『わたし』が見た幻想郷   作:eg

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『わたし』が見た人間の里

 

 防寒と羽根隠しの為のぶかぶかな上着を身に纏い、両手で携えた籠の中には山菜を溢れんばかりに詰め込んで…今、こうして『わたし』は人間の里の大路に立っています。朝方という事もあり未だ人の気配こそ少ないですが道行く人の中には物珍しいような眼でこちらを窺う者もおり、その際は籠の中にある山菜をちょっとばかり掴んで掲げ、出来る限り通るような声で呼びかけるのです。

 

 腰から提げた巾着袋の中には既に幾らか売り上げた分の銭貨が入っており、時折足をふらつかせたりする度に仄かに鳴って『わたし』の気力を保たせつつ…鈴にも似たような音色が物静かな里に響くものですから、案外人目も引けるものです。…こういう形で物を売り出す妖精は中々に珍しいでしょうが、『わたし』だって好んで明かる前から山へと赴いて山菜を拾い、そのままの足で人里へと売り出している訳ではありません。一切の身銭も無いと、折角の人里観光も楽しめないのです。

 

 暫くその場からやや練り歩いていると俄かに人通りも増え始め、朝食の一品求めでの需要からか売り上げは増して好調となりました。…しかし山盛りであった筈の売り物もすっかり底を尽き、今更山へ戻って拾い直すにも期を逃した気がします。『わたし』はそこで籠を地面に置き、腰の巾着袋を両手で丁寧に開きました。…以前の袋の中身と比べるべくもありませんが、気ままに里を歩く分には困らないでしょう。

 

 山菜が入っていた籠を今度は片腕で提げ『わたし』は里を歩き始めます。…大路は非常に整理されていて遠くを望んでもどこまでも真っ直ぐに伸びている様は、地の底の街とは違った計画的な都市構造である事を暗に示しているでしょう。…直線的な美しさへの人間の拘り様は『わたし』のような人非ざる者からすれば些か過剰にも思える位で、実際この里での主要道はここに限らず、正に格子模様を為すように隅々まで延びているのです。

 

 大まかに確保された区画の表面に並べられた屋敷の隙間から覗いて見ると、そこから先は幾らか雰囲気の異なった細道へと変化しました。先程までのように真っ直ぐに視界は通っておらず、所々出っ張ったように箒や棒切れが立て掛けられた裏長屋。既に朝食準備の山は越えつつある様子で、人々は桶を囲んで洗濯に勤しんでいたり、或いは井戸を囲んで駄弁っていたりと思い思いに暮らしている様子が垣間見えます。

 

 先程まで見た大通りに直接沿う建物は比較的裕福な人間が住んでいるらしく、このため一つ一つの家や長屋は広い土地が取られています。しかしどの家もそんな大きさばかり取っていれば、この里に住む人間は里どころか山の隅までもを埋め尽くしてしまうでしょう。故に里の住人の多くがこういった場所の密集した長屋に身を寄せる事で初めて、これだけの土地に数え切れない程の人間が暮らせた訳ですね。

 

 道幅が狭いからか傾き気味の日は直接届いておらず、何処か薄暗い雰囲気を醸しています。…しかし住んでいる人の顔を窺う限り、こちらはそこまで暗い印象を抱かせません。表と比べれば確かに貧しいでしょうが、妖怪が跋扈する無法地帯なんかと比べれば人里の中に位置するというだけで随分と安全でしょう。殊にこの辺りは手に職を持ってその日を暮らす人間が多いようで、あちこちの長屋では中からチクチクを布を縫うような音、カツンカツンと木材を加工するような音が響いています。…ここでは人里の外を知らずして一生を終えるような人間も、或いは珍しくないのかもしれません。

 

 『わたし』はそんな裏通りを突き抜け、先程とは違う大路に沿って歩いていきます。こちらの道沿いには川が流れており、上流の方を望む限り妖怪の山方面から流れているようですが…この辺りでは石で抜かりなく覆われた堤に囲われており、一見すると単なる用水路のようにすら見えるでしょう。時折掛かる橋や川を通る船にも人の姿があり、完全に人里の一部分として見られ、人間による管理下に置かれているようです。

 

 この辺りでは肩から物を提げ、盛んに声を上げる振り売りも多く見られます。売っている物は食べ物から日用品まで多様に揃えられ、それらだけで生活が成り立ちそうにも見えてきます。そういう意味で、大通りに構える大店よりも人々の生活に根差しているのでしょうか。

 

