【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

42 / 101
サプラ~イズ♪(鬼怒川カスミ)(一週間ぶり二回目)

ちなみにタイトルが全てです


三次試験襲撃 第三幕:破局

「はぁ、はぁ…………」

 

 開戦からしばらく、大聖堂手前の広場にて。

 

「まったく、一人でよく耐えるものだ」

 

 百合園セイアは、尖塔から声を投げかけるマクガフィンに答えることができなくなるほどに疲弊していた。

 とはいえそれもおかしな事ではない。

 

 なにせ、彼女の周囲には撃ち落とされた50にも迫ろうかという数の瓦礫の残骸が散らばっているのだから。

 

「パテルの生徒たちを避難させ、更には若葉ヒナタらがアリウスの兵と戦えるまでの時間を一人で耐え切り……本当に、ここまで凌がれるとは思っていなかったよ」

 

 その上で、彼女はヒナタたちが戻ってくるまでの間、散発的に襲い来るアリウス分校生徒からの攻撃まで凌いでいたのだ。

 目覚める前までは前線で戦うための訓練をそう積んでいなかった事を思えば、むしろ快挙と言ってもいいぐらいだろう。

 

 とはいえ、当然ながらそこにはタネが存在する。

 

 それこそが────

 

(瓦礫の投擲……範囲内には私とシスターフッドの生徒数人っ!)

 

 リアルタイムで更新される未来を予知し続けることによる、先の先を最速で取る攻撃である。

 

 

 

 百合園セイアは、梔子ユメから薪浪アヤトの神秘を受け取った際にいくつかの変化をしていた。

 例えばそれは、死者蘇生に伴う『最上位の癒し』というテクストによって病弱な身体が大きく強化されたことであったり、原作知識が変遷した末に落ち着いた『未来を識っている』というテクストによって断片的ながら原作の未来を垣間見た、というような形で現れている。

 

 しかし何よりも大きかったのは、彼の神秘に色濃く刻まれた『例外』、あるいは『異物』というテクストによる変化であった。

 つまり、百合園セイアは元々定義されていた『百合園セイア』という存在(キャラクター)から外れることが可能になったのだ。

 

 それ故、今の彼女は夢を介さずとも未来を視る事ができるし、その未来を変えることもかつてより遥かに容易になっている。

 むしろ、その『例外』のテクストがあったからこそ肉体が丈夫になるといった変化も果たせたと言ってもいいだろう。

 

 

 それらの変化を受け、一から装備や戦闘スタイルを見直して行った特訓のおかげで、彼女はこうして今の今まで無数の攻撃に耐え切れているのである。

 

 

 しかしながら、あくまでもそれは急拵えの付け焼き刃に過ぎない。

 早い話、彼女自身がその能力を活かし切るに至っていないのだ。

 

 常に現在と未来両方の情報を処理しきるだけの集中力、観測した未来へ対応するための瞬発力、不必要な未来改変を行わないための精密動作性、更にはそれらを維持し続けられるだけの体力。

 軽く挙げるだけでも、足りない能力は無数に浮かんでくる。

 

 これに加えて、マクガフィンを相手にする場合は未来の変更という問題が常に付き纏う。彼自身が『例外』の体現であるために、その一挙一動で未来が書き換えられるからだ。

 

 むしろここまでよく耐えきったと褒めるべきだろう。

 

 

「本当に、見事だったよ。とはいえそれもこれで幕引きだ」

 

 

 その一言と共に、先よりも更に大量の瓦礫が宙に引っ張り上げられた。

 

(敗因は……反撃に転じられる手段が無かった事か。流石に私の拳銃じゃ、尖塔の上に立つ彼には火力を届かせられない)

 

 彼の性質上瓦礫を当てられる事はないのだろうが、しかし周囲を大きめの物で固められるなどはされるだろう。

 

「クソッ、ここまでか」

 

 セイアが毒づくと同時に、マクガフィンの手が振り下ろ────

 

 

「まだ、状況は良く分かってないけど。でも、もうセイアちゃんは傷付けさせないよ」

 

 

