でも展開的にこの章が無いと後々かなりマズくなりそうだし…………ウゴゴゴゴゴ。
「カイザーコーポレーションが────」
「────麻薬をばら撒いてる?」
先生とリオの疑問が重なる。
対するゲヘナ学園生徒会長、羽沼マコトは我が意を得たりとばかりに口角を上げると大仰に語った。
「キキキッ、驚くのも無理はない。しかし、このマコト様の眼は欺けないのだ!」
自信満々な堂々とした振る舞いは一種のカリスマを伴っており、聞き手に“そうなのかもしれない”と思わせる凄みがあった。
……膝の上にイブキを乗せていなければ、という条件下であったのならばだが。
残念ながら、今のイブキを撫でくり回している彼女からは威厳の“い”の字も見当たらなかった。代わりにイブキの“イ”の字はあったが。
ここはゲヘナ学園は生徒会、
非常にシュールな光景ではあるが、中々に重要な案件で話し合っている、そんな会議の真っ只中である。
────────
ゲヘナ学園行きの列車を降りた先生たちは、早速の歓迎とばかりに銃撃戦に巻き込まれた。
それはもう大規模な銃撃戦であった。
暴れている生徒はざっと数えるだけでも20近い数になっており、鎮圧に出向いている風紀委員の数もそれに応じた規模になっていたと言えば、多少はその程度が伝わるだろうか。
まさしく急転直下と呼ぶべき展開であるが、そこはこれまでのキヴォトス生活で十分な経験値を積んだ先生。
すぐに気を取り直し、一緒に来ていた生徒とその場の風紀委員全員の指揮を執る事でどうにか騒動を収める事はできた。
しかし、暴れていた生徒には片手で数えられる程度だが万魔殿や風紀委員会の制服を着た生徒も混ざっており。
想定よりもさらに深刻そうな状況だというわけで、元々風紀委員会の方で協力してもらう予定だった生徒とはその場で別れ。もう一人の生徒────つまりは万魔殿の方で協力してもらう予定だったリオを伴って、先生は議事堂へと向かったのだった。
何はともあれ、マコトの暴走は可能な限り早く止めなければならないと判断したからである。
その後も、どこからかテr…………温泉開発による爆発音が鳴り響いたり*1、目の前を誘k…………美食研究会と一緒にどこかへ向かうフウカが通り過ぎたり*2、得体の知れないパンちゃn…………化け物が中庭の草花の陰から飛び出してきたり*3と中々に濃い経験をしながら、先生とリオは万魔殿の議事堂へと辿り着いた。
なお、ゲヘナで関わりのある生徒が風紀委員会ぐらいであった先生や、普段は規律立ったミレニアムで過ごしているリオはとんでもなく疲弊したそうな。
とはいえこれがゲヘナ学園であるのだし、早いうちに経験できたのは寧ろ良かったのかもしれない。
…………良かったのか?
