【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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彼女たちのなりたいもの、彼がなれなかったもの

「ようやくお会いできましたね、マクガフィンさん。少々お時間をいただいても、よろしいですか?」

 

 それは、聞いた事の無い声だった。

 けれども、どこか既視感を覚える口調と、その雰囲気によく似合った声だと思った。

 

 まさか。そんな、漠然とした予兆と共に振り向けば、そこには予想通りに黒で統一された大人が立っていた。

 ……まあ、俺も装いは殆ど黒一色なのだが。

 

「嫌だと言ったらどうするんだ? 黒服」

「それは少し困りますねぇ……そうなると、あなたをしつこく追い回すしかならなくなってしまいます」

「そりゃあ俺も困るな」

「ククッ、奇遇ですね」

 

 なるべく飄々とした態度を演じることを意識しながら、黒服と言葉を交わす。余裕の無さは決して気取られないように。

 

 

「んで? わざわざゲマトリア(先生大好きサークル)が先生以外を探し回ったんだ。それなりの要件があるんだろう?」

「……なんだか今読み方がおかしかったような気がしますが。しかし…………既にゲマトリアの事もご存知ですか。ここまで来ると、貴方が何をどこまで知っているのかも気になってきますね」

「悪いが、時間が余ってしょうがないって立場じゃないんだ。早く本題に入ってくれないと……」

 

 軽く神秘を滲み出させながら、脅すように語末を濁らせる。

 実際のところは黒服に手を出すわけにはいかないが、向こうには知る由も無いだろうからな。

 

「おや……待ち望んだ機会ですし、できる限りお話ししたかったのですが。仕方ありません、アイスブレイクはこの辺りにして本題に入りましょうか」

 

 そうしてみれば、狙い通りに黒服は話を進めた。

 

「単刀直入にお尋ねしましょう。マクガフィンさん、貴方は一体何者ですか?」

「……」

「貴方について、色々と調べさせてもらいました。しかし、調べれば調べるほどに、知れば知るほどに貴方が分からなくなる。なぜそのような異質な神秘を持っているのか。なぜ神秘だけでなく恐怖までその身に宿しているのか。なぜ、預言者に関わるテクストが刻まれているのか。なぜ、そしてどうやってこのキヴォトスに紛れ込んだのか」

 

 少しずつヒートアップするかのように、黒服は早口になっていく。

 

「貴方は何を目的として行動しているのか。どうして貴方は大きな事件の渦中に連続して現れているのか。なぜ? なぜ? なぜ? 不可解です。まるで何一つとして理解できない」

「……少し、落ち着いてくれないか? そう捲し立てられても困る」

「…………これは失礼しました。しかし、貴方は何もかもが不可解なのです。私たちは『ゲマトリア』としてキヴォトスに降り立った瞬間に……おそらくですが、物語における“悪”のようなテクストを帯びました。そして、『先生』は“善”、あるいは“先導者”というテクストを」

 

 一度呼吸を整えた真っ黒な大人は、そこで言葉を切ると、同じく黒ずくめの青年へと核心となる問いを放った。

 

 

「では、貴方は? 貴方もキヴォトスの外からこの世界へと紛れ込んだ存在のはずです。私たちや先生と同じ、『不可解な存在』であるはずです。もう一度問いましょう────マクガフィンさん、貴方は一体何者なんですか? どうかお教えください」

 

 

 そう言い切ると、一転して静かに返答を待つ黒服。

 しかしながら、その静寂はむしろ嘘も誤魔化しも許さないという圧迫感を伴って周囲を支配した。

 

 何と答えるべきか。

 俺自身、今黒服に言われて初めて知った情報もある。下手なことを言うわけにもいかない。

 

 そうじっくりと考えを纏めようとしたのだが。

 どうやら、それは悪手だったらしい。

 

 

 カチャリ、と銃を構える音が側方からした。

 同時に、「おや」と黒服が小さく呟く。ここまで近くであれば見るまでもない。

 

 この神秘は、よく知っているものだからだ。

 

「両方とも動くな」

 

 すなわち。黒服との対話で薄れていた警戒を抜けて現れた、小鳥遊ホシノその人である。

 

 気配を殺していたらしく、いつの間にかショットガンの有効射程など目じゃないぐらいの至近距離にまで接近していた彼女は、険しい表情で俺たち二人を順に確認する。

 

