【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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ご無沙汰してます


聖なる夜を

 

 12月25日。

 いわゆる、なんて言うまでもなくクリスマスだ。少しずつ活気の戻りつつあるとはいえまだまだ寂れたアビドスでも、どこか浮ついたような、あるいは人の賑やかさを感じる雰囲気が漂っている。

 

 まあ、軽く見た範囲ではそうだった、ってだけで、全体がそうなのかは断言できないけど。

 

「……」

 

 そんなクリスマスの、残陽差し込む夕暮れ時。時間で言えば5時から5時半にかけてぐらいか。ああ、だから17時から17時30分ってことね。

 俺は、クッション*1の上でうつ伏せに溶けていた。

 

「……あー」

 

 人気(ひとけ)はない。自宅*2にいて、なおかつ人を招いているわけでもないから当然ではあるけど。

 残陽差し込むと言ったように、電気も点けていない。窓からは茜と言うには群青に染まりつつある空模様と、それに照らされた雪の白色が。

 

「……んー」

 

 暇だ。

 正直、とんでもなく暇だ。

 

 普段は月の半分ぐらいをキヴォトス各地で旅してる俺だが、年末年始の時期となれば人の動きもひときわ活発になる。いや、年さえ開ければむしろ落ち着くかもしれないけど。

 とはいえ不慮の事故で俺の存在が捕捉されたら、という懸念があり、加えて繋ぎ手から同じ内容を──珍しく申し訳なささ全開で──話されれば、別に家でじっとしてるのはやぶさかではない。

 

 やぶさかではないんだが……

 

「暇だ」

 

 数日前以降、30分程度の散歩(見回りモドキ)以外で一切外出していないとなれば、さすがに色々飽きてくる。

 買いだめした食料がまだまだ残ってるのが逆に恨めしくなってくるぐらいだ。

 

「……まあ、それだけじゃないんだけどさ」

 

 寝返りをうって、今度は仰向けになって。

 半分ぐらい夜に沈んだ天井を見上げて、呟く。

 

 事実として、こう気分が沈んでいるのは家に籠りきりだからだけではない。

 高校時代は寮生活で人と関わる事も多かったが、別に一人が苦になるような性格をしてたわけでもないし。コロナのロックダウンとかも、むしろ家から出ない生活をエンジョイしてたぐらいだし。

 

 ただ、まあ……なんというか。この世界(キヴォトス)に来て、色々とあって。

 

「弱くなった、って言うと色々と違うんだけどさ」

 

 誰かと一緒にいたくなったと言うか、独りになりたくなくなったというか。人の温かさを思い知ったというか。そんな感じが強くなったのを、実感してる。

 それはまあ、こうして平和……平和? 毎日みたいに抗争とか起きてるけど……いや、まあ、平和か。この程度なら平和だな。

 

 ともかく、こうして平和な日常を送れるようになったからではあるんだろうけど。独りになるのが嫌になった、っていうのは。

 あとは、普段からユメ先輩とかホシノとか、カシスさんとか……他にも何人かいるけど、みんなが俺を一人にせず傍に居てくれてるから、っていうのも大きいか。

 

「……」

 

 なんて事を、天井に手を伸ばしてみながら思う。

 人の気配はない。一軒家の広さが、シンとした孤独感を強めている。外から往来の賑やかさが聞こえてくる事がないのは、幸運なのか不運なのか。

 

 年の瀬という時期だからか、この雰囲気だからか、色々と余計な考えが浮かんでは泡のように消えて行く。

 

「寝るか」

 

 頭の近くに置いていたスマホを手探りで持ち上げ、適当な音楽をかけて、目を閉じる。こういうのは無理やりにでも思考を打ち切るのが一番。

 現実逃避、あるいは問題の先送りとも言われそうだけど。まあ、まあ、まあ。

 

 段々と、意識が沈んでいくのを感じる。

 うつらうつらと、微睡みの中に。沈んで、潜って、意識が解けて──

 

