【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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 そういえば。増産されたはずのヘイローを破壊する爆弾、まだ登場してないんですよね。
 どこにあるんでしょうか。


葬送曲は天に響きて

《アリウス自治区・バシリカ至聖所》

 

「『奇跡』はいらない。『慈悲(キリエ)』もいらない。それは俺にもお前にも似合わない物だ」

 

 全身を目の覚めるような赤で彩られた異形と、全身を深い黒で覆われた青年。向かい合う両者の間に走る重圧に、周囲のアリウス生徒たちがビクリと体を震わせた。

 

(やっとだ)

 

 そんな中青年の胸中に去来するのは、安堵にも似た実感であった。

 

(やっと、ここまで来た。なら、エデン条約編は後もう少しだ)

 

 とはいえ、その感情もそうおかしなものではない。

 なにせ、今この瞬間、この盤面こそが調印式の襲撃を見過ごしてまで彼が求めていた状況なのだ。

 

 

 

 2年と少し前、薪波アヤトが“マクガフィン”と成る事を決めた時に描いたロードマップでは、調印式の襲撃は阻止する方針で固まっていた。

 マクガフィンが『生徒から悪役を奪い去り、討たれるべき唯一の悪となる存在』である以上、それも当然の話である。

 

 しかしながら、計画を煮詰めて練り直していく内に当初の方針は撤回される事となった。

 理由自体はいくつかある。

 

 

 まず分かりやすいものとして挙げられるのは、リスクの顕在化とその排除だろうか。

 このリスクとは即ち、調印式襲撃において恐らく最も大きな被害を齎したであろう『無名の司祭の巡航ミサイル』と『ユスティナ聖徒会』である。

 

 ユスティナ聖徒会は不死の軍勢だ。

 顕現には“ETOの乗っ取り”や“条約という戒律を破る存在”といった条件が必要であるものの、その脅威は計り知れない。また、ETOの乗っ取りが無ければ顕現しないと決まっている訳でもない。

 それこそ、ゲヘナとトリニティ間で紛争が起きればそれは『エデン条約を乱す排除対象』と認識されてしまう可能性もあるのだ。

 おそらくはロイヤルブラッド……つまりアツコが居なければユスティナ聖徒会の顕現は起きないだろうが、マクガフィンはそれに慢心する事はできなかった。

 

 下手をすれば誰も知らない、制御できない不死の軍勢が突如現れるリスクというのは、彼にとって軽視できない物だったのだ。

 

 また、巡航ミサイルについてはもっと質が悪い。

 なにせ、アレに関しては現物さえあれば誰でも発射できてしまうのだ。条件もクソも無い。

 

 そのくせ破壊力だけは学園の主力級にさえ重傷を負わせられるだけの危険性を備えているのだから始末に負えない。

 有効範囲も原作の描写を見る限り古聖堂全域に及ぶと予想できるため、それこそ夜間の生徒が寝静まった自治区に一発撃ちこむだけで壊滅的な被害を齎す事ができるだろう。

 タイミングさえ吟味すれば、巡航ミサイルは誰でも学園を一つ陥とせてしまうような兵器なのだ。

 

 それも、先に述べたように発射さえできるのなら人を選ばずに。

 

 生徒が傷付くという事象を何よりも恐れるマクガフィンにとって、これらのリスクは野放しにする事など到底考えられないほどの危険性を持っていた。

 そして、原作通りに調印式襲撃にこれらが用いられるのならば介入も容易であるとなれば、当初の方針を考え直すだけの余地は生まれてくる。

 

 

 更に、計画を練り直す内に悪役を引き受ける対象であるアリウス生徒に関しても一考の余地が生まれた。

 というのも、詳細な描写こそなかったものの、原作においてスクワッド以外のアリウス生徒はトリニティに保護されたと語られていたのだ。

 つまり、最低限情状酌量の余地はあると判断されたワケである。恐らくそこには先生の口添えなんかもあったのだろうと想像できるが……少なくともスクワッド以外に指名手配されて追われる事になった生徒というのはいなかったのだ。

 

