叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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天命の乱⑥

 

「ぅえっぐ……! うっ……! ずっ……っぐ……」

 

 泣き声が聞こえる。

 女の子の声だ。

 耳元から……口元から……咽び泣く声が延々と脳内に響き続ける。

 

 何も見えない。

 ぼんやりとした真っ暗闇の中、少女の泣き声だけが広がる。

 誰が泣いているのかも分からない。

 

 …………否。

 

(あぁ、そうか……自分だ……泣いてるの……)

 

 実感を覚えられない世界の中で自ずと真相に辿り着いた。

 だがその真相は真実であり、虚実である。

 

(でも泣いてるのは……うちじゃない……)

 

「うっぐ……ぇぐ……」

 

(これは……みこさんの記憶……)

 

 瞬間、さくらみこの走馬灯がミオの脳内に鮮明に迸った――。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ぅえっぐ……! うっ……! ずっ……っぐ……」

 

 顔面がぐしょぐしょだ。

 どれだけ目を擦っても、瞼が赤く腫れる一方でいつまでも涙が拭えない。

 どれだけ鼻を啜っても鼻先のベタベタが拭えない。

 どれだけ腹の中身をぶちまけても嘔吐感が拭えない。

 

 目を開けたって視界はぼやけるし、ずっと目を擦っているからそもそも何も見えない。

 寧ろもう見たくない。

 

「はっ……うっぐ……ぉ゛っ……がっ、は……っ」

 

 夜間の冷気に全身が凍える。

 泣き腫らして熱った顔に凍てつく風が吹き付けて露出した肌が痛み出す。

 喉と腹も痛い。

 

 あれだけ騒々しかった大衆の声も静まり、ただ孤独に泣きじゃくる。

 地球上にひとりだけで生き残った様な孤独感と疎外感に胸が詰まる。

 

(さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。さむい。こわい。つらい。かなしい。さみしい。くるしい。いたい。)

 

「大丈夫?」

「ぃっ」

 

(やだ。こないで。きちゃだめ。やだ。いやだ。ころしたくない。)

 

 その人は周囲の死体を跨いでみこに歩み寄る。

 盲目に等しい状態のみこは音だけを頼りに迫る女性を拒絶し、逃げようとどろどろの地面を這う。

 

「落ち着いて。私はあなたを捕まえに来たわけじゃないの」

「ゃ! ぃや! 来ないで」

 

 女性は速度を緩めて慎重に距離を縮める。

 

「大丈夫だから。一旦落ち着いて」

「ゃ……ぃゃ……ぃゃ……」

 

 震える身体では這うことすらままならない。

 女性の声と足音が更に迫る。

 

「やだやだやだ‼︎ ころぢだぐない゛‼︎」

「――」

 

 女性は足を止めた。

 それでもみこの拒絶反応は――狂乱は治らなかった。

 

「こないで、こないで、こないでぇ‼︎」

 

 発狂するみこが無造作に振るった無色に汚れた手の先から、突如として光の球が飛び出し女性へと襲い掛かる。

 無意識の攻撃。

 他者を拒絶し、勢いのあまり飛び出してしまう光球。

 

 その光球は真っ直ぐに女性へと飛来し――

 

「――」

 

 直撃する寸前、光は淡く霧散していった。

 

「いゃ……いゃぁ……っ゛……ぅぶっ……」

 

 女性は変わらず立ち尽くしていたが、続くみこの容体の急変に再び詰め寄った。

 

「お゛ぇ゛ぇ……げっ、ほ……」

 

 この数分で幾度と繰り返した嘔吐。

 だが今回は少々鉄臭い。

 

「あ゛、あぁ……」

 

 口から、鼻から、目から流れる液体が先までと異なる。

 血涙。鼻血。吐血。

 みこの顔が赤く赤く染まり始めた。

 

 周囲の死体には一切流血が見られない中、それらを殺したはずのみこだけが赤く赤く血に染まって行く。

 

「あがっ……けほっ、げっほ……」

「大丈夫⁉︎」

「うっ、ぐ、ぇ……」

 

 魔法連発による著しい体力の消耗。

 顔面の至る所から血を流し、みこは瞬く間に意識を失った。

 

「……」

 

 倒れたみこの頭を掬い上げて胸元から腹までを撫でる様に手を翳した。

 手先から淡い光が溢れ出すが、みこの容態を変えることは出来ない。

 

「体力の方を消耗してる……」

 

 検査を済ませると女性はみこを抱えて立ち上がり、足早にその地から姿を消したのだった……。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「ぅ……んゃ……?」

 

 ぼやけた視界に映る真白な世界。

 ぼんやりと白の世界を眺めていると次第に意識がくっきりとしてきた。

 意識が完全に覚醒するとみこは数度瞬きを繰り返し、体を持ち上げようとした。

 

「ぁれ」

 

 両肘をついて力を込めるとつるりと滑って弾力のある暖かい生地に再び倒れた。

 

「おはよう」

「ぇ……?」

 

 みこはがくがくと小刻みに震えながら頭だけを横に向けた。

 

「う……ぁ……」

「気分はどう?」

「や! 近付かないで‼︎」

 

 聞き覚えのある声と見覚えのない顔。

 みこはシーツを握りしめてベッドの端に逃げた。

 

「ゔ、げほっ、けほっ……」

 

 防衛本能に裏打ちされた行動は、身体の状態を一切考慮しない。

 本能から解放された途端、みこは胸を押さえてベッドの端で小さく蹲る。

 

「暴れちゃ駄目だよ。体力が枯れて寝込んでたんだから」

 

 みこの容態を気にかけつつも女性は半身引きながら伝える。

 しかしその程度で警戒は解けない。

 

「私はときのそら。あなたの名前は?」

「――っ。――‼︎――‼︎」

 

 立ち上がり、胸に手を添えて自ら名乗る。

 みこはシーツをぎゅっと握りしめて大きくぶんぶんと首を振った。

 シーツに幾つかの水滴が散る。

 

「私はときのそら。……」

 

 とそらは繰り返し名乗り、加えて今度は大胆にズボンを下す。

 

「……傷を癒やし、光を操る事ができる呪を持ってる」

 

 眩い白の美肌も、更に真白な下着さえも目に入らなくなる程視線を奪う黒い刻印。

 そらは悠然とした態度を崩さず、真摯な瞳でみこを見つめる。

 

「あなたの名前は?」

 

 何もかもを浄化する神々しい眼光に当てられ、みこは握り締めていたシーツを無意識に手放していた。

 目元に熱が籠って視界が狭まり、瞬きの回数が極端に増える。

 みこはただ一点……そらの太腿に刻まれた呪の証を見つめながら震えていた。

 

 

 

 みこは膝上に掛かっている湿ったシーツを除けてそらに視線を返すと、小刻みに震える唇で答えた。

 

「さくら……みこ……です」

 

「さくら、みこちゃん、ね」

 

 みこはこくりと頷いた。

 

「うん。教えてくれてありがとう」

 

 そらは満面の笑みを浮かべた。

 

「ごはん。食べる?」

「――!」

 

 みこは目を見開き一度だけ大きく首を縦に動かす。

 

「じゃあ、ほら」

「――――」

 

 そらが片手を差し伸べた。

 みこはもっと瞠目し差し出された手を掴んだ。

 

「ついてきて」

 

 そらはみこの手を引き、食卓へと向かった。

 

 

 

