【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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ビターエンドの夜明け

 

《ゲヘナ学園自治区・中心街》

 

 盾に体重を預けるように佇む一人の少女。

 俯く、とまでは行かずとも僅かに下に向けられた視線は、その表情に陰を作っていた。

 

 未だに大きな火を上げ続けるネフィリムへと身体を向ける彼女からは、堪え切れない疲弊感を始めとした無力感や焦燥感など無数の感情が溢れ出していた。

 

「ホシノ……」

 

 隣を歩くリオが気がかりそうに言葉を漏らす。

 前線で戦うより後方から指揮官やエンジニアとして働く方が得意な彼女にとって、単騎で絶大な戦闘力を持つホシノはある意味雲の上の存在のようであったのだ。

 そんな小さな友人でさえ力の及ばなかった彼について、なんと声をかけるべきか分からないのだろう。

 

 そしてそれは、先生もまた同じであった。

 むしろアビドス(初めて解決した大案件)からの付き合いであるからこそ、その想いは一入となる。

 

 ずっと追い求めている真実にあと一歩の所まで迫り、しかしその一歩が届かない。いったい彼女にとってコレは何度目の経験なのだろうか。

 

(私に、もっと力があれば)

 

 途中からホシノに全てを任せることになってしまった先刻の戦いを思い出し、ギュッと奥歯を噛む先生。

 

 高速化した戦闘に対し、ある時から彼の指揮能力は追い付かなくなっていた。

 シッテムの箱のアシストによって戦況の把握こそできてはいたものの、そこから指揮を行うには先生の処理能力は足りていなかったのだ。

 それ故、中盤以降はAMASの援護も途切れ、全ての判断をホシノ自身が行わなければならなくなってしまった。

 

(せめて、彼の動きの予測ぐらいできていたら……)

 

 それでも渡り合えていたのがホシノの実力の高さを示している。

 では、もしそこに自分の指揮が追い付いていれば? 例えば、サブウェポンによる奇襲を躱された瞬間。それを先んじて伝えられていたら?

 

 全ては『たられば』の、ifの(ありもしない)話だ。

 けれども、思ってしまうのだ。

 

 

 ────もし自分にもっと力があったのなら、生徒にこんな思いをさせずに済んだのでは?

 

 

 そんな事を考えたところで現実は変わらない。むしろ生徒を困らせてしまうだけだろう。

 それでも。

 

(なにが、子どもが一切の(しがらみ)なく進めるように背を押してあげるだ。私が足を引っ張る枷になっているじゃないか)

 

 みっともない自己嫌悪は止まらなかった。

 

 

「…………」

「先生?」

 

 ホシノの下へと向かう足を止め、一度深く息を吸う。

 そして────

 

「先生!?」

 

 先生は、思いっきり右の頬を自分でブン殴った。

 思わぬ狂行にリオが声を出す。頼りになる大人が突然自分で自分をブン殴ったのだからそれも当然だろう。

 

 そんな彼女に少しばかり申し訳なさを感じながらも、カッと熱を帯びた右の頬とヒリヒリと痛む右拳を戒めとして受け止めた先生は、一路ホシノの下へと駆け出した。

 

「ホシノ、私はもっと力を付けるよ。彼の動きを全部予測できるようになるぐらいまで。だから、もう一度挑もう。何度でも」

 

 先程までとは違い、迷いの消えた真っ直ぐな声。

 慣れ親しんだ、優しさと力強さの共存する声だ。

 

「……うん。大丈夫、このぐらいでへこたれるほど私はさっぱりしてないから」

 

 その言葉にそう答えて顔を上げた少女の顔には、小さな、しかし確かな笑みが浮かべられていた。

 その様子にホッと息を吐き、「なら良かった」と返そうとする先生。だが、直後に彼女が続けた言葉によって、それは間の抜けた単音に化ける事となった。

 

「それに────まだ終わったワケじゃないみたいだしね」

「へ?」

 

 柔らかくしていた目に再び鋭さを宿らせながら、うず高く積もった瓦礫の方へと顔を向けるホシノ。

 一体何が、まさか新手? それとも彼がまだ隠れている? 無数の可能性を探りながらも待つこと数秒、しかし何の変化も現れない。

 

