【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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鬼のように場面転換が続きます。読みにくいかもです。
申し訳ない……


狂乱の幕開け

 

《トリニティ自治区・通功の古聖堂》

 

 いよいよ調印式が目前に迫り、準備や警備に追われる生徒たちがあくせくと動き回る会場。

 その様子を、いつかのように尖塔の頂上付近で眺める黒い影が一つ存在した。

 

「いよいよ、か」

 

 誰に送るでもなく呟かれた言葉が、風に攫われて茫洋とした空へと流れていく。

 青く透き通った雲一つない空は、しかしどこか重苦しい空気で満たされていた。

 

(トリニティ・ゲヘナ共に会場には到着済み。特にトリニティは殆ど総戦力を送ってきてるか。首脳陣の警護はハスミ・イチカ・ミネを筆頭にした混成部隊、ツルギがフリーと。見つかると厄介なことになりかねないな)

 

 おそらくその重苦しさの一因となっているであろう神秘を継続して展開しながら、青年は脳内で組み上げた盤面を整理する。

 

(アリウスに関しては……既に会場付近に展開済みと。通ってきた経路は3ヶ所か?)

 

 2時間以上前からゆっくりと放出されたマクガフィンの神秘は、既に尖塔の頂上を中心とした半径十数キロを満たして久しい。

 それが表すことは、即ちその場におけるあらゆる行動が彼に筒抜けになっているという事。

 

(対策委員会はいつでも動ける臨戦状態、リオとヒマリは後方からの支援ってとこか。まあ、いくら周辺の監視カメラを支配しても、AMASを配備しても、俺には何ら関係ないんだが)

 

 何せ既に会場に侵入しており、尚且つ行動を起こすのも上空からなのだ。

 

「────っ」

 

 ズキリ、と鋭い痛みがその脳髄を侵す。

 

(さすがにこの量の情報はキツイか。ただ、あともう少しだ)

 

 しばらく前────具体的には、補習授業部の三次試験があった日から安定しなくなった神秘の出力が、頭を押さえる彼の周囲の空気を僅かに巻き上げた。

 

 

なんで俺は、こんな事してるんだろう。

 

 

 呼応するように、随分と幼い、薪波アヤトであった頃の声が脳内に響く。

 

「黙れ……」

 

こんな苦しくて、辛いだけの事を。俺って、そんな聖人みたいな考えしてたっけ?

 

「黙れっ!」

 

なあ、なんで俺はこんな事してるんだろうな。

 

「それは……俺が、逃げたからだ」

 

なら、なんで逃げたんだっけ? 何から逃げたんだっけ?

 

「それは────それ、は」

 

 自身を嘲る馴染みのある物ではない、幼い幻聴。

 悲鳴を上げた自我が作り上げた苦し紛れのソレの問いに答えられず、青年は愕然とする。

 

「あれ……俺、何、を…………?」

 

 たしか……たしか、そう。

 

「死にたく、なかった……から?」

 

本当に? 本当に、今も死にたくないの?

 

 ああ、駄目だ。

 

ねえ、教えてよ。

 

 駄目だと思考が悲鳴を上げている。

 それを考えるのは駄目だと。

 

 折れてしまうぞ、と。

 

「俺は……おれ、は」

 

 けれども、浮き彫りになったソレから目を逸らすことはできず。

 少しずつ、少しずつ深みに引き込まれるように。底のない沼に沈むように、思考が、意識が黒く濁り────

 

「……?」

 

 ゴウ、と吹き抜けた一陣の風と共に、何かが頬にそっと触れた。

 真っ白な、どこまでも純真な白い花弁。

 

 たしか、これは……

 

「梔子の、花?」

 

 ユメ先輩の命日に供える花を買いに行った時に何度か見かけた、白い花。

 

「それがどうして、こんな所に?」

 

