そう、私です。
ちなみにアヤト君は最終編~カルバノグ2章辺りまでしか原作知識を持っていない設定だったりします。
俺が柴関ラーメンで働き始めてから────つまり、キヴォトスに転移してから3ヶ月が経過した。
「三番卓、醤油と味噌、醬油は並で味噌は大盛です!」
「あいよ! 餃子焼けてるから一番卓に持ってって!」
「はい!」
すっかり板についた作業を熟しつつ、俺はこっそりと神秘操作の訓練をしていた。
まあやってる内容は体全体に薄く神秘を纏わせて維持し続ける程度の簡単なものなのだが。
しかし、これがなかなか馬鹿にできない。というのも柴関ラーメンの店舗はそこそこ広いため、こうしてオーダーを取って料理を運んでいるだけでもそれなりに動くことになる。さらに言えば小回りを利かせながら動くことになるため、ずっと体の周りに神秘をとどめておくのは案外難しいのだ。
最初の頃は10分も維持できなかったぐらいだったと言えば、多少はその難しさが伝わるだろうか。
今でこそこうして無理なく行えているが、ラーメンを溢しそうになったり神秘を出し過ぎたりしてお客さんに怪訝な表情をされたことは何度かあった。じゃあなんで無理してまでこの方法を続けているのか、という話になるのだが……。
率直に言って、訓練の時間が無いのだ。
昼間は仕込み作業などもあるため基本店に出ずっぱりだし、自由な時間は時間で柴大将が気を使ってそばに居たりするので、一人でこっそり鍛えるというのができない。当然ながら現時点でめちゃくちゃお世話になってる大将に文句など言えるはずも無く、そもそもさっき言った要因も別に不満に思ってるわけじゃない。
家に住まわせてもらって、身元保証人にもなってもらって、その上給料まで貰ってるのだから働くのは当然だし、気を使ってそばに居てくれるのもありがたい。
他人とのつながりがまるっと消えてしまった俺にとって、こうして心配してもらえてる事がはっきり分かると心があったかくなるのだ。やっぱり柴大将聖人すぎないか?
というわけでこうして日常生活の中で訓練を並行して行っているのだ。それに、こうして神秘を纏っていると集中力の消耗こそあるものの肉体的な疲れは溜まりにくくなるため、メリットが全くないわけでもない。時間も有効的に活用できているし。
「醤油と味噌、お待ち!」
ピークタイムが過ぎるのはあと15分ほどか。よし、最後までやり切るぞ!
「よし、お客さんも捌けたしいったん休憩に入っていいよ。賄いはいつものでいいかい?」
「いつもありがとうございます、柴大将」
「いいっていいって、こんぐらい何でもねえから」
お昼のピークタイムを過ぎ、店内の客も片手で数えられるほどになった頃。柴大将といつものような会話をしていると、突如として地面がカタカタと小刻みに揺れ始める。
「うおっ……また地震か。最近は前より砂嵐もひどくなってるし、嫌になっちまうな」
「ですね。移住を考える人も増えてるらしいですし……」
ここ数週間で、このような地震や砂嵐の頻度は以前の数倍にまで膨れ上がっていた。それに伴って居住可能区域も狭められ、アビドスの衰退は明らかに感じられるレベルとなり、このままでは復興どころか維持すら厳しくなってきているのだとか。
…………間違いなく、ヤツの仕業だろう。
神の存在を証明した『
『違いを痛感する静観の理解者』────ビナー。アビドス周辺の砂漠に巣食い、度重なる砂嵐を起こしてアビドス高校がカイザーから借金をすることになった元凶。そして、俺がユメ先輩の死因として最も疑っている存在だ。
原作において────少なくとも俺が生きていた頃までは────ユメ先輩を殺した存在は明かされていない。それどころかユメ先輩に関する描写自体がほとんど無いため、彼女について分かっていることは皆無と言っていいほどだ。
俺が知っているのは、対策委員会編でのホシノのようにおっとりした性格だったこと、アビドス高校の最後の生徒会長だったこと、おそらくホシノの持っている盾「IRON HORUS」を元々使っていたこと、そして何故か死んでしまったことぐらいだ。
