叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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奮迅と審判③

 

 フブキ達一行は険しい山道と緩やかな林道を抜け、『冥界』の入り口に到着した。

 日は既に傾き始め、夕焼けが暑く眩しい。

 

 情報もなく辿り着いたなら、ただの洞穴と思うであろう一つの空洞。

 その奥から風と反響音が外界にざわざわと吹き抜ける。

 

 ミオは側の岩に腰を下ろし、今にも破裂しそうな程疲労の蓄積された脹脛を揉み解す。

 3人とも流石に疲れ切っており、肩で息をしていた。

 気温が低ければ全身から湯気が立っていたろう。

 

「この洞窟だと思うけど、ちょっと休憩しよう」

「さんせー」

 

 我先にと座り込んだミオから遅れて提案が上がるのでフブキもだらしなく手を上げて賛同した。

 奏もそうですねと頷き座り込む。

 昨晩は冷たくて仕方なかった風が今では天の恵みのように心地良い。

 服をひらひらと揺らして通気性を上げると、微風がすぅーっと全身に伝ってぞくっとする。

 

「お水ぅー」

 

 フブキが奏に両手を伸ばして強請った。

 リュックかららでんに貰った水入りペットボトルを取り出し、手渡す。

 中身は半分程残っている。

 ここまでよく半分で耐えたものだ。

 自身の頑張りに褒美を与えたい所だがぐっと堪えて水は2口ほどだけ喉に流す。そしてミオにパスすると、ごきゅごきゅ音を立てて2口ほど。

 奏の手に戻ると蓋をしてリュックに仕舞う。

 彼女は飲まないようだ。

 フブキとミオ以上に細身でありながら、よく食べ頑丈。

 どんな身体構造をしているのだろう?

 

「ぷぅ……それで、これからはどうするんですか〜?」

「冥界の王様を探す」

「どう探すのかって話ですよ〜」

 

 奏のゆるゆるとした声色が疲れた身体を癒す不思議な感覚。

 

「王様なら、1番大きなお城とかに住んでそうだよね」

「場所は決まって、国の中央か最奥だよね」

「うんうん」

「入ったら真っ直ぐ進んで奥を目指すって事ですか〜?」

「それがいいかも」

 

 フブキとミオが、アニメあるあるで会話と進路を決めてしまうが、奏は2人の決定に何一つ文句を言わず従う。

 但し疑問や忠告は口にする。

 

「でもらでんちゃんは8割死ぬって言ってましたよ? 堂々歩いて大丈夫なんですかねぇ」

「それは……」

 

 フブキが尻尾と耳を萎れさせた。

 だがミオはめげずにこう唱えた。

 

「でもこそこそしたって怪しまれちゃうし、どちらにせよじゃない? 寧ろ一度目を付けられて犯罪者のレッテルを貼られたら、終わりだよ」

「確かに……!」

「それもそうですねぇ」

 

 方針は確定したので、これ以上奏は口を挟まない。

 らでんが8割と口にするからにはきっと、どう転んでも8割の確率で死ぬに違いない。悩んだって無駄に時間を浪費するだけ。

 奏は始めからそう考えている。

 だからこそなのか、心構えは2人よりずっと頑固だ。

 

 3分ほど山から下る微風を浴びて森林浴をし、休憩を打ち切った。

 

「よし、じゃあ行こう」

「うん」

「はい」

 

 奏がリュックから懐中電灯を取り出した。

 凡庸な型で何の変哲もない照明器具。

 かちっと点灯させて前方を照らすと暗かった内部に光が灯る。

 

「でーん」

 

 光を顔の下から当てる下らない遊びを始めた。

 暗がりの中でやれば影が差し、どんな顔でも若干の不吉さを醸すが、生憎奏は顔が良すぎて怖くない。

 序でに全く面白くもない。

 

「いいから前照らして」

「じょーだんですよ〜もぉ」

 

 ミオの刺々しい対応にもへらっと笑う。

 フブキとミオは手を繋ぎ、恐怖と緊張を分かち合いながら奏の背後を恐る恐る追う。

 

