【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 そろそろマクガフィン君の戦闘描写ちゃんとするかぁ、ってやったらとんでもなく伸びました。これでもいくつかの展開は断念したんですけどね。
 でも作者は一度書いた文章を削るって事を知らないアホなのでこのままで行きます(←おい)
 まあホシノとの因縁の対決だし、多少はね?



進む一歩、届かぬ一手

 

 

身体強化(b o o s t) 50%(half halt)

 

 トン、という決して重くはない踏み込みの音。

 舞い上がる粉塵。

 無秩序に爆ぜていた火の粉が何かに巻き上げられたかのように一方向へと揺らぐ。

 

「グッ────!?」

 

 その攻撃を防げたのは、紛れもなく唯の幸運であった。

 

 これまで潜り抜けてきた鉄火場の経験たちが盾を構えなければと直感を吐き出した直後、重い衝撃が全身を貫く。

 その威力はここしばらく経験していなかった規模のものであり、ともすれば自動車でも衝突したのではと思わせるほど。

 

 しかし、どうにかソレを両足を踏ん張り直す事で耐え切ったホシノは次なる────今度は精神的な────衝撃に襲われる事となる。

 盾を挟んだ反対にいるはずの人物が、既に立ち去っているのだ。

 

(はっや…………)

 

 辛うじて視界の端に捉えた外套の裾に合わせ、左回りに体を動かす。

 そこを狙い澄ましたように襲い来る第二波が、盾を貫いて左腕を痺れさせた。

 

 が、今度はその衝撃の通り方が違った。

 

「やばっ」

 

 フワリ、と重力が途切れたかのような一瞬の浮遊感の後、周囲の景色が流れるように前へと過ぎ去る。否、自分の身体が後方へと飛んでいるのだ。

 

 ()()()()()()()、そう気付いた頃には遅く、既に自分は身動きの取れない空中に縛られている。これ以上更なる追撃を防御することはできず、躱すこともまた能わない。

 

(なら────)

 

 自身の下を滑るように低い姿勢で駆けるマクガフィンの姿を確認し、右人差し指で引き金を引く。

 当然ながら、不安定な姿勢で彼相手に照準が合わせられるかと言えば否であり、放たれた弾丸が命中することは無い。ならばこれは不格好な悪足掻きなのかといえば、しかしそれもまた否であった。

 

 空撃ちされたSGの反動により、新たなベクトルが軌道に加えられる。

 その勢いに逆らわず、むしろ積極的に従うことで────

 

 

 ────クルン、とホシノの身体が空中で回転した。

 

 

 そのまま遠心力によって大きく外に膨らんだ盾を、真下の彼へと叩き付ける。ガンッ、という硬質な音と共に、僅かに火花が散った。

 

 小柄なホシノだからこそできる曲芸染みた動き。

 小柄だからこそ打ち上げられたことを思えば何とも言えない気分にはなるが、しかしその思わぬ反撃には効果があったようで。

 彼の攻勢が和らぎ、しっかりと着地することができた。

 

 その隙を埋めるように張られたAMASの弾幕によって彼の動きが縛られたことを確認し、ついでにリロードを挟むホシノ。

 

『大丈夫? ホシノ』

「なんとか……かな。ただ、流れは戻されたね」

 

 耳に入る先生の声に短く答える彼女の顔からは、数分前の勝気な笑みが抜け落ちていた。

 

(一筋縄じゃいかないとは思ってたけど……さすがにキッツいなあ)

 

 何を行ったのかは分からないが、AMASを撒くように駆ける彼の動きは目に見えて速くなっていた。

 とはいえそれは姿を見失う程のものではないし、癖や動きの流れは変わっていないため自分ならば対応はできるだろうと思えるものだ。

 

(ただ……またリオちゃんたちが慣れないと攻勢には出れないかな?)