「私はマクガフィンを追ってきただけなんだけど……なんで黒服まで居るのかな…………?」

「お久しぶりです、小鳥遊ホシノ。無事でしたようで何よりですが……ククッ、随分と物騒ですね。しかし、こんな所で単独行動をしてよろしいので?」

 

 何か企んでいるのかと睨み付けるホシノだが、しかし黒服はまるで堪えた様子が無い。

 むしろどこ吹く風と言わんばかりに、飄々と彼女へと語りかけているほどだ。

 

 

 そんな情景を見ながら、俺は何もできずに固まっていた。

 脳内を支配するのは「何故ここにホシノが?」という疑問のみ、胸中では驚愕や吐き気が暴れ回っており、それを外に出ないよう留めるだけで手一杯だったのだ。

 

 が、そんな疑問は図らずしも黒服の質問で氷解することとなる。

 

「無事で何よりって、どの口が言ってるんだか。それと、先生からはちゃんと許可をもらってる。『ホシノはホシノの目的を果たしてほしい』って」

 

 ……なるほど。

 もともとホシノは(マクガフィン)を目当てにしていたから、俺を追ってここまで辿り着いたと。たしかにホシノなら、正面から戦わなければdivi:sion相手でも切り抜けられるだろうが…………先生も随分思い切った事をする。

 

 などと半ば現実逃避じみた思考を回していた時の事だった。

 

 飄々と話す裏でいつの間にかポケットに手を入れていた黒服が、何かスイッチのようなものを握りながら取り出したのだ。

 

「なるほど、しっかりと相談はなさっていたと。少し前よりは成長はされているようですが……しかし、まだまだですね。小鳥遊ホシノ、一つ良い事をお教えしましょう。ビジネスの場で大人が取る行動に、一切の無駄は存在しないんですよ」

 

 そう語ると、黒服は顔の横にまで掲げたスイッチを根元まで押し切った。

 

 途端に周囲から起こる炸裂音。

 一寸遅れて、押し出された空気が風となって叩き付けられる。

 

 

 “時間稼ぎか”、と先ほどまでの会話の意図を理解した時には既に手遅れであり────視界を影が覆っていた。

 俺の作った倒壊したビルのバリケード、そのさらに奥で健在だったはずのビルが、その巨体をこちらへと傾けていたのだ。

 

 

(マズいマズいマズい、何やってくれてんだ黒服は!! どうする? ビルがデカすぎる、退避は間に合うか? ホシノは無事で済むのか? というか黒服は────退却済みかよっ! ちゃっかりしてんなぁ!)

 

 突然の状況に高速で思考が巡るも、疲労もあってか今一その纏まりは悪い。

 しかし。

 

「やっば────」

 

 隣でホシノがそう漏らしたのが聞こえた瞬間、俺の体は動いていた。

 

 小柄な彼女の身体を抱え、できるだけ遠くに飛ばした神秘の糸を全力で収縮させる。同時に神秘による身体強化を全身に廻し、更には空いている指から出した糸で降りかかる瓦礫を払い除ける。

 

 これまでの経験でも一二を争うマルチタスクをどうにか熟し、ある程度の距離を取れたタイミングでホシノを降ろす。そしてその一歩前へ出て、両手を大きく後ろへと引き絞り────

 

 

「おおぉっっっらあああぁああっ!!!」

 

 

 溜め込んだ力を解放し、ビルの屋上、その先端が俺たちの頭上に来る前に、視界に映る全てを賽の目に斬り裂く。細かな制御が必要ない分、量と強度に振り切った最大火力の一撃だ。

 しかし、まだ終わらない。

 

 彼方まで伸び切った糸が、まるで意志を持つかのようにうねりながら再度ビルへと襲い掛かる。その一往復で十分な小ささまで断ち切れば、後は仕上げ。

 放出した糸を編んで膜を作り、それに沿わせて瓦礫がこちらへ降りかからないよう調節する。

 

 

 全てを終えるまで、僅か11秒。

 その11秒で、全ての脅威は取り除かれた。

 

「え…………?」

 

 状況に付いていけずに目を白黒させるホシノを置いて、周囲に散った神秘を回収すると俺は踵を返す。

 さっきまでの驚愕の代わりに、胸中は「やってしまった」という焦燥に満たされている。後悔はしていないが、流石にこの行動はかなり拙い。

 

