【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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とある可能性の幕開け

 間に合った…………のか?

 衝撃で飛びかけた意識を無理矢理つなぎ止めながら前を見ると、そこには顎を強かに打ち据えられたことで仰け反るビナーの姿が。そして、背後にはこちらを呆けたような表情で見上げるユメ先輩の姿が。

 

 ~~~~~っ!! 間に合った! 間に合ったんだ!!

 

 全身の痛みも忘れて思わずガッツポーズしそうになる。キヴォトスに来て、自分の神秘に気付いてからずっと考えていたことを成し遂げられたのだからそれも当然だろう。むしろ堪えた事を褒めてほしいぐらいだ。

 

 

 しかし、そんな浮かれた思考も辺り一帯に響くビナーの咆哮によって鎮められる。どうやらスタンから復帰したようだ。

 

「────上等だ」

 

 何かを確認するように俺を見下ろすビナーを睨み返しながら呟く。現時点で神秘は総量の4割ほどを消耗し、その上で身体もボロボロだ。万全の状態とは口が裂けても言えない。

 だがそれがどうしたと自分を鼓舞する意味も込めて、口角を上げる。獰猛に、不敵に、そして覚悟を決めて。

 

 

 一人きりの総力戦。その幕が今、切って落とされた。

 

 

 先手を打ったのはビナーの側だった。

 チャージ中に急襲されたことから学んだのか小規模な光球を生み出すと、それをとんでもない回転率で撃ち放つ。いわゆる通常攻撃であるが、ヘイローによる肉体の保護が無い彩土には一発でも致命傷となる。大技を放とうとしてキャンセルさせられたことを考えれば実に効果的な攻撃であろう。

 

 秒間一発以上のペースで襲い来るそれらに対し、しかし彩土に恐れる様子はない。むしろ、今の彼はかつてない程に落ち着いていた。

 

 

 ────右から1発、左から3発。なら右を防御しながら突き抜けて左を回避、すぐに反対へ飛びながら接近だな。

 

 

 縦横無尽に宙を舞い、無数の光弾を時に躱し、時に放出した神秘で防御しながら突き抜けることで彩土はビナーに接近する。そうして懐にまで潜り込めば、装甲の隙間目掛けての全力攻撃。

 すぐさまビナーがその巨体を振り回すため、それに合わせて離脱し再び接近する。

 

 戦闘を単調なルーティンに落とし込み、徹底的に自分が有利になるように立ち回る。今の彼の動きは戦闘訓練を一切受けたことが無いとは思えないほど洗練されており、最早一種の舞のようでさえあった。

 

 そんなまさしく天稟と言えるような立ち回りをしながら、しかし彩土の顔に浮かぶのは焦りの色。

 

 

 ────神秘の消耗が早すぎだ。このままじゃ確実に俺が先にガス欠になる。

 

 

 そう、継戦能力の差である。

 元々保有している神秘量に差があるというのに、自分はこの場に来るまでの経路で既に4割ほどを消耗していた。対するビナーは戦闘らしい戦闘もしていなかったためほぼ万全の状態。その差は歴然であろう。

 

 さらにそこに拍車をかけているのがダメージの与えやすさである。

 

 当然ながら、ビナーの身体は人間とは比べ物にならないほど巨大である。その動きに巻き込まれるだけで人間一人程度簡単に押しつぶせるぐらいには巨大なのである。

 遠距離攻撃を持たない彩土はそんなビナー相手に零距離まで接近しなければならない。必然、巻き込まれるリスクも跳ね上がり、それを避けるためには懐から早めに離脱せねばならない。そうなれば与えられるダメージも減少する。

 

 加えて、ビナーの防御タイプは『重装甲』である。

 その特徴は爆発・貫通・神秘(&特殊振動)属性からのダメージをそれぞれ等倍・2倍・1/2倍にすること。つまり、彩土の攻撃によるダメージは全て半減しているのだ。対して、ビナーの攻撃は先に述べたように一撃が致命傷となる。

 

 

 どちらが有利かなどというのは語るまでも無いだろう。

 

 

 というかゲームでは散々ネタにされていたとはいえ、ビナーは総力戦・大決戦ボスの内の一体である。有利な相性の生徒を編成した上で先生による指揮のもと戦うような相手であり、決して単騎で挑める存在ではない。ましてや彼はヘイローによる保護も銃火器などによる遠距離攻撃も無いのだ。時間制限があろうとも渡り合えている時点で十分異常だと言えよう。

 

 閑話休題。

 

 

 真綿で首を締められるように少しずつ不利になる現状を打破するには、何かしらのアクションが必要となる。それも半端な物でなく、一手で盤面をひっくり返せるような大きな物が。

 しかし、そんな彩土の内心を嘲笑うかのようにビナーは隙を見せない。『アツィルトの光』や『大道の劫火』、『浄化の嵐』といった溜めが必要なEXスキルを一切撃たず、愚直なまでに通常攻撃の光弾だけを放っているのだ。

 