 ここは風で持ち上げられるには高すぎる場所だ。

 ただ、何故かは分からないが、この花を見ていると波打っていた感情が落ち着くのが分かった。

 

「まあ、いっか」

 

 なんとなく手放す気にならないその花を懐にしまうと、放出した神秘へと意識を移す。

 眼下では、トリニティとゲヘナの生徒がそれぞれの校旗を掲げて向かい合いつつあった。

 

(となると────)

 

 展開した神秘に触れる、上方から降り掛からんとするナニカ。

 即ち、無名の司祭が遺した巡航ミサイル。

 

「来たか」

 

 無理矢理に口角を吊り上ると同時に、尖塔の先端にまで身を躍らせる。

 吹き抜ける風が、付け直した仮面越しに顔へと叩き付けられる。

 

(神秘で作った武器は、相応しい名前を付ける事で……あるいはイメージを深める事で出力が一段上がる。齧ったにわか知識ではあるが────それなら、コレにはこの名こそが相応しいだろう)

 

 例えば、線上に放出した『神秘の鋼線』、そしてそれを布状に編んだ『境布』。どちらもが、名を付ける事でその出力を増させた物だ。

 

 記憶を、これまでの足跡を反芻させながら、青年が祈るように指を絡めて両手を結ぶ。

 

 

「我は破壊者。筋書きに抗う、愚かな一つの舞台装置」

 

 

 転瞬。

 他の色が混ざる事のない、どこまでも純粋な白の光が指の隙間から漏れる。

 

 

「実りを食い荒らし、喜劇を自己満足で汚す醜き蝗」

 

 

 やがて圧縮された神秘が臨界点を迎えると、結ばれていた両手は形をそのままに真横へと開かれた。

 

 その動きに合わせ、神秘の凝縮体が形を整える。

 球形から平行に引き延ばされ、片方の先端は鋭く尖り、もう片方の先端には飾りが編まれ。周囲にスパークすら伴いながら、圧倒的なエネルギーが胎動する。

 

 

「故に。終末の名に従い、破壊を齎せ」

 

 

 そうして完成した槍と矢の中間のようなソレが、掲げられる。

 

 

「────Apollyon(破壊を謳う終末の天使)

 

 

 光の軌跡を残し、音もなく放たれた神秘がミサイルを貫く。

 

 

 

 空に、十字架を模した爆炎が咲いた。

 

 

 

────────

 

《古聖堂地上部・調印式会場》

 

 上空高くに爆炎が上がった事へ一番最初に反応したのは、百合園セイアであった。

 

「予知が……歪んだ?」

 

 しかしながら、その内心を占めるのは全く別の衝撃。

 

(どういう事だ……? いつの間にか、アリウス生徒に侵入されていた!?)

 

 即ち、マクガフィンとは違い予知に映るはずのアリウス分校の生徒たちがいつの間にか会場付近にまで侵入しており、それに伴って未来が彼女たちに奇襲を仕掛けられる光景へと変貌していたのだ。

 

 しかしながら、イレギュラーはそこで終わらない。

 

「ミサイルの二発目……? それだけでなく、あれは────おいおい、正気か?」

「セイアさんっ!? 一体何が起きているのですか!?」

 

 傍らのナギサが叫ぶのも耳に入らず、預言の大天使と呼ばれた少女は放心する。

 

 その視線の先、青い空には。

 

 再び咲いた十字架の爆炎を突き抜けるように、巨大な飛行船が落下して来ていた。

 

 

────────

 

《古聖堂上部・尖塔付近》

 

「おいおい……こりゃあ、なんの冗談だよ…………ッ!?」

 

 尖塔の頂上、爆発したミサイルの余波を全身で浴びるマクガフィンの口から、知らずそんな言葉が漏れる。

 事態は、完全に想定外へと転がっていた。

 

 

 元々、マクガフィンはやろうと思えばこの調印式の襲撃を阻止する事も不可能ではなかった。

 そもそも、彼はここで起こる全てを知識として有している。つまりベアトリーチェは何をしたいのか、そして何をされると困るのかを知っているのだ。

 