そのため、その存在が語られてから今まで「誰がユメ先輩を殺したのか」、「そもそも本当にユメ先輩は死んでしまったのか」といった命題は考察勢によって何度も議論されてきていた。
とはいえ、対策委員会編時点でアビドスと関わりのある存在はかなり少ないため、挙げられる容疑者も多くは無かったのだが。
俺が知っている限りでは、主要なのは「カイザーグループ」・「ゲマトリア(黒服)」・「ビナー」ぐらいだったはずだ。
ここで疑問なのが、果たしてカイザーや黒服がユメ先輩を殺したのならば、その遺体や武器を放置するだろうかという点である。黒服ならば何らかの実験のためにそうする可能性も考えられるが、カイザーは確実に証拠を隠蔽し切るだろう。
そもそもカイザーグループはアビドス砂漠に眠るウトナピシュティムの本船を求めているのであって、積極的にアビドス高校と事を構えようとはしていなかった。
詰め切れるまでの準備を整えてようやく姿を現したぐらいだったし、少なくとも今の段階でそんな杜撰なことはしないだろう。
次に挙げた黒服に関しても、正直無さそうだというのが個人的な意見だ。
そもそも黒服がカイザーと手を組んだ理由はキヴォトス最高の神秘を有するホシノの身柄が欲しかったからであって、ウトナピシュティムの本船に関しては大して興味を持っていなかった。つまり、アビドス高校やその生徒は「ホシノを手に入れる上での障害」程度の認識だったはず。
ユメ先輩を殺すことがホシノを手に入れることに繋がるかと言われれば首を傾げざるを得ない以上、黒服がそれをやるメリットは無い。柵を減らすというのも考えられなくは無いが……それならセリカの時と同じように連れ去ってしまえばいいはずで、黒服ならそのための策も立てられるはず。
ユメ先輩の遺体や武器を遺すのはホシノと敵対するリスクを上げるだけで、まさしく百害あって一利なしだ。あの黒服がそれを分からないはずないだろう。
じゃあ最後のビナーが犯人なのかと言われれば、これもこれで怪しかったりする。
理由は単純で、『始発点編』でのビナーへのホシノの反応が普通すぎたのだ。色彩化していたとはいえ容姿は据え置きのビナーに対して、ホシノは大して固執しているようではなかった。ユメ先輩の仇ならば何かしら反応を示してもおかしくないのに、だ。
しかし、3つの候補の中でユメ先輩の遺体を放置する可能性がありそうなのはビナーだけである。
それ以外のカイザーや黒服に関しては先に述べたように放置するメリットが無い。そこで思い付いたのが、ユメ先輩は一人で行動していた時にビナーと遭遇、退避する事もできず殺されてしまい、その遺体を捜索に来たホシノに発見されたのではないかという説だ。
生徒会のメンバーがホシノとユメ先輩だけである以上、単独行動となる場面は確実にあるはず。運悪くそのタイミングでビナーと鉢合わせしたならば、様々な疑問点にも納得がいくという話だ。
というわけで、最近は開店前や閉店後、休憩時間などの比較的自由な時間でビナーの動向を探るようにしているのである。
ああ、もちろん現場に出向いて調査するなんて方法ではない。柴大将に心配かけちゃうし。
じゃあどうやってるのかというと、これまた神秘を使って探知しているのだ。前に言ったように、今の俺は神秘に対する感知能力がかなり高くなっている。特に自分の神秘に対してはそれが顕著で、20分程度であれば外部に放出した神秘に触れた存在まで把握できるのだ。
範囲を広げすぎると情報量が膨大になって脳に負荷をかけるため、その点だけは注意が必要だが。一度だけそのせいで鼻血を出してしまったのは記憶に新しい。
閑話休題。
とにかく、それを利用して砂漠の辺りにまで神秘の塊を放出して監視しているのだ。その甲斐あってか最近はビナーの移動ルートを凡そではあるが予測できるぐらいになった。
えーっと、確か今日の今頃はアビドス旧校舎付近だったかな。
────────え? 待て待て待て、マズいぞ。誰か旧校舎の方に向かってないか? しかも一人で。このままじゃビナーと鉢合わせになる……というか一体誰だ?