 真っ暗な洞窟は見える限り整備がされておらず、奥に人が住まうとは思えない。

 足場も凸凹で悪いし日当たりは最悪だしで、環境も不都合が多すぎる。

 

「本当にこの先が『冥界』なの……?」

 

 次第に不安が積もり、フブキの口からはそんな声が漏れた。

 

「手入れはされてないし、入り組んでますけど不自然に一本道ですから、進んだ先に何かはありますよ」

 

 からころん、とつま先に触れた小石が転がる音が響き、フブキとミオがその反響音に驚いた。

 そしてその声が奏の耳を貫く。

 

「おぉ?」

 

 奏が何かを発見し、たたたと小走りに先へ。

 

「か、奏ちゃん待って――」

 

 光が遠ざかり、闇に怯える2人も慌てて後ろに張り付く。

 今更ながら、この2人は夜行性の獣人だが夜目が効かないのだろうか?

 それとも獣人も、容姿以外は普通の人間なのか。

 奏には及び知らぬことだが。

 

「階段がありましたよ」

 

 奏が通路の先に見つけたものは階段だった。

 ありふれた石造りの階段は更に下へと続く。

 階段の壁には等間隔で灯りが灯っており、この先は懐中電灯が無くても進めそうだ。

 でも奏は懐中電灯の電源を落とさず正面を継続して照らす。

 

 3人は変わらず奏を先頭に、終わりの見えない階段を降り続けた。

 

 奏の歩幅に合わせて歩くと、2人は心よりも身体が先行してしまう。

 彼女の神経の図太さは本当にいつ見ても羨ましいし、尊敬できる。

 長い長い階段を下り続ける事3分――終点にたどり着いた。

 

「行き止まり……じゃないね」

 

 階段の先には小さな通路があり、その奥には壁の様なものがある。

 押しても引いてもびくともしないが、その壁は確かに扉だ。

 

「ねえ、レバーがあるよ」

 

 ミオが薄明かりの中にレバーを発見。

 奏がそちらを照らすと確かに大きくない一つのレバーが壁に取り付けてある。

 

「えい」

「「ちょーっ!!」」

 

 本当に怖いもの知らずで怖くなる。

 奏は何の躊躇いもなくレバーを下げた。

 

「大丈夫ですよ。持ち手だけ色が剥げてますし、埃も被っていませんから。頻繁に使用されてる証拠です」

 

 奏なりには見解あっての行動ではあるが、せめて行動の前に説明してほしかった。精神的に宜しくないので。

 フブキとミオは飛び上がった尻尾を静かに垂らした。

 そして扉から距離を空け、身を寄せ合う。

 万が一の際は奏を囮にする勢い。

 

 微かに機械音が響き、その扉はエレベーターであると分かる。

 1分30秒後、がこんと大きめの音が鳴り、10人ほどが乗れそうなエレベーターが口を開けた。

 またしても躊躇せず乗り込む奏。

 

「か、奏ちゃん……」

「これ以外に道は見つかりませんよ。自力で掘って探すんですか?」

「う、うぅ……」

 

 その為に年月をかける事がどれ程愚かであるか、語るまでもない。

 情けの無い奏の婉曲的な正論に屈し、恐る恐るボックスに身を投じた。

 2人は抱き合って感情を分かち合う事に必死だ。

 奏は率先してボタンを押した。

 

 扉は閉まり、エレベーターが動作を始める。

 ボックス内なので景色は変わらないが、気圧的に下がっている気はする。

 

「これ、落ちないよね……」

「そんな事心配しても仕方ないですよ〜」

 

 奏の言動に少しずつサイコパス味を感じ始める。

 事実と感情は中々結び付かぬものであり、フブキやミオの感情、思考は死を恐れる極めて一般的な物であると言えよう。

 それを真っ向から否定したり、無視できる彼女に世間一般に当て嵌まる人の心が有るとは思えない。

 

 奏の楽観的な態度と純粋な恐怖に震えながら、エレベーターで降りる事1分30秒、エレベーターの動作が停止し閉ざされていた口が開かれる。

 目の前には灯り付きの洞窟の道が、再び現れるが今度は非常に短く、既に出口が見えていた。

 エレベーターが落ちるとでも言いたげな様相でフブキとミオは迅速に降りる。

 その背後からゆったりと奏も。

 全員が降りるとエレベーターは黙り込んだ。

 