 されるよりも先に、桃色の少女がその愛銃の引き金を引いた。

 圧倒的なまでの破壊力が尖塔に立つマクガフィンへと襲い掛かり、その動作を回避へと変更させる。

 

 

 戦況が、更に移り変わった。

 

 

────────

 

 場所は移り、補習授業部とアリウススクワッドが向かい合うトリニティの某所。

 瓦礫が飛び交う大聖堂付近とは異なり派手さは薄いが、しかしその場は出血や噛み殺した悲鳴を代表として大聖堂付近よりも遥かに生々しい『戦い』というものを感じさせた。

 

 その原因筆頭である二人の少女、白洲アズサと錠前サオリは、互いに痛々しい傷の目立つ体を庇いながら睨み合っていた。

 

(どうにか渡り合えているけど……優位に立つことができない。やっぱりスクワッドは手強い)

(……おかしい、何故こんなにも手間取る? アリウスにいた頃のアズサなら、既に倒せているはずだ。それに、周りの連中もまともな訓練を受けていないようだというのに妙に厄介だ)

 

 単純な地力ではアリウススクワッドに大きく負けているはずの補習授業部であったが、今のところは互角の勝負を繰り広げられている。

 覚悟の純度の差が大きかったが、やはり見過ごせない要因は先生による指揮であった。

 

 また、その明晰な頭脳を遺憾なく発揮させたハナコが要所要所で挟む発煙弾やスタングレネードもまた、アリウススクワッドの動きを鈍らせていた。

 

 しかし、そこまでしてもなお互角までしか戦況を傾けられないのがアリウススクワッドの強さでもある。

 

(このままじゃ、どこかで発生した隙に乗じて撤退される。それまでに、退避を許さないレベルでイニシアチブを握らないと)

(このままでは、無駄に手傷を重ねることになる。……惜しくはあるが、当初の計画を────桐藤ナギサの抹殺を優先するべきか?)

 

 両者ともに考えを纏めると、再び視線を正面からぶつけ合う。

 

(これは────)

(────次でどうなるか決まるな)

 

 どちらからともなく、決着を予感するアズサとサオリ。

 戦場における両陣営のエースがこの二人である以上、どちらかが倒れた時点で趨勢は決まる。

 

「みんな。多分、次で決まる。力を貸して」

「姫、ミサキ、ヒヨリ。次で決めるぞ」

 

 それぞれにアズサとサオリの周りに集まった面々が、それぞれの反応を返してから動き始める。

 

 

 最初に動いたのはアツコであった。

 他のスクワッドメンバーの数歩前を、自身の展開した煙幕に紛れながら、アズサの動きを縫い止めようと果敢に前進するフードの少女。至近距離まで肉薄されてしまえば、その打たれ強さも相まってかなり厄介なことになるだろう。

 

 その動きを逸早く察知すると、補習授業部からハナコが前に出る。

 煙幕に紛れてスタングレネードを投げ込むことで意識を割かせつつ、自身の体を割り込ませることでハナコはアツコを止めた。

 

「……っ!」

「ここは、通しませんよ」

 

 互いに直接戦闘の能力は低くとも、サポーターとしての能力は一級品の二人。静かな銃撃戦が始まる。

 

「姫が止められたか……先を急ぐぞ」

 

 それを見たサオリは、突出したハナコを叩くことではなく先へ進むことを優先する。

 突っ込まれたことでアツコの展開した煙幕が逆に邪魔になったこともそうだが、ここで足を止めると確実に負けると判断したからだ。

 

「ミサキ、やれ」

「了解」

 

 最速で後の先を取られたことから、イニシアチブを握り返すために範囲攻撃を行うミサキ。サオリの指示の下行われた爆撃は、正確無比に補習授業部へと襲いかかる。

 

「コハルッ!」

「分かってる……私だって!!」

 

 しかし補習授業部も負けていない。

 先生の指揮の下、同じく範囲へ火力を伸ばせるコハルが手榴弾を投擲する。丁度アリウススクワッドの進行方向に置かれるように投げられたソレにより、サオリたちの動きが大きく乱れる。

 

「えへへ、辛いですよね。でも────外しませんよ」

 