「えっと……」

「リオちゃん、一機でいいからAMASをあの瓦礫の裏側に回らせてくない?」

 

 気のせいなのでは、と差し挟もうとした疑問に被せられる注文の言葉。しかし、その結果はすぐに表れる事となった。

 

「わー、わー、わー、済まなかった! 敵対するつもりは無いんだ!!」

 

 沈黙を貫いていた瓦礫の山、その陰からひょっこりと顔を出す小柄な少女。

 傍らのホシノと殆ど同じぐらいの身長でダボダボな白衣を纏った彼女は、非常に焦った様子で駆けてきた。

 

「もしかしたら、このまま隠れていたら見つからずに済むんじゃないかって思ってたんだ」

 

 頼りなさげなその雰囲気は、小柄な体躯も相まって非常に弱々しく映る。

 

「えっと……君は、ゲヘナの生徒? もしかして逃げ遅れていたのかな?」

「ああ、すまない。私は鬼怒川カスミ、ゲヘナ学園の二年生だ」

 

 彼女────カスミは気負う様子もなく、サラリと自己紹介を行った。

 が、その名前に聞き覚えが……というか最重要参考人として聞かされていた先生たちの反応は劇的であった。

 

「鬼怒川カスミって────」

「温泉開発部の────」

「部長だよね!?」

「あ、ああ。一応務めさせてもらってるが……それが何か?」

 

 こちらの調子に戸惑うように答える少女。

 

(えっ? どういう事なの? 『それが何か』じゃないよね!?)

(落ち着きましょう。まずは素数を数えて落ち着くのよ)

(リオ!? まず深呼吸しよう、ね? 君が一番落ち着けてないよ!?)

 

 急すぎる展開に付いていけず、シュバッと顔を合わせてヒソヒソと会話をする三人組。目に見えて動揺している彼らは、その原因たる少女がニンマリと口で弧を描いていた事を見ることができなかった。

 

「えっと、カスミは今ゲヘナで起こっている事について知っている?」

 

 一先ず、このままではマズいという事で先生が口火を切る。

 まずは大前提となる部分を確認するその質問に対し、返ってきた答えは非常に弱々しいものであった。

 

「それが……ついさっきまで次の事業の交渉で自治区の外に出ていてな。帰ってきたらこの有様で、何が何だか…………」

 

 眉で八の字を描き、これでもかと『私困ってます』オーラを出すカスミ。

 その姿からは事前に聞かされていた“非常に危険な扇動者”という気配は感じられず、むしろ部員に振り回される心優しい少女という表現が似合うような模様であった。

 

 はたして、コレはどちらが嘘を吐いているのか。

 なんだかんだ真面目なイロハだけでなくあのヒナまでもが言っていた以上、聞かされた評価が違っているとは考えられない。が、それが目の前の少女とはどうしても結びつかないのだ。

 

 そんな困惑に支配された三人の様子に気付いているのかいないのか、カスミはおずおずと質問をする。

 

「それで……これは一体何が起こってるんだ? ああ、いや、部外者には教えられないというのなら引き下がるが……良ければ教えてくれないか?」

「あ、ああ。実は私たちも詳しい事情は分かっていないんだけど────」

 

 いつの間にか会話の主導権を奪われている事にも気付かずに、この数時間で起きた動乱について語る先生。

 とはいえ、最低限の用心として部隊の配備状況や作戦、それにヒナから伝えられたヒノム火山の謎の地下施設などについては語れないためにその説明は非常に簡潔なものとなった。

 

 すなわち、温泉開発部とカイザーPMCがゲヘナ各地で衝突しているという内容だ。

 しかし、それでは納得のいかない部分が表れるのも事実。

 

「それじゃあ……さっきの黒づくめの化け物は?」

 

 早速とばかりにその点について質問をされてしまった先生は、グッと答えに詰まることになる。

 そもそも彼については分からない内容の方が多いのだから、それも当然だろう。

 

 事実を語るだけではただの危険人物として悪評を広めることになる。しかしこれまでの動向からして彼が単純な敵対者であるとも思えない先生としては、なるべくそういった印象を生徒に与えたくないワケで。