 代わりにフブキが口を開く。

 

「着いた――?」

 

 出口から差し込む太陽光とは思えぬ光に吸い寄せられて、3人は洞窟を抜けた。

 その先に広がる世界とは――――

 

「「「おおおぉぉ〜〜〜〜」」」

 

 実に壮大なファンタジー。

 四方八方が岩で囲まれた巨大な国が、地下に形成されているではないか。

 天井も、床も、壁も全てが天然の岩。

 建築物も大半が岩を加工して造られていると一目で分かる。

 芸術的な程統一された石肌の景色もそうだが、フブキの住んでいた国とほぼ同じ領土面積を誇る広大さもまた、感嘆の理由だ。

 外界とのアクセスは群を抜いて悪いが、人々の憧れを一心に集めた国である事が、その欠点を帳消しとしている。

 

 想像を絶する面積と街並みに唖然とし、3人は通路を妨害する様に佇んでいた。

 馬鹿みたいに口を開けて、国の天井にぶら下がる巨大な照明を見上げる。

 まるで太陽の様な輝きを放つ電灯が目を焦がす。

 長時間の直視は目に毒だ。

 フブキは目を一度強く押さえて、視線を正面に戻した。

 隣に佇むミオの髪が、照明を美しく反射させる。

 

「……すごいや」

「…………うん」

 

 言葉にならない感情を下手に形容してみたが、とても幼稚に思えた。

 

「感動するのは分かりますけど、今はラプラスって人を探さないとですよ〜」

 

 同じく呆けていた奏は、2人の会話で正気を取り戻し、そう口にした。

 偶然にも、国の入り口は十分座標が高い。

 この場所から国を一望できてしまう。

 

「そぅ、だね」

「えっと、偉そうな人が居そうな場所は……」

 

 3人でロマン溢れる世界を眺めて、王様の住まう様な豪邸を探す。

 中央に石造りの商店街、その向こうには石造りの階段の続く城が見えた。

 

「あそこじゃない?」

 

 方角は分からないが真正面の最奥――唯一の入り口より最も離れた位置の城を指差す。

 満場一致の見解で、迷う余地などなかった。

 

「行きましょうか〜」

 

 早速街へと続く階段を降り始める奏。

 先刻感じたサイコパス感こそ拭い切れないが、やはりこんな時は心強い。

 だが毎度奏にばかり先行させていては、2人の身代わりになる可能性が増してゆく。

 協力の申し出には感謝しかないが、重傷を負ったり、最悪の結果死んでしまえば、立つ瀬がない。

 そう思いながらも、恐怖心には抗えない。

 かなたに協力するなどと啖呵切って言ったが、いざその時になれば2人は足が竦んで動けない可能性だってある。

 改めて考えれば、奏の行動は動機が何であれ勇敢だ。

 愛くるしい容姿でへらへらとしている癖に、芯が強いのだから羨ましい。

 

 2人は奏の流れる様な美しい金髪と、小さくも大きな背中を見て思っていた。

 

 

 3人で冥界を進み中央の区画まで到達したが、生活する人々は地上と何ら変わらず、立っている店や家も全てが石造りである事を除けば、地上と同じだ。

 

 とても冥界とは呼べない光景に、言葉が出ない。

 出なかったが、とある些細な変化にミオが一言発した。

 

「ねぇ……少しずつ暗くなってない?」

「え? どうだろ……私は……あー、でも――?」

「そうですか? 奏にはさっぱりですけどねぇ」

 

 国を天辺から照らす照明を指して、ミオは指摘した。

 フブキは何となく、奏に関しては全く感じていない。

 

 周囲の喧騒の中での会話は目立つ事がなく、疑問に答える優しき市民もいない。

 しかしふと、奏が街並みの中に立つ時計を目にした。

 時刻は午後5時半、間も無く日の入り。

 つまりミオの予感が正しければ――。

 

