【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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忘れかけていた伏線用の幕間のお時間です。


幕間:小鳥遊ホシノの回顧

 

 

 ピッ、ピッ、という命を告げる電子音が一定のリズムで響く薄暗い部屋。

 そこに、シャーッ、という擦れるような異音が混ざり込む。

 

 その物音の主である桃色の髪の少女は、引いたカーテンをタッセルで固定しながら物憂げな表情を窓ガラスに反射させた。

 本当はカーテンだけでなく窓も開けて外の空気を取り込みたいのだが、さすがに病室に砂埃が入り込むのはマズいというわけで、彼女は窓際から離れることにしたようだ。

 

「…………」

 

 誰が持ってきたのか、いつの間にか教室用の硬い椅子ではなくなっていたソファにポスリと腰を落とし。これまたいつの間にか物が増えていた室内へぼんやりと視線を向ける。

 複数固めた机を台にして並べられたぬいぐるみや鶴の折り紙、水色の目出し帽、それに床へピラミッド状に積み立てられたダンベルの山……窓から差し込む朝日の光も相まって、その情景は非常に柔らかなものであった。

 

(ダンベルピラミッド…………?)

 

 一ヶ所明らかに引っかかる物が視界に映ったが、どうやら彼女は見ない事にしたらしい。フイッと逸らされた視線が代わりに困惑を告げていた。

 

 改めて、部屋の主へと顔が向けられる。

 

「ユメ先輩……」

 

 思わず零れた呟きは、正しく万感の思いが込められていた。寂寥、悲哀、苦悩……その感情全てを正しく分析できる者はきっと誰一人としていないのだろう。

 

 

 様々な経験と成長を経て精神的に安定して来ていた彼女が悩んでいるのには、当然ながら理由があった。

 

「jointer、か」

 

 思い起こすのは数日前の出来事。

 一連の騒動を収め、いよいよゲヘナで過ごす最後の日となった夜の事である。

 

 

────────

 

「ホシノ、少しだけ聞きたいことがあるのだけれど。今、時間大丈夫かしら」

「大丈夫だけど……どしたの? リオちゃん」

 

 結局一週間近い期間お世話になることになったホテルへと戻り、一度装備類の点検でもしようかと思っていたその時。どことなく硬い表情をしたリオに、ホシノは呼び止められていた。

 

 基本的に表情が動きづらい彼女だが、そこそこの付き合いになった今なら分かる。この感じは、何か重要な事を聞こうとしているのだろう。

 その上で、ゲヘナ生活の最終日に話を持ち掛けてきたという事は────今回の案件には関わりの無い、個人的な用向きといったところだろうか。

 

 そこまでを予想すると、ホシノは普段のまったりとした雰囲気ではなく真面目な空気を強めることで話の続きを促した。

 

「ありがとう。それじゃあ早速聞くのだけれど……jointerという名に聞き覚えはないかしら?」

「ジョイン、ター?」

「ええ」

 

 唐突に出された何かの固有名詞らしい名前。

 一切の説明も無しに聞かれた以上、普通ならば心当たりが浮かぶことは無いのだろう。

 

 しかし。

 ホシノには、その名にはっきりと覚えがあった。

 

「はっ、はっ」

 

 フラッシュバックする鮮烈な────あるいは極彩色の断続した記憶。

 空の青色。砂漠の黄色。地に伏せった大好きな浅葱色。そして、その中で一際鮮やかに刻み付けられた真っ赤な色。

 

「はっ、はっ…………」

「ホシノ? どうしたの?」

 

 背中に負ぶさった重み。少しずつ冷たくなり、刻々とその終わりを告げ行く体温。そこに優しいあの人の包み込むような温かさは無く────

 

「あぁっ……駄っ────待っ────────」

「ホシノ!? 私の声が聞こえている!?」

 

 無駄に不吉な赤い『手術中』の明かりに照らされながら蹲った、薄暗く冷たい廊下。

 

 

 ああ、ダメだ。行っちゃヤダよ。待ってくださいよ。まだ、私は……私は────

 

 