 小ぢんまりとした一室をみこは警戒する様にきょろきょろ見渡す。

 小さな食卓に並べられた1人分の食事。

 

「どうぞ」

 

 そらはみこを席まで手引きして座らせると食事を勧めた。

 白米、肉入り野菜炒め、味噌汁。

 そして申し訳程度に小粒のフルーツが盛り付けてある。みこが見たことの無い赤紫色の小さなブドウの様なフルーツだ。

 

 みこは食事を前にし腹を鳴らすが、すぐには手をつけない。

 

「……」

 

 みこは後方に控えるそらの目を見上げた。

 

「私はもう食べちゃったから気にしないで食べて」

 

 とまた微笑みを返してくれる。

 みこは食事に向き直り、味噌汁の入った椀を掬う様に両手で持ち上げた。

 

 濁った水面と広がる波紋を暫し見つめ、そっと口を寄せると……

 ずっ

 と一口啜った。

 

 たった一口で、喉から腹の奥までが温まる。

 

「おいしい」

「よかった」

 

 みこはほんのり顔の赤みを増して視線を落とした。

 みこの背後からそらが苦笑する声が聞こえる。

 

「ほら、冷めないうちに食べちゃって。食べきれなかったら残してもいいからね」

「――」

 

 みこはこくりと頷いて時間をかけてゆっくりと完食まで運んだ。

 

 

 

 食事を終えるとそらが皿洗いを始めた。

 そして作業の片手間にみこへと話を振る。

 

「みこちゃんこれからどうするの?」

「ぇ……」

「家に帰りたいなら送るけど」

「…………」

 

 みこは口を噤んだ。

 そして俯いたまま硬直する。

 そらはみこの様子を一瞥すると流れる水と泡に視線を落としながら続けた。

 

「まだここにいたいならそれでも構わないよ」

 

 みこは噤んでいた口を微かに開いて皿洗いに集中するそらの顔を見つめる。

 全く視線が合わない。

 

 不自然なほど自身の手元を見つめていたが、やがて顔を上げるとそらは一拍置いてにこっと笑いかけた。

 

「っ」

 

 みこは全身が熱くなるのを感じた。

 

「ぅあ……の……」

「――、?」

 

 思わず口を開き、弱々しくパクパクさせるみこ。

 何かが喉に引っかかる様な感覚。

 そんなみこを一目見て、そらは若干の茶目っけを乗せて疑問符を浮かべて見せた。

 まるで自然体。

 人生経験が少ないながら、みこはそらの計り知れない気遣いを感じた。

 途端、喉に引っかかっていた物はすんなりと喉元を通り過ぎて行く。

 

「あ、の……」

「うん?」

「み、みこ……」

 

 懸命に何かを伝えようとする。

 幼子の様な仕草と歯切れの悪さだが、そらは決して急かさずみこの顔を見て先を待つ。

 

「みこも、その……呪……あって……」

「うん」

「それ、で…………っ…………それっ、でっ……っず……」

 

 しゃくり上げ、鼻を啜り、みこは再び言葉に詰まり始めた。

 そらは眉を寄せて困惑の気色を紛らせる。

 

「ぅ……ぇうぐっ……!」

 

 あの夜の出来事についてそらは詳細を知らない。だが、無傷で斃れる幾つもの死体やみこが突如放った光などから大方の予想は付く。

 恐らくはそらと真逆の性能を持った呪。

 

 それが分かるからこそ言葉選びが分からない。

 

 みこが泣きじゃくり、そらがそれを見つめるだけ。

 話は一向に進展しない。

 

「いいんだよ苦しいなら言わなくて」

 

 席を立ちみこのもとへ寄り添うが、みこは顔を隠しながら首を横に振る。

 

「…………」

 

 そらは視線を落とし音を立てずそっと息を吐いた。

 そして身を屈めたまま顔を隠すみこを見上げ、じっと待ち続けた。

 

 

「み、こ……!」

「うん」

「ひ、ひど…………いっっぱいころじっ……! っ……こ、殺ぢだの……‼︎」

 

 

 震える唇から絞り出した罪の告白。

 

 

「…………そう、なんだ……」

 

 

 少女の口から飛び出した殺人発言に、答えを予測し身構えていたそらも言葉に詰まった。

 みこの袖やズボンの上部は、もはや濡れていない部分の方が少なくなっている。

 

 そらとしては人を殺めるに至った経緯こそ聞きたいところだが、みこに自白を強いる事は酷だ。

 言葉が続くのかどうか、そらは数秒の沈黙を作ってみたが、みこは鳴き声を上げるだけだった。

 

 そらは心と表情を切り替えてみこの両膝に手を添えた。

 

「私はね、みこちゃんみたいに呪が生まれて困ってる人を助けたくて各地を回ってたの」

 

 みこが泣きじゃくりながらも耳を傾ける。

 必死に涙を抑え、声を抑え、そらの言葉を聴こうとする。

 

「多くの人は呪が発覚した時点で磔にされて死ぬまで燃やされる」

「っ――!」

 

 みこの肩がびくっと跳ねた。

 

「死んだ子を助ける術は私にも無い。だから……」

 

 そらは一瞬言い淀んだ。

 しかしもう一度、今度はしっかりとみこの潤んだ両目を見上げて口にする。

 

「だから、少なくともみこちゃんがそうなる前で良かったと思ってる」

「で、も゛っ……でも……」

「確かに殺人は重罪だしそれを肯定はしてあげられない。でもみこちゃんがその罪を重く受け止めているなら私は、あなたを助けて良かったと思う。呪が発症した時点で、その人を正当に裁く事は困難だと思うから」

 

 大量殺人。

 容疑を聞けば間違いなく死刑か無期懲役に該当する罪状。

 だがみこの状況を踏まえれば情状酌量の余地は十二分にある。

 しかし呪持ちとなれば話は一変する。

 この世界での呪の発症は謂わば死刑に該当する大罪なのだから。

 

「もしみこちゃんが罪を償いたいって言うなら、私のお手伝いをして欲しいな」

「おてつ、だい……」

「そう。同じ境遇の人達を救うの。私と、みこちゃんで」

「で、でも……みこの呪は……」

「きっと大丈夫。呪は自覚してしまえばコントロールできる。これからはその手で少しでも多くの人を助けていこう。ね?」

「…………ん」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 それから十数年、2人は各地を渡りながら呪発症に苦しむ人々を助けようと活動してきたが、結果として救えた命はたったの一つだった。

 そのたった1人の少女の名は、赤井はあと。

 他と何ら変わらず磔にされ燃やされていた彼女だったが、何故かその祭祀場は大混乱だった。

 狂気に満ち溢れた暴徒とそれを止める警察や一部の関係者たち。

 はあとの磔台から燃え広がった炎により火災が発生し、消防や救急も出動する異常事態に。

 そんな喧騒に紛れてみことそらははあとを救出。そして脱却に成功した。

 

 だが十数の命を見捨て、偶然の暴動により救えた一つの命。

 そらもみこも、活動の限界を感じていた。

 

「人が燃やされ始めてからじゃ遅い。今回みたいな状況でないと到底救えない」

 

 無論、強引な救済は可能だ。

 生きてさえいればそらの呪で傷は癒せる。

 だがそらとみこの存在が公になれば以降の救出やその他の活動が大幅に制限される。

 

