叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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奮迅と審判②

 

 フブキ、ミオ、奏の3人がらでんのツリーハウスを後にした僅か5分後、予定の客が当初の予定より30分早く到着した。

 

 抱え切れない程の大荷物を背負って、のそのそと。

 

 大木の根元まで来ると、朝の日差しを巨大な枝が遮る。

 どすんと地面に大荷物を置いて小休憩。

 

「……ふぅ」

 

 呼吸を整えて扉をノックした。

 こんこんこん。

 

 室内からがたんと音が鳴ったかと思えば、慌ただしい様相でらでんが扉を開けた。

 

「やあ、お待たせ!」

 

 らでんはほんの少し肩で息をしている。

 

「また色々買ってきたぺこ」

「ああ、助かるよ……」

 

 来訪者は長いうさぎ耳に天然の太眉、紅の瞳の中にはうさぎが住んでいる。

 結った青と白の髪には、不思議な事に人参を刺しているが、深い意味はないらしい。

 このキュティーバニーちゃん、名を兎田ぺこらと言う。

 

 神の一団以上の常連客。

 

 ぺこらは一度置いた荷物を担ごうと手を伸ばしたが……

 

「ああ! らでんが運ぶけん、ぺこらさんは気にせず部屋で休んどって」

 

 急いで荷物に駆け寄り手を掛ける……。

 

「おっ――も……」

 

 らでん1人の力では持ち上がらない。

 自分の非力さは承知だったが……ぺこらはこれを1人でここまで?

 

「一緒に運ぶよ」

 

 見兼ねたぺこらは優しく手を貸して、共に荷物を室内へと運んだ。

 荷物を床に落として、らでんは扉の鍵をかけた。

 

「それで……」

「はい、これ」

 

 そわそわと荷物の結び目を解き始めるらでんにぺこらが小さな箱を投げた。

 それはらでんお気に入りのタバコ。

 更にもう一つ、ライターを投げ渡す。

 

「た、助かったぁ……」

 

 嬉々としてシガレット1本を取り出し、口に咥えるとライターの安全ロックを下ろして火をつけた。

 オレンジ色の揺らめく炎が懐かしい。

 息を吸い込みながら先端に点火するとほんのりと赤らんで熱を帯びる。

 そして特有の煙を上げる。

 

 敢えて一度煙を吹かし、もう一度吸うと今度は喉奥まで通す。

 苦味と辛味が強く、タバコとしての味も強い。

 これが美味しくてクセになるんだ……。

 

 煙を立ち昇らせ、恍惚とした微笑でぺこらの対面へ座り込む。

 

「いやぁ〜すまないすまない――」

 

 一瞬忘却した自我の復権で、先迄とは様々が一変した。

 しかしぺこらは静かに苦笑して見逃したふりをする。

 店側の意思を尊重できる、由緒正しき客だからこそ真の常連となったのだ。

 

「それで……まさか思い切った模様替えとは言わないぺこな?」

「ははは、まさかね……断捨離とすら言えない」

 

 壊れた机の残骸を一瞥し合い、軽いジョークを交わす。

 その間にらでんがタバコを吸った数、実に3度。

 脅威の中毒レベル。

 

「ぺこーらの用事も済ませたいけど、冷蔵品は早めにしまった方がいいと思うぺこ」

「ん、ああそうだね、その通りだ――っよ」

 

 ぺこらの助言に重たい腰を上げた。

 演技のようなその姿は、あたかも長時間座していたようで大袈裟であった。

 タバコに毒されて運動器官が鈍ったか。

 

「もしよければ手を貸してもらえないか?」

「おけ」

 

 軽い二つ返事に乗るような動きの速さ。

 その身軽さは細身故か、生まれつきか。

 彼女の身の細さは、らでんの出会った限りでは奏に次ぐだろう。

 素早さこそあれ、パワーは低いに違いない。

 だと言うのにこの大荷物。

 らでんの運動能力の低さが相対的に下がるや下がる。

 

 開きかけの結び目を完全に解いて中身を拝見するように仕分けする。

 主に食品・その他と分け、更に食品を常温・その他で分類。

 ぺこらはてきぱきと行動するのだが、らでんは早速手が止まる。

 

「おおお‼︎ これは――!」

 

 今にも鬼を殺してしまいそうな紙パックを手に取り掲げる。

 照明と被せて見れば、後光が差して無駄に神々しい。

 らでんの瞳も後光のように煌びやかになる。

 

「早速――」

「バカタレか!」

「あっ! あぁ……」

 

 鬼を殺す酒は取り上げられる。

 ぺこらの特大がなり声に怯む事もなく声を萎れさせて憐れな表情を残す。

 

