守り狐の魔法少女   作:百合書きたい

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2. 味方

 四本足の獣が地を駆ける。

 

 不規則なステップを素早く見極め、山本は両手の光刃を閃かせた。移動先に刃を置かれていた黒い獣は回避が間に合わない。それでもしぶとく体をよじらせ、肩口から背中にかけてを斬られるに留めた。致命傷だが即死には至らない。

 

 体が消えていくわずかな時間に最後の悪あがきを試みる。大きな口を開け、山本の頭にかぶりつく。

 

 首を傾けて回避する山本。冷汗を流した次の瞬間、胸に軽い衝撃が走った。獣が前足の爪を振り抜いていたのだ。

 

 あまりのしつこさに歯噛みするも、獣はすでに消滅していた。勝利にもかかわらずどっと疲れを感じる。

 

「三郎~お前なんだその態度は人間様に向かって! こうしてやる、ほれほれほれ!」

 

 が、ふにゃふにゃと気の抜けた声で猫と戯れる少女を前にすると、達成感と充実感で疲れが吹っ飛んでしまう。

 

 自分に優しくしてくれた人を守る。極めて単純な戦う動機を見つけた山本は、その思いのままに戦い続け、はや一年。変身状態で夕刻の一木千惟を付け回し、出現した怪物を倒す毎日は、とても充実していた。

 

 以前と同様、誰に知られることもない。感謝もされない。ただ、好きな人が変わらず笑顔でいられること。その思いが叶っている限り、山本はいくらでも頑張れるのだ。

 

 とはいえすべてが順調とはいかない。

 

 一木が猫遊びを切り上げ、帰宅したのを確認してから、山本も自宅へ向かう。人気のないリビングを抜けて自室へ入り、変身を解除した。

 

「いっ……!?」

 

 脳天を突き抜けるような痛み。先ほど怪物の爪にやられた胸を中心に、過去最高を更新する苦痛に襲われる。ベッドの上で体を丸め、呼吸を浅くし、痛みが引くまでひたすらに耐える。

 

 以前は、少なくとも一年前までは滅多にケガをすることはなかった。怪物のほとんどは一撃で屠れるヘドロしか出なかったからだ。

 

 しかし最近になって、怪物が強くなっている。今回の相手はヘドロよりも厄介な「ケモノ」だった。俊敏な動きでこちらを翻弄し、狡猾で執念深い攻撃を繰り出してくる。

 

 変身中は攻撃を受けても問題ないが、解除すると一歩も動けないほどの激痛に襲われる。ベッドの上でのたうち回るのは、今回でもう何度目になるか分からない。

 

「いてて……」

 

 数時間後。ようやく痛みの引いた山本は、覚束ない足取りで浴室へ向かう。すっかり日が落ち、室内は真っ暗だった。

 

 脱衣所で制服と肌着を脱ぎ、鏡の前に立つ。癖のある茶色がかった黒髪を肩甲骨あたりまで伸ばした少女。長い前髪の下から、クマをこさえたタレ目が覗いている。

 

 先ほど痛みの元になっていた部分、鎖骨の少し下のあたりに、白い傷跡ができていた。細い体のいたるところに、同じような傷が刻まれている。すべて怪物の攻撃によってできたものだ。

 

「もっと頑張らなきゃ」

 

 ふんす、と胸の前で拳を握る。

 

 恐怖がないわけではない。痛いのは嫌だし、当たり所が悪ければ変身解除後に死んでしまうかもしれない。

 

 それでも、好きな人が笑顔で過ごせなくなることの方が、よほど恐ろしい。もし自分が死ねば一木は怪物に食べられる。そう思うと勇気とやる気が湧いてくるのだ。

 

 山本は強そうなポーズを鏡の前で決めて、明日以降も続く戦いへの覚悟を決めるのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 六年に進級すると一木とはクラスが別になった。その上おびただしい傷跡をうっかり修学旅行の折にクラスメイトに目撃され、山本は先生がドン引きするくらいのぼっち状態で小学校を卒業した。

 

 一木と面と向かって再会したのは、公立中に進学し同じクラスになったその日のことだ。

 

