【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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独自解釈マシマシ。
解釈違いにご注意を。


偉大な議長には遠くとも

 “とりあえず出ていった二人を探そうか。ホシノは風紀委員の子たちと一緒にヒナを、リオは万魔殿の子たちとマコトを探してほしい。”

 

 そんな先生の言葉に従い、まずは万魔殿のメンバー……可能なら話が通じやすいイロハなどに現状を確認できればと万魔殿議会へと歩を進めたリオ。

 少なくとも誰かしらとは会えるだろうという考えの基の行動であったが、しかし初手から彼女の思惑は崩れることとなった。

 

 

 誰にも会えなかったのか?

 否。否である。

 

 少しばかり時間はかかったが、お目当てのイロハを見つける事はできた。

 それだけでなく、チアキとサツキまで発見できたぐらいである。

 

 では、何が誤算だったのかと言えば────

 

「…………」

 

 屋上のラウンジにて、黄昏るように景色を眺めるマコトまで見つけてしまった事だろう。

 

 

 

 

 

「えっと……それで、これはどういう状況なのかしら」

 

 屋上の出入り口からマコトの様子を窺う三人に小声で話しかける。

 傍目から見れば怪しさ満点ではあったが、どうにもコソコソしているつもりのようであったからだ。

 

 が、どうやらその気遣いは逆効果であったようで。

 ビクッ、という擬音が似合いそうな────それこそ、キュウリに驚く猫そっくりに反応する三人組。どうやらマコトの方を見るのに集中するあまり、接近に気付かれていなかったようだ。

 

 その様子に思わず吹き出しそうになったのだが、さすがにそんな場面ではないと気を取り直した辺りで現状の説明がなされる。

 要約すると、会議室を出た後しばらくはマコトを問い詰めていたのだが、『一人にしてくれ、頼む』とかつてないほどのガチトーンで言われたためどうするべきか分からなくなった、というのが事の経緯のようだ。

 

 

 その説明を聞いてリオが考えるのは、この後の行動をどうするのかという議題。

 選択肢はいくつかある。

 

 例えば、とりあえず先生への状況説明も兼ねた連絡だけは行って、マコトが話してくれるようになるのをイロハ達とここで待つとか。

 あるいは、そのまま先生に頼んでマコトがなぜあんな事を言ったのか聞いてもらうとか。

 

 もしくは…………自分が聞きに行く、とか。

 

 

 正直、一番丸いのは最初に挙げた手だろう。

 何がどう転んでも波風は立たない。

 

 二つ目の選択肢もまあ、良手と言えるだろう。

 生徒に関わる問題ならば、先生はきっとうまく解決してくれる。なんならこちらから頼むまでもなく自分から進んで話を聞きに行くかもしれない。

 それぐらいはしてくれるという信頼が彼にはあった。

 

 では、最後の案はどうだろうか。

 候補として思い付いたから挙げてみたが、他二つに比べるとかなり微妙ではないだろうか。

 

 まず、イロハ達が拒絶されたというのに自分が出しゃばるのがよろしくない。普通は順序が逆だろう。

 それに、下手な事をして状況を悪化させるリスクもある。

 

 同じことを行うのでも、付き合いの長いイロハ達がやるのと付き合いの浅い自分がやるのとでは印象はまるで違ってくる。わざわざ自分がやる事ではない。

 

 

 やる事では、ない。

 

 

 だというのに何故だろうか。

 マコトの方へ行きたいと、このまま指を咥えて見ていたくはないと思うのは。

 

 たしかに、自分が行くことのメリットが一切無いというわけではない。分かりやすく例えるのなら、当て馬という表現が適切だろうか。

 成功すればよし、失敗したとしてもそれを元にイロハ達が動くことができる。泥を被るのなら、これからも彼女と関わることが確実なイロハ達や先生よりも自分の方が良い。

 

 なんてもっともらしい理由を付けてみたが、やはり結局のところ一番は『多少なりとも仲良くなった相手なのだし、力になってあげたい』という想いなのだが。

 以前の自分では考えられないような判断基準だが…………はたしてこの変化は良い事なのか悪い事なのか。

 

 まあ、一先ずそれは置いておいていいだろう。

 結論は出たのだし。

 