「そらちゃん」

「なあに?」

「呪が他人に感染る物じゃなく、寧ろ人を助ける力になる。それを周知させる事はできないかな」

「それは……どうだろう。出来たとしても敷衍させるにはそれなりの年月がかかる、のは確かだけど」

「今のまま歩き回ってても何も変わらない。なら新しい方法を試して行った方が多くの命を救えると思うの」

「その通りだとは思うよ。でもどうやって伝えていくの? 顔と呪晒すのはかなりリスキーだよ」

「大丈夫。みこね、いい考えがあるの」

 

 どこかぎこちなく微笑むみこ。

 そらは不安げに顔を顰めた。

 しかし、そらもみこも既に20を超えた。老後の体力等を踏まえると間も無く活動も折り返しの時期。あまり長期的な目で物事を考えられなくなる。

 

 そらはみこの提案に耳を傾けた。

 

 

 提案の中身はこうだ。

 磔にされ、焼かれているところへみことそらが突入し、焼身中の人を救出。大衆の前で堂々とそらの力を見せつけて呪の有用性を主張する。

 

 

 有り得ないほど単純明快。それでいてイメージの中では非常に効果が期待できる。

 それを各地で行えば近隣の国程度なら噂は広がるだろう。

 そして徐々に呪への恐怖心を溶かして行く。

 

「どうかな?」

「……このままじゃ変化はないだろうし――うん。やってみる価値は大いにあると思う」

 

 こうして2人は新たな目標を定めて行動を始めた。

 

 

 布教活動は想像を絶する勢いで世界各地に影響を及ぼした。

 初回の活動で2人は呪を発症した少女を救出。その実演と後の演説により少女は一時的に隔離して様子を見る事となる。

 2人は人の良心を信じて直様別の国へと足を運ぶ。

 この様に救出と演説を繰り返して幾人もの命を救いだした。

 

 瞬く間に噂は噂を呼び。呪の真実が風の様に世界へと広まった。

 

 10年後には呪は実用的な天啓として広く認知され始める。

 ――――

 ――――

 しかし、時を同じくして革新的な事件が起こる。

 

 強力な呪を有した物がとある集落を壊滅させ逃亡。

 一晩にしてみことそらが救い出した数を上回る命が飛ぶ。

 だが、この事件は序章に過ぎなかった。

 

 呪の実用性の周知と共に、一部のその凶暴性が大衆の目と耳に晒されてしまう。

 やがて呪を武力として扱う国が出現。

 武力行使による争いは燃え広がる炎の如く国境越えていく。

 世界での死の勢いが1年足らずで約10倍にまで加速。

 そらやみこが直接出向いたところで、もはやどうにもならない規模へと膨れ上がっていた。

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 色の無いテレビから流れる戦争のニュースを、みこもまた色の無い瞳で呆然と眺めていた。

 

「…………」

 

 同じニュースを眺めながら、そらとはあとはちらちらとみこの様子を伺い、時折目を合わせて顔を顰め合う。

 

 そらはこの悲惨な現実を目の当たりにして、漸く一つの答えに至った。

 何故、呪が恐怖の対象とされたのか。何故、感染る病と嘯いて処分されてきたのか。

 戦争だ。

 争いの火種を消す為なのだ。

 きっと2人が生まれるよりもずっと前に、この地獄絵図は幾度と描かれてきたのだ。

 

 無知な2人は再び火種を各地に蒔いてしまった。

 

「………………みこ」

「「――!」」

 

 みこがふと立ち上がる。

 虚な瞳と覚束ない足取りで隠れ家を出る。

 

「行ってくる………………」

 

 そらとはあとは視線を合わせて首肯する。

 そらははあとを家に残して、みこの後を追った。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 隠れ家を出てみこが真っ先に向かったのは、最も近場にあった今尚戦争の続く国。

 銃弾、砲弾、爆弾、呪の衝撃が広がる戦地を懸命に駆けてとにかく戦争の中心地を目指した。

 爆発で身が焼けた。銃弾で腹を撃ち抜かれた。訳も分からない風圧に吹っ飛ばされた。

 ぼろぼろになりながらも決して足を止めず、みこは風圧を放ったと思われる呪の主を探し出し――

 

「――」

 

 ――躊躇いなく殺した。

 

 数秒の静寂。

 直後、みこは一斉射撃を受けた。

 しかし、どの弾もみこに当たらず、それどころかみこの傷は全てが癒えていた。

 

 みこは次なる戦地へと駆け出した。

 数十キロ先の別の戦場へ。

 

 翌日、その戦地へ乗り込み、3人殺した。

 さらに翌々日、別の戦地へ単身特攻し、2人殺した。

 

 みこは己の蒔いた種を摘むために世界各地を奔走した。

 

 世界戦争期の終焉までにかかった年月は、6年と4ヶ月。

 戦死者または戦争関連死とされた者は2000万を超えた。

 

 

 

 終戦の翌年――。

 

 

 みこは神になった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 神となったみこは真っ先に呪の殺処分のルールを再施行。

 やがて地上から姿を消す。

 

 

「…………」

「っ……なんかここ……空気、薄い……?」

「どこなのここ……」

「ここは天界。雲の上」

「「……????」」

「この前、漸くみこの呪の正体が分かった」

「え……みこちの呪……? みこちの呪は…………」

 

 はあとが動かしていた口を途中で止めた。

 喉奥から「死」の単語が出てこない。

 

「うん。でも正確には『死と魔術の呪』」

「ま、じゅつ……」

「自分の体力を削って色んな魔法的事象を引き起こす」

「な……に、それ……」

 

 みこの口調に、語気に、瞳に、一挙一動に、生力が感じられない。

 

「そらちゃんは『治癒と光明の呪』」

「――――」

「はあちゃまは『狂気の呪』」

「な――――」

 

 ずっと謎に包まれていたはあとの呪さえも認知。

 救出時とも辻褄が合い恐らく事実だとの推察は容易だった。

 だがそんな事はどうでも良かった。

 

「みこちどうしたの?」

「――――」

「何があったの。戦争の事とか、ルール再施行の事とか確かに色々あったけど……違うよね。別の何かがあったんでしょ。話して」

「…………」

「みこち」

「…………」

 

 2人の真剣な眼差しに当てられる。

 まるで闇を穿つレーザー光線。

 みこは身が焼け焦げるような視線を浴びて、いよいよ決意を確固たるものへと昇華させた。

 

「ふとね、道端歩いてたら変な占い屋さんがあったの」

「「……??」」

 

 唐突な語り。

 しかも冒頭だけでは全く趣旨が掴めない。

 それでもそらとはあとはみこの覚悟を垣間見たのか、疑問符を浮かべながらも聞きに徹した。

 

「怪しいお店だったんだけど、何でか惹かれちゃって……それで占ってもらった」

 

「言ってた事はあんま覚えてないし、多分出鱈目言ってたと思う。だけど最後にこの予言の水晶買ったら幸せになれるみたいな事言われてね」

 

 みこはテーブルに置いていた水晶を指して変わらない表情のまま語り続ける。

 

「買っちゃったんだ。みこ自身本当に記憶が曖昧で……誰かに操られてたんじゃ無いかってくらい……」

 

 過去に一度もない超常的な体験。

 それすらもみこはほぼ無感情に語る。

 

「でも次の日さ、この水晶の前に座って予言みたいのできないかな、ってやってみたら――できちゃった」

 

 初めてみこが微笑う。

 目頭に熱をためて。

 