 

 が、彼の速度が変わったことは事実であり、せっかく傾き始めていた天秤が戻されたのには変わりない。むしろ、一度こちらが掴もうとしていた主導権を戻したのもあり、場の流れは彼の側に向かいつつあるかもしれない。

 

 そこまで分析した辺りで、彼がAMASへ反撃を行おうと構えるのが見えた。

 

「流石にそれは許せないよ」

 

 即座に至近距離にまで踏み込み、《Eye of Horus》から散弾を放つ。

 狙い通りに彼は攻撃を中断し、大きく後ろへと飛ぶことで攻撃を躱すことを選択した。

 

「中々に鬱陶しい連携だ。この短期間で良く練り上げたものだな」

「そりゃどーも。生憎、そっちが味方の居ない一人だからって手を抜いてやるつもりはないけどね」

「ほう。独りよりも複数の方が強い────いや、人は一人では生きていけない、とでも?」

 

(思ったよりも、会話に乗ってきた……?)

 

 妙に会話が続くことに訝し気な顔になるホシノ。

 とはいえ、時間を稼げるのなら願ってもない事だ。ついでに彼に関する情報でも得られれば儲けもの。

 

「そりゃそうでしょ? 難題を一人で解決できるのは良い事だと思うけど、それだけだといつか立ち行かなくなるんだし」

「随分……随分と、変わったものだ。それは先生の影響かい?」

「そんな風に語られるほど君と関わりがあった気はしないんだけどなぁ。それとも、君もわざわざ私の観察をしてたの? あの大人(黒服)みたいに」

 

 ミレニアムにて彼が会っていた因縁の人物の名を出すと、ピクリ、と初めて反応が示された。

 

「ビジュアルの色合いが似ている事は認めるが、生憎、私は研究者ではないのでね。それに、私は君を観察していられるほど図太くはない」

「それじゃあ、なんで?」

「…………やはり随分と変わったものだ。いや、冷静さを得られている点などを鑑みれば“成長”と表現するべきか」

 

 追求すれば露骨に話を逸らされる。

 核心に触れさせないという意味では黒服とも近しいかもしれないが、どうにも彼からは語りたくないという意図が透けて見える。

 

「色々と経験することがあったからね。そういう意味だと、その原因である君のお陰でもあるって言えるのかな?」

 

 ならば、と少しばかりの意趣返しを行うホシノ。

 大した意図もないちょっとした思い付きのそれであったが、はたしてその結果は目に見える形で表れる事となった。

 

「────っ。ああ……そうだな。そうだ。全ては俺のせいだ」

 

 明らかにさっきまでとは違う、狼狽した姿。

 呑み下せないものを無理矢理流し込むような色の滲むその声に疑問を唱える前に、しかし彼の纏う雰囲気が一変する。

 

「それでも……まだ、止まるわけにはいかないんだ」

「…………?」

 

 何事かを呟くと、彼は再び顔を上げた。

 そうして語られた『もう問答は十分だろう?』という言葉と共に、途切れていた戦闘が再開される。

 

 が、それは会話前の戦闘とは一味違うモノとなっていた。

 

 

(さっきより……キレが増してるッ!)

 

 

 理由は明白。宵闇を駆ける彼の動きがより鋭くなっているのだ。

 

 それは例えば盾を通して伝えられる攻撃の重さであり。

 左右に揺さぶるフェイントのステップの鋭さであり。

 視界外からより精密に襲い来るようになった神秘の鋼線であり。

 

 そしてその糸さえも補助に用いる変則的で立体的な彼の動きであった。

 

「ぐぅっ!」

 

 今もまた、空中に張った複数の糸を足場に飛び回られ、見失いかけた一瞬の隙を突くように背後から攻撃を叩き込まれた。

 今はまだどうにか()()()()()()()()()()()()()()()が、一手遅れれば即座に均衡は崩れるだろう。

 

 更に厄介なのが、変化した速度に慣れ切っていない内にそんな変則的な動きをされたせいでAMASの援護が間に合わなくなっている事。

 ミレニアムの技術の粋を極めたAMASであるが、それはここまで型にはまらない敵を相手にするように作られた物ではない。

 その上で彼と自分がほぼ零距離で戦闘しているとなっては、誤射などの危険を考えるとしばらくリオからの援護は得られないだろう。

 

