仔狼と香辛料   作:偽マリーヌ

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クロエの代わりにヤレイに戻ってクロエと同じく掘り下げてもらえてとても良かった……。

4/9 大事な部分が抜けていたので修正


仔狼と契約の夜

クラフト・ロレンスは旅に生きる行商人だ。

 

以前取引を行ったことのあるパスロエ村に立ち寄り、旧友であるパスロエ村の値段交渉人のヤレイに会いに来たのだが生憎と彼が『ホロ』となってしまった為に諦めて村を立ち去ることにした。

 

「旧友に!やり手の行商人ロレンスとの再会を祝して」

 

「旧友に」

 

一度は立ち去った村でホロとなり穀物庫から一週間出てこれないはずのヤレイと酒を飲み交わす事となった不思議な経緯を酒を飲みながらロレンスは思い返していた。

 

ミューリ、そう名乗った不思議な娘にまず抱いた印象は幼い事だった。

最初はその幼さもあり、悪魔憑きを生み出してしまった家庭が教会に差し出すことも出来ずに家で匿われていた箱入り娘と考えた。

 

しかしミューリが口にしたニョッヒラという地名はこの辺りに知っている人は多く居ない。

そこから幾ばくか冷静になり、ミューリを細かく観察をすると奇妙な点がいくつも目につくことに気がついた。 

 

着ていた服は使い込んでいるものの月明かりの下でも目立ったほつれや汚れは無くきちんとした物、それに時折漂う鼻を刺すような硫黄臭はニョッヒラにある温泉と同じ硫黄の香りだと商品知識と照らし合わせて分かった。

 

仮に嘘だとしてもパスロエ村に閉じ込められていた悪魔憑きが硫黄を手に入れてニョッヒラ出身と詐称できる事が説明出来ない。

次になんらかの詐欺を考えたがそれにしてはミューリから感じる視線が好意的過ぎる。

だからこそロレンスは本当に豊穣の神であるホロの娘である可能性を考慮した結果証拠を要求した。

 

もしも本当にホロの娘であるなら自分にも何らかの益があるかもしれない。

証明さえあれば契約を結ぼうと、しかしロレンスは───。

 

「おぉい、聞いてるのかよロレンス」

 

物思いにふけているとかなり酔っ払っているヤレイが訝しんだ目を向けてくる。

自らの武勇伝を語っている際に友人が無関心なの時ほど面白くない時もない。

 

「ちゃんと聞いてるよ、大きな街の商会と値段交渉してるんだってな」

 

「そうだ!来年も再来年もこの村は豊作に違いない

だからよおロレンス、俺はお前とまた値段交渉してみたいんだよ」

 

質の良いパスロエ村の麦を手強い交渉人であるヤレイを相手に如何に利益を生み出すか。

その戦いを少しだけ想像し、それが訪れないことをロレンスは残念に思った。

 

「俺もだよ、ホロの……」

 

機嫌が続くといいな、という言葉は出なかった。

豊穣の神はもう居らず、ニョッヒラに居るとその娘から聞いたばかりだ。

そういえばあの娘は御伽話しに出てきているのだろうか。

 

「そうだヤレイ、ホロの伝説にミューリという名は出てくるか?」

 

「ミューリぃ?聞いたこともねぇなそんな名前」

 

気になって訪ねたものの空振りだった、もっともヤレイはホロについて軽く見ている節があるので聞いたとしても忘れているのだろう。

 

「それに狼はもう関係ない、そんなもの居ないんだよ」

 

ヤレイがまるで悪魔を討たんとする勇者の如く酒の入った器を掲げて主張する。

まるで今この村に残っている狼を一匹残らず追い出さんとばかりに。

 

「古い神なんていらない、エーレンドット伯爵様に乾杯!」

 

そのまま酒を一気に飲み干し机へと叩きつける。

それはヤレイにとって古い時代へ決別の宣誓なのかもしれない。

 

「ホロはもう必要ないんだ」

 

ロレンスはその言葉に何故か銀の狼が悲しむ顔が浮かび、その思いを酒と一緒に飲み込んだ。

 

──────────────────────

 

上機嫌なヤレイを見送ったロレンスは貸してもらった部屋へと足を向けながら先程の事をまた思い返していた。

 

証拠を見せろ、その要求にミューリが見事に応えた時のことだ。

 