「その時の僅かな体力消費が、あの光を放つ時に似てた。だからみこの呪の事とか調べられないかなって調べたら出てきたよ。『死と魔術の呪』って」

 

「それで魔術の事とかも色々知ってできる事ないか考えて考えて、思いついたのが――呪を消す事」

「呪を……」

「消す……」

 

 あまりに突飛な発想だった。

 現実的には到底不可能な手段。

 

「みこの魔術なら消せるかなって思ったけど駄目みたい。魔術でもやっぱりできる事とできない事があって、その境はみこもよくわかんない」

 

「じゃあどうにかできないかなって水晶に聞いてみたら……」

「…………きいてみたら?」

 

 突然言葉に詰まるみこ。

 はあとがそっと先を促す。

 

「手段はある」

「「――――」」

 

 みこは断言した。

 だが、2人は手放しに喜べなかった。

 

「数十年先の未来、神に反抗する者が現れる。その叛逆者と神の一団の戦争の末、神は死に、世界の呪は消滅する」

「「…………」」

「みこはここに最後の希望をかけることにした」

 

 静寂を嫌い、みこは素早くその覚悟を口にした。

 そらとはあとは表現し難い顔でみこを見つめていた。

 

「『神』……ってみこちの事なの……? 確かに……囁かれてはいるけど……数十年って多分私たち生きてないよ」

「みこは魔術で不老になれる」

「…………」

「みこが寿命を迎えれば別の神がつくのかもしれないし、そもそも予言が成立しないのかもしれない。神様なんて器じゃないし、きっとそらちゃんとか、もっと神様に向いてる人はいっぱいいるよ」

 

 

「でも……でもみこは――

 

 

 人をいっっっぱい殺したから。

 

 

 その役割はみこが1番向いてるんだよ。世界中の誰よりも。1番」

 

 

「それにどうせやらなくても死ぬんなら、せめて最期に成果を上げたいし」

「……。そっか……。ん、分かった。なら私も不老にして」

 

 覚悟を見届けたそらは深く3度頷きながら加勢に立候補。

 みこは口を小さく結んで反応に困っていた。

 

「私には『みこちを生かした責任』と『みこちを仲間に引き入れた責任』がある」

「……ありがと」

 

 そらの申し出を否定しない辺りから、恐らくこの流れはある程度予想していたのだろう。

 言葉にならない感情を感謝の一言で押し潰した。

 

「私は……いや、私も手伝いたいし手伝ってあげたいけど……」

 

 はあとは気不味そうに言葉を濁す。

 

「ありがとうはあちゃま。でも大丈夫だよ。みこは自分のエゴではあちゃまを助けただけだから、あんま気負わんくても」

「……いや、違う違う。ほんとに……そんなんじゃなくて……」

「「――?」」

「私……ほら、2人と違って多分役に立たないから、居ても邪魔なだけかと思って……」

「…………」

 

 薄く重たい空気が漂う。

 みこは目を細めて、刹那だけ瞼を閉じる。

 

「うん。確かに。気持ちは嬉しいけど、はあちゃまがいても足手纏いになるだけだと思う」

 

 みことはあとが剣幕な表情で睨み合った。

 みこからの辛辣な評価を間に受けると同時に、はあとは無性に腹が立った。

 無論、貶されたからではない。

 

「分かった。私も手伝う」

「……話聞いてた?」

 

 みこは先よりも気持ち声のトーンを落とす。

 

「いざって時は使い捨てていい」

 

 はあともまた声色が低くなる。加えて声量も増している。

 

「って言うか誤魔化すのやめて」

 

 はあとの目付きが更に鋭くなる。

 

「みこちが心配してくれるように、私だってみこちの事心配してる。助けてって言われたら何でも手伝うし、同じ罪だって背負う」

 

 みこの視線が落ちていき、やがて床と向き合った。

 

「……や、ごめん。私も回りくどかったか……」

 

 はあとはどこか照れ臭そうに頭をかきながらそっぽ向く。

 数秒間を空け、示し合わせる事なく2人が同じタイミングで再び向き合うとはあとは凛々しい表情で告げた。

 

「私はみこちを手伝いたい。みこちは私がいると邪魔?」

「……、……」

 

 小さく、しかし力強く、みこは首を左右に振った。

 

「よかった。なら私も一緒にいる」

「……あぃがと」

 

 友達を戦争へ引き摺り出しながら胸を温めている自分に、みこは途轍もない嫌悪感と吐き気を覚えた。

 自分のエゴが常に周囲に牙を向いている。

 自分という存在が正しく死の象徴なのだと気付いた。

 

 

 

 さくらみこ。

 世界で最も「死の呪」と称するに相応しい者の名前だ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 みこが2人と呪の契りを交わしてから十数年。

 世界からさくらみこの情報の大半が自然と消滅し、「神」と言う正体不明の概念だけがヒトを縛る世となった。

 

 長期に渡り身を隠し、機を伺っていた3人もいよいよ動き出す。

 手始めに神の一団の形成。

 予言の絵図に記された神の一団は僅か3人の少数精鋭ではない。

 神の仲間と称するに値する超人を探し出し、引き抜くことから始める。

 

 世界各地に孤児院を建てる。

 拠点として活用しつつ、最も呪の発現が多い10代の子どもたちを監視する。

 学校ではなく孤児院にした理由は、運用の容易さと、みこの一握りの善意。

 

 はあとは世界中を自らの足で歩き回って、呪の所有者を捜索。逐一みこに報告。

 そらは複数の孤児院の管理とその国内の呪発症者の捜索。こちらも逐一みこに報告。

 みこは水晶による予言を適宜行う。またそらやはあとの目を使って呪所有者の元へ向かい、経過を見つつ見込める場合は勧誘する流れとなっている。

 

 

 

 勧誘はすいせいに始まり、続けてトワ、スバルを引き入れる。

 その後フレアを勧誘するも失敗。6時間に及ぶ戦闘の末にフレアを聖域に封印。再び仲間集めへ。

 孤児院経営の関係で回った協会にて何者かに拘束されていたちょこを解放し療養目的で一時的に一団へ(後に正式加入)。

 逃走中とされた呪持ちの獅子、ぼたんを一団総出で捜索。発見後強引に天界へと連行し仲間入りを強要。

 更に、孤児院管理中に訪れたこよりが入団を強く希望。呪の詳細を確認した上で採用。その際、情報源をこよりから確認し、叡智の書の存在を知る。

 

 そしてみことそらで叡智の書の元を訪れる。

 勧誘は失敗するも交渉を持ちかけられ契約を締結。以降の主な情報源となる。

 この時、「呪の継承」なるものを知る。

 

 いくつかの孤児院より計5名をインターン生として神の一団へ送る。

 その内1人が後に呪を発症。

 

 優秀な人材が十分確保できたと判断し、みこは神の一団をこれにて編成完了とする。

 以降の呪発症者はその才に関わらず掟に沿うものとした。

 

 宝鐘マリンと天音かなたが天界へ侵入。

 当時現場に居たぼたん、スバル、こよりが対処にあたり撃退。

 2人は行方不明となる。

 

 1年後、あやめとルイの事件が発生。

 想定外ながら2名の人員増加。

 ルイの家を基盤として天界にトロイアを建築。

 更に半年後、あくあが特例で加入。

 

