叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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奮迅と審判①

 

 心地よい夢の中に居たフブキの顔面に、べちべちと何かが当てられた。

 驚き慌てて跳ね起きると、らでんの碧く澄んだ瞳が覗いていた。

 美しい瞳に吸い込まれそうなフブキの頬を、らでんは引っ張った。

 

「ほら、寝惚けてないでもう1人も起こして。早朝には発つと約束しただろう」

 

 3人は小さな布団を床に3つ並べて寝た。

 寝心地は良くなかったが野宿と比較すれば雲泥の差。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 らでんはキッチンへ戻り、沸かした湯をお椀に注いでいた。

 フブキはぼやけた視界と頭を覚醒させ、まずミオの体を揺する。

 自分の寝顔を見たことがないので、やはり妙な気分。

 姿がミオのままなら、少し頰に指を埋めたり、髪を撫でたり、気が向けば口元に手を当てたりするのに……。

 

「ミオ。み〜お〜」

「ん、んむぅ……」

 

 嫌がる様にフブキの手から逃げたので、追い掛けて再度揺する。

 起きるまで何度も起こす。

 2度目でミオの意識も現実に帰還し、漸く細く目が開いた。

 

 翡翠のような輝かしい瞳が、まだ光を強く灯していない。

 ミオはまだ寝惚けている。

 雪の様に真っ白な髪の一部分が隊列を乱して跳ねている事も気になる。

 

「ミオ、朝だよ」

「んぅ……うん」

 

 フブキと同様に二度寝はせず、きちんと上体を起こして目を擦った。

 意識が固定されると、目前に座り込む自分の姿も不自然に思わない。

 

「今……何時?」

「えっと……7時半」

 

 付近に時計を探すと、テレビの隣にデジタル時計が置いてあった。

 ミオも遅れて、食卓付近の壁にアナログ時計を見つけて確認する。

 

「うぅ……らでんさん、トイレ借りていいですか?」

「どうぞ」

 

 ミオは小走りにお手洗いへ。

 フブキは食卓へとついた。

 白米、インスタントの味噌汁。これが今日の朝食だ。

 

「学生みたいな朝食だね」

「何を言ってるんだい? 学生時代はパンとヨーグルトだろう」

「コーンフレークもありますよ〜」

 

 学生の朝食メニューの話題で盛り上がる。

 奏は起床が早かったようで、既に朝食を食べ終えていた。

 

 フブキはえへへと笑いながら、ミオを待機する。

 やがてミオが食卓へついた。

 トイレから戻ったミオの手はほんのり湿っている。

 

「「いただきます」」

 

 2人は行儀良く合掌し、箸を掴む。

 質素な食卓だが、提供された事に何より感謝を。

 

「奏ちゃんはまだ私たちに付いてくるんだよね?」

「ん〜? そのつもりですけど〜」

「ならさ、一度かなたさんの所に戻りたいから、会う方法教えてよ!」

 

 口に含んだご飯を咀嚼し、飲み切ってから口を開く。

 奏はずずっと温かいお茶を啜ると……、

 

「奏知りませんよ」

 

 然として答えたので、フブキはぽかーんと口を開けた。

 飲み込んだ後で良かった。

 

「……え、でもそんな口振り、だったよねミオ?」

「うん……そうだった様な……」

 

 相槌を打つと一度口元を隠して口の中のご飯を嚥下し、答えた。

 そして思い返してみる。

 

「何とかなるって奏は言ったんですよ〜」

 

 冗談じゃない……。

 まさか、手掛かりすら無いのか⁉︎

 

「何とかって……手掛かり無しじゃ何とも――」

「手掛かりならありますよ〜、ほらぁ」

「え、ぁ……」

 

 奏がへらへらと指差す先にはらでんが。

 ああそうだ。昨日の今日でもう忘れていた。

 奇妙な事に、らでんは嘘偽りの無い博識だった。

 

 当然この会話はらでんの耳にも入っている。

 だから会話の途中から、話題に上がる事は予想されていた。

 自身が食べ終えた食器を洗う手と水を止めて、らでんはくるりと身を回す。

 

 可憐な立ち振る舞いと容姿に目が奪われる。

 

「君はもう少し遠慮という物を知るべきだ。この子達の様にね」

「はへ?」

「確かに対価を平等にする為と称してここでの一泊を認めたし、未だアレに匹敵する対価を払い切れていない事は事実だ」

 

 ダイニングテーブルまで歩み寄り、更に奏の顔に指を突きつけた。

 彼女の説教じみた口調に慣れてしまった自分に、フブキは内心苦笑する。

 