 このままの流れでは自分が負ける。起死回生の一手を打とうにもビナーは一向に隙を見せない。そんな状況に少しずつ、だが着実に焦りが溜まり始める。

 蓄積された焦りは視野を狭め、狭まった視野は動きを乱れさせる。乱れた動きは更なる焦りを生み、そしてついに致命的な一瞬を生み出す。

 

 

 ガクン、と足が沈んだ。

 

 

 なんて言うことは無い。

 覚悟や分泌されたアドレナリンによって誤魔化されていたが、疾うに彼の身体は限界を振り切っていた。死者蘇生に伴う神秘の性質故にどうにかここまで駆動できていたが、それにも限度がある。

 痛覚が鈍っていた彼はそのことに気付けず、そのまま砂に足を取られて動きが止まってしまったのだ。

 

「マッズ────」

 

 当然ながらそんな隙を見逃すわけも無く、ビナーは口元にエネルギーを収束させ始める。すなわち、『アツィルトの光』の予備モーションである。

 それを認識した瞬間、体勢を立て直すのも後回しに、最適解を導くために脳が演算を始める。

 

 

 ────神秘による防御……不可。確実に神秘を突き破られて灼き尽くされるれる。

 

 

 ────先制攻撃によるチャージキャンセル……不可。今からじゃ間に合わない。

 

 

 ────回避……その後に継戦できるかは不明だが可能。ならどこに…………っ!!

 

 

 回避先を探す彩土の視界に映ったのは、自身とビナーの延長線上────すなわち、『アツィルトの光』の射線上で呆然としているユメ先輩。

 ここで自分が避ければ通り過ぎた熱光線はユメ先輩に直撃する。

 

 

 ────回避……不可。

 

 

 選択肢が完全に潰された。ビナーがこれを見越して戦況を動かしていたのだとすれば素直に脱帽である。

 そんな最早八方塞がりとなった状況で、遂に薪浪彩土は諦め────────なかった。

 

 

 ────迎撃……判断不能。だがこれ以外に選択肢が無いなら成し遂げるだけだ。

 

 

 右腕をまっすぐ突き出し、左手はその肘辺りに添えることで固定する。神秘を攻撃に込める────身体の外へと放出させるプロセスは飽きるぐらい見た。今の操作精度じゃロスは出るが、再現自体は不可能じゃない。

 全身を巡らせていた神秘を掌の先で凝縮させる。体内の神秘を外部に放出しつつ、しかし拡散や暴発はしないように圧力を掛けてその場に止める。その一連の動作を素早く、そしてロスが最小限になるように丁寧に。

 

 急いだ甲斐あってか、ビナーが『アツィルトの光』をチャージし切るのとほぼ同時に彩土の準備も完了する。

 

 

 ────ならば、後は打ち破るのみ。

 

 

「はああああぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!!!」

 

 橙の光線と青白い神秘の光が衝突し、まるで互いを喰らうかのように削り合う。

 拡散した余波だけで地は溶かされ、汚染され、たちまちに見るも無残な姿へと変貌する。もともと動植物が生息するには不向きな砂漠だが、果たしてこの辺りで活動できる生物はこれから現れるのだろうかと言わんばかりの有様だ。

 

 

 しかし、そんな眩く拡散する閃光に変化が訪れる。橙と白が半々であった色から段々と橙の成分が薄れ、青白い神秘のみが地を汚染するようになり始めたのだ。

 

 それが意味することは、すなわち彩土が押し込まれ始めたということ。

 

 手応えからそれを理解した彩土の顔が苦渋に歪むが、そんなことはお構いなしにビナーは『アツィルトの光』を維持し続ける。止める理由が無いのだから当然の話だが、それ以上にビナーはこの男の姿をしたナニカをここで仕留めなければならないと判断したのだ。

 

 本来キヴォトスでは見ないはずの男であることでも、自分と渡り合えるだけの戦闘能力を有していることでもなく、只々この存在を────この存在から感じる妙な気配を生かしておいてはならない、と判断したのだ。

 計算過程は不明。その正否も不明。『預言者』たる自分が何故そんな解を出したのか疑問はあるが、しかし決定は覆らない。この存在は神名十文字の道を妨げる障害であり────ともすれば『天路歴程』そのものを破壊しかねない“error”であるという解は揺らがない。

 

 

 故に、ここで滅ぼす。遍く可能性の一片に到るまで、全てを終着点へと消し飛ばす。

 

 

「────ッ!!?」

 

 その意志に応えるように『アツィルトの光』の出力が跳ね上がり、辛うじて保たれていた拮抗状態が崩れ去る。もはや目に見える速度で彩土の神秘は押し込まれ、刻々とその終わりが近付いていることを告げ始めた。

 

 それでもなお彼は諦めない。諦めないが、しかしその思いだけでどうにかできるほど現実は甘くないのだ。いよいよ彼の宿した神秘も枯渇しつつあり、感じる死の気配もより濃密なものへと変化し始めた。

 

 

 ────何か、何かないのかっ!?