 テロンと、軽やかな通知音。それと、暗い室内を照らす明かり。

 

「……」

 

 えーっと、この音はラインじゃなくて……モモトークの通知で……。まあ、いいか……。

 急ぎの連絡なら通話かけてくるだろうし、いい感じに眠くなってきたし……そういう事で。

 

 おやすみー。

 

 

 

 

 ピンポーンと、意識を叩く音。

 

「んぅ……」

 

 再度、ピンポーンと。今度は二回連続で。

 

「アヤトさん? いない……わけないと思うんだけど」

「あと、5分だけ……」

 

 もう一度、確かめるみたいに。少し間延びして、ピンポーンと響いて。

 

「開けるよ~?」

 

 ガチャリと、硬い音。

 ……ガチャリ?

 

 意識が急激に浮上する。

 急いでスマホの方へ目を向ければ、モモトークの通知がいくつか。最新の一つは『もうすぐ着くからね~』って──

 

 ガチャリと、今度はリビングの戸が開かれる音。

 スマホから放たれる光だけが照らす室内に、人影が踏み込んでくる。

 

 はたして、その人は。

 

「うへへ……もしかして、寝てたところだった?」

 

 膝裏ほどまでの、柔らかな桃色の長髪。頭の上には一束、クルリと弧を描くアホ毛が。

 頬が僅かに赤みがかっているのは、外の寒さのせいか、はたまた彼女自身の感情が朱を注がせているのか。

 瞳の色は橙と青。いわゆるオッドアイで、俺にとってはどこまでも見慣れた色。

 

 けれども、その小柄な身体を覆う衣服(ソレ)は見覚えのないものだ。

 

 第一印象は、赤色。ほとんど全ての部分が赤色で構成されている。違う部分は、裾の部分を覆うもこもこした白色だけ。それと、胸元のリボンの緑色もか。

 丈は短い。言葉に起こすなら、ショートスカートと言うやつ。真っ白な太ももが──これ以上はセクハラになるか。やめよう。

 

 まあ、だから、その。いわゆる、というか。サンタ衣装に袖を通したホシノが、そこに立っていた。

 

「…………」

 

 俺が起きているのが分かったからか、電気のスイッチをホシノが押す。カチリという音とともに、LEDが光を照らした。

 

 改めて、よく見えるようになったホシノの姿を眺める。

 うん、かわいい以外の言葉が出てこない。かわいい。すごくかわいい。どこがどう、とかじゃなくて、こう……存在そのものがかわいい。

 馬鹿みたいな感想だとは思うけど、本当にそれ以外の感想が浮かんでこない。

 

 と、数秒ほどそうしていたところ。

 不意に右の人差し指で頬をかきながら、ホシノが口を開いた。

 

「えっと、その。無言で眺めるんじゃなくて、せめて何か言ってもらえた方がおじさんも嬉しいな~……なんて」

 

 左腕で体の前側を隠すようにしながら、頬をさらに赤く染めて。

 少しだけ不安を滲ませた瞳で、彼女はそう言った。

 

「──っ。っと、その。すごくかわいいと、思います」

「そっか……そっかぁ。うへへ。えっと、ありがとう、アヤトさん」

 

 ちょっとだけ、気まずい静寂。

 最近は別に会話が途切れても気にならなかったんだけどなーとか、ちょっとその格好で頬を緩められると破壊力が凄すぎるんじゃないかなーとか、もしかして女神だったりするかなこの子とか、忘れられた神々で女の子なら女神でも間違ってないかとか、妙な思考が次から次に流れていく。

 

 我ながら、連想ゲームでもしてるのかといった塩梅だ。

 

「そういえば、勝手に鍵開けて入ってきちゃったけど……大丈夫だった?」

 

 その言葉で我に返る。

 改めて見れば、髪を指先で弄ぶホシノの頬は真っ赤になっていた。無理矢理に話を切り出した、というのが見て取れる。

 