「私が行ってみるわ」

「え? いや、リオさんを信用していないとかじゃないんですけど────ってもう行ってる!?」

「失敗したら後は任せるわ。うまくやってちょうだい」

「ちょっ、なんかこっち来た時よりフットワーク軽くなってないです!? あなたそんな方でしたっけ!?」

 

 小声で叫ぶというなんとも器用な真似をするイロハの声を背後に、ラウンジへと足を踏み入れる。

 窓の無い開けた場所であるというのに、コツコツという音はやけに響いた。もしくは、緊張のせいで自分が変に意識している可能性もあるのかもしれない。

 

 沈み始めているとはいえ、橙の光を放つ太陽はまだ空に大きく姿を主張している。風も定期的に吹き抜けてはいるが、遮蔽も何も無い屋上。体感気温は、少しばかり高い。

 

 そんな中を進むこと数秒、いよいよマコトの隣へと辿り着く。

 

「リオ……か」

「ええ。…………どうしたのよ、そんなに沈み込むなんて。貴女らしくもない」

 

 設置された横長のベンチではなく、その少し奥へ添えられた机────おそらくは昼食などを置くためにデザインされたソレ────に片膝を立てて座り込んだまま、彼女は呟くように語った。

 相も変わらず顔はフェンス越しの景色へ固定されているため、その表情を窺い知ることはできない。とはいえ、声の調子だけでも大体は想像できてしまうものだ。

 

 それぐらい彼女の様子が珍しいという事でもあるが。

 

「私らしくもない、か。ハハッ」

「…………たしかに付き合いが深くは無いと自覚しているけれど。笑われたくはなかったわね」

 

 慣れない状況に失言してしまったと自分でも自覚しているがための抗議。

 照れ臭さか、珍しく口をとがらせている。

 

「いや、すまんな。馬鹿にしたわけではなくてな……まあ、自嘲のようなものだ」

「……?」

「にしても。調月リオ……ビッグシスターなどと揶揄されていると聞いたが、随分と情報と違うものだ」

「…………知っていたのね」

 

 思っていたよりも会話が続くことに安堵しかけた瞬間の言葉に、知らずリオの表情が苦々しく変化する。

 自分の()()が広まっている事自体は承知の事実だったが、こうして突き付けられると中々良い気はしない。

 

「流石にその程度の情報収集はしているさ。当然だろう? ……まあ、実物はかなりの別物だったんだがな」

「そう、かしら」

「ああ。感情論を解さず、冷酷無比な合理主義者。おまけに秘密主義でもある…………なんて話だったんだがな。いざ蓋を開けてみれば、合理主義的ではあるが他人の事を考えられ、さらにその高い能力を周りに合わせて活用する術まで身に付けている」

「なんというか……照れくさいわね、こうして言われると」

「ただの事実だ。本当に、お前も眩しいな」

 

 最後に呟かれた気になる言葉に視線をマコトの方へ向けたが、立っている自分と座っている彼女という位置関係も相まって、やはりその表情はうまく見えない。

 帽子をかぶっている、というのも大きいのだろうが。

 

「……調月リオ。空崎ヒナについて、どう思った?」

「それは、どういう」

「そのままの意味だ。あいつを見てどう思ったか、それを聞きたい」

 

 先ほどから見られる、常とは異なる彼女の調子。

 文脈もへったくれもない質問もあり、その雰囲気には疑問を覚えるが。とりあえず、リオは素直に答えることにした。

 

「そうね……月並みな表現ではあるけれど、『凄い』というのが一番の印象かしら。冷静で的確な判断力、独自の情報網による諜報力、それに圧倒的なまでの武力。まあ、私はカメラ越しの映像でしか見ていないのだけれど。…………総じて、あらゆる分野において優秀な人物、といった感じかしら」

「そうだろう。ああ、空崎ヒナ────アイツは眩しいんだ」

 

 再び現れた“眩しい”という気になるフレーズ。

 それを語る彼女の調子からすると、きっとその言葉が彼女にとって重要な……核となるものなのだろう。

 

「ゲヘナで生活する者は、必ず一度はアイツが戦う姿を目にすることになる。まず間違いなく、な」

「まあ、そうでしょうね。治安維持組織のトップなのだし」

「ああ。冷静沈着で仕事に真摯、そして他校にまで轟く武力。それでいて驕ったりもせず、部下からの求心力も非常に高い」

 

 風紀委員長であるヒナとは険悪な仲で有名なマコトが、ここまで彼女を高く評価している。少しばかり、意外だ。

 