「…………なんというか、凄い場所ね。情報自体は知っていたけれど、ここまでとは思っていなかったわ」
「………………そうだね」
なんてどこか辟易としたように言葉を交わす二人であったが、そんな彼らを出迎える生徒の影が一つ。
「お待ちしてました。シャーレの先生と、その補佐の調月リオさんですね」
モサモサというような表現が似合うボリューミーな臙脂色の髪と、小柄な体躯。着崩された制服や気だるげな声が特徴的な、万魔殿の一員。
この生徒こそ────
「初めまして。君が依頼人のイロハ……で、合ってるかな?」
「はい、合ってますよ。それじゃ、さっさと行きましょうか」
そう言って施設内を先導するイロハ。
ダウナーな雰囲気とは裏腹にしっかりと先生の案内という仕事を熟す彼女だが、果たしてそれは元々そういう生徒なのか、それとも今は余裕が無いからなのか。
どちらにせよ、いつも通り自分のできる限りを頑張ろうと意気込む先生に、慣れたようにスイスイ進むイロハから質問が投げかけられた。
「そういえば、少し到着が遅れてたみたいですけど……」
「ちょっと騒動に巻き込まれちゃって、ごめんね」
「サボりではなかったんですか」
「ちがうよ!?」
「冗談ですよ」
なんて会話をしながらも進むこと数分、とある部屋の前でイロハが足を止める。
他の部屋よりも豪華に装飾された扉を見るに、おそらくここが目的地なのだろう。
しかし、前に立つ臙脂色の少女は扉に手もかけずに立ち尽くしたまま。
「えっと……入らないのかしら?」
「いや~、そのですね」
その事に疑問を感じたリオの言葉にも、彼女は歯切れ悪く答えるのみ。
いよいよもって先生たちが不審に思った辺りで、唐突に扉が開かれた。
勢いよく開かれたことで額を打ったイロハが「あだっ」と言うのを聞きながら見たその先には────
「ぎゃおー! キキッ、たーべちゃうぞー!」
「きゃー!! マコト先輩に食べられちゃうー!」
銀髪の長身な少女が鋭い目を幼げに細めて手を広げている様と、キャッキャッと無邪気に笑いながらその少女から逃げ回る金髪の幼女という、何とも言えない光景が広がっていたのだった。
「はぁ、やっぱりこうなってしまいましたか」
「…………えーっと、これは?」
「マコト先輩を抑えると言っても四六時中できるわけじゃないので、人を割けないタイミングはサツキ先輩の催眠術で対応してたんです」
「さいみん、じゅつ…………?」
酷くめんどくさそうに口を開いたイロハの説明を聞いてから、再び室内へと眼を向ける。
「じゃあ次はイブキがマコト先輩をたべちゃうぞー!」
「キキキッ、捕まえられるかなー?」
何度もマコトと呼ばれているという事はつまり、あの銀髪の少女がゲヘナ学園の生徒会長という事で……。
背後でリオが静かに絶句しているのを感じながら、先生は曖昧な笑みを浮かべるのだった。
────────
さて、先生が到着したという事で改めて万魔殿の中核メンバーが揃えられた室内。
サツキにかけられた催眠術も解かれ正気に戻ったマコトを取り囲むようにすると、ちょうどマコトに対面するようにしたイロハが口を開いた。
「……で、いい加減何をやろうとしてるのか教えてくれませんか? マコト先輩」
「キキッ、既に何度も言ってるだろう? カイザーコーポレーションをこのマコト様の傘下に加えてやるのだ!」
「いや、聞きたいのはそこじゃなくてですね……具体的な計画の詳細とか、その辺りを教えてほしいんですけど。ただでさえ最近ごたごたしてるのに、余計な事されてこれ以上仕事増やされたくないんですよ」
うんざりしたように溜息交じりでそう語るイロハ。
それを受け、マコトの表情は今さらそんな事をまだ言っているのかというようなものへと変化した。
「なんだ? まだ把握してなかったのか?」
「マコト先輩が『外部に漏れるとマズいから』だとか言って何も話さなかったんでしょう……」
「む、事実として他の連中に知られるより先に動かなければマズいんだから仕方ないだろう!? というか、いい加減解放しろ! 協力者がいなくとも、たとえ一人ででも私は成し遂げてみせるぞ!」
ジタバタと包囲網を抜けるために暴れようとし始めたマコトだが、今回のイロハには焦る色は無い。
既に打てる手の中で最良の一手を打った後だからである。
「マコト先輩、この人は誰だと思いますか?」