 一木は相変わらず人気者で、小学校の友達や初対面の同級生とも見る間に仲良くなり、すぐさまクラスで一番の人気者になっていた。

 

 しかし放課後になると、ずんずん山本の席まで歩いてきて、こう言ったのだ。

 

「帰りますよ、山本」

「えっ」

「だから、帰りましょうってば。別に用事とかなんもないでしょう」

「う、うん」

 

 それまで空気と化していた、いかにも目立たないタイプの山本に声をかけたことで、奇異の視線が集まる。

 

 もちろん一木はそんな視線をものともせず、山本を急かして教室を出た。

 

 帰途にて、隣に並ぶ一木をちらちらと伺う。真新しいブレザーの制服はサイズが大きく、いわゆる萌え袖になっている。幼い雰囲気が際立っていてかわいい。山本は勝手に赤面した。

 

「何を赤くなってんです?」

「制服似合っててかわいいね!」

「ありがとうございます。あなたってそんなに主張するタイプでしたっけ?」

 

 はて、と首を傾げた。山本は自分の性格のことなど何も知らない。思ったことを言っただけだ。

 

 一木は一つ息をついて、「まあいいです」と続ける。

 

「私が言いたいのは一つだけです。無理するのはやめてください」

「何のこと?」

「目の下のクマ! フラッフラの足取り! 誰がどう見ても無理してるでしょう。しまいにはまた吐きますよ」

「そしたらまたゲロかぶってくれる?」

「ひっぱたくぞ」

「ひどい」

 

 美しくも汚い思い出を否定され、山本はしゅんとする。

 

 一木はため息をついた。

 

「あの時の忠告をすっかり忘れたみたいですね。限界が……」

「来る前に音を上げろ、だよね。覚えてるよ。でも私の限界まだまだ先なんだ」

「限界イコール死ではないですからね? 人は簡単に死ぬんです。同級生が過労死なんてマジで勘弁してください」

 

 山本は驚いて一木を見返した。彼女は眉根を寄せてじっと睨んでいる。

 

 山本にとっての一木は大切な人だ。命を懸けて守りたいと本気で思える、かけがえのない唯一の人。

 

 一方、一木にとっての山本は数十人といるクラスメイトの一人でしかない。

 

 にもかかかわらずここまで心配してくれている。山本は胸が温かく、顔が熱くなるのを感じた。

 

「心配してくれてありがとう。でも私、今、本気で頑張りたいことがあるんだ。だから、私にできるところまで頑張りたい」

 

 一木は目を見開くと、何かを言いかけて辞めて、もう一度口を開いた。

 

「それにしたって限度があるって話です。まあでも……本当にやばいと感じたら、無理やりにでも止めますから」

 

 一木の声音には呆れが混じっていたけれど、結局は応援してくれるようだ。山本が頷くと、一木は照れくさそうに目を逸らした。

 

 それから小学生時代の先生や同級生の話なんかをしつつ、帰途を進む。

 

 やがて互いの家に通じる分かれ道に差しかかると、白い影が横切った。

 

 見覚えのあるそれの正体は、白猫だ。

 

「あっ、大五郎」

「は?」

 

 思わず口走ると、一木はびしりと固まった。

 

 一拍遅れて山本に詰め寄る。

 

「なぜ、どうしてその名前を知ってるんです?」

 

 目と鼻の先に迫る一木の顔。まつ毛が長く、まん丸な目がかわいい。

 

 呑気に考えているうち、さらに別の猫もやってくる。すべて魔法少女活動中に見たことのある顔ぶれだった。

 

「三郎と梅太夫も来たよ」

「だーかーらぁ! なんでそれ知ってんのって聞いてんですよぉ!」

 

 無表情から一転、泣きそうな顔で山本を揺さぶる一木。頬が紅潮し耳も赤い。

 

 まさか不可視状態で一木と猫のじゃれ合いを見ていたからとは言えず、とっさに出た言い訳は、

 

「近所の人たちがそう呼んでたから……」

「だったら本名で呼ぶはずでしょうが!」

「ええ?」

 

 理解できない。

 

 呆気にとられるうち、一木は両手で顔を押えその場にしゃがみ込んだ。

 

 蚊の鳴くような声で言う。

 