「意外だ、とでも言いたげだな」

「いや……いえ、少しそう思ったわね」

「構わん。そのぐらいの自覚はある。だがまあ、アイツが極めて優秀であるというのは紛うこと無き事実だ」

「そうね。それは否定できないでしょう」

 

 流石に他校にまで名の知られる存在が優秀でないとは言えない。

 自分が見た限りではあるが、その評判に噓偽りは無いようであるし。

 

 なんとなく────本当になんとなく、その言葉へ同意を示すのが悪手なような心地を受けながらも、嘘を言うわけにはいかないと返事をする。

 はたして、その結果は。

 

「そうだ。アイツは、やろうと思えばすぐにでも生徒会長(トップ)に立てるぐらいには優秀なんだ。だからこそ────

 

 

 ────私はアイツが恐ろしい」

 

 

 ……? 今、マコトは風紀委員長が恐ろしいと言っただろうか?

 これまでと変わらない調子で告げられたために、そのまま流しそうになってしまった言葉。

 

「空崎ヒナがトップに立とうと思った時、それに反対する存在はどこにもいない。むしろ(みな)が進んで協力するだろう。そして、それはトップに立った後にもきっと続く。それだけの実績がアイツにはある」

 

 眼下の喧騒も薄れ、風の()だけが耳朶を叩くような空間で。

 彼女は静かに語る。

 

「アイツが言うのなら、と殆どの生徒は従うだろう。それだけの信頼がアイツにはある」

 

 そこに感動は無く。

 そこに動揺は無く。

 ただ淡々と、事実を並べるみたく彼女は語る。

 

「だが…………もし。もし、そうなったとして。ゲヘナはまともでいられるのか? 全てが一人の思うままになって、その先に破滅が待っていないと誰が保証できる?」

「マコト……」

「分かっている。分かってはいるんだ。空崎ヒナがそんな事をするわけがないと。これはアイツの眩しさに目を灼かれた私の、醜い被害妄想だと」

 

 かぶりを振るように、くたびれた声は空に溶ける。

 いつも自信満々に、尊大に振る舞っていた彼女の核心。生徒会長として、自分よりもよっぽど優れていると思える人物を目の当たりにした事で溢れ出したソレ。

 その思いは、危機感はきっと正しいけれど、どこまでも残酷に間違っている。

 

「…………もしかして、風紀委員会を目の敵にしていたのは」

「ただの、的外れな癇癪のようなものだ。笑ってくれるぐらいが丁度いい」

 

 実際に乾いた笑いを零しながらの言葉。

 それを聞いて、リオは────

 

 

「シャキっとなさい、羽沼マコト」

 

 

 なぜか、とてもイラついた。

 

「マコト、貴女は馬鹿ね。それも、とびっきりの大バカ者よ」

「いや、流石にそこまでは言わなくても…………」

「世の中に失敗しない人間なんているわけが無いでしょう」

 

 スルスルと紡がれる言の葉は、まるで流れるみたくとめどない。

 一周回って冷静になった脳がぼんやりと『どうやら今自分は彼女の調子に腹が立っているらしい』なんて分析するのを感じながら、そのままにリオは続きを語った。

 

「超人だなんて表現された連邦生徒会長だって今は失踪しているし、私だっていくつも失敗を重ねてきた。……貴女も知っているようにね」

「……」

「薄っぺらいようだけれど、結局のところ一番大事なのはその後に何をするのかよ。3年生だとしても、私たちはまだ学生なの。取り返せない失敗なんてそうそう無いわ」

 

 もはや開き直り染みた考えだが、悲観的に考えがちな自分にはきっとこれぐらいが丁度いい。

 そしてそれは、きっと今の彼女にも当てはまる。

 

 そんな想いと共に放った言葉だったのだが、しかしどうやら事は目論見通りには行かなかったようで。

 

「…………やはり、お前は凄いな。調月リオ」

 

 暗に自分とは違うと告げる返答が、その結果を如実に表していた。

 

 が、送った言葉が逆効果になったのはお互い様。

 いつまでもウジウジしたままのマコトの呟きに、いよいよリオの眉根には深い皺が刻まれ、瞳は端の方が吊り上がるように力が籠められ、そして頬の辺りはヒクヒクと痙攣し始めた。

 

 

 端的に換言すれば、リオはブチ切れたのだった。

 

 