(となると……そろそろ伏せ札を切るときか)

 

 左手に構える盾に収めたそれへとチラリと視線を向けながら、ジッと機を伺うホシノ。

 そして、その時は案外すぐに来る事となった。

 

 振り上げた足を糸で引くことで無理矢理に踵落としを行うという二連撃を防御し、不安定な姿勢となった彼へとシールドバッシュを行う。

 それに合わせて悠々と距離を取っているのは、おそらく既に《Eye of Horus》が6度の発砲を終えた後だからだろう。半ばルーティーンとなった流れだ。

 

 

 だからこそ、この一撃は絶対に通る。

 

 

 慣れた動きで右手の装備を切り換える。

 左脚を伸ばすようにしゃがみ込み、体に添わせることで手放したSGが動かないように。即座に左に構える盾から格納しておいた拳銃を抜き取る。

 

 モールの一件で貸し出されていた高性能サプレッサー付きのソレは、己の愛銃とは異なり夜闇に紛れる鈍い黒色。

 そんな銃身よりもなお黒い銃口から、鮮やかなマズルフラッシュと共に放たれる銃弾。

 身体を強張らせながらマクガフィンが吃驚する気配。

 

 油断はない。一発で収まらず、残弾の全てを吐き出すように引き金を引く。

 欲張りはしない。狙うのは頭や足ではなく、確実に当てられる(躱す事のできない)胴体のみ。

 

 

 あまりの集中に視界が歪み、彩度を失うかのように世界がスローモーションになり、その中央に映る彼の姿が強調される。

 命中箇所を重点的に狙うために、一挙一動も見逃さぬように。続けて《Eye of Horus》のリロードを身体に染み付いた動作で熟しつつ見る彼女の視界で、遂に弾丸が彼に届こうとして────

 

 ────ヌルリ、とマクガフィンの身体が崩れるように沈み込んだ。

 

(躱されたっ!?)

 

「っ()────!」

 

 僅かに漏れ聞こえた彼のうめき声にどうにか正気を取り戻し、向かい来る彼へ向けて即座に体勢を立て直すホシノ。

 だがその驚愕は未だ冷めやらない。

 

(なんだ……今の動き)

 

 これまで積み上げてきた十余年の戦闘経験には存在しない動き。

 その動作はまるで肉体を支えることができなくなり溶け落ちた、というような印象を受けるものであり、言いようのない不気味さをホシノに覚えさせた。

 

 だが動きの精彩を欠いているのはホシノだけでなく、マクガフィンもまた同様であった。

 とはいえこちらは精神的なものではなく肉体的なダメージによるものが原因であったが。

 

 

 

 想定外のサブウェポンによる奇襲に対し、マクガフィンが行った回避法は非常にシンプルなものであった。そして同時に、非常に強引な解決法でもあった。

 

 本来、人間が何らかの動作を行うにはその準備となる予備動作が必要である。

 それは跳躍するためにしゃがみ込むという事であり、駆けるために足で踏み込むという事である。そして、糸を補助に用いた変則的な動作を行う彼にとってもそれは例外ではない。

 糸の収縮で強制的に飛んだりしているのを見ると誤解しがちだが、その“糸を張り、収縮させる”という行動自体が既に予備動作なのだ。

 

 ホシノの奇襲は、それら一連の僅かな動作でさえも許さないほど正確で、そして素早かった。

 

 故に、真っ当な方法で躱す猶予の無い彼が選んだのは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というとんでもない方法であった。

 肉を切らせて骨を断つと呼ぶにも野蛮すぎる回避。

 

 もちろんそれは必要最小限の筋繊維を断つことで実現させたのだが、そのダメージは無視できないものとなる。急ピッチで体を直してこそいるものの、しばらくは動きが鈍ることになるだろう。

 