「誰だ? …………!? なぜ部外者がここに入り込んでいるんだ!?」
「この方はシャーレの先生です」
その言葉を聞いた途端に、先生へ向けられていた視線が不審者を見るものから値踏みするものへと変化する。
腐っても生徒会長と言うべきか、先ほどまでのギャグのような空気は鳴りを潜め、そこには一つの組織・一つの自治区を率いるリーダーの姿があった。
「……ほう。それで、先生を呼んでどうしようというのだ? クーデターか?」
「なんで私がそんなめんどくさい事しないといけないんですか…………」
とはいえ、イロハの思惑としては最悪の場合はシャーレの超法規的権限を借りてマコトの身柄を拘束する事も想定しているため、マコトの予想もあながち的外れではないのだが。
そんなイロハの計画を知ってか知らずか、マコトは「これは、むしろシャーレを巻き込んだ方がうまく行くか?」と小さく呟くと、ややあってから口を開いた。
「いいだろう、そこまで聞きたいのなら仕方ない。このマコト様の計画を教えてやろう!」
「あ、そういうのいいんで。さっさと話してください」
「お、おう……」
なお、ようやく生まれたシリアスな雰囲気はいつも以上に辛辣になったイロハによって速攻で破壊された。相当ストレスが溜まっていたらしい。
ここ数日は色々とごたごたしているせいで比喩でなく普段の二倍近い仕事量になっている上、上司が暴走して余計なタスクを増やし回り、さらには癒しであるイブキまでマコトの対策に充てているせいで一緒にいられる時間が減っているのだ。
少しばかりやさぐれてしまうのも仕方のないことであろう。
そんなわけでようやく自身が掴んだ情報についてマコトが口を開き、冒頭の場面に至ったというわけである。
「正確には違うだろうが、カイザーコーポレーションが妙なモノをばら撒いているのは間違いない。まったく、このマコト様の庭でバレないとでも思っているのか? アイツ等は……」
「えっと、ちょっと待ってください。カイザーコーポレーションってあのカイザーコーポレーションですよね? 手広く事業を広げている」
「どうしたイロハ。何をそんな驚いているんだ?」
「いや、予想の数倍ぐらい物騒な話だったからですけど…………本当なんですか?」
やにわに動揺し始めた一同を他所に、マコトは平静を崩さずに────但し、イブキが肩車のように頭に乗っているため姿勢は崩して────言葉を返す。
「しばらく前の騒動で連中が結構なダメージを受けたのは知っているだろう? どうやらその巻き返しを図ってコソコソしていたらしいが……キキキッ、このマコト様の諜報力の前では無意味だったようだな!」
「ちょっと、聞いても良いかな。その情報を掴んで、マコトは何をしようとしていたの?」
想定よりもかなり大きそうな事態に、先生がマコトへと問いを放つ。
その質問に気を取り直した他の面々も、固い表情のままだがマコトの方へと顔を向けた。
「いい質問だな、先生。もしこの情報を公開されたら連中がどうなるかは想像できるだろう? つまり、このネタさえあれば奴らは私に逆らえなくなる! 実質的にカイザーコーポレーションを手中に収めることができるのだ!! どうだ先生、素晴らしい計画だろう!?」
そんな一同に対して、自信満々に100%アウトな計画を宣言するマコト。
カイザーでさえ基本的に打つ手はグレーゾーンの範囲に収まる物だというのに、初手からフルスロットルに違法な方法である。
当然ながら渋い顔をする先生だが、それが見えていないのかマコトは嬉々として「先生の協力もあればこの計画は成功間違いなしだろう! どうだ、手を組まないか?」と語り続ける。
と、そんな流れを切るようにイロハが口を開いた。
「マコト先輩、完全に違法ですよその計画。それと、物的証拠とかは押さえてるんですか?」
「……? 必要か? 奴らがゲヘナで余計な事をしてるのは事実なんだし、別に無くとも問題無いだろう」
「大アリですよ! それ、下手したらこちら側が名誉毀損で突き出されますよ!?」
「そうなのか!?」
「逆になんでそこまで情報集めといて最後だけ抜けてるんですか!? バカなんですか!?」
眼をクワッと見開いて驚愕を露わにするマコトと、呆れた顔でそれに怒るイロハ。
そんな実にゲヘナらしい形で、万魔殿と先生、そしてリオのカイザーコーポレーション捜査作戦は始まったのだった。