 

 

 必死に打開策を探すが、生憎周りに広がるのは茫漠とした砂漠のみ。神秘の回復法など食事や睡眠といった休息以外に知らない。

 知覚範囲を広げても他の誰かの神秘は見当たらず、辺りにはさっきまでの戦闘で撒き散らされたものと俺、ユメ先輩、それとビナーの神秘……しか…………撒き散らされた神秘?

 

 思い浮かんだ手はただの博打。下手したら『アツィルトの光』が到達するよりも先に死ぬかもしれない。少なくともこれまで考えたことは無く、故に実験したことも無い。

 

 

 “大気中に漂う神秘を吸収する”

 

 

 言葉にすればそれだけだが、当然ながら大気中には他人の神秘も混ざっている。

 今回に関してはビナーの神秘まで大量に漂っているのだ。そもそも『神秘』が何なのかも分かっていない以上、拒絶反応が出る可能性は十二分にある。だからこれは策なんて上等な物ではなく、ただの博打でしかない。

 

 

 ────どうせこのままじゃ俺は確実に死ぬし、ユメ先輩も原作通りになる。なら、迷う要素なんざ微塵も無い。

 

 

 戦闘が始まった頃のように獰猛な笑顔を作ると、彩土は周囲の神秘を吸収した。

 途端に襲い来る異物感、嫌悪感、そして拒絶感。自分の物でない神秘に呑まれそうになりながらも、しかし彼の口角は下がらない。()()()()()()()()()()()()()と共にそれらの感覚は薄れた上、取り込んだ神秘を使えることが分かったのだから。

 

 

 神秘を背面、肩甲骨の辺りから吸収し、それを体内で変性させ、腕を通して再度外部へと放出。自分の肉体を一個の回路としてイメージし、その通りに動作させる。パターン化さえしてしまえば後は簡単だ。

 

「オオォォォォオオーーーッ!!!!!」

 

 魂から出されたかのような叫びと共に神秘の出力が跳ね上がる。ビナーの神秘も入り混じったそれは色合いを変え、白と銀河を思わせる黒の二色が絡み合ったような複雑なものとなり、先程までのそれが比でなくなるほどの輝きを放ちながら突き進み────

 

 

 ────遂にビナーを貫いた。

 

 

 

 

 

────────

 

 

「やった……のか?」

 

 今のタイミングでこのセリフは復活フラグになりそうだなぁ、などと思いながら掠れた声を出す。しかし答える存在は無く、辺りにはさっきまでの戦闘音が嘘のように静まり返り、視界を阻む砂煙の舞う砂漠が広がるのみ。

 そんな静寂に包まれた不気味な雰囲気に警戒を解くこともできず待つこと数分、ようやく周囲の景色が見えるようになってきた。

 

「これ、は…………」

 

 そうして見えた光景に、俺は何も言うことができなくなった。

 

 自身の前方、直線状に地面に刻まれた黒々とした傷。俺の神秘の光線は『アツィルトの光』とは違い熱は持っていなかったようで、砂が燃えたりガラス状に変質したりということは無かったが、それでも明らかに自然環境が壊滅していると一目で分かるような景色。

 

 それがまっすぐどこまでも続き、いよいよぼやけて見えなくなるという辺りに横たわるビナーの頭部。

 咄嗟に躱したのかその部分の純白の装甲は無事であるが、代償として胴体部分は俺の神秘が直撃したようで、7割以上がボロボロに崩れており見るも無残といった様相だ。

 

 と、おおよその状況を俺が把握した辺りで突如としてビナーのヘイローが灯ったかと思えば、そのまま奴は頭部だけで器用に砂を搔き分けて消えてしまった。どうやら逃げられたようだ。

 

 

