守り狐の魔法少女 作:百合書きたい
ぐったりした山本を抱え、猫耳魔法少女姿の一木が学校を飛び出していく。魔法少女のケガは病院に行っても騒ぎになるだけで治らないと教えておいたので、どちらかの家に運んだのだろう。
「ふぃー、どうにかなったぁ。もうギャンブルは二度とやんない」
去っていく二人の後姿を見送って大きく息をついたのは、暇な大学生にして元魔法少女、百江である。おどけた口調で笑っているが頬が引きつり、冷や汗が滝のように流れている。それほど分の悪い賭けを二つ、今しがた彼女は乗り越えたところだ。
賭けの内容は二つ。
一つは、魔法少女と怪物の関係を一木に暴露し、それを信じてもらえるかどうかということ。荒唐無稽と前置きはしたものの、こちらの話をした時点での一木の反応は半信半疑であり、かなり危ない橋を渡った。
もう一つは、真実を話した上で一木の心が折れないかということ。
百江は一木の姉の死を知っていた。姉は、怪物に狙われやすい妹を守るために戦い、死んでいった。そしてまた一人、一木を守るために現在進行形で一人の魔法少女が戦っており、死の間際にいる。自分のせいで二人の人間が命を危険に晒している、とショックを受け折れてしまう可能性は十分にあった。
結果的に、一木は信じた上で折れなかった。
話を真実と仮定すれば、姉と山本が口を閉ざした点の平仄が合う。また、山本の死が切羽詰まっているのは日に日に強くなる山本の死相から明らかであり、今この瞬間にも戦っているのであれば、信憑性を検討している時間はない。そうして百江の補助を受け、魔法少女として覚醒したのだ。
『あなたは山本ちゃんのことをどう思ってる? 大切? 失いたくない?』
『あったりまえでしょーが!』
キレ気味の即答からは、もう必要な気持ちがあふれ出していた。
魔法少女になるのに必要なのはたった一つ。他者の幸せを喜び、願うキラキラした気持ち。特定の誰かひとりを助け、守りたい思いもまた、キラキラに含まれるのだ。
『だったらその思いに身を委ねて。山本ちゃんを助けたいっていうキラキラに意識を──』
『あ、なんか変身できました』
『はっや!? 天才か!?』
拍子抜けするほどあっさりと変身を成功させ、一木は山本を助けに向かった。莫大な才能と不意打ちだったのも相まって強敵を瞬殺し、今に至る。
「ふぃー……」
山本も一木も勝利し、百江も危険な賭けに勝ったのだった。目立たない路地の物陰に滑り込むと力が抜け、大きく息をついて座り込む。
「やりましたよぉ、先輩……」
脳裏に浮かぶのは、にぎやかで騒がしい、虎耳の魔法少女。
彼女を守りたい思いが、百江を魔法少女に変えた。
だから彼女を失ったとき、百江は魔法少女でなくなった。一番守りたいものを失くしたから。
彼女の忘れ形見の引っ越し先がこの町で、しかもまた誰かに守られているのを知ったのは、ただの偶然だった。彼女の妹は妹であり、彼女ではない。だから当初はそこまで乗り気ではなかったが、懸命に戦い続ける山本に感化されたのだろう。気づけば本気で一木を守り抜く算段を考えていた。
一木を狙う怪物の強化度合いを見るに、山本だけでやり通すのが厳しいのは明らか。ならば他の魔法少女に助力を請うしかないが、そんな人手があれば最初から苦労しないし、百江はすっかり心が折れている。そこで白羽の矢が立ったのが一木本人だった。
特定の個人を守りたい思いがキラキラになりうるのは、百江自身で証明済みだ。一木はそっけなくしていても山本のことを常に思っている。危険な賭けにさえ勝てば、二人で手を取り合って怪物と戦っていく未来をつかみ取れるはず。
そうしてタイミングを見計らい、一木に接触し──結果は見ての通りだ。
「今度こそ……守れました、よぉ……」
どんなにうまくいったとて、もう頭を撫でてくれる人はいないけれど。絞り出すような泣き声を聞きつけて、抱いてくれる人はいないけれど。
こんな思いをする魔法少女が一人でも減ったなら、きっとそれは正しいことだと、そう思いたかった。
ーーー
「はい、あーん」
「自分で食べるってば……」
「私のおかゆが食べられないとでも?」
「恥ずかしいよ。あと正直、三食おかゆは飽きる。逆に体に悪い」
「生意気言うのはこの口ですか」
「むぐ」
山本宅のベッドの上で、山本の小さな口におかゆ満載のレンゲが突っ込まれる。一木は一口ごとに真剣な顔でおかゆをふーふーし、強引に山本の口へ運んでいく。甲斐甲斐しい看病に最初は山本も喜んでいたものの、さすがに三日目となると辟易としてくる。
死闘の影響により、山本は丸二日間寝込んだ。目覚めた直後に見えたのは自室の天井と一木の泣きはらした顔で、目が合うなり抱きしめられ、傷の痛みにまた数分間気絶した。