 ……さすがにガン見するのはヤバすぎたか。

 一度目を逸らして、茹りつつあった頭を冷ます。

 

「別に問題無いよ。そのために合鍵渡してるんだし」

「でも、その合鍵だって私とユメ先輩が欲しいって言い出したんだし……迷惑だったりしたかな、って。今更な話ではあるんだけどさ」

「……俺は、嬉しかったよ。それだけ、言っとく」

 

 そこまで想われているというのは、お世辞でも何でもなく嬉しかったのだ。

 俺自身もうホシノやユメ先輩から離れたくないとは思ってるけど、同時に離さないでほしいとも思ってたりする……なんて事までは言ったりしないけど。

 

 というか、そもそもpathが繋がってるんだから合鍵程度で気を悪くするわけがなかったり。

 

「これは、俺の本音だから」

「うん。ありがとう、アヤトさん」

 

 目と目が合って、どちらからともなく笑みをこぼす。

 気まずい沈黙は、もう残っていなかった。

 

 

 

「で、アヤトさん。さっきまで寝てたのなら大丈夫だと思うけど……夜ご飯とか、まだ食べてないよね?」

「え、うん。まだ食ってないけど」

 

 スマホに目を落とせば、時刻は18時半ごろ。

 いつもであっても晩飯は食ってない時間帯だ。

 

「ならよかったや」

 

 そう言って、後ろに置いていたらしい手提げバッグを取り出すホシノ。

 これは、もしかしてというやつなのか……?

 

「ふふん、ホシノサンタさんからプレゼントだよ~!」

 

 期待感とともに眺めていれば、やはりと言うべきか、取り出されたのは二人分のローストチキン。

 さらにはケーキの箱まで渡される。

 

「クリスマスのメニューだ……!」

「家にこもりきりだってのは聞いてたからさ。せめてご飯ぐらいはクリスマスっぽいのを食べたいかな~って」

「すっごい嬉しい。ありがとうホシノ」

 

 やっぱり女神なんじゃないかな。

 いや、間違いなく女神だわ。俺がそう判断した。

 

「それじゃ、キッチン借りていい? 軽くサラダとか作りたいんだけど」

「あ、うん。食器は──」

「いつもの場所、でしょ?」

 

 いつの間にか家に置かれていたホシノ用のエプロンを手にしながら、見返るようにしてクスリと微笑まれる。

 ……ちょっとだけ、服装のミスマッチ感がおもしろいな。なんて、後ろに続きながら思う。

 

「うん? アヤトさんはじっとしてていいのに……」

「二人でやった方が早く済むでしょ?」

 

 どうやらサラダだけじゃなくスープも作るつもりらしいホシノの横で、米を研ぎながら返す。というか客人に全部やらせて家主が動かないってのは色々とダメすぎるだろ。

 

「うぅん、分かったよ。じゃあ、手伝って?」

「仰せのままに」

「……ちょっとマクガフィンを思い出しちゃうなぁ、それ」

「あー、ごめん」

「ううん。大丈夫。アヤトさんは、今、私の隣にいるからね。っと、玉ねぎ取ってくれる?」

「ほいほい」

 

 なんて、言葉を交わしながら夕飯の準備をしていく。

 数時間前まで色々と思ってたのが嘘みたいに、キッチンは温かい。それはきっと、火を使ってるからだけじゃなくて。

 

「あ、そうだ。忘れかけてたや」

「うん?」

 

 包丁を置いたホシノが、こちらを向く。

 そうして、ニッコリと満面の笑みを浮かべて。

 

 

「メリークリスマス、アヤトさん!」

 

 

 ──ああ。

 本当、良かったや。

 

「……っ。うん。メリークリスマス、ホシノ」

 

 

 

*1
人をダメにする例のやつ

*2
繋ぎ手が彩土に買った家。諸々の事情もあり一軒家。

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