ガタンガタン、と身体を揺らす一定のリズムが、同時に鼓膜を震わせる。
車窓から映る街並みはどこも近代的であり、そこかしこに並び立つ高層ビルは都市がスクスクと成長しているのを物語っていた。
それでいて景色には街路樹などによる緑も彩られているため、無機質さであったり冷たいような印象を受けることは無い。
とはいえ、その街路樹もこうして俯瞰しながら眺めると一定距離ごとに緻密に計算されて植えられているのがよく分かる辺り、この線路が続く先の学園の特色をよく表しているようだ。
あの学園の生徒は、誰もが新技術の発明に余念がなく、それでいて妙な部分に凝ったりする性格の子が多いのだ。
ここはハイランダー鉄道学園が運営する路線の一つ、『ミレニアムサイエンススクール行き』の列車。麗らかな日差しが窓から柔らかく照らす、その11号車である。
そんな列車に揺られながら、先生は一人考え事をしていた。
議題はもちろん、先ほどからヒソヒソと自分を眺めて噂話をしているらしい生徒たちが何を語っているのか…………ではなく、一週間前に解決したアリスに関する案件。遂に対峙しながらも、結局雲隠れされてしまったマクガフィンについてである。
決して『妖怪足舐め太郎』だとか『生徒をとっかえひっかえしながらオフィスに連れ込んでる変態』だとか『磯部揚げ大明神』だとか『らせん階段 カブト虫 廃墟の町…………』などといった聞こえてくる言葉を気にしてなんか────
────誰か今紛れ込んでいなかったか? なんか知らないヤツ混ざってるんだけど!? ちくわじゃないの!? 誰!? 誰なの!? あと最後の人も怖いんだけど!?
「…………」
明後日の方向へと第二宇宙速度*1ぐらいの速さでカッ飛んで行った思考を、頭をブンブンと振り回すことで仕切り直す。
今はマクガフィンについて考えているのだ。
マクガフィン。
アビドスでの一件が最初に知るきっかけとなった彼だが、“どれだけ調べても分からない存在”というのが先生が元々持っていた印象であった。
それは単に彼に関する情報が不足している、という意味だけでなく、彼が何を目的として行動しているのかが読み解けないというニュアンスも含まれていた。
たとえば、黒服であれば探究を、カイザーPMC理事であれば利益の追求を目的としていた。生徒たちはより分かりやすい形で直接的に望みを伝えてくれた。
では、彼はどうなのか。
それがまるで読み取れないのだ。
もっとも、関わり自体が皆無であるのだからそれも当然だと言われればそれまでの話なのだが。
普段の振る舞いを見ていると意外に思われるかもしれないが、先生は自分の観察眼……いわば『人を見る目』、とでも表現しようか。そういった感性に鋭いと自負していた。
何度も繰り返し磨くことでしか鍛えられないはずのそれがなぜここまで成熟しているのかは、先生自身にも定かでなかったが。
ともかく。そういった自覚があるために、先生はマクガフィンと対面して会話さえできれば、きっと彼の事をある程度理解できると考えていた。
そして一週間前のミレニアムでの一件にて、遂に先生は彼と相まみえる事となったのだ。
とはいえ、当時は相当逼迫した状況であったために彼を理解しようとする余裕は無かったのだが。しかし改めて思い返せば、いくつか不可解な点が見えてくる。
例えば、ヴェリタスにて一時的にケイがプロトコル ATRAHASISを発動させた際、なぜ彼は生徒たちを拘束するにとどめたのか。
彼ほどの力があれば、あの場で生徒たちへ更なる追撃を加えることも容易だったはず。なんなら再起不能レベルのダメージを与えることも。
だというのに彼は何もせずに立ち去り、更には────暫くしてからではあるが────生徒たちの拘束を解除までしたのだ。
まともに考えれば、どうにも腑に落ちない行動である。
振り返ってみるとどうにも露悪的な振る舞いをしていたようにも思える……というのは、流石に希望的観測すぎるだろうか。
しかし、やはり彼の行動には怪しさを感じる。
問題はそれだけではない。
というより、こっちの方がより直接的だろうか。この話を聞いたからこそ、先生も改めて彼の事を考察し始めたのだし。
その問題というのは、つまり、エリドゥにてマクガフィンを追ったホシノの事である。
なんと彼女は、マクガフィンに助けられたと言ったのだ。
アリスを連れ去った時の言動から彼を“敵”として認識したホシノだが、彼女が見つけた時にマクガフィンは黒服と会話をしていたらしい。