 そんな中でふと嗅いだ甘い匂いにつられた『わたし』はすれ違ったぜんざい売りに声を掛け、袋の中から幾らかの銭を取り出してその男の眼前にひらかしました。男はキョトンとしたような顔でこちらを見ていましたが、不意に掌に広げた銭を掠めるように自らの懐へ仕舞い、対して沢山の小豆が入ったぜんざいを渡してきます。

 

 『わたし』はそのぜんざいを口にする度、意図せずに頬が緩むような感覚を覚えました。甘さもそうですが、小豆も沢山入っているので食べ応えもあります。妖精は人間と違ってものを喰わずとも問題ありませんが、こうした嗜好品として甘いものを好む個体は殊に多いのです。…勿論、『わたし』も。

 

 気付けば手元に一片の餡も残っていなかったので『わたし』は満足げに椀を返し、それを受け取った男はまた何処かへと歩いていきました。あれだけ小豆を入れてくれるぜんざい売りは珍しいもので、また機会があればあそこで食べようか…と振り向くと、先程の男は『わたし』が渡した銭貨を時折懐から取り出し、その度に頬が零れているようです。…もしかして、余計に銭を出し過ぎたからあれだけオマケしてくれていたのでしょうか?

 

 

 

 

 

 日の方もそれなりの高さとなった頃には里の活気は更に増し、行き交う声の群れはすっかり喧騒となって里を包んでいます。…ところがこの喧騒の一翼を担うのは人間ではありません。人混みを俯瞰すればそれは自ずと見えるでしょう。凡そ里の人間とは思えない容姿や髪色を持ちつつも、辛うじて人間らしき形となって幾らか紛れる…妖怪の姿。

 

 妖怪の山が人間のような余所者を拒むように、人里においても妖怪を拒む風潮があります。入口の門はそれら侵入者を弾く為にあるのですし、そもそもこの人里は…妖怪を恐れた人間が自らを護る為に結束した結果の産物です。その成立過程をなぞれば至極当然の話であり、であれば本来この人里にあのような妖気は決して漂わぬ筈です。

 

 しかしその取り決めは今や、たった一つの不文律を除いて事実上形骸化しているようです。…"人非ざる行為は自重しろ"。誰かにそれを習った事はありませんし、誰かが言い出して認められた妥協点でもありません。只それは…確か百と数十年前。丁度この郷が結界によって隔絶された頃を境として浸透した記憶があります。

 

 既に人間の支配圏はこの郷の地上を大方埋め尽くす程にまで拡大し、妖怪も又それ以外を…山や川、地の底までも支配し尽くしています。二つの勢力が隣り合わせにでもなれば擦れ合いは必至なのですから、このようにある程度妖怪の存在を黙認するような融和的な解決法は、ある意味最もらしいと言えましょう。

 

 

 しかし、この解決法は最適解と言えるでしょうか。人間と妖怪の絶対的優劣を考えれば、妖怪が如何なる形であれ里に居るという事実は人間の首元を常に押さえているとも解釈できます。人間は滅多に妖怪を殺せません。しかし妖怪は人間を容易に殺せます。只それを、里の内側ではしないというだけ。

 

 実際里に潜む妖怪は、それらしい容姿を持っているだけで真に人間らしいかと言えばそうではありません。むしろ妖怪らしさを残し、かつそれを誇っているようにも見えます。自らが支配者である、そんな無意識中の驕りなのでしょうか…最もそれは批判的な意図ばかりではありません。驕り高ぶる妖怪へ人間が抱く恐ろしさ、それ自体が妖怪の存在意義として確かにあるのですから。

 

 …ところが『わたし』は、その"逆"もあり得るのだろうと思いつつありました。人波に洗われて角の取れた妖怪達と、庇護を受けつつも強かに生きている人間達。今はまだ大した影響が無くともそれが数百年も続けばどうなるか。人間達が効率至上の文明を極め、あらゆる未知を解き明かし、夜すらも照らし上げる事で自らの物とした日には……『わたし』はそれすらも、確かにこの目でも見たのです。

 

 

 

 川沿いに暫く歩いていると、先程まで多かった長屋が随分と減っている事に気付きます。代わりに増えたのは独立した家屋や倉、所々に里の子らの溜まり場として転用された空地も望める辺り、気付かぬ内に里の端付近まで到達していたのでしょう。

 