 それ自体はセイアも同様であったが、彼女は断片的にマクガフィンの知識を垣間見ただけである。打てる対策には大きな差があった。

 更に言えば、自治区の場所さえ分かれば単騎で襲撃を仕掛ける事でさえ彼は可能だったのだ。

 

 それでも彼が襲撃を見逃したのは────この後に行おうとしている真の目的を果たすに当たって襲撃が起きている状況の方が都合が良かった、というのもあるが────単純な話として、襲撃による被害は自身が居れば大きく減らせると予想できたからだ。

 

 

 しかしながら、事態はそんな前提から大きく乖離し始めている。

 

 完全に想定外な二発目の巡航ミサイル。

 そして、極めつけが。

 

「飛行船による質量攻撃とか馬鹿じゃねぇのか!? ここを更地にでもする気か!?」

 

 神秘の探知圏内に入った事で得られた情報によれば、どうやら飛行船自体は自動制御で運行しているらしく、中に搭乗者がいる様子はない。

 しかしながら、代わりに内部には爆弾が大量に詰め込まれている。

 

 着()してしまえば、巡航ミサイルと同規模か下手すればそれ以上の被害を齎す事が目に見えていた。

 

(一体どこからこんなもんを────万魔殿に渡してたアレか!? ふっざけんなあのクソババア!!)

 

 とはいえ事態は一刻の猶予も残されてないほど切羽詰まりつつある。

 少なくとも、今からこれへ対応するには全リソースを集中させる必要があるだろう。

 

(いいように踊らされてる感が凄まじいけど……)

 

「だあああ、クッソがぁああ!!!」

 

 

 

 悪態を吐く彼の読み通り、それこそがベアトリーチェの目的である。

 百合園セイアの生存、明確な危険分子の乱入、更には外部生徒の協力。

 

 なるほど、読めないイレギュラーが大量に増えている。厄介な状況ではあるだろう。

 ならば、その対応力をパンクさせてやればいい。

 

 本命(ユスティナ聖徒会)を確保する時間さえ稼げれば良いのだという、どこまでも振り切った彼女らしい手であった。

 

 そして────その狙い通り、トリニティやゲヘナ、外部協力生、更にはマクガフィンを始めとした第三勢力まで含めた全てが対応に追われている間に、エデン条約の乗っ取りは為される。

 

 

 不鮮明な靄が実体を編むように、青白く発光する不気味なガスマスクの生徒が、大量に顕現した。

 

 

────────

 

《古聖堂地上部・対策本部》

 

「何が起きてる!?」

「とにかく一般生徒の避難を優先してください! 事前の作戦区域は当てになりません!!」

「ほ、報告! ユスティナ聖徒会が出現!!」

 

(ベアトリーチェめ、何をやった……? マクガフィンが予知に映らないのは分かる。だが、なぜアリウス分校生徒までもがボヤけて視えるんだ?)

 

 ひっきりなしに飛び交う怒号の中、百合園セイアは答えの見えない疑問に囚われつつあった。

 と、そんな彼女の耳朶を少し毛色の違う声が叩く。

 

『セイアさん、今更あなたを疑ったりはしません。ですので、一つお聞きします。()()()()()()()()()?』

 

 来たるであろう反転攻勢のために現場へ出ていた歌住サクラコである。

 インカム越しの静かな声へ熱を奪われるよう冷静さを取り戻すと、セイアは一旦疑問を置いておくことにした。今はそれ以上に動かなくてはという判断である。

 

「無理だ。はっきり言ってしまうとね」

 

 まず端的に結論だけを返すと、セイアはチャンネルを変更する。

 切り換えた先は────各組織のリーダー達、そしてゲヘナを含めたトリニティ外の協力者へと繋がる周波数。

 