 じゃあ「彼は敵じゃない」と語ればいいのかといえば、話はそこまでシンプルなわけでもなく。あくまでも自分がそう睨んでいるというだけで、彼から話を聞いたのではないのだ。それで不確定な憶測(希望的観測)を語るのは良くないだろう。

 

(いい加減どっちかハッキリしてくれないかな、彼……)

 

 色々悩んだ結果あらぬ方へと結論が着地しつつある先生。そんな彼には思わぬ助け船が渡される事となった。

 

「どうやらカイザーコーポレーションと敵対関係にある人物らしくてね。それでちょっかいをかけてきたんじゃないかな?」

 

 しゃがみ込むまでもなくカスミと目線を合わせられる少女、すなわちホシノである。

 最低限の情報で、なおかつ嘘偽りも混ぜずに説明を果たすというファインプレーを果たした彼女だが、その表情にどことなく苛立ちのような色が見られる辺り、どうやら先生と同じ結論に至ったらしい。

 

 が、今はそんな事を分析している場合ではない。

 先生は「なるほど」と呟くカスミへと質問を返す事にした。

 

「私の方からも聞いていいかな? 今回の騒動には温泉開発部が関わっているわけだけど、カスミは何か原因に心当たりはあったりしない? 些細な事でも良いから、何かあれば教えてほしいんだ」

 

 どうやら普段通りの調子を取り戻せるぐらいには混乱を鎮められたようで、その内容は非常に的確なものであった。

 

 そして、冷静さを戻せたからだろうか。

 

「心当たり……そういえば、前の連絡の際に部員の一人がカイザーが面倒な事をしていると言っていたような?」

 

 自分の質問に答えるカスミの様子に『その質問を待っていたんだ』というような雰囲気を感じたのは。

 

「面倒な事って?」

「たしか……地下水脈を荒らされてる、だとかそれを下らないモノの開発に浪費されている、だとか。そんな感じだった気がする」

 

 地下水脈、開発、ヒノム火山に置かれていたらしい謎の地下施設、そして薬物。

 散らばっていた点と点が、結び付いたひとつながりの線へと変貌し始める。

 

「それと、不良連中がその失敗作を持ち出したせいで風紀委員会の取り締まりが厳しくなったとも愚痴っていた気がするな。こんな所でどうだろうか」

 

 が、そこに加えられる無視できない新たな情報。

 あの狡猾なカイザーがここまで雑な手を打つのだろうか、という疑問が最も嫌な形で氷解した事に、先生の表情が歪む。

 

(となると……少し困った事になるな。生徒も原因の一端にある以上、カイザーなら確実にそこを突いてくる)

 

 裏側まで含めた一連の騒動の流れをおおよそ理解した事で、どう解決するか回転し始める思考。

 そんな一同の前で、その原因となった小さな少女は踵を返した。

 

「……? どこに行くんだい?」

「ああ、一先ず部員の皆と合流できないかと思ってな。もしかしたらこの事態を収められるかもしれないし。それに、わざわざ校外から来た君たちにはまだやることがあるのだろう? だったら、私は居ない方がいいと思ってな」

「そっか」

 

 この騒動の中でも、彼女ならば一人で出歩いていても危険は無いだろう。

 とはいえ、折角縁を結べた生徒なのだしもう少し話していたかった、と思うのは自分の悪癖なのだろうか。こんなにも手強そうな子は久々に見たからこそ、というのも含めて。

 

 背を向けて行く彼女へ、せめてこれぐらいは返しておこう、という訳で先生は声をかけることにした。

 

「カスミ。()は信頼できる人物だったかい?」

 

 場が静まり返る。

 “このまま帰していいのか”とカスミと先生の間で視線を行ったり来たりさせていたホシノとリオは勿論、飄々と立ち去ろうとするカスミも思わずといった様子で足を止めた。

 

「……今の私は彼と同盟を組んでいてね。生憎、私に仲間を売るような趣味は無いからな。言うなれば、()()()()()()

 

 返ってきた答えは、遠回しながら少なくとも仲間として義理を通せるだけの人物ではあったというモノ。これぐらいならば大丈夫だろう、という彼女なりの最大限の譲歩であった。

 

「…………そっか」

 

 再び、小さく相槌を返す先生。

 そんな彼に、今度は彼女が質問をする。

 