 孤児院にて養っていたミオがみこに呪発症を申告。

 対応を悩むもミオの志望から、掟に乗っ取り磔とする。

 しかし磔場にフブキが乱入し二人で逃亡。

 

 その後らでんよりみこに一本の連絡が入る――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「予言に出てくる叛逆者だが、その主軸は白上フブキと大神ミオだ」

「ッ――⁉︎」

「私もさっき知った……と言うより、さっきまで知れなかった」

「それはどう言う――」

 

 用意した紅茶にはお互い手をつけずに話を進めていく。

 

「大神ミオの呪。あれは『天命の呪』だ」

「テンメイ?」

「謂わば運命操作の力を持つ。噛み砕いて言うなら、この世は彼女の思い通りというわけだ」

「それと叛逆者がどう関係してんだ?」

「キミの見た予言から幾つか推論を立てて仮説を置いてみた。その理論で色々と模索して分かったことなんだが、どうやらこの世界に呪を生み出したのは大神ミオ――正式には彼女の呪の力らしい」

「――??? 矛盾してんで」

「承知だ。一見これは親殺しのパラドックスに近い。呪が生まれたから大神ミオの呪が発症したわけだが、大神ミオに呪が発症しなければ呪は生まれない」

 

 らでん自身、呪で得た天啓でなければこんな仮説も事実も信頼に値すると評価しない。

 

「その点の矛盾は私も把握しているが重点はそこじゃないからその先の私の推論については割愛させてもらう」

「――」

 

 みこは飲み込み早く首肯した。

 

「天命の呪により、大神ミオが『呪は1000年前に突如として出現した』と言う伝承を間に受け、それが真実であってほしいとどこかで望んだのだろう。それにより呪が生まれたんだ」

「……ん」

 

 みこの首肯が重たくなるが、らでんは口を止めない。

 

「ならばこれの裏を取ればどうなるか」

「うら……?」

「大神ミオが今すぐに呪を消したいと思えば、世界から呪は消えるはずだ」

「…………できんのか、そんなこと」

 

 半信半疑。否、二割信八割疑と言ったところ。

 

「現に、常闇トワに殺された3人は天音かなたによって蘇生されている」

「――あ⁉︎ トワ⁉︎……? んッ、待て3人?」

「愚かな介入者が居たようだ。まあそれは後日触れよう」

「でもじゃあ、これから天音かなたを通して叛逆の事を知っていく感じか?」

「そうなるだろうね」

「でもさ、ミオちゃんにその力があるならその事話せばいいんじゃにぇの? そしたら今すぐ消せるし」

 

 誰もが必ず得る疑問。

 それが最善手に見えるし、そうなると予言とは大きく流れがズレて別の矛盾が生じる。

 

「悪いが呪について大神ミオ本人に伝える事はしない。いや、正しくはするべきではない」

「にゃんで」

「誰もがキミみたいな人間ではないからだ。私がその力を手に入れたなら、認知からそう遠くないうちに悪の道に走ると断言できる。何せ全てが思い通りになるのだから」

「…………。ミオちゃんはそんな子じゃ――」

「それはキミの願望。理想の押し付けだよ。分かるね?」

「…………」

「例を挙げようか? 星街すいせい、常闇トワ、獅白ぼたん」

「ときのそら、ラプラス・ダークネス、大空スバル、しら……んにゃ、あれは違うか」

 

 悪の道に走った、もしくは走りかけた例を挙げるらでん。

 みこははやての如く反例を挙げた。

 らでんがみこの瞳をまじまじと見つめて小さくため息をついた。

 

「言っただろう。誰もがキミみたいな人間じゃない。少なくとも今直接伝えれば悪事に走る可能性が高まる。教えるにしてもそれは機を伺ってからだ」

「……じゃあ、みこは……みこはミオちゃんに殺されるの……」

「さあね。私の呪は決して未来が見えるわけじゃない。あくまでキーパーソンであると言う私の推測だ。誰に殺されるか、誰が戦死するのか、気になるのならキミの呪で予言を見ればいいだけの事だ」

「…………」

「失敬、無粋だったかな」

 

 らでんは漸く紅茶を一口啜った。

 かなり温くなっていた。

 

「いずれにせよこの件は口外無用だ」

「…………」

「今後については私もよく自分と相談して決める事にする。急に呼び出してすまなかったね、話は以上だ」

「……ん。じゃあ」

 

 みこは結局紅茶に手をつける事なく席を立った。

 転移の素振りを見せるみこに対して、らでんは最後に一言言い残す。

 

「ああそうそう」

「――」

 

「本気で神を演じるなら手は抜くんじゃないよ」

 

 みこはらでんの瞳を見つめ返し、その奥にある物を感じ取った。

 らでんの考えはまるで理解の及ばないものばかりだが、その瞳が語らんとする事は見え透いていた。

 

 呪を消すプランは既に動き始めている。

 この先は一切の妥協を許さない殺し合いになる。

 その、最後の忠告。

 

 無論、後戻りをする気など更々無い。

 

 みこは眼力だけで答えを返しツリーハウスを後にした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 トロイア戦争が終戦し、戦後処理を終えたみこの元へ一本の電話が入る。

 非通知から。

 

 みこは訝しげに通話ボタンを押した。

 

「はい」

『もしもし。さくらみこさんですか?』

「ああ、お前は」

『次代叡智の書です』

「――⁉︎」

『予言と叛逆についての重要なお話があります。明後日の13時ごろ、そちらに伺いたいのですが』

「わがった。開けとく」

『ありがとうございます。それでは失礼します』

 

 通話が切れる。

 

 らでんがタダで死ぬとは思っていなかったが案の定。

 みこは神の間で今一度予言を行い今後の簡易的な動向を確認した。

 やはり、まだ人は死ぬ。

 でもやっぱり……止まれない。

 止まりたくないから、誰が死ぬかを見たくない。

 誰が死ぬのか分かってしまったら、きっとみこは逃げ出してしまう。阻止する為に動いてしまう。

 それで世界が狂ったら、今度こそ取り返しはつかないだろう。

 

 

 今更誰を殺したって、自分の罪は変わらないのに…………。

 安く醜い防衛本能がみこを苛んでいく……。

 

 

 ――――――

 

 

 次代叡智の書との約束の時間。

 神の間に1人の女性が姿を見せた。

 

「お前が……?」

「はい。らでんから知識の呪を継承しました、一条莉々華と言う者です」

 

 莉々華は簡潔に自己紹介すると素早く視線をみこの隣に移した。

 

「ときのそらです。よろしく」

「何の話かは知らにぇがこっから先はそらちゃんも交えて進める。どんな話でも、だ」

「……まあいいでしょう。分かりました」

 

 莉々華は入り口の前に立ったまま話し始めた。

 

「らでんから呪消滅の手段について詳細は?」

「聞いてはにぇが、多分プランがあるってのは察してる」

「ではそのプランについて説明します」

「……ああ」

 

 顔を顰めつつも頷くみこに、莉々華は躊躇なく説明を始めた。

 

 みこが呪を生んだ人間だと嘯いて、ミオにみこを殺させる事。

 それによりミオの呪が発動して世界から呪が消える事。

 次の戦いでその結末まで運ぼうと画策している事。

 

 一頻り話し終えると莉々華は「どうでしょう?」と作戦の不備がないか問うた。

 

