 そこに2名程が隔離されていた。

 

 だが、1人の少女は小さな椅子に腰を掛けて、カタカタかたかたと貧乏揺すりを繰り返し、落ち着きのない様子を露わにしていた。

 やや精神不安定な低身長な茶髪少女、夏色まつり。

 

 戦いへの参加を拒否し、その意思を汲んだみこによってこの場での待機を言い渡されていた。

 

「まつりちゃん……」

「……大丈夫」

「…………そう」

 

 相席していた赤井はあとがまつりの名を小さく呼ぶ。

 するとまつりは貧乏揺すりを止め、ぎこちなく微笑んで見せた。

 

 まつりは俯いて深呼吸し、精神を落ち着ける。

 

「ふぅ…………」

 

 ドォォォォォォン。

 

「っ!」「――」

 

 不意に微かな爆音が小屋を震わせ、遅延してやってくる風圧と地震でもう一度小屋が軋む。

 

 数分前にもわためが原因と思われる揺れは頻繁に起きていたが、今回はそれと全く異なる。

 まつり思わず小屋を飛び出して遥か遠くの夜空を見上げた。

 爆発による物と思われる発光が丁度収まり、一瞬だけ煙が見えるが以降は闇に包まれて夜空しか見えなくなる。

 

「今のなに……?」

「……さあ」

「……、……」

 

 まつりは仲間達の安否が心配でならない。

 誰が見ても読み取れるほど顔に書いてある。

 

「――!――!」

 

 今も立ち昇っているであろう煙から目を逸らし、両手で握り拳を作る。

 歯がキリキリと音を立てる。

 

「く――‼︎」

「ちょ――! まつりちゃん⁉︎」

 

 葛藤に葛藤を重ね、まつりは戦地へと駆けてゆく。

 はあとも思わず後を追った。

 

 走り出しから息を切らせているまつりを追い、何度も呼び止めたがまつりは決して止まらなかった。

 夜の荒野を、爆発のあった方角へ向けて、ただ懸命に仲間の無事を祈って走る。

 息を荒げ、滑って転んでも、膝を擦りむいても、腕を強打しても、なりふり構わず走り続けた。

 

 

「はぁ――はぁ――はぁ――はぁ――!――ッ!――⁉︎」

 

 道中で地に横たわる人影を見つけた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ……っ、く…………トワ、ち……ん…………」

 

 腹部に穴の空いた意識の無いトワが、ただ1人ぽつんと荒野の中で倒れていた。

 そっと肌に触れるとまだ息はあった。

 

 遅れて駆けつけたはあともその光景を前に苦い表情を浮かべる。

 

「……そ、そらちゃんに――」

「駄目」

「……は?」

 

 スマホを取り出したまつりの手を素早く掴み阻止する。

 

「そらちゃんが今何をしているか分からない。場合によってはそらちゃんと言えど致命傷に繋がりかねない」

「ッ――‼︎…………じゃあ救急車――」

「それも駄目」

「は⁉︎」

「呪いのあるトワちゃんに救急は使えないし、ここへ普通に救急車を呼ぶのはまずい」

「じゃあどうすんの‼︎‼︎ 見捨てんの⁉︎⁉︎」

 

 まつりが血走った瞳ではあとを恫喝した。

 それでもはあとは冷静に――。

 

「みこちの使ってる別の番号がある。そっちにかけよう」

「っ――――……ぅ、ん!」

 

 はあとがスマホを取り出して、119ではない番号に電話を繋げた。

 その間にまつりは自身のスマホの照明機能をつけてトワの横に配置する。

 するとはあとの通話が終わるのさえ待たずして、再び走り出した。

 

「ァちょッ!――あ、すいません! 位置送るのでそこへお願いします!」

 

 はあとは素早く通話を切り、スマホを操作しながら同様にまつりの後を追う。

 

 

 普段の様子からは想像もできない体力と根気でまつりは荒野を進み――再び足を止めた。

 

 

「……、……、……、……、……、……、……」

 

 

 無惨な光景に何度も瞬きして視界を改めるが、景色が変わる事はなかった。

 目前に倒れるねねとラミィは、永遠に血に溺れ、目覚めることが無い。

 震える手で2人の肌に触れると、どちらも冷たかった。

 脈も無い。

 

 もう手遅れ。

 

「く……ぅぐ……ぎ……ぎ…………ぃぁっ…………‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 ダメだ。

 これ以上、大切な仲間が傷ついた姿なんて見たく無い。

 もうこれ以上、戦っちゃいけない‼︎

 

「くッ‼︎」

「はァ、ェッ⁉︎ まつりちゃん⁉︎」

 

 やっとの事ではあとが追いついた、かと思えばまた走り出してしまう。

 はあとは血の池に横たわるねねとラミィを一瞥し顔を顰めた。

 ねねもラミィも完全に目を閉じ、両手を腹の上に重ねている。

 

 はあともまた、身体に鞭打って駆けた。

 

 数メートルの距離があるが、まつりの激しい息遣いが間近にあるように聞こえる。

 その荒さが次第に増していく。

 荒さが増していくほど、たくさんの汗が散る。

 

「「――‼︎」」

 

 戦いの音が夜の空気を伝い2人の耳に届いた。

 空気の震えが、重さが、熱気と冷気が、変わる。

 

 

 己が信念のため、最後のピースも愈々戦場へと飛び込んで行く。

 

 

 

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