 原作の任務にて登場する敵を見る限り、憎悪を忘れられずに学園を出て暴れた生徒などもいたのだろうが……公的に『アリウス分校』が排除の対象となる事は無い。

 

 ではスクワッドはどうして指名手配されてしまったのだろうかと考えると、それ自体はそう難しい事でもない。

 先生を撃ってしまったからだ。

 

 度々生徒に対してセクハラじみた奇行を見せる先生ではあるが、その立場は()()連邦生徒会長が保証する“連邦捜査局”の先生なのだ。

 これまでの功績も含めて生徒からの信頼も厚い、そんな重要人物に明確な殺意を持って危害を加えたとなれば、それを不問とする事が不可能になるのは目に見えている。

 建前的な話でも、心情的な話でも。

 

 そこに加えて一連の事件の犯人となる分かりやすいシンボル……いわばスケープゴートを世情が必要としていたというのもあるのだろうが。

 やはり他のアリウス生徒とスクワッドが異なる点は『先生を撃ったか否か』という部分にあるだろう。

 

 それに、言ってしまえばキヴォトスにおいて何か襲撃事件が起きるというのはありふれた話でもある。

 もちろん『エデン条約調印式の襲撃』というのは軽く扱える事件ではないが……原作のような重篤な被害さえ出さなければ、アリウス分校の背景事情を考えれば民意の操作は不可能ではないだろう。

 

 

 そして、その上で方針転換の決定打となったのがベアトリーチェの存在であった。

 マダムとも呼ばれるベアトリーチェは、ブルーアーカイブのメインストーリー第三章『エデン条約編』における一連の事件を裏から糸を引いて操っていた、まさしく黒幕と呼べる人物である。

 

 かつてブルーアーカイブに夢中になっていたマクガフィンにとっては色々と印象深い相手だが、やはりこの大人について語る上で避けられないのはその卓越した政治手腕だろう。

 内乱状態にあったアリウス分校を治め、自身の独裁体制のもと意思を統一させ……更に、サオリ達がもっと幼い子どもだった頃からそれが続いているとなれば、ベアトリーチェは10年以上はその支配体制を維持してきたと予想できる。

 

 それだけの期間、綻びを見せず外部に気取られずというのを続けていたという時点で、その能力は疑うまでもない。

 

 加えて、彼女は“ゲマトリア”の一員でもある。

 他のメンバーとの折り合い自体はあまり良くないようだが、ゲマトリアに所属しているというだけで既に厄介だ。まるでその手札が読めなくなってくる。

 

 つまり、ベアトリーチェが健在である限り、自分の起こした行動に対しクリティカルな解答を持ち出される危険性が常に付きまとう事になるのだ。

 原作知識を基に行動しているマクガフィンにとって、イレギュラーを簡単に引き起こし得る彼女の存在は邪魔と言う他なかった。

 

 更に、調印式襲撃を阻止した場合あのババア大人が子ども達に何をしでかすか読めないというのも問題であった。

 おそらくロクでもない事をするのだろうという予想だけはできたが。

 

 そして最後に、ベアトリーチェが健在であればエデン条約編4章……つまり『忘れられた神々のためのキリエ』が起きてしまう。

 そうなれば、スクワッドはアリウス分校から追われる事になるのだ。安息の地がどこにもない生活を知る身として、マクガフィンはそれを看過できなかった。

 

 

 以上を踏まえてマクガフィンが立て直した計画こそが、『調印式襲撃をあえて見過ごし、そちらに兵力を割いて手薄になったアリウス分校へ単騎で襲撃をかける事でベアトリーチェを排除する』というものであったのだ。

 もちろん、大前提として巡航ミサイルなどを迎撃する事でトリニティ側の混乱を抑え、万全の態勢で襲撃に対処できるようにするという条件はあったが。

 

 

 ともかく。そんな彼の目的は、遂に果たされようとしている。

 二発目以降の巡航ミサイルや飛行船、対策委員会という数々のイレギュラーを超え、あと一歩のところにまで迫っているのだ。

 

(なら、その一歩を……最後の障碍を踏み越えるだけだ)

 

身体強化(b o o s t) 80%(capability eighty)

 