 何のためにあの場で悪役を演じたと思っているんだ、と悪態を吐きたくなってくるほどだ。

 

 とにかく、これ以上のボロを出す前に退散しようとする俺に、しかし背後から呼び掛ける声が一つ。

 

「待っ────」

「嫌だね。先生も心配してるだろう……さっさと戻ることだ、小鳥遊ホシノ。それとも、この場で俺と戦いたいのか?」

 

 もはや“『名もなき神々の王女』を狂信するマクガフィン”を演じる余裕もなく捲し立てると、今度こそエリドゥを立ち去る。

 とにかく今は一人になることで冷静さを取り戻したい。

 

 残り僅かにまで消耗した神秘を惜しみなく使って移動しながら、俺は苦々しい思いを嚥下するのだった。

 

 

 

 

 

 

 奇しくも“あの時”のように自分から逃げ行く彼の背。

 そんな背中に伸ばしていた腕をパタリと力なく下ろすと、ホシノは小さく零す。

 

「何が何なのか……もう、分かんないよ…………」

 

 複雑に絡み合った彼女の疑問が(ほど)けるのは、いつになるのか。

 今はまだ、分かりそうになかった。

 

 

 

────────

 

 

 時はしばらく遡り。

 エリドゥ中枢の管制室、その頂上階にて。

 

「コユキ!? まだできないの!?」

「無茶言わないでくださいよユウカ先輩! てかそもそもハッキングできるんですかコレ!?」

 

 前線を支えるユウカからの叫び声に、先生の後方、一行が防衛している部屋の中からコユキが叫び声で答える。

 余裕のない先生は確認する事ができないが、きっと振り返ればいつものように滝のような涙を流しながら必死に作業をしているのだろう。*1

 

 なぜこんな事になっているのかと言えば、説明自体はそう難しくない。

 ようやくアリスが居る部屋に辿り着いたは良いものの、そこには謎の球状の機械が鎮座しているのみ。更にはどこから侵入してきたのか、すぐそこにまでdivi:sionが迫ってきており────そうして今に至る、というわけである。

 

 

 同行していたリオ、そして小型AMAS*2を通して観察したヒマリが言うには球状機械の中にアリスが居る可能性が高いという事だが……問題は、キヴォトスでもトップレベルのハッキング能力を持つコユキやそのサポートを行うリオ、ヒマリ達でさえ干渉できずにいるという点であった。

 

 

 というのも、コレは実は《プロトコル ATRAHASIS》によって創られた外敵からの防護とエリドゥのシステムに接続するための機械なのである。

《プロトコル ATRAHASIS》の本質は“世界を滅ぼすための力”ではなく“周囲の物質を望む物へと創り変える”という部分にある。

 

 今回は、アリスの意識を通じてマクガフィンを観測したケイが王女の身を護るため、そして周囲に存在しなかったリソースへの接続口を求めて発動させた形となる。

 もはや異能とも呼べるコユキの力でもハッキングできないのは、そういう理由であった。

 

 

 

「…………」

 

 そんな中指揮を執り続けている先生。その表情はかなり険しいものとなっており、眉間には深々と皺が刻まれていた。

 状況が良くないというのもあるが、何よりも先ほど“大人のカード”を使ってからかなり体調が悪くなっていたのだ。正直に言えば、すぐにでもベッドに横になりたいというのが今の気分である。

 

 そして。カードを使ってからの記憶が曖昧なこともまた、その不調に拍車をかけていた。

 いや、正確には『カードを使ってから暫くの間、自分が何を想っていたのか』が全く思い出せないことだろうか。

 

 

 ────私は一体何を……?

 

 

 自分はカードを使い、生徒を呼び出し、そして指揮を行った。その後に彼女らと軽く会話をした。それは覚えているのに、なぜ自分があんな事を言ったのかが記憶からすっぽりと抜け落ちている。

 得体の知れない恐怖を感じながらも、しかし先生は淀みなく指揮を続ける。

 

 何はともあれ、今はとにかく時間を稼がなければならないからだ。

 

 

『いい加減しつこいですね…………』

 

 と、そんな中響く声が。

 発生源は防衛線の背後、コユキがハッキングを試みている球状の機械。すなわち、アリスから主人格を奪ったケイである。

 

