【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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サプラ~イズ♪(鬼怒川カスミ)


三次試験襲撃 第一幕:開戦

 そうして時は過ぎゆき、いよいよ補習授業部の三次試験を翌日に控えたその日の夕方。

 ナギサは、いざという時のために前々から準備していたセーフハウスで落ち着きなさげに紅茶のカップを傾けていた。

 

 話はそう取り込んではいない。つい一時間ほど前に、先生から『第三者による盗聴の可能性がない場所で話せないか』と連絡された、それだけだ。

 

 とはいえ、時期が時期である。

 自治区内の不審な動きが正義実現委員会から報告されているようなタイミングでの内密な話となれば、まあ間違いなく重要な話だろう。

 

(……先生、まだなのですか?)

 

 ここ最近は薄くなっていた疑心暗鬼が、その鎌首をもたげるように這い寄ってくる。

 先生を信じているとは言っても、ナギサがこうして護衛も付けずに過ごすのは久々なのだ。どうしても不安が────それこそ、目の前の扉を破って襲撃されるんじゃないかという恐怖が湧き上がってくるのも仕方のないことなのだろう。

 

 そんな嫌な想像を紅茶と共に流し込むことしばらく、セーフハウスの扉を開ける音が耳朶を叩いた。連続して聞こえてきたのは、()()()の足音。

 

「────え?」

 

 呆然としたような音が漏れる。

 

(どうして、複数人の足音が? この場所について教えたのは先生だけのはず……まさか入った段階で尾けられていた? いえ、まずは逃げなければ)

 

 咄嗟の判断で非常口へと体を向けたが、しかしその判断は遅すぎたようで。

 どたどたと駆け出すような足音が数歩分響いたかと思えば、すぐさま背を向けた出入り口がガチャリと開かれる音が鳴り響いた。

 

「……」

 

 おそるおそると戸口の方へ視線を向けるナギサ。

 

(……ああ)

 

 はたしてその先に立っていたのは。何やら大きなリュックを背負った先生と、その斜め後ろ当たりを固めるように立つミネの姿。

 そして、その見慣れないリュックが独りでに蠢いたかと思えば、やがてピョコンと飛び出るようにキツネの耳が視界に映り込む。随分と見慣れたキツネの耳だ。

 

(ああ、そうだったのですね)

 

 けれどもナギサの表情に浮かぶのは安堵の色ではなく、むしろ悲嘆と諦観のソレであった。

 

「あなたたちが、『トリニティの裏切り者』だったのですね…………先生、そしてセイアさん」

「────え?」

「え?」

 

 

 

 

(えっと……これ、どういうこと?)

 

 遂に三次試験を翌日に控え、アリウス分校の動きも確認できたということでナギサに諸々の説明を行いに来た先生。

 しかしながら、出迎えるようにナギサから『トリニティの裏切り者』と呼ばれたことでそんな予定は崩れてしまっていた。

 

(えーっとえっと、まずは状況を整理しよう)

 

 何がなんだか分からないが、ひとまず纏まらない思考を落ち着けようと深呼吸を────

 

「ほうほう。どうしてそう思ったんだい? ナギサ」

 

(ちょっとセイアさんっ!?!?)

 

 する間もなく傍らのセイアが話を進めた出したために、首をギュインと曲げる先生。

 ちなみに当のセイアはそんな彼の様子を横目に見て吹き出しそうになっている。

 

(いや、なんでそんな黒幕みたいに話を進めたの!? あと今笑いそうになってたよね!?)

 

「……最初から、妙だとは思っていたんです。そもそも、この一連の騒動はどれもトリニティの内情へかなり詳しくなければできないようなものばかり。その上で何らかの陰謀が見えるような計画性もありました。冷静に考えれば、疑うべき容疑者は一般生徒ではなくどこかの組織の上層部になるでしょう」

「ふむ、一般生徒は関わっているとしても駒として。必ずその奥には指し手がいる、と。道理だね」

「そうなれば候補など少数です。……というより、一番に疑うべきはティーパーティーの誰かでしょう。もちろん、動きの読めないシスターフッドやハナコさんといった方々も怪しくはありますが」