「……作戦は分かった。確かにそれが上手くいけば呪は消えるかもにぇ」

「はい」

「でも目に見えた問題がふたつある」

「なんですか?」

「ひとつは力を自覚してないミオちゃんがみこに勝てない事」

「それは工夫を施します」

「もうひとつは、ミオちゃんがみこを殺せないこと」

「…………」

 

 莉々華は険しい顔で口を噤む。

 そらもまた難しい顔でみこの横顔を見つめている。

 

「トロイアで対面して確信した。あの二人はみこを殺せない」

 

 その点に関しては莉々華も多少の懸念があるようで、一概に否定はできないでいた。

 みこは莉々華の表情からそれを汲み取り、間髪入れず続けた。

 

「ミオちゃんとフブキちゃん以外に殺されたって、お前の理論上は問題にぇはずだ。結局んとこミオちゃんが思い込めればいいわけで」

「理論的にはそうです。ただ、少なくともミオさんの目の前であなたが死ななければ事象に不具合が生じます。みこさんが死んでからそれをミオさんが認識するまでの空白です。この間に呪が消える事はまずないでしょう。そうなるとミオさんが死を認識したとしても、呪が消えない可能性が大きくなる」

 

 ミオに僅かでも疑念の余地を与えてはならない。

 そうならない為にはミオの目の前でみこが死ぬ必要がある。

 ならばミオに直接手をかけてもらうのが最も確実だ。

 

「そうか。でもじゃあそもそもの話するけど、多分ミオちゃんはみこを殺してまで呪を消したいとは思わにぇ。自分で言うのもなんだけどにぇ」

 

 ミオの意識が鍵となるこの作戦。

 ミオの感情を掌握できていない状況で行うにはあまりにも賭け要素が強すぎる。

 ここまで来て失敗は許されない。

 

「……それについても工夫を施します。決戦日までに口車に乗せて最低でもあの2人は出陣させます」

「…………」

 

 受け答えにメリハリのない莉々華にみこは次第に不満を募らせていく。

 

「オメェほんとに『叡智の書』なんだよな?」

「……はい」

「の割には歯切れ悪いし、どっか曖昧だし、発言の説得力がにぇ」

「それは…………まだ継承したてですし……らでんと比較すれば莉々華は……」

 

 みこの鋭利な言葉の刃に莉々華の瞳に影がさす。

 同時に莉々華は少し腹を立てて言い返したい気分になった。

 

「――そう言うあなたこそ今更善人ぶってうじうじと。文句言う前に自分で作戦考えればいいじゃないですか」

「――――――――」

 

 莉々華の感情的な反論にみこがギロリと睨みを効かせたが、口論を繰り広げる事はしなかった。

 だがここぞと言わんばかりに莉々華に対抗策を挙げる。

 

「こよりを呼ぼう。こよりにこの事話して最善策を講じて貰えばいい」

「――えっ……いやそれは……」

 

 みこの提案に莉々華が急な焦燥感を見せる。己に自信が持てないのか反発もどこかぎこちない。

 

「知識と計略の合策ならお互い文句にぇだろ」

「それは――そうですけど……!」

 

 こよりの発案が最善である事は認める。

 しかし……

 

「いえ、やっぱりダメです。こよりさんには話すべきじゃありません」

「なんで」

「おいそれと話していい内容じゃないからです。もっと信頼を確実なものにしてから――」

「こよりなら大丈夫だ。にぇ?」

「ん。私も賛成」

 

 ずっと傍観していたそらもみこに賛同しいよいよみこがスマホを取り出した。

 莉々華は口をパクパクさせながらみこの動作を見つめていた。

 

「あ、こよりー? 大事な話があるから1人で神の間に来てほしんだけど……ん。うん、じゃあ待ってるにぇ」

 

 通話を終えるとみこは肩の力を抜いてソファに寝転がった。

 莉々華は立ったままだ。

 そらもソファの空白に小さく腰を下ろし、その状態で3人、こよりの到着を待った。

 

 僅か10分後、転移音が鳴り、扉がノックされる。

 

「どうぞー」

「失礼しま――す」

 

 こよりが扉を開いた先、いの一番に視界に入るのは見覚えの無い朱色の長髪。

 言葉の最後だけがやけに緊張感を増していた。

 

 こよりは扉前に佇み、振り返った莉々華と見つめあった。

 

「誰ですか?」

「叡智の書、一条莉々華です」

「………………」

 

 こよりが苦い顰めっ面で莉々華から視線を外し、みこの元まで歩み寄る。

 

「みこにぇさん、話ってなんですか?」

「ん。これからの事について凄く大事な話があるからよく聞いてにぇ」

「はい」

 

 

 

 みこは莉々華から聞いた作戦とみこ達が今まで戦ってきた理由の全てをこよりに語った。

 何ひとつ、嘘偽りなく、全てを。

 

 

 

「――て事なの。だからこよりの計略で作戦を考えて」

「――――――」

「こより?」

 

 呆然とみこを見つめるこより。

 一気に話し過ぎて脳がパンクしたのだと思った。

 みこはこよりの肩にポンと手を置き意識を呼び戻す。

 そしてもう一度、

 

「策を練って欲しい」

 

 面と向かって頼んだ。

 

「……いやです」

 

 

「――は?」

 

 

 面と向かって拒否された。

 言葉を間に受けられず、思わず態度の悪い声が漏れてしまった。

 こよりは何かに怯えた面持ちで一歩後ずさる。

 

「ぇ……な、なんて――?」

 

 みこの脳は未だに理解を拒んでいた。

 後方に控えるそらも珍しく驚愕、動揺しており莉々華もまた焦燥感を露わにしている。

 

「だからさこより! 呪を無くすための作戦を完璧なものにしたいから! こよりの呪でその策を」

「いや――」

 

 こよりの全身がわなわなと震えていた。

 こよりの肩を力強く掴むみこのその腕も震え始めていた。

 みこが迫真の表情で瞠目し、徐々に絶望の色を濃くしていく。

 こよりもまたその表情と向かい合い、恐怖で凍えていく。

 

「お願いこより‼︎ こよりにしか頼れねえんだって‼︎」

「いや――。いやです――‼︎‼︎」

「なんで⁉︎」

「だって――だって――!」

 

 次第にみこの言動が恐喝へと変貌していく。

 

 こよりが隠すことも無くポロポロと涙を流した。

 

(呪が消えたら――にぇさんは――――)

 

「こより‼︎ こよりぃ‼︎‼︎」

「いやだ‼︎ いやですっ‼︎‼︎」

 

 ほぼ鷲掴みされた肩を全力で振るいみこの両腕を払い除けた。

 

「ッ――‼︎」

「まずい!」

 

 こよりは涙を散らしてその場を逃げ出す。

 この場から逃げ出そうとする。

 

 莉々華の焦燥と警鐘。

 みこもそらも後に引けない大失敗を犯したのだと漸く自覚した。

 

 こよりは「伝令と計略の呪」を持つ。

 

「待ってこより‼︎‼︎」

「――‼︎」

 

 みこの決死の呼び止めにもこよりは答えず扉を突き破ろうとした。

 

 みこの世界の時間が果てしなく停止に近い状態へと至る。

 

 莉々華が手遅れながら駆け出した。

 そらが奥歯を噛み締めて手を振り翳した。

 

 みこはこよりを引き止めようと右腕を振り上げてその手を突き出し、大声で叫んだ。

 

 

「こよりィィッ‼︎‼︎」

 

 