「けれど情報が欲しいならそれは別料金だ。これは変わらない。そもそも一泊を許可したのも、気まぐれに近いんだ」

「ほぉ……」

「やれやれ……本当に分かっているのかい?」

 

 拍子抜けする相槌にらでんは肩を竦めた。

 奏のおちゃらけた態度を目の当たりにすると、フブキもミオも今後が心配になる。

 奏はいない方が良いのかも、と。

 

「それにだ、この子達は君ほど神経が図太くない。今の私に義翼の情報をせがむ度胸はないんだよ」

「「――! ――!」」

 

 ちらりと視線が向くので、ご飯を口に入れたまま首を振った。

 フブキなんて味噌汁を啜りながら慌てる物だから、少し汁を溢してしまう。

 

「ああ! ご、ごめんなさい!」

「わあっ! ちょっ、フブキ……!」

「……はぁ」

 

 らでんは深々とため息をついた。

 布巾とペーパーをキッチンから持ち出して、ほら、と手渡すと距離を取って最後のタバコを咥えた。

 残り2本のうち一つのマッチも惜しげ無く使い、僅かな黒煙を昇らせる。

 

 タバコの煙がふわりと上がり、近場の窓から外に広がった。

 

「さて、君たちはそれを食べたら出ていってくれよ」

「あ、はい! そうします!」

「これ、ありがとうございます。ここに置いときますね」

 

 ミオは借りたペーパーをキッチンの台に置き、布巾も流水で洗った後、同じ場所に置いた。

 奏は食器をテーブルに残して席を立ち、洗面台へと向かった。

 奥でくちゅくちゅ、ぺっ、と口を濯ぐ可愛らしい音が聞こえる。

 

 容姿も申し分なく、話し易く、機転が効くから、もう少しデリカシーや常識があれば更に評価が上がるのに。

 完璧が存在しない仮説の後押しにはなるが、別に誰もそんな説を証明する気は無い。

 

「……参考までに聞くが、君たちは進む道を決めたのかな?」

「――むぁ、ふぁい!」

 

 フブキはうっかり口に食べ物を含んだまま返事してしまった。

 誰も気に留めないが。

 それでも尻尾が後ろめたく影に隠れた。

 

 急いで自身の嚥下を促し、口を空にする。

 そして湯呑みのお茶を一口。

 

「冥界に、行こうと思います」

 

 フブキより数秒早くミオが答えた。

 うんうんと相槌を打って、もう一度ご飯を口に運んだ。

 何の為に慌てて飲んだのやら……。

 

「そうか」

 

 らでんは無関心を装って短く切る。

 2人にはそれが装いなのか判別できず、顔を見合わせた。

 

「……ふぅ」

 

 らでんはもう一度タバコを吸う。

 喉を通してタバコを味わい、煙を肺に通して、息を吐く。

 少し辛味が増した。

 

 タバコの先端が灰となり崩れかけた為、灰皿に軽く叩いて灰を崩した。

 

「……」

 

 らでんが虚空を見つめて朧げに目を薄めた。

 知識人の思考や感性は常人には計り知れぬ。

 フブキもミオも、会話を中断して食事を進める事とした。

 とは言え残り僅か。

 2人の小さな一口を3回ほどで完食できる量だ。

 偶然同じタイミングでほぼ同じ量を口元に運ぶ。

 少し笑えた。

 

 自分の顔と目が合う事にも慣れ始め、表に出る感情の堅さも次第に解れ始める。

 

 フブキが半歩早く飲み込み、ミオも続く。

 そして2口目。

 フブキが一足早く口に運び、ミオも続く。

 そこで奏が洗面所より戻った。

 

「――ん、まだ食べてたんですかぁ?」

「――、――」

 

 先程のミスを繰り返さぬ様、フブキは口をしっかり閉じて大きく頷いた。

 奏は昨晩といい今朝といい、良く食べていた。

 昨晩6合も炊いて誰が食べるのかと思えば、奏が2.5合分を余裕で平らげたのだ。今朝も1.5合を2人の起床前に完食している。

 胃袋の作りが違うのだろう、きっと。

 

「奏はいつでも出れますよ〜」

 

 少し軽くなったリュックを背負って、奏はソファに腰掛けた。

 この家を後にすれば、この座り心地とはおさらばになる。

 最後に堪能しておかねば。

 態々背負ったリュックをソファに置いた。

 

「ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」

 

 2人も漸く完食した。

 自身の食器を流しまで運ぶとスポンジを手に取る。

 