「外界の日照時間に合わせてるのかも知れませんねぇ」

「そっか……確かに、じゃないと眩しくて夜寝られないもんね」

 

 人間基本は昼型の生物。

 この光は日光ではないが、日光は人の生活サイクルに欠かせない。

 日照により時間感覚を得て、身体機能のスイッチのオンオフを切り替える。

 

「7時頃には月光ほどの弱さになるのかな」

「それだとかなり暗くなるね」

「それを見越してのコレだとすると、流石ですねぇ」

 

 奏が懐中電灯の明かりを上下させるので、周囲の人がその光りを鬱陶しそうに一瞥していた。

 

「らでんさんって何処まで考えて……ん?」

 

 らでんの思慮深さに感心しつつ、本意を探ろうと悩むフブキの視界に、一瞬見覚えのある姿が映り込んだ。

 身を傾けてその姿を目で追う。

 

「フブキ? 何かあった?」

 

 異変に気がついたミオと奏はその視線を辿ったが、先には人混みしかない。

 しかしフブキは暫し沈黙し、視線の先に駆け出した。

 

「フブキ!」

「今の、多分かなたさんだよ!」

「え!」

「間違いないって!」

 

 人を押し除けて印象的な義翼を探す。

 あの羽が消えた方へ駆けてきょろきょろと見回し、うろうろと徘徊し。

 

「かなたさーん!」

「ほんとにいたのぉ……?」

 

 先走るフブキを慌てて追い、ミオは息を切らせながら尋ねた。

 フブキは確信めいた表情で頷き、そうだと答える。

 奏とミオが視線を合わせて肩を竦めるが、フブキはまだ諦めない。

 

 また一つ、人気のない路地へと続く曲がり角を曲がった途端――

 がっ、とフブキの足が引っ掛けられ、顔面から転倒……しなかった。

 誰かがその服と腕を掴んで支えてくれたらしい。

 

「あ、すみま――」

「しっ」

「――! かなたさ――んむぐっ」

 

 お礼と同時に相手の顔が目に映ったので、フブキは咄嗟に声を上げた。

 相手が人差し指を口元に立てているにも関わらず。

 だから今度は強引に口元を覆われた。

 

 遅れて奏とミオも角を曲がり、かなたの存在を認識した。

 

「しっ! 静かにね」

「ぁ――!……」

 

 2人も声を上げかけたが、かなたに釘を刺されたので喉の奥に引っ込め、こくこくと頷いた。

 周囲に人影が無いかを確認して、かなたはフブキの口を解放する。

 

「ごめんねびっくりさせて。でも3人はどうしてここに?」

 

 くるりと天使の輪っか手裏剣を回して切り出す。

 控えめな声がとても綺麗で心地良かった。

 力を持つ奏には劣るが。

 

 ただ、折角の声も抑え気味なので、義翼の軋む音に定期的に掻き消されていた。

 相変わらず異彩を放つ翼だ。

 

「私たちを治せる人がここに居ると聞いたんです」

「ここに? じゃあそれって……」

「――? らぷ……あれ、なんて言ったっけ?」

「――ラプラス・ダークネス?」

「そう、それです!」

 

 他人の名前を「それ」呼ばわりは失礼だが、そんなことは些細な問題。

 奏は感心した様に目を見開く。

 

「知ってるんですね」

「冥界の王だよ? ここを知っててその人を知らないなんておかしいよ」

「ぅ……」

 

 フブキ達の方がおかしいと解釈できる言葉に若干胸を痛める。

 

 しかし、それはさて置き、妙なのはかなただ。

 一体何故こんな地でこそこそと。

 

「かなたさんはここで何を?」

 

 ミオからの問いにかなたはもう一度周囲を見た。

 人の目も耳もない。

 だが念には念を入れて、距離を詰めて小声で。

 

「叛逆組織再建の為に、勧誘に来たの」

 

 3人は耳を疑った。

 この短い言葉の中に気掛かりな単語が3つほど。

 その内2つはまだ聞き覚えがあったのだが。

 

「2人も誘ったでしょ、叛逆組織に」

「誘われましたけど……再建って」

 

 当惑するフブキの瞳に語り掛けると、そんな疑問が返ってきた。

 

