叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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奮迅と審判④

 

「奏ちゃん! 待ってよ!」

「何ですか?」

 

 奏に腕を引かれるがまま駆け抜けてきたが、ある程度の距離を保つとフブキは立ち止まった。

 弱く振り解かれた腕を下ろして奏が振り向く。

 暗がりではあるがお互いの顔は見えていた。

 徐々に暗くなっていった為、目は既に暗さへ対応している。

 

「何処まで逃げるの? 何処に逃げるの? さっきの人は? かなたさんは――⁉︎」

 

 質問攻めに奏は顔色も表情も変えない。

 

「かなたさんは過去に叛逆を起こした事があるんですよ」

「それと今がどう言う……」

「かなたさんの口振り……相手のことを知っていました。そして向こう側の明らかな敵対意識――彼女たちは『神の一団』と考えるのが妥当です」

「『神の一団』……!」

 

 脳裏によぎるのはトワの姿。

 彼女のような存在が少なくとも2人いる。

 

「唯一敵の情報を持つかなたさんが敵を見て逃げろと言ったんです。逃げるしかないじゃないですか」

「でもかなたさん1人は――!」

「あの人は死ななそうですし、これが最善です。奏は戦える力がないし、ミオさんは自分の力を認識できていない。フブキさんに至っては一般人ですよ」

 

 深く考えるまでもない。

 この状況下で戦場に戻り加勢するなど、愚行だ。

 奏の正しさに屈したフブキはぎりぎりと歯軋りして拳を震わせた。

 耳と尻尾の様子からいきり立っている内心が容易く見て取れる。

 

 細い路地に身を潜めて、声も潜めながら話す。

 

「これからどうする?」

「隠れてやり過ごすしか無いんじゃないですか?」

「いずれ見つかっちゃうんじゃ……」

「その時は――奏がなんとかします」

 

 頼もしい言葉だが、何とかできる相手ではないと数秒前に発言している。

 なので、何とか、とはつまり囮を買って出るという意味だ。

 

「おーっす、お3方。遊ぼうぜー」

「「「――⁉︎」」」

 

 上空からのお誘いに度肝を抜かれて3人は空を見上げた。

 照明が弱く、路地裏であるために光が全く差し込まないので顔は見えない。

 だがそこに、屋根の上に人がいる事は分かった。

 

 咄嗟に逃げ出した3人。

 

「おーい、待てよ」

 

 屋根から飛び降りて華麗な着地を決め、ケラケラと笑いながら追いかけてきた。

 

「ドーン」

 

 擬音語を盛大に叫ぶと同時に背後から妙な音が聞こえる。

 シュルルルー、とミサイルが風に乗って迫るような不吉な音が。

 

「どっから――‼︎」

 

 3人は軌道上から飛び退く。

 するとミサイルらしき物は3人を通り越して奥の一軒家に直撃――ドゴォォ、と凄まじい破壊力を見せた。

 物陰に隠れても爆風が全身を襲い、身が焼けそうになる。

 

「折角なんだしさァー、遊ぼってェー!」

 

 ネジの外れた狂戦士が両手にロケットランチャーを構えて乱射する。

 放たれる幾つものロケット弾が周囲の建造物を粉砕してゆく。

 尽くが3人を避けて放たれている事は意図的だろう。

 彼女の言葉を使うなら「遊ぶ」為の手加減。

 

 3人は身を伏せて頭を守り、衝撃が止むまで待ち、やがて狂戦士の暴動が収まると立ち上がった。

 顔を上げれば周囲の建造物は崩壊しており、瓦礫の山が大量に出来上がっていた。

 

「……あなたは何者?」

「神の遣い、恐怖担当。の部下、獅白ぼたーん、イェーイ!」

 

 イカれた行動の後に可愛らしいピースサインを突き出されても、可愛げはない。

 

「……」

 

 そのピースサインの瞬間、奏は不可思議からぼたんの力の一部を解析する。

 如何にも不自然な事象が発生していたが、フブキとミオはぼたんのギャップに圧倒され、思考回路が纏まっていない。

 

「タイマンを3回? それとも3対1? 武器は何がいい。銃、ロケラン、槍、剣、斧、鞭、レーザー、爆弾、メリケンサック、何でもあるぞ!」

 

 最後の方には少々馴染みのない単語が出てきたが、何れにせよ使用はお断りしたいところ。

 しかし比較的冷静な奏が答えるよりも早く、ぼたんは自己完結した。

 

「でも見るからに弱そうだな! 武器は無しで纏めて相手してやるよ!」

 

 両手を広げて丸腰をアピール。

 崩壊した住宅街の瓦礫が山のようにあるが、戦場としてのフィールドは整っている。

 あとは3人が進み出るのみ。

 当然そんな気は更々無いのだが、断った所で見逃してはもらえない。

 

「それとも何だ、鬼ごっこでもやる気か?」

 

 戦意などを微塵も見せない3人を嘲る様に鼻を鳴らす。

 

「――」

「「――!」」

 

 ざっ……と一歩、前に進み出たのは――。

 

「ほー。ま、他2人は勇気さえ無さそうだしな」

 