 呟きと共に、黒の影が疾駆する。

 常の倍率(50%)を遥かに超えたその動きは、まるで色の付いた風が吹き抜けるよう。目にも止まらぬという言葉を体現するが如く、その身を赤い大人の下へと向かわせた。

 

「やりなさい」

 

 しかし、相対するはアリウス分校の支配者……いわばアリウス分校そのものである。

 その号令に従い、周囲を半円状に固める護衛生徒たちが引き金を引いた。

 

 ステンドグラス越しの明かりが頼りなく照らすボロボロの至聖所に、マズルフラッシュの光がいくつも咲き誇る。

 

 第一合。

 刀ではなく銃弾と生身との衝突、その結果は。

 

「────っ!」

「チッ!」

 

 橙の光と硝煙を目くらましに宙へと跳んでいたマクガフィンの一撃を、ベアトリーチェが傍らの生徒を引っ掴んで肉壁に掲げる事で防御する。

 咄嗟に攻撃の軌道をズラしながら黒々とした影は着地し、直後に襲い来る掃射を躱しながら距離を取った。

 

 後方倒立回転を混ぜながらのアクロバティックな回避は、舌打ちしながらとは思えないほど精巧にして流麗。

 ただの一発もその身に弾丸を当てずに距離を離す。

 

 しかし、その仮面の下の表情は酷く歪んでいた。

 

「てめぇ……」

 

 グッパッと拳を握って開いて身体の調子を確かめるようにしながら、姿勢を戻した青年の口から怒気が漏れる。

 対するベアトリーチェは、それに堪えるどころかむしろ得意気な様子であった。

 

「“敵”について下調べを行うのは当然でしょう? 随分とお優しいようですが、犠牲を覚悟できない者になど何も為せません。所詮貴方もその程度だという事ですね」

「他人を犠牲にする事でしか何も為せねえカスが分かったようなこと言ってんじゃねえよ」

「私たち大人に搾取される程度しか使い道の無い子どもをうまく使っているのです、そのように貶される謂れはありませんね」

「────あぁ、もういい。黙れ。お前と話してると不快でしかない」

「憐れな。癇癪で暴れようとするとは、まさしく子どもですね」

 

 変身などという明らかに神秘が関わったことができる以上、自身がユスティナ聖徒会を吸収したように神秘系の攻撃は無効化されるかもしれない。

 そんな予測を基に、マクガフィンは近接攻撃でベアトリーチェを仕留めようとしていたのだが。

 

(この感じだと、カスミ同様コイツも俺の主義について知ってるんだろう。護衛は手数のかさ増しと俺の動きを縛るための拘束を兼ねてるんだろうな)

 

 先の攻防を見るに、それでは上手くあしらわれるのが関の山だ。

 そう結論を出すと、青年は両手を広げ神秘を外へ出力する。彼が最も信頼する得物であり、マクガフィンの代名詞でもある『神秘の鋼線』である。

 

 しかし、それは半ばまで顕現した辺りで霧散する事となった。

 彼が自ら解除したのではない。外的要因によって強制的にそうなったのだ。

 

「……は?」

「フ……アハハハハハ!! まさか、気付いていなかったのですか!? この私が────アリウス分校を治める『大人』である、この私が! まさか何の対策もしていないとでも思っていたのですか!? ここまで愚かだったとは、滑稽に過ぎますね!!」

 

 呆気に取られるマクガフィンに、ベアトリーチェは嘲る態度を隠しもせずに説明する。

 

「『マクガフィン』について情報を集めた私は、こう考えました。神秘を“使う”という観点においてキヴォトスで最も卓越している貴方への対策は、最優先で用意する必要があると。ともすれば、貴方は私の目的を果たす上で先生以上の障害になり得る、と」

 

 その様子は、まるで子どもが自身の企みを語るように得意気であり、そして罠にかかった獲物を嬲るように醜悪だった。

 

「ですので、私は黒服とゴルコンダ、そしてデカルコマニーに命じて作らさせたのです。貴方の神秘を拡散させる……貴方を殺すためだけの装置を」

「神秘を、拡散させる……?」

「ええ、ええ! 既にこの空間は致死の領域! 貴方の最大の武器は、この至聖所内では霧散し続ける!! フフ……貴方はどうやら私を害するためにここまで来たようですが、真逆なのですよ。貴方は自分の計画を進めているようで、その実私の手の上で踊らされ誘い込まれたのです!!」