「うん。前に一度叛逆組織を設立したんだ。結局失敗に終わって、僕は右翼を焼かれた」

 

 義翼は叛逆失敗の証だったのか。

 

「再建の為に誘う相手というのは、前に叛逆した仲間ですか〜?」

「うん――そうだよ」

 

 僅かな逡巡に奏だけは気が付いた。

 叛逆に失敗して、仲違いでもしたのだろうかと勝手な憶測を広げる。

 当てが何人居るのかも気掛かりではあるが、フブキ達は何より王に合わなければならない。

 

「かなたさん、この後どこに行きますか?」

「知人の所だけど……あ、じゃあやる事が終わったらここに集合しよう」

「ここ⁉︎ 場所覚えてられるかな……」

 

 確かに人目の少ない路地だが、一度離れるとこの位置には中々辿り着けない自信がある。

 しかし他に適所もないのだ。

 かなたは青と黒の入り乱れる銀髪を撫でた。

 

「じゃあ僕は行くね」

 

 かなたは小さく手を振って路地を抜けた。

 左右を見て場所を再確認――したのだが、奇妙な事に人が1人もいない。

 大きい通りでないにしろ、ここまで人が捌けるだろうか?

 いや、何より妙なのは辺りに生命を感じ取れない事。

 これでも医学に通ずる特殊な力を得た者だ。こうも生の気配を感じない状況はそうそう無い。

 

「かなたさん、どうしました?」

「皆、逃げた方がいい」

「へ⁉︎」

「嫌な予感――」

 

 かなたが警鐘を鳴らすも、最早手遅れ。

 かなたの目の前に堂々と、1人の少女が現れた。

 

 頭にスッポリとハマる帽子を逆さ向きで被り、首からホイッスルをぶら下げて、右手には重厚な本一冊を抱えた奇妙な少女。

 

「ルール。条件を満たすまで、自らの逃亡禁止を対価に『天音かなた』の逃亡を禁ずる」

 

 少女の宣告で世界に新たなルールが生まれた。

 決して破る事の出来ない掟が生まれた。

 

「何が……!」

 

 フブキ達一行は慌てて路地を抜け、相対する敵の姿を確認した。

 見覚えのない短髪少女。

 

「皆、ここを離れて」

「――」

 

 かなたの指示を一度無視した。

 武器すら持たない少女1人、どうって事ない。

 奏やミオでさえ何故かそう錯覚してしまう。それほど敵からは殺気を感じないのだ。

 トワのような武器を必要としない力を持っていても不思議はないはずなのに。

 

「いえ大丈夫です」

「違うの。あの人には確かに僕でも勝てる。でも、絶対に指一本触れちゃいけない」

「な! なんでです!」

「兎に角ここを離れ――」

 

 ピキュンッ――――

 ばさ……

 

「ぇ……」

 

 かなたが突如転倒した。

 予備動作もなく、受け身も無い行動。そして直後から流れ出す大量の鮮血。

 脳幹に風穴が空いていた――が、光景に恐怖を感じる間もなくその傷が再生した。

 そして意識を取り戻したかなたが立ち上がる。

 

「わかったら逃げて」

 

 的確な狙撃。

 即死級の一撃だが、かなたの力ならば死ぬ事はない。

 

「――行きますよ」

 

 奏が2人の手を引いて路地へ逃げた。

 迅速な状況判断と行動にかなたは頷いた。

 

 正面に向き直ると少女は携帯で連絡を取っていた。

 

「何で『義翼』を狙ったんだよ、意味ないに決まってるだろ」

 

 取り巻きを狙えば殺せていたかもしれないと愚痴を溢す。

 かなたもそう思った。

 

「……あーそう。ならこっちはスバルだけでいいから、3人の方は任せた」

『――――』

「ああ、そっちは殺しても問題ない」

 

 携帯を閉じてポケットにしまった。

 向かい合う両者。

 