 しかしここでホシノの攻撃を受けてしまえば、そのまま贖罪まで受け入れてしまうと……その頸を差し出してしまいそうだという予感があれば、どれだけ強引であろうが是非もない。

 

 

 

 エデン条約を目前にして、折れるワケにはいかないのだ。

 

 

 

 覚悟を基に、マクガフィンの動きに気迫が乗る。

 そんな理由は知る由もないが、ともすれば奇襲前よりも迅くなったのではと思わせる彼の疾走に、ホシノは悩んでしまった。

 回避か、防御か、迎撃か。

 

(安定を取るなら防御、上振れを狙うなら迎撃────っ! やばっ)

 

 これまで一切迷わずに最適解を選び続けていた彼女が、悩んでしまったのだ。

 その隙がどれほどの物かなんて、考えるまでもないだろう。

 

 疲労が蓄積していたのか、彼の気迫に呑まれたのか、はたまたそれ以外か。原因は分からずとも、一手遅れた事実には変わりない。

 

 蛇のように地を駆ける彼が、気付けば眼前にまで迫っていた。

 回避も迎撃も不可能。取れる手段など一つしかない。が、それもまた間に合うかどうか。

 

 

(じゃないっ! 間に合わせるんだ!!)

 

 

 奥歯に力を入れて弱気を噛み砕く。

 瞳に再び火が灯り、体全体に力が張る。

 

(見逃すな。先手を取られた以上、一瞬でも防御が遅れればそこから食い破られる。必要なのは冷静さと、さっき以上の集中だ)

 

 再び彩度を薄れさせ、ゆっくりと減速する世界。

 自分の身体がまるで水の中みたく重たくなったその中で、スローモーションの彼の姿が鮮明になる。

 

 右足が僅かに持ち上げられる。

 左半身への体重移動、同時に地を踏みしめる左脚。

 半身になり、自分に向かい合うように水平に構えられる左の腕。

 その奥で持ち上げられる右手。

 第一関節で折り畳んだ指が下に向けられ、掌が垂直に進み来る。

 

 

(握られた拳じゃなく掌底、なら衝撃で防御を貫くつも────ッ!)

 

 

 極限の集中状態、その視界の端で透けるみたく光を放つナニカが。

 

 

(神秘の鋼線っ! でも私に向かってきていない、という事は!!)

 

 

 まるで何かに()()()()()()みたくノーモーションで左に回り込む彼に合わせて、盾を左へとスライドさせる。

 

「ぐっ!」

 

 全身で抑え込むように構えた盾に走る、これまでとは比べ物にならない衝撃。それを歯を食いしばって耐えながら、渾身の力を以って押し返す。

 完璧なタイミングで返された攻撃により、彼の体勢が僅かに崩れた。

 

 だが。

 

(まだ来ると思ってたよ!!)

 

 いつの間に付けていたのか、ホシノの盾と彼の左手とに繋げられた糸が急激に縮んだ。盾が引っ張られる感覚と共に、今度は左の掌底が襲い来る。

 崩れた体勢もお構いなしの連撃、それに対しホシノが選んだのは。

 

「なッ!?」

 

 敢えて力に逆らわず、盾を押し出すことによる反撃であった。

 動きの出を潰す、最速の後の先。どれだけ強力な攻撃であろうとも、真価を発揮する前であれば恐れるには足らない。

 

 しかしホシノの行動はまだ終わらない。

 

「────っ!」

 

 僅かに漏れる呻き声と共に、体の内側に融解した鉄でも流し込まれたのではと思わせるような熱が走り────その数瞬後、これまでのソレが嘘であったかのように身体が軽くなる。

 

 

 極限の集中下で、彼女はマクガフィンの動きのタネを半ば直感的に理解していた。

 すなわち、肉体の内側、血管や筋繊維へと神秘を流し込むことで身体を強化するという方法を。

 

 ならば、後は模倣するのみ。

 彼相手に怖気付いて現状に甘えているようでは、きっと永遠にこの手は届かないだろう。そんな博打染みた行動は、見事成功したのだ。

 

(これ……やばっ)

 

 先ほどまで水の中にいるようだったスローモーションの世界が、やけに軽く感じられる。初の試みであるために、おそらく5分と持たないであろう。

 

(けど! それだけあれば十分!!)