「ちなみに、いつ気付いたんだ? いずれバレるとは思っていたが……随分早かったじゃぁないか」

「途中までは見事に騙されていたよ。そのままの流れで畳み掛けられてたら、今気付く事はできなかったと思う。ただ、タイミングが良すぎたね。それに、貰った情報もどれも一番欲しかったものばかりだったし」

「ほほう! となると、少しばかり先生の事を見くびり過ぎていたようだな」

 

 悪びれる様子もなく答える彼女の調子は実に気安い。

 おそらく、こっちの方が素に近いのだろう。

 

「それと、最後の『校外から』って言葉は流石に露骨すぎたかな。まあでも、本当に凄かったよ」

「いや~、最後のアレは後々気付くための伏線だったのだがな。いや、見事だ先生。そのオマケとしてもう一つ耳寄りな話をあげよう。…………連中が無断で引っぱり出して使った地下水だがな、それについて知っているのはカイザー内部以外じゃ()()()()()()()()()()()んだ」

 

 背を向けたまま決して視線は合わされず、しかし言葉は滑らかに交わされる。

 “これだけ伝えれば分かるだろう?”という信頼も含めて、なんとも妙な感覚だ。

 

「……情報、ありがとうね。お陰で色々とできそうだよ」

「何、連中との交渉は私たち生徒では少しばかり重たい内容だったからな。こちらとしても必要だったから行っただけだ」

「それでも、助かったのは事実だから」

「……うぅむ、そこまで言われるとこそばゆいな! まあ、そういう事なら受け取っておこう」

 

 語るべき内容は終わったのか、再び歩を進めるカスミ。

 が、その背中からは先ほどまでは感じられなかった底の知れなさがハッキリと醸し出されていた。

 

「それじゃあ、彼と…………そうだね。顔も知らないけれど、指揮官さんにもよろしく伝えといて」

「そこまで行き付くか、流石だな! 分かった、先生が『覚えておけ』と言っていたと伝えておこう」

「違うからね!?」

「ジョークだよ、ジョーク。それではな! ハーッハッハッハ!!」

 

 最後に特徴的な笑い声を響かせながら、カスミはとてとてと立ち去って行く。自然体なまま駆け出したりせずにいる辺り、やはり肝が据わっている。

 

「ちょ、ちょっと! 先生、あの子そのまま行かせてよかったの!? おじさん流石にマズいんじゃないかって思うんだけど!?」

「先生としては嫌な手かもしれないけれど、流石に拘束するべきだったんじゃないかしら」

 

 と、その姿にようやく冷静さを取り戻したのか、ホシノとリオが先生へと詰め寄る。

 しかしながら、それに対し彼が浮かべたのは曖昧な笑みであった。

 

「試してみても良かったかもしれないけど……多分、一筋縄ではいかなかったと思うよ?」

「それは一体どういう……」

「……もしかして」

 

 先生の調子に再び困惑するリオと、戦闘経験の豊富さからか心当たりが浮かぶホシノ。

 そんな彼女らに先生は、実はね、と前置きをしながらとある事実を伝えた。

 

「主要戦域で最後に攻略が完了したのがここなんだけど、他の戦場……ううん、それどころか他の散発的に戦闘が起こっていた場所も含めて、捕らえられた温泉開発部の子が一人もいなかったんだって」

 

 そう、この動乱の発端となった温泉開発部員は、万魔殿どころかあの風紀委員会からも一人の犠牲者も出さずに逃げ果せていたのだ。

 単純な戦闘力で言えばヒナに敵う生徒は一人もおらず、更には彼女らはカイザーPMC以外とほとんど衝突していない事を考えれば────導き出されるのは『こちらが鎮圧に出向けば撤収するつもりで作戦を立てていたのだろう』という推測になる。

 

 つまり、今回の彼女らは一から十まで計画通りに作戦を行ったという事だ。

 その温泉開発部の部長を務めている少女が、果たして何の対策も取らずに敵指揮官の目の前に出向くだろうか。

 

「それは……」

「まぁ、うん。だよねぇ」

 

 どうやら二人も同じ結論に至ったらしく。

 リオは呆気にとられ、ホシノは嫌そうに顔を顰めながら反応を示した。

 

「いやー、まんまとしてやられた形になるね。反省点としては、後手に回らされすぎたのと最適解を打たせさせられすぎたかな?」

 