「変わりはなさそうだな」

「そっちこそ」

「イカした羽根だが、お手製じゃねえだろ? 変わった嗜好の仲間がいるとみえる」

「まさか『陪審員』様が直々に出向いて来るなんてね」

「預言が出たんだよ、叛逆のな。『隻眼』もここにいる事は調査済みだ。音沙汰の無かったお前らが預言のタイミングで行動を起こした。今までは深追いを避けてきたが、これは一大事だ」

「それで態々冥界までとはご苦労な事だね」

 

 ばちバチと火花を散らして言葉を交わす。

 

 口振りから神々の狙いはかなただ。

 やはり蘇生を危険視したか。

 しかし本当に、態々出向いて来るとは想定外。

 しかも『神仙陪審員』大空スバルが直々に。

 何かしらの秘策を用意してきたに違いないが、かなたとてこの一年を棒に振ってなどいない。

 

 かなたは懐から一本のメスを取り出して構えた。

 世界の医者には申し訳が立たないが、これを武器とする。

 

「来いよ」

 

 スバルが手をクイクイとして挑発する。

 地上では陽が傾いて冥界の大照明が薄暗くなり、視界が悪化してゆく中始まる戦い。

 

 かなたは駆け出し、大きく羽を広げる。

 義翼が擦れる不快な音をぎぎぎと鳴らすが、飛行の質は全盛期と同じ。

 ヒト科としては相当に素早い部類。

 その速度で襲いかかるがスバルは躱す素振りもなく、寧ろ攻撃を歓迎する姿勢を見せた。

 

(望み通りくれてやる)

 

 かなたもスバルも、お互いの刻まれた力は把握している。

 

 しゅっ、とかなたはメスをスバルの頬に切りつけるフリをした。

 

「――⁉︎」

 

 即座に体勢を変えて背後へ周り、両腕で首元を囲うように捕らえ、筋力で圧迫。

 スバルの呼吸を妨害する。

 

「ァがッ――‼︎」

 

 並々ならぬ筋力にスバルは抵抗する術がない。

 噛みつけるほど頭の自由は効かないし、腕を引っ掻いても殴ってもびくともしない。脚はどこにも届かない。

 

(コイツ……! 声を――‼︎)

 

 『呪』の性質に気付かれていた事を初めて知る。

 力負けしているスバルに、かなたを引き剥がせはしない。

 足掻けば足掻くほど酸素が減り、意識が遠のく。

 スバルの口から白い泡が溢れ始め、彌闇が目前に迫る。

 最早思考回路は停止して何一つ考える事ができない。

 

(勝てる!)

 

 そう思い込んだのも束の間――

 

 ピキュン、と一筋の閃光。

 たった一発の弾丸がかなたの小脳を貫いた。

 

 ばさっ、とかなたが地に伏せ、スバルには微量の鮮血が撒き散る。

 

「ァッ――はッ――‼︎」

 

 束縛から解放された途端、激しく喘いで喉に空気を通す。

 酸欠で意識も回らない中、ただ本能的に酸素を求めた。

 僅か5秒。

 スバルの思考は再び巡り、かなたの全身にも活発に血が巡る。

 

 かなたはさっと立ち上がるともう1人の敵について少々脳を使う。

 

(あの的確なタイミングで、的確な位置への射撃。まさかもう1人の敵は――あの『獅子』か⁉︎ だとすると、3人が危ない――‼︎)

 

 更にスバルも巡り始めた脳を駆使してかなたとの戦闘スタイルを再思考する。

 

(『義翼』の野郎……法の適用までのプロセスを見抜いてやがる。流石に一度喰らったやり口で何度も攻めれねェか。ぼたんのアシストが無けりャァマジで死んでたかもしんねェ……。おまけに解放されてしまえば怪我一つ残らねェから、対価にも使えねェ)

 

 喉を摩ってかなたをねめつける。

 かなたも視線はメスの刃先のように鋭いが、時折意識がスバルから外れている。

 

(以降は絞め技も簡単には通らない。なら……賭けだけど、コレで――)

(――視線がメスに移った。喉を掻っ切る気だな。確かに、上手く刃が通れば法を適用する間もなく声帯を破壊できる。なら……)

 

((よし……))

 

 2人の思考は纏まった。

 

 かなたが躊躇なく駆け出し、羽を散らす。

 薄黒く染まりかけた左翼がはらはらと宙を舞う。

 