その組み合わせに嫌な予感を覚えたホシノは二人を拘束しようとしたそうだが、しかしそこは黒服の方が一枚上手だったようで。うまく時間を稼がれ、先んじて仕掛けてあったトラップの発動を許してしまったそうだ。
ビル一棟を丸々使った質量攻撃という、非常識なまでに大規模なトラップを。
根本付近からは離れていたために着弾までタイムラグがあった事、盾を装備していた事などから、彼女の見立てでは致命傷だけは避けられる────裏を返せば、絶対に大ダメージは避けられなかった────攻撃。
しかし、そんな見立てに反してホシノは無傷であった。
その理由こそが、マクガフィン。
なんと彼はホシノを抱えて一緒に退避したかと思えば、更には倒れ行くビルをバラバラに斬り裂くことでホシノを庇ったというのだ。
結果、彼女は傷一つどころか粉塵さえ浴びずに済んだのだとか。
しかし、そうなってくると色々と疑問が湧き上がってくる。
例えば、生徒たちの敵対者として振る舞っていたのに何故ホシノを助けたのか。自分や黒服と同じキヴォトス外から来た存在であるはずなのに、どうしてそんな力を持っているのか。最初に挙げた、そこまでの力を持っていながら何故自分たちを見逃したのか、というのもそうだ。
そしてその疑念に拍車をかけたのが、崩されたビルの撤去を指揮していたリオからの知らせであった。
なんと、ホシノを襲ったビルの瓦礫に交じってdivi:sionの破片が掘り出されたと言うのだ。それも、銃火器ではなく何か鋭いもので斬られたような
正直、そこまで揃っていれば下手人はマクガフィンで確定だろうというのが先生の見解である。他に挙げられる候補もいないのだし。
なにせ、アビドスで発見されたカイザーPMCの兵器やオートマタ兵の残骸も似たような状態だったのだから。
話はまだ終わらない。
これは全ての事態が解決された後にモモイから聞いた話だが、ヴェリタスの部室が崩落した際、なんと彼女は誰かに助けられていたらしい。
というのも、このままでは身の丈以上の瓦礫に押しつぶされる、という場面で誰かに腕を引っ張られた事でそれを避けられたというのだ。
しかし、校舎側に引かれた彼女の周囲に一切の人影はなく。
残りの全員が瓦礫を挟んだ反対側でdivi:sionと戦っていた真っ最中に、モモイはそんな不可解な体験をしていたのだとか。
ここで思い出したのが、マクガフィンに助けられたホシノが語っていた『見えにくい妙な糸を使っていた』という証言。
…………しょ~じき、とんでもなく怪しい。というかやっぱりコレも彼の仕業なのでは?
「先生聞いて聞いて!! 私、すっごい変な経験したの!!」
という無邪気なモモイの笑顔の報告を聞きながら、先生はそう結論付けていた。
なお、その様子はなんでも妖怪のせいにするような投げやりさが含まれていた、というのはアロナの言である。そこかしこから怪しな情報が湧き出てくるのだ、それもまあ仕方のないことなのだろう。
南無三。
話を戻そう。
さてさて、ではここまでの推測が正しいと仮定すると……状況はかなり困ったものとなる。なぜなら、マクガフィンはある時は生徒たちの敵対者として振る舞い、またある時は陰ながら生徒たちを守っているという事になるからだ。
彼が敵か味方か測りかねている先生としては、どっちなのかはっきりしてほしいというのが正直な感想だ。
いっそのこと勢いに任せて『君は敵なのか味方なのか、どっちなんだい!?』と聞けば教えてくれないだろうか…………いかんいかん、また妙な方向へ思考が引っ張られている。
難しいことを考えてウンウン唸っていた先生は、再び頭を振ることで思考を仕切り直す。
おれは しょうきに もどった! よし、これで大丈夫なはず。
……本当にそうなのだろうか。なんとも不安になる毒電波を未だに受信している先生だが、目的地であるミレニアムサイエンススクールに列車が到着すると、席を立ってホームへと降りて行く。
その際、先生を見てヒソヒソと会話をしていた生徒たちの『この前モールにできたカフェさー』『あー、あそこ? スイーツ美味しいよねー』『ちくわぶ大明神』『ファミチキください』『君は引力を信じるか?』という会話が耳に入ったが────
────ねえやっぱり変なの混ざってるよね!? 気にしないように意識しようとしたけど無理なんだけど!? なんで若干変化球にしてんの!? しかもなんか一人増えてるよね!? あとやっぱり最後の人怖いんだけど!? 絶対に見たくないんだけど!?
