だからみんなエデン条約編読もう、私も読んだんだからさ。一回読んだ人はもっかい読もう、ね? 私も(ry
ティーパーティーのテラスから立ち去り、ヒフミと合流してから数分後。
先生の姿は、正義実現委員会の教室にあった。
「ここは……」
別にお縄についたわけではない。ゲヘナならともかく、トリニティではおおよそ
ではなぜこんな場所に足を運んでいるのかと言えば────
「えっと……ここに閉じ込められている人
ヒフミ以外の部員がここに揃っていると聞いたからである。
「え、それってもしかして……?」
ヒフミの言葉に心当たりがあったのか、自分たちの対応をしてくれていた少女、コハルが声を漏らす。頬を染めて表情を歪めている様子からして、あまり思い出したい相手ではないらしい。
とはいえ、心当たりがあるのならばとそれについて先生は聞こうとしたのだが。しかしその口は言葉を紡がずに……否、紡げずに開かれたままとなった。ただひたすらに、呆然と。
「こんにちは。もしかして、私たちのことをお探しでしたか?」
「シューッ、シューッ……」
会話に割り込んできたのは、本来ここの牢屋で身柄を拘束されているはずの人物たち。
白昼堂々、プールでもなんでもない普通の教室でスクール水着を着た少女と、可憐な姿とのギャップが凄まじい物々しいガスマスクを付けた少女。
すなわち。
補習授業部の2年生である浦和ハナコと白洲アズサの二人であった。
「え、は、何で!? あ、あんた達どうやって牢屋から出てきたの!? ちゃんと先輩たちがカギ閉めて行ったのに!?」
「あの程度の拘束、抜け出すのは問題ない」
「私の方は普通に開いてましたよ?」
「はあ!?」
それぞれ、スクール水着で徘徊していたところと弾薬倉庫で立てこもりをしていたところを巡回中の正義実現委員会に取り押さえられたはず……なのだが。
脱獄するどころかそのままに平然と会話へ入り込んできたことに、コハルは矢継ぎ早に驚愕を示し、ヒフミは衝撃で何も言えなくなってしまっていた。
では残りの一人、先生はといえば。
(あれ、は……間違いない。マコトに送ってもらったデータにあった、アリウス分校の、校……章…………)
そんなものが目じゃないぐらいの驚愕に襲われていた。
(一体……偶然? いや、そんなわけがない。ここまでピンポイントで被っていて偶然で済ますのは論外だ。となると、考えられるのは…………スパイ、もしくはそれに類する存在、か?)
一瞬呆気に取られこそしたものの、すぐさま冷静さを取り戻して思考を巡らせる先生。とはいえ、このタイミングでアリウス分校と関わりがあるとなれば、考えられる可能性は限られる。
(ただ……マコトに探られていると分かるや否や姿をくらませるような組織が、ここまで露骨なことをするのか? 服装もそうだけど、わざわざ正義実現委員会と衝突して問題を起こしているのも妙だ)
が、思い浮かんだ可能性はすぐさま棄却される事となった。
矛盾点が多すぎるからである。
(じゃあ……アリウス分校から抜け出してきたとか? いや、ならどうやってトリニティに入ったのかっていう話になるか)
「えっと……先生? 大丈夫ですか?」
「ああ……いや、随分個性的な子が集まったなって思ってね」
(困ったな。パズルのピースはいくつも手に入っているのに、そこからがまるで繋がらない。…………まぁ、ゆっくりやるしかないか。初志貫徹、と言うには少し違うかもしれないけど)
ヒフミに話しかけられたことで一度思考を打ち切った先生は、とにかく今は生徒たちから目を離さないようにしようと思うのであった。
────────
さて、そんなトリニティでの初日からしばらく、第一次特別学力試験の結果が明らかになった日の夜。
先生は、再びティーパーティーのテラスへと足を運んでいた。
「あら、先生。お疲れ様です。補習授業部の方はいかがですか?」
この空間の主、現在ホストの代行を熟しているナギサが、一人で打っていたチェス盤から顔を上げて挨拶をする。
その表情は、普段通りの微笑であるのに安堵と苦悩が読み取れるという不思議なものだった。
「……と言いつつ、すでにお話は聞いております。どうやら最初の試験は、上手く行かなかったようですね。ですがまだ────」
「ナギサ。この特別試験、もし3回とも不合格になったとしたら。補習授業部のみんなを……いや。みんなはどうなるの?」
