一体、どれくらいの時間が経った?
時間感覚がひどく曖昧だ。いや、正確にはそっちに割く意識をオミットしているから分からなくなっているのか?
まあいいか。
俺のやることはココの防衛に変わりないのだし。
「────ッ!」
エリドゥ跡地、その外郭。
各所を宙を舞うようにしながら、声を上げる余裕すら無くなったマクガフィンは戦っていた。彼が機兵の姿を確認してから半刻ほど経った時の事である。
最初こそエリドゥ目掛けて一方向から押し寄せていたケセドの兵隊とdivi:sionの混成軍であったが、今やそんな規則立った動きは消え去っていた。
何せそれぞれに目的が異なっているのである、それも当然とも言えよう。
ケセドの軍勢はマクガフィンを狙い彼を追跡するのに対し、不可解な軍隊は彼を脅威と認識し避けるように動いているのだ。
それ故エリドゥはdivi:sionに包囲される形で進軍されており、マクガフィンはそれらに対処するために一人でエリドゥ全域を守護することを余儀なくされた。
もっとも、マクガフィンは都市のビルをバリケード代わりに横倒しにして時間を稼ぎながら密集箇所を襲撃する、ケセドの軍勢はそんな彼を後ろから射撃する、divi:sionはそれらを避けて手薄になった箇所から乗り越えようと画策する、という小康状態に現在は陥っているのだが。
とはいえやはり、最も激戦地となっているのは最初に混合軍が現れた方角であった。そちらから増援が向かってくるためである。
今もまたそちら側へと飛びながら、彼は一人防衛戦を続ける。
はたして、その努力は意味を持つのか。
先生たちが到着する時まで、残り────
────────
「これは、一体……」
対策会議を終え、巧遅は拙速に如かずということですぐさま移動し始めた先生ら一行。
リオの案内の下、地下の物流輸送路から地上へと出た彼らを待っていたのは、外郭各所から黒煙を上げるエリドゥの街並みと崩れたビルを破壊しようと攻撃するdivi:sionの姿であった。
何かしらのトラップは仕掛けられているだろうとは心構えしていたが、さすがにコレは想定していない。
マクガフィンが待ち構えているはずのエリドゥがなぜこうも破壊されているのか、そもそも彼とdivi:sionは同陣営ではないのか、そして遠くから断続的に空を照らしている青白い光は何なのか。
パッと見ただけで分かるイレギュラーな状況に思考がパンクしそうになる一同であったが、先生はいち早く立ち直るとみんなへと声をかける。
「とにかく、アリスのもとへ行こうか。もしかしたら、それまでの間に何か分かるかもしれないし────ッ!!」
しかし、その歩みを阻む存在が。
さっきまでビルの壁を破壊しようとしていたはずのdivi:sionたちである。どうやら接近したことでその存在を気取られたらしく、先生たちへと転進してきたのだ。
彼らにとってもこれ以上の妨害は認められず、そして黒ずくめのナニカよりかは一行は弱そうに思えたらしい。
対する先生は素早く懐から『シッテムの箱』を抜き放つと、戦術支援システムを立ち上げる。
それとほぼ同時にdivi:sionの動きに反応し、陣形を整える前の襲撃を防ぐために進路上に立ちふさがる生徒の影が。
「無駄だよ」
「おらおらおらおらぁっ!!」
ホシノとネルの二人である。
敵が攻撃する前に両手のサブマシンガンを撃ち放つことで、あるいは盾で一度凌いでからショットガンによる反撃を行うことでdivi:sionの動きを押しとどめると、互いに目配せと頷きを交わした彼女らは更に前へと進み出た。
なぜ孤立しかねないというのに前に出たのか、答えは単純。
互いに相手の力量が極めて高い事を確認できたから、そして────
「ユウカ、エイミ、スミレ! 二人に合わせて前線に!! ノア、カリンは前線の5人のカバーを! アスナは遊撃をお願い! モモイ、ミドリ、ヒビキは密集箇所をまとめて処理できるように狙って!!」
何よりも、先生の指揮が機能し始めたからである。
彼にとってもこの規模の人数を指揮するのは初めてであったが、適宜修正を加えながら盤面をコントロールする先生。その指揮のレベルは高く、普段6人ほどの部隊にするものと変わりないほどであった。
それに応じて着実に数を減らされ、前線を押し下げられるdivi:sionたちであるが、しかしその動きに変化は見られない。愚直なまでに一行へと進軍し続けるのみである。