 そんな中、「鈴奈庵」と看板に掲げられた店らしき建物がふと目に留まります。道行く人がふと足を止めたくなる程の目立つ装いという訳ではありません。しかし…これだけ晴れた日の人里、本来は陽気が満ち溢れるような場所にポツリと異様な陰気を放つ店というのは些か妙な事でしょう。『わたし』が暖簾の掛かった入口から店の内を覗くと…赤い館にあった程ではありませんが部屋を十二分に満たす程の本の山、若干の黴臭さの中に知覚出来る程に入り混じってこちらへと吹き付ける妖気、レコードプレイヤーから流れる向こう側のものであるらしい音楽、そんな中一人読書に耽る少女の姿。

 

 彼女はこちらに気付く様子も無く瞬きすら忘れたように手元の本を凝視し、時折声も無い程に細やかな笑みを零しています。…妖しい気を所かまわずばら撒く本の虫といった状態なのですが、彼女自身は一切の妖気を持たない純然な人間であるようで、それを放っているのは彼女が携えた本の方でしょう。人間が行うには些か危険な行為にも思われますが…あれだけ夢中になっている所に見ず知らずの妖精が割り込む道理はありません。『わたし』はその光景を眺めるに留めて場を後にしました。

 

 幾らかの陰気を浴びたせいか改めて周囲を見回すと眩さを覚え、『わたし』は手で庇を作り目を細めます。…里の端に近いであろうこの辺りでも道路は比較的綺麗に整備されており、出歩く人や荷車がすぐ横を通る事もしょっちゅう、ここですらそうならば日中の人里に営みの無い場所など何処にも無いのでしょう。

 

 

 

 …ふと『わたし』の頭の中ではその景色が、何時かに見た"かの世界"の街並みと重なりました。こちらにはまだ木の匂いや土臭さまでもが残っていますが…改めて見れば立ち並ぶものが別物と化したのみであり、広く格子状に編まれた道、油断なく均された一様な高さの地面、そして行き交う人と荷車。基本的な構造は大変似通っています。

 

 …しかし、何故『わたし』はあのような奇妙な現象に立ち会うようになってしまったのでしょう。『わたし』は足を止め、その現象に遭遇した機会を指を丁寧に折りながら振り返ります。一番最近は地の底の館で眠りこけた時。その前は赤い館の地下奥にあった暗闇へ身を投じた時。その前は山の神社で湖に転落した時。はっきりしているのはこの三回でしょうか。

 

 

 ところがもっと前に……博麗神社からの帰り道に黒い突風に巻き込まれ、気付けば木の洞で目覚めた時。その二つの記憶の隙間に挟まった時間、『わたし』は不思議な夢を見ました。とはいえ何を見たのかの記憶はとうに抜け落ちていて、只それが不思議であり…何処か悲しく、何処か美しかった、そんな気がするだけ。その程度の認識ですから考慮に含む必要は無いようにも感じます。

 

 

 しかしそれを、今の『わたし』はこう解釈します。その時見たものを当時の『わたし』が夢だと誤解した為に忽ち記憶から抜け落ちただけで、博麗神社の時も確かに向こう側へ行っていた、と。

 

 思えばあの現象が夢でないと確信した切っ掛けはその後…山の神社の際にあちらから物を連れてきたからでした。それ以降類似の現象は夢ではないと考えるようになり、結果として今でも思い出せる程に克明な記憶として残っています。

 

 そして何より現象に至る直前…それは地の底で見た自らの瞼であり、赤い館で見た光も届かない階段であり、山の神社で見た水に落ちた一瞬の暗黒。全て『わたし』は"黒い何か"を見ているのです。であれば博麗神社で見たあの黒い突風。それを境として意識が飛んだ時、向こう側へ飛んでいた可能性があるのではないのでしょうか。

 

 とは言え、記憶から既に消えた以上後の祭りな訳です。…試しにもう一度神社に赴いてみれば、また見られるのでしょうか。近頃は本当に何処か行く度にあの現象に出会うものですから……何か、暗い?

 

 

 

 伏目がち故の自らの影ではありません。何かの影が視界を覆っていたのです。それに気付いた『わたし』が視線を上げると…そこには誰かが立っており、確かにこちらを見ていました。…『わたし』を?