初手から核心へと踏み込む先生。
どうにか詰問するような調子は抑え込んだものの、その声は普段よりも固くなっていた。
あれからこっそりと観察した結果、アズサはトリニティへ恨みなどの悪感情を抱えてはいないと先生は結論付けていた。しかしながら、同時に、アリウス分校と何らかの繋がりを持っているのだろうとも。
この時期にトリニティへ転校してきたこともそうだが、古代語を読めることや少し俗世から離れた雰囲気を纏っている事など、怪しい部分はいくつも出てきたからだ。
となると、後は話は早かった。
ヒフミはペロログッズのために度々ブラックマーケットへ訪れており、根も葉もない噂とはいえ“あの”マクガフィンとの繋がりが疑われた『ファウスト』という側面を持っている。
少し調べてみれば、ハナコは元々優秀な生徒であり、次期ティーパーティーも確実視されるほどの頭脳を持っていたというのに、ある時から急激に成績が落ち、更には水着で徘徊するようになったというのも知ることができた。
唯一コハルだけは分からなかったが……なるほど、補習授業部の過半数が何かしら怪しい部分を持っているのだ。
こうなれば、補習授業部が設立された目的というのもある程度見えてくる。何せ、わざわざ自分が呼ばれているのだ。一種の超法規的権限を持つ、連邦捜査部の先生が。
そこにヒフミの漏らした言葉も合わされば────その予想は薄ぼんやりしたものではなく確かな輪郭を帯びてくるものだ。
はたして、その答えは。
「……その様子ですと、既に予想が付いているようですが。そうですね、端的に言わせていただくと、補習授業部の方たちには退学して頂くことになります」
「…………」
先生は驚かなかった。
いくつか想定した『最悪』の中に、その可能性はあったからである。故に、彼がするのは静かな憤りに表情を歪める事だけであった。
その対象はもちろんのことながら、ナギサ────
もちろん、退学などという遠回しながら子どもの命綱を断ち切る行いを画策したナギサに思う事がないわけではない。が、同時に先生は『そこまで追い込まれていたのか』と感じたワケで。
いわばそれは、そんな手を生徒が打たざるを得なくなったままならない現状への怒りであった。
そこには、ナギサがひどく罪悪感を抱えていそうな様子だったから、というのも多分に含まれていた。
「申し訳、ありませんでした。先生を、こんな血生臭い事へ巻き込んでしまったこと。騙すように利用したこと。…………全て、私の責任です」
とはいえ。そんな彼の内心を読めるわけのないナギサにとって、できる事と言えば目に見えて纏う雰囲気を硬くした先生へと痛々しい表情で謝罪をするぐらいしか無く。
言い訳まがいでしかないと理解しながらも言葉を紡ぐのは、ある種の年相応な幼さの発露であった。
「今さら私が何を言おうと、信じてはいただけないと理解しています。ですが、コレには理由が……いえ、大義があるのです。そして、できるのなら先生にも力を貸していただきたいと思って、こうしてお呼び立てさせて頂いたんです。ですので、どうか────」
「うん。私は信じるよ」
「────え?」
矢継ぎ早に、それこそ先生の言葉を聞かないようにするかのように語るナギサ。そんな彼女の台詞に割り込むように、あっさりと先生は『信じる』と言い放った。
そもそも、先生は
「ナギサ。実は、私も隠し事をしていたんだ。だから、それを話すね」
彼にとっては当然でも、彼女にとっては青天の霹靂な肯定の言葉。
それにナギサが呆けている間に、先生は『今度は私のターンだね』とでも言わんばかりに語りかける。まずは自分が誠意を見せるために。
相手の信頼を勝ち取ろうと思うのなら、それぐらいは躊躇わずに行うべきだから。
「実は、私はトリニティに来る前にいくつか話を聞いていてね。だから、知っているんだ。トリニティが襲撃された事も、セイアが行方不明な事も」
「なっ、えっ、それをどこで……いや、どうやって…………」
「今がエデン条約を控えた重要な時期っていう事も、だから事態がより深刻なことになっているって事も、私は知っていた。……ごめんね、今まで黙っていて」
いえ、それは、なんてどうにか口にする彼女は、本来対面の彼が知り得るはずのない情報の数々に頭がパンクしているようで。
それと同時に、それをわざわざ語る事の不可解さにも混乱してもいるようで。