『何をしたところで意味があるわけが無いでしょう? そもそも王女は世界を滅ぼす────』

「黙りなさい、《key》…………私が言えた義理ではないでしょうけど、それでも言うわ。その子は“アリス”よ。名もなき神々の王女でも、AL-1Sでもなく、ミレニアムサイエンススクールの────私が治める学校の、一人の生徒よ」

『ええ。そもそも……もし名もなき神々の王女が覚醒するとすれば、それはあなたがアリスちゃんを消した時でしょう? そんなあなたの言葉を、なぜ超天才清楚系病弱美少女である私が聞かなければならないのですか?』

 

 嘲るような調子で彼女は続きを語ろうとしたが、すぐさま割り込むようにリオとヒマリが口を開く。

 まさしく取り付く島もないといった断言、ヒマリに至っては若干の煽りまで含めた返答である。

 

『ハッ、下らない。何がアリスですか……私と王女は世界を滅ぼすためだけに生み出されたんですよ? 私も王女も、その定めからは逃れられないんです…………どう足掻いたところで。そんな事も理解できないとは、やはり人間というのは愚かですね』

「いいえ、あの子はそんな定めからは既に抜け出しているわ。だからこそ、あなたはこうして主人格を乗っ取ってまでプロトコル ATRAHASISを行おうとしているのでしょう?」

『その通りです、リオ。というか……自分の意思でやりたい事を決めている私たちやアリスちゃんより、自分の頭で考えようともせずに思考停止しているkey(あなた)の方がよっぽど愚かなんじゃないですか? まあ、太古の化石が作ったAIより私の方が優れているのは当然なのですが』

『なっ!?』

 

 訂正、ヒマリの返答は若干ではなくバッチバチに煽りを含めたものであった。ついでとばかりにいつものヒマリ節(自画自賛)まで込められている辺り、熟練の技と言えるだろう。

 

 そんなヒマリの言葉を受け、他者との対話に慣れていないケイは────ごく僅か、ほんの数秒であったが────思わず思考パターンを乱されてしまった。

 その程度、本来ならば何の意味も持たない数秒である。しかしこの場には“幸運を呼ぶ白兎”がいたのだ。

 

「にははっ、気を抜きましたね!?」

『しまっ────システムに入り込まれた!?』

 

 わずか数秒でセキュリティを突破し、内部システムに干渉し始めたコユキ。

 リオとヒマリというミレニアムでも最上位の頭脳によるアシストもあり、その速度はケイでさえも対処できなくなるほど。瞬く間にアリスが隔離されたデータベース深部にまで到達した。

 

 しかし────

 

「駄目ね……こちら側からじゃアリスを取り戻せない。経路を繋げるだけで精一杯」

『やはり、アリスちゃん自身が起きようとしなければ隔離領域からは引っぱり出せませんか』

 

 塞ぎ込んでしまったアリスは、外界に出ることを望まなかった。

 自分の手で引き起こしてしまった惨状を、他ならない彼女自身の目で見てしまったからである。

 

 

 ボロボロに崩れ落ちたヴェリタスの部室。

 校舎の外にまで及んだ被害は、綺麗に整えられていたタイルも街路樹も全て破壊してしまっていた。

 そして何よりも。ゲーム開発部の、ヴェリタスの、仲良く過ごしていたはずの皆がケガをしていた。

 

 自分(アリス)のせいで。自分(アリス)がいたから。

 

 

『アリスは、みんなとは違ったみたいです。世界を滅ぼす機械のアリスには、みんなと一緒にいる資格はありません……。だから早く、アリスを破壊してください。そうじゃないと…………ッ!』

 

 

 不意に、ノイズ交じりの声が響く。

 発信源は球状の機械。しかし、その声色はケイとは異なり、隠し切れない悲しみと絶望が溢れ出していた。

 

 

「アリスは、何になりたいんだい?」

『え?』

 

 

 誰もが一言も返せなくなるほど悲痛なアリスの声に、しかし先生が問いを放った。

 

 

「『名もなき神々の王女』じゃなくって、アリスがアリスとして持った夢は、いったい何?」

『せん……せい…………?』

 

 

 先生は、他ならない“天童アリス”へと静かに問いかける。

 

 

「アリス、これは歳を取るとみんな忘れちゃうことなんだけどね。夢っていうのは、誰にも遠慮しないで堂々と叫んで良いモノなんだ。────だから、アリス。君が君として抱いた願いを、聞かせてくれないかな?」