「────っ、あのねぇ! 貴女はさっきから私を凄い凄いって言うけれど、そんな事を言いはじめたら私だって貴女が羨ましくて仕方ないわよ!」

「……へ?」

「無茶苦茶なことしても付いてきてくれるぐらい部下と信頼関係を築けていて、楽観的にいられるぐらい能天気で、伸び伸びと好きに振る舞える環境があって、仕事を差配する能力は高いし、なんだかんだ他の能力も高いし! ああ、もう!!」

「…………はぇ?」

 

 一息に言い切った反動でぜぇはぁと肩で息をしながらも、ポカンと見上げてくるマコトへキッと睨むように視線を向けるリオ。

 顔がほのかに色付いているのは、きっと茜の夕陽のせいだけではないのだろう。

 

 

「結局のところ、隣の芝生は青く見えるってやつよ。私にしてみれば、貴女だって羨むには十分すぎるもの」

 

 

 改めて周りに目を向けるようになって感じたコト。

 無価値だと思っていた事には確かな意味があって、人が十人居ればそれだけの種類の良さ(いろ)があって────そして、自分の色は随分と寂しい単色であった。

 

 それだけで自分のこれまでの道程は無価値だったなんて断じたりはしないけれども。やっぱり、ちょっぴり残念に思ったり、羨ましく感じたりはする。

 ゲヘナに来てからは、それはより一層顕著だった。

 

 ミレニアムとは違い、規則よりも自分の想いを優先する沢山の生徒たち。

 もちろんそれ自体を好ましく思ったりはしないが、それはそれとして受ける印象は鮮烈になる。これまでに見た事のなかったタイプの人間だから。

 

「人間、誰にでも欠点はあるものよ。それと同時に良い所もね。どちらかしか無い人間なんて存在しないの」

「…………」

「というか、貴女がいつまでもそんな調子だと私の立つ瀬が無くなるのよ。私なんて生徒のヘイローを破壊しようとしていたし、下手すればミレニアムを滅ぼしかけていたのよ?」

 

 あの時、なぜかエリドゥ中央タワーの管制室にあった有線用の接続ポートはすべて破壊されていた。

 けれども、後から考えてみれば。もし一つでも接続ポートが残っていれば、そこからエリドゥ全域がケイに乗っ取られていたかもしれない。

 

 あの時、ケイはプロトコルATRAHASISを実行しようとしていたのだ。

 そんな彼女の手にエリドゥというリソースの塊が渡っていたらどうなっていたか…………あまり、想像したくはない。

 

 

 おそらく、そこまでの情報は得ていないだろうが。

 それでもたしかな実感が籠められた言葉には効果があったようで、マコトの表情が僅かに変化する。

 

「しでかした事はどうにもならない。過去は消えたりせず、ただずっと自分の後ろを付いてくるだけよ。そして、世界は私たちの後悔に足を止めてくれるほど優しくはない。……最後の最後で突き放すようだけれども。それに足を取られるか、『それでも』と糧にして前へ進むかはあなた次第よ。マコト」

 

 言外に『お前はどうするのか』と告げる問いかけに、迷いながらも白銀の少女は顔を上げる。

 ならば、後は火種(きっかけ)をあげればいいだけ。

 

 だって、きっと彼女が求めていたのは。抱えていた迷いを聞いて、その上で道を示してくれる誰かなのだから。

 そして、既にその役割はほぼ完了している。

 

 

「それとも…………キヴォトスを征服するだなんて大言を吐いていた万魔殿議長さんは、たった一度過ちを自覚しただけで折れるような人間だったのかしら?」

 

 柄にもなく贈られた煽り言葉に、マコトの眼が見開かれる。

 そのまま見つめ合うことしばし、やがて小さく笑ったかと思うと彼女は勢いよく立ち上がった。

 

「キキキキッ! 言ってくれるじゃぁないか、リオ! ならば見せてやろう、このマコト様の覇道をな!!」

 

 普段と同じような言葉。

 しかし、それが普段とは違うことは。強がりが多分に含まれていることは明らかだ。

 

 だが、それがどうしたという意も籠めて彼女は高らかに笑う。

 その声は、青から橙に移り、遂に月光藍にまで染まり始めた空へと吸い込まれていったのだった。

 

 

 

────────

 

 ポツポツと設置された街路灯が、冬の星座みたく頼りなく夜闇に瞬く夜。

 