「洗い物は放っていて良い。それより早く出ていきたまえよ」

「で、でも……ご飯をもらって、洗い物まで……」

「一泊させると決めた時からそのつもりだった。それよりもここに長居される方が困るんだよ」

 

 らでんはタバコを灰皿に押し付け、放ると奏の食器を下げた。

 

「予定の来客も30分と経たず到着する。ほらさっさと出ていきな」

 

 フブキの掴むスポンジを奪い取り、2人を玄関口まで追いやる。

 奏は自ら玄関口に立ち、3人の出発準備が整う。

 

「君たちの幸運くらい、祈ってあげるから」

 

 らでん1人が祈った所で、神の動向は変えられないが。

 きっと無意味では無いだろう。

 

「えっとそれじゃあ……ありがとうございます」

「ああ、君たちも頑張りなよ」

 

 追い出す様に3人をドアから押し出すと、感じの良い別れの言葉もなく扉を閉められた。

 

 

 朝の日差しを浴びて活力が増してゆくが、らでんの容赦ない追い出しに気勢を削がれてしまった。

 3人できょとんとした顔を合わせて感情を共有しながら、少しだけ光合成をする。

 全身がぽかぽかと温まり、削がれた気力が徐々に湧き上がるとフブキが「行こう」と昨日通った道を指差した。

 朝と夜で見える景色は全く異なり、整地された草地の美しさが目立っている。

 

 奏が豪快に体を伸ばした。

 瞳をぎゅっと瞑って腕を高々と上げて、「ふぃーーっ」と声を上げる物だからミオもフブキも見惚れてしまう。

 やはり容姿や一挙一動の破壊力は過去に出会った誰よりも群を抜いて高い。

 2人が口を揃えてそう明言できる。

 

「行きますかぁ」

 

 全身の緊張が解け、奏もやっと歩き始めた。

 目指すは昨日通った山の北東。

 なのでまずはその山へ向かう。ここから一直線に。

 下手に直線通路を取って迷子にでもなれば、却って無駄に時間を喰ってしまうから。

 安全に確実に行こうではないか。

 

 奏が2人の背後に到達すると同時に、がちゃりと音がした。

 背後の方で扉が開いた――そんな音。

 

「フブキちゃん!」

 

 らでんが扉から一歩出て右腕を大きく振るうと、ぐるぐると縦回転しながら綺麗な放物線を描き、何かがフブキに飛来する。

 急な振りだが、距離があった事が幸いしあわや鼻の骨が折れるようなヘマはしなかった。

 フブキの両手に収まったそれは、一般家庭でもざらに見る懐中電灯だった。

 

「上手く使いなよ」

 

 最後に言い残すと髪を振るって宅へ入り、扉を閉めて鍵も閉めてしまった。

 

 皆呆気にとられる。

 

「……コントロールが良かったですねぇ」

 

 以降の第一声がそれとは、相変わらずである。

 しかしお陰で普段の空気が戻った。

 フブキがかちっとスイッチを入れてみると、辛うじて点灯したが、きっと太陽光があるせいだ。

 暗がりで点灯させれば役割を全うするに違いない。

 

「奏ちゃん、これリュックに入れてもらってもいい?」

「はい、どうぞ〜」

 

 フブキが手渡そうと懐中電灯を差し出すと、奏は背中を向けてリュックを突き出す。

 入れろ、との事らしいので、フブキは釈然としないながらも丁寧にリュックに仕舞う。

 

 何故らでんが小道具を持たせたのか。

 その理由については皆同様の見解を得たので深く話し合う事はない。

 因みにその見解とは、目的地が冥界であるから、だ。

 冥界は謂わば地下都市。街灯のない小道や路地に入れば光は当然絶たれてしまう。

 そんな時に使えと、最後に良心を見せたのだろう。

 それでも50万の対価には程遠いが、フブキとミオは既に満足の行く情報を得た。不満があるとするなら奏だけだが、彼女はもう対価の事など頭から抜け出ていた。

 

「よいしょっ、と」

 

 奏がぴょんと跳ねてリュックの位置を直すと中の物が騒ぐ。

 

「行きますか〜」

「そうだね」

「うん」

 

 本日はフブキとミオを先頭に歩き出した。

 森の道に踏み込む前に一度だけ振り返り、巨大なツリーハウスを拝んで地を後にする。

 

 数分歩いてツリーハウスから離れると、控えていた会話が始まった。

 

「ねえ奏ちゃん。らでんさんは結局、『呪い』持ちだったの?」

「さぁ、どうなんでしょうねぇ」

 