慌ててその生徒の神秘を探ると、それはこの数ヶ月で何度も確認したものであった。つまり、ユメ先輩だったのだ。
ほんの数分前に立てた予測が脳裏をよぎる。
“単独行動していた時に、ビナーと遭遇した”
血の気が引くような感覚と共に、とにかく急がなければという焦りが生まれる。なんだってこんな時期に旧校舎になんか……。
そこで思い浮かんだのは、特殊作戦・デカグラマトン編における『セフィラの情報』のビナーの欄に記されていた最後の一文。
────ビナーに関する詳しい研究資料としては2年前、アビドスの生徒会がこれまでの目撃談やデータをまとめたものがあったが、数年前アビドス高等学校の引っ越しの過程で消失したと言われている。
まさか……
意識を切り替えて、エプロンを脱ぎ捨て靴を履き替える。
こんな何の前兆も無く突然その時が訪れるなんて全く予想していなかったせいで何の準備もできていないのだ。この距離じゃ普通に走ってたんじゃ間に合わない。というか神秘で身体を強化しても怪しくないか? これ。
……いや、まずはとにかく向かわなくては。
「すんません、柴大将! ちょっと急用ができました!! できるだけ早く戻ります!」
「え? ちょ、アヤト君!?」
大将には申し訳ないが、説明してたら確実に間に合わない。込み入った事情もある以上、全部終わらせた後に纏めて話す方が良い。
ごめん……柴さん。
背後から聞こえた声に申し訳なさを感じながらも、薪波彩土は走るのだった。
どうか間に合ってくれよ…………ッ!!
────────
「はぁっ、はぁっ……」
どうしてっ、こんなことに…………っ。
回避運動で切れた息を整えながら、アビドス高校の生徒会長である少女は歯噛みしていた。
ここ数週間で多発している砂嵐や地震、その原因と思われるビナーと呼ばれる謎の存在に関する残された資料を取りに砂に埋もれた旧校舎に向かっていれば、その張本人たるビナーと遭遇したのが数分前。
猛然と襲い掛かってくる攻撃を必死に掻い潜るが、逃げ出せる気配や相手が諦める兆候は全くなく、さらにこんな場所では誰かが助けに来ることもまずない。幸か不幸か自分の装備が盾であったためどうにか凌げているが、早くも限界が見え始めてきた。
元々戦闘は得意ではないのだ。普段は一緒の頼りになる後輩が居れば希望を見出せたかもしれないが、所詮たらればの話。
今日の旧校舎への遠征はその場の思い付きで始めた事であるため、彼女が現れる可能性は万に一つも無い。現実はそんなに都合よくないのだ。
やっぱり、奇跡なんて起きっこないのかな…………。
心が諦観に染まり始める。
大好きなアビドスが廃れていくのが我慢できずに、何も分からないのに何かしたくなって。そうしていたら、頼りになる後輩ができて、「生徒会長」として色々なことができるようになって。
まだまだ希望は見えないし問題は山積みだけども、こんなに可愛くて頼りになる後輩が、自分と一緒に頑張ってくれるだなんて奇跡みたいなことが起きたのだし、もしかしたら……もしかしたらどうにかなるんじゃないかと思っていたのに。
またみんなが笑っていられるような、そんなハッピーエンドにできるんじゃないかと思っていたのに。
その途端にコレだ。
やっぱり奇跡なんて無かったんだ。ホシノちゃんが言っていたように、そんなものここには無くて、現実を見なきゃダメだったんだ。夢を見て、浮かれて、その結果がこのザマだ。こうして私は誰にも見られず、知られることも無くひっそりと独りで死ぬのだろう。
「…………あ」
なんて風に諦めてしまったのがいけなかったのだろうか。
ふと顔を上げると、身を隠している瓦礫の上からこちらを見下ろすビナーと目が合った。目と鼻の先と言えるほどの至近距離。大きく開けられた口元に、なにかエネルギーのようなモノが集まっていくのがはっきりと見て取れる。
「……ごめんね、ホシノちゃん」
今さら走っても、アレからは逃げられないだろう。そんな奇跡は起きっこないんだ。
それに、もしあのビームから逃げれたとして、その次はどうなる? 私一人で出会ってしまった時点で、もうどうしようもなかったんだ。いつもいつもふわふわして、ホシノちゃんに迷惑をかけちゃってたような私には。
心がポッキリと折れてしまった。もう一歩も動くことができず、ただぼんやりと目の前の光景を眺めるだけしかできない。ああ、でも────