 

 呆然としたように自身の手を見つめるマクガフィンを、ベアトリーチェは嘲笑う。

 どれだけ危険な力を有していようと、所詮は大人になり切れなかった子どもだったのだと。私のような偉大なる存在に敵うはずが無かったのだと。

 

 自身の優位を疑いもせず、どこまでも驕慢な態度で、高笑いをする。

 

「あー、何か()()()()()()と思ったらそういう事だったのか。へぇ」

 

 そして、次の瞬間。

 

 

 ────身体強化(b o o s t) 200%(dual break)

 

 

 その体を跳ねさせながら、大きく横に吹き飛んだ。

 

「────は? な、何が?」

「おいおい、何を呆けてんだよ。お前のやった事は俺を多少弱体化させただけで、手前が強くなったわけじゃ無えし────ましてや俺に勝てるようになったわけでも何でもないだろ?」

 

 つい先ほどまでベアトリーチェが立っていた場所に居るのは、黒の外套を纏う影。

 それが、まるでなにかを蹴り抜いたかのように足を上げた姿で言葉を紡ぐ。

 

 その程度で自分を倒せると思っていたのか、と。

 

 自身を嘲笑った者へ牙を剥きながら、敵の愚かさを嗤い返しながら。

 生徒に向けるのとは違う明確な害意を以て、キヴォトス最高峰の単体戦力が立っていた。

 

「貴っ様ぁぁあああ!! この、私をっ! 足蹴にしたなぁぁぁああっ!!」

 

 理解が追い付いた事で激昂したベアトリーチェの声に、ビクリと体を震わせながら周囲のアリウス生徒達も再起動を果たす。

 

 一斉にその銃口をマクガフィンへと向け直し掃射、再度マズルフラッシュが至聖所を照らした。

 しかし────当たらない。

 

 それどころか、照準を合わせる事すらできない。

 

 もはや物理法則を鼻で笑うかのように宙を蹴って移動する彼の動きに、彼女らの練度では付いていけないのだ。

 とはいえこれは彼女らが悪いのではなく、むしろ相手が悪かったと言うべきであろう。今のマクガフィンと戦うのなら、アリウス分校の最大戦力であるスクワッドでようやく最低ラインといったレベルなのだ。

 

 これと戦えというのは酷と言うものだろう。

 

 しかし、当たらないとはいえ弾幕を張られるのは厄介だったのか、黒々とした影がその標的を変更する。

 

「一、ついでに二人目」

 

 天井付近の暗がりや死角を利用して接近すると、マクガフィンはそのまま生徒たちの握る銃へと手を伸ばし────まるでバターを掴み取るみたく、その銃身を抉り取った。

 

「ヒッ……」

 

 人間が空を跳ね、銃を素手で破壊する。

 明らかに……この上ないほど明確に、非現実的な光景だ。

 

 恐怖に縛られたアリウス生徒らにそれを耐える術は無く、掠れた悲鳴が各所から上がると共に陣形が乱れる。

 

「三人目。楽でいいなぁ、ええ?」

 

 そして、相対する彼が生じた隙を見過ごすわけもなく。

 続けざまに別の生徒の銃が握り潰された。

 

 

 

 ベアトリーチェの罠に対しマクガフィンが行った対策は、そう複雑な事ではなかった。

 むしろシンプル、単純と表現しても良いだろう。

 

 たしかに、マクガフィンの最大の武器は『神秘の鋼線』である。なにせ、神秘の鋼線は基本的に不可視でありながら現実のどんな素材よりも丈夫、それでいて長さや太さからその密度までを自由に調整できるのだ。

 なるほど、これを封じる事ができたならかなりの弱体化を図れるだろう。

 

 しかし忘れてはならないのは、そもそも彼はその武器が無い状態でデカグラマトン第三の預言者と渡り合った過去がある事だ。

 そして、今ではその頃よりも遥かに肉体ができあがっている。

 