あたふたとするその様子からそれを読み解くと、ナギサが自分の言葉を咀嚼できるまで彼は黙って待つことにした。
「…………取り乱してしまい失礼しました」
「ううん、構わないよ」
「ありがとうございます。どうやら今さら取り繕っても無駄なようですし、先生には全てをお話しさせて頂こうと思います。それに、そこまで知った上でトリニティへ来てくださった先生に話さないのは失礼ですしね」
改めて背筋を正し、ティーカップをカタリと置きながらナギサがそう語ったのはおおよそ3分ほど経過した時のことであった。
「先ほど先生はセイアさんが行方不明、と仰いました。おそらく、それはセイアさんが入院中という情報と目撃情報の無さから導かれた推測なのだと思います。ですが、それは間違いです」
「間違い?」
「ええ。セイアさん────彼女は、
「ッ!?」
「より直接的に表現するのならば、何者かに殺されました。そう言えば、理解していただけるでしょうか」
ナギサは、指先が真っ白になるぐらいに力を入れて拳を握っていた。
それが友人を奪われた怒りによる物なのか、はたまた次は自分かもしれないという恐怖による物なのか。その内心までは推し量れずとも、なぜミカもナギサもあそこまで追い詰められていたのかは理解してしまえる。
命の危機という言葉の現実性が薄れたこのキヴォトスにおいて、ヘイローの破壊とはそれだけの重みをもつ事象なのだ。
「それは……間違い、ないんだね」
「はい。ミネさん────救護騎士団の団長の方ですね。彼女から直々に報告された事です。まず間違いはないかと」
その様子から望み薄だとは思ったが、それでも念のためと行った確認の答えは、やはり無情なものであった。
しかし、その中に無視できない情報が含まれていたのを先生は見逃さない。
「……ミネって、今どこにいるか分かる?」
「それはもちろん救護騎士団に……救護、騎士団に────」
尻すぼみになる言葉と、比例して愕然と見開かれる目。
おそらく気付いたのだろう。最後にミネの姿を見たのが、随分と昔であった事に。
「もしかして、ミネさんも……?」
「分からない。可能性はいくつかあると思うしね。ただ、私はセイアだけじゃなくミネも行方不明だと聞かされたから」
「……先ほどから先生は『聞かされた』と仰いますが、それはどなたから聞いたのですか? その、非常に言い辛いことなのですが…………」
今度は別の要因で尻すぼみになる言葉。
おそらく、後に続くのはその人物が容疑者なのでは? という疑問なのだろう。
いまだ衝撃に呆然としながらも会話から情報を汲み上げるその力は、流石と言う他ない。
「実は、ゲヘナの生徒会長と風紀委員長でね。あの二人が犯人ではないというのは私が保証するよ。先生としての名に賭けてもいい」
「ゲヘナの……なるほど。いえ、疑って申し訳ありませんでした。しかし、外に情報が漏れているのはよろしくありませんね…………」
てっきり拒否反応でも出るかと身構えていたが、思っていたよりも負の感情が小さかったことに胸をなでおろす先生。
(考えれば、ナギサはエデン条約を進めようとしていたんだし。それも当然か)
「あの二人は元々諜報力が高いし、今回は色々と関係もあったみたいだからね。また今度話すよ。…………少し話が脱線しすぎたね」
「ああ、そうですね。それで、なのですが……そこまでの情報を持っていらっしゃるという事は、私の目的────トリニティの裏切り者を探すことに協力していただける、ということでよろしいのでしょうか」
「うん、それについては協力させてもらうよ」
「っ! そうでしたか、ありがとうございます。では────」
しかし、そこで割り込むように『ただ、』と語る先生。
協力自体はするつもりであったが、そこには条件があったのだ。
「もしその子を見つけられたら、話を聞かせてもらいたいんだ。そして、できるのならナギサにも話を聞いてほしい」
「先生、それは……」
数瞬前の喜色はどこへ行ったのやら、ナギサの表情が怪訝な色に曇る。
単純な労力だけで言えばどうということは無いが、しかし彼が言っているのは『人殺しの話を聞いてほしい』というのとほとんど同義なのだ。そうなってしまうのも無理はない。
が、コレに関しては先生の譲れない一線でもあるワケで。
何度も語るが、彼は