 開かれた扉から出てくる、無力を嘆くような顔をした医者たち。

 どうしてだ。最新の医療設備を使ったのではなかったのか。なんのためにこんな遠くまで搬送されてきたのだ。

 

 あの時と同じように、黒くなっていく視界(世界)

 

 寂しいその色に呑まれるように、意識が細切れになり────

 

「酸欠!? 一体────ホシノ! ホシノ!!」

 

 彼女の世界は、闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリと、瞼を開いた。

 

「ここは……」

 

 見覚えのある気がする天井。

 この七曜の間毎日のように見ていたはずの模様だが、ぐちゃぐちゃに撹拌された彼女の意識はそれをそうと認識できなかったらしい。

 

「目が覚めた?」

 

 隣から話しかけられ、その存在に気付く。

 声の主、先生は心配さと安堵とが6:4ぐらいでブレンドされた表情を浮かべていた。

 

「リオからホシノが倒れたって聞いてビックリしたよ。セナはストレスと過呼吸による酸欠だって診断してたけれど……何か異常はない?」

 

 その言葉で、これまでの経緯を思い出すホシノ。

 同時に思い至る。この間取りは自分たちが泊まっていたホテルのものであり、そして先生の私物が置かれているということはここは先生の部屋という訳で────

 

(もしかしてこれっ、先生が使ってたベ、ベベベベッド~~~~!?)

 

 自分が横になっていた寝具の正体に行き着き、ボッと顔を朱に染める少女。髪色よりもなお濃くなったその色は、寝起きの彼女には色々と刺激が強かった事を分かりやすく表していた。

 ……実際には、長期連泊である以上シーツなどは取り換えられた後であるはずなのだが。どうやらそれに気付けないぐらいには混乱しているらしい。

 

 しかし、そんな頭の周りにヒヨコを漂わせていそうな彼女へ呼びかけられる声が。

 

「ホシノ……? もしかして、まだ調子が悪いの?」

 

 一躍混乱の原因筆頭格へと躍り出た事に気付いていない先生である。

 彼としては、気絶した生徒が目覚めてから口を開かないばかりか急に顔を赤くしたことを心配する気持ちでいっぱいなのだが……如何せん、タイミングが悪すぎた。

 

 もしかして熱でも出ているんじゃ、と自身の顔────正確にはそのおでこ────へと手を伸ばす先生に、いよいよホシノは耳まで真っ赤にし…………

 

「ホシノ! 目が覚めたって本当!?」

「わひゃああああ!」

 

 ちょうど席を外していたリオが焦燥感を露わに部屋の扉を叩き開けた音に驚き、飛び跳ねるようにベッドから転げ落ちたのだった。

 

 

 

 

 時計の針が5分ほど進み、それぞれに落ち着きを取り戻した3人は改めて椅子に腰かけていた。

 

「それで……結局何が起きたの?」

 

 まずは大まかにしか状況を理解できていない先生が口火を切る。

 どうにも残りの二人が互いに気まずそうな様子であったからだ。

 

「実は、私が少し気になることがあって。それをホシノに尋ねたら…………」

「ホシノが倒れちゃった、と」

 

 いつもより歯切れ悪く答えるリオ。何かは分からないが、自分の質問が原因になったのだろうと分析しているがための罪悪感を抱いているからである。

 とはいえ、原因が分からないままでは謝罪もできるわけもなく。

 

 チラチラとホシノの横顔を伺う様子が、その内心を告げていた。

 

 対するホシノは、先のように取り乱したりはせずにいる。ただしその視線が僅かに下へと向いている事を見るに、何か事情があるのだろうというのは容易に推測できた。

 

「ちなみにだけど……その内容は私が聞いてもいい内容だったりする?」

 

 というわけで、先生はその質問の詳細を尋ねることにした。

 

「ええ、それ自体は構わないけれど……」

 

 そうしてリオが語り始めたのは、かつてエリドゥを建設するために横領した資金を補填するためにAMAS関連の技術情報を公開・売却した際の話であった。

 それで資金の補填ができたことは先生も知っていたが、どうにもその購入先が引っかかるのだとか。

 