「そしてミカは腹芸が得意ではない性格……故に私が生きており、それどころかシャーレの先生(超法規的存在)と共にいるという事はそういう事だ、と?」

 

 そんなセイアの質問に、ナギサはコクリと一つ頷きを返した。

 

 最早完全に先生の手を離れて進行する事態。チラリと後ろを見れば、ミネも状況を呑み込めていないようで、明らかに硬い表情をしたままセイアの方を見ている。

 数秒だけ、張り詰めたような沈黙が部屋を満たした。

 

「いや、見事な推理だね。小説家にでもなれるんじゃないかい?」

「っ、どうして! どうしてこんなことをしたんですか!? セイアさ────」

「まあ、完全に的外れなんだけどね」

「────はぇ?」

「さて、茶番はこのあたりで(しま)いにするとして。話を始めようか」

 

 先生の肩をポンと叩いて降ろすように頼みつつ、少しだけ微笑みながらセイアは続ける。

 

「まずは今の状態では何を言っても信用されなさそうだし、誤解を解くところから始めようか」

「誤解……?」

「そもそもの話として。もし私が黒幕だとして、それが先生と関わりを持っているのは少しおかしくないかい? なにせ、私が襲撃を受けたのはシャーレが立ち上げられるよりずいぶん前の話だ。ついでに言えば、君から見た先生はこんな陰謀に手を貸すような人間だったのかい?」

「それは……」

 

 セイアの冷静さに当てられるように、次第に落ち着きを取り戻すナギサ。

 とはいえ混乱から完全に抜け出したというわけでも無いようで、その表情には疑問の色が色濃く表出していた。

 

「……では、セイアさんは本当にトリニティの裏切り者ではないのですか?」

「君が信じられるかどうかだろう。というか、私だってこれまで何も手を打ってこなかったという意味では『裏切り者』と呼ばれても文句は言えないんだしね」

「分かり、ました。そもそも、セイアさんの(予知)があればもっと上手く策を巡らせられますもんね」

「……その納得のされ方は、それはそれで嫌なものがあるな」

 

 微妙に顔をしかめつつ『ま、話が進むならいいか』と呟くと、セイアは続きを語り始めた。

 

「さて、となると私の襲撃を指示したのは────もっと言えば、トリニティで起きている一連の事件を企図したのは誰なのか、という所に議題は戻るわけだが」

「もしかして……ミカさんが、“そう”なんですか?」

「さすがに行き着いたみたいだけど、半分不正解だね」

 

 どこか煙に巻くような曖昧な物言いに、ナギサが疑問を強める。

 こういった言い回しを彼女が好むのは一種の癖のようなものだと理解はしているが、それはそれとして今は止めてほしい。そんな表情である。

 

 と、そんな不満を感じ取ったのだろうか。

 パンと手を叩くように────とはいえ萌え袖のせいで立てられた音は『ポム』といった感じであったが────セイアは『なら、要点に絞って諸々を伝えようか』と告げた。

 

「要点……?」

「まず、さっきも言ったように事件の原因の半分はミカだ」

「……そう、なんですね」

 

 沈痛に唇を引き結ぶナギサ。

 しかしまだまだセイアの話は終わらない。

 

「そしてもう半分は“アリウス分校”にある」

「アリウス分校ですか!?」

 

 迫害された過去とかつてミカが『和解したい』と語っていたことを思い出し、納得と驚愕に襲われるナギサ。

 しかしまだまだセイアの話は終わらない。

 

「より正確に言うのならば、アリウス分校を私物化している『ベアトリーチェ』という大人だがね」

「大人!? というかどうやってそんな情報をセイアさんは!?」

 

 今度は完全に未知の情報をポンと出され、驚愕の色を濃くするナギサ。

 しかしまだまだセイアの話は終わらない。

 

「ちなみに今日君もアリウス分校に襲撃されるよ? 時間的には……そうだな、あと数時間後だね」

「しゅ、襲撃!? 大丈夫なんですか!?」

 

 もはや完全に混乱し切り、その内心を取り繕うことすらできなくなるナギサ。

 しかしまだまだセイアの話は終わらない。

 