 引き締まった表情が実に愛くるしい少女、音乃瀬奏。

 触覚の様なサイドテールが小さく振れ、薄暗い世界の中で仄かに紅の瞳が煌めく。

 

「ah〜、ah〜……」

 

 戦場にこれっぽっちも似合わない美声で全身を震わせて鼓舞すると、最後に大きく深呼吸。

 戦地に舞い降りた女神の様なその振る舞いを目にして、フブキとミオは我に帰る。

 

「……だがお前、面白く無さそうだ」

「――⁉︎」

 

 奏の瞳がぼたんを捕え直した途端、ぼたんは前のめりに駆け出した。

 奏に高い瞬発力などあるはずも無く、膝蹴りで鳩尾が抉られるのは一瞬の出来事だった。

 腹から綺麗にくの字に曲がり、身体が軽々と浮き上がるのだ。

 

「お゛ぉっぇ――‼︎」

 

 過去に一度も体感した事のない衝撃と激痛が腹部を貫通し、全身を巡る。

 刹那だが、呼吸が停止した。

 瞳と意識が果ての方へ吹き飛び全てが真っ白に。

 そして1秒後に復帰すると口から腹の中身をぶちまけていた。

 

 しかし、たった一発で狂戦士が満足する事もなく、立て続けに顔面への打撃が放たれる。

 鼻が折れる様な音と共にぶしっ、と出血。

 舌は噛むし唇は切れるし、口内にも血が滲む。

 咽頭は血液の味で塗れてしまった。

 

 それがたったの10秒間で起こり終えて、ぼたんが血に染まる右手で奏の髪を掴む。

 金髪に生々しい鼻血が付着するが、暗くて色の区別がつかない。

 それよりも、奏の撫で回したい程愛くるしかった顔が血で薄汚れている事の方が印象的だ。

 

「かな、で、ちゃ……」

「ぁ……」

 

 ぽたぽたと顔を伝って顎から血が垂れているが、涙ひとつ浮かべていない。

 激痛を出血だけで耐え切る根性に、フブキとミオが涙ぐむ。

 だがぼたんは、狂気的な笑みも捨て、関心を失った様な冷めた目をしていた。

 

「死にたがりほど殺す気が失せる。人は恐怖するからこそ殺し甲斐があるんだよ――それなのにお前、何だそりゃァ、くッだらねェ!」

「ぁぅぶ――っ――!」

 

 戦場から追い出す様にその身体を投げ捨てて、力強く舌打ちした。

 

「死にてェ奴が戦場に来るんじゃねェよ」

 

 放られた奏はうつ伏せで鼻血を垂れ流していた。

 その時初めて、小さく啜る様な音が響き渡る。

 

「「――‼︎」」

 

 ナイフの様な視線が2人を串刺しにした。

 身動きが取れない程、恐怖心が煽られて、子鹿の足の様にぷるぷると唇を震わせている。

 ぼたんの右手には槍が一本、尖端を2人に向けて握られている。

 

「死にたがりは殺さねェ」

 

 意味は分かるな、と猛獣の瞳が問いかける。

 その意味は無理矢理心に押し込まれた。

 恐怖という感情でいっぱいになった心に、強引に。

 

 武器を使わないと豪語した事など無かったように槍を握り締め、襲い掛からんとする。

 

 ぐっ…………。

 

「――」

「「――‼︎」」

 

 奏の左手が弱々しくぼたんの裾を掴んだ。

 敵と味方でその意図の捉え方は異なる。

 奇しくも敵の思想が的を射ているのだから、心苦しい。

 

「聞こえなかったか? 死にたがりは殺さねェ」

 

 容易く振り解き、赤子の手を捻る様に踏みつけた。

 音を鳴らして骨が折れ、力無く地べたに張り付く。

 

「そう、その顔だよ。これが『戦』だ」

 

 奏と言う存在を完全に忘れ、目前の獲物だけに集中。

 八重歯を光らせて口角を上げるぼたんに、2人は慄く。

 

 ザッ、と一直線に飛び出して、ぼたんはその槍を突き出した。

 恐怖心に支配されていた2人も、生存本能だけは機能していた。

 運良く左右に分かれて飛び退く事に成功する。

 が次の瞬間にはパァァン!とひとつの銃声と共にミオの脚が崩れた。

 

「あう!」

 

 フブキは振り返って光景を目に映す。

 真っ先にぼたんが映り込む。右手にはあの大槍、左手にはいつの間にやら小型銃。

 銃口からほんのり煙が出ている事が、暗がりでも分かった。

 

 それらを脳が処理した後、倒れ込む自分の姿が情報として飛び込む。

 フブキの姿をしたミオだ。

 右の太ももから出血しており、立ち上がれない様子。

 それでも必死に逃げようと、生きようと、這いずっている。

 

「ミオ――‼︎」

 

 ――――

 

「ゔっ――ぅぶっ……」

 

 1.5歩駆け出したフブキだが、その手はどこに届くことも無く。

 這いずるミオの背中から、槍が1突き。

 グッサリと突き立てられ貫通、槍は地面まで刺さっていた。

 