「この子たちは地域猫で、それぞれちゃんとした名前があるんです。それを知る前に、私が適当に呼んでた名前が大五郎、三郎、梅太夫……つまり、私以外に知ってる人はいません」

 

 じゃれ合いの現場を目撃しない限りは。

 

 山本は一木のじゃれ合いを思い出す。サバサバとしてクールな教室での印象とは違い、猫と接する一木はこう、なんというか、キャラ崩壊していた。山本にとってはかわいい癒しの一面であっても、見られたら恥ずかしいのだろう。

 

 ようやく理解が及び、山本は渾身の言い訳を披露した。

 

「私、実は猫と話せるんだよね。俺のことを大五郎と呼ぶ猫狂いガールがいるんだぜっつって」

「うにゃああ!」

 

 一木はもう聞いちゃいない。

 

 羞恥で体をくねくねさせる一木を、猫たちは変なものを見る目で見つめていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 猫狂いが露呈して以降も、山本と一木のつかず離れずの関係は続いた。

 

 一木は中学生活を謳歌していた。学習内容が増えても依然として勉強の成績はトップ、運動の方も体力テストで記録を塗り替え、体育の時間にはヒーロー扱い。美術や音楽など、実技が伴う科目では漏れなく才能を発揮し、優秀賞や金賞といった称号と共に彼女の名前が語られない日はない。おまけに類稀なる美少女ときたものだから、夏休み前には校内一の有名人になるのも無理はなかった。

 

 一方、山本の魔法少女活動は順調とは言えなかった。

 

 小学校時代と同様、怪物の出やすい放課後の時間帯にはすぐに帰途につき、戦いに備える。怪物が日に日に強くなるのに反し、山本はどれだけ練習しても上達を感じない。激化する戦闘についてけず、生傷ばかりが増えていく。

 

 このままでは卒業までに死ぬ。手を打たなければならないが、実力は頭打ち。積み重なる疲労と痛みで思考に靄がかかり、焦燥感が募る毎日。

 

 そうして追い詰められる山本に光明が差したのは、夏休み直前の暑い夜のことだった。

 

「はぁー……」

 

 薄闇の中、黒い塵に還っていく怪物を前に大きく息をつく。今回の相手は人の上半身の形をしていた。出来の悪い着ぐるみのようにぶくぶくと膨らんだそれは、家一軒程度の巨体で、振り回される腕に掠りでもしたら即死だったろう。勝てたのは運が良かった。

 

 場所はおなじみ、一木の家が近い住宅街。戦っているうちに一木はすでに帰宅していた。

 

 今日も生き延びた。ほっと胸をなでおろし、変身を解除しようとして──

 

「あら、もう終わったの? やるぅ~」

 

 まるで自分に向けられているような声に、思考が止まった。

 

 変身中の魔法少女は一般人には認識されない。そして今の山本はまだ変身を解いていない。

 

 弾かれたように振り返ると、快活な雰囲気の女性がしっかりと山本を見つめていた。胸の前に垂らした二つ結びの髪、アーモンド型のきれいな目元。魔法少女の衣装ではなく、上品なブラウスとカーディガン、ロングスカートという一般的な装い。

 

 しかし視線がばっちりとかみ合う。

 

「ま……魔法少女、ですか?」

「元、だけどね。久々に帰省したら懐かしい感覚がして、なんとなく来てみたの。もしよかったら──」

「助けてください」

「え?」

 

 山本は土下座した。恥も外聞もなく額を地面につけた、見事な土下座だ。

 

 変身中の自分を認識できる、元魔法少女の女性。どん詰まりの現状を相談できそうな唯一の相手。縋りつく以外に選択肢はない。

 

「助けてください。今ほんとに困ってて、なんならちょっと話を聞いてくれるだけでも」

「分かった、分かったから頭を上げて! なんかすっごくいたたまれない! 土下座怖い!」

 

 女性は慌てて山本の頭を上げさせる。

 

 それから、乱れた髪を直しながら、

 

「とりあえず場所変えよっか。あ、変身は解いてね。私が独り言激しい人みたいになっちゃうから」

 