「大丈夫だよ。手は打ってあるし、アリウス出身のアズサも守ってくれるからね。それと、先生はかつてゲヘナの生徒の足を舐めたことがある」

「ちょっ、セイア!?!? いやなんでそんなこと知ってるの!?」

「え? アズサさんはアリウス分校出身で、数時間後にはアリウス分校の襲撃があって、でもアズサさんは私を守って? 先生は足を舐めて……足を舐めて!?!? あ……え? ────きゅう」

 

 思わぬ流れ弾に取り乱す先生と、視線を僅かに冷たくするミネ。そしてそれへ楽しげな横目を向けるセイア。

 そんな三人の前で、()()()刺激的な新情報の波に飲み込まれたナギサがかわいらしい声を上げながら意識を手放す。

 

「……さて、先生。少し予定が変わった」

「…………何かあったの?」

「いや、まだだ」

 

 それを見届けると、浮かべていた笑みをスッと収めたセイアが手早く状況を共有し始めた。切り替えられた雰囲気は既に鉄火場のソレである。

 

「何が起こるの?」

「市街地でマクガフィンが暴れた影響で近くでも騒ぎが起こる。早く立ち去らないと混乱に乗じて近寄ってくるアリウス分校の偵察班に勘付かれるね」

「猶予は?」

「大体5分ぐらい」

 

 同じく表情を真剣なものへと改め、すぐさま状況の把握に動く先生。ナギサを混乱させるために言ったのであろう最後の情報について気になりはするが、それよりも迅速に行動することを優先させたらしい。

 

「ミネ、ナギサを頼める?」

「了解しました…………しかし、両手が塞がることになりますが大丈夫でしょうか」

「そこは私が予知でカバーするさ。それじゃ、先生。もう一回運送頼めるかい?」

「仰せのままに、お姫様?」

「ハハッ、カボチャの馬車の代わりはリュックサックかい?」

 

 自分たちが────特にセイアがいた痕跡を消しつつ準備を終えると、先生とミネはリュックの中から聞こえる道案内に従って補習授業部の合宿所へと急ぐのであった。

 

 

────────

 

『あ、あー。テステス。聞こえているかい?』

 

 時は流れ、夕暮れ時を過ぎ去り夜闇と月明かりが世界を支配するようになった頃。

 先生とセイアは、インカム越しに複数の声と会話しながら作戦の最終確認を行っていた。

 

『よしよし、大丈夫そうだね。それじゃあ、改めて今回の作戦の目的から振り返ろうか』

 

 ミネやサクラコ、ツルギからの応答で通信状況を確認すると、まずは達成目標からおさらいするセイア。

 真横とインカムの両方から声が届くというのは何度経験してもやはり奇妙な感覚だな、と思いながら先生も確認をする。

 

『本作戦の目標は大きく二つ。一つはミカとアリウス分校生徒の確保および保護、そしてもう一つが指名手配中のマクガフィンの確保だ』

 

 一つ目に関しては、調印式襲撃の阻止と劣悪な環境からの救出、そしてこれ以上過ちを重ねさせないようにするため。

 そして、二つ目は────

 

『……しかし、本当なのですか? その、マクガフィンが単なる敵対者ではないというのは』

『信じられないのも無理はないし、それを無理に信じてくれと言うつもりもないよ。まあ、なんにせよ彼の確保は必須だろう?』

『……そうですね』

 

 やはりまだ納得し切れていないのだろうか。

 サクラコが小さく零した疑問に、セイアが肩をすくめるように答える。

 

 

 

 シスターフッドまで含めたトリニティの大組織全てからの協力を得るために、セイアは事情のほぼ全てを話すことを選択した。

 それも、ティーパーティーの内情のような『そこまで話してしまって良いのか?』と思ってしまうような部分まで全てを。

 本人曰く、『それが積み重なった結果が少し前に乱立していた不信だ。それを打ち破ろうとするなら、まずは自分から踏み出さないと』らしいが。

 

 ともかく。

 その甲斐あってと言うべきか、こうしてティーパーティー・正義実現委員会・救護騎士団・シスターフッド・補習授業部合同という非常に豪華な作戦が執り行われることになったのだ。

 

 

