【本編完結】黒く濁った罪を背負って   作:RH−

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今話はちょっと短いかも。


マクガフィン

《アリウス自治区・バシリカ至聖所》

 

 視界を、世界を灼き焦がすような眩い白。

 轟々と風が吹き抜ける中、神性を巻き散らす柱から、声が響く。

 

 既に息絶えたはずの……光の柱が突き立っている位置に倒れていたはずの、青年の声が。

 至聖所を揺らすように、響き渡る。

 

「な、なにが……」

 

 怯えるように漏れたベアトリーチェの声を聞き届けた者は、誰一人としていなかった。

 

 

────────

 

「……世界には、取り返しのつかない事がある」

 

 ああ、そうだとも。

 

 どれだけ綺麗事で飾ったところで。目を逸らしたところで。

 取り返せない過ちというのは、存在する。

 

 例えば何かを壊してしまっただとか。

 

 

 あるいは────誰かを殺してしまっただとか。

 

 

 代替品の、代替策の存在しない物はたくさんある。

 

「でも、それは逆に言えば。そこまで行き着いてしまってさえいなければ、取り返す機会は残ってるって事だ」

 

 誰かに聞かせるようで、それでいて自分に語りかけるようで。

 なんとなく、思ったままの事を青年が呟く。

 

「だから。罪科(ソレ)は俺が持っていく」

 

 きっと、それが一番いい命の使い方だと。

 

 子ども達が。

 無邪気なお姫様が、反転した周囲に呪われて魔女になってしまわぬように。

 悪意で見えなくなった道の中で、それでも大事な家族の手を離さなかった少女が、罪を抱えて独りにならないように。

 

 そして、何よりも。

 今ここで涙を流す子ども達が、いつか陽の光の下で笑い合えるように。

 

 

「ああ、そうだ。()()が、俺の始まりだったんだ」

 

 

 答えなんて、とっくの昔に出てたはずだったんだ。

 

 だから、今だけは。

 贖罪も、罪悪も置いて。

 

 子どもたちのために。

 子どもたちだけのために。

 

 意味はいらない。

 価値もいらない。

 

 独善? 逃避? ああ、そうだとも。

 俺はそんな大層な人間じゃない。

 

 だから────

 

 

「この手に、力を」

 

 

 救い(先生のよう)にはなれずとも、せめて、この子たちを雨から庇えるように。

 光として照らす事はできなくとも、せめて、この子たちを覆う闇を拭えるように。

 

 

 そう。ただ、俺は。

 

 

「たとえ一方的であっても、好きだと思っていた子どもたちが苦しまずに済むように。残酷さも目立つ世界だけど、せめて、俺の知るよりもっと笑っていられるように。そうしたかっただけだったんだ」

 

 

 本当、始まりは随分とシンプルだったんだ。

 今更そんな風にはなれないけど。戻れないけども。

 

 戻りたいとも、戻ろうとも思わないけれども。

 

 それでも、今は。

 今だけは。

 

「この子たちのために」

 

 一歩を踏み出す。

 強く、強く。意思を基に、決意を籠めて。

 

「……いや、違うな。この子たちのため()()に、だ」

 

 視界が晴れる。

 白色が舞い散り、至聖所へと世界が戻る。

 

 

「────よう。還ってきたぞ、ベアトリーチェ」

 

 

 声に答えるように光が波動となって広がり、ベアトリーチェの背後にあるステンドグラスが砕け散る。

 やがて光が薄れ、ようやく視界が通るようになったそこには。

 

 再誕を果たした“マクガフィン”が、宙に浮いていた。

 

 

────────

 

《アリウス自治区・バシリカ至聖所》

 

 光が満ちる。

 

 歪であろうとも、圧倒的なまでの神性を帯びたその存在は圧倒的であり。

 更には何よりも純粋な救済への祈りが加わったその力は、物理的な圧力さえ伴い煌めく。

 

「────天使、様?」

 

 その姿を見て、ポツリと一人の少女が零す。マクガフィンの一番近くにいる、槍を携えた少女だ。

 だが、それ自体はおかしなことではない。

 

 それほどまでに、その光景は異様だったのである。

 

 なにせ、宙を浮く青年の足元には()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 もしドッペルゲンガーという概念を知っている人物がこの場に居れば、即座にそれを疑っただろう。

 

 また、再誕の影響かその姿も大きく変わっている。

 

 まずは、装束の色だろうか。

 黒を基調として各所に紫色で線の差された衣服を薪波アヤトの肉体は纏っていたが、マクガフィンはその真逆、白を基調として青の線が差された物を着ているのだ。

 その全体のデザイン自体は変わっていないものの、外套の後ろ裾にはタツナミソウとアングレカムが浅葱色で横並びに刺繍されているなど、細部にも差異が見られる。

 