「────あ」

「────む」

 

 ゲヘナ学園本校舎、その正面玄関前にて二つ分の声が響いた。

 

 片方は、小柄な体躯と地に付きそうなほど伸びた白髪が特徴的な少女。

 周囲に友であり部下でもある風紀委員会の少女たちが連れ添っている。

 

 もう片方は、対照的に高い身長と白銀のストレートヘアが特徴的な少女。

 周囲には、これまた友であり部下でもある万魔殿の少女たちを引き連れていた。

 

 

 ヒナたちの側はなぜこんな場所で万魔殿と出会すのかという困惑、それに僅かばかりの隔意で。そして、マコトたちの側はマコトたちの側で想定外の遭遇や数時間前にやらかした事への負い目に。

 どことなく気まずげな沈黙が場に満ちる。

 

 ともすればそれはこのまま永遠に続くのではと思わせる程であったが、一人の少女が動いたために案外早く終わる事となった。

 

 その、少女とは。

 

「すまなかった。空崎ヒナ」

 

 誰よりも尊大に振る舞うことが常であるはずの、羽沼マコトその人であった。

 

「…………!?」

 

 もはや直角に至るのではと思わせるほどに頭を下げるマコトに驚愕する一同。

 風紀委員の彼女たちは、まさかそんな事をされるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「今回の────いや、これまで風紀委員会が受けた不当な扱いについては、すべて私に責任がある。すべて、私の的外れな思いによるものだ」

 

 そんな彼女らの驚愕が覚める間もなく、マコトは続ける。

 

「私は、ずっとお前が恐ろしかった」

 

 そうして語られたのは、『万魔殿議長羽沼マコト』の影に隠し続けてきた彼女の思い。

 誰にも見せなかった自分の弱さ、そして過ちの象徴。

 

「誰にも負けないその力が。何でもできるその能力が。あらゆる者たちから向けられるその信頼が。まるで弱点など無いのではと思わせるその姿が」

 

 マコトは頭の回転は悪くない。

 詰めの甘さや直情的なきらいが見られはするが、決して馬鹿ではない。

 

 だから、自分よりも彼女の方が優れている事などとっくのとうに理解していた。

 そして、それを受け入れた上で『それでも』と進む意味を……その強さを教えてもらった。

 

「きっと私より────いや、大半の生徒よりもお前の方が優れている。だからこそ、私はお前が怖かった」

 

 故に、彼女は謝罪するのだ。

 顔を上げて、胸を張って、誰よりも堂々と自分らしく進むために。ケジメをつけるために。

 

「いずれお前がトップに立とうとするのではないか。その時、誰にもお前を止められないのでは────誰もお前を止めようと思わないのではないか。誰にも止められなくなったゲヘナは、いつか決定的な破滅に陥るのではないか、と」

「…………っ!」

 

 息を吞む音は、はたして誰からか。

 普段の振る舞いからは予想できない言動の数々に、アコやイオリ、チナツは何も言い返せなくなってしまった。

 

 会議室での無礼について、徹底的に抗議してやろうと思っていたのに……いざ目の当たりにしてこんな事を言われてしまったら、何も言えないではないか。

 そんな愚痴めいた思考が脳裏を過ぎる。

 

 もちろん、彼女の語る言葉に瑕疵が無いわけではない。

 まさか委員長がそんな事をするわけが無いだろう、とか。まあ色々とツッコミどころはある。

 

 ただ、彼女は彼女なりに考えていたという事実が。

 その懸念は確かに考えさせられる内容であったという事実が。

 

 無責任に責めることを許さなかった。

 

 もちろん、それで妙な事をされては堪ったものではない。

 何を今さら、とも思う。

 

 彼女の嫌がらせで、どれだけ自分たちが苦労してきたか。その事を思えば、何も言い返さないままでは気が済まない。

 

 それでも。どんな言葉を選ぶべきか、なんて言うべきか、考えなければと思わされてしまった。

 

 それぐらい、今のマコトの態度は真に迫っていた。

 

 

「これは所詮ただの言い訳にしかならないと分かっている。だから、これは許してもらうための謝罪ではない。自分の中でケジメをつけるため────そして、贖罪としてこれからの行動を正しいものへと改めるためのモノだ」

 

 そのまま、コチラが何も言わない事を良い事に彼女はそんなことまで言ってのけた。

 要約すれば、『謝罪は受け取らないでいい。許されようとは思っていない』という事だ。

 