「痛いのは、イヤだなぁ」
その一言がきっかけとなったのだろうか。瞳から流れ落ちる雫と共にポロポロと内心が溢れ始める。
「もっとアビドスのために頑張りたかった」
「もっとホシノちゃんに、ありがとうって言っておけばよかった」
「もっと……もっとホシノちゃんと、大好きなみんなと一緒にいたかった…………っ!」
「イヤだ、イヤだよっ! 死にたくなんて、ないよ…………っ!! 誰か……たすけてよっ」
掠れる声で叫ばれたその願いは、きっと本来は叶わないものだったのだろう。奇跡の始発点は未だ遠く、その場所へ導いてくれる存在もまだいないのだから。
「…………え?」
けれども、この世界には本来存在しないはずの異物が紛れ込んでいたのだ。ならばこの展開もまた、必然だったのかもしれない。
「だああぁあぁぁぁぁぁらぁっっっっ!!!」
呆けた彼女の先では、白磁の大蛇へと矮小なイレギュラーが突き立っていたのだった。
────────
きめ細かな砂が延々と続く光景が、流れるように背後へ消えていく。自動車並みのスピードで移動しているとなればそれも当然のことだが、薪波彩土はそのことに何の感慨も抱かずに足を動かし続けていた。
既に市街地からは遠く離れ、目的地たる砂に埋もれた旧校舎への道のりも8割以上は進んでいる。それでもその表情から焦りの色が薄れることは無く、むしろそれは深まるばかり。
なにせユメ先輩とビナーの神秘が一ヶ所に留まったまま10分が経過しようとしているのだ。それはつまり、それだけの間彼女は一人でビナーと相対しているということ。これで焦るなと言う方が無理があるだろう。
────もっと、もっと早く! こんな力を宿したんだ、ここで使えないでどうすんだ!!
神秘による肉体強化は既に実験したことのない段階まで進んでおり、人間の身体には過剰すぎる運動エネルギーに全身が悲鳴を上げている。それでも躊躇なく倍率を引き上げ、さらに加速する。
それによって体への負荷も跳ね上がり、激痛が絶え間なく襲い来る。もはや常人なら泣き喚いて助けを求めるレベルだ。
しかし忘れてはいけないのが、この青年は既に一度臨死体験をした身であること。この程度では人間は死なない事を知っている上、あの時と違いこの痛みは自分から選んだものである。それに耐えられない道理など無い。
そうして進んでいると、ようやくビナーの巨体が視界に映る。白を基調とした蛇のような外殻に、その隙間を縫うように走る橙の線。そして、大きく首をもたげたビナーの顔に見下ろされる位置には浅葱色の誰かが。
────良かった、まだ無事…………っ!?
その光景に安堵する間もなくビナーは大きく口を開けたかと思えば、黒々としたその口腔にエネルギーが収束し始める。かつて総力戦や大決戦で飽きるほどに見た『アツィルトの光』のモーションだ。
対するユメ先輩はどこかを負傷したのか、その場から動かずにビナーを見上げるのみ。
どうにか姿を捉えられたとはいえ、彼我の距離は未だ遠いまま。これ以上の加速は体が崩壊しかねない。当然ながら今のスピードでは間に合わない。
────ならば。
心臓や肺といった内臓まで含めた全身の強化に回していた神秘を全て足の強化と保護に回すと、彩土は大地を強く踏み込んだ。
砂漠であるため地面がひび割れるなどということは無かったが、しかしその圧倒的なまでの力に砂面が大きくへこんだかと思えば、次の瞬間には彼の姿はそこから消えていた。
なんということは無い。走っていたら間に合わないのであれば跳べばいいだけの話であると地を蹴っただけだ。
しかし膨大な神秘によって強化されたそれは、もはや跳躍ではなく発射とでも呼ぶべき代物へと変容していた。消費した神秘の量も馬鹿にならなかったが、その甲斐あってか見る見るうちにビナーへと彩土は肉薄する。
────ちょっと格好は付かないが、このままぶつかった方が効果的か。
瞬時にそう判断すると、神秘を放出しながら腕をクロスさせ頭の前に持ってくることで防御姿勢を作る。
「だああぁあぁぁぁぁぁらぁっっっっ!!!」
そうしていよいよ『アツィルトの光』が放たれようというその瞬間に、彼はビナーに着弾したのだった。
というわけでvsビナー戦、開始です。この一戦がこれからの彩土君の全てを決定付けます。