『それじゃあ次は配置について。……といっても、基本は私がアリウス分校の動きを予知して、みんなにはその動線上に就いてもらっているだけなんだけどね。ただ、ツルギとハスミ、それと二人が選抜した正義実現委員会の生徒はマクガフィンが現れたらそっちに動いてもらうことになる』

 

 目的について語り終えると、今度は配置についての確認が始まる。

 こちらに関しては、セイアが指示したポイントに人員を配備してアリウス分校を待ち伏せするというのが主になっていた。また、その配備自体も各組織ごとで纏めてといった形であるため、その状態は非常に簡潔なものと表現すべきものになっている。

 

 ちなみに敵勢力のなかでも特筆すべき戦力────つまりはアリウススクワッドとミカについてだが、彼女たちの相手はそれぞれ補習授業部とセイアが務める予定である。

 要因としては本人たちの希望が大きかったが、戦略的にも問題ないと判断されたからだ。

 

 何はともあれ。

 配置について特徴的なのはその辺りのみであり、基本的には各勢力がそれぞれの本拠付近をそれぞれに担当するといった形で展開していたのであった。

 

 とはいえそれが手抜きを意味しているわけでもなく、むしろシンプルであるが故に対処の難しい陣形を先生たちは築くことができている。

 少なくとも、大きく崩れる事はないだろうと断言できるぐらいには。

 

 ある一つの……たった一つの不安要素を除いて、ではあるが。

 

『……改めて、先に言わさせてもらいます。マクガフィンを押し留めることはともかく、確保まで行えるかは保証できません』

 

 苦々しげなツルギの声が、インカムを通してノイズ交じりに耳朶を叩く。

 

 

 最後にして最大の懸念、それがマクガフィンの存在であった。

 セイアの予知に映らない特異性、単騎で戦況の趨勢を揺るがしかねない戦闘力、そして地形に囚われない機動力。彼の有するあらゆる要素が、ここまで整えた盤面を破壊する危険性を含んでいるのだ。それも当然の話なのだろう。

 

 加えて厄介なのが、彼に対応し切れる人材がトリニティにはいないことであった。

 以前ゲヘナで実践したように、マクガフィンに対抗するには高い戦闘力を有する少数の生徒────それこそホシノのような実力者────で挑むのが最適である。

 しかしここで問題なのは、ツルギではホシノと同じ動きをすることができないという点であった。

 

 というのも、ツルギはホシノとは異なりマクガフィンの『神秘の鋼線』を見ることができないのだ。

 原因については結局掴めないままであったが、おそらくは経験値の差……つまりはマクガフィンと戦った数の差ではないかというのが先生の推測であった。

 

(……まあ、今は原因についてはどうでもいいか。それよりかは、彼の影響が作戦に出てくるよりも先に目的を果たす方法を考えるほうが建設的だ)

 

 何はともあれ、既に時刻は作戦開始へと刻々と近づいている。

 今から大筋を変えることは現実的ではない。

 

『これ以上マクガフィンが好きに暴れられる状態だと、いろんな意味で困ってくる。アリウス分校も同じだね。だから、今夜のうちにケリを付けておきたい』

「私の方からも、お願いさせてほしい。どうか、みんなの力を貸して」

 

 今できる事としては、こうして全体の士気を上げるために声をかけるぐらいだろう。そう判断すると、先生はセイアに続いて通信機へと声を飛ばすのだった。

 

 

────────

 

「……始まったか」

 

 気付かず声に漏れていた自分自身の思考を聞きながら、百合園セイアは言いようのない不安感と戦っていた。

 

 各地からは既に作戦行動へと移ったと報告が上がっている。今のところではあるが、予知にも一切の変化は見られない。

 故に、間違いなく順調に作戦は進んでいる。進んでいるはずなのだ。

 

 だが────いや、()()()()()だろうか。

 そんなわけがないと直感が不安を吐き出していた。彼が手を出してこないはずがない、と。

 

「何か、未来に変化は?」

 

 と、そんな弱気を見抜かれたのだろうか。

 傍らに立つ先生が、気遣わしげな表情で同じように抱えているのであろう不安感を覆い隠しながら質問をした。

 