 黒色だった髪も純白に染まっており、白く燐光を散らす身体も相まってまさしく神秘的な光景だ。

 

 しかし、何よりも目を惹くのは。

 その肩甲骨の辺りから外部に放出され続ける、まるで翼のような神秘()恐怖()の輝きであった。

 

 その姿は、彼に救いを見る者には直視できないまでの『神秘』を、彼に裁きを見るものには目を逸らさせない『恐怖』を感じさせ、どうしようもない震えを呼び起こす。

 それほどまでに、存在の次元が違ったのだ。

 

 

 やがて、閉ざしていた瞼を上げ、青年が白に煌めく瞳を開く。

 刹那、神秘が鋼線となって至聖所を蹂躙し、生徒たちに爆弾を括り付けていたベルトを切断した。

 

「……は?」

「……え?」

「あれ……?」

 

 そして、その事に子どもたちが気付く頃には全てが一ヶ所に纏められていた。

 ヘイローを破壊する爆弾も、C4も、少女らを死へ縛り付けていた全てが。

 

「これはいらないな」

 

 最後に、そんな声と共にマクガフィンが右手を掲げると。

 起爆もせずに、あっけなくソレは消滅させられた。

 

(な……神秘と恐怖による、対消滅!?)

 

 唯一、その真相に辿り着いたベアトリーチェだけが戦慄する。

 

 マクガフィンが行った事自体は単純である。

 空中で一ヶ所に纏めた爆弾の集合体に神秘と恐怖を同時にぶつけた、それだけである。

 

 しかし、そもそも神秘と恐怖とは相反する力である。

 それはコインの表と裏のような物だ。どちらかが顕在化している限りもう片方は存在を許されない。では、それを同時に浴びせられればどうなるのか。

 

 簡単だ。

 互いが互いを喰らい合う、その衝突に巻き込まれ、最終的には跡形も無く消滅する。

 

 それを、彼は自前の神秘と色彩から直接引っ張ってきた恐怖を用いる事で引き起こしたのだ。

 

 

 全ては、この場にいる子どもたちを護るために。

 

 

(……っ、冗談じゃありません!! こんなモノを生かしておけば、何もかもが台無しになりかねない!)

 

 ベアトリーチェの行動は早かった。

 マクガフィンが行った事を理解するや否や、全身全霊の一撃を放ったのだ。これで変身が維持できなくなろうと構わないと。

 

 それ以上に、この存在を好きに動かさせてはならないと。

 

 しかし悲しいかな、最早その程度の力では再誕を果たした彼に防御を取らせる事すらできない。まるで足りないのだ。

 事実、マクガフィンは周囲の生徒を神秘の鋼線で引き寄せる事に意識を割いていた。

 

「無、傷…………」

 

 そして、その上で青年は一切のダメージを負わない。

 とはいえこれ自体は半ば自明の事であった。

 

 何せ、今のマクガフィンは()()()()()()()()()()()とでも表現するべき存在なのだから。

 

 そもそもの話として、薪波アヤトの肉体は既に死んでいる。もちろん、今のマクガフィンならば傷を癒し蘇生を行う事も可能ではあるのだが。

 しかし、彼はそれをしていない。それどころか、神秘で自らの身体を編み上げ動かすという不安定な方法さえ取っている。

 

 自身を『薪波アヤト』ではなく『マクガフィン』として再定義するにあたって、元の肉体(容れ物)は邪魔であったからだ。

 そう。今ここにいる存在は、彼自身が“斯く在れかし”と定義して顕現した存在である。

 

 かつてのような後ろ向きな逃避ではなく、自ら望み、そして肯定した『その命を以て子どもたちにハッピーエンドを齎す存在』────舞台装置(マクガフィン)なのである。

 

 その覚悟の下ならば、痛苦を叫ぶ肉体も、物理法則に縛られるだけの容れ物も。

 人として生きられる(“こう”はならなかった)可能性ですら些事でしかない。

 

 幸いなことに、神秘で編まれた存在についてはユスティナ聖徒会という都合の良い例が存在した。更に言えば、彼はそれを取り込みすらしていたのだ。

 

 ならば不可能ではないだろう。

 

 故に、彼は肉体を捨てた。

 神秘が尽きれば消え去るという時間制限を許容し、肯定し、それこそが自分なのだと選び取った。あまねく奇跡が始まるその時にさえ行き着けるのならば十分だ、と。

 

 それ故、今の彼を攻撃するには物理的破壊力はほとんど必要ない。それ以上に、高純度の神秘が籠められている事の方が重要なのだ。

 あるいは、それは必須条件とさえ言ってもいいだろう。何せ、今の彼は神秘そのものなのだから。

 