 つまり、彼が行った神秘封じの対策は。

 影響が出にくい体内で神秘を完結させることで────肉体の強化と修復に全てのリソースを集中させることで、敵の想定を上回る力を引き出すという力技であったのだ。

 

 

 しかしただの力技などと馬鹿にはできない。

 ホシノとの戦闘において果たしたこれまでの上限(120%)を超えた身体強化は、人間の枠に収まる程度の力ではないのだ。そして反動による自壊すらも自前の神秘で踏み倒せるとなれば……それは最早化け物と表現しても問題ない。

 

 いや、化け物と表現するしかない。

 十数人いたはずの護衛生徒が数人しか残っていない事に……気付けば大半の生徒が武器を破壊されている事に気付いた一人の生徒は、呆然としながら思った。

 

(こんなの、無理に決まってる。だから嫌だったんだ。まだ会場の方に……サオリさんの方に行けてたら、助かったかもしれないのに)

 

 だが、この場に居る化け物は一人ではない。

 

「戦意の削がれた駒ならば手元に置いておく方が悪影響が少ないかと思っていましたが、ここまで使い物にならないとは。わざわざ最低限使えるように準備までしたというのに。……まぁ、いいでしょう。当初の()()()が頓挫したわけではありませんし────」

 

 最初にマクガフィンに蹴り飛ばされてから存在感を薄れさせていたベアトリーチェが、ゆらりと立ち上がる。

 怒りが一周回ったのか、はたまた彼の脅威度を修正したのか。幽鬼のようなその姿は、僅かに冷静さを取り戻したかのように見える。

 

 

「何より。私も、この私を侮辱した愚か者は自分の手で裁きたいと思っていたのです」

 

 

 しかし、恨みは薄れなかったのだろう。

 赤々とした影がそう呟き────

 

 転瞬、その身から放たれる圧力が増大すると共に、肉体が変形し始めた。

 

「さあ、私の真の姿に絶望し、首を垂れなさい」

 

 女性らしい豊満さに溢れていた肉体は骨のように細くなり、同時に縦に長く伸びて行く。

 地に広がっていた純白のドレスは消え去り、かわりに現れるのは木の根のような紅くグロテスクな脚部。

 目の付いた翼で覆われていた頭部は円状に開かれ、まるで花弁のように周囲を睥睨している。

 

 最後に、どこからともなく一際大きな赤い光輪がその背後に現れ────敵を威圧するかのようにソレが咆哮し、変身が完成した。

 これこそが、マダム・ベアトリーチェの真の姿。生徒を遥かに超える巨体と強大さを備えた、異様なる怪物。

 

 秤アツコを生贄とする儀式を行わずとも十分に戦える、アリウス分校を統治する支配者である。

 

 しかしながら、その変身は彼にとって既知の────彼の『知識』の及ぶ物でしかない。

 それ故、その変身で彼が止まる事も、身を竦ませることも無い。

 

「ハッハァ、ようやく本気かぁ!? 随分重い腰だな! 歳か!?」

「ガアアアァァァァァアア!?」

 

 ベアトリーチェの変身に気を取られていた生徒の武器をすべて破壊し終えると、マクガフィンは即座に異形へと躍りかかる。

 なにせ、これこそが彼の()()であったのだ。

 

 異形となったベアトリーチェとの戦闘が控えているからこそ、これまで神秘の消耗には気を遣っていた。ホシノたちとの戦闘でも、カタコンベの移動でも、この場での戦闘でも。

 その制限が、たった今解除されたのだ。

 

 エデン条約編にて自身が見定めた役割のための正念場となれば、その身に力も入る。

 結果、繰り広げられるのは。

 

 まさしく“目にも止まらぬ”速さで駆けるマクガフィンによって、四方八方から拳撃や脚撃を乱舞されるベアトリーチェという光景であった。

 

「舐め、るなあぁぁぁぁああああ!!」

「……っ! このクソ野郎が!!」

 

 しかしベアトリーチェもただではやられない。

 敵が目で捉えられないのならばと、自身を中心とした全方位へと爆炎を放つ。敵も味方も、周囲の地形も巻き込むような、無差別な爆炎を。

 