「……いや、なんにも。いっそ不気味になってくるぐらいだ」

「本来なら、良いことなのにね」

 

 既に各地から上がってくる報告は作戦完了────すなわちアリウス分校生徒の確保を完了したという内容に変化している。

 発生した戦闘も非常に小規模なレベルで済んでおり、また、その周囲の住民や生徒の避難も完了している。

 

 何のイレギュラーも無く作戦は進んでいるのだ。

 まるで川が上流から下流へと流れるみたく。

 

 とめどなく、淀みなく。

 いっそ単調なほどに。

 

(大丈夫。ここまで作戦が進めば作戦目標の片方は達成できたも同然なんだ。いくらマクガフィンでも────)

 

「────っ!! はっ!?」

 

 不意に、観測していた予知にノイズが走った。

 視界の隅に映る程度であったソレは次第に大きくなり、やがて全てを飲み込むかのように予知を覆い隠す。

 

 そして、新たに更新された未来に映っていたのは。

 

(アリウス生徒が脱走……いや違う! マクガフィンかっ!! そして────ミカを取り囲むパテル分派の生徒か? おい待て、それは拙すぎるだろっ!?)

 

「何が起きるの!? セイア!?」

「マクガフィンだっ! 確保したアリウス分校生徒が解放される! そしてミカが避難中のパテル分派の生徒と鉢合わせることになる!!」

「それは────」

「おおよそ最悪なルートに繋がる! 急ぐぞ先生!!」

 

 近くで待機していた補習授業部の面々やナギサを置いてきぼりにするかのように駆け出すセイア。

 その表情には抑えきれない切迫の色が滲んでいたのだった。

 

 

「頼むから、間に合ってくれよ……!」

 

 

────────

 

「ミ、ミカさん……? これは一体どういう…………」

 

 町中から離れれば月明かりぐらいしか世界を照らさない、そんな暗い夜の真っ只中。

 トリニティ大聖堂の付近にて。

 

 怯えるような色が顕著になった調子で、一人の少女がおずおずと問いを放っていた。

 勇気を振り絞ったのだろうか、固く握りしめられた両の拳は周囲の生徒たちとは違って酷く震えている。

 

 とはいえその周囲の生徒たちもまた身を寄せ合うようにしているあたり、皆一様に恐怖を感じているのだろう。

 

「ん~? あなた、誰だっけ?」

「……え?」

「あ、思い出した! パテルの子だよね。それで、聞きたいのは今何が起きているのか────というより、私が何をしているのか、とかかな?」

 

 突然に避難するように案内され、さらには学園の各所からは加速度的に激しくなる銃撃音が響いている。

 明らかな非常事態だ。

 

 だというのに。

 質問を投げかけられた少女、聖園ミカはいつも通りの調子で受け答えをしている。まるで散歩中に級友に出会ったかのような自然さで。

 その周囲に、明らかにトリニティとは異なる服装と武装をした生徒を引き連れながら。

 

 明らかな非日常の真ん中で、けれども日常のままを維持している少女。

 その姿は、なぜか酷く恐ろしく、そして気味の悪いものとしてパテル分派の生徒たちに映った。

 

「ほんとに分かんないの?」

「え……?」

「うーん、そっかぁ……。ま、しょうがないよね」

「いったい、何を仰って…………」

「あなた達だって、嫌だったでしょ? エデン条約。だってさ、あのゲヘナだよ? 気持ち悪い角とか生えた。どうせどっかで裏切られるに決まってるじゃん。でもナギちゃんもセイアちゃんもそのまま進めようとするんだもん……ほんと、困っちゃうよね」

 

 戸惑う少女の声に割り込むように、ミカは語りかける。

 なんてことのない雑談を話すように。

 

「ま、まさか……!? そのためにクーデターを!?」

「だってそれ以外に方法ないでしょ? ティーパーティーの過半数が賛成してるんだし。それに、あなた達だって陰で色々言ってたじゃん。私がなんとかするべきだー、みたいな感じで」

「だ、誰もここまでしてほしいなんて……私たちはただ…………」

「へぇ、そんなこと言うんだ。ふーん。まぁ、そんなとこだろうとは思ってたけどさ」

 