 あっけらかんと自分の失敗を分析する先生。

 とはいえ、その内心までもが平然としているのかと言えばそんなワケはなく。あの場で打てる最適解を選んだという自負があるからこそ、逆に打つ手が読みやすくなっていたというのは先生にもクる物があった。

 

(次があるのなら……必ず。負けられない相手が増えてしまったかもしれないな)

 

 カスミの雰囲気を見るに、おそらく向こうの指揮官はそう悪い大人ではないのだろう。そういう手合いであれば、彼女はきっと裏工作を行って諸々をブチ壊す。

 それこそ、今のカイザーが立たされている状態みたいになるまで嬉々として動くだろう。

 

 それをしていないどころか仲間としての義理を通そうとしていたという事は、つまりはそういう事だ。

 

 が、それはそれとして。

 鉄火場において、矢面に立つことで生徒を護る事のできない自分にとって戦術指揮というのは数少ない強みなのだ。事前準備の差が大きかったのだろうが、それでもその分野で負けるというのは中々納得できるものではない。

 

(まあ、今はそれどころじゃないか)

 

 色々と思うことはあるが、それは今でなくともできる悩み事だ。

 今は、それ以上に重要な事がある。

 

 ────連中との交渉は私たち生徒では少しばかり重たい内容だったからな。

 

 つい先ほどカスミが口にした内容がリフレインする先生の視線の先には、カイザーコンストラクション事務所から姿を現した指揮官風の男が護衛を引き連れて立っていたのだった。

 

 

 

────────

 

「初めまして、先生。噂はかねがね、聞かさせてもらってるよ」

 

 そう口火を切ったのは、カイザージェネラルと名乗る大人であった。

 さっきまでドンパチやっていた戦場に似つかわしくないそのいやに丁寧な言葉は、ビジネスライクな柔らかい雰囲気も相まって非常に寒々しい。

 

 とはいえ、相手が丁寧な態度を取っているとなるとあまり雑な対応はできない。

 時々子どものようにホビー用品に夢中になる先生だが、流石にその辺りは弁えている。

 

「これはどうも。それで、そちらの名前を伺っても構いませんかね? どうやらそちらは私について知られているようですし」

 

 まあ、相手が相手なだけに先生にしては刺々しい対応になっているのだが。

 

 表面上は気持ち悪いぐらい丁寧に、しかし和やかさは欠片も見えない自己紹介と定型文の応酬。

 それを先に破ったのは、軍服を纏った方の指揮官であった。

 

「さて、そろそろ本題に入るとしよう。時間は有限だからな。……それで、その様子からすると既に事態の原因は掴めているのだろう?」

「さて、どうだろうね」

「なに、そう警戒する必要はない。あの忌々しいマクガフィンを退ける手助けをしてくれたのだし、我々は手を取り合えるはずだ」

 

 ピクリ、と先生の表情が動く。

 もっともそれは極僅かなもので、更にすぐさま彼自身が抑え込んだために気付かれることは無かったのだが。とはいえ、カイザージェネラルが先生の機嫌を損ね始めた事には変わりない。

 

「事態の全貌を捉えたのなら分かっているはずだ。今回の事件は色々と不幸な事故が起こった結果大事になってしまっただけで、元々は大した話では無かったのだ」

「…………」

「だから、丸く収めようじゃないか。私と君ならばそれはできる、だろう?」

 

 遠回しに、とにかく迂遠に伝えられるジェネラルの意図。

 それは、つまり────

 

「君は我々の研究所で()()()をしたガキどもと、愚かにも大人に喧嘩を売った温泉開発部とかいう連中を引き渡すだけでいい。そうすれば、我々は今回の件については目を瞑ろうじゃないか」

 

 今回の一連の暴動について責任や賠償を請求されたくなければ、生徒を引き渡せという事であった。

 

「君も大人ならば分かるだろう? 今回の損失がどれほどのものなのか。我々が目を瞑ると言えば、他の雑多な連中も黙るだろうさ。我々は契約を違反した者たちに処罰を下すことができ、ゲヘナは不良生徒を減らせるうえ今回の事故について悩む必要が無くなる。まさにwin-winな素晴らしい取り引きだ」

 