『先生……なんだか妙じゃありませんか?』
「やっぱり、アロナもそう思う?」
まずそれに違和感を抱いたのは、俯瞰するように戦況を観察していた先生とアロナであった。続けて、C&Cの面々やホシノといった戦闘慣れしている生徒たちも疑問を感じ始めた。
“いくら機械とはいえ、こうも単調なのだろうか”、と。
特にC&Cの部員たちは以前から定期的にdivi:sionの処理を依頼されていたため、それは顕著であった。
やがてそれが他の生徒にも伝播し始めたあたりで、機兵の行動の根拠が姿を現す。
「これは……ちょっと多くないですか?」
ちょうど近くにいたコユキが、小さくそう零すのが先生の耳に届いた。他の面々も大なり小なり似たような反応を示している。
そんな彼女らの視線の先では、最初にいたdivi:sionの数倍近い数の機兵が、まさしく“うじゃうじゃ”という擬音が似合う様で迫ってきていたのだった。
すなわち、敵対勢力を確認した個体たちによる増援である。
また、先生たちの前に姿を出せないマクガフィンがこちら側に近寄るのを避けたことで、逆に先生たちの方角が手薄となってしまったことも援軍の増量に拍車をかけていた。
────流石にこの数を殲滅するのは時間が掛かりそうだ……それに、増援がこれだけで済まない可能性もある。
嫌な想定だが、同時に現実味もかなりある想定に、先生の額を冷や汗が伝う。
しかし、事態はそんな先生の予想すらも上回って────あるいは、下回って────悪化した。
「へ?」
驚愕を声で表したのは一体誰だったのか、どこからか間の抜けた音が上げられる。
それもそのはず。彼女らの前では増援に来たdivi:sionが、先生たちが倒した後の残骸を取り込んで肥大化し始めたのだ。誰もが考えもしていなかった事態である。
この場にいる全員が知りようもないことであるのだが、実はこのdivi:sionたちは本来の機能からは既に遠くかけ離れていた。
王女の命令なく起動し、王女の意思なく駆動している時点でそうなのだが、そこに更なる“error”が起こっていたのだ。
その原因は彼らが暴走するきっかけとなったモノ────すなわち、黒服の行った実験である。
黒服は『恐怖』のみを抽出して照射したと言っていたが、実のところその処理は完璧ではなく、恐怖の中にはマクガフィンの神秘も混ざったままだったのだ。
そう、
そもそもゲマトリア自体が恐怖を完全に制御する事はできていないのだから、それも当然であろう。しかしその結果は最悪な事態を引き起こした。
蘇生も、反魂も、復活も叶わない機械の身でその神秘をどう解決したのかというと、倒れ伏したかつての同胞の遺骸を取り込み自らを強化することで彼らはその性質を発現させたのだ。
結果出来上がったのは文字通りの《不死》の軍隊。
倒せども倒せども無尽蔵に湧き出て、撃ち破れども撃ち破れどもその残骸を吸収して進化する。今回限りの悪夢のような軍隊である。
対処不可として静観を決め込んだ黒服にも、証拠隠滅も兼ねて残骸を神秘で完全に消し飛ばしていたマクガフィンにも見つけられなかったイレギュラーが、先生たちへと牙を剥いた。
「アロナ、みんなを私の下に集めて」
『せ、先生? 何をするつもりですか?』
「“大人のカード”を使う」
『…………ッ! 分かり、ました』
強化されたdivi:sionは破壊するまでにかなり時間が掛かり、そして倒せたとしても再びその残骸で周囲のdivi:sionが強化される。
このままでは確実に削り負ける。そもそもこの場でこれ以上足踏みをするのだって避けたいことだ。
冷静にそう判断すると、先生は切り札を切ることにした。
すなわち、『シッテムの箱』に並ぶ先生の秘中の秘。子どもたちの物語からはみ出るためにこれまで使ってこなかった、“大人のカード”である。
「みんな、安心して。ここは私が道を切り開く」
その呼びかけと共に、
瞳を焼くようなその眩さが治まると、そこには生徒たちにとっては顔だけは知っていたり顔も名前も知らなかったり、そして先生にとっては嘗てを共に過ごした見慣れた生徒たちの影が立っていた。
「ツバキ、前線をお願い。ミカ、イオリは大きめの個体を優先して狙って。チェリノ、マコトは小さめの個体や討ち漏らしを。セリナ、ツバキの補助をメインに傷付いた生徒の回復を」