 混乱の最中(さなか)、しかし確かな隙を見つけたヒヨリがその愛銃の引き金を絞る。

 蒼白の軌跡を残して真っ直ぐに進んだ銃弾は直前に察知した標的(アズサ)には躱されたものの、その射線上にいたヒフミにしかと命中した。

 

「ぐぅっ……それでも、まだ!!」

 

 疲労の蓄積した肉体では、ヒヨリの一撃には耐えられない。

 しかし、薄れゆく意識の中、平凡な少女は最後に自身の仕事を果たし切った。

 

「なっ!?」

 

 サオリたちの眼前に、唐突に白く大きなナニカが出現する。

 ヒフミの展開した、ペロロ人形のデコイであった。

 

 戦闘開始時に見たとはいえ、身の丈以上の障害物が目の前に突然現れればどうしても体は硬直する。

 

「ありがとう、ヒフミ────これで、決めきるッ!!!」

 

 転瞬、その間隙を突くようにアズサがサオリへと肉薄、《Et omnia Vanitas》の引き金へと指を掛ける。

 

「っ!! 舐めるなぁッ!!!」

 

 しかし、サオリもまたその動きに反応している。

 その手に握られた《アリウス製アサルトライフル》の銃口は、アズサを正確に捉えていた。

 

 

(取った!!)

 

 両者が同時に、自身の勝利を確信する。

 

(取られた────っ!)

 

 両者が同時に、自身の敗北を察知する。

 

 

 須臾の一瞬が悠久の果てにまで引き延ばされたかのような、世界が彩度を失ってスローモーションになったかのような、極限の時間。

 遂にその引き金が引き絞られ────

 

 

「「────ッ!?」」

 

 

 大聖堂から立ち昇った瞳を焼き眩ませるかの如き光の柱によって、互いの照準が僅かにズレる。

 二つのARから放たれた銃弾が、互いの頬に浅く傷を付けて通過した。

 

「…………」

「……ここまでだな」

 

 さらにその光度を増す柱の光に紛れるようにそう呟くと、サオリは身を翻して去っていく。

 

 

「────白洲アズサ。次は無い。必ず、お前の目を覚まさせてやる」

 

 

 それに合わせるように、他のアリウススクワッドのメンバーも退却を開始する。

 引き留められる余力の残っているメンバーは、誰も残っていなかった。

 

 

「……ああ。次は、絶対にこの手を届かせてみせる」

 

 

 苦い引き分けの味を噛み締めながらのアズサの声が、静かに辺りへ響いた。

 

 

────────

 

 時はしばらく遡り、トリニティ大聖堂手前の広場。

 その場では、ミカが参戦したことで大きく変化した戦闘が繰り広げられていた。

 

 それは、開戦からずっと一方的に攻撃を仕掛けていたマクガフィンが尖塔の上から引き摺り下ろされた、というのもあるが。

 

「……っ! これはっ、中々ッ…………!!」

 

 何よりも大きいのは、あのマクガフィンが防戦に追い込まれつつある事だろう。

 

 

 

「フッ────と。いやはや、中々に見事な連携じゃないか。さすがはティーパーティーと言ったところか?」

 

 ミカの懐、SMGが取り回し辛い至近距離にまで潜り込み、あえて振らせた左拳を受けることで大きく距離を取る黒ずくめの怪人。

 そのまま呼びかける声は常の慇懃無礼な調子を取り繕っているものの、僅かにその肩は上下している。

 

(これは……ちっとばかしマズいな。セイアの動きが厄介すぎる)

 

 実際、マクガフィンの内心には少しずつではあるが焦りが生まれ始めていた。

 ゲヘナにて相対したホシノの時とは異なり、じわじわと追い込まれつつあるというのを理解しているからだ。

 

(セイア単騎だったら削り合いで勝ち切れた。ミカ単騎だったら警戒外から仕掛ければどこかしらで勝てていた。ただ、二人が揃うと隙が無くなる。…………どうする?)