 

 そこらをふらつくような妖精をあちらから気に掛けるような者は普通居ません。現に『わたし』に気付いた者はその殆どがこちらから先に相当近付いていたか、或いは声を掛けているのですから。しかし目の前の"それ"は確かに『わたし』を捉えたようにして動きませんでした。

 

 

 

 膝まで届かんばかりの金色の髪、奇妙な造形をした派手な傘、人里においてはどうにも浮いた道士服…疑わしさは幾らでも湧いてくるのですが、その異様な立ち姿に乗せられた貌は、全くもって『人間』。

 

 しかし『わたし』は、直ぐに"それ"が人間では無い事を悟りました。皮肉にもその貌が。人間そのもの…いや、人間すら凌駕する程に人間らしく、故に人間が持ち得る貌では無かったのです。"それ"はまるで、あらゆる人間の貌を取り込み、それら全てを真似たような…。

 

 

 

 "それ"が一切動かずとも、人非ざる風貌が完全に意思を示しています。"それ"が何も言わずとも、紫と金が混ざり合った瞳が十全な意志を伝えています。

 

 

 

 ""見つけた""と。

 

 

 

 その芳しくも禍々しいような妖気は、間違いなく人間や半端な妖怪のそれではありません。そんな者が、妖精の中ですらそうそう一個体として認識されないような『わたし』を、""見つけた""?

 

 …何故?その理由はさっぱり分かりません。しかしあらゆる感覚が果てへ吹っ飛ぶような中、急激に乱れる呼吸と『わたし』の顔に浮かぶ引き攣った笑い。…本能が只々理解不能な脅威に対し、「逃げろ」とギャンギャン叫んでいたのです。

 

 『わたし』は直ぐに逃げ出そうと羽根を顕にしてはためかそうとしましたが、その時には足掛かりになろう地面は既に無く、踏み込んだ足は虚空を蹴りました。驚いて足元を見ると、そこにあるのは影とも違う…向こう側に飛ばされる度に見てきたあの黒色をした、裂け目。

 

 その瞬間、目の前の顔色一つ変えずにこちらを見届ける"それ"が何たるかを悟りました。『わたし』を幾度となく襲った現象…その全てを引き起こした者であると。せめて一矢報いんと伸ばした手も到底"それ"には届かず、崩れた姿勢に対し咄嗟に対応出来る筈も無く…そのまま『わたし』は裂け目へと呑み込まれました。

 

 

 

 

 

 飛ばされる度に垣間見た暗闇が、今回ばかりは随分と長く感じられました。腕や足、それどころか目も耳も口も一切の感覚がありません。…唯一『わたし』の精神のみが、黒い空間を浮かびとも沈みともせず揺蕩うのみ。これでは一見何も無いようにも思えますが…不思議な程に意識ばかりは明瞭なものです。即ちこんな場所であっても、精神のみに依った思慮は行えるようでした。

 

 …さて、現象の原因が"それ"と分かっても、何故このような事をするかは結局分かっていないまま。"それ"が自らの口で語れば手っ取り早いのでしょうが…あれだけ妙な現象を『わたし』に振り掛けてきた以上、こちらとしても色々と疑りたくなります。

 

 

 一つ、意図的では無いちょっとした事故。…仮にそうだとすれば『わたし』は相当に運が悪いのでしょう。と言っても最初の内は有力だったにしろ、現に"それ"が『わたし』の目の前に現れた以上瓦解した可能性です。

 

 二つ、単なる嫌がらせ。…仮にそうだとすれば"それ"は相当に性格が悪いのでしょう。こんな事をされる心当たりも無い以上、考える必要も無いような可能性です。

 

 三つ、『わたし』が向こう側を見る事に意義がある。…仮に『わたし』が妖怪が滅びる未来を見たとして、それを防げとでも言うのでしょうか。しかし何の力も無い妖精に果たして何が出来るでしょう。或いはそれ以外にも意義があるとでも…

 

 

 

 "" 四つ。『あなた』が見た景色を通じ、"それ"は未来を見ている。 ""

 

 

 

 意識の内にとんと浮かんだ『わたし』のものでは無い言葉。…言葉?聴覚が無い今、そんなものは本来聞こえません。…どちらかと言えば『わたし』の意識に直接、文字という形をして書き込まれているような感覚でしょうか。

 

 『わたし』は本能的に声を返そうとしていましたが、それに相当する器官が無いのですから一切の意味はありません。目の前に何か居るのかと本能的に探ろうともしますが、それも相当する器官が無いのですから無意味です。…一方的に投げ掛けられた文字を無抵抗に受け取る、それしか出来ないのでしょうか。

 

 いや、一つだけ手段があるかもしれません。相手がこちらの意識に直接文字を埋め込めるのなら…きっとこちらの思考すらも手に取れように読めるのでしょう。『わたし』は自らの意識の内にたった一つ…あなたはだれ、とだけ問いかけます。

 

 

 その後暫く考え込むように文字は途絶え……"それ"は自らの名を惜しんで明かさず、名前を持たない『わたし』に重ねるかのように。

 

 

 

 "私"、と自らを名乗りました。

 

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