「AMASは確かに最先端の兵器ではある。私個人が開発した技術もいくつも使われているし。…………けれども、それは本来あそこまでの値が付く代物では無いの」

 

 先生には縁のない分野の話だが、当事者であるリオがここまで断言するという事はそういう事なのだろう。

 あるいは、その技術にはリオが気付いていないだけで何かがあるのかもしれないが…………

 

「確実に押さえるために提示金額を吊り上げるのだとしても、流石に他の希望者の数倍近い金額にまでする必要はないはず」

 

 というわけらしい。

 その上で、購入されたAMAS関連の技術が何かに使われた形跡も見られないというのがむしろ怪しさを倍加させているのだ、というのがリオの話であった。

 

「それで、その購入した相手というのが……」

「jointerという名義だったの」

 

 一般名詞と呼ぶには生活に身近ではないが、しかし何か特定のものを指すほど限定的かといえばそうでもない。

 何とも絶妙な名義だ、と先生は思う。少なくとも、この場で思い起こせる範囲には心当たりは存在しない。

 

 

 では、なぜそれをホシノに尋ねたのかといえば。

 

「企業・法人に限定してjointerという名前を探してみたら、昔アビドスにも同名の企業が存在していたみたいだったの。5年ほど前からぱったりと活動記録が見つからなかったから、おそらく蒸発したのだとは思うけれど……」

「何か手掛かりになるかもしれないと思ったから聞いてみた、と」

「ええ」

「なるほど」

 

 事のあらましを理解した先生は、改めてホシノの方へと視線を向けた。

 

「…………」

 

 が、やはり桃色の少女は黙したままに何も語らない。

 その硬い雰囲気を見るに、心当たりが無いというわけではないのだろう。それでも口を開かないということは、同時に何か事情もあるという事だろう。

 彼女は真面目な場面で無意味にそんな事をするほど不誠実な人物ではない。リオも先生も理解していた。

 

 

 そのままエアコンの駆動音だけが鼓膜を震わせるようになることしばらく、ようやくホシノが口を開く。

 

「ごめん、リオちゃん。その事に関して話すには色々と心の準備がいるの。それに、できるのなら先に話しておきたい子()()もいる。だから、今話す事はできない」

 

 絞り出すように紡がれた謝罪の言葉は、非常に心苦しそうだった。口にしていた心の準備が、きっとまだできていないからなのだろう。

 けれども、最大限誠実にあろうとするその言葉にはいくつも情報が含まれていた。

 

(今の精神的に安定してきているホシノが心の準備を必要とする。そして、話しておきたい子たち)

 

 今の彼女が気を失うほど取り乱すとすれば、それはトラウマになっている過去を唐突に突き付けられたタイミングなどだろうか。

 そして、話しておきたいのが個人ではなく複数人という事は、きっとそれは彼女の居場所である…………

 

「もしかして」

 

 思わず零れた言葉に、ホシノは「やっぱり先生にはバレちゃうか」と頬を掻いた。

 

「そう。jointerはきっと2年前の事件に関わりがある人物なの」

 

 

 

────────

 

 回想を終えた少女は、ほう、と一つ息を吐いた。

 思えば────いや、思うまでもなくあの黒髪の友人には悪いことをしてしまった。

 

「…………」

 

 jointerという名には覚えがあった。というのも、ホシノ自身も探している存在の名であったのだ。

 それは片時も忘れず、とまではいかないレベルだが、しかし同時に頭の片隅には常に置いてあるぐらいの名であった。

 

 なぜならば。

 

 

(2年前のあの日、ユメ先輩の医療費はいつの間にか支払われていた)

 

 

 jointer、それは────

 

 

(顔も知らない、初めて聞いたjointerという名義で)

 

 

 きっとユメ先輩が倒れたあの日の出来事に関わっているのだから。

 

「……」

 

 思い出せば、胸がズキリと痛んだ。

 今なお色褪せず、“あの日”はその心を苛んでいる。

 