 加えて、一時的にではあるが今のマクガフィンは『聖人』とほとんど同一の存在にまでなっている。

 その影響で“恐怖”の使用にさえ耐えられるようになった彼の神性を前にしては、大半の攻撃は掻き消されるだけだろう。

 

 

 ────まあ、とどのつまり。

 言ってしまえば、ベアトリーチェは運が無かったのだ。

 

 昔の話ではあるが、この自治区はトリニティと似た方向性の信仰を掲げていた学園の自治区であった事。

 この場が、おそらくキヴォトスにおいて最も色彩に近いであろうバシリカの至聖所であった事。

 セイアやホシノとの会話を通して彼が後ろ向きになっており、こうして再定義ができるだけの余地が生まれていた事。

 “死を確認するために脇腹に槍を刺される”というトリガーになり得る出来事が起こった事。

 

 そして何よりも────護るべき罪なき子どもたちが、何人もいた事。

 

 その総てが、彼を『聖人』の現身として、そしてマクガフィンとして再誕を果たすための要因となった。

 きっと、このどれかが欠けていれば奇跡は起きなかったか、起きたとしてももっと規模の小さい物になっていただろう。

 

 

 しかし、そうはならなかった。

 今この瞬間においては、それが事実でありそれだけが事実であった。

 

「色々と言いはしたが。最低最悪な環境でも、これまでアリウスの子どもたちが生きてこられたのはお前の功績だ」

 

 自身の背後に生徒たちをまとめると、そう言いながらマクガフィンは横薙ぎに腕を振るった。

 それだけで膨大な神秘が周囲を蹂躙し、黒服とゴルコンダ、デカルコマニーが作成した『マクガフィンの神秘を拡散させる装置』を破壊した。

 

「それに……完全に想定外だったろうが、こうして俺の再誕にも役立ってもらった」

 

 続けて、白の青年が左腕を掲げる。

 途端に、数時間前に通功の古聖堂で展開したのと似たような結界が至聖所を覆った。逃亡を許さないため、そして何よりも外部からの介入を防ぐための結界である。

 

「ただ、それでも俺はお前を赦さない」

 

 遂に変身が解け、元の赤々とした姿に戻ったベアトリーチェ。

 恐怖を滲ませるその大人に、マクガフィンは静かに語る。

 

「お前の過去に何があったのかは知らない。儀式の先で何を行おうとしていたのかも。知らないし、知ろうとも思わない。全部俺のエゴだ」

「ヒッ……嫌だ、私は」

 

 ようやくマクガフィンが何をしようとしているか理解したのだろう。

 上ずった声が至聖所に響く。

 

「だから、恨みたかったら好きに恨んでくれて構わない。それが俺の役割だからな」

 

 ベアトリーチェの頭上に、膨大な神秘が凝縮される。

 消し飛ばすわけにはいかないため恐怖までは使われていないが、それでも十分に脅威となるだろう。

 

「既に色彩が向かってきている以上、お前の役割はもう残って無い。だから、これ以上余計な事をされるより先に────お前は潰す」

「嫌だ────私は、私はぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

 

 言葉と共に白い光が降り注ぎ、視界を満たす。

 そのまま神秘が放たれる事数秒。やがて光が晴れる頃には、ベアトリーチェは力なく横たわるのみであった。

 

 先生に引き渡し証言を得るために、命までは奪われてはいない。しかし同時に、余計な抵抗を防ぐためにその意識は刈り取られていた。

 

 しかし、ここに来てイレギュラーが巻き起こる。

 

「────っ!?」

 

 まず、マクガフィンの背から翼のように漏れている白と黒の光のうち黒色の方……つまりは恐怖が大きく揺らぎ、弾けた。

 同時に、砕け散ったステンドグラスの奥からナニカが到来。気絶したベアトリーチェを呑み込もうとする。

 

「ヤバ────」

 

 咄嗟に色彩から引き出していた恐怖を消し、更に神秘を用いて中和を試みるマクガフィン。

 しかし、どうやら一歩遅かったようで。

 

 力なく横たわっていたはずのベアトリーチェがゆらりと起き上がる。

 その身を、()()()()()()()()に染めて。

 

(やられたっ!!)