ピタリと、あるいはピシリと。両者の動きが止まり、静かに視線が交わされる。
互いに確固たる信念があるからこそ、簡単に折れる事は無い。
先に動いたのは、先生の方であった。
「今日はもう遅いし、この辺りでお開きにしようか」
「……そうですね」
「うん。今すぐに答えを出すことは難しいと思う。だから、返事は待っておくね」
「分かりました」
時間を言い訳にした結論の先送りであるが、しかし事実でもある。
互いに、考えと気持ちを整理する時間は必要であった。
「それじゃあ、私はここで。色々と話してくれてありがとうね」
「いえ、それに関しては構いません。むしろ、誠意を見せるのであれば最初に全て話しておくべきことでしたし」
「ナギサは真面目なんだね。……忘れないでね。私は、ナギサの味方でもあるからね」
そう言って立ち去る大人の背中を見ながら、桐藤ナギサはじっくりと考えを巡らせるのであった。
対談前よりも少しだけ軽やかになった表情で。
────────
そんなこんなで始まった補習授業部の合宿。
それぞれに不穏な影が見え隠れしながらも、しかし同時に『この子たちが人を殺すのか』と聞かれれば否と答えられる善性を持った少女たちとの日常は、事態の真相を掴もうと苦心する先生にとってある種の癒しとなっていた。
それはそれでどうなんだ? とは彼も思わないではなかったが。
リアクションが大きいコハルとそれを揶揄うハナコ、そしてそれに天然を発揮するアズサ、それを見て困ったようにしながらも笑うヒフミという光景は中々に相性抜群であり、そこに学生特有の青春が重なればどうなるかと言えば……ドロドロとした内情に触れている先生にとっては眩しいぐらいなワケで。
やはり私は生徒たちのこういった日常を護りたいのだと、決意を改める大きな要因になっていた。
さて、そんな先生であったが。
今、彼は合宿所のプールへと足を運んでいた。やむを得ない理由があったからである。
その、理由とは────
「わぁっ、水が入ってるー!」
先生の目の前で無邪気に振る舞う少女であった。
「お待たせ。用件を聞いても良いかな?」
唐突に連絡を寄越してきた少女、聖園ミカへと先生はその理由を尋ねる。
わざわざ内密にティーパーティーという重役の少女がコンタクトを取ってきたのだ、何かしらがあるのだろう。そんな予想を基にした行動である。
「……えへへ。先生は上手くやってるかな、って思って」
果たして、その答えは。
曖昧に微笑みながら語る少女からは、読み解けなかった。
────────
場所は移り、セイアともう一人の少女が過ごす夢の領域。
「くぅ……くぅ…………」
そこでは、セイアが創った椅子に座り、セイアが創った机に体を預け、セイアが創ったクッションに顔をうずめながら眠る少女と、それを呆れた様子で眺めるセイアという光景が繰り広げられていた。
「まったく……気持ちよさそうに眠って」
「うへへ……きっとオアシスには…………ダンベルピラミッドが………………」
「……どんな夢を見てるんだ?」
あれからも少女の言葉にセイアが苛立つことはあったが、なんだかんだ、この両者の関係は今も続いていた。
それはこの少女の大らかさがセイアの態度が刺々しくなっても問題なく受け入れたから、というのもあるが。何より最も大きな要因は────
(……やっぱり干渉できないな。寝ている状態ならばあるいは、とも思ったが)
この空間から彼女を追い出すなどの、直接的な干渉をセイアができなかったことであった。
それも、心理的な要因────つまり、『やりたくない』からできない────ではなく、まるで自分よりも上位の力に保護されているかのように干渉が無効化される、という『やろうと思ってもできない』状態であったのだ。
その上でこの少女がセイアの領域から立ち去ろうとしないとなれば、いつかは顔を合わせることになるのは必然なワケで。
一時的に隔離空間を作ることで一人きりになる事はできたが、あくまでもそれは臨時のものでしかない。中心に彼女がいる以上、関わりを断ち切るというのは困難であった。
そして顔を合わせる度に────それこそ『何も気にしていない』と言うかのように笑いかけられてしまえば、意地を張り続けるのも難しく。
結局はそんな彼女の無邪気な振る舞いにため息をつきながらも、折れたセイアが応えるというのが様式美となっていたのであった。
……あるいは。