滑らかに出された先生の指揮に従い、見事な連携でもってdivi:sionを殲滅する生徒の幻影たち。
本来ならば部活どころか学園すらも異なるはずであるのに、彼女たちは互いの動きを良く知っているかのように戦う。
そうして予め先生が見つけていた崩れたビルの隙間、人間一人くらいなら屈めば通れるであろう場所までの道を切り拓くと。
彼女たちは少し寂しそうに、悲しそうに、それでいてどこか嬉しそうに微笑みながら、消えていった。
『先生、次は……今回はみんな救けてあげてね』
「ああ。きっと、今度こそは。みんな、本当にありがとう────ゆっくりお休み」
それに答える先生もまた、彼女たちと似た笑顔を浮かべながら約束を交わすと、最後の別れを告げたのだった。
「みんな、あの隙間からならエリドゥに入れるはず。行こう」
「は、はい……」
どこか普段との違いを感じる先生の雰囲気と“大人のカード”の力に圧倒されながら、生徒たちはエリドゥへと入っていく。
アリスの下に辿り着くまで、あと────
────────
「はぁ、はぁ……」
ようやく増援が途絶えたか。
戦闘開始から初めて疎らになりはじめた機兵たちを見ながら、俺は独り言ちていた。
もっとも、divi:sionは変わらずに次のウェーブを仕掛けてきているのだが。
それにしたって数は減ってきているし、先生たちがエリドゥに入ってくれたお陰で再び動きやすくなったのもある。十分マシになったと言えるだろう。
「このまま、アリスも────」
救ってもらえれば、なんて油断した時のことだった。
轟音、そして爆炎。
天から降り注ぐ裁きのように、俺を目掛けてミサイルが着弾した。
「おいおいおい、なんでお前まで俺を狙ってるんだよ……大人しく水没地区で
周囲に通したままだった糸を咄嗟に縮めることで回避すれば、気付けば俺の目の前には特徴的な4脚の巨大な機体が。
すなわち。デカグラマトン第一の預言者であり、そして神名十文字の本体たる自販機が設置された施設周辺を防衛していたケテル……そのType.Vと呼ばれる形態である。
背面上部に取り付けられたミサイルポッドを格納すると、即座にケテルは両の機関砲を構え始めた。
それに合わせるように、どこから湧き出てきたのか小型のスイーパーがわらわらと周囲を取り囲む。逆に、さっきまで居たdivi:sionたちは何故かケセドの軍勢に襲い掛かられているようだ。
────divi:sionたちがケセドの軍勢に襲い掛かられている?
「…………は?」
思わず二度見したが、やはり目の前の光景は幻覚でも何でもない。
俺とケテルを大きく囲むように立った白磁の機兵が、こちらに向かわんとする深海生物を思わせる機械の群れへと一斉に掃射しているのだ。
まるで、邪魔者が入り込むのを防ごうとしているかのように。
「一体何が────チッ!」
見える状況から事態を把握しようとするも、それ以上の思考は打ち切られる。
ケテルの構えた2基の機関銃が、呻りを上げながら弾丸を放ち始めたのだ。
「めんっどくっせえなあ!?」
ミサイルの時と同様に神秘の糸を用いて横っ飛びに回避するが、どうやら一度見せたことで学習されたらしく、今回はケテル自身も動きながら俺を追って照準を合わせてくる。
さらには着地地点を先読みするようにスイーパーの群れも動きまわっているせいで、とにかくやり辛い事この上ない。
スイーパー程度、糸を一振りするだけで纏めて処理できるというのに。ケテルがしつこく照準を合わせてくるせいで大振りの攻撃を放つ暇がまるでないのだ。
ケセドの軍勢とdivi:sionの混合軍でそこそこ傷んでいる装備類があの連射を耐えきれるか…………正直怪しいと言わざるを得ない以上、躱し続けるしかないだろう。
なんて手をこまねいている間にも、ケセドの軍勢の隙間から湧き出るスイーパーの数は順調に増えていき────遂に俺の立っている場所以外の地面が見えなくなった辺りで、ケテルの動きが止まった。
否。天頂から光が差すような形で、俺をターゲットする照準が。
どうやら、ここまでスイーパーで埋まったのなら回避は不可能だと判断したらしい。
「おいおい……そりゃあ悪手だろ」
ニィッと口角が上がるのが分かる。
たしかに、ここまでの数が集まれば纏めて処理してもその後の回避は間に合わないだろう。だが、
まずは腕を大きく広げ、放射状に糸を巡らせる事でスイーパーを一気に破壊する。これで邪魔は入らない。
