【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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本日二話目。ご注意を。


エデン条約編・第二幕 学び進む少女たちの交響曲
緞帳は昇り


 

 

「────先生」

 

「もしかしたらこれから始まる物語は、君のような者には適さない、似つかわしくない話かもしれない」

 

「不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような……」

 

「相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑うような……」

 

「悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような……それでいて、ただただ後味だけが苦い……そんな話だ」

 

「もしかしたら、それさえ紛れ込んだイレギュラーによって壊されてしまうかもしれない。どうせ、至る結末が悲劇から外れる事はないんだろうけどね」

 

「……しかし。同時に、紛れもない真実の話でもある」

 

「どうか背を向けず、目を背けず……最後のその時まで、しっかり見ていてほしい」

 

「それが、先生……『この先』を選んだ、君の義務だ」

 

 

────────

 

 うつらうつらとしていた意識を取り戻し、パッと顔を上げた先生は電光掲示板を見て安堵に息を吐いた。

 

(よかった……降り過ごしたかと思った)

 

 先生が座るココは電車の中、数日前に依頼を受けたトリニティ総合学園へと向かう路線の真っただ中であった。

 

 

(にしても……おかしいな。最近は徹夜じゃなかったし寝不足ではないと思うんだけど)

 

 何か夢を見ていた気がするというのに思い出せない、というのも相まって、僅かに首を傾げて疑問を抱く先生。

 しかし他に考えるべき事もあるということで、彼はそれを「まあよくある事か」と切り捨てることにしたようだ。

 

(トリニティ総合学園、か)

 

 改めて目的地の名前を思い起こし、少しばかり表情を暗いものへと変化させる。

 出発前に少しばかりきな臭い話を聞かされたからである。

 

 

 

 

 

『先生。トリニティに行くと聞いたけれど……それは本当?』

 

 それは、珍しく午前中から寄越されたヒナからの連絡であった。

 

「そうだけど、どうかしたの?」

 

 かつて情報部に所属していた事もあってか情報通な彼女が、その予定を知っている。それ自体に疑問は覚えないが。わざわざ開口一番に確認を取った事には疑問を覚えた先生は、素直にその疑問を口にした……のだが。

 その問いに答えたのは、質問を受けたヒナではなくその通信に割り込むように入ってきた別の少女であった。

 

『少しばかり伝えておきたいことがあってな』

「マコト! 珍しいね、二人が一緒に連絡してくるなんて」

 

 スラリとした長身と怜悧な吊り目が特徴的な、ゲヘナ学園生徒会長を務める羽沼マコトである。

 以前の一件で一応の和解を果たした二人であったが、とはいえすぐに仲良しこよしとはいかないのが世の常なワケで。こうして二人が一緒にいるというのはまだまだ珍しい事であった。

 

 が、そんな先生の言葉にもあまり反応を示さず、少女たちは話題を次へと進めた。

 

『……先生。今のトリニティはかなりきな臭い事になってるの』

 

 その態度と口にされた言葉から、“伝えておきたいこと”がかなり真面目な話であると察すると、先生は表情を引き締めてとある名を口にする。

 

「マクガフィン……だね」

『ええ』

 

 アビドス、ミレニアム、ゲヘナに引き続き、トリニティにもその姿を出没させた色々と因縁のある青年。

 しかし、今回はその動きはこれまでとは毛色の違う物となっていた。

 

『彼が暴れ回っているせいで、今のトリニティは厳戒態勢になりつつある』

 

 そう、今回の彼は堂々と人目に付く場所で暴れ回っているのだ。

 現状人的被害こそ出ていないものの破壊された施設など物的被害はかなりのものになりつつある、と言えばその程度が伝わるだろうか。

 

 そのせいで、現在のトリニティは自治区への出入りがかなり厳重に取り締まられているようだ。……まあ、それで彼が捕まえられていないのを見るに、抜け道はあるようだが。

 

(にしても……少しずつ彼の動きが過激になってきているのは、何か原因があるのだろうか)

 

 改めて、自分が知る限りのマクガフィンの動向を振り返る先生。

 