「酒飲んだらあーた、話し合えんでしょうが!」

「ひとパックくらいどうって事……」

「要件が済むまでは禁止! いいぺこな!」

「くぁ〜……」

 

 致し方無しに仕分けを再開。

 これを終えてぺこらの話を聞けば飲めるのだから、少し辛抱しよう。

 

「まったく……だからすぐ欲求不満になるぺこなんだよ」

「欲求不満は言葉が悪いなぁ、人を3代欲求の権化みたいに……」

「タバコとお酒も欲求の一つぺこだろ」

「それはそうだが我慢くらい出来るさ」

「どーだか」

 

 ぐちぐちとお互い溢しながら、せっせこ働く。

 巨大な包みの中身はやがて床の上や机の上に並び、綺麗に仕分けされた。

 インスタント食品、米、野菜、野菜の種、肉、魚、果物、紅茶のパック、緑茶のパック、缶ビールなどその他ドリンク、つまみに菓子。

 

 消費期限の近い物から、長持ちする物まで幅広いレパートリー。

 但し肉や魚は数量を抑えている。

 一人暮らしの自炊の量を計算し尽くした買い物だ。

 

 冷蔵品と冷凍品をそれぞれ丁寧に詰める。

 肉と魚は忘れない様に手前上に、日持ちする物は奥に、と考えながら整頓。

 長時間かける事なく食品は片付いた。

 

 そして日用品も棚や引き出しに仕舞って荷解き完了。

 埃も気になる程は舞わずに済んだ。

 らでんはジュースをコップの半分程度注ぎテーブルに配置すると、ぺこらと顔を合わせて座る。

 2本目のタバコを引き抜いた。

 

「それで今日は……うん、予想はつくね」

 

 タバコの苦味を喉に当てる。

 鼻を突き抜けるタバコの香り。

 ぺこらは副流煙にも顔色一つ変えない。

 

「彼女との進展はあったのかい?」

「あるわけねぇぺこだろ。ここ数週間会ってすらねえぺこだし」

「心中お察しするよ……さぞね」

「最近の動きを教えて欲しいぺこ」

「最近の動き、ねぇ……」

 

 らでんは情報を欲した。

 その情報が、まるで依然頭にあった様に脳内に溢れ出す。

 どの情報から話すか1分ほど悩んでしまった。

 お陰で伝え損ねた。続く来客のせいで。

 

 コンコンコン……と扉が叩かれる。

 

 来客など微塵も想定しておらず、らでんは驚き顔で新たに情報を取得し……ますます驚く。

 

「また厄介なのが来たよ」

「ぺこちゃん邪魔?」

「いいや、君はいていい。2人も上げるから待っていてくれ」

「おけぺこ」

 

 タバコを灰皿で擦り潰し消化すると、その上にぽいと投げ捨てる。

 髪を大きく振り乱して半回転、重たい足取りで客を迎えに行く。

 

「いらっしゃい、君たちまで何のようだい?」

 

 らでんが扉を開けると2人の女性が入室してきた。

 

 1人はやや高身長で、1人はらでんやぺこらと近しい身長。

 

 鈍い銀髪をユサユサと揺らし大きな態度で勝手に入室する高身長の女性は、頭に小さな耳が生えており、お尻の上あたりには可愛らしい尻尾が伸びている。

 奮迅獅子――獅白ぼたん。

 

 もう1人の女性はツバつきの帽子を逆さに被り、首にホイッスルを下げている。

 短い黒髪はらでんよりも濃く、青空の如く澄んだ瞳はプレアデス星団のように煌めき、片手には六法全書を携える。

 神の一団としては珍しく、入室時らでんに簡単な会釈をする常識人。

 神仙陪審員――大空スバル。

 

 2人は異なる足取りでぺこらの対面に座り込んだ。

 必然的に視線は交わる。

 

「先客がいたか、こりゃ悪かった」

「言葉と感情が一致していない。私に表面的な言葉はよしたまえよ」

「おお、悪い悪い」

「反省する気が無い事はよく分かった」

 

 扉を閉めてらでんはぺこらの真横に座り込む。

 ぼたんの視線がぺこらの耳から机上のコップに移った。

 

「あたしは紅茶」

「やれやれ、君達は総じて気品と遠慮が無いね」

「ぼたん、ここはスバル達の郷じゃねェんだから、この土地の――挽いてはこの家主の定める条例に――」

「いいって、金は払うんだし。めんどくせェよ」

「そうだね、今更君たちに常識やモラルなど求めやしないさ」

「ほらな?」

「――家主が言うなら」

 

 くだらない掛け合いの後らでんが2分かけて湯を沸かし、ぼたんに紅茶を入れた。

 匂いのきつくないハーブティー。

 柔らかいハーブの香りがふわりふわりとティーカップから拡散されながら迫り、テーブルに置かれるとぼたんは一口啜った。

 