 と言うのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 近所の公園に移動する道すがら、女性は百江(ももえ)桃子(ももこ)と名乗り、市外に下宿している大学生と話した。大学の夏休みに実家へ帰省したところ、魔法少女の気配を感じ駆け付けたらしい。

 

「野次馬とかじゃないよ? 私も現役時代分からないことがたくさんあって、魔法少女の先輩に色々教えてもらったから。山本ちゃんも引退したら、後輩に優しくしてあげてね」

 

 魔法少女は数が少なく、素質のある者が最低限の知識もなく戦い始め、結局何を知ることもないまま引退することが多い。だから同じ魔法少女を見つけたら、経験や知識を教えてあげよう。そのようにして細々と口伝されてきた情報を、百江はあますところなく開示した。

 

 まずは魔法少女と怪物の正体について。

 

「魔法少女と怪物は、人の心から生まれるの。心のキラキラが魔法少女、ドロドロが怪物になる」

 

 キラキラは、「人の幸せを喜び、願う気持ち」。ドロドロは、「人の不幸を喜び、願う気持ち」。

 

 誰でも両方を持っていて、キラキラは善性としてもてはやされる一方、ドロドロは汚い気持ちとして隠され、抑圧される。抑え込まれたドロドロは心から零れ落ち、量が集まれば怪物となる。そして不幸を願い、憎悪する気持ちのままに人を襲う。

 

 双方とも心を源とするものの、性質は正反対。だからこそ互いに天敵であり、攻撃は掠るだけでも甚大な苦痛と必殺の威力を発揮する。

 

 山本は困惑した。

 

「そんなドロドロした気持ち……誰にでもはなくないですか?」

「山本ちゃんには無縁かもねー」

 

 百江が苦笑して補足する。

 

 たとえば自分が寝食を惜しんで打ち込んでいる何かがあるとする。すさまじい努力の結果は、しかし大して努力もしていない他の誰かよりも劣っていた。自分が受けるはずだった称賛を、他の誰かが独占している。このときに生じる気持ちがドロドロになる。

 

 他にも具体例は枚挙に暇がない。性格によっては常時ドロドロを抱えている人もいる。解放されることは稀で、隠され抑圧された末に怪物の姿へと(こご)るのだ。

 

 とはいえ山本にはピンとこない。他人の不幸を願った覚えがまるでないからだ。

 

 なおも首をひねる山本に、百江は眩しそうに目を細めた。

 

「だから魔法少女になれたんだろうね。人の幸せを喜ぶ、曇りのないキラキラした心。それが魔法の源だから」

「なるほど……?」

 

 褒められている気がしたので、分からないなりに胸を張った。

 

 しかし今の話が本当なら、一木が怪物に狙われるのはなぜだろう。

 

 長年の疑問を口にする。毎日毎日、きまって怪物に狙われる同級生がいると。

 

 百江は少し考えこんで、

 

「その子、めちゃくちゃかわいいかイケメン?」

「超絶ウルトラかわいいですね」

「勉強か運動が得意?」

「やることなすこと全部得意です」

「人気者?」

「学校一の人気者ですよ。え、百江さんエスパーですか?」

 

 百江は「あちゃー」と、頭が痛そうに額を抑えた。

 

「そういう……なんというか……『なんかすっごく人生うまくいってそうな子』は、怪物に狙われやすいのよ。ドロドロを集めちゃうから」

「えっ。みんな一木さんの不幸を願ってるってことですか?」

「……一木?」

 

 突然に話が止まった。一木、一木と呟きながら何か考え込む百江。

 

 じれったくなって話を急かすと、「あっ、ごめん」と我に返った。

 

「なんでもないんだ。ええと、不幸を願うってほどではなくて……うーん」

 

 言葉を選びながら続ける。

 

「チヤホヤされてる子を見ると、いいな、羨ましいなって誰でもちょっとは思うよね?」

「そうなんですか」

「そうなんです。そういうちょっとしたドロドロが怪物になるわけ。だから、そのドロドロの元になった人は狙われやすい。これで分かる?」

「つまりかわいい子は狙われると」

「もうそれでいいや」

 

 ちょっと投げやりな肯定。間違ってはなくとも正確ではないのだろう。

 

 ともあれ、山本の心中は晴れやかだった。長年疑問だった、魔法少女と怪物の正体、一木がやたらと怪物に狙われる理由など、おおむね解消された。

 

 かといって問題がすべて解決したわけではない。

 

 かわいい子、キラキラした子が狙われる。であれば一木はこの町にやってくる前、どのように身を守っていたのか?