 

 セイアを相手にするのであれば、得物が拳銃であるが故の火力不足を突けばマクガフィンが優位に立てた。

 それこそ、多少の被弾は覚悟しての接近戦で得物を奪い去るなり、あるいは最初の辺りでやっていたように遠距離から一方的に攻撃するなりすれば。

 

 ミカを相手にする方であればもっと容易であった。

 なにせ、彼は既に一度ミカと戦って勝ち切っているのだから。

 

 しかし、両者が共闘を始めてしまえば話は変わる。

 セイアの弱点である火力不足はミカによって補われ、ミカが警戒し切れない攻撃はセイアが対応することができるからだ。

 

(つーかセイアに動きの出を潰されるせいでそもそも反撃ができねぇ。だってのにセイアを叩こうとすればミカが間に入ってくる。身体強化の倍率を引き上げるべきか? ただ、どこまでが生徒を怪我させずにいられるのか、その水準が曖昧だし……それに、50%以上だと出力がブレる危険性もある)

 

 マクガフィンが“boost”と名付けた神秘による身体強化は、自身の肉体が耐えられる上限倍率を100%として割合を設定してある。

 その中でもよく使われる倍率が“half halt”、50%なのだが、これにはある特性があった。というのも、50%というのは無意識レベルでも制御できるラインの倍率であるため、絶対にそれ以上にもそれ以下にも出力が変動しないのだ。

 

 ゆえの“half halt”────中域固定。

 

 しかしそれは逆に言えば、それ以上の倍率ではちょっとしたはずみで……それこそ、感情の昂ぶりなどで出力が上下することを意味している。

 オートマタ兵などに使うならばともかく、生徒を相手にして積極的に使おうと思える手ではなかった。

 

(てか何でセイアはこんな強くなってるんだよ。元々は病弱だったはずだろ!? こんなもん完全に想定外だっつーの!)

 

 

 距離を取ることで稼いだ僅かな時間で、マクガフィンは考える。

 次に打つべき手を。

 

 

 一方のセイアもまた、涼しげな表情の下では焦燥の色が強まっていた。

 

(これだけやっても勝てないってどうなってるんだ!? このままだと私が先に潰れるぞ!?)

 

 体力・集中力ともに、限界が刻一刻と近付きつつあるからである。

 というより、体力については既にほとんど底を突いていた。

 

(移動を最小限に迎撃をするならともかく、こちらから積極的に攻めるのは……まず無理だな。ミカとの連携に乱れが出る)

 

 こんなならば以前からもっと運動をしておくべきだったかと後悔するも、しかしそれで現状が変わるワケもなく。じっとりとした睨み合いの時間が、静かに過ぎ去る。

 

 すわこのまま硬直状態になるかと思わせる時間であったが、しかしそれはもう一人の当事者が口を開いたことで変化した。

 

「……あなたは、どうしてこんな事をしているの?」

 

 幾分か冷静さを取り戻した桃色の少女、聖園ミカである。

 息つく間もなかった戦闘が一度止まったからだろうか、彼女の顔には改めて困惑の色が滲み始めていた。

 

「『こんな事』とは、どれのことだい? アリウス分校を唆した事か? 君らティーパーティーを嵌めた事か? それともこうして襲撃を起こした事か?」

「ううん、そうじゃなくて。どうして私の罪を────」

「ただ! ただ、そうしたかっただけだ。大した理由などありはしない」

 

 ミカの言葉を掻き消すように大声を被せるマクガフィン。

 そこには、明らかにミカの独白を防ごうという意図が見えていた。

 

「ねぇ。私って、どこかであなたに会った事あったっけ?」

「いいや、無いとも。そもそも、姿を晒すメリットも大して無いというのになぜ会う必要がある」

「じゃあ、なんで今はこうして表に出てきたの?」

「それはっ…………」

 

 やはり、余裕が無くなってきているのだろうか。

 知らずに掘っていた墓穴をミカに指摘され、黒ずくめの青年は言葉を詰まらせる。

 

「……私はバカだから、あなたが何を思って動いているのかは分からない。でも、このままじゃダメだよ。このままじゃ、あなたは私のせいで────」

「元よりそのつもりだ。ああ、本望だとも」

「なんで……なんでなの? 私はあなたの事を知らない。なのに、どうして?」

「それを君が知る必要はない。いや、君だけでなく誰にもその必要はない。それでいいんだ」

 