 目を突き刺す眩い閃光が飛び出す。

 次の瞬間、バランスを崩したこよりが前の減りに扉へと突っ込み、扉をぶち破て盛大に転倒した。

 

 途端、みこの世界は何事もなかったかの様に動き出した。

 

「……」

「――」

 

 駆け出していた莉々華が足を止めて黙り込む。

 振り翳した腕を静かに下ろしてそらが目を伏せる。

 

 みこが伸ばした手を……額に添えた。

 

「……ッッ‼︎」

 

 額に爪を突き刺した。

 額に血が滲む。

 力一杯瞼を通って頬の辺りまで顔面を引っ掻いた。

 眼球まで傷ついて片目が真っ赤に染まった。

 反対の手で頭皮に爪を立てた。

 メチャクチャに掻きむしると絡まった髪の毛が何本も千切れた。

 

「ァアア゛ッ゛‼︎」

 

 咆哮が轟く。

 

「ン゛ア゛ァ゛――――――‼︎‼︎ 」

 

 喉の奥から声にならない声を上げる。

 

「ンに゛ゃァ゛アアッ‼︎」

 

 頭をひたすら掻き毟り、愛嬌のある顔をズタズタにしていく。

 膝から崩れ落ち額を地につけるとガンッ、ガンッと自ら額を割る。

 

「ア゛ァッ‼︎ ンァ‼︎ に゛ャァ‼︎」

 

 局所的に頭突きを繰り返し、頭蓋を粉砕する勢い。

 周囲に血が何度も何度も飛散する。

 

「んァッ‼︎ んぁ‼︎ ァッ‼︎ アァッ‼︎ ァッ‼︎」

 

 両腕を何度も地面にぶつける。

 肘や指先、手の甲からも出血する。

 地についた膝にも岩肌がめり込み、それに削られて血が滲み出す。

 

 身体がズタズタになっても尚、それらは生温い痛みだった。

 

「んや゛ッ‼︎ や゛ッ‼︎ に゛ゃッ‼︎ に゛ゃッ‼︎ ん゛――」

「――みこち‼︎」

 

 そらが躓きながらみこに駆け寄り、ぐっと押さえつける様に抱きついた。

 

「んや゛‼︎ んや゛ァ‼︎」

 

 自傷を繰り返すみこを止めようと全力で押さえ込むが、みこは腕を封じられ背中にそらをくっ付けたままひたすらに地面に額を、顔面をぶつける。

 

「みこち‼︎ みこちぃ‼︎」

「ん゛ッ――――」

 

 背に滴る生温い雫が少しずつ、みこの心の奥底まで滲んでいく。

 そらの抱擁の力強さが増した。

 

 みこの全身がガタガタと震えている。

 それが分かるくらいにまではみこの暴動が治った。

 そらはみこの震えが止むまで寄り添おうとした。

 しかしみこは腕ごと体を捕まえているそらの手から虚弱な力で抜け出して、中腰まで立ち上がる。

 その状態で歩き出し、転び、また起き上がって歩き出しては転び……赤子の様に拙い歩みで壊れた出入り口まで進んだ。

 

 砕けた木製の扉。その残骸の上に転がるこより。

 

 みこは血塗れの手でこよりの身体を掴み、手繰り寄せ、胸に抱えた。

 葛藤と拒絶心が反映された表情と瞳がじっと虚空を見上げている。

 顔には扉の破片が刺さっており微量の血が滲んでいたが、それ以上に半透明の液体が瞳から頰にかけてを汚していた。

 みこはこよりが直視する虚空の前に割り込んで、正面から見つめ合った。

 見つめ合った視線はもう永遠に絡まない。

 

 ぶわっ、と液体化した感情が勢いよく溢れ出す。

 額や頭部から流れる血と混ざり合った薄赤い液体がびちゃびちゃとこよりの顔を……髪を染めていく。

 

「こよりぃ……ごめ゛ん゛……!」

 

 無意味な言葉も溢れてきた。

 

「ごめ゛っ……ごめ゛ん……ごめんね…………ごめん……ごめん……ほん゛どにごめ゛っ…………ごめん……ごめん……ごめん……」

 

 価値の無い言葉を壊れた機械の様に繰り返す。

 ぎゅっ――とこよりの亡骸を抱き締めてひたすらに同じ言葉を繰り返した。

 

 

 

 何分同じ事を続けていたのかは分からない。

 しかし恐らくかなりの時間を過ごしたのだろう。莉々華がみこの声と涙が枯れてきた頃、声量と感情を抑えてそっと背後から声をかけた。

 

「みこさん。今天界からこよりさんの死体が出ると混乱が起きます」

「……こめん……ごえっ……ごめん……」

「こよりさんの遺体はこちらで預かってどうにか死因や推定時刻を誤魔化します」

「……ごめん……ごめん……」

 

 莉々華は視線をそらへ移した。

 

「こよりさん不在の理由も一応作っておいてください」

「――わ……か、た」

 

 莉々華は目を細め、瞳を曇らせてもう一度みこの背を見つめた。

 

「この件は口外無用でお願いします」

 

 理由については、もう語るまでも無い。

 

「……こよりさんを私の車に運びます。手伝ってください」

 

 莉々華は恐る恐るみこに迫りながら告げた。

 するとようやくみこは呪を吐く事をやめる。

 

「……あとでちゃんとかそうしてうめてあげたい……」

「分かりました」

 

 莉々華は頷いた。

 するとみこはこよりの身体を繊細に抱えて慎重に立ち上がる。

 そらに身体を支えてもらいながら、変わらず覚束ない足取りで神の間を抜け、地上に出て莉々華の車の後部座席にこよりを寝かせた。

 

「それでは失礼します」

「「…………」」

 

 莉々華は車を走らせて聖域を去っていった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 後日、みことそらとはあとは神の間にて実質的な最後の会議を行っていた。

 

「きてくれてありがと。たぶんこれが最後の会議になると思う」

「そっか……」

 

 会議早々にみこが口にした言葉の孕む意味はそらもはあとも理解できた。

 

「でもきっと次の戦いが最後の戦いにはならない」

「――?」

 

 続く発言で2人は矛盾を覚えた気になった。

 

「やっぱり莉々華の作戦は不完全だと思う。例えミオちゃんたちがみこを殺せても、呪が消えるとは思えない。だから作戦考えたんだ」

 

 刹那だけ声のトーンを落とす。

 その先は淡々と飾り気のない声で続ける。

 

「莉々華の言ってた作戦。あれって、要はミオちゃんの意識の問題なわけだよね。だから実際にはみこが死んでなくても、ミオちゃんがそう思い込めれば実現可能になる」

「まあそうだね」

「ラプラスや義翼が魂を掴んでどうこうするの、自分の魂くらいならみこも真似できると思うんだよね」

「それはどう言う……」

「魂のかけらを一つ以上残した状態なら死後もみこは多少の自由が効く。だから死んだ後、誰のでもいいから肉体に入ればみこは生き続けられる」

 

 ラプラスの呪をイメージしてみこの考えを追うと概ね把握できた。

 

「莉々華の作戦通り呪が消えたなら、みこは潔く死ぬ。でも作戦が失敗したなら、みこは誰かの身体を奪って生き返る」

「それは……案としてはいいけど、実践してみないと分かんないでしょ?」

「うん。でもラプラスの力を見たことあるからイメージはついてるし多分できるよ。ただ別の問題がふたつあるの」

 