 

「前の町にも魔法少女がいたんだろうね。そういう子はドロドロだけじゃなく、キラキラも惹きつけるから」

 

 その魔法少女がいなければ一木と出会うことはできなかっただろう。顔も名前も知らない同業に心中で感謝をささげる。

 

 もう日が暮れて薄暗く、公園の電灯が灯り始めたが、山本の質問は続いた。

 

「なんで怪物は夕方に出るんですか?」

「分かんない。昔からずっとそうらしくて、その時間に被害が集中するもんだから、逢魔が時って呼ばれてるらしいよ」

 

 これはもう「そういうもの」、自然現象のようなものとして納得するしかないようだ。四六時中出るよりかはずっとマシだろう。

 

 続けて、最近怪物が強くなってきていることとその対策について。

 

 百江は考えるまでもないというように即答した。

 

「思春期かな」

「はい?」

「怪物の元になってるのは、たぶんその一木さんに近い子たち、同級生だと思う。キラキラとドロドロは思春期になるにつれ純度が上がっていくの。だから怪物も強くなってる」

 

 子供から大人へ移行する期間、思春期。理屈は不明だが、心の力はこの時期にピークを迎えるのだという。怪物を生む同級生たちもまたこの時期のため、怪物が強化されている。

 

 だとすれば。

 

「それって私も強くなってるってことですか?」

「そのはずだよ。私も先輩も、魔力のピークはそこだった。もし対策があるとすれば、怪物の強化に負けないくらい魔法の練習をがんばるくらいかな……」

 

 難しい顔で百江がそう告げる。

 

 また一つ疑問が解消され、山本はすっきりした気持ちだ。知らずのうちに強くなっているといういい知らせもあった。明日からいっそう頑張ろう、と気合を入れる。

 

 と、そこで新たな疑問が生まれる。

 

 心の力は思春期にピークを迎える。

 

 であればその後は?

 

「思春期が終わればどうなるんですか?」

「変身ができなくなる。怪物も、少なくともその子の周りからはいなくなるよ」

 

 心のキラキラは、長じるにつれ輝きを損なう。純粋に人の幸せを願うだけではいられなくなる。

 

 同時にドロドロもまた、長じるにつれ純度を落とす。人の不幸を願い、呪うだけでなく、嫌な気持ちに折り合いをつけ、抑え込まずに解消する術を学んでいく。そうして魔法少女と怪物の争いは、あくまでも小さな範囲において終わりを迎える。

 

「早ければ在学中か、遅くとも中学卒業までには、怪物はいなくなると思う……わわ、どうしたの!?」

 

 ふっ、と心が軽くなる。

 

 緩んだ気持ちが涙腺も緩ませて、山本の目から涙が零れ落ちた。

 

「すみません、なんか、その、安心しちゃって」

 

 戦いは明日からも続く。それでも終わりが見えたのだ。

 

 気を抜けば死ぬような戦い。そうでなくても尋常でない苦痛を伴う戦いが、ずっと続くと思っていた。戦う理由に支えられていたとはいえ、いつか終わりがくると示されたことで、張り詰めた心が緩んでしまった。

 

 思春期の終わり。長くとも卒業まで頑張れば戦いが終わる。

 

 俯いて泣きながらその情報を噛みしめていると、体が柔らかな感触に包まれた。ふわりと甘い匂い。百江に抱擁されているのだ。

 

「今までよく頑張ったね。たった一人で。すごいよ、山本ちゃん」

 

 背中を撫でられる感触が心地いい。身体を包む人のぬくもりに心がふやけていく。

 

「私にはもう戦う力はないけれど……話を聞くくらいならいくらでもできるから。あなたはもう、一人じゃないよ」

 

 優しい声音に絆されて、彼女の背中に手を回す。

 

 そうして今まで一人で流していた涙を、誰かと共にいっぱい流したのだった。

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