まあそんな冗句は置いておくとして、最近一話当たりのボリュームが大きくなりすぎてたのでその対策のようなものです。さすがにまとめて読むには重たい文量になってたので。
まあ何はともあれ、どぞ。
「~♪ ~~♪」
ある日のこと。
アリウス分校の自治区外れにて、上機嫌な鼻歌が響いていた。
廃墟に澄んだ青空のコントラストが眩しいその景色には似つかわしくない鼻歌の主は、普段とは少し違う服に袖を通して待ち人を待っていた。
とはいえ臙脂のシャツに白衣という特徴的に過ぎる部分が変わっていないあたり、どこまで真面目に変装するつもりがあるのかは不明であったが。
不幸中の幸いであったのは、ゲヘナの外では彼女の名はともかく顔まではそこまでの知名度を得ていなかったことか。
と、そんな彼女の下へ、一つ足音が近寄る。
やがて姿を現したのは、スポーティな格好に白の外套を重ねた、警戒心をありありと瞳に浮かべる少女であった。
「……誰だ」
手に握る《アリウス製アサルトライフル》の銃口を油断なく向けながら、少女────錠前サオリが誰何する。
対する臙脂のシャツと白衣の少女は、そんな友好的でない態度を気にせず事もなげに答えた。
「ん? ああ、結び手から聞いていなかったか? 代理人だよ。今日は少し急用が入ったみたいでな、それで私が呼ばれたんだ」
「……物資は?」
「いつも通りそこの廃屋に隠してある。料金に関しては既に受け取ってあるから好きに持っていくといい」
アリウスの窓口として結び手と名乗る大人との取引を命令されていた少女は、代理人の言葉に訝し気な眼を向けながらも廃屋を確認する。
「……おい、こちらの指定より数が多いぞ。どういう事だ」
「んん? ああ、どうやら仕入れをしくじっていたらしい。こちらの手落ちだ、
「……チッ」
代理人のいつも通りという言葉通り、数日置きに行われる取引では必ずと言っていいほどの余分な物資が含まれていた。
しかもその大半が
「…………感謝、する」
本来ならばベアトリーチェに報告するべき案件であるが、しかし少女はそれをしていなかった。どころか、それを他の一部の生徒に配りさえしていた。
というのも、以前のトリニティ襲撃の際に心が折れた生徒が大量に出ていたのだ。
本来ならば既に抹殺したはずの『預言の大天使』が生きていた上に、自分たちを捕らえるために策を講じていた。その事実に、もう無理だと絶望してしまったわけである。
それ自体は納得できる話である。
納得できる話であるのだが、しかしベアトリーチェはそれを許さない。
この問題が表面化すれば、まず間違いなく見せしめも兼ねた大粛清が始まるというのが少女の読みであった。
ベアトリーチェの目的に関わる秤アツコが所属しており、尚且つアツコを縛る枷としての役割もあるスクワッドは無事に済むだろうが……そうなった時のことなど考えたくない。
確実に今以上の地獄へとアリウスは変貌するだろう。
そう思っているがために────それを防ぐために、少女は慣れない裏工作をしながら手を打っているのである。
結果、その一部の生徒はベアトリーチェよりもサオリの方を崇拝するようになるといった中々に洒落にならない事に陥りつつあるのだが…………。
まあ、士気の下がっている生徒の大半が元々熱心にベアトリーチェを支持していたわけではなく、むしろ生きるためや周りに合わせてなどといった消極的な理由で従っていた層であるため、それも当然の話ではあったのだろう。
どれだけ立派であろうと、自分に遠い指導者よりも実際に自分を救ってくれた存在を人は信仰するものなのだ。
幸いなのは、ここしばらくベアトリーチェが自治区を留守にする事が多くなっていることだろうか。
どうやらトリニティへ対抗するための兵器や技術を徴発するため、と言っているらしいが、その詳細については本人が『あなた達が気にする必要はありません』と口を噤んでいるために不明な点が多くなっている。
一部の生徒からは“ヘイローを破壊する爆弾”然り、また危険な物を持ってくるのだろうと言われているが。
(まあ、あの人のことだ。どうせロクなことにならないんだろう)
「────っ!?」
自然に行き着いていた思考へ、愕然と歩を止める少女。
(私は……今、マダムを批判したのか?)
元々、少女がベアトリーチェに向ける感情は複雑ではあった。
それは例えば感謝の念。生き地獄のような環境ではあれども自分たちが生きられているのは間違いなくベアトリーチェのおかげであるからだ。
それは例えば猜疑の念。元々ベアトリーチェは自分たちを体の良い手駒……ともすれば本命を得られるまでの繋ぎとして認識しているだろうという事は分かっていた。その上、同じアリウスで育ったアズサが真っ向から間違っていると叫んでいたのだ。
そして例えば、恐怖の念。ベアトリーチェに逆らえばどうなるか、完全に心が折れるまで教え込まれた経験があるからだ。
だからこそ、これまで少女が自治区の主に何か思うことがあったとしても、それが意識の表層にまで出てくることは無かった。
抵抗する意思をそもそも持てないよう教育されてきた過去が、それを許さなかった。
(絆された……あるいは揺らいでいるとでも?)