 きっとこれからも薄れることは無いのだろう、と少女は思った。

 同時に、きっとそれでいいのだとも。だって、それは大切な人への想いが薄れていない事の証左で、それだけその人を想っているという事の証明なのだから。

 

 だから、誰に理解されずとも、自分はこの苦しみを抱えて歩いて行くのだ。

 

(我ながら、随分変わったなぁ。昔じゃコレは持て余して、呑み込まれちゃってたもん)

 

 痛々しい暗い顔に、しかし僅かに笑みが浮かべられる。

 そういう意味では、彼が口にした「成長した」という言葉も案外的を射ていたのかもしれない。

 

「jointer、薪浪アヤト、そしてユメ先輩」

 

 あの日に関わっているであろう人物たちの名を口にする。

 外傷は無かったが臓器系に深刻なダメージを負っていたユメ先輩の治療費は、最先端の医療技術を用いたのもあってかなりの額になっていた。わざわざそれを支払って、しかもそれが搬送されてすぐのタイミングだというのだから、jointerなる誰かが事件に関わりを持っている事はほぼ確実だろう。

 

 もちろん、真相を知る最も確実な方法は今はマクガフィンと名乗っている()の青年に話を聞く事なのだろうが。

 

「…………」

 

 放っておけば延々と続きそうな思索に息を一つ吐き出すことで区切りを付けると、少女はソファから腰を上げた。

 

「行ってくるね、ユメ先輩」

 

 最後に一度、ギュッと手を握ってから少女は出口へと向かう。

 

(私は、ユメ先輩みたいな先輩になりたかった。優しくて、でも確かな芯があって、そして陽だまりみたいに柔らかく笑う先輩に。後輩を護ってあげられるような先輩に)

 

 jointerについて、いや、あの日の事について全てを後輩たちへ打ち明ける。

 それは、ある意味かつての夢に背く道だ。

 

 誰よりも前に立ち、後輩たちを一人で護り切る。傷付くならば自分一人で。責任を取るならば自分だけで。

 そんな在り方は絶対に不可能になる。

 

 自分の問題に後輩たちを巻き込むことになるのだから。

 

(でも、きっとそれでいいんですよね。だって、私は独りじゃないんですから)

 

 重荷を自分一人で抱え、遂には押しつぶされそうになっていた白髪の少女へと投げかけた言葉を思い起こす。“そうやって助け合って、私たちは生きていくの”────まさしく、その通りだ。

 

 独りになった気になっても、ずっとこの心には大切な人(あなた)がいた。気付けば、たくさんではないけれど、それでも大事な後輩たちが周りにいた。

 一人じゃない。独りにはなれない。

 

(だから、救け合う。だからこそ、寄り添い合える)

 

 自分一人ではできない事でも、みんなでならきっと。

 みんなが一人ではできない事でも、自分が力を貸せるのなら、きっと。

 

 青臭い理想論だけれど、なぜか少女はそれを抱きしめたいほど愛おしく思った。

 

(それに……ユメ先輩もなんだかんだ私を頼ってくれてましたしね)

 

 クスリと花が綻ぶように笑みを浮かべ、医務室を後にする。

 最後、扉が閉まる瞬間。

 

「行ってらっしゃい、ホシノちゃん」

 

 横になった大切な先輩が、同じように微笑んでいた気がした。

 

 

 

────────

 

「ん。ホシノ先輩、おはよう」

「あー! ホシノ先輩、遅いわよ!!」

「セリカちゃん、落ち着きましょう☆ それに、先輩にも事情があったのかもしれませんしね?」

「あはは……おはようございます、ホシノ先輩」

「うへ、みんな朝から元気だね~。おじさんビックリしちゃったよ」

 

「────うん。ね、みんな。ちょっと聞いてほしい事あるんだけどさ。いいかな?」

 

「「「「……もちろん!!」」」」

 

 

 




短いと思ったそこのあなた、実はもう一話更新されます。

最後になりましたが、人参おろし さん、えりおん さん、入魂ロフス さん、恋なすび さん、002001 さん、yajue さん、yuu-01 さん、タキオンかわいいよタキオン さん、評価付与ありがとうございました
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