 スッ、と細められる視線。

 僅かに、場の空気が剣呑なものへと変化する。

 

「そ、そもそも……私たちはちょっとした話の流れでそう言っただけで」

「あー、もう別にいいよ。あなたたちは好きに受け止めれば。どうせもう動いちゃってるんだし、後はナギちゃんだけ抑えれば終わるんだしね」

「ナギサ様を……? ま、まさかセイアさんも!?」

「あはっ、そんな所だけは賢いんだね…………そうだよ。対外的には療養中ってことになってるセイアちゃんは、私の指示で襲撃されたの。全部、私がやったの」

「く、狂ってる……」

 

 酷い言い草だなぁ、なんて呟きながら、しかし纏う雰囲気をミカはより硬質なものへと変化させる。

 

「ひっ……!」

 

 誰かの喉から、掠れたような音が漏れ出た。

 今、自分たちは明確な危険と向かい合っているのだと理解したのだ。

 

 

 もはや事態は一触即発、些細なきっかけで戦闘が────否、蹂躙が引き起こされる。

 

 

「ほんと、あなた達っていつも勝手だよね。お姫様みたいに祭り上げといて、こうなったらすぐに手の平を返すんだもん。別に、いいけどさ。いいんだけどさ。私だってそうなんだし。でもさぁ、それに何も思わないっていうのは難しいじゃんね。だから────」

 

 

 ついに《Quis ut Deus》の引き金へと指がかけられ、その銃口が持ち上げられる。

 けれども、それは照準を合わせるまでは行かなかった。

 

 なぜならば。

 

「ミカさん……もう、止めてください。事情は知っていますから、どうか」

 

 肩で息をしながら、この場へある少女たちが割り込んできたのだ。

 

「……わざわざそっちから迎えに来てくれるなんて、ずいぶん丁寧なんだね? ナギちゃん」

「……っ」

 

 そちらへと視線を向けずとも、長い時を共にした幼馴染の声は分かるのだろう。

 平坦な調子で返された言葉には、ミカへと声をかけた少女の名が含まれていた。

 

 けれども、彼女が冷静さを保てたのはそこまでであった。

 

「……私からも言おう。もう止めるんだ、ミカ」

「────え? セイア、ちゃん? どうして、ここに…………」

「もとより私は死んでなどいない。意識不明にはなっていたが……ともかく、この襲撃に意味はない。だから、もう止めるんだ」

 

 呆然と、振り向いた先の光景を信じられないように後ずさる少女。

 大きく見開かれた瞳は、ただただ驚愕だけを表していた。

 

 そうして沈黙が支配すること数秒、ようやく桃色の少女が口を開こうとした、その瞬間。

 

 次の異変が起こった。

 

「っ! しまっ────!!」

 

 ガラガラと、いっそチープなまでの音を立てながら瓦礫が降り注ぐ。

 その先に居るのは、直前に変化した未来から状況を理解したセイアと、何も分からずに呆然としているナギサの二人。

 

 直前とはいえ察知できたセイアはともかく、ナギサでは回避が間に合わない。そして、セイアも回避はできても重傷は免れられない。

 場の注目が一点に集中したタイミングを狙った、これ以上ない見事な奇襲であった。

 

 

 しかし。

 その瓦礫が二人の少女へと降り注ぐことはなかった。

 

「ミカ、さん……?」

 

 二人を庇うように割り込んだ少女が、その愛銃と左の拳で全ての瓦礫を吹き飛ばしたのだ。

 

 急激に変遷する事態に付いていけなくなったナギサは呆然とし、咄嗟に体が動いてしまったミカもまたこれからどうするべきか分からず呆然としている。

 そして、唯一状況を理解できているセイアは。

 

 

「そう来たか……マクガフィン…………っ!」

 

 

 大聖堂の尖塔付近、飾られた十字架を背負うように佇む黒ずくめの怪人へと、苦々しげに眼を向けるのであった。

 

 

 




最後になりましたが、ハジメ様は最高 さん、一般男子高校生 さん、にゃんこ太郎 さん、まんがん さん、クリストミス さん、makinami さん、のびにたか さん、評価付与ありがとうございました!
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