 アビドスでは、その存在を一切気取らせないようにカイザーPMCを襲撃していた。

 ミレニアムでは、多少姿を現しはしたものの、基本的には自分たちが感知できないタイミング・場所で動いていた。

 ゲヘナでは、その存在をはっきりと見せてはいたが、しかし行動を起こしていたのは裏路地などの目立たない場所がメインだった。

 

 しかしトリニティでは、完全に姿を晒した上で建物を破壊するなど『派手』な行動を起こしている。

 

 彼がそうして動いた場所では何かしら大きな事件が起きてきたことも含めて、再び疑念が再燃する。

 彼には何が見えていて……そして、何のために行動しているんだろうか、と。

 

 

 しかし、そんな思索を断ち切る言葉が。

 

『でも、()()()()()()()()の』

「……?」

 

 未だに深刻な表情を崩さないヒナ。

 そんな彼女の言葉に、先生は否応なく会話へと意識を向けることになる。

 

『先生は、トリニティの生徒会については知ってる?』

「ティーパーティー、だっけ」

『そう。パテル、フィリウス、サンクトゥスの三大派閥がホストを交代しながらティーパーティーとして政治を回しているのが、トリニティの政治体系』

 

 事前知識として調べた程度ではあるが、基礎レベルについては覚えている。

 確か、今のホストはサンクトゥス分派だっただろうか。

 

『けれども、現ホストの百合園セイアは体調不良で療養中、その代行として現在はフィリウス分派の桐藤ナギサがホストを務めている…………というのが、()()()()()()

 

 最後に繋げられた発言に、先生の眉間へ皺が寄せられる。

 それではまるで、その情報が嘘のようではないか。そんな思考が過ぎると共に、それを肯定する言葉は続けられるのだった。

 

『ここからは私の推理も混じってしまうのだけれど……おそらく、現在の百合園セイアは失踪状態、あるいはそれ以上にマズい状態になっている可能性がある』

「それは、いったい……?」

『これは校外には秘されているのだけれど。実は、トリニティ総合学園はしばらく前にとある組織に襲撃を受けているの。そして、桐藤ナギサがホスト代行を務め始めたのはそのタイミングと合致していた。さらに、百合園セイアが入院しているという病院を調べてみたけれど、彼女の名前はあってもその目撃情報は一件も無かった』

 

 矢継ぎ早に重ねられる、きな臭いと表現する他ない情報たち。

 

『そして、同じ時期から救護騎士団────トリニティにおける救急医学部のような部活ね。その部長である蒼森ミネまでもが失踪しているの』

「…………」

 

 それを杞憂だとは、先生には言えなかった。

 希望を語ることの多い先生だが、それは現実から目を逸らす事を意味するのではなく、そして先生は希望を語るからこそ現実をしっかりと見ることの重要性を人一倍理解していたからである。

 

 しかし、まだ話は終わらない。『ここからはマコトに任せた方が良いわね』、とバトンタッチを受けたマコトが、今度は彼女が得た情報を語り始めたのだ。

 

『先生は、『アリウス分校』という学校を知っているか?』

「アリウス分校……?」

 

 オウム返しに学校名を呟く先生。その姿は覚えが無いという事を分かりやすく告げていた。

 

『得られた情報は少ないのだが、どうやらトリニティ総合学園が興されるきっかけとなった公会議にて、弾圧を受けた分派であったらしい』

 

 唐突に始められた昔話に、先生の首が傾げられる。それがどうして今の話に関わってくるのだろうか。

 そんな疑問は、すぐさま氷解する事になったのだが。

 

『その弾圧がかなり酷かったらしくてな。自治区からも追放されるほど苛烈であったらしいのだ』

「それは…………」

『ああ、どうなったのかは想像に難くない。……その苦しみを想像する事は、難しいが』

 

 苦々しい表情のままに、胸糞悪い事実を吐き捨てるようにマコトは語る。

 それは事実上の退学と同義であり、そしてキヴォトスという世界は学校に所属しない子どもにはとても冷たくなるという事を彼女もよく知っているからなのだろう。

 

 そして、ヒナが「トリニティがある組織に襲撃された」と語っていたのを思い出した先生は、愕然と目を見開いてその衝撃を表した。

 

「もしかして……」

 

 まさか、いや、違っていてくれ。

 そんな願いさえ籠められた呟きは、コクリ、と下げられたマコトの頭によって肯定されてしまった。

 