 右手に構えたメスをきらりと輝かせて微笑を浮かべた。

 

「――ふっ!」

 

 右手をぐわんと大きく回して首元を狙った。極力深く抉って喉を潰そうとの画策だったが、スバルは見切っているので掠りもしない。

 一歩下がったスバルの喉笛にもう一度メスを突きつけるが両腕を盾にされ、攻撃の手を止める。

 喉以外に外傷を与えてはならない。

 

 かなたは必死に喉のみを狙い、スバルは必死に喉以外を差し出す。

 奇々怪界な戦場がここに誕生した。

 

 かなたの意図せぬ挙動により、偶にスバルに微かな傷を与えてしまうが、その程度ではまだ対価として機能しない。

 スバル達の作るべき新ルールには、そんな対価じゃあ足りない。

 だからもっと、かなたに罪を押し付けなくては。

 

 数分間の攻防は一進一退のまま。

 遂に相手の顔も判別できないほど照明は落ち、冥界には闇が広がった。

 

 その闇の中で、スバルが不意に携帯を取り出した。

 携帯だと分かったのは、暗闇が突然発光したから。

 ここが狙い目と見て奇襲を仕掛けるも、喉を狙った攻撃のみを的確に見抜いて回避を重ねられ、かなたの望む傷は与えられない。

 

 耳元に当ててしばし黙り……直後――

 

「そうか、2人殺したなら十分だ。こっちに加勢してくれ」

「――っっ‼︎‼︎」

 

 その一言に理性を失ったかなたは、禁忌に触れる。

 自らの危険など一切合切を棄却してメスを振り翳した。

 

「ッグッゥ――⁉︎」

 

 メスは本来、手術時に切開するための医療器具であり、骨を断つ役割は無い。

 そんな刃物だが、かなたは自慢のパワーで強引に切り裂いた。

 スバルの右腕が携帯を掴んだまま弾けるように切断され、地面に転がった。

 その腕が握る携帯を手指ごと踏み砕くかなた。

 

 スバルは耐え難い激痛に悶絶しながら必死に笑みを浮かべた。

 全身から生ぬるい汗が溢れ出て、右腕の付け根からは赤黒い大量の血液がドロドロと生々しく溢れた。

 

「あがァァァァッ!――ァッ‼︎」

 

 悲痛な絶叫。

 その叫び声を聞き、かなたはもう一度メスを構えた。

 激痛と格闘している隙に喉を破壊すればいいと気付いたのだ。

 ぎらりと蒼い瞳を煌めかせ、メスを首元に切り付けるがなんと回避。

 片腕の喪失で平衡感覚も掴めないはずだが、スバルは身を翻して躱した。

 だがかなたの猛追は続く。

 何度も何度もメスを振り翳してスバルの息の根を止めようと躍起になるが、全てを辛うじて躱される。

 そして遂に、メスが突き刺さった――六法全書に。

 

 非常に分厚い六法全書にざくりと突き刺さったメス。

 その瞬間停止する僅かな隙にかなたの右腕を蹴り上げてメスを手放させた。

 六法全書をメスが串刺しにしており、それを手にするはスバル。

 なけなしの武器をかなたは無くした。

 

 そして一呼吸おき、冷静になるとスバルは大きく息を吸った。

 呼吸に合わせて巨大な傷口が悲鳴を上げるが声には乗せない。

 今口にするべきは痛みの言語化では無く、新たなルール。

 スバルの片腕を奪った罪を対価に、罰を与えるルールを。

 

「ルール! スバルの右腕を対価に、『天音かなた』の自己回復能力を永久に禁ずる!」

 

 どくん!

 と、かなたの中の何かが変化した。

 

「作戦、成功だ……!」

 

 条件達成により、お互いの逃亡禁止のルールは解除された。

 スバルは一目散に場を立ち去る。

 ボタボタと生々しい鮮血を道標とするように垂らしながら……。

 

「――――‼︎ みんなは――!」

 

 かなたは己の不可視な致命傷など気にも止めず、3人の安否確認のために冥界を駆け巡った。

 

 

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