 足元に注意を払いながら時折振り向く。

 奏は何とも取れない答え方をしたのでフブキは顔を顰めた。

 

 足元に落ちている小枝を態と力強く踏み折る。

 奏も同じ様に転がるドングリを踏み砕く。

 

 ぱきっ、ぴきっ……と定期的に音が鳴り、ミオは会話より其方に意識が裂かれている。

 

「らでんさんの事、知らないの?」

「知らないですよ〜」

 

 思い返せば、友とは言い難い距離感ではあった。

 

「じゃあさ、らでんさんが『呪い』持ちだと仮定して、どんな力を持ってると思う?」

 

 果てしない情報量と、現場に赴かず見聞する事が可能な力。

 『呪い』以外の特殊な力をフブキたちは知らないので、『呪い』と仮定した。

 

「言うなれば、欲する知識を得る、とかですかねぇ」

「ミオはどう思った?」

「え――あ、ごめん。うん……ウチもそんな風に思ったかな」

 

 この予想は最低、当たらずとも遠からず、と言ったところ。

 見事的中の可能性も高い。

 彼女の力はそれほど単純だった。

 

 もしフブキたちの予想が的中していて、更にそれに限界がないのだとすれば、神さえもその力を手中に収めたがるだろう。

 神の遣いがお得意様になるはずだ。

 

「でも……じゃあらでんさんは、敵、になるのかな……」

 

 フブキは更にらでんの事を思い返す。

 姿や立ち振る舞い、纏った衣装にあのツリーハウスと、色々頭に浮かぶがそんな有象無象はかなぐり捨てて、一つの忘れてはならない言葉を。

 

「情報を求められれば売ると言ってましたしねぇ」

 

 奏もそのセリフをきちんと記憶していた。

 ミオはうっかり忘れていた様で、あー、と小さく口を開けた。

 

 歩速は変えずに会話の足を早める。

 

「でも、ならどうして神様の仲間にならないのかな?」

 

 ふと浮かぶ疑問を口にしてみると、奏とミオも不思議そうに頭を抱えたり、顎に手を当てたりする。

 すぅーーっ、と森を突き抜ける風が全身を心地よく撫でた。

 

「あの人って、人と仲良くできるんですかねぇ……」

「そ、れは酷くない?」

「でも思いませんか〜?」

 

 会話をしていて皆が感じた事。

 膨大な知識こそあれど、皆がこぞって仲間に引き入れたがる人徳は無い。

 フブキたちや、神の遣いへの対応もそうだが、全ては客との商談の延長であり、友として相談に乗ったりはしない。

 情への訴えも無意味で、友として接するには少々気難しい女性である。

 

 フブキも奏の意見に同意してしまったので、言葉に詰まってしまったのだ。

 左の人差し指で編み込んだ髪を弄ろうとしたが、思う様な髪の束が掴めない。

 

 あっ、ミオの身体だったっけ……。

 

「らでんさんは何でも知ってる、とするなら、神様たちの仲間になりたくない隠された理由があるんじゃない?」

「――そうだよ! 叛逆叛逆って言ってるけど、らでんさんが居れば無敵じゃん!」

「無敵ではないけど、心強くはあるかも」

 

 「無敵」と過剰な発想を起こすも、ミオによって訂正された。

 フブキの意図は2人に迅速に伝わったに違いない。

 フブキとミオの症状が解消されれば、かなたたちと再び面会して、らでんの懐柔を提案しようではないか。

 そして――神の一団を地に落とす。

 

「そうと決まれば早く冥界へ行こう!」

「そうと決まらなくても早く行こう」

 

 冥界の次の目的が無かろうと、今の状態は早急に解消したいので。

 会話がスローペースになると同時に歩速が上がった。

 枝を踏み折る音も頻繁に聞こえるし、受ける風が若干強くなった。

 

「そもそもフブキ、上手く事が運んでウチたちが治っても、かなたさんたちに会う手段がないんだよ?」

「それは……頑張るんだよ」

 

 フブキも理解してはいる。

 そもそも3人全員が生きて冥界を抜け出す可能性すら低いのだから。

 

「まあまあ、諸々の話は上手くいってからにしましょうよ」

 

 珍しく奏が仲裁に入るが、口振りは縁起でもない。

 まるで上手く行かない根拠が大きくある様で……まあ、事実そうなのだが!

 

「そうだね……」

 

 

 3人は会話もそこそこにし、約半日かけて冥界の入り口まで到着した。

 

 

 

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