「本部の百合園セイアだ。聞こえているか? 今から必要な事だけを伝える。まず、私の予知に対策を打たれた。当初予定していた本部からの正確な指揮については、今後は期待しないでほしい。現場の判断で動いてもらって構わない」

 

 自分たちが持っていた大きな……途轍もなく大きなアドバンテージが崩れたというのに、その声音に失意の色は無く。純粋な決意の輝きだけが宿っていた。

 そしてそれは、セイアの声を受ける者達もまた同様に。

 

「今見えている堕落中の飛行船……その対応はおそらくマクガフィンが行う。だから、皆にはその次への準備を行ってほしい」

 

 その言葉と同時に、古聖堂を中心とした半径数キロを覆うように半透明のドームが構築される。元々大気中に散布していた神秘を彼が固めて作った、即席の結界であった。

 

 数瞬後。

 球形の壁に阻まれた飛行船が、途方もない熱量を放出しながら爆発。衝撃波と閃光を置き土産に地面へと堕落する。

 

「ここが正念場だ。皆の健闘を祈る。以上だ」

 

 頼もしさすら感じる返答がいくつも続けられたのを聞き届けると、セイアは本部となっているその場所から足を踏み出す。

 

「セイアちゃんも出るの?」

「そう言うミカもか。まあ、今は動ける駒を置いておけるほど悠長な盤面じゃないからね」

「ミカさん、セイアさん……こういう時、前線で戦えない自分の事が嫌になりますね。どうか、ご武運を」

「何を言ってるんだい。こうして私が離れても君が居てくれるから、私は指揮を気にせずに動けるんだ。だから、頼んだよ?」

「そうそう。こういう時は適材適所ってやつだよ、ナギちゃん? だから、私たちが帰ってくる場所は任せたよ」

 

 そう会話をする三人の視線の先には、慣れていない彼女たちでも見えるほどの膨大な量の神秘が、まるで光の柱のように天へと伸びていた。

 

 

────────

 

《古聖堂上部・尖塔付近》

 

「っ、はあっ……」

 

 僅かなズレさえ許されない精密さを要求する結界構築。

 その集中のために止めていた呼吸を戻し、反動の荒い息を繰り返す黒い影が一つ。マクガフィンである。

 

「どうにか、飛行船は防げたか」

 

 内心の安堵を零しながら、しかし青年の顔に浮かぶのは喜色ではなかった。

 

(残存神秘は……三割ってところか。こうなった以上結界の維持も必要、となると)

 

「思ったよりギリギリか? 流石に想定外が過ぎたな」

 

 しかして、その表情が絶望に染まっているのかといえばそうでもなく。

 自身の武器の大半を消耗した状態だというのに、そこには欠片の焦燥も浮かんでいなかった。

 

ユスティナ聖徒会(エサ)がひぃふぅみぃよぉ、そろそろ第一ウェーブは出揃うか」

 

 何故ならば────

 

「それじゃ、ありがたく回収させてもらうか」

 

 必要な量の神秘に関して言えば、十分過ぎるほどに残っているからである。

 

 

 

「あー、コイツにも名前つけといた方が良かったか」

 

 どこか間の抜けた事を口にしながら、マクガフィンが神秘の鋼線を放出する。

 しかしながら、その量は普段とは比べ物にならないほどに多い。

 

「ま、今さら考える事でもねーか」

 

 何十、何百……もはや数える事すら馬鹿らしくなるほどの糸が、遠く遠く天へと昇っていく。

 まるで柱のように。

 

 同時に、喝采を求めるかのように大きく両手を広げたマクガフィンが、尖塔の上から身を躍らせる。

 

 

「降り注げ────雨のように」

 

 

 やがてそれが結界の頂上に触れようかという高さに至った瞬間、それぞれが独自に蠢き、拡散し、地へと流れる。

 その言葉通り、雨のように。

 