 じわじわと血が滲み、ミオは大量に吐血した。

 地面に手を立てる余力も無くしてぱたりと倒れるが、まだ意識はある。

 

「うぅっ! うぐぅあー!」

 

 グリグリと槍を回しながら引き抜くぼたんは真顔だった。

 拷問の様な耐え難い苦痛に絶叫するミオの声がフブキの涙腺を刺激する。

 グッと槍が抜けると、傷口からぶしゃっ!と鮮血が弾けて、ぼたんはそれを浴びた。

 

 何か内臓が破壊された事だけは分かったが、体の構造を理解していないミオには何が壊れたのかさっぱりだ。

 そもそも、既に思考が止まりかけて、何も分からない。

 全身が熱いのに、寒気が止まらない。

 痛い痛い痛い。

 

 死を予感するも、死にたくないと薄れゆく意識の中で心に叫ぶ。

 誰か助けてと、フブキを助けてと、フブキに助けてと、明滅する意識の中で願った。

 

「やめて……」

 

 親友を、恋人を失う未来を悟り、フブキの目と口からふたつの感情が溢れた。

 

「やめて、やめて――やめろ……」

 

 感情が心の内に収まらなくなって、爆発して、何かが変化した。

 怒っている、悲しんでいる、苦しんでいる。

 フブキの血が波打って、騒ぎ立てる。

 

 ぼたんがチラリと視線を向けた。

 フブキの感情が入り乱れた顔面を見て顔を顰める。

 

「そうかお前は、持ってたな『呪』」

 

 ミオの身体には刻印が刻まれている。

 ぼたんは思い出した。

 特に気にせず攻撃したが、順番が逆だった。

 

 先端を真っ赤に染めた槍がフブキを狙う。

 

「「……」」

 

 奏もミオも倒れた戦場で向かい合う両者。

 

「――!」

 

 ぼたんの冷めた視線と共に槍がフブキを突き刺さんと迫る。

 がしり、と槍を掴んだ。

 迫った槍が刺さる寸前の位置で、刃の付け根をがっしりと。

 

「――ェ?」

 

 あり得ない事だった。

 勢いが突然0になったのだ。本当に0に。

 慣性が働き、掴んでも数秒は槍が進み続ける。だから本来、あの位置で槍を捕まえても勢いは死なない。

 それが殺された。

 

 槍が、フブキの右手が、ぎしぎしと音を立てて――ばきっ。

 

「――ッ‼︎」

 

 握力で付け根を粉砕し、槍をへし折ってしまう。

 血塗れの尖端部分が地面に転がり、崩れた木片も散らばる。

 

 突如変化したフブキの様相に動揺を隠せないぼたん。

 焦燥気味に一歩引くと、フブキが力強く踏み込んだ。

 

「――っっっ‼︎‼︎‼︎」

 

 迫る拳に対処できず。

 

「ふぶッ――‼︎」

 

 顔面が文字通り崩壊する様な大打撃。

 顔面から衝撃が走り、身体が弾き飛ばされた。

 威勢よく煽り散らして強者ぶっていたぼたんの顔面に一発の拳が炸裂し、大ダメージを与えた。

 鼻が曲がり大量出血。

 前歯が砕けて微量の出血。

 頰が腫れて赤くなる。

 

 跳弾したぼたんの軌道上に血痕ができていた。

 

「ッぶ……ャ、べ……鼻血」

 

 ボタボタボタ――と奏とは比にならない勢いで鼻血が溢れ出る。

 ポキッ。

 鼻を摘んで強引に歪んだ骨格を直した。

 プィッ!

 口内に溜まった血液を吐き捨てた。

 

「それがお前の『呪』かよ」

 

 ぼたんの言葉に何一つ反応を示さない。

 もはやフブキの意識がそこにあるとは思えない様相で再び拳を握る。

 

 ぴかっ――

 

「んッ⁉︎」

 

 突如ぼたんの目を貫く照明。

 闇に溶けた瞳には刺激が強すぎる。

 数秒間目が眩んだ。

 

「――‼︎」

 

 真っ白の視界が薄くなった頃にはもう手遅れで、ぼたんは腹にフブキの拳を受けていた。

 

「ぶゥォッ!」

 

 奏へ与えたダメージの数倍は重たい。

 3人以上に耐久のあるぼたんと言えど、何発も耐えられる威力ではない。

 一撃で意識が削がれそうだ。

 

「ゥッ!!」

 

 フブキがぼたんの首を絞め始めた。

 握力ではなく腕の筋肉で圧迫する様に。

 

(野郎――‼︎)

 

 両手に武具を生み出そうとした途端、予知したかのような速度でフブキが両手を脚で押さえ込む。

 その力も人間離れしていて、身動きが取れない。

 

(ヤバッ――マジでッ――死ぬッ――‼︎)

 

 窒息開始から数秒で意識が薄れて靄がかかる。

 更に数秒で酸素が不足し、思考が停止する。

 みっともなく足掻く甲斐もなく意識は深い海に沈む様に……。

 

「ァ……ァ…………」

 

 

 獅白ぼたんが気絶した。

 

 

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