 

 

 ────ああ、そんなのは。

 

 そんなのは……ズルいじゃないか。

 勝手に振る舞って、勝手に反省して、勝手に謝罪して────そのまま勝手に進もうとしている。自分を責めたまま。

 こんなでは何も言えないではないか。

 

 ここから更に責めてしまえば、「許してやる」と言わなければ自分たちが悪役になってしまうではないか。

 

 今さら。今になって。

 

 そんな事を思ったのは誰であったか。

 少なくとも、アコは怒りを籠めた恨めしい視線をマコトに向けていた。

 

 けれども、それはアコだけでは無かったろう。

 

 イオリも、チナツも、そしてもちろんヒナも。

 大小の差はあれど、これまでマコトの横暴に苦労させられてきたのだ。故に、その想いは決して筋違いな恨みではない。

 

 

 再び、場を沈黙が満たす。

 誰も何も語らず、ただ自分の感情を嚥下しようと咀嚼する時間。虫の音がいやにうるさく聞こえる。

 

 だが、一度目の静寂を万魔殿のリーダーが切り裂いたのなら。

 次のコレは、やはり彼女が終わらせるのだろう。

 

「マコト。顔を上げてちょうだい、そのままでは話し辛い」

「……分かった」

 

 常と同じ、怜悧で平坦な声。

 今ばかりは、そこに感情の色が乗せられていないことがむしろ恐ろしい。

 

「あなたが何を思っていたのか、そして何故あんな事をずっとしてきたのかは大体理解できた」

「…………」

「その上で言うわ。あなたを赦す、とは言えない。軽々にそれをするには、風紀委員会(私たち)万魔殿(あなた達)との溝は深すぎる。きっと私が赦すと言っても納得できない子が沢山いる」

 

 唇を噛みしめるように、静かに悔恨を飲み下すマコト。

 けれども、ヒナの言葉はそれで終わらなかった。

 

「だから、あなたの謝罪は受け取れない。受け取るわけにはいかない────けど、これからのあなたの動きは見させてもらうわ」

「……っ!? それは」

「いつ来るのか……本当に訪れるのかは分からないけれど、いつか風紀委員みんなが赦そうと思えるようになれば」

 

 俯きつつあった顔を上げたマコトと、目を合わせて。

 

「その時は、あなたを赦すわ」

 

 ヒナは、そう言った。

 

「ありがとう。心から感謝する、空崎ヒナ」

「まだそれは早いわよ、羽沼マコト」

 

 以前よりも遥かに険の取れた調子で言葉を交わす二人。

 そうして、どちらからともなく差し出された手を握り合う────

 

 ────瞬間に、それぞれの懐に入れられた端末が鳴り響く。

 

『い、委員長!! ゲヘナ各地で奴らがっ! 温泉開発部がカイザーと衝突しています!!』

『ぎ、議長!! 市街区で奴がっ! マクガフィンがカイザーPMCと戦闘していると通報が!!』

 

 それぞれ部下からの連絡を聞き届けると同時に、校舎近くで起きた爆発が、鮮やかな火柱を上げると共に空気を震わせた。

 

「…………」

「…………」

 

 何とも言えない表情で顔を合わせる。

 ため息が漏れたのは、どちらが先だったのか。

 

 正面玄関から慌てて先生が駆け出してくるのを横目に確認しながら、彼女たちは肩をすくめ合うのだった。

 

 




 詰めの甘さであったりが印象的なマコト様ですけど、実際に無能なのかと聞かれたらそれは違うと思うんですよね。
 なんだかんだ部下からの信頼は厚いですし、諜報力は滅茶苦茶高いですし、それにまがいなりにもあのゲヘナを崩壊させずに運営しているワケですし。絆ストーリーを見るかぎり(風紀委員会が絡みさえしなければ)マトモで大人な判断も下せるようですし。

 んじゃあなんであそこまでヒナを目の敵にしてるんだろう、って考えた結果が今話で書いたアレコレだったりします。まあゲヘナであんな人3年間も見てたら脳焼かれるよねっていう。
 まあもっとしょーもない理由で敵対視しているって言われても納得できそうなのがマコト様なんですけど()


最後になりましたが、勝ち越し さん、レッツゴー凡夫 さん、仙花 さん、評価付与ありがとうございました。
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