『物的証拠はまだ無いが……まず間違いなく、トリニティを襲撃したのはアリウス分校だ。私とヒナで集めた全ての情報が、それを示している』

「そんな、それじゃあ……」

 

 かつてトリニティに排斥されたアリウス分校。

 何らかの組織に襲撃されたトリニティ総合学園。

 その頃から目撃情報の無くなった、現在のトリニティの政治を行っていた百合園セイアと医療組織のトップである蒼森ミネ。

 

 パズルのピースが噛みあうように、最悪の想像がその脳内で組み上げられる。

 

 “百合園セイア、そして蒼森ミネはアリウス分校に襲撃され、失踪している────”

 

 あまりにもあんまりな予測を、頭を振ることで振り払う先生。

 けれども、嫌な想像はまるで薄れなかった。

 

『既に私もアリウス分校からコンタクトを受けた。うまく情報を引き出そうとしていたのだが…………おそらくバレたらしい。今では一切の連絡が取れなくなっている』

 

 さらに続けられる、爆弾のような情報。

 

(トリニティだけじゃなく、ゲヘナにまで? ……っ!! 『エデン条約』かっ!)

 

 以前ゲヘナでの仕事の際にマコトとヒナからエデン条約について聞かされていた先生は、何とも嫌な納得と共に状況を理解した。

 トリニティとゲヘナが犬猿の仲だというのは有名な話である。追放されたとはいえ、元はトリニティに属していたのならば、きっとアリウス分校も。

 

『気を付けてほしい、先生。今のトリニティは無数の思惑が水面下で飛び交う伏魔殿だ』

『どれだけ止めても、生徒が困っているのならあなたは行くのだと思うけれど。どうか気を付けて、先生。きっと今のトリニティは、前のゲヘナと同じかそれ以上に危険な状況になってる』

 

 心からの心配を送る二人に、先生は小さく、しかししっかりと頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 次はトリニティ総合学園、トリニティ総合学園というアナウンスに意識を現在へと戻した先生は、肺の中に溜まっていた嫌な空気を大きく吐き出すことで気持ちを切り替えた。

 

 最悪を想定するのは悪くないが、それに引っ張られ過ぎるのは良くない。

 

(それに……私がやる事は変わりない。全ては、生徒たちが心から笑っていられるように。そのために全力を尽くすだけだ)

 

 開かれた扉を潜り抜け、駅のホームへと降り立つ。

 

「んー」

 

 軽く伸びをしながら再び深呼吸をし、精神状態をリセットする。

 

 見上げた空は、きっと何とかなると思える青い色であった。

 

 

 

────────

 

 場所は移り、薄暗いどこかの廃墟にて。

 

「うん。マクガフィン、アレは邪魔」

 

 とある少女が、マスクで顔を隠した少女たちと密かな会話を行っていた。

 

「あなた達も、復讐を果たすのなら自分たちの手でやりたいでしょ?」

 

 突如紛れ込んだ危険すぎるイレギュラーに対し、使えるもの全てを動員して自分の目的を果たそうと────大切な幼馴染だけでも守ろうとする彼女の姿からは、隠し切れない切迫の色が表れていた。

 

「…………」

「うん、それでいいよ。でも、見つけたら連絡は入れてね。動けるタイミングなら必ず向かうから」

「…………?」

「大丈夫、アレはトリニティでも指名手配される予定だから。というか私がするし。だから、私が動く分には怪しさは生じない。そっちとしても都合がいいでしょ?」

「…………」

「オッケー。じゃ、その方向でよろしくね」

 

 交渉を終え、周囲から完全に他人の気配が消え去るのを待つと、彼女は浮かべていた笑みをスッと消してため息を吐く。

 自分の真意も含めて、あの少女たちにはバレてはいけない事が多すぎるのだ。元々腹芸が得意ではない事も相まって、その精神的疲労は無視できないものにまでなっていた。

 

(まぁ、元々ボロボロなんだけどね)

 

 無意識のうちに、自嘲気味な嗤いが零れる。

 道を見失った少女には、現在(いま)に必死に食らいつくことでさえ難しい。

 

「…………」

 

 見上げた空は、みすぼらしい廃墟の天井に遮られて見えなかった。

 