 こうなると、今度はマクガフィンの方が困ってくる。

 全ては不可能でも、せめて自身の手の届く範囲の子どもは傷付かないようするのが彼だからだ。

 

 故に、彼は攻撃を中断してでも生徒たちを救けねばならない。

 たとえ、敵に隙を見せる事になろうとも。

 

 そして、そうなる事を見越して範囲攻撃を敢行したベアトリーチェがその隙を見逃すかと言われれば……そんな訳もなく。遂に、マクガフィンの身体を異形から放たれた爆炎が襲った。

 

「ハハッ、ハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 壊れたように狂笑を上げながら、味を占めたベアトリーチェが爆炎を乱れ撃つ。

 血のように赤黒い炎が、黒い影を飲み込んで隠した。

 

 だが────その程度で倒れるほど、マクガフィンもまた容易くない。

 

「うるっせえんだよ! クソババアが!!」

 

 右脚を振り抜き巻き起こした風で爆炎を無理矢理掻き消し、生じた空隙を縫うように黒ずくめの青年が駆ける。

 このまま一度動き始められれば、再び捉えるのは困難になるだろう。

 

 ならばとベアトリーチェが選んだのは、近くにいた生徒を狙って爆炎を放つことであった。

 これならば、先と同じように隙を見せるだろうという考えの下の行動である。

 

 とはいえ、それは一度打った物と同じ手でしかない。

 ならば、それを彼が読んでいないワケがないのだ。

 

「分っかりやすい行動どうも!! 単細胞かぁ!?」

 

 先んじて射線上に回り込んでいたマクガフィンが、自身の体で爆炎を掻き消しながら突き進んだ。

 しかし、正面から受けながらもその身に傷は無く。

 

 一切勢いを落とさぬままに、ベアトリーチェへと拳を捻じ込ませた。

 

「ガアァァァァァッ!!」

「効かねえなっ!!」

 

 負けじとベアトリーチェも爆炎を放つものの、その全てが無傷のままに切り抜けられる。

 一瞬ならば体外に放出した神秘が霧散しない事に気付いたマクガフィンが、神秘による防御を行い始めたからである。

 

(行ける!! この流れなら仕留めきれる! ここで、アリウス分校の呪縛を解き放てる!!)

 

 これ以上は無いと思われていたマクガフィンのギアが更に一段上がり、その動きをより鋭くさせる。

 

「今っ! ここでっ! お前の呪いは断ち切る!!」

 

 もはや音すら置き去りにしながら黒ずくめの影が疾駆し、異形を蹂躙する。

 

 前後左右の見境もなく拳撃が襲い掛かり、崩れた姿勢を脚撃が宙へと浮き上がらせた。そこからは更に酷く、四方八方から襲い来る衝撃によって地面に落ちる事さえ許されずにベアトリーチェは攻撃を受け続ける。

 傍から見れば宙に浮いているようだ。

 

 そうしてマクガフィンが大きく右脚を振り抜く頃には、ボロボロになったベアトリーチェに当初の意気は無く。

 叩き付けられた地面にぐったりと横たわる姿からは、必死に痛みに耐えているのだろうという事が読み取れた。

 

(後は最後のトドメだ。意識を落としきり、先生の下へと突き出せば終わる。それで、エデン条約編は終わる!! 俺が終わらせられる! 俺が────誰でもない俺が!!!)

 

「これで、終わ────ぇ?」

 

 起き上がったベアトリーチェへと最後の一撃を入れようと跳びかかったマクガフィンの口から、しかし呆けたような声が漏れ出た。

 先までの熱が消え去ったかのように、その思考が空白に満たされる。

 

(あ……終わ、った?)