ケガは思ったより深く、目覚めたその日は全身の痛みで歩くことすらできず、中二女子としてはかなり恥ずかしい介助をされる羽目になった。
一木は夜になると一度家に帰るものの、夜中になると変身状態で抜け出してきて、一晩中寄り添ってくれる。朝になるとまた家に行って、学校に行くふりをして看病をしに来てくれる。
ありがたいことはありがたいのだ。苦痛にあえぐとき、一人でいるのとないのとではかなり違う。
ただ、ちょっと重い。
「あっ、一人でどこ行くつもりですか」
「トイレ」
「もう、じゃあ呼んでくださいよ病み上がりなのに無理して歩いて転んだらどうすんですかまったく魔法少女ってのはとにかく誰かを頼るってことを知らないんですからまったくもうほんとにもう」
「なんで急に早口言葉しゃべるの」
少しトイレに立つだけでこの有様だ。二日目からは普通に歩ける程度には回復したのに、手洗いのすぐ前までついてくる。音が聞こえると恥ずかしいからと言っても離れやしない。
「あ」
「出ましたね、すぐ倒してきます──きました」
「速い速いもう怖いって」
この間にも夕刻には怪物が現れているが、山本が感づいたときにはもう一木が倒しに向かっている。その手際たるや、歴戦たる山本でさえ恐ろしさを覚えるほどだ。
こんなにチヤホヤされるのは珍しいし、たまには悪くない。
とはいえ死闘から五日目の晩にはもうお腹いっぱいだ。なんだか徐々に一木の瞳からハイライトが薄れているような気がするし、きちんと話をしよう。
しんとした山本家のリビング。真新しいソファに隣同士で座り、ゆっくりと言葉を交わす。
まずは一木が魔法少女になった経緯について。
「百江さんが?」
百江桃子。元魔法少女で山本に色々な知識を授けてくれた先達だ。彼女が一木に魔法少女と怪物、今の状況などをすべて暴露し、魔法少女になるよう誘導したらしい。
山本の場合は生まれついての素質があったが、一木は後天的なキラキラした思いをきっかけに魔法少女となったそうだ。その思いについて聞くと、彼女は赤面して、
「あなたを守りたいって思ったんですよ」
「……へへっ」
「嬉しそうですね畜生」
無性に嬉しくて、一木の手を握って身を寄せた。まんざらでもなさそうに一木も指を絡めてきて、さらに幸せ気分が募る。
しかし不意に、一木の表情がどんよりと曇る。
「私は何も知りませんでした」
つないだ手に強く力がこもる。
「お姉ちゃんに守られていたこと。あなたに守られていたこと。何も知らないでいたせいで、私がお姉ちゃんを──」
「一木さん!」
珍しい山本の大声に、はっとして一木が顔を上げる。
山本は険しい顔で告げた。
「誰が悪いなんて話じゃない。お姉さんの想いを、キラキラに殉じたお姉さんを、否定しちゃダメ」
誰に知られるでもなく、何を得るでもなく、ただ大切なものを守ろうとする行為の難しさと厳しさを、山本は知っていた。仮に当時、別の道や方法があったからといって、覚悟を最後まで貫いた一木の姉を自責の念で否定することは、きっと誰にも許されない。
一木がぐっと唇を噛む。
「分かってます、どうしようもなかったって。だけどもしもあのときって考えちゃうんです。そのくらいはいいでしょう……?」
「……まあ、うん」
山本は肉親を失ったことがなく、一木の今の気持ちは本当の意味では分からない。判断に迷って首肯し、涙が零れそうになっている一木の頭を撫でた。
一木は涙を拭うと、つないだ手を離して立ち上がる。表情は心なしかきりっとしている。
首を傾げる山本に対し、きれいな角度で頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「はぇ?」
唐突過ぎて変な声が出る。
「知らなかったとはいえ、絶交とか、ひどいこと言いました。あなたはずっと守ってくれていたのに」
ああ、と納得した。確かにショックを受けたし寂しさも募ったものの、誰も悪くない。一木はおそらく、あえて突き放すことで危ない何かから山本が遠ざかるように仕向けたのだ。そこに悪意はなく、あるのは思いやりだ。それでも謝るのはけじめなのだろう。
気にしていないと口にする直前、ちょっとしたいたずら心がわく。
「許してほしい?」
「はい」
「じゃあ……もうすぐ夏休み。たくさん遊ぼう。それで許す」
今までの夏休みは一木をストーキングして、夕刻に怪物と戦い、魔法の練習をするので精いっぱいだった。友だちと遊ぶどころか、友達をつくることすら難しい。
が、守る対象だった一木が今では魔法少女仲間であり、一番の仲良しなのだ。怪物の強さも以前の死闘以降弱まっている。きっと今年の夏休みは余裕を持って楽しく過ごすことができるはず。