 本来ならば仕留めきれなかったことを残念に思うべきなのかもしれないが、最早俺にそう思う余裕は残されていなかった。ここまでの道中とビナー戦とで体力も精神力も使い果たしたのだ。ここで撤退させられただけで十分だろう。

 

「でも、やれたんだ。ユメ先輩を守れたんだ……! ハハッ!!」

 

 ようやく実感が沸いてくるとともに喜びが体を満たしだす。

 声を出すだけで全身が痛むが────ビナーの神秘が()()()()()()()おかげでマシにはなったものの────元々体は内も外もボロボロなのだからそんなことは当然の事実であり、故にどうでもいいことである。

 

 今重要なのはユメ先輩を守れたこと、それだけだ。

 

 

 そんな思いと共に振り返った俺が見たのは────

 

「……………………え?」

 

 

 

 血を吐き崩れ落ちる、ユメ先輩の姿だった。

 

 

 

 なんで……? どうして? 何が、誰が……。違うそんな事よりもまずは応急処置を、でもどうやればそもそもお前はその術を知らないだろまずは病院へ運ばなきゃだけど間に合うのか違う間に合わせるんだ救けるためにここに来たんだから────

 文章にならない言葉の羅列が脳を支配する。

 

「あ、ああ」

 

 よろよろとした足取りで近付き触れたユメ先輩からは熱が失われつつあり、ヘイローは断続的に明滅していた。透き通った浅葱色の髪は血で染まり、その血が染み込んだ砂が嫌な臭いを立てる。

 そして、俺の右手はヌチャリとした赤黒い液体で染まり────

 

 

 

「ユメ……先、輩?」

 

 

 

 声がした。

 今この瞬間に決して聞こえてはならない声が。ゲーム時代にホームでいつも聞いていた声がした。

 

「どう、して?」

 

 一番好きだった生徒の声が、飽きるぐらいに聞いた声がした。

 

 ダメだ、見てはダメだ。本能がそう叫んでいた。理性も叫んでいた。なのに、俺は見てしまった。声が聞こえてきた方を。きっと()()がいる方を。

 

「……あ」

 

 橙と青色のオッドアイ。柔らかな桃色のショートヘア。瞳を思わせる形をしたヘイロー。そして、ユメ先輩を見る絶望に染まった暗い、昏い眼。

 それが、不意にこちらへ向いた。呑み込まれそうな昏い眼が、その奥に憎悪の火が灯った眼が、こちらへ向いた。

 

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁああっっっ」

 

 

 気付けば足が動いていた。全身の痛みも神秘の枯渇も、一切合切を無視して走り出していた。情けない叫び声を上げて、みっともなく瓦礫に躓きながら。

 

 つまるところ、俺は逃げ出したのだ。

 

 

 

────────

 

 気付けば俺はどこか見覚えのある廃ビルの中に居た。

 

「うぁっ……うっ…………うおぇっ」

 

 吐き気が止まらない。どれだけ吐いても、最早胃液だけが喉を焼くようになっても止まらない。

 その過程で何度喉や口内が酸で傷つけられようと、無意識レベルで操作された神秘が勝手にそれを癒す。それが耐えられない程の不快感をもたらす。

 

 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

 

「何で……誰がユメ先輩を…………」

 

────おいおい、まだ分かんねえフリすんのか。気持ち悪ぃなあ?

 

 不意に、俺の呟きに答える声が聞こえた。毎日聞いている、俺の喉から出るのと同じ声だ。

 

「うるさい」

 

────とっくに気付いてんだろ? じゃねえと“誰が”なんて言わねえよなぁ?