 先生が何の反応も示さない事を悩んでいると思ったのか、カイザージェネラルは畳みかけるように語る。

 

「なに、君が気に病む必要はない。むしろ規則を違反した者に処罰を与えるのは大人として────『先生』として当然の事だろう?」

 

 彼が何の返事もしないのは、そうでもしなければ怒りが抑えられないから。そのことに気付かぬまま、遂にカイザージェネラルは先生の逆鱗を踏み抜いた。

 それも、嘗てないほどに的確に、そして完全に。

 

「…………冗談じゃない」

 

 一周回ってむしろ平坦になった声。

 しかしながら、その言葉にこれまで聞いた事が無いほどの『怒り』の色を見たリオとホシノは、無意識にビクリと居ずまいを正すことになった。

 

「……今、なんと?」

「都合の良いおべっかばっかり聞いてて耳が悪くなったのかい? 冗談じゃないって私は言ったんだ」

「その言葉がどういう意味を持つのか理解した上で言っているのか? もしただの感情論でそんな事を口走っているのならやめた方がいい。それは大人のやる事ではない」

 

 再度地雷を踏み抜いたカイザージェネラルに、遂にホシノとリオは厳しい目を向けることができなくなった。今やその脳内を占めるのは『ああ、コイツまじでやったな』という呆れである。

 

 が、そもそも彼にとっては先生の両隣に立つ生徒など視界に入れる価値すら無いのか。そんな二人の様子にも気付かずに、カイザージェネラルは畳みかけるように口を開く。

 

「今回の件について正当性があるのは我々の側だ。なにせ、あのガキどもが契約違反したのがその原因なんだからな。その上で今回の損失に目を瞑ってやるというのがどれだけの譲歩か、理解できないのか?」

「…………それなら一つ言わせてもらうけど。あなた達は、その契約の際に使用している原材料について説明していたのかい?」

 

 冷め切った瞳でカイザージェネラルへ問いかける先生。

 その答えは、つい先刻カスミが告げた通りであることを伝える狼狽であった。

 

「ど、どこでそれを知った!?」

「そんな事はどうでもいいだろう。それより、あなた達は犯罪行為であることを告げずに────つまりは詐欺による契約を生徒たちと結んだわけだ。となれば、それが発覚した時点でその契約は取り消せる、そうだろう?」

「ま、待てッ!!」

 

 詐欺又は脅迫による意思表示は、取り消すことができる。

 法として敷かれた、これ以上ないぐらい明確なルールだ。

 

 ここで重要なのは、契約の解消ではなく契約の取り消しである以上その効果は契約成立時にまで遡って発揮されるという点。

 端的に言えば、契約そのものが存在しなかったものとして扱われるのだ。その内容に瑕疵があったために。

 

「待て? 違うだろう、そもそもこれはそっちが売ってきた喧嘩だ」

「なっ……」

「資源の違法利用に危険薬物の密造、その上でこの騒動だ。賠償はどのくらいになるんだろうね。私には到底分からないや」

 

 いっそ言葉を荒らげられるよりも恐ろしいのではという程、どこまでも平坦な調子で詰める先生。その淡々とした口調と冷め切った瞳は、彼が目の前の存在を“敵”として認めたという事を何よりも雄弁に語っていた。

 

 とはいえ、先生は怒りを抱いていても冷静さを欠いているわけではない。

 これらの情報を明らかにすれば、形振り構わなくなったカイザーが薬品を持ち出した生徒を道連れにしようとするだろう事を彼はしっかりと理解していた。

 契約違反による罪は消せても、持ち出した薬品を広めたという事実を取り消す方法など先生は持ち得ていないのだ。

 

 故に、非常に不本意ながら彼が選んだのは。

 

「とはいえ、今回の事件の発端に生徒たちがいる事には違いない。だから、今回は見逃してやる」

 

 何もしない事であった。

 とはいえ、それはこれからも何もしないという事を意味するのではないのだが。

 

 

「ただ────そっちが喧嘩を売ってくるのなら、私は喜んで買ってやる。覚えておけ、私の大切な生徒に手を出す輩に加減してやるほど、私は優しくない」

 

 

 それこそ、再びカイザーが余計なマネをした時など。

 今回は諸々のバランスを考えて見逃してやるだけで、容赦する気は一切ない。

 