 みこが指をふたつピンと立てる。

 

「ひとつは魂の憑依の条件。相手の魂の許可なく人の身体に押し入るには、それなりの心の隙がいること。これははあちゃまに力を借りようと思ってる」

「分かった」

「もうひとつは憑依先。みこ的にはフブキちゃんかミオちゃんを狙いたい。無理なら他の叛逆者の誰かでいい」

「それはどうして?」

「それが1番ミオちゃんが呪の消滅を望む確率が高いと思ったから」

「……なるほど」

「フブキちゃんに憑依出来るのが1番おいしい。みことフブキちゃんの命を二者択一にしてしまえば間違いなくミオちゃんはフブキちゃんを取る」

 

 中々に考えられた計画。

 到底みこ1人で考えたとは思えられない出来だ。

 決して穴が無いわけではないが大概の理論は成立している。

 だからこそ、そらとはあとは訝しげに目配せしてみこを憂慮気味に見つめる。

 

「よく、出来てると思うよ。でも……」

 

 いつもとはまるで違う。

 いつもとはまるで違う、その理由は分かりきっている。

 

「……みこはずっと人を殺してる」

 

 室内の空気がズッシリと重くのしかかってきた。

 

「何をやっても人を殺す。みこには人を殺す呪が刻まれてる」

 

 人を殺す為に世に生まれたのでないかと思うくらい殺してきた。

 

「みこに人助けは向いてない」

「みこち」

 

 はあとがすかさず声をあげた。

 みこの沈んだ瞳を正面から見つめて首を大きく横に振った。

 そんな事は無い、と。

 

「頭悪いのにみこがずっと生半可な気持ちでこんな事やってるから、いつも余計な事して、余計に人を殺して……」

 

「みこにできるのは人殺しだけ」

 

(それに今更誰が死んだって……)

 

「だからみこは殺し続ける。それがみこに与えられた唯一の才能」

 

 今にして答えに辿り着く愚かさ。

 

 みこは善人になれない。

 みこは悪人になりきれない。

 高望みにはもう疲れたし、どうせ何にもなれないならみこは人殺しの方が向いている。

 人を殺し続ける事がみこに課された責務であり、天から与えられた命なのだ。

 今更1人や2人殺したって変わらない。

 今更1人や2人助けたって変わらない。

 

「そらちゃん……」

「う――」

「ごめん」

 

「せめて……せめてそらちゃんが、助けてよかったって言える人間になりたかった……」

「私は――みこちが死んだ時に『よかったね』なんて言わないし、言いたくない。それに私の考えはずっと前に伝えたでしょ」

 

 そらが握り拳を作ってみこに訴えた。

 

「この闘い、ちゃんと終わらせよう。きっとうまくいく」

 

 みこが眩そうに顔を顰めて視線を逸らす。

 見兼ねたはあとが大股で近寄りガシッと肩を掴んだ。

 

「覚悟決めたんでしょ」

「――――」

「やり遂げよう」

「……ん……うん」

 

 重たくも頷くみこ。

 はあとは両腕から脱力しそっと微笑んだ。

 

「みこちがいなきゃ私は死んでた。ちょこ先生やあやめちゃん、孤児院の子たちだってそう。私はみこちが生きててよかった」

 

 交差する視線。

 微かな沈黙。

 

 はあとが徐に両腕を下すと凍っていた時間が動き出す。

 

「全部終わったら、地獄でじっくり話そう」

「そうだね」

 

 そらとはあとが横並びでみこに笑いかける。

 みこは自嘲気味に笑って、

 

「地獄に堕ちるのはみこだけだよ」

 

 とお茶を濁す。

 

「何言ってるの。共犯だよ、私たちは」

「うん」

 

 曇りの無い表情。

 みこは自分の認識が間違っているのかも、と錯覚しそうになった。

 

「少し先になるとは思うけど、私たちもちゃんと会いに行くから」

「……ん」

 

 みんなで儚く笑った。

 

「じゃ……よろしくにぇ」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 走馬灯が巡り終えたのか、世界は真白に染まっていた。

 

 

 そんな真白の世界の果てから、鳴き声が響いてきた。

 泣き声が近づくにつれて世界は形を成していく。

 

 

 ――――

 

 

 私は崩壊した集落を歩いていた。

 

 

 倒壊した家屋に炎上する家々。

 火の粉と灰が舞い散っていて呼吸をすると喉が熱い。

 

 辺りを見回しても建造物は何ひとつ形を保っていない。

 道路や瓦礫の下には集落の者と思われる死体が幾つも転がっている。

 

「……!……!……!」

「――⁉︎」

 

 泣き声がした。

 私は一目散に駆け出した。

 

「あぁぁあ! あ゛ぁぁあっ!」

 

 声は次第に近付く。

 私は息を切らせて走った。

 

「あ゛ぁぁっ! あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ――」

「――!」

 

 倒壊した病院の前で私は立ち止まった。

 泣き声はその瓦礫の下から漏れ出ていた。

 私は急いで瓦礫を退かせて声の主を探す。

 

「にゃ――」

「あ゛ぁぁあああああああああああああああああっ! あ゛ぁぁあああああああああっ! あ゛ぁっ! あ゛っ! あ゛ぁああああああああああっ‼︎」

 

 数人の死体に護られて赤子が2人埋もれていた。

 私は言葉さえ喋れないその赤子をそっと繊細に抱き寄せた。

 片腕に1人ずつを抱え病院の残骸から距離を置いた。

 

 その間も、赤子たちは何も分からずただ喚き散らしていた。

 

 私は人気の無い集落見回して叫んだ。

 

「誰かぁー‼︎ いませんかぁー‼︎」

 

 声は集落にこだまし、瞬く間に両脇の赤子の叫びにかき消される。

 

「誰か‼︎ 生きてるやつはいにぇのか‼︎」

 

 私は声を張り上げて近場を捜索した。

 けれど、返事は一つも返ってこなかった。

 

「…………」

 

 私は泣き喚く2人の赤子を宥める様に体を譲った。

 だが泣き止む気配はまるで無い。

 

「…………。……ん。ょし」

 

 私は2人の赤子を抱えて集落を後にした。

 

 

 

 転移で孤児院の近くに飛び、そこから歩いて孤児院へと帰ると私を見てそらちゃんが目を丸くしていた。

 

「どしたのその子たち!」

「ん。崩壊した集落で見つけたの。他に誰も生存者いなさそうだったから……」

 

 そらちゃんは凄く困った顔をしてた。

 でも直ぐにキッチンに行ってあったかい粉ミルクを用意してくれた。

 

 私とそらちゃんで2人にミルクを飲ませてあげた。

 物凄い食い付きでどんどん飲んでいく。

 そしてお腹がいっぱいになると小さく空気を吐いて眠りについた。

 

 場が一気に静まる。

 するとそらちゃんが重たいため息をついた。

 

「どうするの、この子たち」

「うん、育てる」

「上の方はどうするの。人探しもしなきゃなんだよ」

「なんとかするよ」

「もう……全く。名前も分かんないのに」

「う〜ん。そうだにぇ〜」

 

 困ってたそらちゃんの顔がいつの間にか微笑んでた。

 私も何となく微笑んでいた気がする。

 

「みこが面倒見てあげっからな〜」

 

 

 ――――

 

 

 形の異なる耳と尻尾を生やした2人の赤子を見つめる細い視界に――やがて幕が降りた。

 

 

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