 重力に従い背中から地へと墜ちながら、彼はそれを見た。感じ取った。

 

 戒律の守護者として顕現したユスティナ聖徒会へと糸が襲い掛かったのを。

 そして。

 

「成功だ」

 

 その身を再び唯の神秘の塊へと分解し、吸収したのを。

 

 零落するかの如く存在を────圧力を弱めていた黒ずくめの身体から、再度力が吹き乱れる。

 

 

「さて、それじゃあ……第二段階に進めるか」

 

 

 地へと降り立ったマクガフィンの周囲には、余剰分の神秘が青白く舞い散っていた。

 

 

────────

 

《トリニティ自治区・通功の古聖堂付近》

 

「なあ、何が起きてるんだ……?」

 

 突入の時を物陰で待機していたアリウス分校の生徒たち。その内の一人が、呆然とした様子で零した。

 少女たちが見ているのはこれから襲撃をしかけるエデン条約の調印式会場────ではなく、その正反対の方向。

 

 すなわち、焼け野原とでも形容するべき惨状となった飛行船の堕落場所であった。

 

 

 元々彼女たちが伝えられていた作戦は高度ではなく、言葉を選ばずに表現するのならば稚拙とさえ言っても問題ないようなものであった。

 そもそも『自分たちが最初に実行するつもりだった作戦を知られたのならそれ以上の規模を準備すれば良いだろう』という力押しが根底にある以上は、それも当然の話であったが。

 

 とはいえ、黒服に無名の司祭が遺した巡航ミサイルの解析とレプリカの量産、それと採集した彼の神秘の提供にとある装置の作成を、ゴルコンダとデカルコマニーに“ヘイローを破壊する爆弾”の増産と黒服の手伝いを、そしてマエストロにいくつか追加の複製を準備させた結果、その総力は凄まじい事になっていた。

 それこそ、作戦が凝っておらずとも問題無いと思わせるほどには。

 

 ともかく、襲撃に出ている生徒たちに伝えられていた作戦は『巡航ミサイルと飛行船の爆撃でユスティナ聖徒会などの複製を確保できるまでの時間を稼ぎ、その後は混乱に乗じて敵首脳部を襲撃する』というものであったのだ。

 

 

 しかし、それが今ではどうだろうか。

 確かに、巡航ミサイルが一発分迎撃されること自体は想定通りだ。元々その存在が露見していることは前提としていたし、トリニティが対空ミサイルを準備している事も確認していた。

 だからこそ、一発目を迎撃して緊張が緩んだタイミングを襲えるよう第二射を構えていたのだ。

 

 だというのに、その両方が想定外の速さで墜とされてしまった。

 それも、トリニティでもゲヘナでもない第三勢力によって。

 

 

 この時点で、現実は作戦から乖離を見せ始めていた。

 それに続けて、敵は落着地点をズラす程度しかできないだろうと目されていた飛行船による質量攻撃までもが無効化されたのだ。

 作戦は最早破綻したと言って良いだろう。

 

 更に悪いことに、古聖堂から一番遠くに────つまり、マクガフィンの展開した結界の外周付近に待機していた部隊から連絡が入る。

 

『連絡。連絡。たった今展開された謎の膜によって、地上の退路が塞がれた。おそらく地下通路は生きているだろうが、退却ポイントの見直しが必要だ』

 

 この通信が意味する所は、即ち当初の退却路の半数近くが使用不可になったという事だ。

 

「……最悪だ」

 

 比較的冷静さを保っているアリウス生徒の一人が、小さく呟く。

 実際には、報告された中には非常時のために準備されているルートも含まれていた。つまり、これによって作戦に起こる影響自体は見かけほどは大きくならない。

 

 しかし、想定外の事態が重なった上に退路を潰されたというのはメンタルに甚大な影響を齎す。

 事実、元々高くなかった分隊の士気は更に落ち込んでいた。

 