本音を無駄にきらびやかな言葉で装飾し、そこから腹の内を探り合うのが常であるトリニティでは見ない、純粋で天真爛漫、しかし中心には一本揺るがない芯が通っているというその人柄に惹かれていた、とも言えた。
「まったく、人の気も知らずに。呑気なようで羨ましいよ」
言葉だけを見れば非難めいた嫌味、しかしそこには確かな親愛の色が含まれている。実際、口ではそうは言いながらも嫌がらせなどをしていない所からも、それは読み取れた。
「うへ……」
「……」
セイア自身にも、自分が絆されているという自覚はあった。
一人きりの空間は作れたというのに、なんだかんだ最後にはこの少女がいる領域へと戻っているのだ。自分でも流石に気付く。
とはいえ、何度自分が機嫌を悪くして失礼なことを言おうと彼女はブレないのだ。いつもいつもその笑顔で迎えられれば毒気も抜かれるし、そもそも自分に好意を向けてくれる人間を嫌うというのは難しい事でもある。
これは何度か聞かされた『カッコよくてかわいい自慢の後輩』とやらも苦労したんだろう、などと思ったほどだ。
まあ、当の本人は何も気付いていないようであったが。
(そう思うと、なんだか無性に腹が立ってくるな)
自分でも口にしたが、いつもこの少女は人の気も知らずにその笑顔を
彼女も彼女なりに色々考えているのだろうが、しかしその無邪気な振る舞いに自分だけが思い悩んでいるように感じれば……なんというか、こう、不平等な気がしてくるワケで。
いっその事、そのふにふにとした頬でもつついてやろうか。
そんな、最近では珍しくなった茶目っ気。
彼女は後に、それに従って行動したことは生涯忘れないだろうと語った。心の底から尊敬できる先輩との、大切な記憶だ、と。
「んぅ……あれ、セイアちゃん? どうしたの?」
セイアが人差し指を頬に突き立てた事で、少女が微睡から覚める。
寝ぼけ眼のままに、目の前で固まった少女へと問いかける様は『ぽわぽわ』という擬音がよく似合っていた。
だが、しかし。
問い掛けられた少女、百合園セイアは、何も返すことができなかった。
(なんだ……なんだ、今のは)
突如セイアの脳内に溢れ出した、存在しない記憶。
いや、それは溢れ出したなんて言葉では足りなかった。それは────そう、むしろ『蹂躙した』と表現する方が正しい。
眩く、そして青く透き通っていた筈の空は、血のような不気味で重苦しい赤に染まり
(いったい)
天を貫くように伸びていたサンクトゥムタワーは、まるで空から堕ちてきたかのような黒々とした柱に破壊され
(なんなんだ、これは)
同じように各地に突き立ったその柱からは、まるで黙示録の喇叭のように軋む不協和音が響き渡り
(これは、まるで────)
銀河の如き色彩を放つ人知の外側の化物が、その柱を護るように暴れ回り
(世界の、終わりじゃないか)
空から地を照らしていた太陽が黒いナニカに隠され、舞い上げられた瓦礫が落葉みたく空を飛び回り────
「もしかして。セイアちゃん、見えちゃった?」
「────ッ!!」
静かな、そして空間に響き渡るような。
彼女にしては珍しい色の声。
少女を衝撃から引き戻したのは、そんな呼びかけであった。
「……今のは、いったい」
息も絶え絶えに、荒い呼吸を喘ぐようにしながらの呟き。
アレは何なのか、とも、アレはどういう事だ、とも取れる疑問であった。
「こんな場所で出会ったんだから、もしかしたら見えちゃうかもな~、とは思ってたんだけど。ごめんね、見ていて気分の良いものじゃなかったよね」
「そんな事を…………そんな事を、聞いているんじゃない! アレは、一体いつの事なんだ!?」
しかし、彼女は────否、彼女だからこそ、その正体を掴めていた。掴めてしまっていた。
何せアレは、未来を見る時とほとんど同じ感覚だったのだ。
故に、質問をより具体的に変える。
それは、見てしまった恐怖から目を逸らすための逃避的行動とも言えた。その結果恐怖により深く触れることになろうとも、今この瞬間の安寧を得るために。
「正確なところは私にも分からないかな。ただ、まだしばらく猶予は残ってるはず」
答えは静かなものであったが、やはりその内容には希望が籠められていた。実に彼女らしい。
だが、それ故にセイアには理解できない。
(なぜ、そんな事が言える……!? アレに希望なんてあるわけがないだろう……!?)