 

「だまれ」

 

────あの場にいたのはユメ先輩と、ビナーと、オマエだけ。そんでビナーはオマエが潰した。じゃあ残る可能性なんざ一個だけだもんなあ。

 

「…………っ!」

 

 そうだ。本当は分かっていたんだ。最後の瞬間、あの場にはとんでもない量の神秘が漂っていた。もともと俺やビナーの神秘は普通の生徒とは性質が違っていたのに、それらが混ざったことで明らかに有害だと分かるほどに変質した神秘が。

 あんな異様な神秘を取り込めばどうなるかなんて簡単に想像できる。そもそもこの世界には()()()()の攻撃が存在するんだから。

 

────オマエはそれを理解して、その上でホシノから逃げたんだ。気持ち悪い、さっさと死ねよ。

 

 本当に気持ち悪い。

 うん、でも、まだ死ねない。死ぬんだったらホシノに裁かれて死ぬべきだし、その前にこの世界線がどれかも分かっていないんだ。せめて始発点編までは見届けないと────

 

 

────こんな時にまで御為倒(おためごか)しで取り繕おうとするから救えねえんだよ気持ち悪い。それはオマエが死にたくないから言ってるだけだろうが。生徒たちを言い訳に使おうとすんじゃねえよ。

 

 …………っ! ああ、そうだよっ! 死にたくないんだ、もう俺はあんな感覚ごめんなんだよっ!

 

────ユメ先輩を殺したのにか? 笑えねえ冗談だな。

 

「……あ」

 

 意識して忘れるようにしていた感覚が蘇る。

 手足の指先から這い上がってくるように全身の感覚が薄れ、消え去る。だというのに楽にはなれず、断続的に正常になる意識が脳に激痛を入力する。

 少しずつ視界が曇り、匂いが無くなり、舌が痺れ、触覚が遮断され、最後まで音を拾っていた聴覚も使い物にならなくなり、やがて世界に独り取り残され。逃れようのない“死”に包み込まれ、だというのにそれがどうしようもなく心地よくて。そうして、眩しいぐらい暗くて凍えるほど暖かい方へ沈み込んで、俺が全て無くなる。

 

────そうだ。オマエがずっと恐怖している“ソレ”を、オマエはユメ先輩に味わわせたんだ。

 

「あ、あぁ…………」

 

────なのに自分は死にたくないだぁ? 本当に笑えない。まあ嗤えはするけどな。

 

 気持ち悪い。

 気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 死にたい。死にたくない。死ぬべきだ。償うべきだ。でも死にたくない。視界が揺れる。吐き気が止まらない。

 

 理性は今すぐに引き返して償うべきだと、死ぬべきだと告げている。

 感情は死にたくないと叫んでいる。

 

 どちらが正しいかなんて一目瞭然なのに、それでも俺の感情は死にたくないと叫んでいる。我ながら見下げ果てるほどの浅ましさだ。そう思うのに、この感情は一向に無くならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。数十秒か、数分か、それとも数十分か。

 けれどもやっぱり、答えはとっくに出ていたんだろう。だって俺はここまで()()()()()んだから。

 

 

────間違ってるって分かってるくせにまだ逃げんのか。ほんっとうに気持ち悪いな。

 

 

「ああ、自分でもそう思うよ。だけど、やっぱりこのまま償うんじゃ足りないんだ。それじゃキヴォトスに来た意味が、ホシノの目の前でユメ先輩を殺したことだけになっちまう」

 

 気付けばさっきまで聞こえていた俺を嘲る声が薄れていた。それはきっと、分裂しかけていた自我が元に戻ったっていう事なんだろう。

 

「それじゃ天秤が釣り合わない。だから、始発点まで────彼女たちに奇跡が訪れるまでこの身を使い潰して、最後にホシノに裁いてもらおう」

 

 もう大丈夫。迷いは消えた。さっきとは違い、覚悟もできた。

 

 そうして外に踏み出て漸く気が付く。どうやらここは俺が初めて降り立った場所だったようだ。

 …………始まりの場所、か。丁度良いな。

 

「今この瞬間から、俺は薪浪彩土(にんげん)じゃない。より良い結末のための機構────マクガフィン(舞台装置)だ」

 

 

 そう、全てはより良い終着点のために。

 そのために、俺は全てを捧げよう。

 

 ────貴女に裁かれるその瞬間を恐れ(望み)ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 えー、まず最初に一言。こんな風に描写してますがユメ先輩は死んでません。

 

 ユ メ 先 輩 は 死 ん で ま せ ん!!!!!(クソデカボイス)(大事なことなので(ry )

 

 といっても意識不明の重体ですし、意識が戻るのはかなり後……具体的には始発点編終わった直後ぐらいの予定なんですけども。