 

 

────────

 

「……ええ。そちらは手筈通りに」

 

 賓客の歓待、そこに失礼があってはならないと紅茶や茶請けの指示を部下に出しつつ、急にこれまでの2倍近い量にまで膨れ上がった書類へと目を通す少女。

 

(まったく……どうしてこんなタイミングで。ここまであからさまに怪しい存在が現れてしまえば、補習授業部の意味が無くなってしまうじゃないですか)

 

 涼し気な顔に隠されたその内心は、荒れに荒れていた。

 それはそうだろう。折角容疑者を一所(ひとところ)に纏められたというのに、そんなものが目じゃないぐらいの変数が突如現れたのだから。

 

(けれど、もう止まれません。ここまで来てしまったのですから)

 

 けれども、止まる事は……引き下がる事は最早できない。

 補習授業部を立ち上げ、その真の目的のために先生まで呼んでしまったのだ。大切な友人でさえ切り捨てる覚悟で。

 

(全ては、エデン条約のために)

 

 転がり始めた雪玉は止まらない。

 盆から溢れた水はもう戻らない。

 落ちた花は枝には帰らないし、壊れた鏡は元のように世界を映さない。

 

 だから、前に進むしかない。

 切り捨ててしまったから、せめてそれだけは嘘にしないために。たとえ、何も信じられなくなっても。

 

 軋む心に蓋をしながら、少女は一人進む。

 

「先生は到着なされたようですね。ミカさんは……いつも通りですか。自由すぎるというのも考えものですね。流石に大事な会談ですし、きっと戻って来るでしょうが……一応、探しておいてください」

 

 必死にいつも通りを取り繕いながら。

 

 

 ふと見上げた空は、彼女の内心とは裏腹に、どこまでも青く澄んでいた。

 

 

 

────────

 

「始まった、か」

 

 現と虚、その狭間。どことも知れぬ場所にて、一人少女が呟く。

 その姿は、とても寂しそうで、そして何もかもを諦めたかのように冷め切っていた。

 

「まぁ、私の役割は終わったんだ。後は適当に観察するなりすればいいだろう」

 

 その言葉の通り、自分の人生から降りて傍観者へと成り下がろうとする少女。

 どうせ悲劇に行き付くのだから、何もかもが無意味で虚しい。だから、諦めてしまってもいいだろう。

 

 人の身に過ぎたその力は、着実にその心を蝕んでいた。

 

「始まったと言いながら終わったと口にする…………随分、私らしい言葉だな」

 

 誰とも共有できない、誰にも理解されない苦しみ。

 皆にとっての突如現れる苦難は、自分にとっては先んじて解っているただの障害で。歩む道はどれもこれも視たことのある物ばかりで。未知に笑う人のそばで、自分はその様子に微笑むぐらいしかできなくて。

 

 それでも誰かが幸せになれるのならいいと、必死に自分を騙していたけれども。

 

「もう、限界だ」

 

 どう足掻いても。

 何をしたとしても。

 全て似たような結末(悲劇)に行き付くのなら、何もかもが無意味でしかない。これで『それでも』と進むのは、この絶望を理解していないからだ。

 

 

 適当に作って腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 何をするというわけではない。なんとなくの行動でしかない。

 

 カツ、カツという足音が、伽藍堂なティーパーティーの空間に響いた。けれども、今の彼女にとってはそんな事は文字通り“取るに足らない”事なわけで。

 

「あれ? 誰かいる?」

 

 諦観に染まった瞳のまま、少女はぼんやりと視線を上げる。

 

「おーい……聞こえてないのかなぁ」

 

 

 見上げた空は、この空間にお似合いな、随分と虚ろな────

 

「ね! 聞こえる?」

「わあぁ!?」

 

 気付けば自分のすぐ隣に、自分とは違う高身長な生徒が立っていた。

 

「やっと気付いてくれた!」

「君は、いったい…………」

 

 トリニティでは見た事のない顔に、トリニティのものではない制服。

 いや、そもそも少女はその制服を一度も見た覚えがなかった。

 

「私? 私は────────」

 

 太陽のように優しく、柔らかく微笑みながら、少女が自己紹介を行う。

 

 一つ、世界に新たな奇跡が起こされた。

 

 

 

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