 

 

 

「キィエエェェェェエエエッ!!」

 

 彩度を薄れさせ、水中のようにスローモーションになった世界。

 その中で。化け物のように声を上げながら、ベアトリーチェが傍らの生徒の頭を掴み、最後の抵抗とばかりにその生徒を物のように投げつけた。

 

「────ぁ」

 

 トドメの一撃を置いて一先ず受け止めようと、青年はその体勢を整える。

 けれど、ある事実に気付いた瞬間、その喉から惚けたような声が零れた。

 

 なぜならば。

 

(あれは……)

 

 乱雑に掴まれた影響か、放り投げられた影響か。少女の全身を覆っていたフードが、はらりと解けた。

 

(あれ、は……)

 

 はたして、その下にあったのは。

 

(ベルトに繋がれた大量のC4と────)

 

 

「ヘイローを、破壊する爆弾」

 

 

 その身体を鳥籠のように縛る、『死』そのもので。

 そして、光の失せた少女の瞳からはらりと溢れた雫で。

 

 どうにかしなければ、きっとこの少女は死んでしまうだろう。

 けれども、青年の脳内に浮かぶのは“どうやって二人ともが生きられるように切り抜けるか”といった策ではなく。

 

(父さん、母さん……)

 

 向こう側の世界に別たれた、両親や友人、それに楽しかった思い出ばかりで。

 

 

 ────そっか。これが、走馬灯ってやつか。

 

 

 すっと、強張っていた顔から力が抜ける。

 随分久しぶりに、口が弧を描いている感覚がした。

 

(俺って、案外向こうに未練があったんだな)

 

 

 

「────え?」

 

 須臾の間に、アリウス分校の少女の喉から戸惑いが漏れる。

 

「────っ」

 

 声の主が、大きくその瞳を見開いた。

 その、視線の先では。

 

 マクガフィンの左手が蠢き、霧散しつつある神秘の鋼線が手繰られる。

 恐るべき速さで。

 恐るべき正確さで。

 

 僅か数秒ばかりの煌めきが、未だ空中にある少女を取り囲む鳥籠()を切り開き、引き寄せる。

 

「────なん、で?」

 

 掠れて漏れた疑問に答える声は無く。

 ただ、自身を庇うように右腕で突き飛ばしてきた黒ずくめの人物だけが、その視界に映っていた。

 

 けれども。

 何故か、少女には彼が笑っていることが分かってしまって。

 

(なんで、笑ってるの? なんで、私を助けるの? ……なんで、あなたは死を選ぶの?)

 

 言葉にならない疑問が、彼女の胸中を埋め尽くした。

 

 

 

(なんでだろうな。分かんねぇや。勝手に体が動いたんだもん)

 

 未だコマ割りのように遅い世界を、少しずつ光が照らす。

 

(あーあ)

 

 ずっと、疑問に思っていた。

 “ヘイローを破壊する爆弾”とは何なのか。

 

(あーあ、これで終わりか)

 

 考えたのは、コレはヘイローではなく神秘そのものを破壊しているんじゃないかという仮説だった。

 その結果現れた現象こそが、『ヘイローの破壊』なんじゃないかって。

 

 その予測が当たっていた事を、いつかの日のように濃密になった死の気配が示していた。

 

(まぁ、もういいよな)

 

 少しずつ、少しずつ。けれども着実に、漏れ出る光が強くなる。

 

(十分、頑張ったよな)

 

 自分の左側にあるはずのそれが、いつの間にか全身を照らすような光を放つ。

 

(もう、疲れたよ。辛いのも、痛いのも……生きるのも)

 

 最期。

 視界に浮かんできたのは、顔の見えない誰かの笑顔で────

 

(もう、いいや。これが俺の終わりで)

 

 

 

「バイバイ」

 

 

 

(ああ……やっと、終われる)

 

 世界を灼くような光に呑まれて、マクガフィンは。

 かつて薪浪彩土という子どもであった青年は、その生涯に幕を降ろした。

 

 後に残ったのは、命の役割を終えた残骸だけであった。

 

 

 

 

 


 

 結局ヘイローを破壊する爆弾って何なんですかね。

 そもそもヘイローは生徒たちの頑丈さを保証する物であるので、確実に神秘が関わってると思うんですけど……テラーに反転したらヘイローが変形・崩壊してしまうワケですし。

 となるとやっぱり神秘に作用する兵器っていうのがヘイローを破壊する爆弾の有力説かと個人的には思うんですよね。先生とかのヘイローを持たない存在には効果が無いらしいですし。