荷台の上にいた少女の影が大きく形を変え、銀色の狼の姿となった。

普通の狼よりも一回り大きく、後ろ足で立てばロレンスの背など追い越してしまいそうなその姿にロレンスは恐怖し、拒絶を叫びとして表してしまった。

 

あの時の裏切られたとばかりに涙を浮かべた赤い瞳を忘れることが出来ずにロレンスは村へと戻ることに決めた。

ミューリが居る場所が他に思いつかなかったからだ。

 

そこで穀物庫にいるはずのヤレイに捕まり酒盛りをすることになったがこれで本来の目的を果たせる。

部屋においてある外套を羽織り、村のどこかに居るかもしれないミューリを探しに行って伝えねばならない事があるからだ。

 

俺はお前を信用する、商人としてそう伝える義務がある。

 

頭の中で呟きながら部屋の扉を開く、驚きで声を上げなかったのは神の賜物か。

雪のように銀色の尾がベッドのシーツの間からそわそわと揺れていた。

 

「お前、一体いつの間に」

 

答えたくない、とばかりに尻尾が一度大きく振られた。

その様子に今すぐどこかに消えてしまいそうではないと判断し、一度大きく息を吐いた。

 

「すまなかった、要求したのは俺の方だったのにまともに返事も出来なかったのは俺の落ち度だ」

 

怯えて声も出なかったなんて不義理と思われても仕方ない。

そう考えロレンスは素直に謝ったのだが、まだミューリはシーツの中に潜ったままだ。

もしかして言葉が足りないのだろうか。

 

「お前は契約の為に応えてくれた、だから俺もそれに応えてお前と」

 

「違う」

 

毛玉のように包まったシーツから返答があったが、ロレンスの疑問は深まる一方だった。

一体何をミューリは期待しているのかと考えていると呆れるようなため息が聞こえてきた。

 

「お兄さんは全然分かってない、兄様は理屈っぽいけどお兄さんは物事を秤の傾きでしか見てないみたい」

 

恨み言のように吐き捨てながらシーツから勢いよく少女が飛び出した。

荷台で見た姿と変わらぬ姿かあることにどこか安心する。

 

「申し訳ないが本当に分からないんだ、俺が商人として約束を違えると思われたのは俺の責任だろ、だから」

 

だから謝った、そう言う前にミューリに睨まれて口を噤む。

 

「謝ってほしかったのは違うよ、その、怖がったのを謝ってほしかったの」

 

え、と口に出そうになったのを抑える。

契約でも何でもなくただ怖がったことを謝ってほしかった、そんな考えはロレンスの中に無かった。

 

「見せてって言われたから見せたら怖がられるなんてすごく傷ついたんだから!」

 

「うおっ」

 

言い切るや否やミューリがロレンスに向かって飛び込んできたので咄嗟に抱き止める。

背に回された腕は力強いが、子供の域をでない目一杯の力で掴まっていた。

 

ここまで言われれば鈍いロレンスにも分かる、村を救ってくれと頼まれた勇者が剣を振るった後に恐れられては物語は明るく終わらない。

 

「気が付かなくて悪かった、いくら謝っても足りないがお前が満足するまで謝るよ」

 

「本当?」

 

「本当だ」

 

腕の中から見上げてくるミューリの頭を撫でてやる。

妙にしっくりとくる感覚を不思議に思ったが、ミューリの顔をよく見ると泣き晴らした様で痛々しい。

そんな顔は見たくないと何故か強く思った。

 

「俺と一緒に旅をしよう、契約成立だ」

 

まるで口説き文句のようで卑怯に思ったが、ミューリはその言葉にようやく笑顔を取り戻してくれた。

窓から差し込む月光に照らされた、太陽のような笑顔だった。

 

──────────────────────

 

少女が目を覚まして暖炉のある大広間に向かうと男性が手と顔を黒くしながら煤掃除をしていた。

 

『おはよう、今日は随分と早起きだな』

 

少女は何も言わず男性に向かって飛び込むと、男性は受け止めたあとに困ったように笑った。

 

『どうしたんだ、悪い夢でも見たのか?』

 

 

『なんでもない、なんでもないの』

 

少女は甘えるように抱きついたまま、硫黄の香る男性の匂いを胸一杯に吸い込んだ。

 

眠りから目覚めれば新しい一日が今日も始まる、当たり前の事であった。

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