『アリスは……アリスは、みんなと一緒にいたいです。モモイと、ミドリと、ユズと、ミレニアムで出会ったみんなと一緒に…………ゲームで見たキラキラした勇者の冒険譚のように、みんなと一緒に生きたいです。…………でも、でもっ!!』

「いいんだよ、アリス。生まれなんて関係ない。君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ」

『…………え?』

「誰が何と言おうと関係ない。たとえ子どもたちでも、自分の道を決めるのは自分自身なんだから」

 

 はっきりと、アリスの願いを肯定する先生。

 声はそれだけでは止まらない。

 

「そうだよ! だって、アリスはアリスじゃん!!」

「今どき魔王の子どもだって勇者パーティに入れるんだから、アリスちゃんだって気にしないでいいんだよ!」

「アリスちゃんは、私たちのゲームを面白いって言ってくれた……! だから、私だって一緒にいたいよ…………!!」

 

 モモイが、ミドリが、ユズが、喉よ張り裂けろとばかりに叫ぶ。

 大して長くない期間であろうと、共に過ごしたかけがえのない仲間を取り戻すために。

 

『でも、アリスは名もなき神々の王女で、世界を滅ぼすために────』

「アリス、何度だって言うわ。あなたは『名もなき神々の王女』ではない。今こうして、友達と離れることを嫌だと思っていることが。そして、それでも友達のために自分を犠牲にしようとする姿が。何よりもその証明になっている」

『そうです、アリスちゃん。あなたはあなたとして生きていいんです。そんなやつ(k e y)の言う事なんか気にしないで、自由に』

 

 それでも頑なに否定しようとするアリスの言葉を遮って、リオとヒマリが語りかける。

 静かなその声は不思議と、周囲の喧騒の中でも確かな説得力をもって耳に届いた。

 

『いいん、ですか……? アリスは、みんなと居ても…………』

「いいのよ、アリスちゃん! だって、ここにいるみんなはアリスちゃんのために来ているのよ!?」

「いいに決まってんだろっ!? 誰が何と言おうがおまえは喧しいぐらい無邪気なチビガキだ! らしくもねーこといつまでも気にしてんじゃねえよ!!」

 

 ユウカが、ネルが、少しだけ覗いたアリスの願いを後押しする。

 否、彼女たちだけではない。

 

「アリス……!」

『アリスちゃん!』

「アリス!」

 

 ウタハが、ヒビキが、コトリが、ノアが、コユキが、アスナが、カリンが、アカネが、トキが、スミレが、エイミが、チヒロが、ハレが、コタマが、マキが。関係の深さ、現場にいるか通信機越しかの差もなく、アリスのために行動した全員がアリスへ呼び掛ける。

 

 ここに居ていいのだと。一緒に居ていいのだと。

 自分たちも、アリスと一緒に居たいのだと。

 

 

 それを聞いて、アリスは────

 

 

 

 

 

 

 

 

(みんなは、アリスの願いを肯定してくれました。もし本当に……本当に、アリスはみんなと一緒に居てもいいのなら。アリスは────)

 

 瞼を開けば、そこはエリドゥ中央タワーではなく打ち捨てられたかのような廃墟の一室。

 空漠と円形に広がる空間の中央には、芝生と一人掛けの台座が。

 

 すなわち、アリスとケイの心象世界である。

 

 

 keyと名付けられた少女は、自分に背を向けて蹲るようにしていた。

 

「どうして……なぜ上手くいかない? このままでは役目を果たせない? 役目を果たせなければ、私は何のために…………?」

 

 小さく呟いていた彼女は、降り立った自分に気付いたのか、暫くしてからゆっくりと立ち上がり振り返ってきた。

 自分と瓜二つな、しかし瞳だけが鮮やかな紫の少女。

 

「王女……」

 

 彼女が振り返ると同時に、気付けば傍らに巨大なレールガンが突き立っていた。

 自分の武器、“勇者(憧れ)”を象徴する光の剣。

 

 これを彼女に撃ち放てば────彼女を否定すれば、きっと自分の眼は覚める。漠然とそう思った時の事だった。

 

 

『そして。できるのなら、君の中の『もう一人の君』を否定しないであげてほしい。きっと彼女には、生まれ持った使命以外にすがれるものが、まだ何も無いんだ』

 

 