 

 至近距離。十字のスリットの奥で、彼が驚くように目を見開く。

 

「今度こそっ! 取った!!」

 

 自分の声に応えるように《Eye of Horus》から桃色の神秘の光が漏れ、遂に引き金が押し込まれそうに────

 

 

 

『ホシノっ! 盾をっ! 右にっ!!!』

「っ!?」

 

 

 

 インカム越しに耳朶を叩く先生の声。

 切羽詰まったその指示に従って咄嗟に盾を構えるのと殆ど同時に、弾幕が叩き付けられる。

 

 一撃一撃は重くないが、無数に積み重ねられることで確かな脅威となったソレ。おおよそ3秒程続いた連射が収まり、もうもうと立ち込める煙が晴れたその先にいたのは見上げるような人型であった。

 

 全体の装甲は白を基調としたもので、そこに橙と黒のラインが差し色として配されている。

 人型の巨大な機構となると一般的に思い起こされるのはゴリアテだろうが、眼前のソレはゴリアテよりも幾分かスタイリッシュなデザインだ。それでいてAMASからの弾幕を無傷で弾いている辺り、相当な防御力なのだろう。

 背面から肩口を通して前面に伸びているのは、形状的におそらくレールガン。

 両腕に装備されたガトリングから白煙を漏らしながら、ソレは頭部のツインアイを煌めかせて此方を睥睨していた。

 

「ネフィリム*1か…………面倒なモノを」

 

 同じように弾幕を防御したらしい彼が、隣で小さくボヤきを零した。

 

『ホシノ。今出てきた機体……ネフィリムはかなり危険だ。おそらく狙いはマクガフィンだから────ホシノ?』

 

 かつてないほど冴えた五感は膨大な情報を取り込んでいるというのに、頭がそれを処理していない。

 否。それ以外のもので占められているのだ。

 

 

 千載一遇の好機。

 いくつもの障害を越えて、ようやく手が届きかけていた。

 

(それを)

 

 あともう少しで。あとほんの少しで、彼に手が届こうとしていたのだ。

 

(それを……)

 

「邪魔、したな?」

 

 気付けば足が動いていた。

 何故かは分からない。せっかくのチャンスに水を差された怒りかもしれないし、跳ね上がった力による全能感によるものかもしれないし、もしかしたらそれ以外かもしれない。全部かもしれない。

 

 肉体の動きから切り離され、どこかぼんやりとしたままの思考。理性の軛を離れ、感情のままに声が漏れる。

 

「私の、邪魔をするなぁぁぁああああ!!!!」

 

 須臾の間に彼我の距離をゼロに詰め、《Eye of Horus》から散弾を撃ち放つ。

 反撃を許さないために一発ごとに位置取りを変えながらも6回全てで同じ個所へと叩き込まれた銃撃は、ゴリアテ以上の装甲を誇るネフィリムにも目に見えるレベルの傷を与えた。

 

 が、それだけだった。

 

 裂帛の気合と神秘を籠めたはずの攻撃でも破壊させるには至らず、それどころかまるで羽虫でも払うかのように吹き飛ばされる体。

 咄嗟に割り込ませた盾を握る左腕が、ジンジンと痺れる。

 

 更には、コチラへと向き直ったネフィリムが肩口に置くレールガンから光が漏れ始めた。

 

「マッズ────」

 

 消耗した今の状態で耐え切れるだろうか。

 ようやく熱の冷め始めた思考が、冷静に“手傷は避けられない”と吐き出すのを感じながら、盾を構えるホシノの顔に焦りの色が浮かぶ。

 

 とはいえ、その攻撃が放たれることは無かったのだが。

 

 

 

「おい」

 

 

 

 ゾワリ、と背筋の凍るような感覚が奔る。

 