 致命的なのは、分隊長が熱心なベアトリーチェ信者である事だろうか。

 このままでは、作戦行動に移るより先に隊が割れかねない。

 

 

 だが、想定外はまだまだ続く。

 

 

「良かった。ひとまずユスティナ聖徒会の確保は────え?」

 

 おそらくスクワッドが上手くやってくれたのだろう。

 眼前に出現し始めた青白い影に安堵の息を吐こうとし────その途中で少女の言葉が間の抜けた単音に化けた。

 

 

 静かに、それこそ流れるように……それでいて逃れられないような速度で空から降ってきた半透明のナニカが、顕現したユスティナ聖徒会の複製へと突き刺さる。

 とはいえユスティナ聖徒会は神秘の凝縮体、多少の損傷など大して意味を為さない。彼女たちはそう聞いていたからこそ、この不死の軍勢に希望を抱いていたのだ。

 

 しかしまあ、相手が悪かったのだろう。

 神秘の塊である以上、その操作に卓越した技量を持つ者には明確な不利が付く。その上、不完全な状態でも彼の神秘に含まれたテクストはユスティナ聖徒会の影よりも上位であったのだ。

 

 つまり、こうして顕現したはずのユスティナ聖徒会が即座に霧散させられ、便利な補給品として吸収されるのも当然の話であったワケである。

 

 しかしながら、彼女たちはそんな道理など知る由もない。

 結果、引き起こされるのは────

 

「もうイヤだ……どうせ何もかも無駄なんだ」

「私たち、ここで捕まって死ぬんだね」

「あははっ! あはははははっ!!」

「おい、お前たち何を言ってるんだ! 今こそ復讐の時だろう!? さっさと動くんだよ!」

「イヤ! 誰か、誰か助けてよ!」

 

 恐慌と分裂、即ち最悪の事態であった。

 

 

────────

 

《古聖堂地上部・裏口付近》

 

『ホシノっ! 彼が出たわ!!』

「うん、こっちでも肉眼で確認した。こっちの援護は大丈夫だから、リオちゃんは立て直しのカバーに入ってあげて」

『……問題無いのね?』

「任せて」

 

 桃色のポニーテールが踊り、その背後に4人分の足音が続く。

 進む先、カタコンベに続く地下への道には、青白い燐光が舞っていた。

 

 

────────

 

《古聖堂地上部・正面玄関付近》

 

「本部は現場の判断で動いて良いとのことでしたが……どうしますか?」

「まだ出てこないって事は、スクワッドは地下に居る可能性が高い」

 

 難しい表情で桃色の髪の少女がした質問に、白髪の少女が言葉を返す。

 

「で、でも、私たちだけで大丈夫なの? この前だって、待ち伏せしたのに引き分けにまでしか持ち込めなかったんだし……」

「コハルちゃん……」

「……大丈夫です、きっと。そのために特訓もしてきたんですし。それに────」

 

 いつも通りペロロの大きなリュックを背負った少女の言葉に応えるように、一人の大人が息を切らしながら現れる。

 

「みんな、お待たせ」

 

 混乱の最中にあっても見失わない、連邦生徒会支給の白い外套。

 どこか頼りないような、しかし何よりも安心できる柔らかな笑顔。

 

「私たちには、先生も居てくれるんですから!」

 

 5人になった集団は、地下へと歩を進める。

 “ハッピーエンド”へ辿り着くために。

 

 

 

 しかして、狂乱の幕は上がった。

 舞台は動き、筋書きは歪み、それでいてどこまでも進み続ける。

 あらゆる勢力にとって想定外が重なった調印式の襲撃、制御を離れた盤面で最後に笑うのは、果たして誰なのか。幾多の可能性が分岐する現在では、まだ見通せそうにもない────

 

 

 




最後になりましたが、天狼院雄 さん、太桃海景 さん、プロヴィデンス吉村 さん、あさふじ さん、評価付与ありがとうございました。
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