そのとき、隣に一木がいてくれれば素敵だと、山本は思ったのだ。
「……喜んで!」
目を潤ませた一木が抱き着く。山本も抱き返す。
互いに守りたいと願う相手の鼓動を聞きながら、二人は長い間抱き合っていた。
ーーー
夏休みのとある昼下がり、一木は山本の家に訪れた。
今日は夕方から近所の河原で縁日のお祭りがある。山本の家で合流し一緒に向かう約束だったが、呼び鈴を押しても返事がない。傘立ての下の合鍵を使い、中へ入る。
玄関には山本の運動靴とサンダルが残っている。留守ではないようだが寝ているのだろうか。
廊下を通り抜けリビングに入ると、山本はソファの上で寝こけていた。
冷房もつけていない室内は窓を開けていても蒸し暑く、山本の恰好も薄着だ。白く幼い体を包むのはキャミソールと、下は小学校時代の体操ズボン。手足の包帯はすべて外し、柔らかな素肌が丸見えになっている。
「……っ」
思わず息を呑む。露出の多さに、ではない。普段は包帯に隠された夥しい古傷にだ。
それらはすべて、魔法少女としての戦いの中で刻まれたもの。怪物の攻撃は魔法少女にとって毒であり、被弾すれば傷跡が残る。一応魔力を集中させれば小さな傷なら消せるが、大きなものは難しい。
一木はソファの前に膝立ちになり、山本のキャミを少しめくる。より多くの傷跡が見え、その一つに指を這わせた。続けて太ももとふくらはぎ、くるぶしへ。鎖骨の辺りと二の腕、前腕の傷も撫で擦る。
傷跡の多くは、一木の無知の証だ。知りようがなかったし、山本自身が納得しているとはいえ、何も知らないまま守られていた証を前に無感情ではいられない。
切なさと罪悪感が半々。想い人にこれだけの傷を負わせた罪の意識と、こんなになっても守ってくれた切なさ。
なぜこれほど頑張ってくれたのだろう。一木は山本に恋をしている。姉に似ていることから目で追うよりになり、意識するうちに少しずつ好きになってしまった。けれど山本の方はどう思っているのか。少なくとも、この戦いの痕から見る限り脈はあるのではないか。
「私のこと、好きなんですかね……」
「好きに決まってるじゃん」
「ふにゃーっ!?」
当たり前のように返ってきた言葉に飛び上がった。
どぎまぎしながら見ると、山本は眠たそうに目をこすっている。
「ごめん居眠りしてた。もう行く?」
「いえまだ早いですし……じゃなくて! え!? 好きなんですか私のこと!?」
「何をいまさら」
不思議そうに笑う山本。
「あの朝礼の日、助けてくれたときから、ずーっと大好きだよ」
あの朝礼というと、小学五年のときのだろう。一木にはあまりいい思い出ではないが、山本にとっては大切らしい。
ということは、だ。一木はごくりと喉を鳴らした。
恋心を自覚した時点で、一木は山本を射止めるつもりだった。魔法少女と怪物の真実を知ると、よりその思いは強固になり、他の誰にも山本は渡さないとひそかに決意していた。
ただ、具体的にいつ山本との関係を進展させるかは未定だった。今、そのときがやってきたのか。
かつてないほど心臓が高鳴る中、一木がハッと我に返る。目についたのは、何の恥じらいもなく見つめ返してくる山本だ。
小学三年と言われても納得の低身長、折れそうなほど細く、華奢で幼い体つき。無邪気な「好き」の使い方。
拍子抜けしそうになるのをこらえて、一木は一つの疑問を口にした。
「その好きってどんな好きです?」
「どんな……? 大好きは大好きでしょ。あ、さては恥ずかしいことを言わせようとしてる?」
「ああ、いえ、大丈夫です」
山本は「変なの」と呟くと、キッチンに向かった。コップに麦茶をついでいる。「お茶いる?」と聞かれたのに大丈夫です、と断る。
山本は子供だ。恋愛とか両思いとかいう概念がない。あるいは、そんなものを意識する暇すらなかったのかもしれない。
だったらこれから意識させていけばいい。共に歩んでいけばいい。幸い、今日のお祭りはそういったイベントの定番だ。
魔法少女と怪物の戦いは徐々に下火に向かっている。怪物の強さも出現頻度も下がっていて、高校生になるまでには終わりを迎えるだろう。もう一つの戦いを始めるにはちょうどいい。
頑張り屋で一生懸命で優しく真面目でかわいい彼女と結ばれるための、甘くて苦い戦いを。
一木が決意を固めていると、山本はお茶をこくこく飲みながら、
「ところでさー、一木さん」
「はい?」
「寝てる間に女の子の体をまさぐる趣味は、やめた方がいいよ」
「趣味じゃねーですしあなた起きてたんかいっ!」
ちょっと頬を紅潮させてクスクス笑う山本と、耳まで真っ赤になる一木。
二人の恋路は、きっと長い。