 

 というわけで、拙作では“ヘイローを破壊する爆弾”は物理的な破壊力は一切持たず、ただ神秘を破壊するだけの兵器という事で扱わせていただきます。

 マクガフィン君への特攻兵器ですね。

 

 あ、それと。拙作のラストについて少しだけ悩む点が出てきたので、いつか参考がてらアンケートを投げるかもしれません。

 その時はよろしくお願いしますね。ではでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「ハハッ……ハハハハハハハハハハハッ!!!!!」

 

 唐突な、そして衝撃的な幕引きに静まり返った空間。

 痛いぐらいの静寂を切り裂いて、耳障りな狂笑が響き渡った。

 

「私の勝ちだ! 馬鹿め! 最後までこんな無価値な物に拘って、死んだのですから!! それこそが! 犠牲を許容できない貴方の弱さが、貴方を殺したのです! なんて愚か! なんて無様!! この私を馬鹿にした不届き者にはいい末路です!」

 

 叫び声と共に赤黒い爆炎が咲き、熱と衝撃が息絶えた亡骸を撫ぜる。

 一度、二度、三度……やがて二桁にまで達した辺りで溜飲が下がったのか、ベアトリーチェはマクガフィンの一番近くにいる生徒────すなわち、マクガフィンに命を救われた少女に命じた。

 

「ここまでやっても無反応である以上、必要はないでしょうが……念のためです。死亡を確認しなさい」

 

 マクガフィンの神秘に関するマエストロの仮説、すなわち『死者蘇生を果たしたことがあるのでは』という話を聞かされていたためである。

 しかし、少女は動かない。

 

 そもそも確かめるための武器が無いというのもあったが、何よりも自身を救った人の遺骸を辱めたくないという感情が躊躇わせたのだ。

 

 とはいえ、それを許すベアトリーチェではない。

 儀礼用に壁にでも飾ってあったのだろうか、足元に落ちていた一振りの槍を放り投げると『それで心臓を突き刺しなさい』と彼女は命じた。

 

「分かり、ました…………」

 

 そして、そうまでされてしまえば少女は逆らえない。

 何故かは分からずとも救われてしまったのなら、この命を粗末に扱ってはならないと思ったからである。少なくとも、救われた直後に“叛意有り”などと判断されてはならない。

 

「ごめん、なさい」

 

 震える身体に、そして心に。

 鞭を打つようにして槍を拾い上げると、少女は小さく謝った。誰に聞かせるでもない、自己満足のための呟きであった。

 

「…………」

 

 ガタガタと震える穂先が、少しずつ青年の遺骸へと迫る。

 近くで見れば、その亡骸は酷い有様だった。

 

 おそらく自分から切り離した爆弾による損害だろう、左半身は殆ど焼け爛れている。腕など肩から先の全てが消し飛んでしまっていた。

 その後のベアトリーチェによる追撃も大きかったのか、それ以外の部分も装束の破れた箇所からはグズグズに焼け溶けた傷が覗いている。

 しかし、何よりも少女の動揺を誘ったのは。

 

 割れた仮面越しに見える、眠っているように安らかな笑顔であった。

 

「────っ」

 

 涙でグシャグシャに滲む視界の中。

 吐き気さえ込み上げる心地で、少女が槍を突き出す。

 

 焼け爛れた左の脇腹を通し、心臓へと届くように。

 

 なぜそんな場所から突き刺したのかは分からない。

 ただ、少女は青年の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけが事実だった。

 

 そして、それが命運を分けたのだ。

 

「何が────っ!?」

 

 異変に気付いたベアトリーチェが声を上げるが、既に遅い。

 もし彼女が知る由もない事象を識っていたのならば、止められたのかもしれない。しかし彼女はそれができなかった。

 

 トリガーとなるその行動を止められなかった。

 

 故に、こうなる事はある意味必然であったのだろう。

 

 

 

 膨大なまでの神秘が吹き荒れると共に、視界(世界)を灼くかの如き眩い光が至聖所を満たし、純白の柱となって屹立した。

 

 

 

 




最後になりましたが、梅見月 さん、評価付与ありがとうございました
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