次に、軽く上を向けた視界の先にミサイルが映った瞬間────広げていた両の手を頭上で閉ざせば、周囲に展開していた無数の糸が織り合ってできた膨大な神秘の塊が、鋼鉄と爆薬の集合体を圧し潰した。
「
転瞬、爆発を後光のように浴びていた俺はケテルの懐にまで入り込むと、両手から放出した計10本の神秘の糸を大きくしならせる。
僅かな抵抗と共に軌道上の全てを斬り裂きながら糸は進み、ケテルの兵装をバラバラに破壊。ついでにその破片を撒き散らすことで、残りのスイーパーも排除しておく。
と、そこで。ケテルは脚部パーツから複数のワイヤーを伸ばすとバックステップで退却していった。
……スイーパーではなくケテル本体を叩くべきだったか、判断をミスったな。これではケテルのことを「悪手だろ」などと言えない。
なんて反省する間もなく遠くから轟音が響いたかと思えば、俺の前には再びケテルが降り立っていた。
しかし今回はさっき破壊した機関銃とミサイルポッドは機体上部に見当たらず、俺の身の丈以上の規格外な大型砲が1基取り付けられているのみ。
すなわち。
「今度はType.Cかよ……いくら何でも換装が早すぎんだろ」
兵装を切り換えたケテルとの第二ラウンドの開幕である。
Type.Vの時は回避先を潰すように満遍なく周囲を取り囲んでいたスイーパーだが、今度は俺を目掛けて一直線に群がり始めた。それと同時に、ケテルの主砲がチャージ音を高らかに謳わせる。
となると、スイーパーはただの時間稼ぎか。
コレが何らかの物語ならば。おそらく束になったスイーパーに気を取られ、ケテルの一撃が放たれるまで時間を稼がれるのだろうが…………
「ンなもん待つわけねーだろォがよォッ!」
自身の背中と後方の地面を糸で雑に結び、それを縮めてバックステップをすることでスイーパーから距離を取る。
同時に、緩く前に伸ばした右手の先で圧縮させた神秘を放出。
狙い通りに砲口に呑み込まれた神秘は、内部で蓄えられていたエネルギーも巻き込んで凄まじい爆発を引き起こした。
これ以上イレギュラー共に時間を取られるわけにはいかないと行った速攻であったが……上手くいったようだ。
しかしその爆発で砲弾のように吹き飛ばされたスイーパーが襲い掛かってきたせいで、またもやケテルには退却されてしまった。
そうなると、これまでの流れ的に────
「ハァ……やっぱりか」
再び轟音を上げながら、目の前にケテルが着地する。
予想通り、その兵装はType.Eと呼ばれていた種類の物だ。
「ならまあ、雑魚処理優先だな」
Type.EはVやCと比べて直接的な戦闘力は低い。変わりに特徴的なのが、周囲のスイーパーを強化する特殊な電磁パルスを放つ点だ。最終的には、強化したスイーパーに自爆命令を出しながら特攻させて来る。
……改めて考えると、機械だから許されてるのであって中々にエグいことやってんなコイツ。
というわけで、まずはスイーパーを処理するために全方位へと糸を振り回していたのだが。
「…………ん?」
違和感に気付く。
ケテル本体が一切の動きを見せていないのだ。一応は通常攻撃もできるというのにそれも行わず、微動だにせずこちらを観察している。
などと思っていると。
────彼の者の『知識』は確認された。『最もきらびやかに輝く至高の王冠』より、試練の達成を宣言する。
「…………ッ!?」
前兆も無く、不意に何かを脳に直接流し込まれたかのような痛みが走った。
咄嗟に頭を抑えればその残滓はすぐに薄れたが────それに気を取られた一瞬の間に、ケテルとケセドの軍勢は退却を完了していた。
さらには何故かdivi:sionも駆動を止めたらしく、辺りに広がるのは、十数秒前の喧騒がまるで嘘だったかのような静寂のみ。
「一体何が……」
事態は収拾されたのだろうか。
しかし、divi:sionが停止しているということはそうなのだろう。既にデカグラマトンの勢力も退却しているのだし。
────今さら先生たちの前に姿を現しても意味は無いだろう。それに、流石に消耗も無視できないレベルに来ている。
イレギュラー続きの現状はまるで把握できていないが、一先ずそう結論を出した俺は、痕跡を残さないように気配を殺してエリドゥを立ち去ろうと────
「ようやくお会いできましたね、マクガフィンさん。少々お時間をいただいても、よろしいですか?」