思い当たる原因はそう多くない。
かつて部隊の仲間として過ごした裏切り者と、ここしばらく関わることになった奇妙な大人。それぐらいだろう。
そしてそのどちらもが強い個性を持っていた。
随分昔の、それこそ風化し始めていてもおかしくない防衛意識よりも影響を及ぼせるような。
(……くだらない。私一人が逆らったところで
少女は吐き捨てるように思考を打ち切り、再び歩を進めようとした。
「随分お悩みのようじゃないか、お嬢ちゃん。どうしたんだい?」
その背後から、声をかけられるまで。
「……何が言いたい?」
「うん? 何かを言いたいのは君の方だろう?」
不快さを隠しもせずに滲ませる少女に、しかし結び手の代理人は飄々とした態度を崩さない。
「現行の体制に疑問を抱いている、あるいは理想を見つけてしまった────さて、どれかな?」
「……黙れ」
「なぁに、そうおかしなことじゃない。人が人として生きるのならば、夢というのは必要不可欠だからな」
「黙れっ!!」
毒を注ぐように語りかける代理人へと、胸ぐらを掴みかかる程の勢いで詰め寄る少女。
元々鍛えていることもあり、そのプレッシャーは凄まじいものである。
だがしかし。
それでも、代理人の余裕を突き崩すことはできない。
「まあまあ、落ち着こうじゃないか。感情に身を任せるのも時には悪くないが、今はよろしくないだろう?」
相も変わらず、蛇のように瞳を細めながら声をかけられる。
事実、マダムの知り合いである結び手の代理人を相手に下手なことはできない。その事実を指摘された少女にできるのは、精々が忌々し気に睨み付けるぐらいであった。
「さっきも言ったが、夢や希望というのは人が人として生きるために必要な────謂わば必須栄養素だ。それを抱いたことを喜ぶことはあれど、恥じる必要など欠片もない」
「普通ならそうだろうさ。だが、ここは普通とは違うんだ。この環境の中で希望を抱いたところで、余計に苦しむだけでしかない」
「ふむ、で?」
「は?」
「なるほどたしかに、お嬢ちゃんの言う通りここじゃ希望は摘み取られるばかりなんだろう。で、それが君の行動を縛る理由になるのか?」
(こいつは……何を言っているんだ?)
当初抱いていたはずの怒りは冷め、疑念と恐怖に襲われる少女。
自分の言葉に納得を示した上で反論する相手のことが、まるで理解できないからだ。
「簡単に物事を諦めてしまう純粋なお嬢ちゃんに一つ、いい物を教えてあげよう。有史以来人間が発明してきた武器のうち、特に優れた二つだ」
そこで一つ言葉を切ると、代理人はクルリと体を回しながら続きを語った。
話の内容とは裏腹に、その振る舞いは実に無邪気で楽しそうであった。
「一つは知識。これは分かりやすいな」
おそらく最も有名なんじゃないかと語る代理人に、内心でひっそりと少女は同意を示す。
それが欠けているからこそ、自分たちは弱者なのだと。
代理人はそんな彼女の内心を察したように瞳を細めながらも、しかし何も言わずに続きを語る。
「じゃあもう一つは何か。単純だ、数の暴力だよ」
「数の、暴力……?」
「どれだけ強い存在でも、数で囲んで棒で叩けばいつかは倒れる。野蛮で短絡的だが、しかし確実な方法だ」
「それは……」
この場でそれを語る意味など、一つしかない。
(まさか……私にクーデターでもしろと!?)
「何を馬鹿なことを言ってるんだ!? 私に付いてくる者が居るわけないだろう!?」
「おやおや、だから言ったろう? 知識を使うんだよ。幸い、君は昔からの教材だけでなく別タイプの教材も最近手に入れたんだ。人を動かすというための知識という点で言えば、これ以上ないだろう?」
「なっ!?」
たしかに、これ以上ないぐらいの教材ではあるだろう。ベアトリーチェには実績があるし、結び手に関しては自身も影響を受けている自覚がある。
だが、それを実践できるかは全くの別だ。この環境に染まり切った人間を自分の側に引き込むなど、考えるまでもなく困難だろう。
「合理的で実に結構。だが、お嬢ちゃんもこのままでは良い結末になど行き着かないのは分かってるんだろう? 安心したまえ、結び手ならば味方するだろうし、おっかないお兄さんもその動きに乗じて来るだろうしな」
「それは……だが」
「まあ、色々とうるさく言ったが選択は君次第だ。君の人生だからな」
散々熱く語っていたというのに、代理人は最後になって身を引き。そのまま話は終わりだと言わんばかりに背を向けると、彼女は立ち去っていった。
「ただ、もし動こうと思うのならば覚えておくといい。合理だけでは人は動かない」
「精々人を惹きつけられるだけの夢を語れよ、錠前サオリ」
風に乗せられるように残された言葉へ返された言葉はなく。
一人、何かを考えるように自分の手を見つめる少女だけが、そこにあった。