今度は第一宇宙速度ぐらいの速さ*2であっちこっちへとグルグルし始めた思考をどうにか静めながら、改札を通り抜ける先生。
ただの電車移動だけで随分と疲れた様子である。
と、そんな先生に呼びかける生徒の影が
「先生! こっちです、こっち!!」
「ちょっ、アリス! そんな大きな声を出したら目立ちますって!」
「……? ケイも大きな声を出してますよ?」
「いや、まあ……結果的にそうなっちゃいましたけど…………」
背丈、容姿、ヘイロー、その全てが瓜二つな────というか、完全に一致した二人の少女。
違いといえば、瞳の色や立ち振る舞い、それに装備している武器ぐらいだろうか。
「こんにちは、アリス、ケイ。わざわざ出迎えてくれたの?」
「はい! マスコットの先生が道に迷うと良くないので、案内勇者のアリスが先導してあげるんです!」
「アリス、世の中には言ってはいけない事もあるらしいですよ」
「あはは……」
無邪気にグサグサと刺してくるアリスと、フォローしているように見えてトドメを刺しているケイ。
なんとも姉妹らしい天然の混ざったやり取りに、先生の口角が自然と上がる。こうして二人が和やかに会話していることが、とにかく嬉しかったからだ。
「そういえば、ケイ。身体の調子はどう?」
リオとヒマリの待つ部屋までの道すがら、先生がふと気になった事を質問する。
「問題無いですね。流石にアリスの身体ほど自由自在とまではいきませんが、十分です。…………ここのエンジニア部、本当にただの生徒なんですよね? 実は司祭たちの技術を継承してたりしませんか?」
「うーん、多分そんなことはないと思うよ…………」
そう、アリスと瓜二つなケイの身体は、エンジニア部が作成したものなのだ。
といっても、エンジニア部だけでなくケイ本人やリオ、ヒマリなどなど沢山の生徒が協力して設計したのだが。
それにしても凄い完成度だとは、先生の素人目にも分かるクオリティである。ケイが勘ぐってしまうのも頷けよう。
「司祭の情報を持っている私や生徒会長が居たとはいえ、王女として作られたアリスの身体スペックを8割近くまで再現する……本当に何者なんです…………?」
ブツブツと思索の海に潜り始めたケイに代わって、今度はアリスが口を開いた。
「アリスは、こうしてケイと並んで歩けてとても嬉しいです。とっても。……そうだ、先生! 今日の報告会の後、一緒に冒険に行きませんか?」
「冒険?」
「はい、アリスが魔法使いさんに会った場所です!」
「魔法使いさん……?」
脳内に疑問符が溢れ返った先生に、ケイが補足する。
「どうやら、アリスは以前『廃墟』付近で謎の人物に出会ったことがあるそうで……その人物に助言を貰ったんだとか」
「はい! アリスの中のもう一人の自分を否定しないであげてって、魔法使いさんは言ってたんです! だから、アリスはケイと仲直りできたんです!!」
絶妙に怪しい言葉に、先生の表情が何とも言えないモノに変化する。
なんというか、宗教勧誘に言われても違和感の無さそうな文句だ。
「正直、私も気になってるんですよね、その人物。他にも『生まれ持った使命以外にすがれるものが、まだ何も無い』とも語っていたらしいですし。それに、アリスが言うにはその魔法使いさんは先生みたいな人間の男だったそうですし」
「…………ッ!!」
ぼんやりと話を聞いていた先生だったが、ケイの言葉でそんな意識は吹き飛んだ。
「アリス……それって、もしかしてこんな顔の人だったりした?」
即座に、かつて柴大将が見せてくれた写真────大将に許可をもらって端末に保存しておいたソレ────を見せる先生。
まさか、という予想であったが。
「たしかに、こんな感じの人でした! でも、もう少し寂しそうな表情だった気もします。先生の知り合いの方なんですか?」
「いや……まあ、ちょっと縁があってね」
はたして、その予感は当たっていたらしい。
(マクガフィン……いや、薪浪アヤト。もしかしたら、彼は…………)
思わぬ場所で得られた新たな情報。
先生の疑念────否、期待は、ずっとずっと大きくなっていた。アビドスで知った時よりも、さっき考えていた時よりも。
最後になりましたが、愛すべきチハ戦車 さん、ラグディール さん、バナナのおひたし さん、ルウトウ さん、のうみ さん、神崎天夢 さん、評価付与ありがとうございました。