 これまでの慇懃さや無駄に丁寧な調子の欠片も見られない、純粋な殺意だけが込められた声。

 低く、冷たく、まるでそれだけで人を呪い殺せるのではと思わせるような、そんな声が聞こえた。

 

 迫り来るはずのレールガンという脅威からも目を離させる、あるいはその存在から目を離してはならないと恐怖させる存在感。

 それを放つ彼が「身体強化(b o o s t) 120%(over limit)」と呟くのを鋭敏になった聴覚が捉えた瞬間、その姿は掻き消えた。

 

 次に聞こえたのは、重量のある硬い物が地面に落ちるような音。いや、“ような”ではなく実際にレールガンの砲身という重く硬い物が地に落ちていたのだ。

 

(今の私が……姿を見失った?)

 

 それを信じられない思いで眺めるホシノだが、戦況は彼女を置いてさらに進む。

 

『マクガァァァァフィンンンンッ!!!』

 

 怒りを乗せた声を上げるネフィリムパイロットとは裏腹に無言で駆けるマクガフィン。

 

 目で追えていた筈の動きは、周囲の明かりを貫く黒い流星とでも表現するべき速度に。

 私を捕えようと振るわれていた糸は、触れるもの全てを斬り裂く絶死の刃に。

 自分の盾で防げていた拳は、ネフィリムの重装甲をチューインガムみたく歪める小さな戦鎚に。

 

 まるで先刻とは異なる彼が、その圧倒的なまでの暴力で白と橙の巨人を蹂躙していた。

 

 

 それは。

 それは、とても。

 

「遠い、な…………」

 

 ネフィリムが周囲に放った無差別放電を受けながらも無理矢理に吶喊する彼の姿に、ポツリと小さな声が漏れる。

 今の自分に、あれと同じ動きができるだろうか。

 

 考えるまでもなく、答えは否だ。確実にどこかのタイミングで痛みに怯んでしまう。

 

 一体何が彼をあそこまで駆り立てるのだろう。

 一体何があれば、一切怯まずにあんな動きができるのだろう。

 

 彼に────あの二年前の日に、何があったのだろう。

 

 知りたい答えを確かめるにはその黒の背は遠く、声を届けるには間に跨る距離が広すぎる。

 

 一歩、着実に近づいたと思った。

 きっとそれは間違いではないけれど、同時にソレはただそれだけの事でしかない。たったの一歩だけだ。

 

(私は、まだ無力だ)

 

 糸で縛り上げたネフィリムへ神秘を凝縮させた槍を投げ、その十字架型の爆炎を背にする黒づくめの影。

 力の足りなさに、思わず膝を付きそうだ。

 

(でも)

 

 それでも、諦めはしない。諦めなんてできない。

 

「たとえその背に手が届かなくても、何度でも手を伸ばしてやる」

 

 自分に言い聞かせるように、地を踏みしめる。

 先ほどの無茶の反動で、全身は悲鳴を上げている。外傷は無くとも、体の内側は既にボロボロ。限界などとうに振り切った後だ。

 

 それでも、彼はまだ目の前にいて、自分は立つことができる。

 ならば折れてなどいられようか。

 

 その姿は、ともすれば戦闘開始前よりも恐ろしいのではと思わせるほどの気迫が乗っていた。

 が、彼にとってこの戦場はすでに終わったものであったようで。

 

「そろそろいい時間だ。私はこの辺りでお暇させてもらおう」

 

 クルリと背を向けると、炎の中にその姿を消していく。

 

「小鳥遊ホシノ。『人は一人で生きていけない』、その考えを貴女が失わずにいられるよう祈っておくよ」

 

 最後に小さく、聞こえるか聞こえないかという呟きを残して。

 

 

 

*1
8・9話でちょろっとだけ出ていた兵器。ゴリアテの正式後継機




最後になりましたが、赤棚柔らか さん、竜虎 さん、ノアルトード さん、あおちゃんmark2 さん、ふぉるてしも さん、リュキ さん、評価付与ありがとうございました!
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