 そんな先生の凄みに気圧されたのか、カイザージェネラルは二言三言捨て台詞を吐くと事務所へと駆け戻って行ったのだった。

 

 

────────

 

 ゲヘナ各地に散っていた部隊が対策本部……つまり校舎にまで戻ってくる頃には、時計の短針は真上どころか真右すらも通過した後であった。

 

 その中でも一番遅くなったのは、ヒノム火山付近へ配備されていた風紀委員会の少女たちであった。

 距離が距離であるため、それも当然の話ではあるのだろう。

 

 元々ゲヘナの治安維持を担っているという事もあり激務には慣れている彼女たちだが、流石に眠気と疲労という大敵を倒すことは難しいようで。

 眠たげに目をこする者やあくびを噛み殺す者がチラホラと現れているようだ。

 

 とはいえ、今回はそれだけが原因というわけではないのだろう。

 

「おかえり、ヒナ」

「……ただいま、先生」

 

 先頭に立つ風紀委員長が浮かない表情をしている事からも、それは明らかであった。

 

(理由は……まあ、考えるまでも無いか)

 

 結局、誰一人として温泉開発部の部員を捕らえることはできなかった。

 まるで幻であったかのように忽然と姿をくらまし、今なお彼女らはその足跡を捉えさせていないのだ。ともすれば既に自治区から離れたのではないかという予測さえ上がるほどに、その手際は鮮やかであった。

 

 

 温泉開発部を捕まえて事態を鎮圧してやると気炎を上げていた一同にとって、その事実は胸に重く圧し掛かる。

 たしかに事態の鎮圧ができたという点では目的を果たせたのだが、これでどうして自分たちの勝利だと言えようか。それが正直な感想だ。

 

 何とも、後味が悪くなるような結末である。

 

 とはいえそれで終わらせるのはよろしくないという事で、先生は一度手を叩くと注目を集めることにした。

 

「みんな、色々と思う所はあると思う。私にもあるしね。ただ、私たちは無事に動乱を収めることができた。今はその事だけでも喜んでみない?」

 

 いつものように柔和な笑みを浮かべての言葉。

 まるでそれを見計らっていたかのように、一同が暖かな光に照らされる。

 

「夜明けだ……」

 

 誰かが呟いたのが耳朶を叩く。

 いつの間にか、既にそんな時刻に差し掛かっていたらしい。

 

「改めて、みんなお疲れ様」

 

 眩いその日差しに目を細めながら、万感の思いを込めての言葉を先生が紡ぐ。

 敗北感や徒労感を含みながらも、それでも前を向こうとするその色は、疲れ切った生徒たちにはとても綺麗なものに見えた。

 

 事態を自分たちの実力で完全に解決したとは言い難い。

 してやられた、という苦々しい思いは薄れない。

 

 けれども。

 それでも。

 自分たちの日常は続いていく。

 

 一様に空を見上げる彼女らを、暖かな日差しは照らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 はい、という事でゲヘナ編閉幕と相成ります。

 伏線とフラグ回収のための章のはずが過去最長の章になったりと反省点はいくつかありますが、みなさんの楽しんでくださっているという感想に助けられて書けました。お付き合いいただき、ありがとうございました。

 というわけで次話は掲示板回を挟まずに補習授業部編へ直行する…………予定ではあるのですが、私生活が忙しくなりそうなのとプロット整理等々のために来週の更新はお休みとさせていただきます。もしかしたら再来週の更新もお休みになる可能性がありますが、その時はTwitter(現X)にてお知らさせて頂こうと思っています。

 というわけで今話はこの辺りで。ではでは~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「ようやくお会いすることができましたね」

 

 ゲヘナ自治区、某所。

 噂になっていた『黒づくめの怪人』、その原因の一端となっていた人物に呼びかける一人の大人が。

 

 互いに対照的な色に全身を包む、二人の人物。

 

「おや……あなたは」

「さて、大人同士取り引きといこうじゃないですか。黒服さん」

 

 また一つ、歪みが大きくなった。

 

 

 




最後になりましたが、豆腐の角に頭ぶつけて死んだ人 さん、ヴァータス さん、影夜 さん、評価付与ありがとうございました
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