 自身をバカだと卑下する少女は、しかし同時に、どこまでも的確に核心を突く。

 答える青年の様子には、僅かに躊躇いの……苦悩の色が漏れ始めていた。あるいは────その身を覆い隠していた、生徒に討たれるべき唯一の悪(マクガフィン)という仮面が剥がれ始めていた。

 

 それぐらいに、ミカの様子には心配と優しさが滲んでいたのだ。

 

 つい先刻まで戦っていたとは思えないほど、場の雰囲気は静かなものへと変遷する。

 

(……この流れなら、対話による説得の余地も出てくるか? 少なくとも、ミカの言葉に耳を傾けているんだ。試す価値はあるか)

 

「君は……本当に、それでいいのかい?」

「……それは、どういう意味だ? 百合園セイア」

 

 その変化を受けて、セイアは次の手を切り換える。

 すなわち、彼を強制的に拘束することで無理やりにでも止めるのではなく、対話を通じて心変わりを促すという手である。

 

「全てを背負い、悲劇を一身に引き受け。君はそんな末路で構わないのかと……そう、聞いているんだ」

「それなら、さっきにも言ったはずだ。本望だ、と」

「もし私がそれを防ぐと言えばどうする? 少なくとも、トリニティに関しては不可能ではないぞ?」

「それを示す証拠がどれだけある? それを信じる者がどれだけいる? そして、それをする意味がどこにある? さすがに気付いているだろう。だからさっきまで君は何も言わずに私を拘束しようとしていた、違うか?」

「……証明され得ない真実、非有の真実は真実足り得るのか。なるほど、第六の古則か」

 

 図星を突かれ、苦々しげに顔を歪めるセイア。

 しかし、対するマクガフィンの反応は得意気なものではなく、むしろ意外にすら思っていそうなものであった。

 

「ほう……それは初耳だな。てっきりこの場で語られるとしたら楽園の証明かと思っていたんだが。まあ、私にとっては楽園など在ろうが無かろうがどうでもいいんだが」

「第五の古則、か。まあ、“エデン”条約だからね。……しかし奇遇だね。私も、今は楽園が在ろうと無かろうと関係ないと思っているんだ。喩え楽園に辿り着けずとも好きに生きてやる、とね」

 

 再び、意外そうな反応を返すマクガフィン。

 イレギュラーが起きること自体は慣れてきたものの、やはりここまでの変化を前にして平静を維持することはできなかったのだろうか。

 

 もしくは。

 少しずつ、押し込んだ記憶の蓋が……必死に塞ぎ止めていた感情の枷が、対話を通じて外れ始めているのだろうか。

 

 真実は誰にも明らかにならず、しかし彼の反応が次第に大きくなっているという事実だけがそこにあった。

 

「そうだね。それなら、少しだけ切り口を変えてみようか」

 

 それを読み取ると、セイアはさらに踏み込んで話を進める。

 かつての彼女自身が直面した命題────すなわち、『自身の行動が無駄だと思うことはないのか』と問いを放ったのだ。

 

「無駄……?」

 

 ピクリと、対話が始まってから初めて分かりやすい反応をマクガフィンが示す。

 

「君が何故その道を選んだのか。細部はともかく、その大筋は理解しているつもりだ」

「…………随分と。随分と知った口を利くな」

「色々とあったからね。その上で、もう一度聞こう。君は、自分の行動が無駄だと思うことはないのかい? 君がどう思っているのかは知らないが、梔子ユメは君の事を決して────」

 

 その反応に手応えを感じたセイアは、更に踏み込んで問いかける。

 問いかけて、しまった。

 

 そこは誰もが……彼自身を含めた万人が触れてはならない、まさしく禁忌と呼ぶべき場所であると気付かずに。

 

 反応は、劇的だった。

 

 

「分かってる!! 分かってるさ! 俺の行動がどれもこれも無駄でしかないなんて!! そうさ、俺のやってることは元々救われるはずだった物語にゴテゴテと手を加えて自己満足を深めているだけのクソッタレだよ!!」

 

 