自分が見ていた
“何をどう変えても似た結末に行き付く”のではなく、“何をどう足掻いたところでコレからは逃れられない”と理解させられてしまう、そんな光景。
一目見ただけで、彼女の心には容易く亀裂が入っていた。
(アレはだめだ……本能的にそう理解させられてしまう。アレは、私たち生徒とは本質的に相容れない、私たちを壊すための存在だ)
しかし、同時に疑問にも思う。
「……なぜ、そんな未来を識っているんだ? 君は私とは違うんだろう?」
未来を視る。
生まれ持ってそう定められた自分でも見えなかった随分先の未来を、なぜこの少女が識っているんだ、と。
はたして、その答えは。
「詳しい理由は私にも分からない。これは“彼”の記憶だから。それに、パスを通じて流れてくるのも断片的な記憶だけだし」
「彼……?」
「そう。私を救けてくれた、大切な人」
真実を語っているのだろうとは分かるが、しかし煙に巻かれたような気にもなる。
そんな、曖昧な答えであった。
「……分からない。君はいったい何を言っているんだ? どうしてアレを直視して正気でいられる? いや、そもそもアレをどうにかできると本当に思っているのか?」
判らない。
「う~ん、どうだろ。アレは怖いなって思うし、どうにかする手立てを思いついてもいないかな」
「じゃあ、なんで────」
解らない。
「あの子が、まだ頑張っているから。だから、垣間見た程度で私は折れていられないの」
分からない。
これまで話していた存在のはずなのに、まるで理解できない。
どうしてそんなに強く言い切れる?
どうしてそんなに強く生きられる?
どうしてそんなに、強い瞳ができる?
無意識のうちに足が駆け出す。
今の彼女は、対面の少女でさえも恐怖の対象となっていたのだ。
理解できない未知を人は恐れ、忌み嫌う。
慣れた動作で自分だけの空間を創り、飛び込む。何度繰り返したか分からない行動だ。
けれども、今回のソレはこれまでとは程度の違うものだ。最早、二人の関係はこれまでとなるかもしれない。
残された少女は、珍しく唇を引き結んで「ごめんね、セイアちゃん」とだけ呟いた。
稀有な縁で結ばれた相手との関係がこれで終わるかもしれないと理解したが故の、謝罪であった。
.24/8/20追記
本編で書ききれなかった
実はコハルが補習授業部に選ばれた経緯は原作と少し違っていたりする。
というのも、きっかけとなった『エデン条約の会議でゲヘナに赴いたハスミがキレて帰ってくる』という事件が
・関係の改善したヒナが会議に同席していた
・会長業務に真面目に取り組むようになったマコトがポカしなかった
という要因で起こらなかったから。
じゃあなんで選ばれたのかっていうと結局はその日に起きたできごとが原因だったりする。
というのも、原作と時間軸がズレた結果、ゲヘナから帰る途中でイブキと遭遇し「おっきいお姉ちゃんかっこいいー!」と言われた事で
・若干コンプレックスになってた点を褒められてご満悦
・ゲヘナにも案外まともな子はいるのかもしれない
とニコニコ笑顔でトリニティへ帰った結果、『あのハスミがゲヘナ帰りで笑うはずがない。何かあったんだ!』と邪推されたから。
以上、与太話でしたm(_ _)m