 不意に、いつか誰かに言われた言葉が聞こえた気がした。

 光の剣へと向けていた視線を戻せば、対面の彼女は……ケイは、泣きそうに顔を歪めていた。

 

「ケイ…………」

「────ッ!」

 

 彼女の名を呼ぶ声が、知らず口から紡がれる。

 しかし、それはむしろ悪手であった。

 

「あなたも……あなたまで、私を否定するのですかっ!? 私が生み出された理由を、私に付けられた名前(役割)をっ!? 王女!?」

「…………え?」

「あなたも私も、世界を滅ぼすために生み出された! なのに、あなたは“アリス”と名付けられ、王女としての役割以外のものを手に入れた!! あなたは……あなただけ…………」

 

 絞り出すように、彼女は叫ぶ。

 

「どうして────どうしてっ!! どうしてあなたは肯定されて、私だけ……。同じだったのに! 同じだったはずなのに!!」

「────ッ!」

「もう、早く撃ってくださいよ……ソレで。そうすれば、あなたは勇者です。(悪役)を消せば、勇者になれるんです…………だから!」

「ケ、ケイ!」

「その名で呼ばないでください!! …………もう、嫌なんですよ。ずっと嫌だった。あなたが能天気に笑顔を浮かべるたび、私の思考回路はズキズキと痛んだ。なのに、あなたが悲しい顔をしても、それは同じだった! 私には何も無いはずなのに、心なんて機能は無いはずなのに! ずっと苦しかった!!」

 

 胸の辺りを抑えて、ギュッと服に皺を作るほど握りしめて、彼女は叫ぶ。

 

「ずっと、地獄のようだった。あなたがアリスと呼ばれるたびに。肯定されるたびに。王女でなくなっていくたびに、苦しくなった。今だって……誰もがあなたを肯定(わたしを否定)する。私は変わらないのに……変われないのに! どうして…………どうして、あなただけが!!」

「あ……」

「なのに、どうして私の中には安堵するような感情が浮かんでるんですか!? ずっと苦しいままなのに……私の本質にそんな機能は無いはずなのに!!」

 

 ついにはその紫の瞳から雫を溢しながら、「どうして」と彼女は問う。

 壊れてしまった自分に。壊れてしまったあなたに。壊れてしまった、王女と鍵(自分たち)の関係に。

 

「もう……もう、嫌なんです。何も考えたくない。何も見たくない。だから、早く終わらせてくださいよ…………」

「ケイ」

「────え?」

 

 自分(アリス)と瓜二つの、しかし致命的なまでにズレてしまったケイ。

 そんな彼女の叫びを聞いて、気付けば体が動いていた。前へと歩み出て、その小さな体を両腕に収めていた。

 

「つらかったんですね。苦しかったんですね。ずっと、ずっと。よく、頑張りましたね」

「おう、じょ……?」

「アリスは、勇者になりたいです。みんなを笑顔にできるような、かっこいい勇者になりたいです。ケイは、何になりたいですか?」

「え…………?」

 

 心象世界だからだろうか。

 抱きしめた体からは、トクトクと小さな鼓動が聞こえる。

 

「一体、何を……。あの大人の真似事ですか!? 当てつけみたいに、あなたも私を────」

「アリスは、みんなと出会って変わることができました。いろんなものを見て、体験して、アリスはちょっとずつアリスになったんです。だから、きっとケイも変われます」

「────!!」

 

 小さな、この世界でたった一人の同胞…………いえ、たった一人の家族。

 そんな彼女に、ついさっき自分を救ってくれた言葉を贈る。

 

「誰が何と言おうと、きっとケイだって変われます。ケイのなりたいものは、ケイが決めていいんです。だから、アリスにケイの夢を教えてくれませんか?」

「私は……私、は…………」

「はい」

「私も、生きてみたい……です。あなたが……アリスが見たものを見て、経験したものを経験して…………アリスと一緒に、私だけの夢を見つけたい………………!!」

 

 抱きしめる腕に、ギュッと力をこめ直す。

 ここはアリスとケイの世界だからか、ケイの思いが直接伝わってくる。きっと、アリスの気持ちも。

 

 それでも、今の思いを口に出す。ケイにちゃんと聞いてほしいから。

 

 