 セイアの言葉を遮るように、叫び声が響く。

 そこには誰のものか一瞬分からなくなるほどの感情が、激情が籠められていた。少なくとも、あの慇懃無礼なマクガフィンだとは思えないほどには。

 

「マクガ、フィン……?」

「でも、じゃあどうすりゃ良かったんだ!? 最初の一歩を踏み出すべきじゃなかったって!? たしかにそうだろうさ! ああそうだろうよ!! 結局俺がやったのは悲劇の種類を多少変えただけ────下手すりゃもっと酷くしただけだもんな! よりにもよって俺は、あの子の目の前で、あの人を奪ったんだからな!!!」

 

 呼びかける声も聞こえないように、悲痛な叫びは続く。

 曝け出された彼の心にあったのは、どこまでも深い絶望と苦悩、そしてどうしようもない嘆きのみ。青く透き通った世界でただ一人抱えた、黒く濁り切った罪業であった。

 

「でも────でも、俺にはできなかったんだよ! できないんだよ!! 目に見えた悲劇を見て見ぬ振りするだなんて! どうにかできる可能性があるのに……子どもの悲劇を減らせる可能性があるのに何もしないだなんて!! そんなのできるわけ無いだろ!?」

 

 ずっと。

 二年前のあの日からずっと、その心は軋んでいた。

 

 どうにか誤魔化して進んできたその心の軋みは、しかしここで決壊してしまった。

 そうなれば、後は流れ出すのみだ。

 

「ああ、そうさ! 全部、全部無駄だよ!! 始まりが間違ってるんだから! どこまでも醜い自己愛と逃避が最初にあるんだから!! こんなものが正しくなんて、意味を生み出したりなんてするワケがない!!!」

 

 溜め込まれてきた嘆きが。

 慟哭が。

 絶望が。

 

 只管に、悲痛な声として流れ出る。

 

「知ってるよ! 誰よりも俺が、俺の無価値さなんて知ってるよ!! 何回も『お前なんていなければ』って呪ったさ!! でも、今更止められるわけないだろう!? 投げ出せるわけないだろう!? 逃げ出してしまったんだから! ここまで来てしまったんだから!!」

 

 進んでしまったから────逃げ出してしまったからこそ、止まれなくなった。引き返せなくなった。

 だからこそ、その苦しみは色濃くその身を蝕む。その叫びはより深く絶望を表す。

 

 豹変とも言えるその変化を、止められる者はいなかった。

 

「なあ、どうすれば良かったんだ!? 俺はなんでここにいるんだ!? なんで────なんで、俺はここ(キヴォトス)に来たんだ? 教えてくれよ……俺がここに来た意味は、どこかにあるのか?」

 

 胸元を握り締めながら。

 皺が入るほどに固く握りながら、マクガフィンは────かつて薪浪アヤトという平凡な子どもであった存在は問いかける。

 

 何故、自分は此処にいるのだと。

 何故、自分は生きているんだと。

 

 どうか、誰でもいいから教えて(救けて)くれと。

 

「…………なんて言っても、俺が楽になるだけだもんな。ほんと、気持ち悪い。ゴメンな、嫌なもんに巻き込んで」

 

 叫び疲れたように平静を取り戻すと、青年は静かに謝罪をした。

 

 そうして。

 セイアとミカが何か言葉を返す間もなく。

 

「まあ、今日やるべき事は果たせたか。これ以上ここにいる意味もないし、今日は立ち去るよ。きっと大丈夫だとは思うけど、補習授業部は退学させてくれんなよ? ……それと、聖園ミカ。余計な事は言うな。それで全部丸く収まる」

「なっ────待っ────────」

「待たねーよ。今日はこれで閉幕だ」

 

 瞳を焼くような神秘(ひかり)を目眩ましにして、彼は背を向ける。

 

 激情の影響で常よりも遥かに出力の高まったその光が薄まる頃には、彼がいた痕跡は周囲の瓦礫程度しか残っておらず。

 ただどこまでも沈痛な表情をした二人が、取り残されるだけであった。

 

 




最後になりましたが、ロシュ さん、すす砂 さん、Hahahatoriniku さん、評価付与ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。