「あっちィ……あちィよ」

「猫舌め」

「猫科だし」

 

 確かにライオンは猫科である。

 だが名前が獅子、ぼたんと実に勇敢、優雅、強かでもある。

 火傷を恐れる仔猫のような舌使いからは到底連想できぬ名だ。

 常にその愛くるしさを忘れぬ様、しかと心に認めてほしい。

 

「用があるのだろう? 早く商談に移ろうじゃないか」

 

 家主であるらでんが主導権を握り話を進める。

 また神の一団の気紛れで室内にガラクタを増やしたくはない。

 精々ジュースや紅茶が溢れる程度に収めようか。

 

 ぼたんとスバルの表情が引き締まる。

 

「『義翼の堕天使』は今どこにいるか調べてくれ」

「10万だ」

「はいよ」

 

 ぼたんが財布から直に10万円を取り出して無造作に手渡す。

 こうも素直に成立させてしまうと、つい料金を誤魔化したくなるが、らでんはきちんと堪えた。

 金に困ってはいないし、下手に神の一団を刺激する必要はない。

 

「彼女は今『冥界』にいる。人を探している様だね」

「長居しそうか?」

「悪いがそこまでは分からない。ただ、今すぐ帰ったりはしないだろうね」

 

 ぼたんはスバルと視線で会話した。

 最重要事項は終わった。

 次だ。

 

「らでんさん、すまんけどあと2つ。内一つ、『隻眼の魔女』は今どこにいる?」

 

 スバルの問いにらでんは片手を広げて見せつける。

 スバルも財布を取り出して、直に5万円を渡すとらでんは速攻で口を開いた。

 

「同じく『冥界』だ。『義翼』が接触したがっている」

「……」

「理由は察しの通りだろう」

 

 獅子が獲物を定めた様に瞳をギラつかせた。

 スバルと視線を合わせる。

 

「予言の戦が近い証拠だ」

「ああ、以前は簡単に追い返したが、今回ばかりはそうも行かねェらしいし」

 

 傍観者気取りのぺこら以外で会話が進行するが、本来一般人が耳にしていい会話ではないのだ。

 蚊帳の外で済む事に安堵し、そのまま沈黙を貫いてもらおう。

 

「戦となれば君の舞台じゃないか。思う存分愉しむといい」

「確かに。予言じゃ死者が出るらしいが、アタシは死なねェな、絶対に」

「私も君が負ける姿は中々想像できない。しかしながら窮鼠猫を噛むとも言う。そんな鼠は獅子相手にも躊躇わないだろうね」

「お、なんだ助言か?」

「解釈は君に委ねるさ」

 

 カカカッ、と高らかに笑ってぼたんは何度も机を叩いた。

 バン、バン、バン――ガタッ……ポタポタ……。

 

「はぁぁ……」

 

 倒れたコップと滴るジュースを眺めて大層なため息をついた。

 当然だ。まさか本当にコップを倒されるとは。

 しかも、倒れたコップはぼたんに提供したものではなく、ぺこらに提供したもの。

 幸運にもぺこらにジュースがかかる事はなかったが。

 

「すまねェらでんさん。スバルも――」

「いやーいい。それで連鎖でも起こせば君たちがもっと嫌いになる」

 

 雑巾とペーパーで床やテーブルを拭くらでんにスバルが申し出るも、容易く跳ね返される。

 神の一団のマイノリティとこそ良好な関係を築くべきだが、神の一団である為に、スバルの評価ももはや地の底。

 因みにぼたんやすいせい、トワと言ったマジョリティは奈落の底だ。

 

「それで?」

「――?」

「話の続きだ。もう一つあるんだろう?」

「あ、ああ」

 

 丁寧に水分を拭き取り、洗面所から声を張る。

 スバルも同様に多少声量を上げるが、彼女は元々声がデカい。

 

「白上フブキ、大神ミオ、音乃瀬奏の行方を知りたい」

「……その3人もまた、『冥界』への路を進んでいる」

「――金は?」

「無料でいい。それとも、払いたいのかい?」

「いや、なら有り難く」

 

 あのらでんが情報の払いに無代とは。

 衝撃のあまりつい尋ねてしまうが、支払いは丁重に断った。

 

 さて、これで急な客の用は済んだわけだが、果たして潔く帰るだろうか?

 

「ほら話は済んだろう。帰った帰った」

「ぼたん、『冥界』へ向かうぞ」

「おっす」

 

 目的地も確定し、2人は腰を軽々と上げた。

 結局、先客のぺこらとは揉める事もなく早々と『冥界』へと行路を取り、ツリーハウスを後にした。

 

 

 そしてぺこらとらでんは、暫く談笑混じりにして、主にぺこらの恋愛話に花を咲かせた。

 

 

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