 んで次に、飛んできそうな「ユメ先輩救うのかと思ったら救えてねーじゃん! 期待したのに!」という指摘への言い訳をば。

 

 正直書いてて私もそう思った。

 

 思ったよりユメ先輩の心理描写とかビナー戦で筆が乗った結果、ここまでやって結局意識不明ってなんか違くない? ってのは私も思った。ので、そう思われるのは当然ですし、低評価も甘んじて受け入れる所存ではあります。でも暴言とかはやめてね? 普通に傷つくから。

 ただ、ここを変えるとこの先全部のプロットが崩壊する上、私の書きたい展開も書けなくなるので断腸の思いで当初の予定のままとしました。というのも、彩土君にはここで覚悟ガンギマリフラグを建てといてもらわないと色々とできない事があるんですよね。

 まあこうして理由を説明しても納得できない方はたくさんいらっしゃるでしょうし、それは私の力不足なので仕方ないと思ってますが。

 

 さてさて、彩土君あらためマクガフィン君は見つけた在り方を突き通して機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)にまで至れるのか……乞うご期待といった辺りで、今話は〆させてもらいます。

 次回以降も読んでくれる方がいらっしゃることを願っております。ではでは~。

 

 .24/10/16 追記

 かなり前ですが勘違いしてるっぽい人が居たので。

 作中のアヤト君の分析ですが、その全てが真実だと決まってるワケではありません。まぁもしかしたら正しいのかもしれませんが。

 あくまでもアレはアヤト君の主観における分析なのでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 アビドス砂漠の一角が未曽有の厄災に襲われたその日。月明かりどころかいかなる光も届かない地下深くにて。

 

 ────損傷率……72%。

 

 ────自己修復プログラムによる再構築……残存神秘の汚染により速度低下中。

 

 ────活動再開までの期間を試算……凡そ11年。

 

 ────残存神秘の解析……エラー。

 

 ────内部回路のセルフチェック……システムオールグリーン。

 

 ────残存神秘の再解析………………エラー。

 

 ────解析不能。理解不能。定義不能。

 

 

 

 ────Pathによる伝令を確認。

 

 

 ────────理解。

 

 

 ────対象の再定義……完了。

 

 ────残存神秘の再解析……3%完了。

 

 

 ────我々は預言者。神命を予言し、『天路歴程』を行く者の一柱。

 

 ────我はビナー。違いを痛感する静観の理解者。そして、彼の者こそ────────

 

 

 

 

 

 

 同時刻、砂に埋もれたアビドス旧校舎付近。

 

「ふむ、大規模な神秘の反応があったので来てみれば。これはこれは……」

 

 真っ黒なスーツを身に纏い、けれども致命的なまでに人間からかけ離れた“大人”が黒く汚染された砂漠を興味深げに調査していた。

 

「片方は第三のセフィラですか。しかし……もう片方は知らない神秘ですね。この辺りには詳しかったつもりなのですが」

 

 首から上は黒い陶磁器のような謎の物体。口と右目に見えなくもない位置に罅が入っているため顔があるように見えるが、はたしてそれは“顔”と呼んで良いモノなのだろうか。

 

「生徒の神秘とは違いますね、コレは。それに…………」

 

 しかし、事実として彼はこの砂漠を“見て”、自分の考察を“語って”いる。

 

「やはり……極限まで薄められていますが間違いない」

 

 ならばきっとそれは“顔”であり、彼は間違いなく一人の“大人”なのであろう。

 

「まさかこんな形で裏付けが取れるとは…………ククッ、素晴らしい。こうなれば計画も修正しなければなりませんね」

 

 今この場で行える調査を終えると、彼はその言葉を最後に立ち去る。当然ながら後に残されたものは何も無く、ただ物寂しい砂漠が広がるだけであった。

 

 

 ああ、だがしかし────彼の存在は刻まれてしまった。

 認識され、定義されてしまったのだ。僅かな誤差は、得てして時が経つほど大きくなっていくものである。

 

 はたして、“マクガフィン(薪浪彩土)”という異常値が入力されたこの世界はこれからどうなっていくのか。遍く奇跡が始まり行くのか、それとも(あら)ゆる絶望と共に終わるのか。

 

 

 アーカイブに記録されていない未知(これから)を知ることはできない。故に、間違いなく言えることは、ここが一つの始まりであるということだけであった。

 

 

 

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