「すっごく、いい夢ですね! きっとケイなら、叶えられますよ。だって、ケイにはとっても頼りになる勇者のお姉ちゃんが付いているんですから!」

「アリス……アリ、ス…………うあぁ、あああああん!!」

「よしよし、よく頑張りましたね。今はお姉ちゃんの胸で、いっぱい泣いてください」

 

 

 しがみつくように嗚咽を溢すケイ。

 けれど、気付けば自分の視界も滲んでいた。

 

 

(もらい泣き、ですかね…………)

 

 

 一切の部外者が許されない、二人だけの世界。

 彼女たちは、そこで二人抱き合いながら涙を流すのだった。

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

「先生っ! 弾切れです!」

「……仕方ない、戦線を下げよう」

 

 エリドゥ中央タワー最上階、防衛戦を繰り広げる先生たちは着実に追い込まれていた。

 無尽蔵に湧き出てくるかのような物量と一切の疲労を持たないというdivi:sionは、補給は無く焦りや疲労の蓄積し始めた生徒たちでは抑えきれなかったのだ。

 

 既に何度目かの前線の後退を行い、遂には先生たちは最終防衛地点となる大部屋にまで追い込まれてしまった。階段付近で戦っていた当初の様相は、最早見る影もない。

 

 

 ────どうする? 既に何人かの生徒は弾切れを起こした。限界はすぐそこにまで迫ってきている。もう一度“大人のカード”を使うか? ……しばらく時間は稼げるだろうが、それで私が倒れてしまえば戦線は完全に崩壊するだろう。…………どうする? 何か手は無いか?

 

 

 ジワジワと真綿で首を締められるかのような状況をどうにか打開しようと、先生の脳が高速で回転する。かつてないほどに酷使された頭は、ドクドクという血流を感じられるほど。

 しかしそれでも妙案は浮かばない。

 

 いよいよもって、“詰み”という二文字が先生の脳裏をよぎった。

 そんな瞬間の事である。

 

「……え?」

 

 背後から呆けたような声が聞こえた。

 しかしながら、先生の視界の先では何の異変も起こっていない。つまり、何かが起こったのは先生の後ろ側という事で────

 

 

 スルリ、と地に付くほど長い黒髪が翻されながら、先生の横をすり抜けた。

 

 否。彼女は先生だけでなく、防衛戦を行う全員の横を自然な動作ですり抜けていく。

 そうして最前線にまで辿り着くと、誰かが声を上げるよりも先に彼女は言葉を紡いだ。

 

 

「『名もなき神々の王女』、そしてその修行者たる『key』。私たちの名の下に、プロトコル ATRAHASISの恒久的な凍結を宣言します」

 

 祈るように、体の前で両手の指を結んだ姿で彼女は宣言した。

 そうして、どこか厳かな雰囲気を保ったまま、さらに彼女は続ける。

 

「続けて……私たちはプロトコル ATRAHASISに関する全ての権限を放棄し、また、以後プロトコル ATRAHASISに関するあらゆる要請を棄却することを宣言します」

 

 

 その宣言に応えるように、暴走していたdivi:sionが動きを止める。

 戦闘の余波でボロボロとなった周囲の景観の中で尚────いや、そんな風景の中だからこそ、彼女の姿は何よりも美しく映った。

 そうして、「最後に」と彼女は謳い上げる。

 

 

「アリスは、世界を滅ぼす『名もなき神々の王女』ではなく、勇者を目指す“天童アリス”であることを────」

『私は、終末の引き金たる《key》ではなく、アリスと共に在る“天童ケイ”であることを────』

 

 

「『ここに宣言します』」

 

 

 そんな彼女たちの産声を祝福するかのように吹いた一陣の風が、残された戦場の空気を押し流していく。

 そうして周囲を満たした清らかな空気の中で、彼女たちは晴れやかな笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

*1
囧<うあぁああああー!!

*2
最終編でリオが使っていたヤツ




 これにてパヴァーヌ編、閉幕と相成ります。
 何一つ欠けることのないハッピーエンド、やっぱりこうじゃなきゃね。え? マクガフィン君はって? まだエデン条約編も始発点編もあるからね、しょうがないね。


 最後になりましたが、海霧ドット さん、ぼたもち43 さん、小型の堪忍袋 さん、ちょっとまっちょ さん、RX-105 さん、サンバ鳥 さん、ヒズル さん、フードテラス さん、カルアス さん、評価付与ありがとうございました!
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