 

 それが意味する所など一つしかない。

 

「色彩化……しくじったな」

 

 この場所はマクガフィンが再誕を果たすにあたって重要な意味合いを持っていた。

 即ち、キヴォトスにおいて最も色彩に近しいという立地。pathに引っ張られて色彩に混ざりかけた彼が、最も帰ってきやすかった場所。

 

 しかし、ここに来てそれが裏目に出たのだ。

 キヴォトスと色彩とを繋げる穴にして区切る境であったステンドグラスが砕け散っていた事、そして何よりもマクガフィンが恐怖を使っていた事。

 

 それによって、色彩はこの至聖所を見つけてしまった。

 

 ベアトリーチェが最初に干渉された理由は、おそらく最も近かったからだろうか。

 あるいは、彼女自身の『色彩と接触することで高次の存在へと成る』という願望も影響したのかもしれない。

 

 とはいえ、ただ色彩化しただけならば大して問題にはならなかった。

 今のマクガフィンは当然、再誕を果たす前のマクガフィンであってもどうにか勝ち切れる程度の脅威でしかないからである。

 

 ならば、なぜここまでマクガフィンは表情を歪めているのか。

 

 単純な話である。

 それが単なる色彩化では無かったからだ。

 

(……んの野郎。俺の神秘を取り込みやがったな)

 

 そう、ベアトリーチェは……いや、かつてベアトリーチェであったソレは、恐怖に親和性を持つマクガフィンの神秘を吸収したのだ。

 

 その結果現れたのは。元の赤と白の異形を、絶え間なく銀河のような黒と聖性を感じさせる白とに揺らめかせ続ける、どこまでも異質な化け物であった。

 

「■■■■!!!!!!」

 

 やがて変身が完了すると、音にならない声でソレが叫び、何か行動を起こそうとする。

 ────が。

 

「させるわけねーだろ。せめてもの情けだ、お前はここで殺してやる」

 

 それより先に周囲から無数の神秘の鋼線が飛来し、鎖のようにその身を拘束。先よりも高密度の神秘をマクガフィンが構える。

 

 しかし、それよりも先に次なる異変が起きてしまった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 絶叫と共に、マクガフィンの背後の生徒がヘイローを揺らめかせる。

 異形が放つ恐怖に耐え切れなかったのだ。

 

「っ! クソっ!!」

 

 こうなってしまえば、事態は一刻を争う。

 神秘だけでなく恐怖も操れるマクガフィンならば、生徒の中から恐怖を取り除くという対処はできる。しかし、一度反転してしまえばどうなるかは分からない。

 

 原作において不可逆と言われていた以上、救けられないかもしれないのだ。

 

 となるとマクガフィンは生徒へと対処しなければならず────その一瞬の虚を突くように、異形が拘束から脱出。至聖所へ穴をあけるようにして逃亡し、更には如何なる力によってか空を飛んで自治区からも出ていく。

 

 

「あの方角は────古聖堂の方か。先生ならある程度は対応できるか?」

 

 

 限界を迎え崩落する至聖所から少女たちを脱出させながら、マクガフィンが目を細める。

 何はともあれ、この子どもたちの対処を済ませるまではここを離れるワケにはいかない。青年にできるのは、自分が向かうまで先生たちが持ちこたえてくれることを祈る程度であった。

 

「…………じゃあな、彩土」

 

 最後に一度振り返り、瓦礫に埋もれる黒々とした遺骸へと別れを告げると、マクガフィンは生徒たちから恐怖を取り除くのだった。

 

 

 




以下、飛んできそうな質問への一問一答

これ何が起きたの?
 → 一度死んでマクガフィン(≠薪浪彩土)として復活した

マクガフィン君どうなってるの?
 → 神秘で編んだ容れ物を意志力で動かしてる。だから現在進行形で生物的には死んでる。

何が変わったの?
 → 色々。まず肉体が変わってるし外の異物(薪浪彩土)からマクガフィンとして再誕した影響でキヴォトスとの親和性もちょっと上がってる。ついでに奇跡を起こした影響で神秘の純度・総量共に跳ね上がってもいる。

これ(白色聖人状態)って永続バフみたいな感じ?
 → さすがにそこまで壊れてはいない。今は再誕直後の精神状態とテクストの活性化が相まって『聖人』になってるだけで、カルバノグでは元の黒色マクガフィン君に像を編み直してる。とはいえ、戦闘力は恐怖を使えない以外は今とそこまで変わらないけど。

これ止めれるの?
 → 正味無理。単純な戦闘力の時点でかなり無理ゲーなのに一度死んだせいで覚悟のキマり方がいかれてるのでマジで止めらんない。

つまり?
 → 残念、タイムオーバーだ。もはやマクガフィンが止まるのは断罪されるか自らの命を使い切る最期の時だけである。


最後になりましたが、カエさん さん、ピピス さん、マイルド愉悦部 さん、ニコリハット さん、ハリィー黒衣 さん、matunoki さん、にっく さん、評価付与ありがとうございました!
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